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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


初めてのおつかい〜8月の聖戦

●最初の電話
「でも……行けばわかるの? 本当に? それならまあ、おつかいしてきても良いけど」
 王禅寺万夜は、四人兄弟の末っ子だ。姉が二人、兄が一人。一人離れて暮らしている割には、よく用事を言いつけられる。気が置けないのは良いことなのだろうが。
 この日も、姉から用事があって行けないからと8月のある日に、お台場の有明まで行って買い物をしてきて欲しいと頼まれた。
 万夜はそれが一体どういう場所なのか、まったく知らないのだが。
「え? 人が多くて『気』が強い場所だから気を付けてって……どういう場所なの、それ」
 謎のアドバイスと、不思議な記号番号と、買うものの名前を聞いて、万夜は電話を切ったが不安はぬぐえない。それは、初めての場所だというだけでもないだろう。
「……誰かについてきてもらおうかなあ……」

●誰と一緒に?
 さて、万夜の最初の仕事は、一緒に行ってくれる人を探すことだった。だが、幸いなことに、これは割と早くに見つかった。
「8月のお台場の有明?」
 ふらりと寺に立ち寄った藍原和馬は話を聞くと、うなずいた。
「なるほどな」
「知ってるの?」
 和馬の前にお茶を出しながら、万夜は身を乗り出した。
「一応ね。万夜ちゃんは何も知らないんだ?」
「うん、全然……『気』が強いってどういうこと? 何かあった場所なの?」
 和馬が聞き返すと、万夜は本気でわからない顔で首をかしげている。
「何かあったかって言えば、何かあったこともあったかもしれないが。と言うかだな、単純に人が多い場所なんだよ」
「人が多い?」
「お祭りみたいなもんだな」
「お祭りかぁ……それは確かに『気』が強そうかも」
「10万とか人が動くからなあ」
「10万……」
 和馬が口にしたのは記憶をたどった数字で、正確には一日15万人が足を運ぶという。それが三日続くのだから、人間の気に力があるとしたら、これ以上濃密な場所もなかなかあるまい。
「そんなに人がたくさん来るんだ……」
 ほわー……とどこか遠い目で万夜は考え込んでいる。人ごみはあまり得意でないらしい。
「……一緒に行くか? なんか、初めてってのは不安だな」
「いいの?」
「いいぜ。日付はちっと違うかもしれんが」
「日付?」
「三日に別れてるんだ」
 うわあ、と万夜は頭を抱えている。
「はは……何を頼まれたんだい?」
「ゲームの本らしいんだけど」
「じゃあ、同じ日か。俺はレトロゲームの同人誌目当てでな」
 和馬は万夜が姉から言付かったというメモを確認して、目的の日が同じ日であることを確かめた。二日にわたって出かけても、和馬の体力ならば問題ないが……
「後は準備だな。一緒に行くなら、カタログは一冊でいいか」
「カタログって?」
「カタログも知らないんだな。当日の場所案内とか、地図……だな。なくても入れるが、ないと遭難する」
 重いから、そのまま持って歩くのも大変だが。
「それって、どこに売ってるの? 本屋さん?」
「都心の大きい本屋では売ってるが……この辺じゃないだろうな」
「……お姉ちゃん、そんなこと何にも言わなかったよ」
 万夜はため息をついた。
「まだ何か、用意しなくちゃいけないもの、ある?」
「まだまだあるぜ。そんじゃま、ちょっと出かけるか?」
 和馬は、何も準備していかないと本当に遭難するぞと笑顔で脅しながら、腰を上げた。

●準備はOK?
 カタログは二人で一冊。水分補給のペットボトルドリンクは多めに。軽く食べられる栄養補助系の軽食。タオル。電車に乗るためのプリペイドカード。
「けっこう荷物多いよね……」
 前夜、それらをかばんに詰めながら万夜は呟いた。朝早く待ち合わせるのは面倒なので、和馬が王禅寺で一泊することになった。寺は都心から離れているので、ここからでは有明まではちょっとした小旅行だが、近くにホテルを取るまでもないだろうということで。
「早く寝とけよ。明日は疲れるぜ」
 風呂上りの濡れた髪をタオルで拭きながら、客用の浴衣を着た和馬が、それを上から覗き込む。見上げ返して、万夜はうなずいた。
「うん」
 そのまま、早めに寝て。

