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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■ぼくをころして■

 ねえ、
  ぼくをころして。
 みんながカノジョをおしこめたんだ。
 ぼくもおいつめたのかもしれない。
 カノジョとレンラクがとだえたのは、
                みんなのせいなんだ。ぼくのせいなんだ。
 いろいろかんがえたけど、カノジョなしじゃ、ぼくはやっていけない。
 いきてはいけないんだ。

 だからいっそのこと、
          ぼくを、
            ───ころして───





 ぱさ、と日に焼けた指先から、古びた、開封された封筒がため息と共に書類の束の上に投げ出された。
「ただの嫌がらせとも思えなくなってくるから、このテのカンが鋭いのも困り物なんだよなあ」
 煙草の煙が天井にのんびりと昇っていくのを困り顔で見つめているのは、草間興信所の主、草間武彦である。
 最近差出人も宛先もなく、同じ内容のこの文章だけが書いた手紙がいつの間にか家のポストに投函されてある、と相談に来た、まだ新婚妻のことを思い出す。夫は長期出張中で相談もろくにできず、ここ一ヶ月ほど毎日のように来るこの手紙にほとほと困り果て、兼ねてのうわさを聞き、草間興信所に駆け込んできたのだ。
「何かを訴えたい幽霊さんか、誰かの生霊なのか……なんでしょうか」
 妹である草間零が、ふあぁとパジャマに着替えてあくびをしながらお風呂場から出てきた。あくびは完全に俺の影響だろうな、と思いつつ武彦は考えてみる。
「亡霊か生霊が助けを求めて、何故真柴(ましば)家に───しかも旦那のいない時期に手紙を投函しているのか───」
 そこで再び、山のように積み上げられた書類と、同じ例の封筒を見つめ、「ん?」とパソコンの上に乗ってしまっていたひとつを取り上げた。パソコンの熱のせいだろう、何か文字のようなものが浮き出ている。
 零に蝋燭を持ってこさせ、あぶり出しというものをしてみる。すると、次の文字が浮かび上がった。ちょうど、文章の下のあいた枠、右隅のほうに書かれている。

『シェイクスピアの物語を真実にしてしまった愚かな人間共』

「ってことは───」
 簡単に推測するに、シェイクスピアの「悲劇の物語」が何らかの鍵を握っているのだろう。
「また、人の心が関係した事件のようだな」
 そして武彦は、いつもの面子に連絡を取るため、動き始めたのだった。




■開幕■

 ───ぼくをころして。
 カノジョとレンラクがとれないくらいなら。
 カノジョがいきているかどうかもわからないくらい、ぼくもみんなとおなじにカノジョをおいつめたのなら。
 ぼくを、ころして。

■第一幕■

「お母さん、また真柴さんの若奥さんがお庭の掃除してる」
 初瀬・日和(はつせ・ひより)は、練習していたチェロの手をつい止め、ちょうど真正面の窓から見える、斜向かいの近所の真柴家の庭を見つめた。
 やつれ、髪の毛もろくに手入れしていない状態の真柴家の新妻、真柴・槐珠(ましば・えんじゅ)がうつろな瞳で庭掃除をしている。こんな光景を見るのは、もう一月ほど近くなるだろうか。真柴家に妙な内容の手紙が毎日投函されてくる、と、まだ結婚して引っ越してきたばかりの槐珠に相談を受けたのが、日和の母だ。
「まだ草間さん、解決できていないみたいねぇ」
 麦茶を作っていた母が、日和の後ろからその光景を見て、気の毒そうなため息をついた。
 母は、こういうことなら草間興信所が十八番だと紹介してあげたのだ。それは、つい数日前のこと。
「…………」
 日和は少し考えていたが、丁寧にチェロを片付け、出かける準備をした。
「ちょっと私、草間さんのところに行って来る」
「え、日和。晩御飯は?」
 その母親の声は、バタンと閉められた扉の音にかき消された。



