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<白銀の姫・PCクエストノベル>


Fairy Tales -another- 〜湖の貴婦人〜


【フラグ:In dubiis non est agendum】

 やはり此処が一番落ち着くかもしれないと、来栖・琥珀は知恵の環へと足を運んだ。
 ジャンゴの外へ冒険を求めに行く事だって確かにできたのだけれど、本当に直ぐに気が付かないようなスピードでNPCが消えていくのだ。
 あぁあの言葉は本当だったんだと再認識しつつ、もしかしたら辺境の町々では町人が居らずに機能していないかもしれないと思うと、自然と“冒険”という選択肢はなくなり、だとすればこの世界にとって琥珀が一番落ち着く場所は本が沢山あるところ。
 すなわち知恵の環という事になった。
 現実世界でもこの『白銀の姫』の世界でも求める物が同じなことに、琥珀は思わず苦笑が漏れる。
 読んでいない本はまだまだ沢山ある。
 それだけでどれだけの時間でも過ごす事ができるような気がした。
「本、読みに来たの?」
 すっと顔を向けたのは、ネヴァンだ。
「はい、私は本を読むのが大好きですから」
 琥珀はその問いかけに笑顔で答え、本棚から適当に本を引っ張り出す。
 しかし、それは慎重にゆっくりと、前みたいに本の山に埋もれてしまわないように取り出した。
 不思議な事に、此処にある本はどれも“時代が経った”という雰囲気はあれど、傷ついてる本はない。
 やはり此処が現実の世界とは違うからだろうか。
 新しい本を読むという目的にばかり気を取られ、今がいつもとは違うという事が頭からぽんと抜けていた。
 琥珀は適当な椅子とテーブルを見つけ腰を下ろした時、やっと思い出したようにはっとしてネヴァンを見る。
「ネヴァン様、ネヴァン様!」
 行き成り早口で名前を呼ばれたことに、ネヴァンはマイペースにゆっくりと本の整頓をしながら琥珀に向けて顔を上げる。
 そういえば不正終了は無くなったのだし、暗中模索を続けていく必要はないのだ。
 しかし、残された時じたいも少ない事を実は琥珀は知らない。
「不正終了が回避されそうなんです!」
「本当…に?」
 ネヴァンは以前ここで開発チームの1人である黛・慎之介に出会っている。くしくも彼はプログラムに携わっている人間ではなかったが、女神達が創造主と呼ぶ人の仲間が居て、この世界をどうにかしようとしている事だけは知っていた。
 ネヴァンは琥珀の言葉をかみ締めるように立ち尽くすと、無表情だったその顔をゆっくりと安堵の微笑みへと変えていった。
 ネヴァンの目的は、クロウ・クルーハと友達になりジャンゴの陥落イベントを起こさせないようにしてもらう事。
 不正終了が回避された時点でそんな可能か不可能か分からないような事をする必要はないのだが、ネヴァンは以前不正終了が回避されても友達になれるかと聞いていた。
 だとしたら後のネヴァンの目的はクロウ・クルーハと友達になる事。
 しかし琥珀はそんなネヴァンを微笑ましく思いつつ、はたっと思い出したように考える。
 あの黒崎・潤とクロウ・クルーハと融合して現実世界に行ってしまったのだから、友達になることは可能なのだろうか?
 しかし女神達と同じように意思ある存在として確立しているのだし、その可能性は現在大いに出てきたことになる。
 ただし、潤がまたアスガルドへと降り立ち、出会う事ができたら――だが。
「ネヴァン様も、外へ行ってみたらどうですか?」
 どこまでの外かは深く考えないとして、どちらにせよジャンゴの中に篭っているだけでは何も始まらない。
 もしかしたらこの世界を司っている手前、そんな事はしなくても世界の事は分かっているのかもしれない。けれど、
「知識だけでは本当に分かったことにはなりません」
 その言葉は間違っていないわけで、どこか自分が歩いてきた冒険の道筋を思い出すように琥珀はふと顔を上げて懐かしむ。
「やっぱり、何事も実際に自分で感じてみないと、ですよ」
 と、ガッツポーズを作り、にっこりと微笑んでネヴァンを見た。
「でも……」
 ネヴァンは小さな肩を縮こめてその場に立ち尽くす。
 その姿が元々から小さいのに尚更小さく見えてしまって、なぜか小動物を苛めているような感覚に陥ってしまうのは何故だろう。
「友達を作るなら、自分で赴かないと、ね?」
 まるで小さな子供に言い聞かせるように琥珀は中腰になってネヴァンの顔を覗き込む。
「う…うん」
 言われていることは分かっているのだろう。
 ただ、生来の引っ込み思案と上がり症がその邪魔をしているだけ。
 少しだけ、本当に少しだけ勇気を出せば、ネヴァンには沢山友達ができるに違いない。
 こうして、琥珀と喋っているように。
「がんばってみるね…」
 そう言って微笑んだネヴァンに、琥珀は頑張れという意味を込めて、にっこりと微笑み返した。





