コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■納涼! 真夏だよ全員集合!■

 蝉が五月蠅く鳴いている。
 一応ここは、都会と言っても差し支えない場所ではあるのだが、昨今の蝉は田舎よりも都会にて猛威を奮っているらしい。取り敢えずその蝉は、根性でその存在を主張しているかの様に、けたたましくもかしましく鳴いているのであった。
 「……暑い、暑すぎる」
 茹で蛸一歩手前で机に突っ伏しているのは、ここ、草間興信所の所長である三十路男、柄パン姿の草間武彦だ。暑ければクーラーを付ければ良いのだが、何故か本日、草間クーラーちゃんはご機嫌斜めで、吹き出すのは熱風のみと言う、ちょっとどころか可成り哀しい状態である。頼みの出張サービスは、現在夏真っ盛りである為、修繕よりも取り付け作業を優先しているらしく、ご到着は三日後と言う話であった。
 が、そんな状況であったとしても、パンツ一丁の格好でいるなど言語道断だ。客が来たらどうするのだろうか。
 「お義兄さん、鬱陶しいからその顔止めて下さい。そして服くらい着て下さい」
 にべもなくそう言うのは、草間の義妹、草間零である。
 しかしあまりに情けないその様子に哀れを催したのか、彼女は草間の眼前へ、徐に一枚の封書を差し出した。
 「お義兄さん。ほら、何だか涼しそうな手紙が届いてますよ」
 「あーーー?」
 だれだれの草間は、手を伸ばすのも億劫だと言った様で、零に開けて読んでくれと目で促した。良く出来た義妹は、大きく溜息を吐きつつも、義兄に従う。
 「えーーと。……謹啓、炎熱地を焼くとはまさにこの事、貴社の皆様方にはお変わりございませんでしょうか。さて、来る八月十日、当寺院にて施餓鬼会を実……」
 「解った。もう読まなくて良い」
 零は、義兄が何故『読まなくて良い』と言ったのか解らず、きょとんとしている。
 「このクソ暑いのに、オカルト依頼なんぞやってられるか。てか、うちはオカルト厳禁だって、何度言えば解るんだ」
 目指すはハードボイルドの道。
 パンツ一丁の姿で固茹で卵を目指そうなんざ、一億万年くらい早いだろうが、取り敢えずそのことはおいておく。
 どうやら草間は、『施餓鬼会』と言う言葉に反応したらしい。どうせその『施餓鬼会』で起こるかもしれない怪異を何とかしてくれと、そんな依頼なのであろうと考えたのだ。
 が。
 「あのー、依頼ではないみたいなんですけど?」
 この暑さの所為か、零のその言葉にも草間の脳味噌は爛れたままだ。
 眉間に三本皺を寄せていると、零が続きを読むのではなく、口頭で説明を行った。
 「何だか屋台や花火大会をやるみたいですよ。肝試しや百物語も。あ、露天風呂付きの旅館もあるそうです。月とお花畑を見ながらお風呂に入れるって、素敵ですよねぇ」
 その風景を想像したのか、ふわわんとした視線を漂わせている辺り、零もそこそこ暑さが脳味噌に来ていたのかもしれない。
 つまり、施餓鬼会とは言っているものの、早い話が夏祭りをすると言うことらしいのだ。
 「……送り主は?」
 「えーと、多聞寺と言うお寺さんみたいですね」
 「知らんぞ。そんなとこ」
 しかしこの草間興信所では、知らないところから何やら送られてくるのは余り珍しいことでもなかった。
 理由は簡単。
 その筋では有名な興信所であるからだ。その筋とは、言わずもながの話である。
 とまれ。
 「ここ、西多摩の山の上にあるみたいですね。あ、じゃあ、涼しいんじゃないですか?」
 少なくとも、都会の真ん中よりは涼しかろう。
 「あ、凄い……太っ腹ですよ、お義兄さん」
 「何だ?」
 「経費全てお寺さん持ちですって。勿論、往復の交通費も」
 「よし、零、行きたいと言うヤツ、片っ端から声をかけろ。その後、今から『草間興信所慰安旅行』の買い物行って来い。領収書は絶対貰って来るんだぞ。準備が出来たら、速攻出発だ」
 キャッシュな草間に溜息を吐きつつも、やはり零だって嬉しいのだ。唇に笑みを浮かべ、年代物の黒電話をフル稼働させた。
 その際。
 彼女の手にあった封書から、メモの様なものがはらりと落ちた。脳味噌がバカンスの地へと飛び去っていた草間は、後になってそれに気付くのだが。