「やっぱ幽霊だよ! おばけだからさ、ひらがなしか書けないんだよ!」
「えーっ、それっておばけ差別! 死んだ人間差別!」
「タイムマシンが空中から、過去からの何者かのヘルプとして手紙だけを吐き出しているんじゃないかなあ」
「じゃあそのタイムマシンて毎日その家のポストと過去、行き来してるってわけ?」
 ゴーストネットの店内を、子供達は時に大声で、高校生や大学生達は少しひそひそ声で、それでもどれも興奮を抑えきれずに噂を立てている。
 セレスティ・カーニンガムもまたゴーストネットに来ていたのだが、最初にこの噂をここで聞いたのは三日前だ。
「人の噂も何日とやら、と言いますが」
 セレスティは一通り自分の用事を終えて席を立ちながら、呟く。
「こう続いていると、やはり気にはとまってしまうんですよね」
 普段から事件に巻き込まれ慣れしているからだろうか。
 多少苦笑のように口の端を上げながら、セレスティはいくつか頭の中で推理しつつ、草間興信所へ向かうように、表に停めてあった車の運転手へと指示をした。
 車窓から目を細めて見上げると、空はすっかり夏の青だ。
「真夏の怪談、にしては推理する要素が多すぎますね」
 車内のクーラー負けをしないように、セレスティはスーツの上着を着直した。



「とにかくさ、郵便局中で困ってるワケ」
 羽角・悠宇(はすみ・ゆう)は、そう言ってソフトクリームをため息つきつつ食べている、隣で歩きながらの知り合いを見つめた。
「そりゃ一番困ってるのは被害にあってる奥さんだろ?」
「まあ、そうなんだけどさ」
 郵便局でバイトをしている知り合いの話とは、こうだ。
 一月ほど前、「受け取り拒否をしようにも差出人が分からないので手のつけようがない」と窓口で困ってる人がいた、という。
 だが、郵便局でも気をつけてみると局長が言ったのも無駄に終わる毎日が続き───どうやら郵便局経由ではないらしく、そのままその被害者、真柴・槐珠の家のポストの投函されているらしい───その真柴・槐珠の郵便も範囲内としている郵便局はおかげで近所の噂も芳しくなくなっているのだという。
 手紙なら郵便局で止めておくなりなんなりできるだろう、あんなにやつれきっているほど困っているのに郵便局も無力なものだ、と。
「他の人間がどういおうが勝手だけどさ。やっぱきっついよなあ」
 バイトやめっかな、とぽそりと呟く知り合いの隣で悠宇もソフトクリームを食べ終え、ゴミをゴミ箱を見つけて中に放った。
「俺、ちょっと寄るとこあるからさ。またなんか情報とかあったら教えてくれよ」
「ああ。今日はありがとな」
「んや。またな」
 そして悠宇は、いつになくきつい表情で草間興信所に向けて走り出した。こんなに噂になっているからには、きっと草間さんの耳にも入っているに違いない───そう踏んだからだった。



「茶けているところは部分的には違うにしろ……」
 茶け具合は同じね、とシュライン・エマは草間興信所で件の手紙の束を一通ずつ見ながら呟いた。
 武彦はというと、シュラインが作っておいたおやつのケーキとコーヒーを台所でつまんでいる。
 デスクで食べさせないのは、あちこちに例の手紙が散乱していて、コーヒー等のしみが飛ばないようにだった。
 もう一度、手紙を読み直してみる。
 そして、最後にあぶりだされた右隅の一文。
「この文字の位置、不思議よね……何か意味でもあるのかしら。それともただ、あいているからここにあぶりだしの文字を書いただけ……?」
 しかし触れた感触も、ずいぶんと古い手紙なのは確かなようだ。
 古い手紙───過去の手紙?
 思い当たり、シュラインはふと武彦を振り返って口を開く。
 そこへ、興信所のチャイムが鳴った。