 ぎぃっと知恵の環の扉が開き、琥珀とネヴァンはゆっくりと顔を上げた。
「可愛い〜!!」
 そう言って知恵の環に入ってきたのは、アヴァロンで助けた女性。目を真ん丸くしてその光景を見ていると、くすくすと笑いながらセレスティ・カーニンガムが後から付いてきていた。
「誰…?」
 突然の見知らぬ来訪者にネヴァンは琥珀の後にすっと隠れる。
「璃亜さん、どうしたんですか?」
 この世界には来そうにもない人が今目の前に立っている。
「皆それ聞くなぁ」
 琥珀の問いかけに璃亜は苦笑して、お決まりのように「私も見てみたかった」と答える。
 そう、本当に見てみたかったのだ。
 自分達が創り上げた世界を、自分の瞳で。
「初めまして……になるね」
 実質いつもこの4つを操作していた開発チームに渇を飛ばすだけで、触る事はしてこなかった。だから、本当に璃亜にとって個々の女神は初めましてなのだ。
 そっと琥珀の後で小さくなっているネヴァンに手を伸ばす。
 突然の事にぎゅっと小さくなってしまった彼女の頭をそっと撫でて、他の女神よりは小さいとはいってもそれなりの重さがあるであろうネヴァンを抱き上げた。
「ぁっ」
 ゆったりとした笑みを浮かべて、本当に微笑ましくその光景を見つめるセレスティ。
 琥珀も何だか自分が入り込むような余地はないと、すっとその場を離れるとセレスティと肩を並べてその光景を見る。
 少しだけ状況についていけないネヴァンは不安そうな顔色を浮かべていたが、耳元で何か言われたのか、はっと一瞬瞳を大きくして璃亜を見ると、ぎゅっとその首筋に抱きついた。





