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<東京怪談・PCゲームノベル>


笛の音誘えば

 丁度、黄昏時だった。昼間のうだるような暑さも少しはおさまり、と言いたいがそれ程でもない。段々と薄暗くなる木々の間を歩いていると、不思議な笛の音が聞えてきたのだ。
祭囃子のようだった。この辺りの神社で祭りがあると言う話は聴いた事が無かったし、そもそもこの近くに神社などあっただろうかと思いながら進むと、木々の向うに灯りが見えた。いくつもの提灯が並んで揺れている。やはり、祭らしい。だが、これが普通の社ではなく、普通の祭でも無い事に気付くのに、時間がかからなかった。すぐ傍の屋台に居た少女のせいだ。真白な髪に紅い瞳をした彼女はこちらを見ると、にっと笑って言った。
「おやおや、また迷うて来た者がおるらしい。まほろの社に続く道は、一つでは無いからのう」
 まほろの社。それがこの社の名。今日は夏祭りの日なのだと言う。
「折角ここまで来たのなら、少うし、遊んで行くがよかろ」
 彼女の誘いを断る気には、ならなかった。櫻紫桜(さくら・しおう)は一つ頷くと、改めて辺りを見回した。天女のような衣をひらめかせた女性が、一枚の布切れのようなものと連れ立って歩き、また頭の長い老人が、二つ首の龍をどたばたと歩かせている。物凄い美女だと思えば足元は蛇で、それが同じような美女と連れ立って仲睦まじげに歩いて?居た。屋台は賑わっており、祭は盛況のようだ。普段闇に潜む異形の者達から、天人の類までが一同に介して居る様は圧巻とも言えた。
「まほろの社、か。この辺りは良く通るけれど…」
 これほどまでに異形の者達が集まる場所に、自分がこれまで気づかなかったのは不思議だった。紫桜がそう言うと、少女はそりゃそうじゃ、と笑った。
「特殊な社じゃからのう。普段は閉じておる故、力持つ者でもそうは入れぬ。一年のうち、社が開くは、この季節と後は一度きりよ。それに、開く時期は決まっておるが、開く場所はまちまちじゃからのう。今年はここに開いたというだけ」
 少女は天鈴(あまね・すず)と名乗り、仙人であると言った。見た目は10歳かそこいらの子供に見えるが、無論その通りの年ではあるまい。高校生にしてはかなり落ち着いて見えると言われる紫桜に対する態度で、何となく察しはついた。紫桜の名を聞くと、彼女はほう、と眼を細めて、
「桜の字が二つ重なるとは。美しき名よ」
 と笑った。すぐ傍にあった冷やし桃の屋台は彼女のもので、何と仙界の桃を売っているのだと言う。
「どうじゃ?一つ試してみぬか?」
 勧められるままに一つ手に取ると、皮はするすると剥けた。
「仙界の桃だから…かな?」
 と首を傾げた紫桜に、鈴は少し得意げに笑って、
「ちょいと加工したのじゃよ。屋台で食べやすうする為にの。仕組みは企業秘密じゃ」
 と胸を張った。一口齧ると、ヒンヤリとした桃の汁が口一杯に広がった。すうっと何かが己の気に浸透していくような気がしたのは、多分、仙界の桃であるが故だろう。邪気を滅し、気力を回復させる力があるのだと、鈴が教えてくれた。
「美味いか?」
 覗き込むように聞く鈴に、紫桜は桃を口に含んだまま、頷いた。桃は好きだが、この仙界の桃は特に美味い。素直にそう言ってやると、鈴は嬉しそうに頷いて、
「そうじゃろうそうじゃろう?ついでに言うと一つ三千円になっておる」
 と恐ろしい事をさらりと言った。サービスは無いらしい。