■第二幕■

 其々に草間興信所を訪れた日和、セレスティ、悠宇はシュラインの淹れたお茶を飲みつつ、武彦から例の手紙を見せてもらっていた。
「手紙には必ず消印が押してあるものだから、それを元に集配局とその管轄する地域を辿ることで差出人に近づけるのではと思ってたけど……消印、ありませんね……」
 悠宇からも話を聞いていた日和が、ちょっと足元を掬われた気持ちで本当に「ただの古びた封筒」を見つめる。
「ひらがなで書かれた手紙ですから、小学生にはなっていないのかもしれないと思いましたが、それにしては文字を書き慣れた感じを受けますね」
 もう少し年齢は上で、学習するような環境にないということも考えられます、とセレスティ。
「幼子という線は私も一度は考えたの。でもセレスティさんの言うとおり、文字を書き慣れたような感じが私もしたのよね」
 シュラインはちらりと、ひとり気に食わぬ顔をしている悠宇を見つめつつ、続ける。
「シェイクスピア……4大悲劇? 真実云々の所、同様の事か……逆に別の真実を間違って捉えられたとも取れて……封筒のね、この糊の部分も確認したの。だいぶ古いものなのよね。過去の手紙だとしたら、何らかの警告の可能性もあるわよね」
「ぼくをころして、なんて穏やかならぬ内容ですが……そこまで思い詰める何か理由がある筈。それを確かめないままただ手紙を止めようとしても解決できないような気がします……。シェイクスピアの悲劇というと、許されない恋、悲恋、親と子の相克、決別……いずれも当事者同士には非のない事で争いに巻き込まれたり、恋も許されなかったり……という物です。そんなものであってほしくはないですが……」
 こちらも悠宇の様子を見ながら、胸を少し痛めている心優しい日和。
「真柴さんのお宅の周辺から、子供の足で行動出来る範囲は大体計算する事ができますから、何か事件や不可思議な事が起こって居ないか調べて。見つかれば、依頼人と何か接点はないか確認します。何も無いという事はないと思いますからね」
 のんびりとお茶を飲みながら、沈着冷静なセレスティ。
「なんかこう」
 初めて悠宇が、口を開いた。
「この手紙の差出人、気に食わない。彼女なしじゃ生きていけない、っていうんだったらどうして彼女を手放したりしたんだよ。どうして傍にいられるように努力しないんだよ。俺にも───」
 そこで彼は、自粛するようにか、ぎゅっと唇を噤んだ。
 俺にもそういう相手がいるから、彼女がいなくなったら、って思ったらコワいし自分がどうなるのか分からない───だからこそ繋いだ手は離したくないし、一緒にいられる時間を大事にしたいって思うし───そう続けたかった悠宇は、無性に腹が立ってきて仕方がなかった。
 ただそれを口に出すことはせず、
「見つけて文句のひとつも言ってやりたい」
 とだけ言い、隣に座っている日和の手をぎゅっと掴んだ。
 シュラインはそんな悠宇の心中を察したのか、ちょっと宥めるように口の端を上げてみせ、とりあえず作戦会議といきましょうか、と促した。
 そして次のような具体案・意見が出た。

 ・仮死にする薬を与え、後で迎えに行くというのが本当の物語だったが、シェイクスピアの物語を詳しく知らない人は棺に息が出来るように閉じ込めたそのことを知らず、もしかして本当の棺のような空気の少ない密室に閉じ込めてしまったのかもしれない(意見・セレスティ)。
 ・夫出張先を確認し、会社側からも言付けてもらい、電話がムリであればFAXなり速達等状況を夫に送り反応待ちをする。真柴・槐珠に真柴家過去逸話や詳しい親戚確認、手紙で思い当たることの有無、シェイクスピアに詳しかった方等々聞き込み。また、危険かもしれないが投函場所へ、「ころす」のではなく「救い」になる力になれないか等々の返事を置き、コンタクトの試みをしてみる(意見・シュライン)。

