コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


ナンシー・ペチコートの喜劇

■ 報道は偽りを紡ぐ?(オープニング)

 ここ数日間新聞記事やテレビの雑音が酷く耳に障る。裏路地のこんなちっぽけなバー『BLUE』の中に居ても店長の暁・遊里(あかつき・ゆうり)の小型テレビや新聞記者を名乗る切夜(せつや)が持ってきては放り出している新聞の記事のせいだろう。
 兎に角、連日騒がしく報道されるのは子供の早い死去。

「そろそろ店に新聞を持ち込むのはやめて頂けませんか?」
 カウンターから萩月・妃(はぎつき・きさき)は身を乗り出し、目の前に居る切夜にこれ以上ゴミが増えるのは困るのだと目を顰めさせた。
「嫌だな、そんなに目くじら立てないでよ。 どうせここの客なんて私くらいじゃないか」
 いつも奥の席を陣取りながら茶色のトレンチコートを羽織った姿は暑苦しい事この上ない。
 しかもここ最近のゴミで一番多い新聞紙の束をいつも何刊も持ってきているのだから余計暑苦しく、目くじらどころではない、この店の客足が遠のく原因になっているのだと萩月は切夜を睨む。
「そんな記事調べてどうするのですか…。 貴方の新聞は一度も見たことが無い…よって、調べても大した事にはならないのでは?」
 嫌味を存分に含ませ、そう言ってやれば。
「はは、まぁ半分はそうなんだけど。 今まで集めた記事は皆曖昧で意味を成さないんだ」
「と、いうと?」
 意味ありげに微笑むのは切夜のいつもの仕草であるが、事件というモノに随分と行動的な事に出るのはいつもの常連客の姿ではない。

「ここ最近の資料はね、結局『まだ生まれて間もない子供が病気も何も無しに死ぬ』という事しか書かれていない。 色々解釈で行数だけは長くなっているけれどね。 私としてはそこが気になるんだよなぁ」
 萩月はそんな事興味も何も無い、ただ、ああそうですかと言っただけなのだが、切夜は意気揚々と言葉を紡ぐ。
「そしてここからが本番、この子供の突然死。 実は共通して同じ地域、結構老人とかのボランティアが盛んな地域で起こってるんだよね」
 つまり、事件は子供が少なく、老人が多い地域で起こっているのだと。だからこんなにも大きく取り上げられているのだと切夜は語った。

「それで? 結局どうするんです? 貴方自身が一人で動き回るとも思えない」
 興味のある物以外には。と付け加えた萩月はグラスを一つ手に取ると苛立ちを隠せないかのように水に突っ込む。飛沫がバーテンの制服に付き、少し冷たい。
「ああ、だから新聞に怪奇事件探索者募る。 って載せてみたんだけど、どう?」
「切夜…貴方は……」
 悪気も無く、そう言って肩を竦めさせる切夜に、自分も新聞記者だというのに何故いちいち人の新聞に金を払ってそんな募集をかけたのか。萩月は水から取り出したグラスを取り落としそうになりながら、頭を抱えるのであった。


■ それぞれの邂逅


 いくら貧困極まりないとはいえ、草間興信所でも新聞くらいはとっている。
 その数約三社、意外と多いそれはひとえに勧誘を断りきれなかった草間・零のせいでもあるのだが、当の所長、草間・武彦がいちいち新聞の解約までするほど気の利いたことをするわけでもなく、毎日配達されるそれを煙草の煙と恋人であるシュライン・エマが運ぶコーヒーを口にしながら読みふけるのがある意味で武彦の暇つぶしになっているほどだ。

「武彦さん、今日も新聞社からの料金未払い分。 請求来てるわよ」
 朝刊をただじっと見、今シュラインが差し出してきたコーヒーに口をつけながら満足だというように、本日既に何本目かの煙草を灰皿に押し付けた武彦は机にかじりついている自らの身体を恋人の方へ向け、持っていた新聞を本当にいきなり、気だるげに投げてくる。
「なに? …怪奇事件探索者…つのる?」
「ああ、世の中には随分物好きがいるもんだな。 全く、気が知れん」
 ぶっきらぼうな態度はある意味信頼の証で、慣れてしまったシュラインは武彦の指す記事に目を通しながらくすりと口元を綻ばせた。

