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<白銀の姫・PCクエストノベル>


Fairy Tales -another- 〜湖の貴婦人〜


【フラグ:Audi et alteram partem】

 一通りのプログラムを打ち終え、都波・璃亜は研究室にやっと戻ってきた。
 的場・要が淹れた珈琲の匂いを確かめるようにゆっくりと口に運ぶ。
 その瞬間、研究室の扉が勢いよく開け放たれた。
 そこに立っていたのは、肩で息をした飯城・里美。
 2人は一瞬何事かと顔を見合わせ、そして里美を見た。
 里美は息を整えると、ついっと眼鏡を持ち上げ、椅子に座ってきょとんとしている璃亜に歩み寄る。
「この『白銀の姫』を、あたしが勤めているゲーム会社『スター☆ソサエティー』が買取に興味をしめしてる」
 里美の突然の申し出に対して、理解に達していないのか、きょとんとした顔のままで璃亜は里美に椅子を促した。
「都市伝説化した事で、宣伝性も抜群にあった。このゲームは売れるだろう」
 確かに名前だけで売れはするかもしれない。
 しかしそれは、今までの都市伝説のように“人をゲーム世界に取り込む”ゲームであってはいけないはずだ。
 ただのMMOないし、普通のRPGになってしまった白銀の姫に、そんな価値が生まれるだろうか。
「申し訳ありませんけど、白銀の姫は売れません」
「そりゃ確かに、思い入れのあるゲームかもしれないが、こんなチャンスは…」
「いいえ」
 璃亜は一度言葉を切り、真剣な眼差しを里美に向けた。
「このゲームはもう、ゲームとしては機能しないからです」
 『Tir-na-nog Simulator』を、いやゼルバーンを止める為の手立てを組み込むために、沢山のブラックボックスを作ってしまった。
 この異界化という現象が消えたら、白銀の姫は今度創り上げられたブラックボックスによってバグだらけの世界へと変わり果てる。
 だから、ゲームとしてやり直そうと思ったら、作り直すしかない。
「何とかできるはずだ。あたしも手伝うから」
 それに、と里美は一旦言葉を止め、もう一度確認するように問いかける。
「NPCを消すって言っていただろう?」
 区別が出来ないのなら、元々からいるNPCを消してしまえばいいと、璃亜はアヴァロンで提案しそして現在実行した。
「それは、止める事ができないのか!?」
「止める事は普通に可能よ?」
 そう中止と一言入力すればいいだけ。
 難しいことではない。
 里美は自分があの世界へと降り立ったから知っている。
「白銀の姫の世界に住んでいるNPCも、ちゃんと生きている。消すのはゼルバーンが行おうとしていた事よりも残酷だ」
 璃亜は的場に里美の珈琲を入れるようお願いすると、里美に視線を戻し口を開いた。
「ゼルバーンは――いいえ『Tir-na-nog Simulator』は、白銀の姫をウィルスと同等と考え、消滅させようとしていたの」
 後にも先にも、そんな説明は受けていない。
 その事に、里美の瞳は大きくなる。
「それは、どうしても止めなければいけなかった」
 邪竜の巫女と『Tir-na-nog Simulator』が融合を始めたとき、カウントダウンは開始された。それまで、どうしようかとただ思案を巡らせるだけだったのに、いきなり実行に移らざるを得なくなったのだ。