「じゃ、俺はおとなしく興信所で留守番してるから。頼んだぞ。何かあったら連絡入れてくれ」
 武彦の声を背に、4人は下準備を興信所でし終えてから真柴家へと向かった。



 日和の近所ということもあり、家を探す手間も省けた4人は1時間も経たないうちに真柴家の客間にいた。真柴家は代々親子や親戚関係との死別が多く、今も真柴家で生き残っている人物といえば新妻の槐珠とその夫、玲人(れいと)を入れ、5人に満たないという。
 槐珠はうつろな瞳をしてはいたものの、か細い声ではあったが、内容はしっかりしたものだった。本当は芯の強い人なんだろうな、と毎日庭掃除をしていた彼女を見ていた日和は思った。
 彼女の淹れたコーヒーを飲んでいたシュラインが、ふとその時顔を上げ、耳を澄ませるようにした。
 目敏く気づいたセレスティが、何事もないような顔をして槐珠に微笑みかける。
「それにしてもあのタペストリー、見事なものですね。ずいぶんな年代ものに見えますが、あれはシェイクスピアのロミオとジュリエット、そしてもうひとつ何を描いたものなのですか?」
 槐珠は振り返り、セレスティに言われたタペストリーを見る。その間に日和と悠宇が、こっそりとシュラインと目配せをしてから互いに頷き、悠宇が足音を立てないように素早く部屋を出、家の外に出た。目を戻した槐珠がセレスティの問いに答える前に、日和が立ち上がる。
「すみません、お手洗いをお借りしてもよろしいですか? あ、場所教えてもらったら自分で行きますから」
「ええ。お手洗いはこの部屋を出て右側の───」
 槐珠の指示に従い、日和はお礼を言って部屋を出て行った。悠宇がいないことに気づいた槐珠に、セレスティは「彼はせっかちですから、自分でトイレを探しに行ったのかもしれませんね。そのうち戻ってきますよ」と言い置き、説明を促す。
 槐珠は多少戸惑っていたが、タペストリーの説明をした。
「これは、オセロです。最愛の妻を不義の疑いがあると部下から言われ、心優しい妻は何も出来ず反論する材料もなく、夫オセロがその妻を殺した後の場面───妻は実は潔白だったと知り、オセロが自害する場面です」
 最初からオセロを連想していたシュラインが、ピンとして槐珠を見やる。
「このタペストリーはどなたが?」
「主人の曾祖母のそのまた曾祖母、もみじという方が作ったらしいです。このタペストリーを作り上げたすぐ後にもみじさんは亡くなり、以来、真柴家にお嫁に来た方もまた、一ヶ月とおかず亡くなっているそうです」
「じゃ、どうして槐珠さん。あんたはこの家に嫁にきたんだ? そんなこと知っててコワくなかったの?」
 いつの間にか戻ってきていた悠宇が、静かに再びソファに腰を沈めながら尋ねる。見ると、日和も同じように戻ってきていて、悠宇に続いて座りなおした。
 悠宇が、シュラインにしか聞こえない小さな声で「取ってきたぜ」と言ったのにも気づかず、槐珠は儚く微笑んだ。
「だって、玲人さんを愛してしまいましたから───わたしが一番コワいのは、死ぬことでもなんでもないんです。玲人さんを喪ってしまう、気持ちを喪ってしまう、ただそれだけ───」
 その時、客間に設置されていた子機が鳴った。
「ちょっとすみません、もしかしたら主人からかも」
 と槐珠は急いで立ち上がり、電話に出る。二、三話してから、すうっと青ざめ、倒れこんだ。
 先ほどポストに何かが投函された本当に微かな音を異常なまでに耳の良いシュラインが感知し、その顔色で、事前に打ち合わせをしていた通り悠宇が例の手紙をシュラインに渡した、その時とほぼ同時だった。
「槐珠さん!」
 4人は立ち上がり、悠宇と日和が抱き上げる。シュラインが、まだ相手と繋がっている子機を掴み、「もしもし」と幾つか話していたが、やがて一同を振り向いた。
「事前に興信所から会社に入れておいたけれど、こっちに連絡がくるとは思わなかったわ。真柴玲人氏は、出張先で行方不明になって───もう一月近くになるそうよ」
 シュラインの言葉に、だんだん先の読めてきたセレスティと、信じられないといった顔の日和と悠宇。
「そんな───それじゃ、今までちょっとだけでも槐珠さんに来ていたメールとか電話は誰が?」
「どっかに監禁されてて、スキ見てしてたってことか?」
 ちらりと、槐珠が完全に気を失っていることを確かめて、セレスティは口を開いた。
「可能性がひとつ生まれましたね。
 手紙の主が、もしかしたら───真柴玲人氏本人である、と」
 そして4人は、槐珠を寝室へと運んだ。



