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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


悪意の書

 出すべきか出さざるべきか。
 シュライン・エマは茶筒を手にしばし逡巡した。別に客に茶を出すのが惜しいわけではない。ただ、草間の顔を見るなり「本を探して欲しい」といきなり切り出したこの大男には、茶に手を伸ばすほんのわずかの時間でさえも、浪費させてはいけないような気にさせられる。
「あんた、確か古本屋の……」
「朝桐だ」
「……」
 どうにか問い返した草間も、必要最低限の返事を即答されては次の言葉を失ったようだ。
「お願いします、あれを早く回収しないと大変なことになるんです」
 そこへ甲高い声が割り込んだ。見れば、朝桐の後ろから、一見少女と見まがいそうな少年が顔を出していた。
「大変なこと?」
 少年の言葉を繰り返した草間は、すぐに後悔の色を滲ませていた。少年が草間にすがらんばかりにずいっと身を乗り出したのだ。
「あれは『悪意の書』と呼ばれています。表向きは人に危害を加えるための術式を集めた呪術書なのですが、本当は人に恨みや敵意を持った人間を探し出して持ち主に選び、その悪意を増幅させるのです。そして、悪意の対象となった人間を呪殺し、同時に持ち主の魂を喰らって成長していく、そんな書物なんです」
 が、少年にはそうするだけの理由があったようだ。あまりに剣呑なその内容に、奥の間で聞いていたシュラインも、思わず動きを止めた。元々鋭い聴覚に、さらに意識を集中させる。
「にわかには信じがたいが……」
 草間の声にも、やや迷いのようなものが混じる。けれど、こんなことを言っていても結局は引き受けるのだろう。困った人間を前に放っておけないのが草間だ。そして、それがこの男の良いところでもある。
「お願いします。僕のミスで、既に誰かの手に渡っているんです! このままではまた犠牲者が出てしまう……」
「ああ、ああ、話はわかった。……けど、どうして自分で探さない?」
「探すことはできますが……、向こうも僕が回収しようとしていることを知っています。今の持ち主が誰かはわかりませんが、必ずあの書に魅入られているはずですから、僕を見たらきっと攻撃してくるでしょう。そうなったら……」
 草間の問いに、しょんぼりとした少年の声が答えた。
「俺は店を離れるわけにはいかない。他に『脱走』されてはたまらんからな」
 これは先ほどの大男の声だ。
「どうか、どうかお願いします。あの書は、呪殺が成就したら次の獲物を探してどこかへ行ってしまうので、所有者が生きているうちに回収しなくてはいけないのです。ああ、申し遅れました。僕は李煌(リーファン)。魔術師見習いです」
 たたみかけるように、少年が深々と頭を下げた。
「というわけだ。よろしく頼む」
 朝桐はそれだけ言うと、さっさと出て行ってしまった。彼にも彼の仕事はあるのだろう。
「あ、ああ……。とりあえず、暇な奴がいるか声だけはかけてやる。声だけは、な……」
 溜息をつきながら草間はタバコをくわえた。そしてちらりと視線をシュラインへ向ける。いつも悪いが、頼まれてやってくれ、とその顔には書いてあった。
 シュラインはそれに笑顔で頷き返した。どの道、頭の中では既に調査方法が湧いては回り始めている。草間は安堵の表情を見せると、他にも援助者を募るべく、電話に手を伸ばした。
「こんにちは。私は、ここの事務員のシュライン・エマ。今回の調査、参加させていただくわ」
 そんな草間をちらりと見遣り、シュラインはクッションのへたったソファに座って縮こまっている李煌の前に茶を置いた。少年は驚いたように顔を上げる。
「まだ何人かはつかまると思うから、詳しい話はその時に一緒に聞くわ。ただ、ちょっと聞きたいんだけど、問題の本って術式が書いてあるのよね? だったら所有者はそれに必要な道具を買いに行ったりしないかしら? それが置いてあるようなお店に情報提供をお願いしようと思うんだけど、どんな道具があったかはわかる? あ、あと本の形や移動範囲とか。所有者は常に本を持っているものかしら? 見てすぐわかるくらいに容貌が変わったりする?」
