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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜宵闇〜



 ぱん、と白けた音が響いた。
 撃ち抜かれた異形のモノは一瞬で霧散してしまう。
 終わった。
 そう思って草薙秋水は銃をおさめる。
 低級の妖魔を倒した彼は、だが周囲を見回してから肩を落とす。まるで期待はずれ、と言わんばかりに。
 実際そうだった。
 秋水は人を待っていたのだ。
 鈴の音を響かせて現れる少女は…………今回も姿を見せなかった。

 はあ、と秋水は大きく息を吐いた。
 人込みの中でも、どうしても捜してしまう。
 いるわけはないのに。
 彼は遠逆月乃をさがしている。
 彼女と会えなくなってからどれくらい経ったのだろうか。思い返していくと、それほど経っていないことに驚く。
 居なくなってから秋水は月乃のことを深く想っていたことに気づいたのだ。
(参ったな……いや、俺が月乃に参ってるんだが……)
 歩きながら、そのむず痒さに秋水は我慢するように顔をしかめた。
 いつもただ諦めていた月乃。笑った顔が意外に可愛かったのも憶えている。
 考えてみれば、あの笑顔にやられたのかもしれない。もっと見てみたいと思わせたことが原因だ。
 最初は敵。次は戦友。でも。
(うぅぅぅぅ!)
 ぴくぴくと眉を痙攣させる秋水は、知らずある場所へと向かっていた。
 月乃と初めて出会った場所。あの廃ビルだ。
 あそこに行っても会えるとは思っていない。ただの自己満足かもしれない。
 でも。
 一番会える確率が高いのは、確かにあそこしかなかった。

 こつこつと足音をたててビルの中を歩く秋水。
 数ヶ月前に彼女と出会った時にできた傷が、まだビルの至るところに残っていた。
「物好きですね。こんな場所に一人でなんて」
 背後から聞こえる声。
 懐かしい声だった。ずっとずっと、忘れまいとしてきた声だ。
 今度こそ、彼女に言えるかもしれないと思ってきた言葉を、秋水は放とうとした。
 呪われた業を、壊す手伝いをする…………と。それは同情ではなく、ただ、彼女が好きだから……。
「月乃こそ。仕事はどうしたんだ?」
「仕事で来たわけではありません」
 冷たい声。
 秋水は振り向いた。
 視線の先に、彼女が立っている。
「仕事じゃないのか。じゃあ俺に会いに来たとか?」
 茶化して尋ねると、彼女は目を細めた。
「そうですよ」
「へっ!?」
 驚く秋水だったが、すぐに表情を戻して引き締めた。いつもの、相手をからかう時の月乃とは違っていたからだ。
「なんだか、怖い顔してるな」
「…………」
「……あの、さ。俺、おまえに言いたいことが……」
「呪いは、解けるそうです」
 秋水の言葉を遮って、月乃はそう言い放った。
「今までありがとうございました」
 綺麗に腰を折って頭をさげる。
「お? おい、なんだよ? 別に俺はたいしたことはしてないぞ?」
「…………」
 ゆっくりと頭をあげた月乃は、微笑した。それにぎくりと反応をしたのは秋水だ。
 一番最初の、諦めた表情に近い。
「おまえ、なんか隠してるな?」
「はい」
 月乃はあっさりと認めた。彼女の性格ならば、言いたくないことは「言えません」と拒絶する。
 だがそうは言わなかった。
 だから。
「話せ。俺はそれについて知る権利がある」
「どうしてですか?」
 秋水は権利を主張するために言い放つ。
「俺がおまえを好きだからだ」
 彼女は軽く目を見開いて、それから「わかりました」と小さく頷いたのである。