 『この前の件は助かった。これは中元だと思って取っといてくれ。……ま、招待先が、うちの実家であれだが。取り敢えず、また何かあったら宜しく 金浪 征』



 「美味しい匂いがします」
 そう言うシオンは、今現在、何故か草間興信所の窓の外へと張り付いていた。
 するとどうだろう、何やら旅行に行くと言っているのが聞こえるではないか。
 旅行と言えば、豪華な食事と快適な寝床。
 これを見逃すなど、男が廃ってしまう。
 しかもどうやらお呼ばれだそうだ。
 「ウサちゃん、そうは思いませんか?」
 そう問いかけた垂れ耳ウサちゃんも、『当たり前よっ』とばかりに赤い瞳で見つめ返して頭を蹴った。
 互いにそう意見が一致すると、シオンは迷わず覗き込む。
 「え? 草間さんっ! 旅行に行くのですかっ?!」
 えっさおいさと窓から入と、見知らぬ男がそこにいる。シオンはぺこりと頭を下げると、自己紹介をした。
 「こんにちわ、初めまして。シオン・レ・ハイですっ」
 「初めまして。東雲飛鳥と申します」
 愛想の良い笑みを浮かべた飛鳥が、そう挨拶を返す。シオンは同時に自分のブロマイドを渡そうとするが、飛鳥は華麗にスルーした。
 「東雲さんも、旅行に行くのですか?」
 「旅行ですか……。ちなみに、どちらへ?」
 最後は、話が通りそうなシュラインに向けた言葉である。
 「西多摩にある『多聞寺』って言うお寺さんよ。何でも、施餓鬼会に当て込んで、夏祭りをするんですって。この前、ちょっとお仕事を手伝った方からのお誘いみたいね。……これによると」
 飛鳥が拾ったメモ書きを見たシュラインが、『一緒にどう?』とばかりに視線を向ける。
 「お寺さんですか……」
 考え込んでいる飛鳥の背後から、またもや別の声が聞こえる。
 「へぇ、夏祭りって、屋台とかも出るのかね?」
 揃って玄関口──と言っても、開けっ放しのドアの方だが──に視線をやると、そこに立っていたのは精悍な面持ちをした、三十代前後に見える男性だ。小麦色の肌と黒い瞳、茶色の髪を後ろへと流し、暑い盛りにも関わらず、黒いスーツでぴしりと決めている。
 「お前か……」
 草間の呟きは、当然ながらそこにいる全員に聞こえている。
 「随分だな、草間」
 にやりと笑う唇から、犬歯が見えた……気がする。
 先程と同じく、シオンが自己紹介とブロマイドを進呈……と言うより買って貰おうとするが、女性に優しく、野郎には厳しくをモットーとしている彼、藍原和馬(あいはら かずま)は、夜をその身に纏う、黒い獣の様にするりとそれを受け流した。
 「夜店とかも出るんじゃないかしら? あ、そう言えば、征さん、お兄さんが読書家で、本が部屋に収まらないから一軒離れを造って、そこに放り込んでるって言ってたわねぇ。お寺さんが実家だとすると、もしかして仏典とか経典とかかしら……」
 「てか、シュライン! 俺は知らんぞっ! 何であいつ──」
 草間が最後まで台詞を言うことは出来なかった。
 何故ならば。
 「一軒分の仏典経典ですかっ?! 行きますっ! 行かせて下さいっ!!」
 血走った目の飛鳥に、ドタマを押さえつけられたからである。
 『行かせて下さいっ』が、シュラインに向けられているところは、ここで一番の実力者を、彼が正確に把握しているからだろう。
 「俺も参加な」
 『OK?』とばかりにシュラインへ頷くのは和馬。
 シオンは手紙を探し出して読んでいた。。
 それぞれに解ったわとばかりに頷いたシュラインは、続いて飛鳥の下で眉を顰めている草間に向かってにっこり笑う。
 「武彦さん、今度からちゃんと読まなきゃダメよ」
 がっくりと肩を落とす草間を解放した飛鳥が、シュラインに向けて問いかけた。
 「えーと、出発は何時からでしょうか?」
 「おやつにバナナは入りますか?」
 続いての質問は、当然ながらシオンであるが、誰しもそれに答えることはなかった。
 視線を泳がせたシュラインは、取り敢えず予定を口にする。
 「一応、施餓鬼会当日の朝になってるわ。バスで行くのよ」
 当初、『草間興信所の慰安旅行』と聞いていたから、細々としたことの担当は、やはり自分になるのかと諦め掛かっていたシュラインだが、どうやら違うらしいと解った為、純粋に楽しむ方向へと頭を切り換えた。
 「ってぇことは、十日の朝になるのか」
 「ええ。その予定。武彦さんとしては、即座に出発したかったみたいだけどね」
 流石に無理だろうと、誰しも笑う。
 「八時出発の予定だから」
 遅れたら放って行くぞーーと、草間がこっそりシュラインの後ろから呟いている。
 「あー、んじゃ俺、後から追っかけるわ」
 「あ、あのー、私、ここにお泊まりさせてもらいたいのですが」
 「問答無用で却下」
 朝が早いことに不安はないが、もしも万が一、遅れてしまって後から行く羽目になった場合、シオンには足がない。走って行くには、ちょっぴりイヤな距離である。上目遣いに保険を掛けたが、草間はあっかんべーとばかりにそう返した。
 うるうると涙が滲む瞳を受け、草間が一歩、たじろぐ様に後ろへ下がる。それに呼応するかの様に、シオンが垂れ耳ウサちゃんの涙目のバックアップを受けて一歩前に出る。
 不気味な沈黙と攻防の中、買い物から帰ってきた零が、ただいまの声の後振り返った五人を見て、不思議そうに小首を傾げたのである。



