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■納涼! 真夏だよ全員集合!■
蝉が五月蠅く鳴いている。
一応ここは、都会と言っても差し支えない場所ではあるのだが、昨今の蝉は田舎よりも都会にて猛威を奮っているらしい。取り敢えずその蝉は、根性でその存在を主張しているかの様に、けたたましくもかしましく鳴いているのであった。
「……暑い、暑すぎる」
茹で蛸一歩手前で机に突っ伏しているのは、ここ、草間興信所の所長である三十路男、柄パン姿の草間武彦だ。暑ければクーラーを付ければ良いのだが、何故か本日、草間クーラーちゃんはご機嫌斜めで、吹き出すのは熱風のみと言う、ちょっとどころか可成り哀しい状態である。頼みの出張サービスは、現在夏真っ盛りである為、修繕よりも取り付け作業を優先しているらしく、ご到着は三日後と言う話であった。
が、そんな状況であったとしても、パンツ一丁の格好でいるなど言語道断だ。客が来たらどうするのだろうか。
「お義兄さん、鬱陶しいからその顔止めて下さい。そして服くらい着て下さい」
にべもなくそう言うのは、草間の義妹、草間零である。
しかしあまりに情けないその様子に哀れを催したのか、彼女は草間の眼前へ、徐に一枚の封書を差し出した。
「お義兄さん。ほら、何だか涼しそうな手紙が届いてますよ」
「あーーー?」
だれだれの草間は、手を伸ばすのも億劫だと言った様で、零に開けて読んでくれと目で促した。良く出来た義妹は、大きく溜息を吐きつつも、義兄に従う。
「えーーと。……謹啓、炎熱地を焼くとはまさにこの事、貴社の皆様方にはお変わりございませんでしょうか。さて、来る八月十日、当寺院にて施餓鬼会を実……」
「解った。もう読まなくて良い」
零は、義兄が何故『読まなくて良い』と言ったのか解らず、きょとんとしている。
「このクソ暑いのに、オカルト依頼なんぞやってられるか。てか、うちはオカルト厳禁だって、何度言えば解るんだ」
目指すはハードボイルドの道。
パンツ一丁の姿で固茹で卵を目指そうなんざ、一億万年くらい早いだろうが、取り敢えずそのことはおいておく。
どうやら草間は、『施餓鬼会』と言う言葉に反応したらしい。どうせその『施餓鬼会』で起こるかもしれない怪異を何とかしてくれと、そんな依頼なのであろうと考えたのだ。
が。
「あのー、依頼ではないみたいなんですけど?」
この暑さの所為か、零のその言葉にも草間の脳味噌は爛れたままだ。
眉間に三本皺を寄せていると、零が続きを読むのではなく、口頭で説明を行った。
「何だか屋台や花火大会をやるみたいですよ。肝試しや百物語も。あ、露天風呂付きの旅館もあるそうです。月とお花畑を見ながらお風呂に入れるって、素敵ですよねぇ」
その風景を想像したのか、ふわわんとした視線を漂わせている辺り、零もそこそこ暑さが脳味噌に来ていたのかもしれない。
つまり、施餓鬼会とは言っているものの、早い話が夏祭りをすると言うことらしいのだ。
「……送り主は?」
「えーと、多聞寺と言うお寺さんみたいですね」
「知らんぞ。そんなとこ」
しかしこの草間興信所では、知らないところから何やら送られてくるのは余り珍しいことでもなかった。
理由は簡単。
その筋では有名な興信所であるからだ。その筋とは、言わずもながの話である。
とまれ。
「ここ、西多摩の山の上にあるみたいですね。あ、じゃあ、涼しいんじゃないですか?」
少なくとも、都会の真ん中よりは涼しかろう。
「あ、凄い……太っ腹ですよ、お義兄さん」
「何だ?」
「経費全てお寺さん持ちですって。勿論、往復の交通費も」
「よし、零、行きたいと言うヤツ、片っ端から声をかけろ。その後、今から『草間興信所慰安旅行』の買い物行って来い。領収書は絶対貰って来るんだぞ。準備が出来たら、速攻出発だ」
キャッシュな草間に溜息を吐きつつも、やはり零だって嬉しいのだ。唇に笑みを浮かべ、年代物の黒電話をフル稼働させた。
その際。
彼女の手にあった封書から、メモの様なものがはらりと落ちた。脳味噌がバカンスの地へと飛び去っていた草間は、後になってそれに気付くのだが。
『この前の件は助かった。これは中元だと思って取っといてくれ。……ま、招待先が、うちの実家であれだが。取り敢えず、また何かあったら宜しく 金浪 征』
「草間……本気か?」
いや正気を問うべきだろうか。
ぽつりとそう呟いたのは、穏和そうな十代半ばの少年だった。
今先程の電話の内容を反復し、緑の瞳を思案げに揺らせているのは、守崎啓斗(もりさき けいと)である。
「いーじゃんよ、兄貴。飯喰って遊び倒せて、でもって『タダ』だぜ、『タダ』!」
超極太勘亭流五十ポイントくらいで『タダ』と言う文字を頭上に描いている少年は、啓斗と同じ顔立ちをしていた。いや、同じ顔立ちと言っても、雰囲気は異なるし、何より瞳の色が青と言う違いがある。
彼は啓斗の双子の弟、守崎北斗(もりさき ほくと)であった。
身長のことは、啓斗がちょっとばかり落ち込むので、どれ程の差があるかなどはノーコメントだ。
「いやー、草間も良いとこあるよなぁー」