「なんだ? 俺の顔に何かついてるのか?」
 妹の零は只今スーパーに買出し中、恋人同士揃って顔を突き合わせるとシュラインの淡いオーデトワレの香りと夏の暑さ予防に着ているベージュの胸が大きく開いた服装に流石の自称、ハードボイルド探偵も口をどもらせる。
「いいえ、武彦さんみたいな人が居るんだなぁ、って。 …そうね、心霊作家の仕事も押してきているようだし、行ってみようかしら?」
 座っている武彦に対して立ち、目線を合わせていたシュラインはそんな男の対応を可愛らしく思いながら出かける準備といつも必要な物の入ったバックとそして日傘を用意した。
「本当の事かも書いてないんだぞ。 …信じるのか?」
「さぁ? でも行ってみなければわからないでしょ?」
 そう言い。零ちゃんによろしくね、と手を振って外へ繰り出すシュラインを武彦は一つため息をつきながら後姿を眺めているのだった。





 暖色系の光の中、銅で出来たと思われる鐘の音が響き、一人、二人と人物がこのちっぽけで売れない店、バー『BLUE』にやってくる。それはあまりにも立て続けだった為、いつも整った顔を崩さない妃までもがその青い瞳を扉の方に貼り付けたままになったほどである。
「いらっしゃいませ」
 だがそう驚いてばかりも居られず、今席に居る常連客、切夜と綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)以外の客、珍しい車椅子を気品溢れる、薄くだが銀の刺繍が美しいシャツに生地の薄いコートを羽織ったセレスティ・カーニンガム。また同時といって良い程に入ってきた大人の女性の美しさ溢れる七部袖のベージュシャツに白い日傘を持った女性、シュライン・エマに向かい軽く営業スマイルをとって見せた。

「あら、シュラインさん? それにセレスティさんも…?」
 店員のそんな状況はいざ知らず、先に茶色のトレンチが暑苦しい客と話し込んでいた汐耶はカラカラと音を立てて入ってきた二人に向かい珍しいといった風に眼鏡の下の瞳を薄っすらと和らげた。
「汐耶さんもここに? あの新聞記事を見て来たのかしら?」
 路地裏のバーへ行く道は蜘蛛の巣のようでなかなか来辛い所でもあったからシュラインはこの場所に司書職で忙しい汐耶と、もう一人。
「いえ、最近少し通うように…でもセレスティさんが来るとは思いませんでしたよ」
 シュラインに挨拶を交わしながら、その横に並んで店の装飾に少し興味を示しているセレスティにまさかと苦笑を漏らしながら汐耶は一旦話中の常連客との言葉を切って話しかける。
「ええ、あまりにも摩訶不思議な記事でしたのでつい…。 それで、汐耶さんが今お話していた方が依頼主さんでしょうか?」
 どんな所にでも興味があれば出向くのですよ、と付け加えたセレスティはここまで人が集まったのが嬉しいのか汐耶の後ろでにこにこと屈託の無い微笑みを漏らしている客に言葉をかけた。

「えっと、妃には悪いけれどどうやら私のお客さんみたいだね? 先に、私は切夜と言って新聞記者をしている…」
「暇な人ですよ、とにかくお座り下さい。 依頼の話なら長くなりそうです、何かお飲み物をお持ちしましょう」
 セレスティに言葉をかけられそうだと名乗った切夜は汐耶にも渡した後だったのだろう、シュラインとセレスティに名刺を渡しつつこの店の店員でもないだろうに、二人を席へと促す。
 これぞ、勝手知ったるなんとやらか。後から来た客人に飲み物が配られるまで事件のあらましを一通り語り始めるのであった。


■ 少なすぎるピース


「それにしても情報が少なすぎるわ…」
 『BLUE』を後にし、セレスティの乗ってきたリムジンで移動する三人は、それぞれに頭を抱えながらこれまでの状況を整理する。

 切夜から聞き出せた情報は確かに他のメディアが掴めないだけあり、少なく、事件のある土地の場所と何故か子供が少なく老人が多いという事。そして新聞記事以外で聞き出せたのはその子供の突然死の前は別に何事も無い、子供の数も老人の数もそれ程上下しない地域だったという事くらいだ。

