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<東京怪談・PCゲームノベル>


ワールズ・エンド〜forget-me-not.







「あら、珍しい」
 うちの店の裏庭―…にどん、と広がる日本近海に繋がる池。
その澄んだ水が不思議と波もなくたゆたう岸辺に、私は腰を屈めてしゃがんでいた。
岸辺にはいつの間に生えていたのか、青い小さな花が群生していた。
確か、イギリスの私の村にも良く生えていたっけ。本当、懐かしい。
良くこの花を材料に、初級の魔法を使って色々遊んだものだわ。
 私はそう一人ごち、ぽん、と手を叩いた。

 ――…いいことを思いついた。







               ■□■







「見て見て、銀埜。かわいいでしょう、これ」
 数時間後、私は有頂天になりながら、店の掃除をしている銀埜を呼びつけていた。
自分の仕事を邪魔されるのを嫌う銀埜は少し眉をしかめて、私に近寄る。
「…何ですか?それは」
 銀埜は私が手に掲げたそれをじっと見て、首を傾げた。
「えへへ、新商品。かわいいでしょう?」
「…またそんな、一部にしか受けないものをお作りになって。知りませんよ、客足が遠のいても」
 銀埜はそれに一瞥をくれたあと、また叩きを使って埃を払う作業を再開した。
私は素っ気無い銀埜の態度に、思わずふくれる。
…別にいいじゃない、一部受けだって。かわいいものはかわいいんだもの。
それにきっと、分かる人は分かってくれるわ。
1秒で気を取り直した私は、黙々と掃除を続ける銀埜にからかうように云った。
「大丈夫よ、世の中そんな捨てたものじゃないのよ?」
「どうだか。まあ宜しいんですけどね、私は残飯漁ってでも生きていけますから。
正直な話、お客様が来られなくなって困るのはルーリィ、あなただけで―…」
 
          カラン、カラン。

 ぐちぐちと呟く銀埜の言葉を遮るように、店のドアベルが小さいけれどりん、と鳴り響いた。
私と銀埜は顔を見合わせ、そして私はしてやったり、とニヤリと笑った。
「ほら、ね?」
「…私はギャフンとは云いませんから、早くお出迎えに行って下さい」
「はいはい。どんなお客様かしら」
 私は上機嫌で歌うように呟きながら、店のドアのほうに行った。
そんな私の背後から、銀埜のわざと大きく吐く溜息が聞こえた。…全く、意地が悪いんだから。
 ドアのほうに行くと、一人の男性が戸口にぼんやりと立っていた。
黒いスーツに青のネクタイ、少し切れ長の瞳が何処となく艶っぽい、そんな男性だった。
歳の頃は20代後半程、銀埜よりは高そうに見えるけれど、まだまだ若々しい。
顔の造りは整っているけれど彼のクールな印象に、私の心は待ったをかけた。
 ―…何でスーツ姿の男性が、うちの店に来るのかしら。
彼の右手には、やはり黒のアタッシュケースが握られていて、その中には一体何が入っているのか。
 彼は一通りぐるりと店内を見渡したあと、多分呆然としているだろう私に気がついた。
私は先手必勝、とばかりに口を開く。
「あ、あああのっ」
「…はい?」
 彼は首を傾げてきょとん、とした。
私はそんな彼に構いもせず、すぅと息を吸い込んで早足で叫んだ。
「一応店主は私だけど、ちゃんとしたオーナーはイギリスにいるのよ。
土地を売ってくれって云われたって、絶対応じませんからね!
地上げ屋さんが来たって平気よ、婆様には勝てっこないんだから。
あと私はイギリス人だけど、ちゃんとクーリングオフだって知ってるんですからね。
羽毛布団なんか要らないし、消火器もご遠慮するわ。
ダイエットにも興味はないし、化粧品だって作ろうと思えば自分で作れるんだから。
まあ、まさか保険とかじゃないでしょうね?保険なんか取らなくても、自分の安全は自分で守れます!
あとは何かしら、まさかシロアリ駆除?馬鹿にしないで、ちゃんとシロアリ防止の結界も張ってるんだから!」
  ぜいぜいぜい。
 私は一通り一気に叫んだあと、酸欠状態になって肩で息をした。
そしてキッと目の前の男性を睨むように見上げる。
「他に何?まだなにかあるのかしら。しつこいようなら、うちの番犬けしかけちゃうんだから。
まだ私は未成年の小娘だけど、訪問販売なんかに負けませんからね!」
 さあどうだ、といわんばかりに私は胸を張った。こういうものは威勢が大事なのだ、威勢が。
―…そう。もう云わなくてもわかるけれど、私はこの時点で、
この目の前の男性が得体の知れないビジネスマンだと、疑いもしなかったのだ。
 その”得体の知れないビジネスマン”の彼は、暫し呆然として私を見下ろしたあと、プッと吹き出した。
そしてくっくっ、と含み笑いを漏らしているかと思うと、やがてけらけらと声を上げて笑い出す。
「ああ、ごめんごめん。誤解させてしまったようだけど、俺は仕事で来たわけじゃないんだ。
こんなところに可愛い雑貨屋があったのか、と思って少し寄り道してみただけなんだよ」
「………へ?」
 私は先程までのクールなイメージが一瞬で吹っ飛ぶような彼の可愛らしい笑顔と、その言葉に目を丸くした。
彼は大きな手で自分の口元を覆いながら、もう片方の手の平をこちらに見せて、少し待て、というポーズを見せた。
…もしかして、笑いを堪えてるのかしら。
 半分呆けたように彼を見上げていた私の肩に、ぽん、と手が乗る感触が伝わった。
は、と後ろを見上げてみると、私の傍らに銀埜が立っていた。
銀埜はその黒い瞳で私をじーっと見下ろしている。もう、完全に呆れて呆れてたまりません、という表情で。
 そしてはぁ、と深い溜息をこれ見よがしに吐いたあと、にこりと笑って彼のほうに顔を向けた。
「申し訳ありません、お客様。当店主が大変失礼なことを申しまして」
「や、いいよいいよ…面白かったしっ。ぷぷ」
 くすくす、と笑いながら彼は私のほうを見つめた。
その顔はにんまりと笑んで、クールなイメージと一緒に独特の艶もどこかへ消えてしまっていた。
「と、いうわけ。だから俺は不動産屋でもないし、布団やら消火器やら美容製品やらの訪問販売でもない。
ましてや保険外交員でもないし、シロアリ駆除を勧めに来たわけでもありません。
納得してもらえたかな、可愛らしい金髪のお嬢さん」
 そして、またニッコリ。
私は彼の笑顔と、傍らに立つ渋い顔をした銀埜を交互に見上げ、ぽん、と手を叩いた。
「………お客様?」
「………お客様、です」
 私の呟きをそのまま復唱した銀埜は、ますます渋い顔をした。












