コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<白銀の姫・PCクエストノベル>


Fairy Tales -another- 〜湖の貴婦人〜


【フラグ:Credo ut intelligam】

 アヴァロンから強制的に現実世界へと戻った綾和泉・汐耶は、自分がログインしたパソコンの前で一回大きく息を吐く。
 服装はパンツスタイルとはいえ、仕事に行くのとは違ったラフな格好。
 ふと顔を上げれば、外は夕陽がゆっくりと落ちる時間だった。
 NPCを消す作業が間に挟まるため、実際に中の人々を現実世界へと戻す作業にはまた数日かかるかもしれない。
 人々を現実世界へと戻した後、あの世界はどうなってしまうのだろう。
 浅葱・孝太郎の魂を解放し、異界化が解かれれば白銀の姫は力を失い、そこに居たNPCだけでなく、女神やルチルアも消えてしまうのだろうか。

 意思を持ったAIは魂を持った事と同義と言える?
 魂の無い存在は消え行くあの世界で一体どういう道を辿る?

 もしかしたら、あの世界で行けるのはもう今この時しかないのかもしれない。
 ならば、汐耶にはどうしても会っておきたい人が居た。
 汐耶は自分のパソコンを立ち上げ、早速白銀の姫にアクセスした。
 ルチルアに会うため、これを最後と決めて。





 もう最後なのだと思ったら、色々な場所を回りたくなって、汐耶はジャンゴの中だけではなく、フィールドにも足を運んだりしてみた。
 途中、現実世界失踪者とこちらの世界でのNPCの照合作業を行っているシュライン・エマと草間の手伝いをしつつも、一通り知っている場所は行きつくして、戻ろうかどうしようかと思いながら歩いていれば、自然と知恵の輪へと足が赴いていた。
 やはり、此処が一番落ち着くのだ。
 職業病? それとも活字中毒だから?
 そんな事を考えた自分に思わず苦笑して、中に入ろうとして見知った背中に足が止まる。
「都波さん?」
 今にも歩き出そうとしていた女性は、ふと気が付いたかのように振り返り汐耶を確認するなり微笑した。
「あぁ、汐耶さん。こんにちは」
 汐耶はこの目の前の女性が返した挨拶がちゃんと耳に届いたことに、霊体ではないらしいと理解し、どうしたのかと問いかける。
「私も一度、この世界に来てみたかったから」
 それに、『Tir-na-nog Simulator』と融合してしまったゼルバーンに会うために。
 実際ゼルバーンは何処居るのかという事は実は誰も知らない。
 ルチルアに戻っているならば、このジャンゴでまた薬草売りをしているかもしれない。
 そう、思いつつ汐耶と璃亜はジャンゴ内を歩き始めた。
「白銀の姫は、どうでした?」
 冒険者や勇者になる人物は、偶然だけではなく自らの意思でこの世界へと降り立っている者だっている。
 そういった意味合いを含めて、璃亜は汐耶に問いかけた。
「そう…ですね、色々ありましたけど。何だかんだと楽しかったかなと思っています」
 この世界に降り立つことになった理由やきっかけなんて物を差し引いても、現実世界では絶対に味わうことの出来ないリアリティのあるファンタジーだった。
 インターネット上に出来たもう一つの世界。
 其の中で考えさせられた事も多々あった。
「人を取り込むなんて事になってしまったけれど、私達が最初求めていた方向にこの世界は進んでいたのね」
 インターネット上に擬似世界を作り上げるというプロジェクトの一環として創り上げられたゲーム、白銀の姫。
 この中で出会った人々の中には初めて出会った人も沢山居た。知らない誰かと仲良くなって、同じ時を過ごす。
 本当に、現実世界とは似ているようで、違った時間だったと改めて思った。
 そんな1人感慨に耽る汐耶を、ただじぃっと見つめる璃亜。
「な…何か?」
 苦笑交じりに問いかけてみると、璃亜は自分の白衣を指で引っ張りそしてため息を付き、ぼそっと一言。
「服…変わるかなって、期待したのに」
 何か今まで築き上げてきたイメージが一気に壊れる音がした。
 それはさておき、ゼルバーンが居る場所といえば、竜の巣である。
 ちょっと遠いと思いつつも、会いたい気持ちが強かった。
「セレスティさんじゃない?」
 ジャンゴの街中を歩く2人に、見知った背中が現れる。
 汐耶は軽く手を上げて、其の名を呼んだ。
「セレスティさん」
 名前を呼ばれた事にきがつき、セレスティ・カーニンガムその人は振り返った。
「どうなさったんですか?」
 てっきり作業しているとばかり思っていましたと、言葉を続けんばかりの問いかけに、璃亜はにっこりと微笑んで答える。
「私だって、この眼で見てみたかったんです」
 慎之介の感動ぶりを思い返せば、璃亜がそう思うのは仕方のない話なのだろう。
「ご一緒してもよろしいですか?」
 開発者である彼女の行く先に一緒についていけば、今までとは違った物を見る事が出来るかもしれない。
 そんな好奇心がセレスティの心にふと浮かび上がる。
「一緒に行くのは構いませんよ?」
「ぜひお願いします」
 何のことも無く璃亜は答えるが、汐耶は目的地までの道中を考え、セレスティの同行に力強く同意する。
「どうかしましたか? 汐耶さん」
 そんな彼女の口調に流石のセレスティも、はて? と首をかしげ問いかける。
「いえ、私達これからルチルアちゃん…いいえ、ゼルバーンに会いに行こうと思ってて」
「なるほど」
 ルチルアではないゼルバーンが身を隠すとすれば、クロウ・クルーハが棲家にしていたという竜の巣ぐらいだろう。
 そこへ向かおうというのだから準備も必要だと思うのだが、如何せん璃亜は呑気だ。
「そうですね、馬車でも借りてしまいましょう」
「ありがとうございます」
 NPC達はまだ消えていない。
 ならば、馬車を借りることも可能だろう。
 これは最後のちょっとした冒険だ。