 後でまた繰り返さなければいけない説明を聞くよりも、他の協力者が来るまでの時間に手配できることを優先させた方が効率的だ。草間が声をかけるメンバーにはだいたい見当がつく。その顔ぶれを思い浮かべながら、シュラインは矢継ぎ早に尋ねた。
 少年は目を白黒させながらも、なるほど、と頷いた。考えをめぐらせるように軽く首を傾げる。
「本の大きさはこれくらいで、黒い分厚い本です。表紙に大きな目が描かれているのですぐにわかると思います」
 言って、近くにあったA4の書類を指した。
「移動距離なのですが、昨日の夕方の話ですし、おそらくそんなに遠くはないと思います。せいぜい半径1キロくらい……。魅入られた人は常に本を持っています。外観が変わるということはないと思いますが、ただならぬ雰囲気はまとっているから、普通の人でも見たら違和感を感じるはずです」
 シュラインはそれを聞きながら、住宅地図へと手を伸ばした。悪意の書が置かれていた古書店の住所を聞き、そのあたりの地図を引っ張り出す。
「肝心の術式に使う道具ですが……。蝋燭とか、塩とか、松葉とか……。道具のいらない術式も多かったと思いますが……」
 落ち着きを取り戻してきたらしく、てきぱきと答えて来た李煌だったが、ここで言葉を詰まらせた。
「ああ、でもざくろ石……」
 宙に視線を浮かせ、李煌はぽつりと呟いた。
「一番手軽そうな術式で、ざくろ石を本に描かれた魔法陣に乗せる、というのがありました。道具を用意するとしたらそれかもしれません」
「ざくろ石……ガーネットのことよね。わかったわ」
 シュラインは住宅地図から、雑貨屋やアクセサリーショップ、そしてここ数日鉱物展を開いていたことを思い出し、大手書店などをピックアップした。さっそく片端から電話をかけまくる。
「喜べ。奇跡だ、4人も捕まったぞ」
 こちらは電話をかけ終わった草間がソファに深く腰を下ろし、新しい煙草に火を点けた。
 シュラインがあちこちに電話をかけている間に、草間が声をかけた面々が次々に興信所に訪れる。まず最初に到着したのはシュラインのよく知ったる読書友人の1人、セレスティ・カーニンガムだった。杖を片手に高級車から降りて来た彼は、興信所に入ると秀麗な眉をひそめた。
「……暑いですね」
 そう、年中金欠の草間興信所のクーラーは故障しっぱなしなのだ。暑さに弱いセレスティにはかなり堪える環境のはずだ。
「ごめんなさいね、セレスさん。せめてこれだけでも」
 シュラインは氷の浮いたアイスティーを出し、さらに草間がかじりついていた扇風機を取り上げてセレスティに向ける。
「ありがとうございます。あと、普通の水もいただけますか?」
 セレスティは安堵の表情を見せると、アイスティーを一口含んだ。次に、シュラインから水を受け取ると、それを霧状にして周囲に漂わせる。
「……これで少しはマシになりましたかね」
「おおっ。便利だな、それ」
 ふてくされて書類で自らを仰いでいた草間が途端に目を輝かせる。
「こんにち……は」
 そこへ次の来客が現れた。小麦色の肌に紫色の髪を持った神秘的な印象の幼い少女は、興信所に一歩入ったところで硬直していた。草間とセレスティ、そして李煌を見据えたまま凍り付いた緑色の瞳には、怯えと後悔と、それでも拭えない好奇心がないまぜになっている。
「ラクスさん?」
 シュラインの知っているスフィンクスはこのような少女ではなかったが、特徴的な髪の色と、何よりこの男性恐怖。ラクス・コスミオンに間違いなさそうだ。
「はい、今日は擬躰で参加しようかと……」
 シュラインの声に少しは安堵したらしく、ラクスは首をすくめながらも小さな声で返事をした。
が、再びその肩が跳ね上がった。
「……こんにちは」
 銀髪の少年、尾神七重(おがみななえ)が姿を見せたのだ。はずみで事務所の中に一歩飛び込み、また硬直しているラクスの姿に首を傾げながらも、七重は中の4人に丁寧な挨拶をした。
「僕で最後、でしょうか?」
 集まった顔ぶれを一通り見て、七重は尋ねた。
「いや、あと1人」
「お待たせ。遅くなってごめんなさい」
 七重に答えた草間の声にかぶさるように、クールな女の声が振ってきた。こと、本に関しては彼女が来てくれると頼もしいことこの上ない。もう1人の読書友達、パンツスーツに身を包んだ綾和泉汐耶(あやいずみせきや)の姿に、シュラインは微笑みを浮かべた。
「ええと……、これで全員ね」