「相澤蓮、さん?」
「そそ。年齢は29歳、職業営業マン。まあ、昼間っからこんなスーツ姿でこられちゃ、
何かの訪問販売だと思われても仕方ないとは思うけどっ。
はは、それにしても羽毛布団に消火器?えらい昔の訪問販売だな」
 彼―…蓮はそう言って、またくっくっ、と楽しげな笑みを漏らす。
いつもお客をもてなすテーブルで、蓮の向こうにちょこん、と座る私は、肩を小さくして顔を赤くしていた。
「れ、蓮さん。お願いだから、もう言わないで?」
 私がちらりと彼を見上げると、彼はニコニコと笑いながら頷いた。
「了解。あんまり女の子を苛めても可哀想だしな」
「…ありがとう、恩に着るわ」
 はぁ、と私は溜息をつく。
…全く、この勘違い癖はどうにかならないのかしら?
 そう思って、改めて私は蓮を見つめた。
少し切れ長の瞳といい、線の細そうな体格といい、まるで鋭利な刃物のような雰囲気を漂わせている彼。
だがこうして無邪気ともとれる笑顔を見ていると、その刃物は果物ナイフのように思えてくるから不思議だ。
何でこんないい人を、悪徳セールスマンに思えちゃったのかしら。
多分、彼の黒スーツとアタッシュケースのせいだろう、とそう自分で自分を慰めてみる。
 それにしても、何で銀埜は分かったのかしら?彼がお客様だってこと。
そういう目で、紅茶を運んできた銀埜を見上げてみると、彼はしれっと答えた。
「雰囲気が違いましたから。
この方には、そういったセールスマンの方特有の悪意というものは感じられませんでした故」
「そっか、そりゃうれしーや。あ、どうも」
「いえ。こちらこそ申し訳ありませんでした。
普段はこういったことはないのですが―…と言いたいところなのですが、
当店に限っては割と日常茶飯事でありまして。我々下僕も主の抜けっぷりには日々頭を痛めております」
 にこやかな笑みを交わしながら、そんな酷いことをさらっと云う銀埜。
私の前に紅茶を置く彼を、私はじろっと睨み上げた。
「…そこまで云うこと、ないんじゃない?」
「本当のことですから、致し方ありません」
 そういわれると、何も反論できなくなる私だ。
はぁ、と肩をすくめる私を楽しげに見つめていた蓮は、ふと、と云うように銀埜に声をかけた。
「…下僕?」
 銀埜がさらりと云った一言が、彼の耳に止まってしまったのだろう。
だが銀埜は何を取り繕うでもなく、涼しい顔で答えた。
「ええ。この店は我らが魔女、ルーリィの店。私は彼女に仕える使い魔、銀埜と申します。
我ら使い魔はルーリィの命には逆らえず、故に下僕、と」
「ちょっ、銀埜!」
 私は慌てて、彼の服の裾を掴んで自分のほうに引き寄せた。
そしてぼそぼそと囁く。
(いきなりそんなこと云って、蓮さんが驚いたらどうするのよ?それに普通のお客様かもしれないじゃない)
(驚くな、とは云えませんでしょう。ですがその点はご安心を、彼は貴女のお客ですから)
 そう言って、銀埜はふ、と微笑んだ。
そして蓮に向かって一礼し、紅茶を運んできた盆を身体の脇に抱えた。
「では、ごゆるりと。彼女が貴方の求めるものを作るでしょう」
 そう決まり文句のように云ったあと、呆然としている私と蓮を残して、カウンターの裏へ去っていった。
 銀埜がその裏のカーキ色のカーテンを翻して消えたのを見て、私は一人溜息を吐いた。
―…云うだけ云って、さっさと逃げるなんて卑怯じゃない?
「えーと…うん。信じれないかもしれないけれど」
 私は苦笑を浮かべながら、弁解するように蓮を見た。
彼は目を丸くしていたが、決して不快な顔はしていなかった。…そのことが私にとって、何よりの心の救いだ。
「…魔女?」
 彼は私に視線を向けて、そう一言だけ漏らした。
私はその言葉の中に含まれる数々の意味を察しながら、所在無げに頷いた。














