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ドロボウネコ
こう言う、「ぷち異界」なのが草間興信所の長所であり短所か。夏休みだからと、昼間から遊びに来た海原みあおは一人で頷いた。何が異界なのかと言えば、寝ている人がいる辺りが。
「依頼人。ドロボウネコに狙われてるってんで、夜寝てないらしい」
ソファで、いっそ清清しいまでに熟睡していらっしゃる女性の正体を尋ねた所、武彦はそう答えた。
「狙われてるのに、ここで寝てても良いのかな」
「良いんじゃないかしら? それが無理なら直接ここに来ないで電話するなり、他の方法を採った筈だもの」
今日も今日とて興信所の事務をこなしているシュライン・エマが、手際良くファイルを纏めて向き直った。武彦とみあおを視界に納めながら、それで、と続ける。
「肝心のドロボウネコだけど、情報が少なすぎるわね」
「まあ、彼女からは狙われてるって事しか聞けなかったからな」
起こすのも悪いと思って放置状態の依頼人に視線を送り、小さく溜息を吐く。
「しかし何でネコなんだよ、普通に人間が狙っていれば怪奇探偵とおさらばできるチャンスだったのに……」
「まあ、怪盗だと思えば十分カッコ良いと思うけど?」
「みあおちゃんもこう言ってるし、そんなに落ち込まないで捕り物がんばりましょ?」
シュラインに肩を叩かれ、武彦はもう一度気合を入れなおした。
「じゃあ、まずは情報収集だね。ドロボウネコに詳しそうなのって……」
「待てみあお。お前も加わるのか?」
「ダメ?」
訊かれて考える。
「まあ良いか、相手はネコだしな」
都市伝説なら、関東一円をカバーする巨大サイト「ゴーストネットOFF」が良い。あるいは月刊アトラス編集室長、碇・麗香。行動半径の違いから、みあおがゴーストネット、シュラインが麗香の所に行く事になった。
「白銀の姫」事件において設置されたパソコンを使い、早速アクセスする。
やはり扱う情報量が半端ではないこのサイト、既にドロボウネコの被害に遭ったと言う報告や、目撃情報、弱点や盗まれた物のリストまで出ていた。
しかし……。
「へ〜、ドロボウネコって普通のネコと同じなんだ……」
都市伝説と聞いて想像していたものより、このネコは普通のネコらしい。弱点だらけとも言える。追い返すだけなら簡単そうだ。
一つだけ違うのは、依頼人の話にもあった通り、ドロボウネコは人が見ていない時に限り自由に移動できる。障害物や距離や高低差などは無視して移動できるらしい。
外で見つけたドロボウネコが、目を離した一瞬のうちに家の中に入ってきたと言う話は数多くある。何人かで見ていればそうそう瞬間移動もできないだろうが、これは注意を要する能力だ。
「動くものに気をとられる……歯磨き粉の匂いが嫌い(ただし我慢できる)……水入りのペットボトルは効果無し……煮干しは好き……。盗んだものに共通点は無いのかな?……あ、でも、追い返してもまた来るんだ……」
守っても今夜だけ、と言うのは流石に依頼人も求めていないだろう。そうなると、ここには無い別の方法を探すしかない。
「ドロボウネコから狙われなくなる方法かぁ」
一番欲しい情報だが、一番少ない。少ないと言うか、無い。
それはもう執拗に狙ってくるのだ。手に入れるまで毎晩来るらしい。守ろうとして失敗するか、あるいは依頼人のように寝不足から盗まれるか、今までの所その二つ。
相手の体力が無限にあるならば、人間が勝てる道理もなく。
気軽に渡せないものだから、狙っているのは自明の理。
取り敢えず、別行動のシュラインに電話をかける。分かった事と分からなかった事を教えるために。一通り伝えると、シュラインは捕まえるのは簡単ね、と言った。しかしその後どうするかについては、二人ともに唸るばかりで良い考えは浮かばない。
『……難しいわね』
「うん。ずっと監視するわけにもいかないし。
ね、こっちから宝石を渡してみたら? 盗む気がなくなって来なくなるかも」
『ちょっと不確定すぎると思うわ。盗まれたものを取り返せるか分からないから、不用意に何かを与えるのは止めておくべきじゃないかしら。
私、このまま蓮さんの所に行ってみるわ。ネコ避けの道具があるかも知れないから』