 見事な門構えのそこには、本来ない筈のものがあった。
 『大歓迎 草間興信所御一行様』
 赤字に白抜き文字で書かれた幟である。
 一瞬、面々は引いた。思いっ切りドン引いた。
 これが『タダ』でなければ、回れ右していたかもしれない。
 これが宿泊の場ならば、『まあ客商売だし、そう言うこともあるかもしれないよなぁ。……多分』と思っただろう。……ちょっと間違っている気はするが。
 けれどその幟があったのは、立派な本堂が視線の先に見え隠れしている、お寺の総門だったのだ。ちなみに施餓鬼会にちなんだものもあるが、それ以上に草間一行の幟は目立っていた。更に言うと、同じ内容の段幕だか垂れ幕だか表しがたいものが左右の門柱の間に渡っていたのだ。
 本日夜間に催される夏祭りの準備の為か、山道などには様々な車両が行き来している。それらの全てに、この『大歓迎 草間興信所御一行様』を見られたかと思うと、ちょっとどころの話ではなく、とっても恥ずかしいかも知れなかった。
 「……と、とにかく。ご挨拶しなきゃね」
 何とか自分を取り戻したのは、やはり幾多の修羅場を乗り越えてきたシュラインであった。
 宿か本堂か、どちらへ先にと迷ったらしい彼女だが、即座にそれは解決する。
 「多聞寺、並びに芙蓉荘へ、ようこそおいで下さいました。草間興信所の皆さんですねぇ?」
 西域のイントネーションで話すのは、長い黒髪を纏めてあげ、襷掛けした和服姿である妙齢の女性である。参道からこちらに向かって歩いて来ていたのは、バスの運転手が知らせに行ったからであろうか。
 にっこり笑う口元の黒子が、印象的だと言えた。
 未だ幟のダメージから脱し切れていない草間に代わり、シュラインがさっと前に出て挨拶を交わす。
 「初めまして、草間興信所のシュライン・エマと申します。こちらが所長の草間武彦」
 『ほら、武彦さん』とばかりにそっと背中を叩くと、慌てて草間も営業スマイルで挨拶を返し、続いて零が名乗ると同時にぺこりと頭を下げる。更にもう一度後をと、シュラインがしっかり引き継いだ。
 「本日はお招きに預かりまして、ありがとうございます。お世話をお掛けするかと思いますが、宜しくお願い致します」
 「いやまあ、そないにかしこまらんとって下さいねぇ。こちらこそ草間さんとこには、うちの小ちび……やなくて、征がお世話おかけしてます。征の姉で、芙蓉荘の女将をやってる金浪朱理(きんなみ あかり)と申します。宜しくお願い致しますね。……あらぁ、お後三名さんの姿が見えへんけど……?」
 「事情がありまして、後から来ることになってます」
 シュラインがそう言うと、そう、と朱理は頷いた。
 次ぎに自己紹介を行ったのは、飛鳥である。
 「東雲飛鳥と申します。今日明日とお世話お掛け致しますが、宜しくお願いします。……それにしても、二日間とは言わず、ずっと逗留したくなる様なところですねぇ」
 施餓鬼会の準備があるからこそ、それなりに雑多な気配がありざわついてもいるが、日頃であれば澄んだ空気に包まれた、とても落ち着いた雰囲気の場所であることが解るからだ。
 朱理の黒い瞳がふっと和む。
 「嬉しいこと言うてくれはりますねぇ。今回に限らず、何時でも来ぃたい時に来て下さいね」
 フリーパスを貰ったも同然の飛鳥の顔が、嬉しげに微笑んだ。
 「シオン・レ・ハイですっ。宜しくお願いします! あの……ウサさんも一緒なのですけれど、ダメでしょうか……」
 連れてきては見たものの、そう言えば普通ならこう言うところはダメだろうなと、シオンは気が付いたのだ。
 「いーえ、全然。うちの娘が喜びそうやわ。厨房とかには入らん様にして欲しいけど、それ以外なら構わしませんよ」
 ほのぼのとしたやりとりだが、次の台詞を聞いた途端、シオンがウサちゃんを抱きしめ蒼白になった。
 「下手に厨房入って、材料に間違われたら大変だからな」
 「……兄貴、それ笑えねぇ冗談だから」
 真顔で言う啓斗に、北斗がそう突っ込んだ。どうやら当人、真面目にそう思っている様で、突っ込まれたているのが何故だか解らず、小首を傾げていた。しかし何かを思い出した様に朱理の正面へと一歩踏み出す。
 「二日間お世話になります。守崎啓斗です。こっちは……」
 「弟の北斗ですっ。宜しく」
 そう自己紹介をすると、そろってぺこんと頭を下げた。
 「うちとこの大中小と違って、ほんまそっくりやねぇ。あ、……もしかして双子さん?」
 こっくりと頷く啓斗に、そうと笑う。
 「……そう言えば、征さんは?」
 ウサちゃんを抱きしめていたシオンは、ふとここに招待した本人がいないと言うことに気が付いた。
 「ああ、征はねぇ、あんまりここには帰ってけぇへんねんわ。大チビ……やのうて、関(せき)がうるそう言うんがイヤやねんやろね」
 「関さん?」
 「こちらのご住職さんですか?」
 住職にも挨拶をと思っていたシュラインと、どうしても住職に聞きたいことがあった飛鳥は、そう互いに問いかける。
 「関はうちとこの長男坊やけど、住職ちゃうよ。次男坊の餞(せん)言うんが、住職やってるんやわ。……と、あ、済いませんねぇ。こんなとこで立ち話して。さあさ、どうぞこちらへ」
 朱理が行き来している従業員らしき者を捕まえ、荷物を運んでもらうよう手配する。そして七名は、漸く宿へと移動したのである。



