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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


拝啓、冬将軍殿

嬉璃さん、誰に手紙を書いているんですか?
「ん?これか。これは冬将軍にぢゃ。ほれ、最近暑いじゃろう。あやつを呼んで、庭に雪でも降らせれば涼しくなると思うのぢゃ」
冬将軍というのは?
「ああ、わしの知り合いの精霊ぢゃ。名前の通り冬になると寒さを運んでくる、愛想のない頑固な男での。・・・が、こやつ、なかなか可愛いところもあるのぢゃぞ」
可愛いところ?
「この男、わしの友である小春という精霊と文通なぞしておるのぢゃ。古風ぢゃろう。お互い憎からず思うておるのに、初心なものよ」
それで、どうやって夏に冬の精霊を呼ぶのですか?
「うむ、それはのう・・・」

「これ、うちの干菓子だよ。溶けないからゆっくりお食べ」
「ありがとうございます!」
なかなかうまい手紙の文句が浮かばず、苛立っていた嬉璃からいじめられている三下忠雄を助けてやった栗原真純は、なんとなく亀を助けた浦島太郎の気分だった。といっても、三下がその後恩返しで竜宮城へ連れて行ってくれるなんてことは断じてありえない。見返りのない人助けこそいいもんだよと、真純は自分の心に言い聞かせる。
「美味しそうなお菓子ですね。新作ですか?」
型押しされた三盆糖の美しさに初瀬日和の目が輝いている。
「ああ。あんたたちにも食べてもらいたくて持ってきたんだ」
水まんじゅうもあるんだよ、と続けると嬉しそうに日和は手を叩き、冷やしあめを飲んでいた嬉璃は早く出すのぢゃ、と催促した。
「それじゃ・・・と、あれ?」
さっそく披露しようと思ったのだが、抱いてきた浅黄色の風呂敷包みが見当たらない。さっき三下へ干菓子を渡すとき、畳に置いたのだが消えてしまったのだろうか。
「どこへ行ったんだろ?」
嬉璃と日和にも頼んで、探すのを手伝ってもらう。すると数分後、玄関のほうから日和が見つかりましたと真純を呼んだ。
「でも・・・・・・」
「でもって、なにかあったのかい?」
日和が指さしている玄関脇の階段を見上げると、嬉璃よりももう少し幼い少女が真純の風呂敷を膝にのせて、干菓子を頬張っていた。
「おいしいの、このお菓子」
クレメンタイン・ノースと名乗る少女は満面の笑顔である。さて怒っていいものか喜んでいいものか、真純はしばし考えた。

 とにかく暑くてたまらんのぢゃと、嬉璃は畳の上に両足を投げ出した。暑いから手紙の内容が浮かばないのだと、理由をつけているようでもあった。
「冬将軍の奴、真面目ぢゃからのう。素直にわけを書いたところで、来てはくれぬぢゃろうなあ」
「じゃあ、冬将軍様が来てみたくなるような催しを開けばいいんですよ」
お願いのお手紙というより、招待状ですと日和が提案する。すると真純も身を乗り出して
「そういやあの人、甘いものが好きだったよね。納涼お茶会なんてどうだろう」
「お菓子なの」
あやかし荘の冷凍庫を勝手に開けて、カップアイスを片っ端から空にしつつクレメンタインも賛成する。この小さな体のどこに、どれだけ甘いものが詰まっているのだろうか。
「あとね、あとね」
「なんぢゃ?」
「くーね、こはるちゃんも呼ぶといいって思うの」
「小春をか?」
あやつも今は時期はずれで眠っておるぢゃろうなあ、と嬉璃が中空を見上げる。実は、時期外れの精霊を呼ぶことは意外と大変なことだった。なので、面倒ぢゃから呼ぶのはよそうと言いかけた嬉璃、しかし。
「そうだね、冬将軍さんも小春ちゃんに会うためなら来るだろうさ」
「小春さんもきっと、会いたいって思ってるんじゃないでしょうか」
「いや、どうだろう。あの子のことだからまた『私は文通だけでも・・・・・・』なんて、顔真っ赤にするんじゃないかね?」
「でもやっぱり、会いたいですよ」
「・・・・・・」
真純と日和がやたらに盛り上がってしまったので、嬉璃は言い出すきっかけを失ってしまった。そこへさらに、クレメンタインがにこにこ笑いつつ嬉璃に便箋を差し出してくる。
「嬉璃ちゃん、お手紙書くの」
誰一人、嬉璃の味方をしてくれる者はなかった。奔放な座敷わらしの嬉璃であったが、そのときだけは言いなりになる、という方法を覚えた。