「みあおも、もっと探してみるね」
『ええ、みあおちゃんも頑張ってね』
結局、有効な撃退法を見つけられないまま夜が来た。ドロボウネコの時間だ。
「何持ってきたんだ?」
なにやら荷物を抱えているシュラインに、武彦が首を傾げる。
「ネコ用のケージよ。それからマタタビスプレーと蓮さんから買った、『番犬君』って言うシールなんだけど」
シュラインの見せたシールは、脱力系のへたれた犬が描いてあった。10人が10人、お前ほんとに番犬か? と言いたくなるような空気を持っている。
依頼人には休んでもらい、武彦、シュライン、みあおの三人で見張ることにした。宝石を入れているという金庫を囲み、それぞれに視線を別の方向へ向ける。
「この番犬君ってどうやって使うんだ?」
「相手に貼ると、二度と盗みができなくなるって聞いたわ。人間には効かないそうだけど」
雑談などをしながら待つ事1時間。ベランダに黒い影が現れた。
「来たよ……」
真っ先に気付いたみあおが、視線を外さないように注意しながら二人を呼んだ。
ドロボウネコは三人に見られている事に気付くと、いきなりベランダから飛び降りた。反射的に武彦が立ち上がるが、シュラインの呼びかけに足が止まる。
家の中でネコが鳴いた。
「……移動する時に、地面に立ってる必要はなかったのね」
「ここで待つ? どっちにしろ、ドロボウネコは金庫を盗みに来るんでしょ?」
「隣の部屋は空いてるそうだし、そこに追い込むわ。みあおちゃんと武彦さんは、ドロボウネコを上手く捕まえてね」
「分かった、気をつけろよ」
シュラインが消え、どうやら玄関に向かったようだ。二人はケージとマタタビスプレーを持ち、部屋に隠れる。
「どうする気なんだろ」
「さてな」
すると物凄い勢いでドロボウネコが逃げてきた。どうも、何かを嫌がっているようである。その後を追いながら、巧みにドロボウネコを二人の隠れる部屋に向かわせるシュライン。
実はシュラインは、動物が不快に思う音を出してドロボウネコを追い立てているのだ。しかしあまりに音が高いので、人間には聞こえていない。
シュラインの音に気をとられて、ケージを持つ武彦には気付いていないらしい。そのまま首根っこを押さえ叩き込む。すかさずマタタビスプレーを噴霧すれば、ケージの中で泥酔した親父のような様相を見せるドロボウネコ。
「捕獲は完璧だな」
「なんかあっけないね」
どこか疲れた表情で落胆の息を吐くみあお。
「現実ってのはいつもそんなもんだ」
ごろごろと寝返りを打つドロボウネコを眺めつつ、疑いながらもシールを貼ってみると、溶けるようにドロボウネコの体に消えた。その直後、ドロボウネコは次々と宝石やら腕時計やらを吐き出し始めた。
「これ、今まで盗んできたもの?」
どんどん出てくる盗品の数々。みあおは咄嗟にケージを開けてドロボウネコを引っ張り出した。数秒かけて全部出し切ったが、その量たるや、猫用のケージなど一発で壊れそうなほどだった。
呆然とする三人をよそに、すごすごと逃げていくドロボウネコ。
「これで一件落着ね」
「しかしこの盗品、どうするんだ?」
「……警察に持っていっても、こっちが疑われそうなんだけど……」
事件は、まだ終わっていないようである。
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■ 登場人物 ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1415 / 海原・あみお / 女性 / 13歳 / 小学生 】
〈NPC〉
草間・武彦
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、初の調査依頼は犬のくせに猫の話な猟犬です。
今回はご発注いただき、ありがとうございます。
今回のみあお様は情報収集担当です。
こっそり能力を使わせていただいています。非常に小さいものですが……。
盗品の山は、きっと武彦氏がどうにかしてくれた筈……。
それでは、みあお様にいらぬ嫌疑がかかっていない事を祈りつつ、今日は失礼したいと思います。
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