 砂漠を越えた先、竜の巣でゼルバーンは頭を抱える。
 忙しなく書き換えられる情報に、『Tir-na-nog Simulator』は着いていけるが、ゼルバーンは着いていけなかった。
 いっその事放れてしまえばこんな事にはならないのだろうが、意識レベルで同化が完了してしまうとそれも出来ないようで、ただこの頭の中の不快感を払拭する方法だけを探し続けた。
 自分の中のファイルのアクセス程度ならば幾らでも書き換えや禁止が行えるが、これは“自分”を制御する言葉から送られてくる物。
 抗いようがない。
「えぇい。いまいましい!」
 控える移動用のブーストワイバーンに蹴りを入れる。
 しかし、そのいらいらも束の間、ゼルバーンの姿はルチルアへと戻る。
「あれ? あれれれ? ルチルアちゃん……」
 どうしてこんなところに――と、口にしようとして、記憶の中にゼルバーンだった頃の自分がはっきりと浮かび上がる。
 遠くからコツコツと響く靴音がふと耳に入る。
「ゼルバーン? それとも、ルチルアちゃん?」
 祠内に反響して届いた声に、ルチルアは顔を上げた。
「汐耶ちゃん!」
 祠に入ってきた汐耶やセレスティ、そして璃亜。
 その中でも実際に会って話したことのある汐耶に向けてルチルアは顔を輝かせた。
「ルチルアに戻ってたのね」
 汐耶の横からひょこりと顔を出して璃亜がルチルアを見る。
「あ……」
 ルチルアはポカンとその顔を見、その声に聞き覚えがあるよかのように驚いた呟きを漏らした。
「ルリルアさんは、ここに居る必要があるのですか?」
 もしそうでないのならば、街の方へと戻りましょう。と、セレスティが提案する。
 実際に話し込むにはこんな場所よりは街の方が良い。
「私の用事は道すがらでも大丈夫だから」
 璃亜はそう口にして、此処までくるために使った馬車を降りた場所まで歩きつつ、ルチルアに言葉をかける。
「“消滅”という決定を無しにしてほしいの」
 目の前に馬車が見えてきたところで、ルチルアはふと足を止める。
 それは、自分がどうこう言うことじゃないような気がして。それこそ、ゼルバーンに言った事の方がいいのではないかって。
「ゼルバーンちゃんに、変わって……」
「どちらも一緒。あなた達は同じだもの。あなたが頷けばそれも決定事項なの」
 ゼルバーンは元々この世界を消滅させようとしていたが、同じように『Tir-na-nog Simulator』としてのルチルアはこの世界を消す事に躊躇っていた。だから、答えは簡単。その一言で全て済むなら……。
 余り深く考えるような性格ではないルチルアだったが、突然弾かれたように笑顔を浮かべて、馬車まで誰よりも早く駆け出した。
 そして振り返り、
「うん。止める!」
 と、宣言すると、皆早くと呼ぶように手を振った。