「そうですね…少なくとも死因のチェック、あと事件の発生で老人の数が多くなっているというのなら何かそっちの方面での情報収集も必要でしょうか」
 流石に参ったという風に短い黒髪をかき上げた汐耶は今までの情報に付け加え新たに聞くべきと思われる事柄を順次に述べていく。
「確かに、汐耶さんの言う事も尤もですが、私としてはそれに付け加えて死亡数も知りたいところです。 警察側が何か察知していないか…、しているのなら情報提供して頂きたいものですが…」
「そう簡単に教えてくれる職業じゃないわね…。 あとボランティア団体も捨てがたいわ」
 考えるとキリが無く、結局一つ二つと調べる場所ばかりが出来、シュラインは唇を少し噛みながら主要箇所を割り出していった。

「実際出向いて話が出来るのはボランティア団体と病院だと思うの。 警察は職業柄話してくれ無さそうだし…病院だってそういう点ではただの聞き込みしか出来ないわ」
 個人の情報や事件等は病院側、警察側の秘密厳守である。そんな中出向いた所でわかる事柄は事件には関与してはいけない、聞かないでくれとの言葉だけであろう。

「私達個人の情報網を使うという手もありますよ。 セレスティさんなら病院に詳しい方を知っているでしょうし、シュラインさんなら心霊作家の資料を見る事も…私なら短い間かもしれませんが図書館の通信で情報を募る事も可能だと思いますし…」
 とりあえず今日一日で出来る聞き込みはシュラインの言ったボランティア団体、病院の患者という事を念頭に置いて汐耶はふいに目を細めた。
「この事件、話を聞いた時から思っていたのですが…」
 言いかけて、やめたというように口を閉ざす。その間、セレスティもシュラインも言う事に想像がついたのか、それとも汐耶の心情を察したのか何もいう事はなかったが。

「わかりました。 今日はその聞き込みに絞って明日までに病院関係に詳しい部下から死亡原因などの資料を、出来れば以前この地域に似た事件が無かったのかも調べたいのですが…」
「その辺は私がやっておくわ。 資料もある事だし、なんとかなるとは思うの」
 調べ物の多すぎる状況下で分担は必須だ。特に事件慣れしている三人にとってある程度互いの考える事、得意分野が理解できるのか、先に事件のある地域で一番大きなボランティア団体へと車を進めながらこの先の事について個人個人の思いを巡らせていった。


■ 埋らないパズル


 指定された地域は意外と狭く、ボランティア団体で一番の大きさを誇る建物はなかなかにして新しく、つい最近建てられたものだと一目でわかるような外観であり、白く清潔感のある壁に殆ど全てがバリアフリー、また子供達もよく通えるように庭には可愛らしい玩具の類が上手く散ればめられている。

「なんだか場違いな所に来たみたいよね」
 小型とはいえ高級リムジンで乗りつけたのは心地よい空間の施設。しかもこれから聞き込みをするのは最近の死亡事件なのだからシュラインの考えは尤もだろう。
「まぁそれも仕方ないわよ、兎に角ここでの子供達とお年寄りとの関係をまず聞きましょう? あとは各々情報になりそうな事を。 そうですよね? セレスティさん」
 汐耶も苦笑しつつ高級車から降りると、車椅子をゆっくりと地面に下ろすセレスティを見やる。
 財閥総帥という関係上でもないだろうが、広く顔の利くセレスティは車内でこの団体の総責任者に話をつけられるよう連絡を取っていたのだ。
「ええ、こちらは上手く行きましたからとりあえず依頼を直に聞いていた汐耶さんに取材の方面で聞き込みを頼めるようにしておきました」
 頼みますよ? と微笑むセレスティに、務まるでしょうかと思わせぶりな微笑みを返した汐耶は施設の人間の出迎えによって三人共にその中へと案内される。
 その間、シュラインは彼女なりに特に気になっていた事があるらしく別行動を取る事にし、ある程度の聞き込みが終わり次第またリムジンの前で待ち合わせる事を約束にその場を離れるのであった。