ほくほく顔……もとい、涎を垂らさんばかりの顔をしている北斗は、先の啓斗と草間の電話を、受話器に耳を当てて聞いていたのだ。
その会話とは、以下になる。
『慰安旅行行くぞ、慰安旅行』
「慰安旅行?」
その言葉と共に、北斗が何処からともなく現れて、受話器の向こうに頭を貼り付ける。
『旅費は全部こっち持ちだ』
その言葉を聞き、啓斗は『草間、とうとう暑さが頭に来たか……』と溜息を吐いた。
「何処行くんだ? 草間っ」
だが北斗は受話器の向こう側から、嬉々とした顔で叫んでいる。
『寺。祭り。納涼大会だっ!!』
一本どころか二〜三十本ねじの切れた答えが返ってきたことに、『やはり暑さで……』と目頭が熱くなって来る啓斗だが、北斗は少々違ったらしい。
「飯は?」
『食い放題。精進料理もあるらしい。取り敢えず出発は……』
こちらの返事は勿論OKオンリーとばかり、草間はまくし立てた。
とまれ。
まるで走馬灯の様に過ぎったそのやりとりを思い出しつつ、啓斗と北斗は準備に取りかかった。
当初、草間の脳内予定では、本日の出発であったらしい。だが、他の人間の準備がまだだろうと言うことと、あちらさんがバスを用意してくれるらしい──フツーのバスを、カラオケ付きのデラックスシート仕様へと変更したのは草間だが──と言うこと、それぞれの準備が整い次第出発と言うことになれば、到着は夜中が必須になると言うことで、取り敢えず出発は、施餓鬼会本番日の早朝と言うことになったのだ。
「草間、……大丈夫だろうな。飯がなくなったとか言われても、俺は一っっっっっ切っ! ……責任とらないからな」
不穏な呟きは、当然ながら、草間に聞こえる筈もなかった。
見事な門構えのそこには、本来ない筈のものがあった。
『大歓迎 草間興信所御一行様』
赤字に白抜き文字で書かれた幟である。
一瞬、面々は引いた。思いっ切りドン引いた。
これが『タダ』でなければ、回れ右していたかもしれない。
これが宿泊の場ならば、『まあ客商売だし、そう言うこともあるかもしれないよなぁ。……多分』と思っただろう。……ちょっと間違っている気はするが。
けれどその幟があったのは、立派な本堂が視線の先に見え隠れしている、お寺の総門だったのだ。ちなみに施餓鬼会にちなんだものもあるが、それ以上に草間一行の幟は目立っていた。更に言うと、同じ内容の段幕だか垂れ幕だか表しがたいものが左右の門柱の間に渡っていたのだ。
本日夜間に催される夏祭りの準備の為か、山道などには様々な車両が行き来している。それらの全てに、この『大歓迎 草間興信所御一行様』を見られたかと思うと、ちょっとどころの話ではなく、とっても恥ずかしいかも知れなかった。
「……と、とにかく。ご挨拶しなきゃね」
何とか自分を取り戻したのは、やはり幾多の修羅場を乗り越えてきたシュラインであった。
宿か本堂か、どちらへ先にと迷ったらしい彼女だが、即座にそれは解決する。
「多聞寺、並びに芙蓉荘へ、ようこそおいで下さいました。草間興信所の皆さんですねぇ?」
西域のイントネーションで話すのは、長い黒髪を纏めてあげ、襷掛けした和服姿である妙齢の女性である。参道からこちらに向かって歩いて来ていたのは、バスの運転手が知らせに行ったからであろうか。
にっこり笑う口元の黒子が、印象的だと言えた。
未だ幟のダメージから脱し切れていない草間に代わり、シュラインがさっと前に出て挨拶を交わす。
「初めまして、草間興信所のシュライン・エマと申します。こちらが所長の草間武彦」
『ほら、武彦さん』とばかりにそっと背中を叩くと、慌てて草間も営業スマイルで挨拶を返し、続いて零が名乗ると同時にぺこりと頭を下げる。更にもう一度後をと、シュラインがしっかり引き継いだ。
「本日はお招きに預かりまして、ありがとうございます。お世話をお掛けするかと思いますが、宜しくお願い致します」
「いやまあ、そないにかしこまらんとって下さいねぇ。こちらこそ草間さんとこには、うちの小ちび……やなくて、征がお世話おかけしてます。征の姉で、芙蓉荘の女将をやってる金浪朱理(きんなみ あかり)と申します。宜しくお願い致しますね。……あらぁ、お後三名さんの姿が見えへんけど……?」
「事情がありまして、後から来ることになってます」
シュラインがそう言うと、そう、と朱理は頷いた。
次ぎに自己紹介を行ったのは、飛鳥である。
「東雲飛鳥(しののめ あすか)と申します。今日明日とお世話お掛け致しますが、宜しくお願いします。……それにしても、二日間とは言わず、ずっと逗留したくなる様なところですねぇ」
施餓鬼会の準備があるからこそ、それなりに雑多な気配がありざわついてもいるが、日頃であれば澄んだ空気に包まれた、とても落ち着いた雰囲気の場所であることが解るからだ。
朱理の黒い瞳がふっと和む。
「嬉しいこと言うてくれはりますねぇ。今回に限らず、何時でも来ぃたい時に来て下さいね」
フリーパスを貰ったも同然の飛鳥の顔が、嬉しげに微笑んだ。
「シオン・レ・ハイですっ。宜しくお願いします! あの……ウサさんも一緒なのですけれど、ダメでしょうか……」
「いーえ、全然。うちの娘が喜びそうやわ。厨房とかには入らん様にして欲しいけど、それ以外なら構わしませんよ」