「そ、そんな・・・。私は、文通していただくだけで充分なんです」
嬉璃の手紙に呼ばれてやってきた小春は、これでもかというくらいに期待通りのセリフを言ってくれた。だが当然予想していた真純と日和は、まあまあと言いながら小春を手招きする。あやかし荘の小さな台所ではすでに、お菓子作りの準備が整っていた。
「精霊さんってお仕事以外はいつも眠ってるんだって?それじゃ、お菓子作る暇だってないだろう」
「また、冬将軍様にお菓子食べていただきましょうよ」
「いえ、そんな、もう・・・」
小春は顔を真っ赤にしつつ首を横に振る。が、横顔にはかすかに自分の作ったお菓子を食べてくれる冬将軍の姿を想像しているらしい雰囲気が浮かんだ。遠慮しつつも、やはり期待してしまうのだ。
「ね、小春さん」
だから優しく背中を一押しすれば、そうすれば頷かずにはいられない。
「・・・・・・はい」
「じゃ、まず水羊羹を作ろうか」
小春ちゃんは餡を準備しておくれと言いながら、日和は水につけておいた寒天を鍋で火にかける。日和は真純の作ろうとしている和菓子のメモを見ながら、それに合う器をあやかし荘の食器棚から選んでいた。
 一方、まだ手紙にかかっている嬉璃と最後のアイスを味わっているクレメンタインは。
「ねーねー」
「なんぢゃ?」
「あのね、くーもね、雪呼べるのよ」
「ふむ?」
本当か、という顔で嬉璃が真面目な表情になりクレメンタインをじっと見つめた。真剣に目を注ぐことで、今ようやくクレメンタインが普通の少女でなく雪の精霊であることに気づいたらしい。
「なんぢゃ、それならおんしに頼めばよいではないか。のう、雪を降らせてくれ」
「うん!」
クレメンタインは空になったアイスを置いて立ち上がると、縁側から庭に飛び出した。そして大きく息を吸い込むと
「いじょーきしょー!」
とんでもない言葉と共に、あやかし荘の屋根の上に雪を積んだ大きな雲を呼んでしまった。たちまち空が暗くなり、突風と共に粉雪が吹きつける。外が白銀に染まり、なにも見えなくなってしまう。あやかし荘の中も冷凍庫へ放り込まれたように温度が冷え、薄着をしていた日和が両腕を抱くようにしながら居間へ飛んできた。
「いきなり冷えてきましたけど、もう冬将軍様がいらっしゃったんですか?」
「い、いや・・・・・・」
首を振りつつ、嬉璃は雪と遊ぶクレメンタインを指さした。豪雪に胸まで埋まりながらも、クレメンタインははしゃぎまわっていた。
「なにが起こってるんだい?寒くて手が動かないよ」
白い息を吐き、葛を溶かしている火に手をかざしながら真純は壁にかかった温度計を見た。赤い水銀は、マイナス10度でうずくまっている。
「嬉璃さん、冬将軍様を早く呼びましょう。この雪をなんとかしてもらわないと」
「う、うむ、そうぢゃな・・・・・・」
そして、本来の意図とはまったく違う理由で冬将軍は呼び出されることになってしまった。

 本来は冷たくするはずだったのだが、温かく入れたお茶を飲みつつ真純はほっと息をついた。指先が、じんわり溶けてくる。
「まさか、夏に凍死しかけるなんてねえ」
「大げさですよ、真純さん」
日和は笑っていたが、薄いショールをかけているその肩、腕にはさっきまで鳥肌が立っていた。
「これだったら、水菓子じゃないがよかったかもねえ」
「・・・・・・いや」
すると、縁側のほうから静かな答えが返ってきた。クレメンタインの豪雪を治め残雪で涼んでいる冬将軍である。大きな手でフォークを使い、水羊羹を食べている。
「珍しい菓子だ」
言葉は淡々としていたが、どうやら気に入ったらしい。気づけば皿が空になっていた。
「あの、このお菓子も食べてみてください・・・。葛がかかっていて、おいしいんです」
顔を赤くしながら、小春は水まんじゅうをそっと差し出す。
「頂こう」
冬将軍は真面目な顔で水まんじゅうに手を伸ばした。が、真ん中に小さい手がぱっと割り込み、水まんじゅうはさらわれた。
「くーも、おいしいの食べるの!」
「クレメンタイン殿」
「こら、おんし、わしの水羊羹まで食いおって!」
どうやらクレメンタインはすでに自分の和菓子を食べ尽くし、嬉璃の分をくすねた上に冬将軍の水まんじゅうに手を出そうとしているらしい。大雪を降らせたあとでお腹が空いているのだろうが、すごい食欲だった。
「取り合いするんじゃないよ、まだ余ってるんだから仲良くお食べ」
真純は冷蔵庫に入っている水まんじゅうを取りにいこうと立ち上がり、そのときふっと小春に目をやった。小春は、冬将軍から三歩下がったところに座って、その大きな背中を嬉しそうにじっと見つめていた。
「・・・いいもんだねえ」
それだけのことなのに、真純はなんだか胸の中がほっと温かくなった気がした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2356/ 栗原真純/女性/22歳/甘味処『ゑびす』店長
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
5526/ クレメンタイン・ノース/女性/3歳/スノーホワイト

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
なんだかこのシリーズは手紙つながりという感じです。
オープニングのはなんだか読み返してみると
三下くんのセリフっぽかったので彼も登場させてみました。
真純さまのノベルを書くときはいつも、和菓子について
調べるのですがどれもおいしそうで食べたくなります。
今回は、ノベルには登場しなかったのですが
わらびもちが食べたくなりました。
いつか三下くんの恩返し、あるといいななんて思います。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。