■第三幕■

 おかしなことはもうひとつあった。
 槐珠を寝室に運ぶ際、この面子では二人がかりだろう、と判断していたのだが、日和が槐珠に肩を貸すようにすると、ふわりと簡単に持ち上がったのである。
「槐珠さんの身体───本当に、日和さんが言ったように冷たいわね」
 シュラインが、ベッドに寝かせられ、未だ目覚めない槐珠の腕や手にそっと触れ、眉をひそめる。
「息もしていませんね」
 口元や鼻の辺り、そして脈も測っていたセレスティが目を細める。
「槐珠さんは……もう死んでいるっていうこと……?」
 日和が、少し青ざめながら我知らず悠宇の手を握る。護るように、悠宇はその手を握り返す。
「ちょっと整理してみよう。
 まず、この真柴家は親子等の縁が薄くて現在の生き残りは、もし生きてるのなら槐珠さんと玲人さんもあわせて5人に満たないってコト。
 タペストリーを作り上げてから、真柴家に来た嫁が一月足らずで死んでるってコト。
 結婚してすぐに出張になった玲人さんは、現在行方不明ってコト」
「トイレに行くフリして、家の様子を少し見てきたけれど、この家は普通に───本当に普通に生活臭があったから───そんなこと、まさかって思うんですけど……」
 日和が、いくぶん気を取り直すようつとめながら、言う。
「死んでいても、本人が気づかないということもあり得るわ。それに、もうひとつ。死んでいなくて、ここにいる槐珠さんは実体のある生霊でやはり自分の事情に気づかず普通に生活している、ということ」
 シュラインが、やはり同じ内容、と、悠宇から受け取った「今日の分」の手紙を検めながら推測する。
「会社のほうでも出張先の警察に届けを出して探してもらっているようですね、先ほどの電話では」
 セレスティが、何か考え込みながらベッドのそばの椅子から、トンとステッキの音を立てて立ち上がる。
「こういう舞台には必ず黒幕がいるはずです。それが例え『どの本人』であっても。
 ───引きずり出すためにも、ここはひとつ、シュラインさんの案である『コンタクト』を取ってみては如何でしょうか」
「賛成」
 即座に悠宇は頷いた。元から一言「文句」を言いたかった彼である。異議はなかった。
「私も」
 いざというときに肝の据わっている日和もまた、頷いた。
 シュラインがゆっくり頷き、寝室に置いてあった、恐らくは槐珠がいつも夫・玲人に書くためのものだろう、レターセットと万年筆を取り上げた。
「危険は皆承知ね?」
 そしてちょっとの相談の時間の後、シュラインはすらすらと万年筆をレターセットの上に走らせ始めた。



■終幕■

 タペストリーに変化があったのは、シュラインが書いた手紙をポストに入れてから、僅か数分後のことだ。
 タペストリーも気になる、と全員一致の意見でタペストリー側にいた悠宇とセレスティは、ふるふると身体を振るわせ始めたタペストリーに身構える。
「動きがありましたよ」
 無論、電気は消してある。シュラインにしか聞こえないほど小さな声でセレスティが、ポスト側に行っている彼女と日和とにそうして連絡を取る。
 やがてタペストリーは震えながらぼうっと青白く光を放ち、まだ若い、だが昔の衣服を着て封筒を持った女性を吐き出した。
 女性はぼんやりとした瞳でセレスティと悠宇には気づかず、ポストのほうへと壁を突き抜けていく。
 そっと追いかけていくと、女性はポストへと手紙を入れるところだった。合流したシュライン、日和、セレスティ、悠宇は互いに顔を見合わせ、「多分この人がタペストリーの作者だろう」とひそひそ話していたが、ふいに「彼女」に話しかけられ、仰天した。
『わたしをおびき出したのは、あなたたちね』
 ごくりと唾を喉の奥に送り込んでから、シュラインが頷く。
「───質問があります。あなたがもみじさん、で合っていますか?」
『ええ。でも───あなたたちが解決しようとしていることは、もう手遅れだわ。過去の真実なら教えてあげられるけれど───これは、わたしの哀しみから始まったもの。ひとの気持ちは止めることができない。気持ちからおこった災いもまた、止めることができないのだから』
「槐珠さんは今、『どこにいるんですか』?」
 日和が、すがるような気持ちで尋ねると、女性───真柴もみじは、
『過去に取り込まれているわ───わたしの哀しみが生み出した、過去の牢獄に』
 と、答えた。
 そこでセレスティが、疑問に思っていたことを口にしてみる。
「槐珠さんから話を聞いて不思議に思ったことがあるんです。
 あなたがあのタペストリーを作って以来、真柴家に嫁いだ女性は皆、一月足らずで亡くなっているんですよね。それなら、『今まで続いてきた真柴家の子孫』は、誰が産んできた人たちなのでしょうね?」
 そういえばそうだ、と他の三人もハッとしてもみじを見る。
『真柴家の子孫なんて、いないのよ』
 もみじが、だんだんと遠い瞳をしながら家のほうを見つめる。
『ちょっと調べてみればわかるわ───真柴家に生まれる人間は皆男子。それも一月足らずで嫁が亡くなるのとほぼ同時に生まれている。でも全員───わたしの夫、貴志(きし)。わたしを間違って殺してしまった真柴・貴志なのよ』
 もみじはそれから一拍置いて、話し始めた。
 ひとつひとつ、かみ締めるように。