ほのぼのとしたやりとりだが、次の台詞を聞いた途端、シオンがウサちゃんを抱きしめ蒼白になった。
「下手に厨房入って、材料に間違われたら大変だからな」
「……兄貴、それ笑えねぇ冗談だから」
真顔で心底その心配をしていた啓斗に、北斗がそう突っ込んだ。
突っ込まれた当の本人は小首を傾げていたが、思い出した様に朱理の正面へと一歩踏み出す。
「二日間お世話になります。守崎啓斗です。こっちは……」
「弟の北斗ですっ。宜しく」
そう自己紹介をすると、そろってぺこんと頭を下げた。
「うちとこの大中小と違って、ほんまそっくりやねぇ。あ、……もしかして双子さん?」
こっくりと頷く啓斗に、そうと笑う。
「……そう言えば、征さんは?」
「ああ、征はねぇ、あんまりここには帰ってけぇへんねんわ。大チビ……やのうて、関(せき)がうるそう言うんがイヤやねんやろね」
「関さん?」
「こちらのご住職さんですか?」
住職にも挨拶をと思っていたシュラインと、どうしても住職に聞きたいことがあった飛鳥は、そう互いに問いかける。
「関はうちとこの長男坊やけど、住職ちゃうよ。次男坊の餞(せん)言うんが、住職やってるんやわ。……と、あ、済いませんねぇ。こんなとこで立ち話して。さあさ、どうぞこちらへ」
朱理が行き来している従業員らしき者を捕まえ、荷物を運んでもらうよう手配する。そして七名は、漸く宿へと移動したのである。
部屋割りに関しては、それぞれが協議の上、案外あっさりと決まった。芙蓉畑に面している方の部屋なら、何部屋でもどうぞとのことだった為でもある。客室は三階と四階で、それぞれ一つの階に付き、一つずつ大きめの部屋があり、後は同じ大きさの部屋が五室。二階分で計十二室になっている。一室二人と言う定員であるから、単純計算で二十四人が泊まれるのだ。最も、この施餓鬼会では、基本的に山の裾にある町村民のみ参加するだけだから、殆どが空室でもある。元々、営利目的で運営している旅館ではないらしいからこそ、かき入れ時とも言えるこの日にも空いているのだ。
ちなみにその部屋割りではあるが、所長の特権で三階の大きめの部屋は草間が陣取り──と言っても、何だかんだと人が入り込むだろうことも予想はしているが──、啓斗北斗の双子で一室、シュラインと零で一室、シオン、飛鳥がそれぞれ一室と言うことになった。
未だ未到着の三人で、セレスティ、モーリスの主従コンビは、荷物が多くなっているだろうからと言うシュラインの予想で四階の大きめの部屋、和馬が一室と言うことになっている。
三階組は、草間、シュライン+零、守崎兄弟、四階組はセレスティ+モーリス、シオン、飛鳥、和馬である。
とまれ。
先発組はそれぞれの部屋にて一息入れた後、施餓鬼会イベントのタイムテーブルを記した紙を手に、思い思いの催し物へと散ることにする。
「ま、ちゃんと集合するとは思わないけど、一応夕食は八時半からだから。覚えておいて頂戴ね」
本来ならもっと早くに始まる宴会……もとい、夕食タイムだろうが、この面々であっては無理だろうと、シュラインは朱理に遅めの夕食を頼んでいたのだ。
それぞれお返事を返し、一階ロビーを出て行った。
案内図を頭に入れた啓斗は、周囲を見回しつつ、ほてほてと書院へ向かっていた。
既に弟の北斗は、『精進料理、ゲットだぜぃっ!』と叫んで走り去った後である。
その後、言い置いた禅体験をきちんとするかどうかは、永遠の謎ではあるが、ま、取り敢えず気にしない方向で。
「やっぱり、どんな本があるか興味あるからな」
こっくりと肯き、啓斗は目的の書院まで来て、その建物を見上げた。
実は裏から出て、芙蓉畑を通って行けば、書院は直ぐだったのだが、その芙蓉畑は夕刻の楽しみ──とは微妙に違うかもしれないが──の為に、敢えて通らずにいた。
芙蓉荘の正面から出て、総門を潜り、屋台の準備が始まっている参道を抜ける道を通ったのだ。
その書院は桂離宮などでも見られる柿葺の寄棟造で、一重になった疎垂木が見える。
参道と反対側にある回廊は、途中芙蓉畑へと降りることが出来る様に中断してはいるものの、その先には禅堂が見えた。
書院の入り口には手水があり、啓斗はそこで手を洗う。
中に入っていくと、数名の人間がいるのか、靴が揃えてあった。
内部はそれほど広い訳ではなく、四部屋程度があるらしい。内、一室は休憩用にお茶などが置かれており、他三室はそのまま本の山と言うのが相応しい程に、書物が溢れていた。
「さて、資料になる様なものがあるかどうかだが……」
ぐるりと見回すと、そこにある本達には、統一性と言うものがあまりない様に思えた。
基本は確かに和書なのだが、取り敢えず和訳されているものも全て和書だと言い切っているかの様なものがある。その解釈は、間違ってはいないのだが。
「黄帝内経……?」
経と書いてあるから、経典では? と思い、手にとって見たのだが、どうやら中身は違うらしい。
これは所謂、医学書であると、啓斗は中身を読んで判断した。
勿論、日本語で書かれていたから解ったのだが。
これの内容は、人体の生理・病理などの基礎医学、そして鍼灸療法の内容などが書かれているのだ。