 やはりというべきか、本好きなメンバーが揃っている。シュラインが草間に確認すると、全員が神妙な顔になってソファに腰掛けた。とりあえず、と今回の依頼人李煌を含めて自己紹介を交わす。
「おおまかな話は草間さんに聞いたけど、問題の書の流出がいつ起こったか教えてもらえるかしら?」
 まず汐耶が短く切り出した。李煌の話を聞く限り、時間的な余裕はあまりない。誰の関心もまずそこに向いているようだった。
「昨日の夕方です」
「ミスで……とお聞きしていますが、どのようなトラブルが起こったのですか?」
 今度は遠慮がちながらも七重が口を開く。
「僕は悪意の書の解呪を……無害化を研究しています。その方法が見つかって、実験をするために結界内で書の封印を解いたのですが……。恥ずかしい話なのですが、その結界に不備があって、書に逃げられてしまったのです」
 李煌は俯き、唇を噛んだ。
「昨夜の今日なので、今回はまだ犠牲者は出ていない……と思いますが」
「ということは呪殺成立までのタイミングはあるということですね。毎回同じ方法で対象は殺されるのでしょうか?」
 さらに七重が問いを重ねる。
「ええと……、「黒い羽の悪魔」が呪いを媒介すると聞いているのですが、実際の方法は所有者の意志によるところが大きいようです。ですから、よっぽど強い殺意を持って、相手を一思いに殺してやりたいと願っていない限りはまだ時間がかかると思います」
「あと、問題の書の外見と……、ひとつ気になっているのですが、回収に成功したとして、呪術を途中でキャンセルすることになるわけですから、やはり所有者の魂が取り込まれてしまうのではないでしょうか?」
 今度はセレスティが思慮深げに口を開く。
「あ、はい、大きさはこれくらい、黒くて表紙に大きな目が描かれています。呪術が途切れても所有者は無事です。前回捕まえた時に確認しています」
「成功報酬完全後払い、ね。なかなか良心的と言えるのかしら?」
 汐耶が皮肉っぽく呟いた。
「あと……、こういう書物には往々にして対抗するための対になる書物がありますが、これにはどうでしょうか?」
 セレスティが再び問いを口にした。
「ない……と思います。少なくとも僕は耳にしたことがないです」
「ということはとりあえず探し出して真っ向勝負、ということになるわね。どちらにせよ急いで探さないと……」
 汐耶が軽く息を吐いた。このような事態に、対抗手段を持つ彼女の存在は頼もしい。
「古書店から書の魔力の波動を辿れれば良いのですが……」
 それまで隅っこで小さくなっていたラクスが、おずおずと口を開いた。
「これじゃ、ダメでしょうか。書を封印していた帯なのですが」
 李煌が荷物の中から、文様の縫い込まれた帯を取り出した。
「あ、はい。やってみます」
 言いながらもラクスの手は伸びない。シュラインは苦笑を浮かべながら、それを李煌の手からとり、ラクスに渡した。ラクスは礼を述べると、目を瞑り、精神を集中させ始める。
「では、私も書の在処を占ってみますね」
 セレスティの言葉に頷いたところで、今度はシュラインの電話が鳴った。
 出てみれば、それは先ほど電話をかけた大手書店だった。事情を聞いた店長が従業員に聞いてくれていたようだが、どうやら当たりが出たらしい。昨夜の閉店間際、20歳前後の若い女性が血色のざくろ石を買って行ったそうなのだが、接客をした従業員が、その時の異様な目つきと雰囲気を覚えていたらしい。
 シュラインは礼を言うと、電話を切った。早速、今の情報を調査員たちに伝える。
「その女性が所有者だとしたら……、気になる書き込みがありました。どうやら大学生のようですが、何でも、付き合っていた女性と別れてその女性の親友と付き合うようになった男性と、新しい彼女とが今朝事故に遭って病院に運ばれたのだとか……。そしてその女性も連絡がとれないそうです」
 ノートパソコンを開いていた七重が軽く首をひねる。李煌の顔色がさっと青ざめた。
「それ……臭うわね」
 汐耶が眉を寄せる。
「占いの結果が出たのですが……、どうやらこの公園のようです」
 話が途切れるのを待っていたらしいセレスティが、地図上の一点を指す。
「波動なのですが……2カ所から感じます。こちらとこちら……。こちらの方が近い、ですね」
 ラクスが困惑気味に呟いた。