「では早速取材に。 まずここでのお年寄りとボランティアの子供達や遊びに来る子供達はどういう接点を持って癒しと互いの共通点を得られるのですか?」
 総責任者の管理する室内、汐耶とセレスティは表向きに新聞の取材として初老の女性から情報を得ようとしてい、新聞記者と化けたその言葉の半分は死亡するという子供とお年寄りの接点についてを主に主体とした言葉を、所謂オブラートで包んだ話で聞きだしている。
「そうですねぇ…。 矢張りこう歳をとってしまうと若い人の元気な顔を見るのは癒しにもなりますし…それに接点と言えば共に楽しむ遊び等で生きる喜びを感じてもらっていると思いますよ」
 微笑みながら話す総責任者の女性の言葉に邪気は無く、本当にこの事業が好きでやっているといった風で、少しだけ騙す事に罪悪感を覚えてしまう。
「では失礼ですが、ご病気のお年寄りと子供達が接して何か問題や、或いはそういう行事にあまり協力的では無い方もいるのでは?」
 今度はセレスティがこの人物と話す上で一番重要とされる事を口にする。
 尤も、この総責任者にとって少しばかり酷な質問ではあると思うが情報を集め、出来ることなら犠牲者を最小限に済ませるのが先決なのだ。
「ご病気の方は可哀想だとは思いますが行事に参加するという事は御座いません。 あと、協力的では無い方…も多少はおりますがそれはスタッフの方で他の参加企画を催しておりますので」
 少し言葉を濁すのは質問の内容だからだろう。セレスティは申し訳ござませんと一つ礼を取り。
(汐耶さん、後はお願いしますね)
 なるべく気を付けてはいるが単刀直入に入りがちな自らの言葉をやめ、後は汐耶に当たり障りの無い質問を任せる事にしたセレスティは口元に手を当て、目を伏せる。

(矢張りこの施設は関係無いのでしょうか…シュラインさんが何か良い情報を掴んで下さると良いのですが…)



 狭い地域に広い施設。これはこれで情報収集には難しい問題である。狭い地域、という事で最初は集まる人間の多さを考慮しなんとかなるだろうと思っていたのは多少甘かったかとシュラインは頭を抱えた。

(流石にお爺ちゃんお婆ちゃんのお話は見えてこないわ…)
 先ほどから何度か老人達の輪に入り仲の良い人物の中で何か変わった事は無いかと当たり障りの無い文句と共に聞いては来ているのだが何しろ老人、そして施設。正直な所理解不能な言葉や、下手をするとシュラインを孫や娘と間違えた言葉が一斉に返ってくる事もあるのだからたまったものではない。
「ここは一つ、何かおかしな物が置いていないか確かめる方を選びましょうか」
 こんな真新しい施設に何かあるとは思えないが何もしないに越したことは無い。先ほどから聞き込みをしている情報もなかなかやっては来ないのだから、自らが歩いて何とかするしかないだろう。が。

「お姉ちゃん、しんぢゃった子の事を聞いてるの?」

 まさかの声だった。一部屋一部屋呪術道具がないか探そうとしていたシュラインに、今まで老人達に聞いてきた事を何処かで感じ取り声をかけてくれたのだろう、まだ小さな少年がぐいぐいと袖を引っぱり、はっとしてその子の方を見た女性の仕草に首をかしげ、次の言葉を待っている。
「ええ、あまり聞いてはいけない事だとはわかっているのだけど…お姉ちゃんにとっては大事なことなの。 あなたがもし知っている事があったら教えてくれるかな?」
 子供が怖がらぬように優しく、目線を合わせて話してやれば、内容までは理解出来ないものの、シュラインが何か重大な事を聞いている事だけはわかったのだろう。うん、と少し控えめな答えを出した少年は。

「しんぢゃったのはね、僕の弟だったから。 お姉ちゃんの言っている事、わかったの。 弟はまだまだ赤ちゃんだったから、おじいちゃんおばあちゃん達よりお姉ちゃんの知りたい事は別の所にあると思うよ」
 聞かない方が良かったのだろうか。だが貴重な情報に変わりはない。死んだのはこの子供の弟でしかもまだ幼い赤子、幼いながらに提供してくれた情報は言う側にも悲しい話だとシュラインは子供の頭を撫でながら、ありがとう、と呟くのだった。