「……。違うの、ないかな」
これもまあ、面白いのかもしれないが、他に何かないだろうかと、啓斗は視線を巡らせた。
「……証類本草、か。これって……」
中身を見る。
やはり元は、これも中国の方の本だろうと推測が付いた。
中身は薬草について書かれている本である。古典と言っても良いだろう。タイトルの下にある数字は、巻数を表しているらしく、全部で三十一あった。
興味のあるところを抜粋しつつ読もうと、啓斗はその部屋にある座卓へと陣取った。
「やっぱり、まずは一巻からだろう」
暫く読み耽っていると、新たな人の気配を感じた。
ふと顔を上げると、そこには半ば魂を抜かれている風の飛鳥が見える。彼は啓斗に気付き、にっこりと微笑んだ。
「貴方もこちらに? 本がお好きなのですか?」
好きかどうかを問われれば、好きなのだろうと思える。もっとも、啓斗の一番の関心事は『節約術』なのだが。
何処かそわそわしているのは、早く本を手にとって見たいからだろうと推測出来た。
「奥にも、まだ沢山本があったみたいだな」
「本当ですか?」
その啓斗の言葉が合図になった様に、一層目を輝かせた飛鳥が『では後ほど…』と一声掛けて奥へと進んだ。
それを境に、啓斗はまたもや本の世界に没頭していったのだった。
丁度書院と対角上にある経楼は、書院から禅堂、禅堂から本堂へと回廊に寄っても繋がっている(書院から禅堂は、一部切れているところはあるのだが)。
書院を出て、既に経楼に着いていた啓斗は、入って来た男性を見て、彼と弟にしか解らない程度に、表情を動かした。
「おや……、良くお逢いしますね」
にっこりと笑うのは、先程書院にて遭遇した飛鳥であった。
ぺこりと頭を下げた彼は、そのまま飛鳥を眺め見る。
「本好きみたいだな」
飛鳥が小さく笑う。
「ええ、大好きですよ。本があれば、時間を忘れてしまう程に」
「ふうん……。シュラ姐やセレスティさんみたいだな」
「セレスティさん?」
「ああ、今回の旅行には、遅れて来てるみたいだけど」
「その方は、もしや銀髪のお綺麗な人ですか?」
あまり動かない啓斗の表情が、ほんの少しだけ驚きの色を見せた。
「逢ったのか?」
「先程、書院でお見かけしました」
何やら己の回想シーンで、危ないことを考えている様な顔だ。
「……忠告する。妙なことを考えるなよ。あの人は、優しく笑いながら怒るからな」
「ご忠告感謝します」
飛鳥が愛想の良い笑みを浮かべると、啓斗はそうかとばかり、こっくりと頷く。
「さて、せっかく珍しい経典があるのですから、中に入りませんか?」
「ああ」
立ち話は、また後ででも出来るだろう。閉まる時間も決まっていることだし、経典を読むと言う目的を果たしたい。
二人は少しばかり間を置いて靴を脱ぐと、互いに足音一つ立てずに中へと入って行った。
経楼は、経典のある部屋を囲む様にして廊下があった。その経典のある部屋は、向かい合った二つの壁に書棚が置かれ、ぎっしりと書物が詰まっている。残りの二つには、灯り採り様だと思しき窓だ。周囲を囲む廊下の窓から、自然光を採り込む作りになっていた。部屋の中心には、小さな格子机が四つ、ロの形に並べてある。硝子の間から見える和紙と押し花の組み合わせが、落ち着いた感じの机に見せていた。
互いが背を向け合い、書棚の経典に魅入っている。
メジャーなものからマイナーなものまで、そこの中に納められていた。
法句経、阿含経、般若経、維摩経、涅槃経、華厳経、法華三部経、浄土三部経、大蔵経など、他には何故か、経典全集と言ったものまである。
「貸し出しは、やはりやってないのでしょうねぇ……」
そう呟く飛鳥を見て、啓斗もまた『出来れば良いな』と、そう思った。
「壮観……だな」
降り立った芙蓉畑が視界に入った。
香りだけでなく、その色彩に、そしてその圧倒的な花の数に、啓斗は目眩にも似た酩酊感を感じる。
入り口扉の左手には春日灯籠が、そしてその前方には飛び石が、芙蓉荘から伸びており、更に飛び石の右側には屋根の着いた露天風呂が、芙蓉の花の間からちらと見えた。
芙蓉は、所謂樹木である。低木ではあるが、それでも啓斗の背を可成り超えている為、視界はあまり良くはないだろう。
そこからは、ただただ、花が見える。
白い花、薄紅の花、そして赤い花。
赤い花に僅かに残るうす紅色は、それが酔芙蓉であることを告げていた。夕闇には少しばかり早いが、殆どの酔芙蓉は、名残を微かに残し、赤へと色を変えている。
「何か……」
香りがきつい。
その香りに幻惑されるかの様に、啓斗の瞳に、脳裏に迫るのは、花の色。
不意に、啓斗の周囲が一変する。
赤い風の中、たった一人でいるのが解った。誰もおらず、何も聞こえず、ただ、嵐の様な風が舞う。
頬に張り付くのは、赤い花弁。
「これは……──っ?!」
こそぎ落とす様に、それを振り払う。けれど瞼を閉じたとしても、その荒れ狂う赤い花弁は視覚から消えはしなかった。
花の赤が、緋色の光が──。
くらり。
そんな風に目眩を起こす。
フラッシュバックの様に、瞬いてはかき消えて行くのは、一面に見える赤、朱、赫。
あの赫は、何だろう。
絆だろうか。
……それとも、──呪い?