「魔女かあ…世の中広いなあ」
 一通りうちの店のシステムを説明したあと、蓮が漏らした言葉がそれだった。
まさに驚嘆、というように漏らされた言葉に、私は苦笑を浮かべた。
「…そうね、私も日々実感してる。でも信じてもらえて良かったわ」
 逆に言えば、こんないい年をした大の男が、という言い方も出来るけれど、
そこは蓮自身の性格によるものだろう。
彼はなかなかどうして、物事を受け入れやすい性格のようだった。良い意味で素直、とでも言おうか。
本当、人って外見じゃ判断出来ないものね。
そう私はしみじみ思うのだった。
「それでね。何か今蓮さんが欲しいものはない?
何でもござれ…とまではいかないけれど、ネコ型ロボット並みの働きはするわよ」
 タイムマシンはないけどね。
そう言う私に、蓮はけらけらと笑った。
「いいね、それ。なら四次元ポケット、と言いたいところだけど」
「ふふ、蓮さんそれは反則よ。それで、何が良い?さっきのお詫びも込めて、傑作を作るわ」
「ふぅん、そうだなあ…」
 蓮はそう言って、考え込むように腕を組んだ。
そして首をうな垂れ、うんうん、と熟考する素振りを見せる。
耳を澄ましてみると、滅多にないチャンスだから、あれにしようかこれにしようか、
パチンコがどうの酒がどうの、そんな呟きが聞こえてくる。
…もしかして、この人割と浪費家なのかしら。
 そんな思いを込めて暫し彼を眺めていると、ふいに彼が顔を上げた。
その顔に浮かんでいるのは満面の笑み。
「よっし、決めたっ」
 私はその笑顔を見て、こちらまで何かむずむずする嬉しさを感じながら、
気持ち身を乗り出して尋ねる。
「何?何?ああ、でも無尽蔵にビールを出してくれ、何ていってもダメよ?」
「そんなこた言わないよ。…あのさ、あんたルーリィだっけ。
これから俺、また主張やらで出かけなきゃいけないんだけどよ、
その間、こう…ダチとか彼女とかに、俺を忘れないでもらえるような品…っていうのは無理かな」
 少々遠慮がちに切り出した連に、私は思わず目を丸くした。
まさか、そういう願い事があるとは。…本当に、人って見かけに拠らないものね。
しかも、とても良い意味で。
「忘れないでもらえるもの…ね」
 私は独り言のように呟いた。
思い出や幻影を見せるか。何かを残すか。
…ううん、きっと彼はそういうことを望んでいるんじゃないわ。
きっと、ふとしたときに思い出してもらえるような。無理矢理にじゃなくって、極自然に。
…ならば、操作するものはNGよね。彼自身の想いが必要だわ。
 私はそんなことを頭の中で巡らせて、蓮のその銀色にも見える複雑な色をした瞳を見つめた。
「…蓮さん。あなたはその人たちのこと、好き?」
「………?」
 蓮は一瞬目を大きくしてから、私の言葉を飲み込むように暫しの時間をかけて黙った。
そしてふ、と微笑んで、微かにだがしっかりと頷く。
「…好きだよ」
 それはとても短い言葉だったけれど、それだけで彼の想いは私に伝わったから。

