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<白銀の姫・PCクエストノベル>


Fairy Tales -another- 〜湖の貴婦人〜


【フラグ:Ab ovo usque ad mala】

 草間興信所に集められた白銀の姫によると思われる行方不明者のリストをプリントアウトすると、結構な量の枚数にまで膨れ上がったことに、シュライン・エマはため息を付いた。
 本当に人間という生き物は好奇心の塊なのだろう。
 この中で勇者や冒険者になる事ができ、現実世界との行き来が自由になった人物なんて、ほんの数%なのではないかとさえ思えた。
「ほら、武彦さんも半分持って」
 今頃現実世界へと戻った黒埼・潤はどうしているのだろう。インターネットという性質上、もしかしたら東京の高校生ではないかもしれない。
 そうなったら、もう二度と彼とは会うことは出来ない。そんな…気がした。
「これを全て照合するのか?」
「そうよ」
 シュラインの即答に、草間は反論する言葉が思いつかず、ただただ頭をかく。
「あ、その前に」
 確か研究室には既存NPCの一覧もあったはずだ。
 どうしてあの時コピーをとらせて貰わなかったのだろうと、少々自分に叱咤しつつ、研究室へと電話を入れる。
 二言三言会話を交わして電話を切ると、数分して大量のFaxが草間興信所の床に散らばっていった。
「まさか、これも照合データか?」
 あからさまに嫌そうな顔を浮かべた草間にため息を付きつつ、シュラインは床にどんどん積もっていく書類を拾い上げ、
「既存のNPCの一覧表を送ってもらったの。一応ね」
 もしかしたら何かの役に立つかもしれない。
 思い出すだけで、たしか親指と人差し指で大きくCを描けるほどの厚さがあった書類全てFaxしてもらうには少々時間も掛かったが、それ以上に持ち運ぶには書類が増えたことに、尚更草間はげんなりと肩を落とす。
 シュラインはそんな草間を苦笑で見つめ、こっそりとキッチンへと向かうと、湯気の立つブラックコーヒーを淹れて戻ってくる。
 カップを一つ草間に渡して、そういえばあの研究室はいつも香ばしい珈琲の匂いがしていたな、などと考えつつ、興信所内の備品で書類を持ち運ぶのに便利そうなファイルや鞄を見つけ出し、Faxが終る間できる限りの整理を始めた。
 Faxも終わり、その後研究室から掛かってきた電話でお礼の言葉と、また少し言葉を交わして電話を切る。
 そして、シュラインは草間の腕をぐいっと引っ張ると白銀の姫へとアクセスした。
 一瞬のフラッシュバックの後、2人はジャンゴの街へと降り立つ。
「まだ、通常NPCは消えていないのね」
 いや、消えていないのではない。
 のんびりとゆっくりと街の住人は減っている。
 何も知らない勇者や冒険者の数が多いため、そう見えているだけで、実際のNPCは数を減らしていっているのだ。
 周辺の街の事などを考えると、この照合作業にはどれくらいの時間がかかるだろうかと、シュラインはざっと考える。
 まぁ考えるよりはまず行動行動と、草間の首根っこを捕まえると作業を開始した。