膝ががくりと崩れ落ちそうになる、まさにその瞬間。
「兄貴っ!」
唐突に、啓斗の周囲が元に戻る。
押し寄せてきた情動は、まるで潮でも引くかの様に洗い流されていった。
「……北斗」
肩をばしんと叩かれ、思わず啓斗は前のめりになる。肩越しに見た弟の顔は、何時も通り、嵐の後に来る清々しいまでに晴れ渡った空を思わせる笑みがあった。
「何ぼけっとしてんだよ」
にかっと笑う顔は、今啓斗に起こったことが確実に幻であり、この北斗がいるこここそが現実であると言う、大切な証の様に思える。
「……いや、何でもない」
瞬き一つ。
啓斗の顔に、微かな笑みが浮かんだ。
「そっか? ……なら良い」
「ああ」
ゆっくりと啓斗が歩き出した。それを追う様に、北斗が続く。
「それにしてもさ、ここすっげーよな。こんなにいっぱい咲いてるの、初めて見た」
感心した口ぶりで言う北斗の声を肩越しに聞き、啓斗はそうだなとばかり、こっくりと頷いた。
流石に芙蓉の花が密集している中を歩くことはせず、彼らは周囲を歩いている。
飛び石まで来た時、何やらそこに可笑しな痕跡が残っていることを発見した。
「……。なあ、もしかして、風呂に落ちたヤツ、いるんじゃねぇの?」
北斗の言葉に、啓斗もまた飛び石の上を見る。
そこには微かに何かの後があり、それは露天風呂へと続いているのだ。
「そうかもな。ま、落ちたとしても、大分前の話だろう」
上がった時に落ちる、水の後がない。
「そうだな。あ、そろそろ夜店始まるんじゃねぇ?」
確か六時頃から、屋台が営業すると言っていたことを思い出す。
「なな、俺、あれ喰いてぇ」
「……水飴か?」
「そうそう。桃のヤツで、最中もついてるヤツ」
想像したらしい北斗の口元から、僅かに涎が覗いていることを、啓斗は見逃さなかった。
「いでっ! あにすんだよ、兄貴」
「みっともないから涎ふけ」
誰にも見られていないことを確認しつつ、北斗はこそこそと涎を拭いている。
「行くぞ」
「へ?」
「水飴、喰うんだろ」
「おお!」
そう一声上げると、北斗は一目散に今まで歩いてきた道を駆け戻っていった。
流石に夜店の並びは、タイムテーブルが書かれている紙に載っていない。もっとも、何処に何があるかを見て歩くのも、夜店の醍醐味である為、そのことに関して北斗も啓斗も、文句を言う気は全くなかった。
「おお! 俺の本能が叫んでいるぜっ!」
意味不明の叫び声を上げた北斗は、しっかり瞼を閉じて数秒後。
「兄貴、あっちだっ!」
「おい、北斗っ」
叫ぶが早いか、啓斗の手をしっかと握り、人混みなどものともせずに歩いていく。本当は走り出したい衝動を抑えているのだろうが、それをすると、笑顔般若と化した啓斗に、ぼこぼこにされてしまう為、理性を総動員しているのだ。
「ちょっとゴメンよー」
そう言いつつ、するりと人の波を抜けていく。
参道ではなく広場の階段を上がり、即座に右折れ。丁度突っ切った角に、それはあった。
「なあ北斗」
「何?」
「俺は一度、お前のその鼻の構造を知りたい」
「何言ってんの、兄貴?」
普通は頭の構造だろうが、北斗の場合は少しばかり違う。
「あ、おっちゃんおっちゃん、桃のそれ頂戴。おっきいのな、おっきいの」
完全にふやけた顔をしている弟を見て、兄は大きな溜息を吐いた。
「元気良いなぁ。ほいよ、坊主」
そう言って、割り箸に桃を突き刺してある水飴を、最中の皮を皿にして差し出した。
当然財布は啓斗である。
大喜びで食べている北斗を見ていると、まあそれでも良いかと思ってしまうところが啓斗なのかもしれない。北斗は啓斗に『サンキュー』と言いつつ、勢いよく食している。
水飴を食べている北斗を引き連れ、二人であちこちの屋台を冷やかしていた。
射的では本気になった啓斗が、わざと照準をずらしている銃を調整しようとして慌てて北斗が止めに入ったり、ヨーヨーつりでは二人して全てつり尽くす勢いで親父を青ざめさせたり。
「あ、お面だお面」
ととと、北斗が寄って行く。その後に啓斗が続き、二人して並べられ、立てかけられているそれを見ていた。
「狐面、買ってやろうか?」
「え?」
「昔買っただろ?」
最近流行の特撮系のお面が並ぶ中、昔ながらのそれだってきっとあるだろう。
『まさかの般若面はないだろうが』と、啓斗が思っているとどうやら北斗も似た様なことを考えていたのかもしれない。
「え? ああ、そうだっけな。……でも、やっぱ面と言えば般若……。って、ウソぉ」
狐面を探していたらしい北斗が硬直した。
何故か、狐面の横に般若面がある。
「……ふっふっふ。これはもう、俺に買えと言っているな」
妖しく笑う啓斗の横で、涙目になっている北斗がいた。
「兄貴ぃ……」
不気味な笑みを浮かべている啓斗を見て、屋台の親父も引き気味だ。般若面と狐面を買うと、涙目になっている北斗へ狐面を顔ではなく頭に被せ、自分はその般若面を後頭部に被っている。ある意味、どちらを見ても啓斗であった。