「月乃よ」
「……はい」
 当主の言葉に、月乃は頷く。
 広い座敷の奥には、当主である老人が座っている。もごもごと口を動かし、聞き取りづらい声で喋るのだ。
「『逆図』は完成させたであろうな?」
「ここに」
 正座している月乃は、空中から巻物を呼び出してそっと畳の上に置いた。
 巻物が一気に老人の手元に引き寄せられる。
「……ふむ。よくやった」
「…………当主、これで呪いは解けるのでしょうか?」
 無表情の彼女は、あまり期待せずに当主の言葉を待った。
 遠逆家に戻ってくるまで彼女は憑物に狙われ続けていたのだから。
「安心せよ。呪いは解ける」
「……! まことに、ございますか」
 信じられなかった。この一族で育つと、どうも疑り深くなる。そういう風に教えられたのだから当然だろうが。
 月乃はじっと、当主を見つめる。
「なぜ……呪いがかかっておるか、存じておるか?」
「は?」
 目を丸くする月乃は、怪訝そうにした。
 生まれた時からそういう体質だったため、なぜかと問われても答えはわからない。
「誰が、呪いをおまえにかけたと思う?」
「だれ? 人間の呪詛とでも?」
 そんなことはありえない。
 人間の呪詛でこんな永続的なものはよっぽどの恨みの念を使っているか、大掛かりなものだ。
 遠逆の家はあまり好まれていないのはわかっているが、だからといって月乃を狙ってくるのはわからない。根絶やしにする価値があるとは思えない家だからだ。
「そうだ。おまえの呪いは、ひとの手によるものだ」
「……それは、当主ですら跳ね返せぬほどの手だれですか」
「それをすると、おまえも死ぬ」
 月乃は目を見開いた。
 今の言い方は変だ。
 ど、っと冷汗をかく。
「ど、どういう……意味でございましょう?」
 まるで呪いをかけたのが自分自身だとでも言うのだろうか?
 そんなことはない。
 月乃はこれまでの生活の中で、何度もこの体質を呪い続けた。退魔士の仕事中にほかの妖魔すら呼び寄せることで、余計な心配事も増えた。人間が巻き込まれないように神経を何倍も遣ったものだ。
(私は、自分に呪いなんてかけない)
 生まれたばかりでそんなことができるのは、よっぽどの天才や、人外の者だ。
 巻物を開いた当主は頷く。
「四十四、揃っておるな。東の『逆図』はこれで完成された」
「…………はい。東西合わせて八十八の憑物です」
 月乃は話を逸らされたことに対してやや不満だったが、またも空中から巻物を取り出す。
 当主の手元のは黒。月乃が持つのは赤い巻物だ。
「では、おまえを四十四代目に任ずる」
「………………は?」
 突然のことに、月乃は面食らう。
「え? ど、どういう……?」
「この東西の『逆図』があれば、おまえを殺せるであろう?」
「…………………………」
 しん、と座敷が静まり返った。
 殺す?
 私を?
 月乃の顎から、汗が落ちる。膝の上の拳の上に。
「お、おっしゃる意味が……わかりません」
「代々、一の位に『四』の数字がつく当主は、一族の為に身を捧げるのだ」
「…………供物ですか」
「これは『契約』なのだ」
 ずき、と彼女の右眼が軋んだ。涙のように血が頬を流れ落ちていく。
「け……い、やく……」
「そうだ」
 老人は閉じていた瞼を開く。余分な肉で動くこともままならない当主は、わらった。
「おまえが生まれるのを待ちわびておったよ、月乃」
「…………では、呪いは? 解けるとおっしゃった……。まさかあなたが!?」
「そんなわけはない。
 呪いは解ける。おまえの右眼をくり抜けばな」
 月乃は咄嗟に右手で目を隠す。
 心臓がどうも激しく鳴っている様な気がする。気のせいだと思いたい。
「おまえが妖魔に追われ続けたのは…………その眼のせいだ」
「か、過去脆弱の?」
「英霊と言っても違いはない。優秀な魂だ。
 ――――――――――――――――なにせ、おまえの実の兄なのだから」
 頭を、鈍器で殴られたようなショックだった。
 兄? この右眼に宿っているのは兄なのか?
 吐き気がこみあげる月乃は、わなわなと震えた。
「双子だったので、おまえを生かし、兄を殺したのだ。兄はおまえを呪ったのだよ」
「な、なぜ……私……を……選んで?」
「どうせ当主になった時点で死ぬ。ならば、どちらでも同じこと。おまえは運が良かっただけだ」
 ただの、二者択一だっただけだ。それだけで。
 兄ではなく、選ばれたのが自分だった。
「遠逆が退魔士として存続するために、おまえは死ぬのだ」
「…………の、のろ、いは……眼を、取り出せば……?」
「おまえの視認攻撃は、元は兄のものであったのだよ。おまえ本来の能力は、それに喰われてしまったようだな」
「…………」
 ならば自分は全て兄の能力で今まで生きてきたのだ。
 兄に呪われ、兄に助けられて。
 凍ったように動かない月乃は、ぼんやりと畳を見つめる。
 見つめた。



「なん……だと? じゃあ憑物封印は、おまえを殺す手段を用意していただけなのか……?」
 秋水の言葉を彼女は否定しなかった。
「なんでわざわざ……?」
「私が本気で抵抗すると困るからでしょう……おそらくですが」
 はっきりとした理由はわからない。とにかく月乃を殺すために憑物封印は行われていたのだ。
 おかしいだろ、と秋水は視線を落とす。
 おかしい。そんなの間違ってる。
 生贄とか、契約とか、そんなのはどうでもいい。ただわかるのは、『間違っている』ということだけだ。
「間違ってる……」
「正しいとか、間違っているとか、そういう事はもはや無意味です」
「おかしいと思わないのか、月乃!」
「私が犠牲になることがですか?」
「そうだ!」
 怒鳴り声に近い秋水の言葉に、月乃は嘆息する。
「言ったはずです。正しいとか、間違っているとか、そういう事はもうどうでもいいことなんですよ。
 間違っていたとしても、何も変わらない。
 私が生き延びるか、一族が生き延びるかのどちらかでは?」
 彼女の言う通りだ。
 間違っているからと言って、それがどうしたというのだ。間違っていたところでどちらかしか選べないのに。
 自分たちが間違っていました。月乃はどうぞ生き延びてくれ。
 なんて……ことにはならない。間違いなどどうでもいい。あるのは事実だけなのだ。
 彼女はふいに表情を崩した。
「まったく……変わらないですね、そういう正義感に溢れたところ」
 苦笑する月乃を前に、秋水は照れながら「ほっとけ」と悪態をつく。
「私は後悔なんてしてないんですよ。自分を殺すためであっても、憑物封印をしたことは」
「は?」
「だって……憑物封印の為に上京して、しばらく過ごして…………あなたに出会いましたし」
 微笑む月乃を見て、秋水はたまらなくなる。
「バっ……! 俺だって後悔なんてしてねーよ!
 だから……なあ、死ぬなんて言うなよ、絶対に!」
「私だって死にたくありませんよ」
 苦笑する月乃に、秋水は唖然とした。なんだ。彼女は諦めていないのか?
 だが。
「でも……選択は二つ……。私が生き延びることは、私を一生後悔で苦しめることになるでしょうね」
 残酷な一言を、彼女は呟いたのだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、草薙様。ライターのともやいずみです。
 解呪の結果と、「呪いの正体」が語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!