 消えたNPCには赤で線を、見つけた行方不明者は○を、台紙の上にクリップで止めて、シュラインはテキパキと印を付けていく。
 草間は自分の分の加え、シュラインの作業に支障がでないよう書類入りの鞄やファイルを全て持ってその後を付いていっていた。
「こんにちはシュラインさん」
 その光景につい苦笑を浮かべつつ、綾和泉・汐耶が通りかかる。
「凄い荷物ね」
 買い物の荷物持ちでもさせられているかのように見えたためつい苦笑してしまったが、草間が抱えているのが書類である事に気が付くや、
「手伝いましょうか?」
 と、言葉をかける。
「ありがとう。流石に私達だけじゃ間に合わないかもしれないと思っていたの」
 渡りに船とばかりにシュラインは汐耶の申し出を受け入れ、チェックの終っていない詳細不明既存NPCリストの方を手渡す。
「徐々に姿を消しているようだから、居なくなっていたら線を引いて、そのまま残っているようだった最後に教えてもらえるかしら」
「分かりました」
 手際のいい汐耶の事だ、幾分と掛からずに頼んだ事を終えてくれるだろう。
 手を振って分かれると、シュライン達はもっとやっかいな取り込まれた行方不明者リストの照合を始める。
 本人のままNPCとして暮らし始めたばかりの人達ならば直ぐに見つける事ができるのだが、幾度が不正終了を経験した人々は、また同じ自分としてNPCの暮らしを始めるものも居れば、別の誰かに生まれ変わってしまう人も居るらしい事が照合していく内に分かってきた。
 その大概が外見や性格の変更だったり、果ては性別の変換だったり……超常現象に慣れていなかったり、強い思いを持っては居なくても、自分を変えたいというような小さな変身願望はあるらしく、その想いがこの変化を可能にしているのかもしれない。
 しかし現実世界での事を忘れてNPCになってしまった時と同様、NPC達は現実世界へと帰ったらこの世界での自分を忘れてしまうだろう。
 やはり、何処へ行っても自分であり続ける事ができるのは凄い事なのかもしれない。
 手持ちの書類が後2/3ほどまで減ったところで、汐耶が書類を抱えて戻ってきた。
「ありがとう、助かったわ」
「他に手伝う事は何かあるかしら?」
 そんな汐耶の言葉に、草間からこの荷物を少しでも持ってくれオーラが発せられたため、シュラインは後は大丈夫と断ると、汐耶は「また」とジャンゴの街中へと消えていった。
「別の街へ移動ね」
 そこまで街の数が多くなくて助かったわ、とシュラインは呟き、とりあえず知った街まで行こうとジャンゴの門を出る。
「草間さん、シュラインさーん」
 聞き知った声に振り返れば、息を切らせて走ってきたのはなんと黒埼・潤だった。
 しかし、その服装は勇者だった頃とは違う。
 最初の草間と同じように現実世界のままの服装。
「どうしたの?」
「戻ったんだけど…戻れたんだけど、気になって」
 囚われていたに近いにしろ自分が長く生活した世界がこの先どうなっていくのか気になったのだろう。
 シュラインと草間は顔を見合わせると、自然と笑みが浮かんだ。
「あれ? シュラインさんに、潤くん。そんな所で何してるの?」
 突拍子もなく明るい声で現れたこれまた珍客に、シュラインは瞳を丸くする。
「都波さん!」
 作業をしているはずの人が何故この世界に降り立っているのか。
「私だって見てみたかったの」
 自分が作った世界を自分自身の瞳で見たらどう見えるのか。
「どちらかへお出かけ?」
 意気揚々と問いかける璃亜にしばし圧倒されつつ、行方不明者の照合を行うために別の街へと行こうとしていた事を伝える。
 すると潤はにべもなく一緒に行くと口にし、璃亜もしばし考えこれまた一緒に行くと口にした。
「少し持つよ草間さん」
 潤は草間が抱えていた書類の鞄を1つ受け取り落とさないようにと両手で抱える。
 ふと今現在モンスターは出るのだろうかなどと考えてみて、出たら出たときに対処すればいいかなんて呑気に考えつつ、気が付けば次の街の入り口が見える。
「ごめんね、潤くん」
 璃亜がふとボソリと口にした謝罪。
 潤ははっと弾かれたように顔を上げた。
「まぁ…楽しかったよ」
 どこか瞳を伏せて、落ち着いた声音でそう答えた潤の言葉は、どこか思い出を辿るように静だった。
 しかし沈黙とシリアスは余り我慢できる人ではないらしく、一気に出来上がった場は崩れさる。
「あぁ潤くんて16歳なのよね、お姉さんにはその10歳の差が眩しい」
 都波・璃亜とは、なんとテンションの高い人だろう。
 一同はただぽかんとそのノリを見つめつつ、ぷっと吹き出す。
「世間知らずが中に居るおかげで、世界が時々凄く新鮮に見えるようになったのは確かなんだ」
 潤のその笑顔が、全てを物語っているように思えた。
「作業具合の方はどうなっています?」
 ここで上手く行っていなかったら、全てが水の泡と化してしまう。それだけは、回避しなくてはいけない。
「順調ですよ。でなきゃ、私はここに来ていない」
 それは、もう璃亜の手を離れても大丈夫という事を示している。
「それに、私たちは独りでこの世界を作っているわけじゃない」
 そうでしょう? と、シュラインに向けてにっこりと微笑む。
「そうね」
 もしまた誰か1人の肩にこの世界が乗るような事になれば、また同じ事が繰り返されてしまう。でももうそんな事にはならない。
 この世界は沢山の人によって紡がれて来たのだから。