■ 一つのピース

「それでは産婦人科が一番の目的地だと?」
 施設から戻った三人はまたリムジンに乗り込み次の場所に向かう。が、汐耶とシュラインは良いとして男性であるセレスティにとっては正直浮いてしまうのではないかと苦い笑が口元に出てしまう。
「確かに施設の子はそう言っていたわ。 死因のカルテはセレスティさんの情報網を頼るしか無さそうだけれど、行って状況を調べるだけなら出来ると思の」
 互いの情報を交換しながらシュラインはセレスティの心境を察したのか心の中で苦く思う。こういう時彼の彼女が居たならばもう少し良い具合に聞き込みも出来るのだがこのあたりは仕方がないと思うしか無い。

「そうね、施設でのお話だとあそこの老人達に変わった事は無さそうでしたから…産婦人科のある総合病院に行って、その後図書館の通信に載せる原稿を書くというのはどうかしら?」
 日も少しづつだが落ち、病院一件一件当たるという事はまず無理だ。汐耶は総合病院での調査と一度別れ際に明日の打ち合わせをしておく事を念頭に考え、次の目的地をどうするかとセレスティに目で合図をした。
「そうですね、シュラインさん、汐耶さんの考えから言って次は総合病院に向かわせるのが妥当でしょう。その後は明日の情報交換という事で」
 リムジンの内線で行き先を指定するセレスティは少しばかり日差しに参ってしまった身体を車椅子に預け、暫しの休息につくのだった。



 東京都内のそれとは流石に比べ物にならない建物がこの地域の総合病院らしい。ボランティア団体の建物より少し大きく、外観は逆に古ぼけ、多少の霊の類なら出そうな雰囲気もあるが。
「悪い感じはしないけれど。 とりあえずここの患者さんに何か良い情報が眠っている事を願いたいわね」
 病院を一瞥した汐耶は自ら封印能力を所持している事によりある程度の霊を感じたのだろう。だが、だからと言って霊というもの全てが悪いものだとは限らない。逆に良いものならばその地に留めて置く方が良い事もあるのだ。

「病院、ですか。 なんだか少し親近感があるというか…。 いえ、それよりも患者さんや特に遺族の方がいらっしゃれば心の傷を開かないようにも気をつけたいですね」
 セレスティは自らの身体の弱さにこんな小さな病院といえど、そこに通う人間の気持ちがわかるのか、少し苦く眉を顰めると車椅子を病院の玄関にくぐらせる。
「そうね、幼い子ですもの、亡くした遺族の方を下手に刺激したら悪いわ…」
 無下に踏みにじる事のできない心情と、これ以上の犠牲者を出さないようにしたいという心情が重なりシュラインも目を伏せた。

「あら? あの方…」
「? 汐耶さんどうしたの?」
 玄関を越え、廊下に出た所で汐耶がふいに何かに目を見張った。いや、見張るというより知り合いに出合ったという方が正しいであろう。一度追いかけようとした足は相手が忙しいと理解したように一度止まり。
「いえ、よく図書館でお会いする方と似ているな…と思っただけ…。 急患かしらね? 急いでいたみたいだから追えなかったわ」
 病院で走るわけにもいかないし、と肩をすくめた汐耶はまた二人と歩調を合わせて数人の患者の所へと聞き込みに回り、結局それから数時間後出た情報と言えば。


「難解にも程がありますね。 噂としてだけなら生まれてその寸前の子供か或いは生きていて死産する筈のない子供が取り上げた途端に死亡…」
 詳しいカルテまでは調べられないが患者達には流石に噂になっているらしいこの事件は、幼稚園、小学生などの子供ではなく。
「怖い話ね、まだ赤ん坊や生まれていない子が死んでいるなんて…」
 一様に顔を見合わせ、明日までの情報収集の準備にとりかかるも顔は浮かない。死亡という言葉だけでも気乗りのしない言葉であるというのにこの現状はどういう事か。
「とりあえずシュラインさんが探していた呪術関係の品が病院にない事だけは確かよ。 全て回れないとはいえ、封印された物があれば私が感知できる筈ですし」
 そう、シュラインは特に生と死の狭間にあるこの場所に何かがあると踏んでいたのだが、確かに情報はあったものの呪術道具やその類は無し。