 部屋割りに関しては、それぞれが協議の上、案外あっさりと決まった。芙蓉畑に面している方の部屋なら、何部屋でもどうぞとのことだった為でもある。客室は三階と四階で、それぞれ一つの階に付き、一つずつ大きめの部屋があり、後は同じ大きさの部屋が五室。二階分で計十二室になっている。一室二人と言う定員であるから、単純計算で二十四人が泊まれるのだ。最も、この施餓鬼会では、基本的に山の裾にある町村民のみ参加するだけだから、殆どが空室でもある。元々、営利目的で運営している旅館ではないらしいからこそ、かき入れ時とも言えるこの日にも空いているのだ。
 ちなみにその部屋割りではあるが、所長の特権で三階の大きめの部屋は草間が陣取り──と言っても、何だかんだと人が入り込むだろうことも予想はしているが──、啓斗北斗の双子で一室、シュラインと零で一室、シオン、飛鳥がそれぞれ一室と言うことになった。
 未だ未到着の三人で、セレスティ、モーリスの主従コンビは、荷物が多くなっているだろうからと言うシュラインの予想で四階の大きめの部屋、和馬が一室と言うことになっている。
 三階組は、草間、シュライン+零、守崎兄弟、四階組はセレスティ+モーリス、シオン、飛鳥、和馬である。
 とまれ。
 先発組はそれぞれの部屋にて一息入れた後、施餓鬼会イベントのタイムテーブルを記した紙を手に、思い思いの催し物へと散ることにする。
 「ま、ちゃんと集合するとは思わないけど、一応夕食は八時半からだから。覚えておいて頂戴ね」
 本来ならもっと早くに始まる宴会……もとい、夕食タイムだろうが、この面々であっては無理だろうと、シュラインは朱理に遅めの夕食を頼んでいたのであった。



 一時解散を言い渡されたシオンは、気になったしようがなかった芙蓉畑へと向かっていった。
 集まった面々がいたのは、芙蓉荘の一階ロビーだ。ラウンジも兼ねているそこは、店としての形式を保っているダイニング、そして露天風呂へと続く自販機や電話のある部屋の区域を除き、一面が窓となっている。丁度反対側から泊まり客が入ってくることになるのだが、それを意識してか、真正面からは一面の芙蓉の花が見えるのだ。
 もっとも、芙蓉は夏の花で、その他の季節には、一面の花と言う訳にはいかないだろうが、とまれ、現在は夏。だからそこから見える景色には、感嘆を覚えることは間違いがない。
 更に言えば、窓からの景色は一部であり、全体を見渡すことは出来ない。
 だからこそ、客人達はその花畑へと降りたってみたくなるのかもしれなかった。
 ロビーから芙蓉畑へと出るには、露天風呂へと続くコーナーに行くことになる。
 中に入ると、コーヒー牛乳やバナナジュース、オレンジジュースと言った飲み物が、シオンにウィンクをしていた。
 「……。やっぱり、ここまでタダにはならないのでしょうか」
 頭上のウサちゃんが『当たり前でしょっ』とばかり、シオンの髪をがじがじする。
 「止めて下さいぃーー、ハゲてしまいます」
 いくら全てがタダと言っても、流石に自販機には、コインを投下する場所がついている。『征さん、何故いないんですか……』と、心の中で呟いてみるが、くしゃみで飛び出す大魔王ではない為、征はシオンの前に姿を現すことはない。
 ちなみにそこには、用意をして来なかった露天風呂入浴客の為に、タオルなどを貸し出すコーナーが併設されている。実はそこの従業員に言えば、シオンは水の女神様の恩恵にあずかれるのだが、流石にそれは解らないだろう。『それならそうと、先に言え』と、知っていたなら愚痴ってしまうかもしれない。
 後ろ髪を盛大に引かれつつ、シオンは花畑へと降り立った。
 出ると直ぐ、左側に脱衣所が、そして下には飛び石がある。露天風呂の上には、茅葺きの屋根がかかり、更にその風呂の向こう側には雪見灯籠がある。ちなみに出て直ぐ右、つまりは脱衣所と反対方向にある灯籠は、春日灯籠である。
 更に目の前には、圧巻と言うしかない程の花畑があった。
 一面に咲く芙蓉の花。
 白いもの、赤いもの、ピンク色したもの、そしてところどころに白からピンクへと色が変わりつつあるものもあった。
 色が変わりつつあるのは、言わずもながの酔芙蓉だ。
 「綺麗ですねぇ……」
 頭上のウサちゃんも、赤い目でじっとその花畑を見ている。
 もっと近くで見ようと、シオンは律儀に飛び石を渡っていた。
 ところで。
 普通の人ならば、足下が危ないからと注意をしつつ歩んで行くのだが、現在飛び石を渡っているのは、何事も楽しむべしが信条の様なシオンである。
 ケンケン、パッとばかり、楽しげに渡っているのだ。そうすると、来る事態と言うのは、容易に想像が付くだろう。
 そう。
 「うわわわわあわぅたぁっ?!」
 紳士にあるまじき絶叫の元、彼は盛大にすっころんでしまった。当然の様に、頭上のウサちゃんは、自慢の運動神経にて難を逃れている。
 更に。
 「え? え? えええええっ──?!」
 シオンは大リーグ選手もまっつあおなスライディングポーズで、飛び石の上を滑っている。石と石の間が開いているので『あっ! いっ! えっ! ぐぉっ!』と言う、意味不明の呻きを漏らして飛び跳ねてはいるが。
 その時間は、シオンに取って真夏のプールでトルネードスライダーを滑っているくらいに感じたであろうが、実際は、ホンの二〜三秒の話である。
 間もなくぼっっちゃんと言う音がして、頭から露天風呂へとダイビングしたのであった。