「こちらは……、多分セレスさんの言っていた公園だわ。で、こっちは……」
 シュラインはラクスの指す方向から、地図上での方角を素早く割り出し、線を引く。ラクスが遠いと言った方の方向は、見事にセレスティの指した公園を示している。
「病院、じゃないでしょうか。呪殺対象者の入院している……」
 暗赤色の瞳で宙を睨んでいた七重が慎重な面持ちで口を開いた。
「あ、あったわ、病院。ここからそんなに遠くないわね」
 地図の上を指で辿り、シュラインは声を上げた。
「今から駆けつけて対象者を保護すれば、呪殺の成就は回避できるかもしれません」
「ええ、私も行きましょう。すぐに車を出させます」
 七重の言葉にセレスティも頷いた。
「ラクスは公園に向かいます」
「私も書物に直接当たるわ」
「僕も行きます。せめて……、何かの役に立てるかもしれませんから」
 立ち上がったラクス、汐耶、ついでに李煌にシュラインは頷き返した。
「じゃあ私はセレスさんたちと一緒に病院に……」
 ばたばた、と慌ただしく6人は興信所を後にした。

 病院に着けば、すぐに職員が出て来てシュラインたちを出迎えた。込み合う一般用のエレベーターを避けて職員専用のエレベーターを使い、集中治療室へと案内する。既にそこには対象者と思しき男女が同じ部屋に入れられていた。2人とも意識はないらしく、吸入器をつけられて眠っているが、傍らのモニタが規則正しい波形を描いているのを見てシュラインはひとまず胸をなで下ろした。
「……さすがですね」
 丁重な礼をして案内してきた職員が下がってから、七重が感心したように呟く。
「ええ、手際が良いですね。先ほど協力をお願いしたら快く応じて下さいましたが、素晴らしいです」
 セレスティがにこやかに答えるが、その実、先ほど車内で院長と理事長に電話をした際、彼が病院の買収までちらつかせたのをシュラインの耳は聞き取っていた。きっと先方は顔面蒼白になっていたに違いない。
 とはいえ、事情が事情なだけに手段を選んでいられないのも事実だ。こころなしか心拍を示すモニタの波形が徐々に小さくなっていっているようにも思われる。
「何か……いますね」
 おもむろに発された七重の声に緊迫感が漂う。
「見て! 2人の首筋!」
 注意深く2人の様子を観察していたシュラインは、そこに小さな黒い影が貼り付いているのを見つけて思わず声を上げた。
「コウモリ? いえ、違いますね……」
「呪いの媒介者でしょうか。とりあえず引き離さなくては」
 セレスティの声とともに、小さな水の粒が数個、コウモリに似た影に向けて放たれた。影は、驚いたように翼をはためかせ、2人から離れる。そしてシュラインたちを敵と認識したらしい。2つの影が融合して、1つのより大きなコウモリを形作り、耳障りな甲高い声を上げた。
「2人の周りに防護結界を張ります。それまであれを近づけないようにお願いします」
 七重が声を張り上げ、魔法陣を描き始める。
 漆黒のコウモリは、一番の邪魔者だと判断したのだろう、七重に向けて滑空を始めた。
「させないっ」
 シュラインはとっさにスプレーを取り出した。防犯用に使われる、射程距離の長いものだ。ちなみに中身は神酒で、圧力も市販品より高めてある。それでも、もとよりこれで撃退できるとは思ってはいない。わずかなりとも隙を作ることが自分の役目だと心得ている。
 果たして、神酒を吹き付けられたコウモリは、ほんのわずかひるんだだけだった。が、次の瞬間には霧状に漂った神酒が、無数の細い針となってコウモリの全身に突き刺さった。セレスティの能力だ。
 コウモリは全身からシュウシュウと白い煙を上げてよろめいた。が、まもなくその煙は細くなり、みるみるうちに傷は塞がっていく。それどころか、前より一回り大きくなった。
「これは……」
「やっかいですね」
 思わず目を見開いたシュラインに、セレスティも呟いて、手を一振りする。と、セレスティの手の中の小瓶からほとばしった水がコウモリをすっぽりと包み込み、中に閉じ込める。
「少しおとなしくしていてもらいましょうか」
 とりあえず一息つけそうだ、と思ったのもつかの間、シュラインの耳は、ぶくぶくという不審な音をとらえていた。慌てて水玉に視線を移し、目を凝らす。
「沸騰……してるわ」