「明日またそれぞれの情報を持って集まる。 それに期待ね?」
 集まる場所を一度汐耶が勤める図書館に指定し、夜の暗闇が襲うこの地域を後にする。
 こうして出直している間、犠牲者が更に増えないことをただ祈って。


■ 最後のピース


 セレスティの車は図書館の閉館に間に合わせるように汐耶の方へと先に向かい、シュラインの自宅についたのは丁度夜の七時を指す頃であった。
(あ、武彦さんちゃんと夕食とってるかしら…)
 ふと、そんな事が頭を過ぎったが、今から興信所に夕食を作りにいく事も出来ず、もしそれをしてしまえば情報収集はまず出来ないだろう。

「仕方ないわ、零ちゃんも居る事だし、今日だけはお願いしちゃいましょ」
 シュライン程ではないが零もそれなりに料理というものを覚えつつある。それを考えると、思いついたこの不安も少しは解消出切るだろうか。
(思いつき…。 そういえばマザーグースになぞなぞ歌があったわよね…?)
 なぞなぞ。それは一つの思いつきで答えを出す子供の遊びだ。
 だが、考えてみればどうだろう、よく人の命は蝋燭に例えられどの国でも昔から命の灯火というものが存在し、下手をすれば。
「呪術関係にそんなのがあるかもしれないわ。 となると…」
 人の命が何人かは消えてしまっている今、シュラインの考えが正しければこれは単独犯。しかも早く止めなければ止めに入る自分達も危ない筈なのだ。

(術者が力を溜め過ぎて居ないと良いのだけれど…戦闘になったらこっちが不利だわ)





 今、セレスティの屋敷から出た昨日と同じ小型のリムジンは汐耶とシュラインを乗せ、ある一件の民家を訪れようとしていた

 朝早くでもなく、ある程度お互いの役目なり体質を考慮した上での待ち合わせ時間には皆一様の情報を掴んでおり、逆に掴んでいるからこそあまり多くを語らず多少重い雰囲気を乗せたまま車の静かなエンジン音だけがやけに五月蝿く聞こえるようである。

「セレスティさんの情報と推測通り、一連の事件はお年寄りから起こって、そして今行こうとしている場所はその人物の居る本当にごく普通の民家…なのよね…」
 シュラインが重い空気を少しでも軽くするように言うが、セレスティと汐耶はただ黙り、今しがた交換した情報の結末を思う。

 セレスティの持ってきた情報は子供の死因と危篤状態の老人について。
 死因については聞き込み通りがほぼ正しいが、一つ、本当に蝋燭が消えるようにして静かに心音が下がり、最後には消えたという事。老人については目ぼしい物は多数あったわけではなく、ただ一人息を吹き返し、自宅療養をしている人物が居るという事だ。

 そして汐耶の持ってきた情報。これは図書館の通信を見たのか、総合病院でよく見かける司書の話を聞いた看護婦の言葉であり、その情報提供者によれば、息を吹き返した老人が居るものの、その老人は動ける状態では無く、ただ一つの可能性として上げるならばその双子の姉がよく産婦人科に訪ね、自らは昔産婆だったと言いながら妊婦の腹を嬉しげに眺め、触っていたとの事。

 最後のシュラインの話でこの事件の全容が明らかになったと言っても過言ではないが、調べ物をした夜、ナンシー・ペチコートというマザーグースから思いついたのは矢張り一つの生命ともう一つの生命を蝋燭に喩え、交換、或いは切り取り上乗せしていくという呪術だ。これをやっていけば寿命はおろか、セレスティの調べ上げた人数に加算すると術者、或いはその命をもらった人間は力も倍増している事となる。

「つまり、汐耶さんの情報から来た老人宅。 何かあれば失礼承知で術をやめさせなければこちらが危ない、という事になりますね」
 昨日通った道を行きながら同じ区画に入っていく。セレスティの能力からしてみれば簡単に人の行為を止める事は出来そうだ。が、それを年老いた人物にしてしまうのは本当に誰かが危なくなった時のみだろう。
「思えば昨日言いかけた言葉が本当になるとは…いえ、まだ決定事項では…」
 ないと思いたいのだが、目指す地点に近づくにつれ何かしら禍々しい力を感じるのは何故だろう。汐耶はふう、とため息をつき外を見る。いたって普通の住宅街、こんな場所にこれからの人生を謳歌する筈の老人が呪いに近い物に手を染めていると思うと気が重くなる。