 露天風呂の底に沈んでいたシオンを助け出したのは、先程シュラインと草間から離れていた零である。
 まるでコントの様に、シオンの足が水面からVの地に出ていたのだ。
 「シオンさん、大丈夫ですか?」
 心配そうに、零が問う。
 「おじちゃん、だいじょぶですか?」
 零の隣には、何故か小さな女の子がいた。
 「零さん、い、何時子供が……」
 流石にこの季節、震えることはなかったが、何時の間にか零に子供が出来たことで、シオンは驚きの為に震えていたのだ。
 ちなみに速攻、零が違うと答えた為、安堵もしたのだが。
 「彼女は金浪ほのかちゃん。女将さんのお子さんです」
 「こんにちわ。おじさん」
 おっとりと笑うほのかを見ていると、シオンの顔にも笑みが浮かぶ。
 「こんにちわ。シオン・レ・ハイと申します」
 「シオンちゃん?」
 「はい、そうですよ」
 ほのぼのとしている会話だが、そのずぶぬれのシオンを、女将が見つけ、慌ててこの場へやって来た。
 「お客様、大丈夫ですか? ほのか、碧姉ちゃんに言うて、タオルもろて来て」
 そう言うと、はーいと小さく声を上げ、彼女はとてとてと駆けて行く。
 「取り敢えず、あっちの売店のタオルで間に合わせてもらうとして、やっぱりバスタオルいりますからね」
 そう言って、自分もまた、売店内で併設している温泉セットレンタルコーナーで、タオルを持って来てシオンに渡した。
 「ありがとうございます」
 素直に受け取ると、シオンはまずウサちゃんを探した。
 「ウサちゃんっ! ……ああ、どうやら濡れてはいない様ですね、良かった」
 ゆっくりと出てきたウサちゃんの毛が乾いているのを確認し、シオンは安堵の溜息を吐く。
 「シオンさんの方が、風邪を引きますよ」
 「ほんまに。夏とは言え、ちゃんと拭いて下さいね。ここは山上でもあるんですから」
 零と朱理の両方から言われ、シオンはごしごしと自分の身体を拭き始めた。
 そうしている内に、ほのかがタオルを持って帰ってくる。はいと朱理にそれを渡して、新しくお客様が来たとの旨を伝える。朱理はバスタオルをシオンに渡し、『ごめんなさいねぇ、ちょっと失礼させてもらいます』と言い残し去っていった。
 「わあーー、ウサちゃん」
 ほのかが、先程はいなかった垂れ耳ウサちゃんを見て、とろけそうな顔をする。
 「おじさんのウサちゃん?」
 「おじさんのと言うより、家族の一人ですよ」
 「そうなんだ」
 小首を傾げて言うほのかに、シオンは優しく口を開いた。
 「良い子良い子してやってもらえますか?」
 「うんっ!」
 辿々しい手つきながらも、愛情を込めてほのかが撫でるのを見て、シオンの心が温まる。ついでに濡れた身体も乾いてくれれば良かったのだが、流石にそれは無理だった。
 シオンの身体が乾いた頃、ほのかがバイバイと言って零と共に去っていく。
 「良かったですねぇ。ウサちゃん。また撫で撫でしてもらいましょうね」
 しかし。
 ウサちゃんは、何故か微妙な顔で、シオンを見上げたのであった。



 「本当に大丈夫ですよね?」
 シオンの目の前では、征の兄、金浪関(きんなみ せき)がそうやって念押しをしている。
 「どうされたんですか?」
 先程合流を果たした零、そして草間の二人と、夜店の設置をぶらぶらと見ていたシュラインが、その二人の前に通りかかった。
 「シオン、お前また何かやったのか?」
 草間は胡散臭そうにシオンを見てそう言うが、シュラインに肘をつねられ黙り込んだ。
 「シオンさん、夜店出すの?」
 小首を傾げ、そう聞くシュラインに、シオンは得意満面頷いた。
 「はいっ! もくもくトウモロコシのお店です。シュラインさん、零さん、夜になったら食べに来て下さいね! あ、ついでに草間さんも」
 「俺はツイデかよっ」
 「義兄さん、落ち着いて下さい」
 「もくもくトウモロコシって何?」
 シオンではなく、シュラインは関に視線を向けて聞いていた。
 ずれてもいない縁なしの眼鏡をくいと上げ、何処か苦労性の小姑を思わせる様に眉間へと皺を寄せた関は、彼女の問いに答えるべき口を開いた。
 「トウモロコシとワタアメのコラボレーションらしいです」
 シュラインの眉間にも皺が寄る。ちなみに関にも、良く解っていないらしい。解らないものを許可するなと言う話は、この際脇に置いておく。
 「焼きトウモロコシを串にして、その周囲にワタアメを飾るのですっ!」
 要は割り箸部分が、トウモロコシと言う訳だ。
 なかなかにアバンギャルドかもしれないが、果たしてそれは売れるのだろうか。
 いや、それ以前に。
 「それって、美味しいの?」
 素朴な疑問である。
 焼きトウモロコシは醤油味、ワタアメは砂糖味。まあ、料理で醤油と砂糖での味付けがあるのだから、食べられないことはないだろうが。
 「勿論ですよ。飛ぶ様に売れちゃいます。材料まで飛んでいったらどうしましょう……」
 「いや、それはない。絶対に」
 草間は脱力している。
 零は曖昧な笑みを浮かべている。
 関は医療チームの手配をし始めている。
 シュラインはシオンのこめかみをぐりぐりしている。
 が。
 「今から私は、売り上げで何を食べようかと色々考えているのですっ」
 めげないシオンは、ぐりぐりされつつも、マイお箸を掲げてそう言い切る。
 ちなみに彼の足下では、赤い目を白くしたウサちゃんが、後ろ足で砂を掛けていた。
 「取り敢えず、トイレが最大大手にならない様にして下さいね。お願いしますよ」
 何となく使い道を間違っている様な言葉だが、今のところ誰も突っ込む気にはならなかった様だ。彼は溜息を吐きつつ、その場を去って行く。
 「やっぱり、毒味が必要よね」
 何故か握り拳のシュラインが、そう呟いていた。