小さく『兄貴怖いよぉ』と呟く北斗の襟首を引っ張って、啓斗はずんずん歩いて行った。
「あれ?」
妖しい微笑みも、どうやらそこまで。啓斗は見知った顔を見つけたのだ。
「あ」
北斗も同じく、匂いにつられて涙が引っ込んだ様だ。
「兄貴、あれ喰ってみてぇな」
「お前、正気か?」
「ぶっちぎってマジ」
目の前にあったのは、『もくもくトウモロコシ』、シオンの屋台である。
「あ! 啓斗さん、北斗さん、いらっしゃいませー」
食べ物の屋台にウサギは如何なもんだろうと思いはしたが、逆に可愛いと言うことで、マスコット的な存在となっている様だ。女性客がかなり多い。
「もくもくトウモロコシ、四つ頂戴」
「ありがとうございますっ!」
遠くからでも、北斗の食欲は良く解る。せっせと作っているシオンの元へ二人が近寄って行くと、丁度四つ分を作り終えたところであった。恐るべし職人芸……なのかもしれない。
「はい、どうぞ」
北斗の手に二つが渡り、更に啓斗が財布から勘定を支払った後、二つ受け取る。その時、シオンの瞳に後頭部にある般若面が見えた様だ。
「ひぃぃぃっ!」
「おおっと!」
その際シオンは、思わず台の上に並べていた品々をひっくり返し、周囲にいた女性達が『きゃあ』とも『わあ』とも言えない悲鳴を上げたのである。
光明池の本堂と反対側には、池に灯籠を流す人々で賑わっていた。
灯籠を流すと言っても、灯籠のみを流す訳ではない。小さな船に灯籠と供物を乗せ、灯りを付けて池に流すのだ。
「シュラ姐!」
「ここにいたんだ」
見かけた姿に二人してそう声を掛けると、飛鳥とセレスティにぺこりと挨拶をする。
また挨拶をされた二人も、同じく軽く頭を下げて返してきた。
北斗が座り込み、啓斗がその後ろに立って、未だ中年親父と話し込んでいる草間は放って、全部で六人が池を見た。
「何故でしょうね。送り火と言うのは、何故か懐かしさを覚えてしまいます」
遠くを見つめる様な瞳の飛鳥が、ぼんやりとそう言った。
何かを思い出しているのだろうが、それは飛鳥以外の人間には解らない。
「んーー、でも、本当に綺麗よね。……私達も灯籠流し、しちゃダメかしら」
せっかくお招き頂いているのだからと、面倒がる草間を宥め賺して施餓鬼会に参加しているシュラインは、灯籠を流すのは地元の人だけかもしれないと遠慮している様だ。
「関さん?」
振り返る彼女に、驚きの表情を見せる関だが、すぐさま元に戻って笑みを浮かべる。
「こんばんは。施餓鬼会は如何ですか?」
そう言いつつ、初対面の飛鳥とセレスティに名を名乗る。
「初めまして。金浪関(きんなみ せき)です」
「初めまして。東雲飛鳥です」
「こんばんは……」
「存じ上げておりますよ。リンスターの総帥ですよね?」
え? とばかり、そこにいた者達は顔を見合わせる。だが種明かしは簡単に終わった。
「一応、私、これでも税理士ですから。政財界にはそこそこ詳しいんですよ」
「そうなのですね。でも、今は一個人として、楽しんでおりますので」
誰もが上手いと唸っている。もしも下心があるのなら、その言葉に対する反応でで解ってしまうだろう。
だがどうやら関に、下心はなかった様だ。
「そうでしたね。これは失礼致しました」
「いえ、とんでもありませんよ」
「ところで、こちらの灯籠流しは、地元の人間でなくとも出来るのでしょうか?」
先程のシュラインの言葉を聞いていた飛鳥が、彼女に代わってそう聞いた。
「勿論。あちらの方で、盆と灯籠を受け取って、供物を乗せて流して下さい」
関が指し示したのは、本堂前と満月廊辺りに設置されている二カ所である。
「なあ、あの供物って、食え……いでぇっ!!」
座ったままの北斗の頭を、渾身の力を込めて、左右の頭上から啓斗とシュラインが殴っていた。
「お前と言うヤツは……」
「罰当たりよ」
「ぼかぼか殴られたら、バカになるだろっ!」
握り拳と共に立ち上がって反論する北斗だが、言った相手が悪かった。
「安心しろ。もうバカだから」
「ショック療法って言葉があるのよ」
二人の言葉に、くすくすと笑っているのはセレスティと飛鳥で、互いに助けてやる気は更々ない様だ。
「あ、あの、折角灯籠を流せるのなら、行きませんか?」
助け船を出したのは零である。草間はそれを聞き、面倒だと渋っていたが、シュラインから背中をぽんぽんとされ、不承不承頷いた。
ぞろぞろと歩く七人は、綺麗どころが多い為、可成り目立っている。お陰で混雑に巻き込まれることはなく、無事に盆と灯籠、そして供物を選んで戻ることが出来た。
それぞれの、思い思いの供物を乗せ、池にそっと浮かべる。
手元にある時には鮮やかな炎であったのが、手を離れ、距離を置くと共に、ぼんやり幽玄を漂う光に思えてきた。
そっと手を合わせるシュラインの背後には、草間が照れた様に着いている。
「私達は、そろそろ行きましょうか」
小声で言うセレスティに、皆がこっそり頷いた。
