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<東京怪談・PCゲームノベル>


笛の音誘えば

 丁度、黄昏時だった。昼間のうだるような暑さも少しはおさまり、と言いたいがそれ程でもない。段々と薄暗くなる木々の間を歩いていると、不思議な笛の音が聞えてきたのだ。
祭囃子のようだった。この辺りの神社で祭りがあると言う話は聴いた事が無かったし、そもそもこの近くに神社などあっただろうかと思いながら進むと、木々の向うに灯りが見えた。いくつもの提灯が並んで揺れている。やはり、祭らしい。だが、これが普通の社ではなく、普通の祭でも無い事に気付くのに、時間がかからなかった。すぐ傍の屋台に居た少女のせいだ。真白な髪に紅い瞳をした彼女はこちらを見ると、にっと笑って言った。
「おやおや、また迷うて来た者がおるらしい。まほろの社に続く道は、一つでは無いからのう」
 まほろの社。それがこの社の名。今日は夏祭りの日なのだと言う。
「折角ここまで来たのなら、少うし、遊んで行くがよかろ」
 彼女の誘いを断る気には、ならなかった。藤井葛(ふじい・かずら)ま、いいかと呟いて、少女の前に少し屈むと、
「お嬢さんは、この近くの子?良かったら、一緒に見て廻らない?」
 と言った。よかろ、と少々偉そうに答えた少女は、名を天鈴(あまね・すず)と言った。
「ついでに言うておくと、わしは近所の子供ではのうて、そこの店の主じゃ」
 少女が指差したのは『ひやしもも 一つ三千円』と書かれた屋台だ。
「桃は良いけど・・・三千円?ちょっと高くない?」
 驚く葛に、鈴はふふん、と笑って、
「仙界の桃じゃ。他では食えぬ。味も保証つきじゃ。値段なりの事はあるぞ?」
 と言った。三千円の桃。高い。物凄く高い。だが・・・そういわれると気になるものはあったし、何よりこの暑さで喉が渇いていた。幸か不幸か、財布には入ったばかりのバイト代があった。
「んじゃ、とりあえず一つ」
「まいどあり、じゃ」
 手渡された桃は冷たく、不思議な事に、つついただけでつるりと皮が剥けた。鈴によれば、屋台向けに少々細工をしてあるのだと言う。果肉は柔らかくてほんのり甘く、瑞々しく、乾いた喉と身体を潤してくれた。暑さでぐったりしていた体が、心なしかしゃきっとしてくるような感じすらする。
「美味いか?」
 赤い瞳をぱちくりさせて、鈴が見上げる。
「うん、美味しい」
 葛の答えに嬉しそうに頷くと、鈴は先に立って歩き出した。参道には他にも沢山の夜店が出ており、それぞれ賑わっている。変っているのは、その客層だった。長い衣をじょろじょろと引き摺った老人、不思議な形に頭を結い上げた女性、そして、やけに背の低い男たち。下半身が蛇の女性。ふさふさと尻尾を生やした男。どう見ても人ではない。いや、中には人間に見える者も居るには居たが、多分見た目通りの者では無いだろう。社や森に、妖怪や天人が集う、と言うのは何となく分からなくもない話ではあったが…。
「でも、こんな所に神社なんてあったっけか」
 呟く葛に、鈴はあっさり首を振った。
「いつもは無い。今だけじゃ。まほろの社は、年に二度だけ開く。人の社ではない故、見えぬ者にはずっと見えぬ。まあ時折、葛どののように迷い込んでくる人間も居るがのう。祭り自体は、人の世のそれと変らぬであろ?」
「…まあ、そうみたい。屋台の種類とかはとりあえず。…あ、ヨーヨーだ」
 葛が足を止めたのは、色とりどりのヨーヨーが浮かんだヨーヨー釣りの屋台だった。
「懐かしー。ちょっとやってみようかな」
 と葛が言えば、鈴が
「よし、桃の礼に、ここは奢るぞ」
 と言って店主に金を払った。良く見ると、ヨーヨーは7種。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。虹と同じ色数だ。色に何か、意味があるのだろうか。
「ただのヨーヨーではないぞ」
 と言う鈴に、ふうん、と頷きながら、葛がひょいと釣り上げたのは、赤いヨーヨーだった。うまいねえ、お嬢さん、と店主が褒める。
「ほう、赤とな」
 釣り上げたヨーヨーを見た鈴が、にやり、と意味ありげに微笑んだ。
「まあ、妙齢の女子じゃ、これが一番良かろうて」
「って、どういう事?」