 だから私は、にっこりと笑った。

「今、丁度いい物があるの。作りたてのほやほやよ」
 あれはまだ、客に見せるつもりはなかった。使いようによっては、少し危ないものだったから。
…だけど、この彼ならば、きっと大丈夫だ。
 きょとん、としている蓮に笑いかけ、私は少し待っててね、と言って席を立った。













「…何だ?これ。お守り?」
 ケースの中からそれを取り出した蓮は、不思議そうな目でそれを見つめた。
私はくすくす、と笑いながら首を横に振る。
「ある意味では当たっているけれど。でも違うわ、それは栞なの」
「しおりって…本に挟むやつ?」
 やはり不思議そうな目で、それを掲げながら蓮は首を傾げた。
「これがいいもの?」
「ええ」
 私はやはり笑みを浮かべながら、テーブルの上にそれを広げる。
ケースの中は、蓮と同じものが9枚、全部で10枚入っている。
色は蓮が持っているものはパステルイエロー、その他にもピンクやベージュ、ブルーにオレンジと一通りの色が揃っている。
全てパステルカラーで、まるでそれは春のよう。
少し遠い季節を思い出しながら、私はそれらを蓮のほうに向けた。
「材質はヒミツ。聞いちゃダメよ、魔女のお約束。
このね、表に小さな青い花が編みこまれているでしょう。知ってる?これ、勿忘草って云うの」
 それを見下ろすように眺めていた蓮は、私の言葉に頷いた。
「名前だけ、な。何かカワイー花だな」
「でしょう?ドイツの伝説で、ドナウ川の岸に咲くこの花を恋人に贈ろうとして、
誤って川に落ちて死んでしまった騎士の物語から、その名前がつけられたの。
その後恋人はその言葉を忘れず、この花を一生髪に飾り続けたと謂われているわ。
だから英名はforget me not。日本語でいうと、”私を忘れないで下さい”」
「…へえ」
 蓮は感嘆の溜息を漏らして、手に取っていたパステルイエローのそれを、9枚の中に混ぜて並べた。
そしてそれらをじっくり眺めたあと、うん、と頷いて笑う。
「淋しい伝説だけど、小さくて可愛くて、さ。…健気だな、何か」
「…そうね」
 私は意味深に笑う蓮を見つめ、小さく頷いた。
 ―…私を忘れないでください。
それはある意味で言えば傲慢とも取れる願いだけれど、同時にとても切ない願いだ。
それを想う蓮は、その胸中に何を抱えているんだろう。
…彼の抱えているものを私が癒すことは出来ないけれど、彼が好きだと言った友人や彼女が、
きっと彼を癒してくれているんだと、私はそう思う。
 微かな笑みを浮かべながら、私は気を取り直して、ケースの中から青いリボンを取り出した。
それはとても細く、そして短い。だがこれはとても大切なリボン。
「それは?」
 当然の問いを投げかけてくる蓮に、私はふふ、と笑った。
「この栞の上のほうにね、小さな穴が空いているでしょう。ここに通すの。
通すのは、絶対蓮さん本人じゃなきゃだめ。
そして渡す相手のことを想いながら結ぶの。
そうしたら、渡された相手に、蓮さんの想いがきっと伝わるわ。
でもそれはほんの微かにだけれど。
例えば蓮さんが10の気持ちを込めて結んでも、実際に伝わるのはその中の1程しかない。
だけれど、あなたにとってはそれでも十分だと思う。
きっとあなたの大切な人は、その1の気持ちで、あなたのことを思い出すから」
「―…………」
 蓮は私の言葉を聞きながら、ジッとそれを見つめていた。
彼が何を思っているのか、私に察することは出来ない。
…ただ、彼がこれを上手く使ってくれることを願うのみだ。
 やがて蓮は、ふっと笑みを浮かべて私を見つめた。
その笑みは彼が此処に訪れてから浮かべたものの中で、一番穏やかなもので。
「…サンキュー、な。俺には勿体無いぐらいかもしらねえけど、嬉しいよ」
 そう語るように紡ぐ言葉もまた、静かなものだった。
私はそんな蓮を見て嬉しく思い、手を合わせて笑顔を向けた。
「それは良かったわ。それでね、そのリボンは通称シンデレラのリボンって呼ばれてるの。
…呼んでるのは私だけなんだけどね。
何故かっていうと、その持続時間は有限で、あなたの思いに比例して長くなるの。
だから、リボンに込めた想いがなくならないうちに、彼女たちのところへ帰ってあげてね?
やっぱり残った気持ちより、あなた本人が何より大事だもの」
 私の言葉に、蓮はニッと人懐っこい笑顔を見せた。
そしてグッと力を込めて親指を立ててみせる。
「そこんとこは任せとけって。そんな情けない真似しないからさっ」
 自信満々で胸を張る蓮に、それは頼もしいわね、と言って私は笑った。






