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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜宵闇〜



 ピンポーン、と、チャイムが鳴る。

 ドアを開けた綾和泉汐耶は、立っている少年に微笑みかけた。
「こんにちは、和彦君」
「……どーも」
 素っ気ない返事をする遠逆和彦は、何か思案しているような視線だったが汐耶は構わずに部屋にあげる。
「どうぞ入って。とは言っても、お茶くらいしか出せないけど」
「……相変わらず無用心な女だな」
「なにが無用心よ。失礼ねえ」
 ムッとする汐耶を、彼は呆れたような目で見ていた。
「そうやって男をひょいひょい家にあげるのは、あまりいいことじゃないぞ」
「あのねえ、信用のある人しかあげないわよ私は」
「信用ね」
 鼻で笑う和彦の態度に、思わず彼の頭を殴ってしまいたくなる衝動を感じたが……どうせ避けられるので我慢する。
 わざわざ彼がここに来た理由も、汐耶はわかっていた。
 彼はここしばらく姿を消していたのだ。それは憑物封印を終え、実家へと帰っていたのだが。
「いい? 絶対に報告に来てちょうだい!」
 という、汐耶の一方的な約束を彼が実行したからだ。
 律儀というか……。
 内心苦笑してしまう汐耶であったが、彼の表情を盗み見て怪訝そうにした。
 ずっと、彼は何か考えている。
 和彦の向かい側に腰掛けた汐耶は、話を切り出す。
「で? 実家に帰ってたんでしょ? 憑物封じも終わったんだし、おめでとう……でいいのよね?」
「……そうだな」
「呪いは?」
「解けるそうだ。まだ、解いてはいないが」
「おめでとう!」
 今度こそ汐耶は満面の笑みでそう言った。
 和彦の手を無理に掴んで上下に振る。本当に嬉しかった。
「でも、こんなこと言ったら気を悪くするかしら?」
「なにが?」
「なんだか……すっきりしないのよ。憑物って結局なんだったのかなって思って」
「なんだったのかって、一般人の辞書にだって載ってるだろ?」
「人に乗り移っている物の怪とかってことじゃないのよ。
 そこらにごろごろあるものなの? 憑物っていうのは」
 そう言われて和彦は皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「あるだろ」
「そういうものなの?」
「『人間の目』で見るから、そういう意見になる」
 納得していない汐耶の胸元を、す、と彼は指差した。
「例えば、そこに『心』という名の見えないが、確かに『在る』ものがある。
 見えないのに感知しているだろ、存在を。それと同じだ」
「あ、そうか。普段は目に見えないものね」
「憑物というのは、『憑く』もの、だ。物であり、者だな。
 人の世と隣り合わせのように存在する魑魅魍魎……妖怪や妖魔や悪魔と呼ばれるヒトにとっての『悪』は当然、溢れている」
「いい妖怪とかいるじゃないの」
 彼は嘲笑う。
「その判断基準は人間がしているだけだ。自分たちに無害だったり、友好的だと『善』のようなものになる。
 心というものが恐ろしいのは、感情だけで『悪』というものを生み出すからだ」
「憎い、とか……で悪霊になること?」
「そうだ。主が無念の死を遂げれば、飼い猫が恨みを晴らすために妖魔になることもある。
 それは見ようによっては正義の鉄槌だが、人間の目ではそうはならない。人殺しは、『悪いこと』だからな」
 汐耶は頷いた。
「なるほどね。……つまり、そういう類いのものって……すごく身近なものなのね」
「人間は自分の目に見えることだけを都合よく信じたり、見えていても捻じ曲げてしまうことがある。
 ヒトは恐怖を生む。想像で作られたものでさえ、多くの人間が『想像すれば』蓄積されて具現化してしまう」
「そ、そうなの?」
「つまりはだ。結局は人間が全部関連付けた存在なんだよ、憑物っていうのは」
「は?」
「自分たちにワケわかんないものだから、何かの種類としてまとめておけば……まあ多少は恐怖が薄れる。それだけだ」
「えーっと、つまり、『わけわかんない』よりは、『憑物』っていうのにしておけば……少しはマシってことなの?」
 和彦は楽しそうに言った。
「もしもとして、俺があんたを殺す。あんたは犯人が『遠逆和彦』だと知っている。だが見知らぬ男に殺される時の恐怖の比ではないと思うが?」
「そ、その例え、すごくわかりやすいわ」
 何度も頷いては考えを整理している汐耶を、彼は面白そうに眺めていた。
「でもね、もう一つあるの」
「なんだよ」
「作為的なものを感じてたって言ったら怒る? キミの憑物封印に関して。
 だって、どこにでもゴロゴロしている存在なら、なにも東京で封じる必要はないじゃない」
 それを聞いて目を丸くした彼は、突然爆笑してしまう。
 笑い声を立てて、それからやや表情を偉そうにした。
「ほんと、勘がいいな。だが東京での封印に意味があった」
「え? そうなの?」
「まあいいや。あんたはどうせ見破るだろうから、話しておく」



