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<東京怪談ノベル(シングル)>


ニッポンの、なつゲー。

 色々思うところはあっても、働かねば金は入ってこない。
 そして稼いでも稼いでも、楓兵衛の懐に金は入ってこない。
 串焼きの屋台は結構繁盛しているはずなのだが……仕事を終えてあやかし荘で『あがり』を収めた後は、兵衛の手元に残るのは、ぎりぎり翌日の仕込みのための金と、わずかな生活費ばかり。
 借金を背負うというのは悲しいことだ。
 そしてそのつもりはまったくなかったというのに、楓兵衛は新たな借金を背負っていた。しかも、小学生にはかなりの高額だ。
 その原因はといえば、部屋の一角を占領するパソコン。最新式のごく小さい物ではない。外付けの拡張マシンをかなり繋いであるので、場所を取っている……綺麗な言葉で表現するなら『レトロ』とか『アンティーク』ということになりそうだが。そんなに綺麗なものではない。普通に『旧式』か、あるいは『ポンコツ』と表現するべきだろうか。いや、中身は見た目ほどには、古くはないらしいが。しかし、その見た目が、まず問題だ。
 兵衛も自分の手に転がり込んできたパソコンが何であるか、簡単にだが調べてみたのであるが。うっすらと見える『88』の数字から、かつてホビーパソコンとして一世を風靡したパソコンが元になっていることまでは突き止めることができた。正確に、元になっているのがどの機種かまではわからなかったが。機種データの書き込まれたシールは、剥がれた形跡だけが残っていた。推測できる範囲では、1985年に発売された同シリーズ以降のものではないか、とまでは考えられる。
 しかしここにあるものは、中身がごっそり入れ替わっている可能性も捨てきれなかった。
 とりあえず、ベースのOSの他に、世界標準OS『っぽい』ものが入っていて、アナログの電話線を介してインターネットに繋がる。普通に……と言うにはちょっと怪しげな、見たことのないブラウザでサイトが見られる。やはり詳しい者に見せても見たことのないというソフトで、メールも送受信できる。一緒に貰ったソフトで表計算と売り上げ管理ができる。
 ……それ以外のことはよくわからなかった。元の持ち主である嬉璃も、積極的に説明しようというつもりはないようだったので。あとは見よう見まね、想像できる部分を恐る恐る触りながら確かめていくしかない。とりあえず、今のところ壊れたりとか止まったりという、兵衛の手に負えないような事態は起こったことがなかった。
 ともあれ、意図して手に入れたものではなくとも、借金は返さなくてはならない。――押し付けられたものなのだから、返さなくてもいい……という考えは、生真面目な兵衛にはなかったので。
 そのためには、兵衛は働かなくてはならなかった。


 その日も兵衛は串焼き屋台の仕事を終え、労働基準法にたっぷり抵触しそうな時間に帰路についていた。
 ごろごろと車輪の回る低い音が夜の道に響いている。まだ深夜とまではいかない時刻だが、人通りは多くない。
 ごみ捨ては朝に、という貼り紙が、ひらひらと風に吹かれてはためいていた。
 だが従わない不心得者はどうしてもいるようで、その貼り紙の下の屑籠には、なにやら箱が突っ込まれている。
「む」
 ふとそれに気がついて、兵衛は顔をしかめた。
「決まりを守らぬ不心得者にござるな」
 そう言って、箱を手に取る。結構な重みがあった。
「……ふむ……これを置いていくのでは、拙者も同罪となるでござろうか。ならば、いったん持って帰るでござる」
 考え込んだあと、兵衛は誰ともなしにつぶやいた。大きくはないダンボール箱で、中身も硬そうな手ごたえだった。生ものでないなら、明日の朝、学校に行く前にでも改めてゴミを出しても問題はないだろう。
 兵衛は拾った箱を、屋台の縁に乗せた。
 そしてまた、ごろごろと串焼き屋台を引き始める。
 兵衛の下宿は、そこからすぐだ。
 帰り着くと庭に屋台を入れ……部屋に戻ろうと一度は歩き出して、兵衛ははたと思い出して屋台のところに戻った。
「ここに置いておいては、忘れてしまうでござるな」
 そうして、兵衛は拾ってきた箱を手に取った。

