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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜宵闇〜



 遠逆和彦が東京から姿を消した。
 そのことを、赤羽根希はなんとなく知っている。
 和彦は別れすら告げずに去ってしまった。
 それは……なぜなのか、と思ってしまう。
(和彦くん……か)
 どこにでもふいに現れる、妙な少年だ。古風な感じがして、変に現代に染まってなくて。
 希はゲームセンターの前を通りかかり、視線をそちらに向ける。
 そういえば、と思い出した。
(出会った最初の頃、和彦くんは自分が呪われてるとか言ってたっけ……)
 黒い着物姿の幼少の和彦を脳裏に浮かべ、希は顔をしかめる。
 あんな小さな頃から、機械みたいに……ただ、退魔士として生きてきたのだ。
(もっと面白いとこに連れてってあげれば良かったなぁ……)
 もっと……彼が笑った顔が見たかった。
 そう考えて希は真っ赤になって頭を横に振って……それから止まる。
 なぜ否定するんだろう。否定なんて、意味はないのに。
 自分は彼に好意を持っている。それはもう、溢れんばかりに。
(呪いが……解けたらどうするのかな。普通に高校に通うとか?)
 想像すると微笑ましいが、希はすぐに暗くなる。
 普通と呼ばれる平均的な生活を、彼はできるのだろうか?
 ゲームセンターでさえ、その運動神経が仇になってしまったというのに。
 戦士は常に戦っているから戦士なのだ。傭兵の出番が戦場にしかないように。
 それぞれが決められた、生きるべき場所に存在している。和彦はその領域から出てこれるのだろうか。
 退魔士という枠から外れて……?
 ぞっ、としてしまう。
 希は歩みを止めた。近くの店から流れてくる古めかしいBGMすらも大きく響く。
 退魔士でなくなれば、彼は彼でなくなるかもしれない。存在意義を奪う可能性があるのでは?
 そうだ。
 希は喉の奥から悲鳴が出そうになるのを堪えた。
 前々から和彦を見ていて不安になった理由はコレなのだ。
「……なんか、すんごいこと気づいちゃったというか……」
 それは誰もがそうなのかもしれない。ただ普通は……存在する意味がわからないだけで。
「なにが凄いんだ?」
 俯いたままだった希は、声に顔を慌ててあげた。
 目の前に立っている和彦の姿に驚愕する。
「か、和彦くん?」
「どうした。なぜそんなに目を丸くしている?」
「あ、だ、だって……いきなり出てくるから……」
 しどろもどろになる希に彼は苦笑した。
「いきなりじゃない。ちゃんと向こうから歩いてここまで来た」
「そ、そういう問題じゃなくってぇ〜……」
 じっとりと見る希から視線を逸らし、和彦は口を開く。
「ちょっと歩こう」
「へ? うん。そりゃいいけど」
 くるりときびすを返して歩き出す和彦に、希はついて行く。
 三十分以上ただ歩くだけで、和彦は何も言わない。
 とうとう我慢できなくなって、希は尋ねた。
「和彦くん、呪いは解けたのよね?」
「まだ解いてないが、解けるそうだ」
 あっさりと返答されて希は拍子抜けする。
 和彦は横を歩く希をちらりと見下ろして、それから考え込んでしまった。
「あ。また!」
「え?」
「そうやって悩むのやめてってば。あたし、そんなに頼りない?」
「いや……そんなことは」
「なに言われたって、どーんと受け止めるわ! うん、ぜったい!」
 希の言葉に、いつもの彼なら苦笑して頷くだろう。だが。
「絶対なんて、気安く言うな。『絶対』なんてものは、存在しない」
 静かに言う。
 そして、彼はぽつりぽつりと、語り出したのだ。