「和彦よ」
「……はい」
 当主の言葉に、和彦は頷く。
 広い座敷の奥には、当主である老人が座っている。もごもごと口を動かし、聞き取りづらい声で喋るのだ。
「『逆図』は完成させたであろうな?」
「ここに」
 正座している和彦は、空中から巻物を呼び出してそっと畳の上に置いた。
 巻物が一気に老人の手元に引き寄せられる。
「……ふむ。よくやった」
「…………当主、これで呪いは解けるのでしょうか?」
 無表情の彼は、あまり期待せずに当主の言葉を待った。
 遠逆家に戻ってくるまで彼は憑物に狙われ続けていたのだから。
「安心せよ。呪いは解ける」
「……! まことに、ございますか」
 信じられなかった。この一族で育つと、どうも疑り深くなる。そういう風に教えられたのだから当然だろうが。
 和彦はじっと、当主を見つめる。
「なぜ……呪いがかかっておるか、存じておるか?」
「は?」
 目を丸くする和彦は、怪訝そうにした。
 生まれた時からそういう体質だったため、なぜかと問われても答えはわからない。
「誰が、呪いをおまえにかけたと思う?」
「だれ? 人間の呪詛とでも?」
 そんなことはありえない。
 人間の呪詛でこんな永続的なものはよっぽどの恨みの念を使っているか、大掛かりなものだ。
 遠逆の家はあまり好まれていないのはわかっているが、だからといって和彦を狙ってくるのはわからない。根絶やしにする価値があるとは思えない家だからだ。
「そうだ。おまえの呪いは、ひとの手によるものだ」
「……それは、当主ですら跳ね返せぬほどの手だれですか」
「それをすると、おまえも死ぬ」
 和彦は目を見開いた。
 今の言い方は変だ。
 ど、っと冷汗をかく。
「ど、どういう……意味でございましょう?」
 まるで呪いをかけたのが自分自身だとでも言うのだろうか?
 そんなことはない。
 和彦はこれまでの生活の中で、何度もこの体質を呪い続けた。退魔士の仕事中にほかの妖魔すら呼び寄せることで、余計な心配事も増えた。人間が巻き込まれないように神経を何倍も遣ったものだ。
(俺は、自分に呪いなんてかけない)
 生まれたばかりでそんなことができるのは、よっぽどの天才や、人外の者だ。
 巻物を開いた当主は頷く。
「四十四、揃っておるな。東の『逆図』はこれで完成された」
「…………はい。東西合わせて八十八の憑物です」
 和彦は話を逸らされたことに対してやや不満だったが、またも空中から巻物を取り出す。
 当主の手元のは黒。和彦が持つのは赤い巻物だ。
「では、おまえを四十四代目に任ずる」
「………………は?」
 突然のことに、和彦は面食らう。
「え? ど、どういう……?」
「この東西の『逆図』があれば、おまえを殺せるであろう?」
「…………………………」
 しん、と座敷が静まり返った。
 殺す?
 俺を?
 和彦の顎から、汗が落ちる。膝の上の拳の上に。
「お、おっしゃる意味が……わかりません」
「代々、一の位に『四』の数字がつく当主は、一族の為に身を捧げるのだ」
「…………供物ですか」
「これは『契約』なのだ」
 ずき、と彼の左眼が軋んだ。涙のように血が頬を流れ落ちていく。
「け……い、やく……」
「そうだ」
 老人は閉じていた瞼を開く。余分な肉で動くこともままならない当主は、わらった。
「おまえが生まれるのを待ちわびておったよ、和彦」
「…………では、呪いは? 解けるとおっしゃった……。まさかあなたが!?」
「そんなわけはない。
 呪いは解ける。おまえの左眼をくり抜けばな」
 和彦は咄嗟に左手で目を隠す。
 心臓がどうも激しく鳴っている様な気がする。気のせいだと思いたい。
「おまえが妖魔に追われ続けたのは…………その眼のせいだ」
「み、未来永劫の?」
「英霊と言っても違いはない。優秀な魂だ。
 ――――――――――――――――なにせ、おまえの実の妹なのだから」
 頭を、鈍器で殴られたようなショックだった。
 妹? この左眼に宿っているのは妹なのか?
 吐き気がこみあげる和彦は、わなわなと震えた。
「双子だったので、おまえを生かし、妹を殺したのだ。妹はおまえを呪ったのだよ」
「な、なぜ……俺……を……選んで?」
「どうせ当主になった時点で死ぬ。ならば、どちらでも同じこと。おまえは運が良かっただけだ」
 ただの、二者択一だっただけだ。それだけで。
 妹ではなく、選ばれたのが自分だった。
「遠逆が退魔士として存続するために、おまえは死ぬのだ」
「…………の、のろ、いは……眼を、取り出せば……?」
「おまえの超人的な回復能力は、元は妹のものであったのだよ。おまえ本来の能力は、それに喰われてしまったようだな」
「…………」
 ならば自分は全て妹の能力で今まで生きてきたのだ。
 妹に呪われ、妹に助けられて。
 凍ったように動かない和彦は、ぼんやりと畳を見つめる。
 見つめた。



 汐耶は唖然として和彦を見つめた。
 実は今後のことを、彼に説教する気があった。
 したいことがあるなら、諦めないでと言おうと思っていたのだ。
 とことんまで足掻いてみるのも悪くないと。
 だが。
「東西で……? だから東京に来たの?」
「そうだ」
 理由は確かに存在していて。
「キミは……どうするの?」
「さあな。前の俺なら進んで死んだろう」
「今は?」
「死にたくないが…………生き延びても、後悔に苦しむのは目に見えてる」
 死ぬのも後悔するし、生き延びても後悔する。
 汐耶は言おうと決めていた言葉がするすると抜け落ちていくのを感じていた。
 自分にできることなら、協力すると。キミが決めたことなら手伝うと。
 彼の運命は結局、二つしかないのだ。結局――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女/23/都立図書館司書】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、綾和泉様。ライターのともやいずみです。
 解呪の結果と、「呪いの正体」が語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!