「着いたわ。 覚悟を決めましょう。 短くなったナンシー(蝋燭)をまた付け足されてはお仕舞いだもの」

 一軒の民家。それはもう殆ど朽ち果て、都市が開発されていく中一人取り残された時代遅れの廃屋のように建っている。見るだけでもこんなに貧しい中、呪術に頼ってまで生きようとする人間が居るのなら、それは一体何を示し、三人にとって何をもたらすのであろう。


■ 小さなナンシー


「すみません、何方かおりませんでしょうか?」
 リムジンから降り、セレスティは数度、この家の呼び鈴を探したのだが何処にも無く、暫し迷ったように汐耶とシュラインを見、ノックをする事で人を呼ぶ。
「留守かしら…結構呼んでるわよね?」
 何度かそうしているのだが、なかなか人の声も足音も聞こえない状態でシュラインは戸惑ったように一度、戸に手をかけ少しだけと引いてみる。

「開きましたね。 …矢張り誰か居る」
 古びた音すら出さない扉はまるで別世界に迷い込んだような錯覚を起こさせるが、逆に玄関の靴の数でここに住んでいる人物は多くて二人という事が理解できた。

「無断侵入は好まないのですが…そうもいかないでしょう」
 扉が開けば中の人間の足音が微かに聞こえ、同時に何かしら気味の悪い空気がセレスティの肌をかすめていく。これは多分、運命を占う者としての勘か、それとも他の者も感じる事の出来る悪寒か。
 ただ相手に気付かれるのだけは推測上、どうしても避けなくてはいけなく、戦闘になってしまえばそれこそ老人とはいえ何人もの人の命と力を蓄えているのだ、隙をつく方面で動かなくてはいけなく。


(見えます? 障子の向こう…矢張り蝋燭で命を継ぎ足していたのね…)
 汐耶とシュラインは靴を脱ぎゆっくりと、セレスティはその足の関係上二人の後を静かについていくようにして音の発生を避けている。
 そして、先頭を行った汐耶が穴の開いた障子に目を凝らすと案の定、床に臥せった老人とその老人に瓜二つの老人が一本の長い蝋燭を上から静かに削り落とすところであり、眠っている老人の近くにある短い蝋燭、それは恐らく付け足される方の物。
(あっちも真剣だから気付かなかったのかしら。 でも…このままじゃ…)

 ぎりぎりと床に振動をさせながら老人は少しづつ蝋燭を削っていく。多分これが終わる頃にまた一人、生まれる筈か、生まれたばかりの生命は消える事になるだろう。


「埒があかないわ! シュラインさんは床の蝋燭を、私は長い方の蝋燭をなんとかします!」
 見ているだけでは犠牲者は増える、そしてこの禍々しい儀式で生きながらえる人物の心境も計り知れない。たとえそれが姉妹愛と言われても、自らに兄弟の居る汐耶には納得が出来ず、障子を大きく開け放つと長い蝋燭を持った老人の両手を止めるように抱きついた。
「おお、何を…姉さんの命に何を!」

 老人の抵抗が汐耶の身体にのしかかるが、どうやらこの老婆は命を継ぎ足した姉の方に力を注いでいたのだろう、通常の人間程度の力しか見せず、床にまだ小さく残る灯火をシュラインが二人の競り合いで消えさせぬよう、庇うようにして炎を守る。
「あっ…っ!」
「シュラインさん!?」
 風でも来て消えてしまったらと必死に守るシュラインの手に蝋燭の溶けた液がかかり、綺麗な眉を顰めさせ、最後に控えていたセレスティは何も出来ないと口を閉ざす。
 これが炎でなければ何かしら行動を起こせたのかもしれない。が、水を操り、汐耶と競り合う老婆の血液をどうにかしてしまえば逆に事態は悪い方向に進みかねないのだ。

「あまりお婆さんに力は使いたくないけれど、すみません!」
 やっている事に賛成はできない。そう汐耶は自らの能力である封印の力で逆に今まで命を操ってきた老婆の能力を封印する。