 女神達に会いに行くという璃亜と一緒に行動する事を決め、琥珀は知恵の環からそっと手を振るネヴァンに手を振り返す。
「ここからですと、モリガンさんの居城が近いと思いますが?」
 セレスティの言葉に璃亜は頷くと、そのまま歩き出す。
 何かあった時以外は自分の城(部屋?)にいる事が多い女神たち。その中で、この場所からならネヴァンを除けばモリガンが近いだろう。まぁもしかしたら三下・忠雄にも会えるかもしれない。
 颯爽とモリガンの城へと足を踏み入れると、気だるそうにクッションに身体を預けたモリガンがすっと顔を上げる。
「うわ……」
 小さく口にした璃亜の言葉に、セレスティと琥珀は苦笑を浮かべ、モリガンはぴくっと柳眉を吊り上げた。
「何か用事かしら」
 情けなさ全開の三下の勇者化育成に相当疲労困憊が見て取れるモリガンは、何処かイライラしたような口調で一行に問いかける。
 じぃっと上から下までを眺める璃亜の視線に気が付いたのか、モリガンはゆっくりと立ち上がると、コツコツとヒールの音を響かせて怪訝そうな瞳を向けてきた。
「新しい私の勇者様?」
 起動AIではなく『Tir-na-nog Simulator』の直接操作は女神達に現状を知らせないのだろうか?
 セレスティはふとそんな事を考え、傍観するようにモリガンと璃亜を見つめる。
「璃亜さんは勇者じゃなくて、開発スタッフさんですよ」
 助け舟となったかどうかは定かではないが、そう言葉を発した琥珀にモリガンは表情を変える。
「…創造主だって、言うの?」
 苦笑気味の含み笑いで、璃亜は正確には答えない。
「まぁ、いいわ」
 すっと一行に背を向けて髪をかき上げながらクッションへと戻っていくモリガンに、璃亜はそっと口を開く。
 ネヴァン同様はっとして振り返り、驚きに大きくした瞳を伏せると、完全に背を向けてしまった。
「……っていうか、考ちゃんどういう趣味してるんだろう」
 モリガンの城を後にして璃亜が呟いた言葉に、セレスティと琥珀はその後何故か浮かんできた笑いに顔を見合わせる。
 さて、後はマッハとアリアンロッドだ。
 マッハはこの不正終了でまき戻る現状よりも、最強になることを目指しているため、会うかどうかはどちらでもいいかもしれないが、アリアンロッドにはあって置いた方がいいだろう。
 しかし、アリアンロッドに現実世界に帰してもらう予定だから、と勇者の泉−酒場へと足を運んだ。
 案の定…と言っては悪いかもしれないが、マッハが近場の冒険者と飲み比べを行って、かなり煩い状況が出来上がっている。
 本当に、誰も知らないのだ。
 少しずつ人が減っていっていることも、もう直ぐこの巻き戻しの世界が終る事も。
「うわ! ここだけ見ると、凄い人」
 確かに人が集まる酒場では他の場所より人が沢山居るように見えるだろう。
 しかし知らずに取り込まれてしまった人達の数と比べれば一握りしか存在しないのも事実。
「何か、飲んでみますか?」
 紅茶を飲むのであればいつものカフェへと赴きたい所だが、目的はマッハと出会うこと。
 だから、ここで何か食べてみないか? と、セレスティは問いかけた。
「大丈夫ですよ。ちゃんと、美味しいですから」
 そんな提案に乗るように琥珀も後を続ける。
 しかし、
「うーん…そろそろ、長居はできないから」
 と、人を掻き分けマッハの元へと進軍していく。
 飲み干した酒樽をドンと床に置き、璃亜を見たマッハの反応も、他の女神達を同じだった。
 一瞬酒を飲むのを止めたマッハだったが、ギャラリーの1人が言った「降参か?」の一言でまた大酒を食らいはじめる。
 人ごみかき分け酒場から外へ出ると、
「最後“アリアンロッド”に会って、帰してもらいます。付き合ってくれてありがとうございました」
 璃亜は一言そう言って手を振って去っていく。
 琥珀はこの後どうしようかなと考え、セレスティに付いていくのも楽しそうかも知れないと思ったが、軽く挨拶を交わすとまた読書でもしようと知恵の環へと足を向けた。







to be end...




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【3962/来栖・琥珀(くるす・こはく)/女性/21歳/古書店経営者】

【NPC/都波・璃亜(となみ・りあ)/女性/27歳/情報講師】


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■         ライター通信          ■
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 Fairy Tales 本編補足編-another- 〜湖の貴婦人〜にご参加くださりましてありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。今回の登場人物は(名前だけでも)出てきている人のみとさせていただいております。このお話は本編のエンディングへと続いております。今回の-another-は全てにリンクしており、ご自分がプレイングした伏線が他者様納品ノベルにて生きていたり致します。
 知恵の環に最初から居るということで、ネヴァンとの会話を主に担当していただきました。その後は一緒についてまわるというスタンスでしたので、一緒に話を聞いて回るという形を取らせていただきましたがいかがだったでしょうか。
 それではまた、琥珀様と出会えることを祈って……