「ただのヨーヨーではないと言うたであろ?これらは昇運のヨーヨーでな、色によって効果が違う。葛どのの釣り当てた赤は…」
「赤は?」
「恋愛運じゃ」
 と言って、すたすた歩き出した鈴の後をついて歩きながら、葛は貰ったヨーヨーを持ち上げて眺めた。赤く輝くヨーヨーには、確かにちょっと他には無い力がありそうな感じがしないでもない。にしても、恋愛運、とは。
「うーん…ま、いっか」
 論文の事を考えると、勉強運というのも良かったかなあと思うものの、これはこれで面白いかも知れない。ぽんぽん、と叩いて見ると、中の水(なのかどうかは分からなかったが)、たぷんたぷん、と良い音を立てた。と、その時。美味しそうな匂いが漂ってきて、葛はきょろきょろと辺りを見回した。
「お、食べ物も結構あるや」
 すもも飴に金平糖売り、たこ焼きもある。だが、その中でも一番魅力的だったのは、ソースの匂いも香ばしいお好み焼きの屋台だった。
「ちょっと小腹も空いてきたし、お昼も忙しくて、結局何も食べてないんだよね」
「おう、ここのは百人力のお好み焼きじゃからの。味も抜群じゃぞ?」
 百人力とはどう言う事かと首を傾げつつも、葛は一つ、買ってみる事にした。大きさは、普通のものより少し大きめ…なような気もする。味は鈴の言う通り、絶品だ。
「うん、美味しいや、これ。ちょっと高いけど美味しい」
 ソースを口につけつつお好み焼きをぱくつく葛に、鈴がそうじゃろ、そうじゃろ、と嬉しそうに頷く。
「お嬢さんは?」
 と聞くと、鈴はもう食べた、と首を振った。
「それよりの、葛どの。それを食うたら、ちょいとあれに出てはみぬかの?」
 鈴がにんまりと笑って指差したのは、参道の脇に立てられたやぐらだ。既に人(?)だかりしているやぐらの上には、何やら大きな影が見える。いや、壁か?近付いて見た葛は、思わず声を上げた。
「ぬ、ぬりかべ…?」
「人の世でもよう知られた奴じゃろう?ほれ、奥にもう一匹居る」
 鈴に促されてよく見ると、確かに壇上にはもう一つ、大きな壁が居た。その間には小さな人影があり、甲高い声で
「ハッケヨーイ!」
 と叫んだ。途端に壁と壁がぶつかり合う。勝負はすぐにはつかず、やぐらの上を行ったり来たりを繰り返したが…。後ろ歩きしているうちに、足をもつれさせたのだろう。片側の壁が急にばったりと倒れて、勝負あったとなった。
「相撲、だよね、あれ」
「そうじゃ。妖怪どもが力比べをしておるのじゃよ」
「で、あれに出てみろ、と?」
「そうじゃ」
「俺、人間だよ?」
「そうじゃな」
「出てもいいの?って言うか、あんなのに勝てるとでも?」
 負けたぬりかべだって、優に500キロはありそうだ。だが、鈴は笑って、まあ出てみい、と葛の背をおして人(?)だかりを抜けると、
「おい!お前ら!この娘も出るぞ!」
 と、やぐらの上に声をかけた。途端に皆がざわつき始め、何本かの手が上がった。
「ワシが!ワシが!」
「いや、俺だ!」
「あたいがやってみたーい!」
「って、まだやるって言ってないよ!」
 むっとしかけた葛に、鈴はにっと笑って、
「案ずるな。あのお好み焼きの力、試してみる価値はあるぞ?」
 と言った。既に対戦相手も決まり、壇上には河童が上っている。こうなったらとにかく、やるしかない。納得は行かないながらやぐらに登ると、観客がわあ、とどよめいた。
「そういえば…河童は人間相手に相撲とるって言うけど…」
 本当だったのか、と感心していると、行司の手が上がった。やっと気合を入れて、河童が突っ込んでくる。それを受け止め、弾き返す。軽くやったつもりだったのが、バランスを崩したのだろうか。河童はひゃん、と悲鳴を上げてやぐらの外に吹っ飛んで行った。途端に歓声が上がる。落としてしまうつもりは無かったので、慌てて下を見ると、ちゃんと観客に受け止められていた。ほっと息を吐いた葛に、鈴が
「どうじゃ?百人力のお好み焼きの効力は」
 と笑う。なるほど、そのまま百人力と言う事だったのかと納得したものの、悔しそうな河童の顔を見てふと、
「でもこれってちょっとズルイんじゃ無いかな」
 と首を傾げた。この勝利は、お好み焼きでパワーアップしなければあり得なかった。スポーツの試合だったら、ドーピングで失格だ。だが、鈴は事も無げに、