 それが、一連の妖精イベント。
「今は、止まったんだろう?」
 里美の問いかけに璃亜は頷く。
「ならっ!」
「どうやって止めているか、知ってる?」
 まず白銀の姫の不正終了イベントを書き換える。それだけでは、一度排除を決めたファイルを守ることは出来ない。
 そして『Tir-na-nog Simulator』に終わりのない処理をさせる事で、他のことを考えられないようにしむけ、ゼルバーン自身に止めると宣言させなければいけない。
 それが無ければ、無理矢理にでも『Tir-na-nog Simulator』は白銀の姫を消そうとする行動に出る。
 そのループ処理。それが―――
「通常NPCの除去作業と言うんだね」
 1人ずつ消していけば、そうとうな時間を稼ぐ事ができるはずだ。
 そう、ゼルバーンや女神達とゆっくり話すくらいは。
「不正終了は確かに止める事はできたけれど、それだけじゃゼルバーンを止めた事にはならないから」
 今回アドミニで与えた命令は『Tir-na-nog Simulator』が行う仕事の優先順位を変更させたはずだ。
 例えゼルバーンやルチルアの意思に流されていたとしても、スパコンとしての『Tir-na-nog Simulator』は律儀に処理する事だろう。
「そういえば、里美さんは、他の方法を思いついていたんですか?」
 一方的に「止めて」と口にした物の、それに変わる提案を里美は持っていない。
「…………」
 分からない事じゃない。
 否定の言葉を発するならば、それに変わる案を用意しなければいけない事くらいは。ただ自分が嫌だと言うだけでは子供と同じ。それを覆す事が出来るだけの根拠、テンプレ、方法――それを示さなくてはいけない事くらい……
 言葉を失ってしまった里美を、璃亜は寂しそうな微笑で見つめる。
 誰だって自分が心血注いで創り上げた物を、簡単に消してしまうなんて悲しい事、したくはないのだ。
 ただ、それしか方法が思いつかなかったから。
 それが一番近い解決法への道筋だったから。
 里美は何かを思い出したようにはっと顔を上げて、ゆっくりと口を開く。
「もし、NPCが消えていく事で、女神達が反乱を起こしたらどうするの?」
 里美はこの璃亜の行動によって、アリアンロッドやモリガンが、この世界を侵略していると取り、自分達に反乱を起こすのではないかと危惧していた。
「大丈夫」
 璃亜の微笑みは何処までも平生過ぎて、安心するというよりも、真逆の気持ちが生まれてくる。
「何も知らない内に終るわ。知っているのはゼルバーンとルチルアだけ」
 それに…と、一度言葉を止め、璃亜は瞳を伏せて里美から視線を外す。
「起動AI…4柱の女神達は消えない。だって、彼女達が消えたら白銀の姫のバランスが崩れてしまうから」
 里美から視線を外した璃亜は研究室の黛・慎之介のパソコンをそれとなく立ち上げる。そうここには履歴が残っている。
 異界化してしまった『白銀の姫』へと降りるための入り口が。
「私も行ってみようと思います」
「あぁ、それはいい考えだ」
 もしかしたら璃亜が『白銀の姫』の世界へと赴くことで考えが変わるかもしれない。
 里美はそう考え、璃亜の提案に肯定の意を示した。