●当日の罠
 翌朝、早くに二人は出発した。
 経路には特に、問題はなかったと言えるだろう。
 ただ、会場が近くなると万夜が人ごみに圧倒されてきて、怯えを見せはじめた。そこから、和馬はもう万夜と手をつないで会場へと足を進める。まだ、最後の乗換えをして電車に乗る前だ。不幸中の幸いは、混雑で二人が手をつないでいることには誰も気を留めていなかったことだろうか。
 それでも、それも、電車を降りるまで。人と人との間隔が開くと、自然とそれは目に入るわけで。
「ちょっと、あれ」
「うわぁ……」
 前後左右をすれ違う女の子たちから嬉しそうなささやきが聞こえても、万夜にその意味はわからないようだった。ただきょろきょろしている。
 和馬は察するところはあったが、万夜には言わないでおこうと思った。思春期の心の傷は、多分、大きい。……自分は大丈夫だというわけでもなかったが、身長差と見た目の年齢差からしても、多分役割の割り振りの衝撃は万夜のほうが大きそうだ。
 一部の参加者の目の保養に貢献しつつ……着いた時にはそろそろ昼に近かったが、まだ完全に出入りは開放されていなかったので、入場の列につくために回り込む。
 そこから入場まで、十数分。割と早く入れたような気はした。
「えーと、おつかいを先に行こうか。俺の買い物は、後でも平気だし」
「すみません……」
 列について並んでいたときは必要なかったが、中に入ると、和馬は万夜と再びしっかり手を繋がないといけなかった。まさに『気』に当てられているのか、万夜がよろよろしている。
「こっちか……?」
 マップ片手に、通路の人を掻き分けて進む。
 微妙に、ここに来るまでに散々聞いたささやきの声が大きくなってきたような気がしていた。
 ……ようは、そういう場所を通っているからだが。
「うわ」
「かっこいーよ、ねえ〜☆」
「可愛いー♪」
「アレってやっぱり」
 カッコイイというのは、多分、自分だと思う。ありがたい感想だ。可愛いのは万夜だろう、良いことだ。……だが、やっぱりってなんだろうとか、そういうことは考えちゃいけないんだろう。
 ちょうど座っている売り子からは、手が見えやすい位置なのだろう。
 まあ、だが、もう少しの辛抱だ。
「ここか?」
 やっと、言われたとおりの番号にたどり着いて……
 万夜は驚愕の声を上げた。
「お姉ちゃん!?」
「あ、万夜」
 ……来れないと言っていたはずの、姉がそこにいたらしい。
 そして、ひときわ高い嬌声が上がる。
「きゃー! この子が弟?」
「すごい、本当に二人で来たー!」
 ……なんとなく、はめられた気分が和馬にも襲い掛かる。
「お疲れ様、万夜。ええっと、そちらは?」
「……付き添い頼まれてな。藍原和馬ってんだが」
「藍原さん、ありがとございます。いや、こんなカッコイイ人に連れられてくるとは思わなかったわ」
「なんで……? お姉ちゃん」
「みんな、おまえのことが見たいって言うから。受け顔だって言ったら……」
「受け?」
 あ、まずい、と思いながらも和馬にはその説明を止める手段はなかった。
 受けと攻めの『具体的な説明』が続き……見下ろすと、案の定万夜は石化しかかっている。
「しかも、手まで繋いで……サービス精神旺盛ね」
 いや、それは違う、と和馬が否定しようとしたところで。
 ……心の力が尽きたかのように、ふらぁーっと万夜がひっくり返った。
「わ、万夜ちゃんっ!」
 そのとき、きゃー! っという、それはもう嬉しそうな悲鳴が上がったことは、やっぱりナイショにしておかなくてはならないだろうか。万夜を抱きとめながら、和馬はそんなことを思っていた。

 結局、そこに伸びた万夜を置いて、和馬は自分の買い物を済ませたわけだが。
 その後、帰るに当たっては万夜を背負って帰ることになった。
 ……携帯カメラのシャッター音が、少し気になる夕暮れだった。


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□□□□登場人物(この物語に登場した人物の一覧)□□□
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【1533/藍原・和馬 (あいはら・かずま)/男/920歳/何でも屋】

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□□□□□□□□□□ライター通信□□□□□□□□□□□
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 ネタ風味依頼にご参加ありがとうございました〜。ネタに走ってもいいですよ、なつもりだったのですが……私がネタに走ってしまいました。これでよかったんでしょうか(カクカク)。
 本当は一週間早く出せればよかったのでしょうが……締め切りが近くならないと書けないこの習慣をどうにかしなくては、と反省してます_| ̄|○
 とりあえず、またご縁がありましたらよろしくお願いします♪