「和彦よ」
「……はい」
 当主の言葉に、和彦は頷く。
 広い座敷の奥には、当主である老人が座っている。もごもごと口を動かし、聞き取りづらい声で喋るのだ。
「『逆図』は完成させたであろうな?」
「ここに」
 正座している和彦は、空中から巻物を呼び出してそっと畳の上に置いた。
 巻物が一気に老人の手元に引き寄せられる。
「……ふむ。よくやった」
「…………当主、これで呪いは解けるのでしょうか?」
 無表情の彼は、あまり期待せずに当主の言葉を待った。
 遠逆家に戻ってくるまで彼は憑物に狙われ続けていたのだから。
「安心せよ。呪いは解ける」
「……! まことに、ございますか」
 信じられなかった。この一族で育つと、どうも疑り深くなる。そういう風に教えられたのだから当然だろうが。
 和彦はじっと、当主を見つめる。
「なぜ……呪いがかかっておるか、存じておるか?」
「は?」
 目を丸くする和彦は、怪訝そうにした。
 生まれた時からそういう体質だったため、なぜかと問われても答えはわからない。
「誰が、呪いをおまえにかけたと思う?」
「だれ? 人間の呪詛とでも?」
 そんなことはありえない。
 人間の呪詛でこんな永続的なものはよっぽどの恨みの念を使っているか、大掛かりなものだ。
 遠逆の家はあまり好まれていないのはわかっているが、だからといって和彦を狙ってくるのはわからない。根絶やしにする価値があるとは思えない家だからだ。
「そうだ。おまえの呪いは、ひとの手によるものだ」
「……それは、当主ですら跳ね返せぬほどの手だれですか」
「それをすると、おまえも死ぬ」
 和彦は目を見開いた。
 今の言い方は変だ。
 ど、っと冷汗をかく。
「ど、どういう……意味でございましょう?」
 まるで呪いをかけたのが自分自身だとでも言うのだろうか?
 そんなことはない。
 和彦はこれまでの生活の中で、何度もこの体質を呪い続けた。退魔士の仕事中にほかの妖魔すら呼び寄せることで、余計な心配事も増えた。人間が巻き込まれないように神経を何倍も遣ったものだ。
(俺は、自分に呪いなんてかけない)
 生まれたばかりでそんなことができるのは、よっぽどの天才や、人外の者だ。
 巻物を開いた当主は頷く。
「四十四、揃っておるな。東の『逆図』はこれで完成された」
「…………はい。東西合わせて八十八の憑物です」
 和彦は話を逸らされたことに対してやや不満だったが、またも空中から巻物を取り出す。
 当主の手元のは黒。和彦が持つのは赤い巻物だ。
「では、おまえを四十四代目に任ずる」
「………………は?」
 突然のことに、和彦は面食らう。
「え? ど、どういう……?」
「この東西の『逆図』があれば、おまえを殺せるであろう?」
「…………………………」
 しん、と座敷が静まり返った。
 殺す?
 俺を?
 和彦の顎から、汗が落ちる。膝の上の拳の上に。
「お、おっしゃる意味が……わかりません」
「代々、一の位に『四』の数字がつく当主は、一族の為に身を捧げるのだ」
「…………供物ですか」
「これは『契約』なのだ」
 ずき、と彼の左眼が軋んだ。涙のように血が頬を流れ落ちていく。
「け……い、やく……」
「そうだ」
 老人は閉じていた瞼を開く。余分な肉で動くこともままならない当主は、わらった。
「おまえが生まれるのを待ちわびておったよ、和彦」
「…………では、呪いは? 解けるとおっしゃった……。まさかあなたが!?」
「そんなわけはない。
 呪いは解ける。おまえの左眼をくり抜けばな」
 和彦は咄嗟に左手で目を隠す。
 心臓がどうも激しく鳴っている様な気がする。気のせいだと思いたい。
「おまえが妖魔に追われ続けたのは…………その眼のせいだ」
「み、未来永劫の?」
「英霊と言っても違いはない。優秀な魂だ。
 ――――――――――――――――なにせ、おまえの実の妹なのだから」
 頭を、鈍器で殴られたようなショックだった。
 妹? この左眼に宿っているのは妹なのか?
 吐き気がこみあげる和彦は、わなわなと震えた。
「双子だったので、おまえを生かし、妹を殺したのだ。妹はおまえを呪ったのだよ」
「な、なぜ……俺……を……選んで?」
「どうせ当主になった時点で死ぬ。ならば、どちらでも同じこと。おまえは運が良かっただけだ」
 ただの、二者択一だっただけだ。それだけで。
 妹ではなく、選ばれたのが自分だった。
「遠逆が退魔士として存続するために、おまえは死ぬのだ」
「…………の、のろ、いは……眼を、取り出せば……?」
「おまえの超人的な回復能力は、元は妹のものであったのだよ。おまえ本来の能力は、それに喰われてしまったようだな」
「…………」
 ならば自分は全て妹の能力で今まで生きてきたのだ。
 妹に呪われ、妹に助けられて。
 凍ったように動かない和彦は、ぼんやりと畳を見つめる。
 見つめた。



 あまりのことに希はどう反応すべきか脳が働かなかった。
 まず思ったのは、和彦をそういう運命にした『運命』に対して。そして彼の一族に対して。よくわからないが、『契約』ってことに対しても怒りは感じた。
 生まれる前から殺されることがわかっていたこと。
 双子で生まれて、挙句、和彦を生かすために彼の妹をあっさり殺したこと。
 だが激しい憤りの為に言葉にできなかった。
「憑物退治って……じゃあ……」
「無駄と、言いたいのか?」
「だってそうじゃないの!」
 やっと感情が爆発した希を、彼はじっと見ている。
 いやだ。
 希は彼の両腕を掴む。
 暗い……深い井戸のような瞳をしている……!
「死ぬなんて、言わないわよね!?」
 なかば強制的に希は言い放つ。
「まだ楽しいことたくさんあるのよ! 全部教えてない!」
「…………」
 彼は暗い目をしていたが、ふいに視線を逸らす。
「憑物封印は無駄じゃなかった……俺の運命を大きく変えただろう」
「え……?」
「希さんと会ったのは、憑物封印のおかげだ。そして、俺が変わったのも」
 期待してしまう希は、だが残酷な彼の一言に愕然としてしまった。
「結局、何をするにも二択しかないんだろうな。俺が死ぬか、一族が滅ぶか」
「ダメよ!」
「どちらを選んでも後悔するだろう」
 きっと。
 だがその言葉に隠された意味を、希は読み取った。
(迷っている)
 彼は迷っているのだ。
 だから。
(『絶対』とは、言わなかった……『きっと』って言った……)
 自分が変わったのだ、とも言った。確かに以前の彼ならば素直に受け入れて死んだに違いない。
 運命の終着点は、まだだ。
 けれども。
(なんてこと……)
 あまりにも重い事実に、希は足がふらつきそうになった。
 和彦の優しい愚直な性格を考慮すれば、彼の左眼の『理由』だけで痛手だ。
 傾いている。運命の天秤が。
 希はか細い息を吐き出した。なにをどうすればいいのか、今はわからずに――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2734/赤羽根・希(あかばね・のぞみ)/女/21/大学生・仕置き人】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、赤羽根様。ライターのともやいずみです。
 解呪の結果と、「呪いの正体」が語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!