|
Calling 〜宵闇〜
「その眼」
橘穂乃香は、遠逆和彦に向けて言った。
「狂眼……ですよね」
「狂眼? いや、単なる遺伝だ、これは」
「遺伝なんですか?」
「そう。稀に生まれるんだ、うちの一族には」
彼はあっさりとそう言い放つ。
そして苦笑した。
「本の読みすぎじゃないのか? なんか変な想像してたのか、もしかして」
「えっ? いえ、そういうわけでは……」
「まあ普通と違うのはわかるぞ。東洋人では珍しいと思うし、それに、俺の場合はちょっと特殊だし。
単なる一般人にそんなこと言ったら失礼だろ」
だから気をつけろ。
そう言われて穂乃香は照れ笑いをした。
彼は非現実的な生活をしているのに、考えは現実的だ。
たまたまだったのだ。
穂乃香が彼に会ったのは。
学生服姿の遠逆和彦を、駅前で見つけたのである。
「どこへ行かれるんですか?」
「東京駅」
あまりにも不似合いな言葉なので穂乃香は呆然としてしまった。彼ならびゅんと移動しそうなイメージがあったからだ。
「と、東京駅……?」
「実家に帰るんだ。だから新幹線に乗る」
またまた不似合いな言葉が出た。
新幹線???
「か、和彦さんも新幹線を使われるんですね……」
「電車で帰れって言うのか? それはちょっと疲れるな」
真剣に応えられて、穂乃香はかくりと肩を落とす。
「夜行とかでもいいが、新幹線が一番速いんでな」
「わ、わたくし……和彦さんはご実家までテレポーテーションみたいなのをしているのかと思ってました……」
「俺はエスパーじゃないぞ」
呆れた顔で言われてしまう。それはそうだろう。
穂乃香は興味津々という様子で和彦を見上げている。
「あの……では、前におっしゃっていた、憑物とかいうものを封じていたお仕事は?」
「ああ、あれは終わったんだ。だから帰る」
「! では、呪いを解かれるんですのね?」
顔を輝かせる穂乃香を見下ろし、彼はきょとんとしていたが吹き出して笑った。
穂乃香はその態度の意味がわからなくて疑問符を浮かべる。
「まるで自分のことのように喜ぶんだな」
「だ、だって……!」
顔を赤らめる穂乃香はふいに不安になって顔を強張らせた。
帰る。では、帰ったあとは?
仕事で東京に来ることはあるだろうが……それで果たして会うことができるだろうか。
(……会えなくなる……?)
これっきりかもしれない。
穂乃香は迷っていたが髪を括っていた白いリボンを外した。そして和彦に差し出す。
「?」
「あの……! 持っててください……!」
「はあ?」
「ご実家に帰って、呪いを解いて……それから、このリボンを返しに来てください……!」
懸命に言う穂乃香を、彼はぽかんと眺めていた。
もうすでに、穂乃香にとって和彦は大事な人という枠に入ってしまっているのだ。だからこそ、彼がそのまま帰ってこないのが……寂しい。
それに和彦は目の前にいると物凄く現実的な存在ではあるが、一旦離れてしまうとまるで絵空事のような存在になってしまうのだ。
このままいなくなってしまうかもしれないという不安を感じさせる。
脳裏にもういない両親の姿がよぎったが、穂乃香はぐいっと強く拳を前に出す。
無言でリボンを握った拳を見ていた和彦は、受け取るように掌を出してくる。そこに、穂乃香は乗せた。
「か、返しに……来てくださいね……!」
「そんなに不安にならなくても……」
「そのまま別のお仕事に行かれるかもしれませんし」
「ああ、それはあり得るな」
納得した彼は、そして――行ってしまった。
そして今度は、散歩をしていた穂乃香の前に、戻ってきたのである。
「ほら、約束の」
リボンを受け取る穂乃香は、彼を見上げた。
(おかえりなさいって言うのは……へ、変なんでしょうか……)
ここは彼の家でも故郷でもない。
頬を赤くして困る穂乃香だったが、なんとか口を開いた。
「あ、あの……! お元気でしたか?」
「え? あ、ああ……うん」
声に覇気のない和彦は、ぼんやりと頷く。
「お怪我はされてませんか?」
「うん……してない」
「呪いは……解けましたか?」
和彦が一瞬反応を遅らせた。視線を少し伏せてから頷く。
「まだ解いてないが……解けるそうだ」
「本当ですか? それは良かったです」
微笑む穂乃香を眺めて、和彦は苦笑した。
「じゃあ……」
去っていこうとする和彦の背中を見て、穂乃香は慌てて腕にしがみつく。
なんとなく、の行動であった。
驚いて振り向く和彦の視線を受けた穂乃香は慌ててしまう。
「あ、す、すみません……! でも、あの、寂しそうだったもので……なにか、ご実家であったんですか?」
「…………」
「また大変なお仕事でも?」
「いや、そんなんじゃ……」
困ったように言う和彦は…………何か考えているようで視線があちこちに移動する。
「? あの……呪いは解けるんですよね?」
「解けるぞ」
「……なんで嬉しそうじゃないんですか?」
「…………」
彼の表情が……消えた。
「…………隠しても、どうせ気になるんだろうな穂乃香さんは」
「え?」
彼は諦めて息を吐き出し、実家での出来事を話し始める。
*
「和彦よ」
「……はい」
当主の言葉に、和彦は頷く。
広い座敷の奥には、当主である老人が座っている。もごもごと口を動かし、聞き取りづらい声で喋るのだ。
「『逆図』は完成させたであろうな?」
「ここに」
正座している和彦は、空中から巻物を呼び出してそっと畳の上に置いた。