「葛どのは人間じゃから、気にする事は無い。皆それは承知の上じゃよ。それに、いくらあれを食おうとも、もともと鈍い奴では勝てはせぬ」
 と言うと、ほれ、次の相手じゃ、と背後を指差した。またも河童だ。さっきの奴との違いは正直、分からない。足元を狙ってきた相手を掬い投げ、また勝ち、次も河童で、今度は少し大柄な相手を、一本背負いでしとめた。そうやって何匹河童を投げ飛ばしたか。気づくと、次の河童はもう居らず、これで終わりかと安堵した葛の前に行事が進み出た。最初は気づかなかったが、カエルの妖怪らしい。行司はぴしりと葛に指を突きつけると、
「勝ちジャ!」
 と叫んだ。その後ろから顔を出したのは、一番最初の河童だ(多分)。
「何ガ欲シイ?」
 いきなり聞かれて驚いていると、鈴が横から、
「完膚なきまでにのされたからの、葛どのに何か贈り物をしたいのであろ」
 と囁いた。
「欲しい物って言われても…」
 いきなりは思いつかない。論文の資料などと言っても無駄だろうと言う事は、聞く前からわかる。
「シリコ玉か?」
 聞いてきたのは、河童だった。
「シリコ玉?」
「ほれ、川で泳いどると河童に抜かれるというアレじゃよ」
 鈴が小声で説明する。そういえばそんな話も昔聞いたような気がする。だが、あまり欲しいとは思えない。
「いや、出来れば」
 違うの、と言いかけて、ふとある事を思い出した。同居人のお土産だ。何か買ってやろうと思っていたのだが…。葛はひょいと河童の方に向き直った。
「何か、キレイなもんとか、可愛いもの、あったら欲しいんだけど」
「キレイ、可愛い?」
「そう」
 河童はふうむ、と考え込んだ末、仲間の方を振り返って何事か早口で言った。仲間達がわらわらと集まって相談し、一匹がぴょんぴょんとどこかへ消えたが、程なくして戻ってきたその河童がおずおずと葛に手を差し出した。
「…これ、簪?」
 こくり、と河童たちが頷く。
「あなた達が作ったの?」
 こくり、とまた河童たちが頷くと、横から鈴が覗き込んだ。
「これは中々。良い細工じゃのう」
 多分翡翠であろう、緑色の石を散りばめた簪は、宵闇の中でもうっすらと輝いて見える。空にかざすと、月明かりを反射して更にきらりと光った。綺麗だ。
「ありがとう、これにする」
 と言うと、河童たちもまた、安心したように息を吐き、取り引きの成立を見て観客がどっと沸いた。鈴も良かったな、と笑っている。思わぬ土産を手にやぐらを降りた葛を、観客たちが取り巻いてはやし立てる。中でも一番喜んでいたのは、何と先ほどのお好み焼きの屋台の店主だった。右手にはほんのりと輝く翡翠の簪、左手には赤いヨーヨーをぶら下げて、再び参道に戻ると、どこからともなく笛の音が聞えてきた。来る時に聞えた、あれだ。同じく笛に気づいたらしい鈴が、空を見上げて、ああ、と呟いた。
「そろそろ、また舞が始まるようじゃ」
 え、と見上げた空から花が舞い落ちる。七色の光を身に纏い、天女たちの舞いが、始まろうとしていた。

<笛の音誘えば 終わり>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1312 / 藤井 葛(ふじい・かずら) / 女性 / 22歳 / 大学院生】

<登場NPC>
天 鈴(あまね・すず)

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■         ライター通信          ■
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藤井 葛様
初めまして、ライターのむささびです。この度は初めてのご参加、ありがとうございました。まほろの社の夏祭り、お楽しみいただけたなら良いのですが…。
今回は、赤いヨーヨーと、河童の作った翡翠の簪をお持ち帰りいただきました。本当は「お土産を買う」予定でしたが、河童との相撲勝負を勝ち抜かれましたので、これはプレゼント、と言う事で。お好み焼きは筋力・気力を大幅アップは致しますが、素養が全く無い場合は空回りしてしまいます。勝ち抜かれたのは、武術の素養をお持ちだった故の事と思います。それではまた、お会い出来る事を願いつつ。

むささび。