北斗に引きずられながら墓地を巡ってた啓斗は、そこに霊の気配をひしひしと感じた。
だが悪意がないことは感じるのだ。
そこで驚かそうとしているのは、下の街の人間や、寺のスタッフであることは、人の気配に聡い守崎兄弟には充分過ぎる程解ってしまう。
一応、一番奥の、金浪家の墓前にあるお札を取って来ると言うのが条件だが、どうやら北斗は、敢えてそこへは行かずにふらふらしている様である。
「さっさと取って帰るぞ」
そう言うと、えーーとばかりに不満顔だ。
先程からあちらへ行っては、隠れている人や、二人の前に出てきた幽霊役を逆に脅かしては楽しんでいる。ちなみにいきなり前に出られても、啓斗は平然としていたから、はっきり言って、脅かし甲斐のない二人であることは間違いがない。
「──!」
今度は本物だ。
ぼんやりと浮かぶ白装束が、如何にもと言った感じだが。長い髪をだらりと流し、死んだ魚の目──死んでいるから当たり前だが──でこちらを見ている。
「あー、兄貴?」
ばっと背後を向き身構えようとする啓斗だが、北斗からポンと肩を叩かれて止められる。
「どうした?」
日頃であれば、自分より先に突っ走る北斗だが、今回は何故それがないのだろうと不審に思う。
「悪さしねえよ、あいつら」
「その根拠は何処から来る?」
「んー、昼逢ったし」
「お前、何してたんだ……」
「墓参り」
成程、北斗が楽しそうにしていたのは、驚かすのが楽しかっただけではないのだろう。こうして『本物』が出てくるのを待っていたのだ。
それが証拠に、北斗がそう言ったのをかわぎりに、続々と『本物』が現れた。
年齢も容姿も千差万別、現代の格好をしている者から、可成り古いと思われる格好をしている者いる。哀しいことだが、幼い少年少女の姿も見えた。
啓斗が北斗と共に、目を閉じて手を合わせると、それぞれが安堵した様に儚く笑う。
「また機会があったら、来るからな」
そう言う北斗の言葉と共に、彼らはぽつぽつと消えていく。
そこに残ったのは、守崎兄弟と、この霊の大群を見てぶっ倒れた脅かし役の人間だった。
「……。行くか」
「あ、ああ」
倒れた者達を尻目に、二人はさっさとお札を取って来る。出口まで戻り、証拠のお札を渡すと、そのまま花火へ直行した。
既にいくつもの花火が上がっている。
「なあ、兄貴。ちょっと言っても良いか?」
「なんだ?」
「花火の音、聞こえた?」
『墓地で』と、そう告げる。
「……。まあ、破裂音がしてたら、台無しだからな。それでも良いんじゃないか?」
「良いのかよっ」
悪いのだろうか。そう思う啓斗には、北斗が何故泣いているのか解らない。
だが、そんなやりとりも、間近で花火を見ているとどうでも良い様に思えてしまう。
日本の夜にはお馴染みの菊先が金の光を見せたかと思うと、徐々にそれが紅のもの、青のものへと変わっていく。後追う様に、銀波先が流星を見ている様な銀色の軌跡を描いていた。牡丹の赤が、彩りを添え、それを飾る葉落が落ちる木の葉を現す様に、所々で光っている。
大柳の光が流れたかと思うと、そこに蝶が舞っている。
本当の近くは、危ないからと言うことで人が入らない様に囲われてはいるものの、それでも迫力は可成りある。一発花火が上がる度、心臓を力強く打たれた様な衝撃を受け、思わず蹌踉めいてしまいそうだ。
「良いなぁ。俺も作りてぇ……」
そう言って見上げる北斗の瞳には、憧憬が混じっている様だ。
凄まじい爆音が響く中、気が付いた様に、啓斗は北斗に耳打ちした。
「なあ、これ、宴会場でも見えるんじゃないのか?」
「……。飯、なくなってたらどうしよう」
真剣な面持ちで言う北斗は、次の瞬間一目散に駆けだしていた。慌てて啓斗も後を追う。
生きの良い走りっぷりのお陰か、対して距離のないお陰か。
彼ら二人が到着した時でも、料理がなくなっていると言うことはなかった。
二人の後、白装束に死人の化粧のまま飛び込んで、セレスティとモーリス以外の全員から殴られたシオンが到着すると、改めて乾杯の音頭が草間によって取られたのである。
「じゃあ、みんなが揃ったところで、乾杯の……」
「下手な能書きはいらねぇってば」
「話が長い方は嫌われると言いますよ」
機嫌良く乾杯の音頭を取ろうとした草間だが、その前の演説を始めようとすると、即座に北斗とモーリスから待ったが入る。
しくしくと泣いてしまって後が続かない。
「ほら、武彦さん、泣かないの」
そうシュラインに慰められ、漸く顔を上げて一言。
「何でも良い。乾杯っ!」
声に続き、それぞれがグラスやお猪口を掲げて『乾杯』と叫ぶ。
一気に進む宴会は、酒瓶やお銚子がこれでもかと開いていく。
何故かワインを掲げているセレスティとモーリス、未成年なのに酒を飲もうとして啓斗とシュラインに殴られている北斗、陽気ではありつつも顔色一つ変えずに杯を空ける和馬、お化けメイクを未だ落としていないシオン、ほろ酔い加減の飛鳥、雰囲気に酔っている零に、すっかり出来上がっている草間だ。