 球形をしていたはずの水面はやがて不規則に歪み、徐々に小さくなっていく。同時に、中のコウモリは再び大きくなっていくのだ。その不気味な眼差しはじっとシュラインに据えられていた。
「邪魔をされる度に膨らんでいく……。まるで悪意そのものね」
 じわり、とうなじに汗が滲んでくるのを感じながらシュラインは呻いた。
「七重くん、結界は?」
 セレスティが、じっと黙ったままの七重に視線を移す。
「張っているのですが……、何分機械のコードが外に繋がりますので、完璧には……」
 集中力を極限まで高めているのだろう。七重は振り向きもせずに独り言のように答えた。
「……しのぎきりますよ」
 セレスティの声には、腹を据えた響きがあった。
「ええ。書の方は汐耶さんたちが何とかしてくれるでしょうから……」
 シュラインもスプレーを構え直す。
 やがて、コウモリの羽が水玉の外へと飛び出した。と同時に水玉が弾け、衝撃波がシュラインたちを襲う。シュラインが思わず腕で顔をかばった隙に、コウモリは2人めがけて突進した。
 が、すかさず七重が結界を強化したらしい、見えない壁に激突し、コウモリは再び空に舞い戻る。その身体がまた一回り膨らんだ。
 再び突進しようとしたコウモリが突然動きを止めた。身体が細かくけいれんを始めた……と、3人が見守る中、それは崩れ落ち、姿を消した。公園組が書の封印に成功したのだろう。
「どうやら終わりましたね」
 セレスティが安堵の息を漏らす。
「ええ……」
「少し……、疲れましたね」
 その言葉に答えながら、3人はその場に座り込んだ。神酒の霧でむせたのだろう、七重は少し赤い顔をしている。
 2人の心拍のモニタに目を遣れば、緑の光が形作る山が、徐々に、けれども確かに力強くなっていった。

「おかげさまで、誰も死なせなくて済みました。本当に、本当にありがとうございます」
 李煌は再び厳重に封印を施された書物を手に、深々と頭を下げた。
 問題の書を初めて目の前にしたシュラインだったが、興味は湧いて来なかった。聞けば、今回の所有者は、恋人と親友が付き合うことになり、その裏切りへの怒りと嫉妬とで悪意の書を呼び寄せてしまったとのことだった。
 けれど、最初の事故で2人が死に至らなかったのは、やはりどこかで2人への想いが残っていて、殺意を持つのをためらったせいではないのだろうか。
 もしも、自分が同じ立場になったとしら、どう感じるのだろうか。
 シュラインはちらりと草間を見遣る。が、当人はそんなシュラインの胸中を知ることなく、暑さにだれだれの顔をして机に突っ伏していた。
 何だか考えるだけ無駄な気もしてくる。シュラインは軽い苦笑をこぼした。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1449/綾和泉・汐耶/女性/23歳/都立図書館司書】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【1963/ラクス・コスミオン/女性/240歳/スフィンクス】
【2557/尾神・七重/男性/14歳/中学生】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は「悪意の書」へのご参加、まことにありがとうございます。
今回はおかげさまで死者を出すことなく、悪意の書を回収することができました。この後、李煌は書の解呪にかかりますが、なにせ彼のこと、また皆様の手をお借りしなくてはならないことになるかもしれません。また困っている彼にでくわしたなら、お気が向かれました際には手を差し伸べてやっていただければ幸いです。

なお、いつものように、各PC様ごとに若干の違いがございます。
とまれ、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

シュライン・エマさま
再度のご発注、まことにありがとうございます。またお会いできたこと、非常に嬉しく思います。
数々の調査方法をありがとうございました。一部反映できなかった分もあり、申し訳ありません。
それにしても、道具の入手先とは盲点でした。確かに表向きは呪術書なので、手に取った人間としてはそれを遂行しようとするのはごく自然な流れですよね。

ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。