 夜店セットを借りたのは良いが、シオンは途方に暮れそうになっていた。
 「ウ、ウサちゃん、どうして私のお店は、崩れてしまうのでしょうか……」
 シオンは、何度やっても上手く行かない屋台の設置で、さめざめと泣いている。
 しかしシオンは、救世主を見つけた。
 ふと周囲を見ると、何やら自分を見ている者がいることに気付く。
 がっちりと逢った視線を、シオンは決して逃さないと、根性入れて見つめ続けた。
 ついでに神様お願いポーズもやってみる。勿論、瞳はうるうる仕様だ。
 すると、シオンの願いが神様に届いたのだろうか、その男がこちら側に歩いてきた。
 「ああああっ! 藍原さんでしたよね! 私を助けに来てくれたのですか!!」
 『誰もそんなこと言ってないでしょ』と言う、垂れ耳ウサギの声は、天国耳のシオンにスルーされた。垂れ耳ウサギは『何よ、あたしに何か文句あるのっ?!』とばかり、挑戦的な瞳で和馬を見つめていたのだが、視界にも入らなかった。
 「あーー、ちょっと違うし。ただ、こう、何だ、屋台の組み方ってのをな……」
 「ありがとうございますっ! 私、凄く困っていたんですぅぅぅっ!!」
 両手をがっしりと握りしめ、ぶうんぶうんと上下に振り回す。
 「離せってっ! 手伝うものも、手伝えねぇってば」
 「ああああ、そうでしたっ! ありがとうございます!」
 やっぱりオトメポーズのシオンは、垂れ耳ウサちゃんに頭を囓られつつ、和馬を見て涙ぐんでいた。
 「……とっととやっちまうか」
 溜息一つ。和馬が動き始める。彼の指示の元、シオンは必死に働いた。組み立てる部品を指示通り手に取り、彼の元へと持って行く。木材などの押さえもしていると、和馬がしっかりと止めていった。
 和馬が手伝って、ものの三十分もないだろう。
 「よっしゃ、終わりだ」
 「ありがとうございますっ! 本当に助かりました。あ、お礼に何時もは百円いただくブロマイドをタダで差し上げます!」
 「いらん」
 何故皆が、欲しがらないのか、シオンにはさっぱり解らない。
 しゅんとしてしまったシオンだが、すぐさま何か思い出した様に口を開いた。
 「ところで、藍原さんは、一体何のお店をやるんですか?」
 「俺? ああ、風鈴屋さ」
 和馬はにんまりと笑った。