和室中央のテーブルに並べられているのは、食前酒の冷やし梅酒、滝川豆腐に生雲丹、冬瓜松前煮や石焼きステーキや牛しゃぶ、舟盛りなど、その他諸々。恐らく食の細い者ならば、一人前が食べきれるかどうかと思う程だ。
「美味いよなぁ、これ。兄貴、家帰ったら作ってくれよ」
「お前、何人分喰った?」
「実はカードを持ってきているんですよ。如何ですか?」
「勿論構いませんよ。……でも、場所が変わっても、結果は同じかと思いますけどねぇ」
「ウサちゃん、帰る時、タッパに詰めてもらいましょうね」
「ああ、私は書院で暮らしたいです。それがダメなら経楼で……」
「美味い酒のお陰で、いくらでも食が進むな」
「もう、武彦さんってば、寝るなら部屋で寝てちょうだい。風邪引くわよ」
未だ花火が上がる中、そんな声が飛び交っている。
防音設備がしっかりしている為、外の音はシャットアウトされていた。
「何か、無音の花火って、淋しいな」
戻っては来ない想い出を、何故か見ている様で。
「それでも、夜空に咲く花は、美しいと思いますよ」
呟く啓斗に、穏やかに微笑んだセレスティが、そう告げた。
「そうかな」
「沈むな沈むな。宴会だからな。ぱあっと行けよ、な?」
こっくり和馬に肯き、半分寝かけである草間の膳を狙っている弟に向けて、手裏剣を放つ。
北斗は見事に避けたものの、袖で防いだ為に服が台無し。
「啓斗! こんなとこで手裏剣なんか投げないで!」
「痛ぇっ!」
言葉尻で、しっかり北斗を殴っているところを見ると、ちゃんとシュラインは気付いていた様だ。
「仲が良いですねぇ」
「本当ですね。あ、セレスティさま……」
満面の笑みを浮かべて、モーリスが言う。
「これは……。もう一回、勝負ですよ、モーリス」
「ええ、結構ですよ」
宴会しつつ、カードゲームをしている二人だ。
まだまだ宴会は終わりを見せない。
途中で抜ける者も幾人かいた。眠気に負けた者、まだ何か楽しみがある者、それはその者達の事情である。
草間興信所の宴会が終わったのは、一体何時であったのか、誰も知らない。
山上の夜は、緩やかな時間と共に、徐々に更けて行ったのである。
Ende
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) 女性 26歳 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1883 セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ) 男性 725歳 財閥総帥・占い師・水霊使い
3356 シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい) 男性 42歳 びんぼーにん(食住)+α
2318 モーリス・ラジアル(もーりす・らじある) 男性 527歳 ガードナー・医師・調和者
0554 守崎・啓斗(もりさき・けいと) 男性 17歳 高校生(忍)
2736 東雲・飛鳥(しののめ・あすか) 男性 232歳 古書肆「しののめ書店」店主
0568 守崎・北斗(もりさき・ほくと) 男性 17歳 高校生(忍)
1533 藍原・和馬(あいはら・かずま) 男性 920歳 フリーター(何でも屋)
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ライター通信
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こんにちわ、斎木涼でございます(^-^)。
もうちょっと早くにお届けできるかと思っていましたが、遅くなってしまいまして、申し訳ありません。
今回は、依頼ではなく、お楽しみシナリオ的なお話です。ですので、皆様から頂きましたプレイングは、殆ど盛り込ませて頂いているつもりです。短い部分とかもありますけれど、そちらの方はご容赦を。
ちなみに隠しイベントとは、夜の阿難堂に行くと、多聞寺本当のご本尊である阿難尊者とおデート出来ると言うものでした。全然有難くない隠しイベントですが(^-^;)。
ちらーっと、何方様かの本文中に、それらしい話が出ております。
>守崎 啓斗さま
草間興信所の方では初めまして(^-^)。
色々とプチ怪奇現象が起こっております。けれど、基本的には悪いことをするつもりがある子はおりませんので、お後も大丈夫であったかと思われます。
そして、しっかりと般若のお面はあった模様です(笑)。
啓斗さまに、このお話をお気に召して頂ければ幸いです。
ではでは、またご縁が御座いましたら、宜しくお願い致します(^-^)。
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