巻物が一気に老人の手元に引き寄せられる。
「……ふむ。よくやった」
「…………当主、これで呪いは解けるのでしょうか?」
無表情の彼は、あまり期待せずに当主の言葉を待った。
遠逆家に戻ってくるまで彼は憑物に狙われ続けていたのだから。
「安心せよ。呪いは解ける」
「……! まことに、ございますか」
信じられなかった。この一族で育つと、どうも疑り深くなる。そういう風に教えられたのだから当然だろうが。
和彦はじっと、当主を見つめる。
「なぜ……呪いがかかっておるか、存じておるか?」
「は?」
目を丸くする和彦は、怪訝そうにした。
生まれた時からそういう体質だったため、なぜかと問われても答えはわからない。
「誰が、呪いをおまえにかけたと思う?」
「だれ? 人間の呪詛とでも?」
そんなことはありえない。
人間の呪詛でこんな永続的なものはよっぽどの恨みの念を使っているか、大掛かりなものだ。
遠逆の家はあまり好まれていないのはわかっているが、だからといって和彦を狙ってくるのはわからない。根絶やしにする価値があるとは思えない家だからだ。
「そうだ。おまえの呪いは、ひとの手によるものだ」
「……それは、当主ですら跳ね返せぬほどの手だれですか」
「それをすると、おまえも死ぬ」
和彦は目を見開いた。
今の言い方は変だ。
ど、っと冷汗をかく。
「ど、どういう……意味でございましょう?」
まるで呪いをかけたのが自分自身だとでも言うのだろうか?
そんなことはない。
和彦はこれまでの生活の中で、何度もこの体質を呪い続けた。退魔士の仕事中にほかの妖魔すら呼び寄せることで、余計な心配事も増えた。人間が巻き込まれないように神経を何倍も遣ったものだ。
(俺は、自分に呪いなんてかけない)
生まれたばかりでそんなことができるのは、よっぽどの天才や、人外の者だ。
巻物を開いた当主は頷く。
「四十四、揃っておるな。東の『逆図』はこれで完成された」
「…………はい。東西合わせて八十八の憑物です」
和彦は話を逸らされたことに対してやや不満だったが、またも空中から巻物を取り出す。
当主の手元のは黒。和彦が持つのは赤い巻物だ。
「では、おまえを四十四代目に任ずる」
「………………は?」
突然のことに、和彦は面食らう。
「え? ど、どういう……?」
「この東西の『逆図』があれば、おまえを殺せるであろう?」
「…………………………」
しん、と座敷が静まり返った。
殺す?
俺を?
和彦の顎から、汗が落ちる。膝の上の拳の上に。
「お、おっしゃる意味が……わかりません」
「代々、一の位に『四』の数字がつく当主は、一族の為に身を捧げるのだ」
「…………供物ですか」
「これは『契約』なのだ」
ずき、と彼の左眼が軋んだ。涙のように血が頬を流れ落ちていく。
「け……い、やく……」
「そうだ」
老人は閉じていた瞼を開く。余分な肉で動くこともままならない当主は、わらった。
「おまえが生まれるのを待ちわびておったよ、和彦」
「…………では、呪いは? 解けるとおっしゃった……。まさかあなたが!?」
「そんなわけはない。
呪いは解ける。おまえの左眼をくり抜けばな」
和彦は咄嗟に左手で目を隠す。
心臓がどうも激しく鳴っている様な気がする。気のせいだと思いたい。
「おまえが妖魔に追われ続けたのは…………その眼のせいだ」
「み、未来永劫の?」
「英霊と言っても違いはない。優秀な魂だ。
――――――――――――――――なにせ、おまえの実の妹なのだから」
頭を、鈍器で殴られたようなショックだった。
妹? この左眼に宿っているのは妹なのか?
吐き気がこみあげる和彦は、わなわなと震えた。
「双子だったので、おまえを生かし、妹を殺したのだ。妹はおまえを呪ったのだよ」
「な、なぜ……俺……を……選んで?」
「どうせ当主になった時点で死ぬ。ならば、どちらでも同じこと。おまえは運が良かっただけだ」
ただの、二者択一だっただけだ。それだけで。
妹ではなく、選ばれたのが自分だった。
「遠逆が退魔士として存続するために、おまえは死ぬのだ」
「…………の、のろ、いは……眼を、取り出せば……?」
「おまえの超人的な回復能力は、元は妹のものであったのだよ。おまえ本来の能力は、それに喰われてしまったようだな」
「…………」
ならば自分は全て妹の能力で今まで生きてきたのだ。
妹に呪われ、妹に助けられて。
凍ったように動かない和彦は、ぼんやりと畳を見つめる。
見つめた。
*
穂乃香は和彦から手を離した。力が抜けて、自然に離れたというほうが正しい。
大切な人はいつも、いつの間にかいなくなってしまう。両親もそうだった。
大切な……人は。
穂乃香は唇をわななかせ、涙を流した。どうすることもできない自分の無力さを、呪って。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
PC
【0405/橘・穂乃香(たちばな・ほのか)/女/10/「常花の館」の主】
NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
ご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
解呪の結果と、「呪いの正体」が語られました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
|
|
|