 もみじはシェイクスピアの話が純粋にとても好きだった。
 よく、夫の貴志にも話して聞かせていた。二人はとても幸せだった───彼の母親が、もみじに毒を盛り始めるまでは。
 元から貴志の母親は、自分の息子をもみじに取られたと感じていた。毒を盛られていると、カンのいいもみじは気づきつつも、自分には可愛い息子もいるのだし、心が優しすぎて母親の気持ちのほうを優先したのだ───そう、自分の命よりも。
 すっかり寝たきりになってしまったもみじは、最後にこの自分の哀しみを遺そうと、得意だったタペストリー作りを始めた。ロミオとジュリエット、そしてオセロ。どちらの妻の気持ちでもあった。だから、二つの物語をタペストリーに編みこんだ。
 そして───タペストリーが編みあがる頃、もみじは亡くなった。
 それからだ。
 タペストリーがもみじの哀しみを汲み取り、もみじの亡骸を隠してしまったのは。
 夜毎真実を家中に語り続けるようになったタペストリーを燃やそうとしても、強い想いの前にはどんな炎もきかなかった。切り刻むこともできなかった。
 やがて貴志は「気づけなかった自分」を悔やみ、自害した。貴志の母親もまた、寿命まで生き続けたが生涯怯えて暮らすようになったという。
 それから真柴家に来る嫁は、あまりの哀しみに「殺され」、貴志の魂は代々真柴家の男子に継がれ続け───それを見てきたもみじは、「もういいだろう」、とタペストリーに何度も「中」から語りかけた。
 そして、チャンスがやってきたのだ。
 チャンスを「与えられた」のは、槐珠と玲人。
 玲人は自分の中に「貴志」という魂がいることを知るはずもなく、槐珠と結婚した。
 玲人はすぐに出張になり、北海道へと3ヶ月の別れを槐珠とした。
 毎日メールも電話もするから───そう微笑んで。
 槐珠はその後すぐに、「タペストリーの与えるチャンス」のため、仮死状態にされ、どこかに隠された。どこにタペストリーが彼女を隠したのかは、もみじも知らない。
 ただ、出張についた矢先の玲人もまた、「過去に閉じ込められた」のだ。
 玲人は「過去の中」で、次第に狂って行った。
 過去の気持ちを受け止めすぎて。そして、槐珠への愛を想って。安否を気遣って。
 毎日のように、用意されたように置かれている用紙に同じ文章を書き、封に入れ、誰かにシグナルを出していたのだ。
 真っ暗な中、蝋燭一本の中で書き続ける玲人。
 狂いすぎて、漢字も行換えも使えなくなった。
 ただ想うのは、槐珠のことだけ。真柴家の罪のことだけ。
 そしてタペストリーは、遅まきながら判断したのだ───この二人の愛情は本物だ、と。

 もみじが話すごとに家の真っ白な壁に、その話の内容と同じ光景が繰り広げられ、4人は其々に思いを馳せた。
 日和は、どうしようもなく哀しくて。
(自分の大切な人をそんな目に遭わせたくはない───自分が大切に思う人と寄り添っていられることって)
 なんて幸せなことなんだろう。
 セレスティは、目を伏せて。
 悲恋は現在は自分が幸せではあるが、体験したことはある。そのことを想い、暫しの間哀しんだ。
 シュラインは、最初ハッとして。でも何も言う権利もなく───ただ、どうしようもなく、もみじや貴志、そして玲人や槐珠にほんの少しでも温かさを感じてもらえたらと、背に手を添えたい気持ちになり、無性に恋人、婚約者である武彦に会いたくてたまらなくなった。
 悠宇は、捕まえて離さない努力はしたのか、と言ってやるつもりだったのがこんな事実だったと知り。
「そうなるより他に方法はなかったのか」
 呟きつつ、やはりそうなるしかなかった事情を知ってしまった以上、内心同情の念を抑えられなかった。ただ、それを決して面に出すことはせずに、再び日和の手をきゅっと握り締めた。
 いつの間にかもみじが消えていることに気づいたシュラインが、「手紙」と呟き、もみじの手によって投函されていた手紙をポストから取り出す。
 シュラインが皆と相談して書いたのは、ただ一言───「妻の槐珠は生きている。連絡も取れる」、だった。
 急くような気持ちで4人とも、手紙の内容を読む。そこには今までよりも切羽詰ったような、だが希望を持った者が書いたような筆跡で、
『ホントに? カノジョをたすけて。カノジョがいるのなら、ぼくもいきられる。ぼくもいますぐ、カノジョのそばにいきたい』
 と、書かれてあった。
「本物の愛を確かめた以上、『あなた』の役目は終わったんですよね」
 タペストリーの元へ再び他の3人とやってきたセレスティが、見上げながら語りかける。タペストリーは黙ったまま、夜風に揺られている。
「どうか───槐珠さんと玲人さんを、帰してあげてください」
 日和が、祈るように手を胸の前で組み合わせ、ぎゅっと目を閉じる。
「二人とも、過去の牢獄の、でもバラバラの場所に隠してあるんだろ? 俺からも、頼む」
 悠宇も、拳を知らず握りつつ頼み込む。
 最後にシュラインが、静かに言った。
「もう、悲劇を終わらせてもいいのじゃないかしら」
 全員の言葉を聴き終えた、とでもいうかのように。
 玲人と、そして槐珠の身体がタペストリーの中から転がり出てきた。落ちた衝撃で二人はほぼ同時に目を覚まし、互いを確認し───ようやく、長すぎた一ヶ月を埋めあうかのように涙を流しながらかたくかたく、抱きしめあった。
 それを見届けたかのようにタペストリーもまた、ぼろぼろに崩れ、どこかへと散っていった。