 慎之介のパソコンからログインし、姿の消えた璃亜を見て里美はため息を付きつつ使い慣れたパソコンのある自宅へと戻る。
 どうしても考えが上手くまとまらなくて、里美は釈然としないながらもパソコンの電源を入れると『白銀の姫』へと降り立った。
 アスガルドに降り立った璃亜を探そうかと、そんな思いが頭の中を一瞬駆け抜ける。しかし現状を止める事ができる様な明確な方法論を打ち出せていない時点で、この現状を自分だけの力で止めることはできない。
 里美はフラフラとジャンゴの中を歩き回り、ふと今あの入り口となったマグ・メルドはどうなったのだろうかと足を向けた。
 残された時間がどれだけあるのかは分からないが、のんびりとしていられない事は事実。
「な……」
 足早に赴いたマグ・メルドは、一面の湖へと変貌を遂げていた。
 彼女が偽者だと言っていたヴェディヴィアはただこの湖を見つめるように立ち尽くす。
 湖畔には幾艘もの船が並び、ゆっくりとたゆたう波と共にその姿を上下させている。
 言葉を発するかどうかまでは分からないが、里美は呆然と立ち尽くすヴェディヴィアに言葉をかけた。
「アヴァロンへは行けるのかい?」
「可能です」
 質問に義務的に答え、その後「船に乗ってください」と口にする。
 里美1人でこの大きな船に乗るのは少々気が引きつつも船に乗り込むと、船はひとりでに動き出し湖の奥へと進んでいった。
 伝説に残るように湖の先は霧が立ち込め、視界に一気に狭くなる。
 光と共に現れた大陸は、確かにアヴァロンだった。
 里美が船から下り、アヴァロンへと上陸すると、此処まで運んできてくれた船はまた対岸へと戻っていく。そんな光景をただ見つめて、里美は踵を返した。
 向かう先は、浅葱・孝太郎の下。
 もしかしたら彼ならば別の方法を思いついて、どうにかできるかもしれない。
 この世界になんら変化や傷を付けることなく解放させる事ができるかもしれない。
 そんな希望を抱いて。
「こんにちは」
 自分が眠っていた墓石を見上げ立つ孝太郎に、里美は声をかける。
『あぁ飯城さん。こんにちは』
 どうしたの? という色合いが篭った顔つきで、孝太郎は里美を見る。
「この世界の元々のNPCを消さずにどうにかできる方法はないかと思ってね」
 正確には魂のないNPCを消さずに分別する方法。で、あるのだが。
 里美は元々主軸としてこの世界のプログラムを組んでいた孝太郎なら、他の方法を思いつく、もしくは知っているかもしれないと、藁にもすがる思いで問いかけた。
『璃亜先輩、結構無茶してくれたからな』
 それは現実世界で璃亜も似たようなことを言っていた。
 色々とヒントや助けを組み込むために、必要のないブラックボックス−バグがこの世界には沢山できてしまったと。
『ボラックボックスを消す事は確かにできると思う。だけど、一緒に付随して組み込んだものまでそのままかどうかの保証は……できないです』
 バグがなくなり、それと同時にNPCを消す必要も、ゲームとして確立させることできるかもしれない所まで来ても、現状の解決が行えなくなるような事になってしまっては本末転倒だ。
『それに、気に病まなくても魂のないNPCは組み込まれた行動しかしない』
 孝太郎の一言に、里美ははっとなる。
 確かに紅の街エベルでは、最初から用意されていたかのような台詞しか街の人々は言ってくれなかった。
 ならば、あのジャンゴの道具屋の店員は―――?
 あの店員は魂が入っていたからあんなにも生き生きとしていたのか?
 考え込んでしまった里美を見て、孝太郎は肩をすくめたように笑うと、
『飯城さん。要にあったら伝えといてもらえるかな?』
 孝太郎の言葉に、里美はふと顔を上げる。
『きっとデバッカーが一番性にあってると思うって』
「あぁ、分かった」
 本当ならば的場をこの場所に連れてくるのが一番早いのだが、あの青年がこの世界に足を踏み入れるような事をするだろうか。
 それに、そこまでの時間が残されているのかどうかも分からない。
 里美はふと振り返り、アスガルドに目を向けた。








to be end...




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0638/飯城・里美(いいしろ・さとみ)/女性/28歳/ゲーム会社の部長のデーモン使い】

【NPC/都波・璃亜(となみ・りあ)/女性/27歳/情報講師】
【NPC/的場・要(まとば・かなめ)/男性/24歳/大学院生】


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■         ライター通信          ■
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 Fairy Tales 本編補足編-another- 〜湖の貴婦人〜にご参加くださりましてありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。今回の登場人物は(名前だけでも)出てきている人のみとさせていただいております。このお話は本編のエンディングへと続いております。今回の-another-は全てにリンクしており、ご自分がプレイングした伏線が他者様納品ノベルにて生きていたり致します。
 里美様のプレイング内容から考えて、ゲーム内よりは現実世界での話しの方がよいのではないかとこちらで判断し、こういった形にさせていただきました。もしプレイングの方にて明確な代案が出てきていたら、方法は変わっていたかもしれません。
 それではまた、里美様と出会えることを祈って……