 シオンはほくほくである。
 予想だにしない盛況を見せている彼の店には、若い女性がてんこもりだ。
 しかし。
 「いやーん、可愛いーーっ!」
 「連れて帰りたーーい」
 そう、今のところシオンは気付いていないが、彼女らは、シオンが連れている垂れ耳ウサちゃんに引かれてきたのだ。
 それが証拠に、現時点で『もくもくトウモロコシ』は一本も出ていない。
 ここで商売上手ならば、『一本で垂れ耳ウサギをお触り出来ます』と言う看板を、急遽作って掲げるのだろうが、いかんせんシオンは人が良すぎた。
 屋台前にお客様が犇めいていると言うだけで、可成り満足している。
 ふと遠くを見ると、見知った顔があった。
 「あ! 啓斗さん、北斗さん、いらっしゃいませー」
 遠いところから手を振っている守崎北斗(もりさき ほくと)の頭には、何やら面が被さっている。隣の守崎啓斗(もりさき けいと)には、取り敢えず今のところ何も被っている様には見えなかった。
 「もくもくトウモロコシ、四つ頂戴」
 「ありがとうございますっ!」
 未だ離れているにも関わらず、何故かそこだけ良く聞こえた。
 漸くこれが初めての注文であることに気付き、気合いをこめて作り始める。ウサちゃんは未だ女性に愛想を振っていた。
 丁度四人分が出来上がる頃、守崎家の双子が到着する。
 「はい、どうぞ」
 北斗の手に二つが渡り、更に啓斗が財布から勘定を支払った後、二つ受け取る。その時、シオンの瞳に鬼が映った。いや、鬼と思ったのは、啓斗が後頭部につけていた般若面であるが。
 「ひぃぃぃっ!」
 「おおっと!」
 その際シオンは、思わず台の上に並べていた品々をひっくり返し、周囲にいた女性達が『きゃあ』とも『わあ』とも言えない悲鳴を上げたる。
 「ああ、私の可愛いウサちゃん人形が……」
 商品の様に見えて、実は違うのだ。シオンが趣味で飾っていた人形……と言うよりはぬいぐるみである。落ちても壊れないのが救いだろう。双子も慌てて拾ってくれたお陰で、漸く程なく店舗は安定する。遠巻きになっていた女性達も、大丈夫としれて再度群がってきた。
 そして、その北斗の食欲が功を奏し、もう一度集まった女性達に、『もくもくトウモロコシ』は飛ぶ様に売れたのである。シオンが涙ぐんで喜んだのは、言うまでもない。
 「おじさん、あたしにも頂戴」
 「あ、あたしにも」
 「あの子があんなに食べてるんだから、美味しいのよね。私にも」
 「皆さん、ありがとうございますっ! 心を込めて作りますねっ!」
 垂れ耳ウサちゃんは、漸くお役ご免になったとばかり、そそくさと屋台の下へと潜っていった。
 シオンの財政が可成り満腹になった頃、ふと彼は気が付いた。
 「そろそろお化けの時間です」
 そそくさと屋台を仕舞い、彼はお化け屋敷へと直行する。
 屋台の仕切をしているおじさんから、白装束を渡され、化粧もばっちりしてもらった。
 「良いかい、頑張って驚かすんだよ」
 「はい! 頑張ります」
 ぬっと顔を上げたシオンが見たものは、鏡に映った己の顔である。
 「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!! おば、おば、お化けがいますーーーっ!!」
 卒倒しそうになったシオンに化粧をしたおじさんが溜息を吐きつつも、時間だと言うことで、さっさとお化け屋敷へと放り込む。周囲を確認する間もない。
 彼が起きたのは、何だか顔にぬるぬるとしたものがあたったからだ。
 「………ん、……あれ? なんでしょう」
 べろーんとあるのは、こんにゃくだったりするのだが、暗い周囲も相まって、シオンには解らなかった。
 「きゃぁぁーーーーっ! お化けぇぇぇぇ」
 更にその時、ちょうどカップルが彼の元へとやって来ており、いきなり起きあがったシオンを見て悲鳴を上げる。
 「えええええっ!!! お化けですってっ!! たたた助けて下さいぃぃぃーーー」
 ついでにシオンも悲鳴を上げた。まるで三下の様に見事な悲鳴だ。
 男性側は、冷静である。大きく溜息を吐いた後、彼女を宥め賺し促して、シオンの元から連れ出していった。
 悲鳴を絞り尽くしたシオンは、座り込んだまま震えている。
 「どどうしましょう。私は驚かすより、驚くより得意なんです。……ああ、早く休憩時間にならないでしょうか……」
 涙ぐみながらそう呟いているシオンの肩を、誰かが叩いている。
 「だ、誰でしょう……」
 恐る恐る振り返ると、そこには鬼火が飛んでいた。ついでに一つの鬼火は、人型を取り、そこから手が出てシオンの肩を叩いていたのだ。
 「ひぃぃぃっっっ!!」
 もう打ち止めだと思っていた悲鳴が、再度上がる。
 その声に気を良くしたらしい鬼火の人型に口が出来て、にんまり笑った。
 「も、……もう、ダメです……」
 シオンの意識は、再度遠い世界へ旅立って行った。
 そして完全に気を失ったシオンの元に、そっと現れた人物がいる。
 「おや、驚かせすぎだったのでしょうかねぇ」
 言葉とは裏腹に笑みを浮かべているのは、スーツ姿のモーリス・ラジアルであった。