 そして。
10枚入りのそのケースをいそいそとアタッシュケースの中に仕舞っていた蓮の手が、ぴたりと止まった。
そして苦笑を浮かべながら、私を恐る恐る見上げる。
 なんだろう、と首を傾げる私に、蓮はおずおずと云う。
「あのさ…ワリィ、これって幾ら?やっぱ高いんだろ?こういうのって。魔女の道具だもんなあ…」
「えーと…」
 返答に困っている私をよそに、蓮は仕舞っていた手をスーツの内側に入れ、長方形の財布を取り出した。
そしてその中を覗き込むように確かめ、暫し固まったあと、はぁ、と肩を落とす。
 …い、一体中身はいくら入ってるのかしら。
自分の道具の値段よりも、私としてはそちらのほうが気になるわ。
「…ごめんっ!今手持ち全然ないんだ。あ…甘いもんって好きか?
良かったらうちの会社…あ、俺製菓会社に勤めてるからさっ。
それの新商品なんだけど、これで…ってダメ、か?やっぱ無理?」
 そういいながら、アタッシュケースを広げて中からチョコレートやらクッキー菓子、
キャンディに、と包装や種類も様々なお菓子をテーブルの上に広げだす。
 私は何となくその手をとめるタイミングがつかめなくて、呆然としながらテーブルの上に積まれていくお菓子を見守っていた。
そしてハッと我に返り、ぶんぶんと首を縦に振る。
「そんな、お金じゃなくっていいのよ。
そりゃあ確かにちょっとした報酬はもらってるけど、原価なんてあってないようなものだし!」
「え、マジ?いいの?」
 不安そうだった蓮の顔が、ぱぁっと明るくなる。
私はホッと胸をなでおろし、そして改めてにっこり笑う。
「うちにも小さい子が一人いるの。あとお菓子が大好きなコウモリが一匹、ね。
だから、ね。この中のいくつか、もらってもいいかしら。きっと喜ぶと思うの」
 私がそう云うと、蓮は先程の私のように首を縦に振り、安心した笑顔を見せた。
「勿論っ。ほら、どれでも好きな奴もってけよ。
あ、これなんか美味いぜ?市場調査でも一番人気でさ―…」
 そう嬉しそうに一つ一つ説明していく蓮を見つめながら、やっぱり人って外見だけじゃない、と私は思った。

 …はて、今日一日でそう感じたのは、一体何回だったんだろう?

まあ、いいわ。どっちみち、とても良い意味で、だもの。
だからきっと、それはステキなこと。









                    End..







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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【2295|相澤・蓮|男性|29歳|しがないサラリーマン】



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▼ ライター通信
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 初めまして、蓮さん。
この度は多大な遅延、申し訳ありませんでした;
こんな遅延ライターにお任せ下さり、誠にありがとうございました…!

というわけで外見とのギャップがステキな蓮さん、大変楽しんで書かせて頂きました^^
しょっぱなから失礼なNPCで申し訳ありませんでした。
ですが蓮さんの人柄に触れ、例に漏れず彼の虜となってしまった模様です。(笑)
アイテムのほうも同封させて頂きましたので、また何かのネタにでも使って頂けたら、と。

それでは、ありがとうございました。
またどこかでお会い出来ることを祈って。