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<東京怪談ノベル(シングル)>


白日の下に
「そりゃあ、いい加減、慣れたけどさ……」
 俺――門屋将太郎――は思わず独り言など呟いて、そして溜息を吐いた。
 その原因は言わずもがな、誰が開くでもないこの診療所の扉。毎日毎日淡い期待を寄せて見つめたが、いっこうに開かない。いい加減見飽きた。夢に出そうだ。
 今日もまた、テーブルに頬杖をついて、待ちぼうけ。
 もう何日客が来てないよ? 昨日も来てない。ずーっと来てない。そしてたぶん今日も来ない。
 そろそろ来そうな気もするが、そうやってもう一週間経った。無駄にTVに詳しくなっただけだった。もういい加減、ワイドショーから学ぶ事も無くなったぞ。
 そう思いながら、ふと窓の外を見る。
 外は夏らしい青空。入道雲。見てるだけで海なり川なり行って大はしゃぎしたくなる空だ。
 それに比べてこの部屋の陰気な事。俺以外に何か住んでるんじゃないのか? 特に戸棚の裏とか、部屋の隅辺りに。
 嫌だねぇ、美女の幽霊とかならともかく、黒い虫さんだったら……。
 そんな事を延々と考え、俺はもう一度溜息を吐いて、そして決めた。
 こんな所に居たら俺まで陰気になってくる。今日は思い切って、街に出よう。

 表に「本日休業」の札を下げて、外出の準備に取り掛かる。
 しかし街に出るのも久しぶりだ。おめかしして行かなきゃあな。この間、着流しで出て行ったら視線が痛かったしな……主に若い子の。
 軽いトラウマに襲われつつ、箪笥の中身を引っ張り出す。一通りの種類の服はこの中に詰まっている。おふくろが過保護にも、洒落心の無い俺のために買って来るからだ。しかし、たまに自分の趣味が入って困る。
 28にもなって。着る服ぐらい自分で買えるぞ。おかげでアロハとか金の龍入り革ジャンとかまである。着るだけで職務質問だな。カウンセラーだと答えたら、何処かに連行させられそうだ。そんな服も多い。ようするに、箪笥の肥やしも多々有るわけだ。選ぶとなれば、奥の方から見た事の無い物まで出てくる。……どうしようか。
 とりあえず無難に……涼しげに、ジーンズといきますか。ジーンズの事は良く判らないが、とりあえず安くないモンらしいし、たまには履いてやらんと……ん? んんっ? おぉお?
 ボ、ボタンがとまらん……くっ、あと2センチ足りない!
 た、確か、半年前は履けたよな、な。……運動不足かな……最近TVでやってた、変なウォーキングとかやったほうがいいのかな。いや、見られたらそれこそ通報もんだな。止めておこう……。
 とりあえず他には……おっ、これならいけるだろ。
 俺はクリーニングしたての黒いパンツを取り上げた。この間まで履けてたのに、これでダメなら泣くぞ、と思いながら、恐る恐る足を入れ、引き上げ……よしっ、履けた!!
 危うくズボンのサイズまでトラウマになるところだった。ほっとしながら、次は上を探す。
 なんとなく手に取ったのは黒地に漢字で「仁義」とか書いてあるTシャツ。おふくろ渋いなあ。というか、何か言いたいんだろうか。
 一応着てみたが、全身黒尽くめの上に「仁義」って、これやっぱり職務質問だな。うん。何より暑苦しい。
 何色をあわせるべきか……青? くどいよなあ。うーん。
 いっそ上半身は裸にするか? この夏流行のクールビズ、みたいな。
 ……落ち着け、俺。それこそ今度は猥褻罪かなんかで連行だ。お縄だ。
 ……今日はモノトーンでさっぱり決めたい気分だな。よし、この皇帝ペンギンさんだ。
 白地に筆で書かれた和風ペンギンのTシャツを着てみる。なかなか洒落た感じだ。俺もまだまだ捨てたもんじゃないね。
 鏡で自分の姿を良く確認し、俺は早速街に繰り出してみた。

 街は本格的に夏モード。薄着の女性に、焼けた青年。蒸し暑い空気、けど爽やかに照り付ける太陽。
 特に用はないが、外の空気や日差しはそれだけでいい気分にさせてくれる。
 と。
(……なんか、笑われてる? 俺……)
 その気配を感じて俺は顔をしかめた。
 かなりきちんと服装考えて来たのに、何でだ? 何がいけないんだ? それとも俺そのものが笑える奴なのか? そんな!
 劣等感さえ感じかけて思わず俯いた俺は、自分の足元を見て首を傾げた。
 このサンダルの微妙にダサいフォルム。にょきにょき生えた突起……。
 俺、健康サンダルのままじゃんよ!

 走るのもアホらしいので、クスクス笑われつつ、トボトボ帰った。やっぱり客も来てなかった。散々だ。
 新たなトラウマを抱えそうになりつつ、俺は憎しみを込めてサンダルを脱ぎ捨てた。

 終