 「一まーーい、二まーーーーい、……………」
 陰々滅々とした声が、夜店が並ぶ一角で響いていた。呟いているのは、白装束の男である。
 人々は遠巻きにしてそれを眺め、決して近付こうとはしなかった。
 「一まーーい、……二まーーーーー、い…………。何度数えても足りませんっ!!」
 がばっと顔を上げると、そこには血みどろの顔がある。
 ひぃぃとばかり声を上げ、客だけでなく、夜店を出している者までが店を放って逃げ出した。
 「しくしく、何処に行ったのでしょう、私の売り上げ……」
 財布の中身を番長皿屋敷していたのは、シオンであった。
 実はシオンの売り上げは、垂れ耳ウサちゃんのトイレとなっていた。罰当たりではあるが、ウサちゃんだって緊急事態であったのだ。きっちり管理していなかった、シオンの負けである。
 「食べたいものが沢山あるのに、お金が足りません。征さん、何処にいるんですか……」
 しくしくさめざめと泣いていたシオンは、ふととあることを思い出す。
 「そ、そう言えば、ご飯は八時半からでしたっ」
 漸くそのことを思い出した彼は、白装束でお化けの化粧のまま、必死の形相で駆けだした。
 あまりの恐ろしさに、人々は悲鳴絶叫取り混ぜ上げて、シオンの前から避難する。取り憑かれては適わないと言ったところであろう。
 仮装と言うか変装と言うか特殊メイクと言うか、ともあれそれを取り忘れたシオンは、後のことなど考えず宴会場を目指していた。
 到着し、襖を開けた第一声。
 「ご飯、まだありますかっ?!」
 そう叫び、その恐ろしげなメイクの所為で、モーリスとセレスティを除く全員から殴られてしまった。
 混乱が落ち着いた頃、草間が徐に立ち上がる。
 「じゃあ、みんなが揃ったところで、乾杯の……」
 「下手な能書きはいらねぇってば」
 「話が長い方は嫌われると言いますよ」
 機嫌良く乾杯の音頭を取ろうとした草間だが、その前の演説を始めようとすると、即座に北斗とモーリスから待ったが入る。
 しくしくと泣いてしまって後が続かない。
 「ほら、武彦さん、泣かないの」
 そうシュラインに慰められ、漸く顔を上げて一言。
 「何でも良い。乾杯っ!」
 声に続き、それぞれがグラスやお猪口を掲げて『乾杯』と叫ぶ。
 一気に進む宴会は、酒瓶やお銚子がこれでもかと開いていく。
 何故かワインを掲げているセレスティとモーリス、未成年なのに酒を飲もうとして啓斗とシュラインに殴られている北斗、陽気ではありつつも顔色一つ変えずに杯を空ける和馬、お化けメイクを未だ落としていないシオン、ほろ酔い加減の飛鳥、雰囲気に酔っている零に、すっかり出来上がっている草間だ。
 和室中央のテーブルに並べられているのは、食前酒の冷やし梅酒、滝川豆腐に生雲丹、冬瓜松前煮や石焼きステーキや牛しゃぶ、舟盛りなど、その他諸々。恐らく食の細い者ならば、一人前が食べきれるかどうかと思う程だ。
 「美味いよなぁ、これ。兄貴、家帰ったら作ってくれよ」
 「お前、何人分喰った?」
 「実はカードを持ってきているんですよ。如何ですか?」
 「勿論構いませんよ。……でも、場所が変わっても、結果は同じかと思いますけどねぇ」
 「ウサちゃん、帰る時、タッパに詰めてもらいましょうね」
 「ああ、私は書院で暮らしたいです。それがダメなら経楼で……」
 「美味い酒のお陰で、いくらでも食が進むな」
 「もう、武彦さんってば、寝るなら部屋で寝てちょうだい。風邪引くわよ」
 未だ花火が上がる中、そんな声が飛び交っている。
 防音設備がしっかりしている為、外の音はシャットアウトされていた。
 「何か、無音の花火って、淋しいな」
 「それでも、夜空に咲く花は、美しいと思いますよ」
 呟く啓斗に、穏やかに微笑んだセレスティが、そう告げた。
 「そうかな」
 「沈むな沈むな。宴会だからな。ぱあっと行けよ、な?」
 こっくり和馬に肯き、半分寝かけである草間の膳を狙っている弟に向けて、手裏剣を放つ。
 北斗は見事に避けたものの、袖で防いだ為に服が台無し。
 「啓斗! こんなとこで手裏剣なんか投げないで!」
 「痛ぇっ!」
 言葉尻で、しっかり北斗を殴っているところを見ると、ちゃんとシュラインは気付いていた様だ。
 「仲が良いですねぇ」
 「本当ですね。あ、セレスティさま……」
 満面の笑みを浮かべて、モーリスが言う。
 「これは……。もう一回、勝負ですよ、モーリス」
 「ええ、結構ですよ」
 宴会しつつ、カードゲームをしている二人だ。
 まだまだ宴会は終わりを見せない。
 途中で抜ける者も幾人かいた。眠気に負けた者、まだ何か楽しみがある者、それはその者達の事情である。
 草間興信所の宴会が終わったのは、一体何時であったのか、誰も知らない。
 山上の夜は、緩やかな時間と共に、徐々に更けて行ったのである。


Ende

■+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++■
    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
■+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) 女性 26歳 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

1883 セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ) 男性 725歳 財閥総帥・占い師・水霊使い

3356 シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい) 男性 42歳 びんぼーにん(食住)+α

2318 モーリス・ラジアル(もーりす・らじある) 男性 527歳 ガードナー・医師・調和者

0554 守崎・啓斗(もりさき・けいと) 男性 17歳 高校生(忍)

2736 東雲・飛鳥(しののめ・あすか) 男性 232歳 古書肆「しののめ書店」店主

0568 守崎・北斗(もりさき・ほくと) 男性 17歳 高校生(忍)

1533 藍原・和馬(あいはら・かずま) 男性 920歳 フリーター(何でも屋)

<<受注順

■+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++■
          ライター通信
■+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++■


 こんにちわ、斎木涼でございます(^-^)。
 もうちょっと早くにお届けできるかと思っていましたが、遅くなってしまいまして、申し訳ありません。
 今回は、依頼ではなく、お楽しみシナリオ的なお話です。ですので、皆様から頂きましたプレイングは、殆ど盛り込ませて頂いているつもりです。短い部分とかもありますけれど、そちらの方はご容赦を。
 ちなみに隠しイベントとは、夜の阿難堂に行くと、多聞寺本当のご本尊である阿難尊者とおデート出来ると言うものでした。全然有難くない隠しイベントですが(^-^;)。
 ちらーっと、何方様かの本文中に、それらしい話が出ております。

 >シオン・レ・ハイさま

 何時もお世話になっております(^-^)。
 番長皿屋敷プレイングには、思わず爆笑してしまいました。征がいなくて申し訳なく……。
 ほのかは垂れ耳ウサちゃんが、とっても気に入った様でございます。また遊んでやって下さいませ。


 シオンさまに、このお話をお気に召して頂ければ幸いです。
 ではでは、またご縁が御座いましたら、宜しくお願い致します(^-^)。