 あらかたの街の照合作業も終わりを向かえ、一行はジャンゴへと戻ってきた。
「璃亜せんぱーい」
 今度は誰だ? と顔を向ければ、走ってきたのは道具屋の店員……。
 しかしその声にシュラインは聞き覚えがあった。
「まさか…的場君?」
「あ、こんにちはシュラインさん」
 ぺこりと頭を下げた道具屋の店員を見て、面食らいつつも釣られて頭を下げる。
 どうやら、璃亜がアヴァロンから送り込んだあの犬妖精のように、あれが現実世界から操れる開発側のキャラクターらしい。
 二言三言会話を交わすと、彼は走ってまた店員が配置されていた店へと戻っていった。
「ねぇ、彼……」
 言いかけて止めたシュラインを見て、璃亜は不思議そうに首を傾げる。
「いいえ、なんでもないわ」
 途中で言葉を切ったことに何やら多少むっとした感じが見て取れる璃亜の表情に、シュラインは両手を振ってごまかす。
(私が言っていいことじゃないわね……)
 もし的場がこの世界へ自分の足で一度でも訪れて、人間的なゲームの世界の住人と会う事で、もしかしたら柔軟性が出るんじゃないかと、ふと思ってしまった。
 もしかしたらこの思いは、彼にとってお節介なのかもしれない。でも、シュラインはそう、思ってしまったことは事実。
「ごめんなさい、シュラインさん。ここでお別れ」
 先ほど的場に何か言われたのだろう、璃亜は苦笑を浮かべてジャンゴの街中へと走っていってしまった。
 別れの言葉も満足に交わさぬまま風のように去っていった彼女に、ただ手を振る。
 シュラインは気を取り直すように、ばっと振り返ると、
「潤くんも、今度はちゃんと帰れるのよね?」
「あ…多分、大丈夫」
 帰るときには女神に頼めば外へ戻れる。
(あ……)
 シュラインはふと動きを止め、口元に手を当てる。
(アリアさんは、どう思っているのかしら……)
 不正終了が回避されたことを知っているのだろうか、ふとシュラインはそんな事を考えた。







to be end...




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女性/23歳/都立図書館司書】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

【NPC/都波・璃亜(となみ・りあ)/女性/27歳/情報講師】


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■         ライター通信          ■
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 Fairy Tales 本編補足編-another- 〜湖の貴婦人〜にご参加くださりましてありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。今回の登場人物は(名前だけでも)出てきている人のみとさせていただいております。このお話は本編のエンディングへと続いております。今回の-another-は全てにリンクしており、ご自分がプレイングした伏線が他者様納品ノベルにて生きていたり致します。
 アリアンロッドに会いに行くか、潤を合流させるかでどちらを取るかを悩み、潤を合流させていただきました。本編の方の一言にて分かるかと思いますが、女神達は詳細を最後まで知らなかったようです。
 それではまた、シュライン様と出会えることを祈って……