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<白銀の姫・PCクエストノベル>


Fairy Tales -another- 〜湖の貴婦人〜


【フラグ:Cui bono?】

 病院の受付でペコペコと頭を下げていたのは、かの都波・璃亜の弟、都波・琉維。
 勝手に退院してしまった姉の事務的後処理や医者からのお小言を一手に引き受けてすっかり腰が低くなっている。
「やっほ〜」
 そんな琉維の姿を病院の入り口で眺めていたのは、御守殿・黒酒。行き成り病院に押しかけてきたり、聞いた話では助っ人を連れてきてくれたりと何かと開発チームを気にかけてくれていたらしい。
「こんにちは」
 病院とは不釣合いというだけでなく、普段だったらきっと話すきっかけもないような黒酒に対して、琉維の口からは至極自然に挨拶の言葉が漏れた。
 あまり多くない荷物を手に、このまま研究室へと向かうという琉維に付いて、これ幸いと言わんばかりに黒酒も歩き出す。
「キミは、白銀の姫に降りた事あるのかなぁ?」
 突然なんだ? と、言わんばかりの琉維の表情はさておいて、黒酒は言葉を続ける。
「ボクも話は聞いていたけど、行ったことはないんだよね〜」
 解決策の糸口が見つかったと聞いていたから、人を取り込むというあの世界がもう直ぐ無くなるだろう事は黒酒にも安易に予想が付いた。
 画面越しにアスガルドを見る事はこの先いくらでもできるだろうが、自分の足で立って自分の瞳で見る事はできなくなるだろう。
 だから黒酒は一連の事件の中で当事者でありながらも一番近そうで一番遠い場所にいた琉維に言葉をかけた。
「大学へ行くならついでとでも言いたいのかな?」
 黛・慎之介が研究室の自分のパソコンを使用して、その足で『白銀の姫』に降り立った事を知らない琉維ではない。
「まぁその通りとでもしておこうかなぁ」
「別に…いいけどね」
 頑なに行かないと否定する要素もなければ、行ったからといって損をするわけでもない。
 その目で自分達が作ったものを見れるのだ。むしろ得の方が大きいだろう。
 それっきりの会話は交わされないまま、大学病院から歩くには少々距離のある大学院棟まで徒歩で移動する。
 途中こののんびり差加減に黒酒はイライラと顔を歪ませたが、逆に何か乗り物を使うには近い。微妙な距離加減の位置に建物は配置されていた。
 それでも前向かった方法とは違う道順だという事は、これはこの学園の生徒が使う裏道のような物なのだろう。
 表からバイクや車を使うのと、この裏道を通るのとはもしかしたらさほど時間の差はないのかもしれない。
 大学院電子工学科の研究室では前来た時の様に的場・要が1人部屋に陣取っていたが、都波・璃亜の姿は無い。
 病床から起きたばかりだというのに無茶をする人だ。
「あれ? 君は…」
 琉維と共に現れた黒酒に顔を上げて、的場は言葉を駆ける。
「おじゃまするよぉ〜ん」
 黒酒は的場にヒラヒラと手を振って、琉維がパソコンを立ち上げるのを待つ。
「それじゃ、ちょっと行ってくるね」
 慎之介のパソコンの前で琉維は的場にそう言葉を駆けると、黒酒に一度振り返りエンターのボタンを押した。