「ああ…姉さんの灯火が消える…消える…」

 自らの力が封印されつつあるのがわかったのだろう、長い蝋燭の炎は命の灯火ではなく、ただの蝋燭の炎となって消え、シュラインの守っていた蝋燭の炎も同じようにただの火となって消えていった。


■ 何時の日かナンシーは消える


 静かに消えた二つの炎。一瞬の事ですぐに静まり返った室内。畳の焦げた匂いと汐耶、シュラインの息の上がった心音、そしてセレスティが倒れるように蹲った老女を助け起こすようにして上体を上げさせる。

「貴女は…何故…」
 セレスティに助け起こされた老女、いや人の命を蝋燭にしてしまう魔女は皺のよった顔をただぐしゃぐしゃに濡らし、恨みとも悲しみともつかぬ目で蒼い瞳を見た後、何も言わずにまた顔を伏せた。

「セレスティさん、この人…もう息が無い…」
 蝋燭の火傷で軽症を負いながらも寝たきりになった老人の口、そして動脈に手を当てたシュラインは元から冷たかったかのような皮膚に手を当て、愕然とする。

「この方の能力を封印したから…だから…?」
 汐耶は自らが行った行為に対して罪悪感も迷いも無かった。ただ、今ここで死んでいると言われた老人の大切な姉が既に息絶えていたという事実に、他人の命は奪えても大切な人の命は守る事ができなかった老女の実態を知り、目を閉じた。

 いつの日か、ナンシー・ペチコートという人の一生は終わる。それがたとえ自殺、他殺と言った中途半端な死でも一度死んだものを元に戻す術は無く、蝋燭のように溶け終わった後には多少の燃えかすだったとしても後が残るのだ。
 加害者になる事はきっと、この老女には容易く、そして狂った心でまだ姉は生きていると信じ込み、他人を巻き添えにした上で今回の事件を築き上げたのだから。


(私達もいつかこうなってしまうのよね)
 人間には必ず老いがあり、いつか大切な人が先に、いやシュライン自身が先に居なくなってしまうかもしれない。それでも、どんな力にも頼らず、今を大切な人と暮らしたい。


 ナンシー・ペチコートは手も足も無く、必死で立っていてもいつかは短く消えてしまう。
 だがそれが、ナンシーという一つの人生の美しい所なのだと、今はただ信じていたかった。
 

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女性 / 23 / 都立図書館司書】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんばんは、始めましての方は始めまして。夏バテライターの唄です。
この度はご発注、本当に有り難う御座いました!色々至らない点等あると思いますが、少しでも楽しんで頂けると幸いです(礼)
また、今回のテーマは少し重く、マザーグースのテーマから引用しつつの『人の命の取替え』だったのですが、殆ど始から当てられてしまい、逆に読み物としてなっているかとても不安に思っております。
ただ、一つ違ったのは、人の命を取り替える事までは行かず、人の命をとる事は出来ても、命を与えたい相手には全くそれが通じないという、そういう物悲しさも入っております。
老人が多く子供が少ない。そこで老人が長生きしているのではなく、子供の数だけが減っていた、という事です。わかり辛くて申し訳ない(汗)
個別部分はOPと各所細かい所にもうけてありますので気が向かれましたら他の方の心境等読んで頂ければ幸いです。


シュライン・エマ様

こんばんは、いつもご発注有り難う御座います!まだまだ若葉ま(矢張り略)の唄です。
今回プレイング中この物語のOPを語られたのはシュライン様だけでした。ので、情報収集や他の言葉でもよくこのナンシー発言をされております。情報収集の方は出来るものと出来ない物を指摘し、そして矢張り皆様と同じく分担という形をとらせていただきましたが如何でしたでしょうか?
また、蝋燭を止める時に軽症ですがさせてしまって申し訳御座いません!多少の手当てで治ると思いますのでどうかご容赦くださいませ。
ストーリー中は終始NPC等の心境を察し色々考えていただく事になりました。実際、様々な面で情報収集となればそうなるかな、というライター個人の意見もありますが、ストッパー的な役割もして頂き感謝しております。

それでは、これに懲りず、少しでもの思い出としてシュライン様の心に留めていただけると幸いです。
また、依頼なりシチュなりでお会いできる事を祈って。

唄 拝