 運命はゆるゆると手繰りよせられているようだった。

 部屋に戻り、売り上げを記録するためにパソコンを立ち上げる。しばらく時間がかかるので、その間手持ち無沙汰で……ふと、横に置いた拾ってきた箱に視線が止まる。
 何が入っているのだろうというのは、単純に興味だった。
「……おや?」
 ダンボール箱を開けると、更に中には紙箱が詰まっていた。紙箱の他に、わずかにプラスティックのケースもある。
 紙箱の多くは、どうやらOAサプライ品の老舗メーカーのようだった。箱の上にマジックでなにやら殴り書きがしてある。すぐに意味のわからないような言葉が多かった。
 紙箱の中には、パッケージに綺麗な絵の印刷されたものもあった。これはあらゆる面で時代錯誤な兵衛でも、現代っ子の端くれの知識から察することができた。
 ゲームだ。
 ……そういうものがある、ということは知っていたが、実は兵衛が手にするのは初めてのことだった。
 なにしろ、ソフトだけでは動かないものなのだ、ゲームというものは。動かすためにはハードが必要で、金銭的に余裕のない兵衛はそんな洒落たものは一つも持っていなかった。
 ……いや、先日から、一つだけある。
 この、古いパソコンだ。
 もちろん、最新のゲームなどは動かない。だが、このパソコンはかつて今に続く文化を花開かせた……いわば中興の祖である可能性は高いのだ。
 兵衛は、誘われるままに箱を開けた。
 中には、いまどきは場末の量販店の不良在庫でもなかなかお目にかかれない、大きくて平たいフロッピーディスク。
 兵衛は、これが、このパソコンに入ることを知っていた。
 箱の中には、きちんと説明書も残っている。
 ――ちょうど、パソコンは立ち上がったようだった。


 「……おかしいのぢゃ」
 嬉璃は唸った。
 何がおかしいかと言えば、兵衛が来ないのだ。もう三日になる。
 ここまではほとんど毎日欠かさず、売り上げを献上……もとい、借金返済に来ていたのだが。
 それがぱたりと来ないのは、何かがあったからか。
 何がか、が問題だ。
 病気か怪我か。
 それとも……
 信頼できる筋から情報を得たところによると、兵衛は学校にも姿を見せていないらしい。
 嬉璃が痺れを切らして兵衛の出向いたのは、その翌日のことだった。


 ――かたかたかた
 昼なお薄暗い部屋に、無機質な音が響いていた。
 ――たたた、かたかた
 どこかリズミカルに、音は途切れない。
 ――かた、たたたた、かたた
 影はまえのめりに、ディスプレイを覆っていた。
「……兵衛!」
 そこに更なる光をもたらしたのは、がらりとふすまを開けた嬉璃だ。
 兵衛は、落ち窪んだ目をぎょろりと剥いて振り返った。
「ぬお! おぬし、なんじゃその顔は……寝ておるのか?」
 傍若無人な嬉璃にして、そう言わしめた顔。
 それがそうとうなホラー物であったことは、そこから察していただけるとありがたい。
「もう三日以上、外に一歩も出ておらぬと聞いたのぢゃが、何をしておるのぢゃ……と、なんぢゃ、それは」
 光を放つディスプレイを嬉璃は覗き込んだ。
 画面の中では、剣を持った主人公が横スクロールの画面を走りぬけ、ジャンプして段差を上っている。近づけば、FM音源の懐かしい電子音楽が、控えめなボリュームで流れていた。
「……おぬし、どこからこんな懐かしいものを」
 兵衛の返事はない。
 ただ、まだ手は動き続けていた。
 ――たたた、かたかた
「人の話を聞いておるのか、おぬし!」
 ――かた、たたたた、かたた
「返事をせぬなら……こうじゃぞ!」
 ぶち。
 嬉璃は手を伸ばした。元は自分の手元にあったもの。新しいものを買って使わなくなり、捨てるにもリサイクル法のおかげで料金がかかるので、体よく(?)兵衛に押し付けたが、どこに何のボタンがあるかはわかっている。
 今のパソコンにはないスイッチが、これにはあるのだ。プッシュ一発、リセットスイッチ。
 画面は不意に光を失った。
 新しい唸りをあげる。
「え、う……? お……!」
 兵衛の目も、光を失った。
 絶望の唸りをあげる。
 最後のダンジョンの、途中だったらしい。
 この頃のゲームは、セーブできないダンジョンが多かったそうな。


「申し訳ござらぬ……」
 此度は腹掻っ捌いてお詫びを、と続きそうなほどに、兵衛は沈んでいた。一応、灰と化した後、そのままロストはせずに、兵衛は正気に返った。
 娯楽に接してこなかった兵衛が、ゲームの魔力に捕まるのはあっという間のことだったらしい。それから、眠りもせずに延々とゲームを続けていた。急性引きこもり症である。
「借金を払わずして、このパソコンを自由にするなど不届き千万、盗人根性もよいところぢゃな。これは召し上げるのぢゃ」
 そう言って、嬉璃は箱を抱えあげる。
「え、えええ!」
 復活を遂げたと言っても、急性引きこもり症が完治したわけではなかったらしい。兵衛は嬉璃の着物に取りすがる。
「なんぢゃ、文句があるならばベルサイユ……ぢゃない、借金の耳を揃えてわしの部屋まで来るが良い。借金を返し終えれば、このソフトも返してやろうぢゃないかの」
 ふむ、とそこで嬉璃は考える。
「地獄の沙汰も金次第ぢゃな。いくらかの日々の支払いで、このソフトは『貸して』やっても良いのぢゃ」
 元々はゴミ、しかも拾ったのは兵衛だ。なのに嬉璃に金を払って借りるということは、いかにもおかしい話なのだが。
「して……い……いかほど」
「日の売り上げの5%にまけておいてやろうかの」
「5%……」
 多分、兵衛は払うような気がした。

 ニッポンのなつゲーは、けっこうあつい。