 以来、真柴家はまったく他の「普通の幸せの家」と変わりなく歴史を刻むようになったという。



 ───もみじ───おれたちもやっと、しあわせになれるのかな
 ───なれるわ───だってわたしもあなたもあんなに、
                          しあわせなおもいでがあったんだもの───


《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。去年の7月20日まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。3月からもまたお休みを頂いていて体調悪化やら家族の看病やらでまだ前のようには復帰できていないのですが、一応復帰ですv覚えていて下さった方々からは、またまた暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv また、HPもOMC用のものがリンクされていますので、ご参照くださればと思います(大したものはありませんが;)。

さて今回ですが、悲劇で終わらせる予定が、「やっぱり悲劇が終わって新しく歴史が刻まれ始めたほうが、ヘタに情を誘うような終わらせ方よりよっぽどいい」と判断し、このような終わり方になりました。
言い換えれば姑が嫁を恨んだのが最初の悲劇の始まりなのですが、そこら辺はロミオとジュリエット、そして最後に夫が自害するところ等はオセロかなと、二つの「シェイクスピアの悲劇」ということでした。因みに、もう皆さんお分かりかと思いますが、手紙の右隅に書かれていた「シェイクスピアの物語を〜」の文章を「書いていた」のは問題のタペストリーでした。
皆さんのプレイングもそれぞれにいいところをついてきてくださいまして、とても筋書きを考えやすかったです。有り難うございますv
また、今回は全員文章を統一させて頂きました。

■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 気持ちがメインのこのノベル、やはり気持ちでプレイングを書いてきてくださったのと、日和さんの家の近所ということでとても進めやすかったです。また、日和さんのお母さんにも出演させて頂きましたが、「こんなお母さんだよ」とか意見等ありましたら、どうぞまた教えてやってくださいませ(^^;)
■セレスティ・カーニンガム様:いつもご参加、有り難うございますv 子供の足跡等の部分、プレイングを生かしきれなくてすみませんでした<(_ _)> ですが、真柴家の過去等調べる、というのはまったくかかわりがないことはない、と断定して下さったのは嬉しかったです。過去の牢獄もある意味密室だったのですが、そこら辺を書き切れなくてちょっと自分でも残念でもあります(^^;)
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv なんというか、わたしがもしこのノベルを書く本人じゃなく、完全に参加する側であったなら、言いたいことを殆ど言って下さった感じでとても嬉しかったです(笑)。ちょっといつもよりもシリアスな感じで書かせて頂きましたが、ここはこうだよ、とかありましたら遠慮なく仰ってきてくださいね;
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv オセロ、ときたのはさすがだな、と思いました。そして、それ故に話がとても進めやすかったです。有り難うございますv そして何よりも、夫側にも目をつけて下さって助かりました。誰も夫に連絡とか調査とかしてこなかったらどう進めようかなーとか思っていましたので……。草間氏を最後出そうかと思いましたが、やはり不自然な終わり方になっては元も子もないかな、と次の機会にとっておきました(笑)。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。このノベルを書いて、「そばにいること」「信じることの大切さ」を色々な意味で、改めて自分でも思い知った気がします。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/08/05 Makito Touko