「人の社の縁日と、中身はさほど変らぬよ」
 両脇にびっしりと屋台が並ぶ参道を歩きながら、鈴が言った。
「そうは…見えませんけどね」
 たとえば、と紫桜が指差したのは、金魚すくいのように見える『何か』だ。青い水槽の中には、金魚には似ても似つかぬ何かがしゅるしゅると泳いでいる。
「あれは水龍すくい。金魚すくいと言うのがあるであろ?それの真似じゃ」
 鈴の説明に、紫桜は少し驚いた。
「こっちの方が真似、なんですか?」
「そうじゃよ。祭そのものは古くからあったのであろうがの。こんな屋台を出して楽しむようになったのは、人の世の祭りを見て真似たものも多い。こと、『遊ぶ』と言う事については、人が一番長けて居るのじゃ。…ほれ、あれも。あれも元は人の遊びじゃろ?」
 鈴が指差した先にあったのは、輪投げだった。確かに、縁日でよく見かけるアレに似てはいる。似てはいるが、紫桜に言わせればかなり違っていた。普通、輪投げと言うのは輪っかを投げて、壷だの人形だのにかけて取るもので、走り回っている小鬼に輪っかを投げかけて捕まえるものでは無い屋台の前に陣取って、やっきになって輪っかを投げていたのは、旅姿の老人だった。隣には古い着物を着た童子が居る。
「おや、道祖神と座敷わらしの取り合わせとは、珍しい」
 珍しいと言えば、この辺りをうろうろしている客全部が珍しいのだが…どうやら独特の基準があるらしい。鈴が道祖神だと言った老人は、あまり輪投げが上手ではなく、5つあった輪のうちの3つを外したところで、隣に居た童子と替わったが、彼もまたあまり得意ではなかったようだ。全て外した二人は、悔しげに何事か文句を言いつつ帰って行った。
「どうじゃ?やってみるか?」
 思わずじっと彼らの手元に見入っていたからだろう、鈴が言った。
「これって、取れたらどうなるんですか?」
「人の世のそれと同じよ」
「って事は…」
 小鬼を貰えるという事か。
「でも、小鬼を貰って、どうするんです?」
「眷属にするも良し、とって食うも良し」
「食うって…」
 驚く紫桜に、鈴は、
「色んな奴が居るからのぅ」
 と言ってそぞろ歩きする者達をちらりと振り返った。なるほど、そう言われてみれば、小鬼どころか紫桜だって取って食ってもおかしくはない者も、ちらほら居るようだ。顔をしかめた紫桜を見て、鈴がくすっと笑う。
「じゃがな、小鬼どもとて食われとうは無いし、眷属となるのも望まぬ。それ故、取引をするのじゃ。小鬼どもは意外と宝持ちでの、捕まえた客に必ず『あれをやるから代わりに放せ』と持ちかける。中にはカスを掴まされるものもあるものの、思わぬ引き出物に出会う事もある。客の大半は、その取引目当てに来るのじゃよ」
「じゃあ、『とって食う』客は…」
「おらぬ、と言うても良いであろうな。のう?親爺?」
 鈴が言うと、店の横で二人の話を聞いていた、何となく猫のような顔立ちをした男がにんまりと笑って、そのようで、と答えた。
「まあ、一度やってみると良い。桃の礼じゃ、ここは払うてやる」
 紫桜の答えも聞かずに、鈴は店主に金をぽんと払い、輪を5本取ると、紫桜に差し出した。そんな勝手な、と一瞬思ったが、水龍すくいや射的よりは簡単そうだ。小鬼の動きを読めば何とか行けるかも知れないと、紫桜は鈴の手から五本の輪を受け取った。紫桜が輪を手にしたのを見て、小鬼たちがざわめき、これまでよりも更に素早く走り出す。
「これは…」
 ちょっと難しそうだ。気を読んで動きを予測しても、寸での所でかわされたり、跳ね除けられたりしてしまう。一つ、二つと輪を投げては外れ、最後の最後でようやく小鬼を一匹捕らえた。小鬼にかかった輪はしゅうっと縮まり、捕らえた小鬼を縛り上げる。縛り上げられた小鬼は、きっと紫桜を見上げると、叫んだ。
「オマエ、鈴が欲シュウハ無いカ?!」
 これが取引なのか?と紫桜が首を傾げると、小鬼は甲高い声で更に叫んだ。
「身代ワリ木っ端ジャ!他ニハ無いゾ!わしシカ持っては居らヌぞ!」
 どこから出したのか、輪ッかに縛られたままの小鬼がくるりと後ろを向くと、後ろ手に小さな木っ端を握っているのが見えた。なるほど、と鈴が呟く。
「それは良いやも知れぬ。ことに紫桜どののようなお人には、な」
「…じゃあ、それを貰う。…放してやるにはどうしたら良いんですか?」
 店主に聞くと、彼はすぐに、ぱちん、と指を弾いた。途端に輪っかがぱん、と消え、店主の指に戻る。放たれた小鬼がぴょん、と紫桜の手に乗って、木っ端をそこに置いた。
「オマエの命危ノウなると、コレはオマエに成り代ワル!」
「呪文は?」
 と聞きくと、小鬼はぷるぷると首を振って、要らぬ!と叫んだ。
「懐二入レテおけ!そうすればオマエの気ヲ覚エルぞ!」
 それだけ言うと、小鬼は再びピョンと飛び、また駆け回る小鬼たちの群れに戻った。