「じゃぁ私は少し、ルチルアちゃんと話がしたいから」
 ジャンゴまで付いて、汐耶とルチルアはセレスティと璃亜に手を振って分かれた。
 ふと適当なベンチに腰掛けて、どこか感慨深く思い出す。
「ルチルアちゃんも凄くビックリした」
 にっと笑って、でもどこかその顔は以前に何も知らなかった頃のルチルアとは少しだけ大人になっているような気がして。
 自分達とは違う本当にただのデータとしての存在であるのに、どうしてそんな成長を感じてしまうのか不思議に思いながら、汐耶はその横顔を見る。
「この世界が元に戻ったら、もうルチルアちゃん達とは会えないかもしれないのよね」
 こうして実際に顔をあわせて喋るという事は絶対にできなくなる。
 元に戻るということは、人を取り込むという行動を起こさなくなり、この世界がただのゲームへと戻るということなのだから。
「そうかなぁ、汐耶ちゃん達はルチルアちゃんにいつでも会いにこれると思うよ」
 ゲームのプレイヤーとして。
 例えルチルアが個人を特定する事はできなくても、モニター越しに会うことだけならばできるのだ。
 ただ、こうやってまるで友達のような会話を交わす事ができなくなるだけで。
「汐耶ちゃん、最後の時まで一緒に居てくれる?」
 子供のように心配そうに問いかけるルチルアに、汐耶は微笑んで頷く。
「ゼルバーンもそれでいい?」
 汐耶はあえてルチルア越しにこの結果で本当に良かったのかとゼルバーンに問いかけた。
 ルチルアは自分の中で何か会話するように、すっと瞳を閉じる。
「仕方ないって!」
 にっこり笑顔を浮かべて、ルチルアは汐耶に問いかける。
 今までの冒険の事、現実の世界の事。
 あまりのマシンガントークのテンションにたじろぎながら、汐耶はゆっくりとルチルアの質問に答えていった。







to be end...




□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女性/23歳/都立図書館司書】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

【NPC/都波・璃亜(となみ・りあ)/女性/27歳/情報講師】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


 Fairy Tales 本編補足編-another- 〜湖の貴婦人〜にご参加くださりましてありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。今回の登場人物は(名前だけでも)出てきている人のみとさせていただいております。このお話は本編のエンディングへと続いております。今回の-another-は全てにリンクしており、ご自分がプレイングした伏線が他者様納品ノベルにて生きていたり致します。
 汐耶様には最後までルチルアとご一緒に居ていただこうとなんとなく考えていた為、知恵の環へと向かう順序が逆になりました。きっとルチルアにとってはよきお姉さんだったことと思います。
 それではまた、汐耶様と出会えることを祈って……