 『白銀の姫』――アスガルドのジャンゴに降り立った2人は、感嘆の息を漏らしつつ辺りを見回す。
「へぇ…」
 黒酒は懐から小さなデジカメを取り出すと、辺りをきょろきょろと物色しながらその映像をデジカメの中に納めていく。
 ある程度までメモリを喰ったところで、はたっと顔を上げてなんとなくニヤリと微笑んだ。
(そういえばこれで撮った写真ってどう写るのかねぇ)
 現実世界に持って帰った後、ちゃんとこの場所の映像が上手く記録されているのだろうか? と、いぶかしりながらも、もしかしたらそのまま残っているかもしれないとシャッターを切る。
 琉維はそんな黒酒の姿を見つつ、自分の何か持ってこればよかったかな? などと呑気に考えて、そっとジャンゴの壁に触れてみた。
 確かに硬い。
 壁の感覚が手の平に伝わり、拳で軽く叩いてみればコンコンと音が聞こえる。
 そのまま自分が記憶している街の中心へとふらふらと歩き出す。
「おっと」
 黒酒はシャッターを押す手を止めると、そんな琉維を後ろから追いかけた。
 正直はぐれてしまっても差し障りはなかったのだが、知り尽くしている人物の後に付いて行った方が何か掘り出し物に出会えるかもしれない。
 人の行き来が盛んになっている街の中で、ただただ深く感嘆の息を漏らす。
 冒険者や勇者が行きかう街の市場はまるで本当にファンタジーの世界に来てしまったかのように、多種多様な人々が集まっていた。
 ここにいる見たことのない人々は皆現実世界からこのアスガルドへとやってきた人なのだ。
 ただその事実がとても大きかった。
 あぁここに冒険者として降り立った人間は、この世界に来てしまった人間の一握りでしかない。
 もしかしたら、自分もこの力がなかったらNPCと化していたのかもしれないと思うと、琉維はただ顔を伏せた。
 顔を伏せたところで、起こってしまった現実も事実も覆せるわけではないのだが。
「素人の俺が言うのもなんなんだが」
 いつもの何処かふざけたような口調が消え、黒酒は普段から想像も付かないほど真面目な言葉を口にする。
 なんとなくその変化に琉維は伏せていた顔をふと上げる。
「こんなすごい世界をここまで作った男なら、最後まで作り通せよ」
 黒酒の言葉に琉維は一瞬瞳を大きくして、どこか寂しそうに口元に笑みを湛える。
「僕が作ったわけじゃないさ」
 確かにこの世界を動かしてきたのは浅葱・孝太郎かもしれない。
 しかし、それでもその一片を担っていたのではないのか?
 この世界…このゲームをより円滑に、楽しい物にするために尽力してきたのではないのか?
「僕は見守ってきただけ」
 すっと見上げるジャンゴは高く高く聳え立ち、偽者の太陽が眩しく辺りを照りつける。
「それでもボクにとってキミ達は誰でも代わらないけどね」
 ゲームをやる人間からすれば、どのポジションであろうとも『製作者』である事には変わらない。
「そう言われると、反論はできないかな」
 街の中心部から背を向けて、ゆっくりゆっくりと歩き出す。
 奥へ奥へと進むたびに人は少なくなっていく。
 誰もここに開発スタッフの1人が紛れ込んでいるなんて知りもせず。
 言葉もなく一緒に歩く足音が出が響く中、ふと黒酒の足音が止まる。
 琉維は訝しげに振り返ると、黒酒の真っ直ぐな視線が琉維を貫いた。
「冗談でもなんでもなく、裏の世界を色々観てきた俺が言うんだから、まぁ間違いないよ」
 いつも自分の事を『ボク』と言っている黒酒の一人称が『俺』に変わっている。
 その微妙な変化が昨日今日会った人間にとってさしたる変化ではなくても、黒酒にとってはいつになく真剣な一時だった。
「そうだなぁ」
 だがそんな一瞬の時は直ぐに終わり、飄々として靴音を響かせると、黒酒の態度は元に戻る。
「注意すべきは情報漏洩だな」
 しかし、口調だけはそのままで。
「それは確かにその通りだけど……」
 なんとなくこの世界の事を真剣に考えてくれているのだろうかと琉維は考えを巡らせる。
 出会い方が芳しくなかっただけに、その変化に琉維の方が戸惑っていた。
「この前病院に行ったとき」
 そう、碧摩・蓮が呼んだ助っ人に『Tir-na-nog Simulator』を操作させるために電子工学科へと赴き、琉維からアクセスコードを聞いた日だ。
「浅葱の知り合いとかこいてた奴なんて怪しいぜ」
 黒酒の言葉に琉維はただ首を傾げる。
 失礼だが、そんな電子工学科に足を運ぶような知り合いが孝太郎に居たとも思えないし、琉維は先だっての出来事は聞いてはいたものの、そこに来ていた人達の事は知らないのだから。
「僕達が知らない知り合いが居たとしても、なんら不思議はないけれど」
 個人の交友関係までしっかり把握しているなんて、それこその何処のどんな関係の人だ。という事になってしまう。
 実際の知り合いであったか、はたまた虚実であったかなど本人に聞く以外確かめる術はないのだが。
「白銀の姫はリアルの都市伝説として裏まで知れ渡ったんだ」
 黒酒は数歩先で立っていた琉維の肩をポンッと一回叩き、そのまま琉維を追い越して先を歩いていく。
「これから有象無象に情報を吸い取ろうという輩が出てくるぜ。まぁ……」

 俺もそんな奴の1人だけどよ―――

 最後に口にした言葉に、琉維はばっと振り返る。
 先を行く黒酒はひらひらと手を振っていた。
 その顔にはどこか笑みを湛えて。





 程なくして現実世界へと戻ってきた黒酒と琉維だったが、研究室へと戻ってきた璃亜に見つかった琉維は捕まり、一緒になって捕まりそうになった黒酒だったがするりと交わして研究室を後にした。
 トットット…と、靴音を響かせて大学院棟を見上げ、その中の電子工学科がある辺りに視線を向ける。
「眠り姫の方が良かったかもねぇ…」
 あのなんだか頭から角とか背後から炎とか出しそうな雰囲気を見てふと呟く。
 まぁあの歳で何かの責任者になっている人物なのだから実量は相当の物なのだろう。
 黒酒は懐から戦利品とも言えるデジカメを取り出し、中にとった映像を見てみようと電源を入れる。
「へぇ〜残ってるもんだねぇ」
 小さな液晶窓から臨めるアスガルドの映像は確かに黒酒が撮った物だ。
 自分がデジタルからアナログに戻ったところで、写真のデータは元々からデジタルデータなのだから消えるという事はないのだろう。
 しかしどこかぼやけている様に見えるのはなぜだ。
 きょうびのデジカメならば手ぶれ防止機能程度標準装備で付いているはずだ。
 手ぶれと言うよりは、本当にぼやけている写真に、黒酒はただため息を漏らす。
 中の写真なんてアトラスに持っていけば高く売れるかも知れないと考えていた黒酒だったが、このぼやけようではあの編集長に滅多切りにされるのは目に見えている。
「何だい? ボクだけの思い出かいこれは」
 自嘲するように言葉を発し、黒酒はデジカメを懐へと戻した。


 解決させる事ができたんだ、それでよしとするか―――








end.



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0596/御守殿・黒酒(ごしゅでん・くろき)/男性/18歳/デーモン使いの何でも屋(探査と暗殺)】

【NPC/都波・琉維(となみ・るい)/男性/24歳/大学院生】
【NPC/的場・要(まとば・かなめ)/男性/24歳/大学院生】


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■         ライター通信          ■
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 Fairy Tales -another- 〜湖の貴婦人〜にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。今回-another-専門参加という事で本編へと直接の係わり合いがないため、納品の方ずれてしまいました。僕の仕事が一概に遅いだけです。

 それではまた、黒酒様に出会える事を祈って……