「良いモノを手に入れたのう、紫桜どの」
 鈴に言われて、紫桜はしげしげと木っ端を見詰めた。見れば見るほど普通の木っ端だが、鈴は大丈夫、と頷いた。
「嘘は申しておらぬよ。あれの言う通り、懐に入れておくと良かろう。紫桜どのは怪異に縁のある方とお見受けする故、役に立つ日もあろうて」
 木っ端自体にはあまり力は感じなかったが、紫桜は鈴の言う通り、制服の胸ポケットにそれをしまった、と、その時。参道がふいにざわつき出した。何かが始まるらしい。皆が空を見上げているのにならって視線を転じた紫桜は、思わず息を呑んだ。
「あれは…!」
「天女じゃよ。また舞を始めるつもりか」
 鈴が言い終えるか終わらぬかのうちに、天空から笛の音が響いてきた。
「この笛、さっきも聞いたような」
 と呟くと、鈴がおお、と頷いた。
「そういえば、紫桜どのが来られるすぐ前にも、舞っておったな、あやつら」
 天女たちはその間にも美しく舞い、彼らが舞う度、見上げる人々の上に花が降る。そのうち、見上げていた客の中からも、一人、二人と彼らに続いてふわりと宙を舞い始めた。
「すもも飴を食べたのであろ」
 紫桜に聞かれるより早く、鈴が言った。見ると、二人の居た向かいに『天女のすもも飴』と言う屋台がある。紫桜は迷わず、懐から財布を出した。
「一つ、下さい」
「はいな」
 彼女も天女なのだろうか。ほっそりとした白い指から受け取った飴は、心なしかきらきらと輝いて見えた。
「天女の作った水飴じゃ。食えばひと時、天を舞う力を得る。味も中々」
 鈴の言葉に促されるように、紫桜はぱくり、とすもも飴を齧った。その途端、ふっと体が軽くなり、気づけば紫桜の身体はゆっくりと宙に浮き始めていた。飛んでいる。
「高う、高う」
 細い声に顔を上げると、舞っていた天女たちが紫桜を取り巻いて、誘うように腕を伸ばしていた。
「こちらへ」
 そのうちの一人の手を取った瞬間、紫桜の体は更ならる高みに舞い上がった。少し驚きはしたものの、怖いとは思わなかった。社はあっという間に小さくなり、木々の合間に消えた。
「結界を抜けたのじゃ」
 いつの間にか隣を飛んでいた鈴が、言った。天女たちは楽しげに笑いさざめき、紫桜と鈴の周りを舞い踊る。段々と『飛ぶ』事に慣れてきた紫桜は、天女たちの手を離した。風を感じ、流れに逆らわずに舞い上がる紫桜を見て、天女たちが歓声を上げる。巧い、巧い、と鈴が囃し立てるのを聞きながら、紫桜は東京の街を見下ろした。まだ薄明かりの残る街には、既に灯りが灯っている。不規則なきらめきと、雑多な気が、街を覆っている。上空から見ているからだろうか。力場の歪みやゆらぎが、はっきりと見えた。
「奇妙な街であろ」
 鈴がぽつりと言い、紫桜も頷いた。
「邪なれど聖。聖なれど魔。正に狭間の都よ、ここは」
「だから、全てが生きられる」
 紫桜の言葉に、鈴が、そうじゃな、と微笑んだ。
「全ては微妙な調和の元に成り立ってはおるものの。今他に、このような場所は無い。それ故、皆集うのじゃ」
「社への道がここに開いたのも、そのせいですか?」
 と聞くと、鈴は少し考えてから、頷いた。
「もっとも、それだけでは無かろうが。…して、紫桜どの、今宵は充分、楽しまれたかの?」
 鈴の赤い瞳に、街の明かりが映るのを見ながら、紫桜は一つ、頷いた。すもも飴の力が尽きつつあるのだろう。少しずつ高度が落ちて行く。再び参道が見えて来た所で、鈴が紫桜どの、と肩を叩いて、言った。
「よう見ておかれるが良い。今宵最後の舞が、始まるようじゃ」
 笛の音が、聞え始めた。

<笛の音誘えば 終わり>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【5453/ 櫻 紫桜(さくら・しおう) / 男性 / 15歳 / 高校生 】

<登場NPC>
天 鈴(あまね・すず)

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■         ライター通信          ■
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櫻紫桜様

初めまして、ライターのむささびです。この度は初参加、ありがとうございました。まほろの祭りは、お楽しみいただけましたでしょうか?すもも飴での飛翔は、少々こつがいるようですが、紫桜氏はすぐにマスターして下さったようです。また、今回は、小鬼との取引により、身代わりの木っ端をお持ち帰りいただきました。紫桜氏の身に危険が迫った時に、文字通り身代わりとなる不思議の木っ端でございます。お守り代わりにお持ち下さると光栄です。 それでは、またお会い出来る事を願いつつ。
むささび。