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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜宵闇〜



 いない。
 また、だ。
 鷹邑琥珀はそう思って俯く。
 教壇では講義を行っている男が懸命になにか喋っていた。それが雑音にしか聞こえない。
 遠逆和彦が東京から姿を消した。なにも言わずに。
 ものすごく……琥珀は嫌な気分になる。
 必ず戻ってくると、必ずまた会えると信じている反面……アイツと同じだと苦い気持ちにもなるのだ。
(和彦はアイツとは違う……)
 だが。
 シャーペンを持つ手が震えた。
 その右手を、左手で押さえつける。
 大丈夫だ。
(和彦は絶対に……また、)
 来るとも。

 二時間目の講義で今日の授業は終わり、琥珀は帰途につく。
 同じように二時間で終わった生徒たちも琥珀と同じように帰っていた。その波に混ざって歩く琥珀は、ふと気づいた。
 校門を出てすぐの場所で、誰かが立っている。こっちをじっと見て。
「! 和彦……!」
 琥珀は歩く足を速めて彼に近寄った。
「久しぶりだな、和彦。この辺に用事でもあったのか?」
 その琥珀の言葉に、彼は少し逡巡してから頷く。
「? そうなのか。また仕事か?」
 和彦は首を横に振った。
 なにか様子がおかしい。
 不思議そうにする琥珀をじっと見つめて、和彦は小さく笑った。
「元気そうだな」
「は? ま、まあそりゃ……元気だぞ?」
「それはいいことだ。健康なのが一番だからな」
「……なんだよ。気持ち悪いな。なんかあったのか?」
「いや」
 すぐに否定する彼はにっこり微笑む。思わず琥珀がのけぞった。
「な、なんだよいきなり! 満面笑顔って、怖いだろ!」
「そうかな」
「そうだよ! おまえいっつもムッとしたような無表情が多かったじゃないか」
「あれが地なんだ」
 ムスっとする和彦に、琥珀は笑顔になる。
「そうそう! そうでなくちゃな!」
 そう言われて和彦は驚き、苦笑した。
 二人は一緒に歩き出す。
(な、なーんか気持ち悪いなぁ)
 むず痒さを感じる琥珀は横を歩く和彦を横目で見遣った。和彦の左側を歩いているのでその薄紅色の瞳がはっきりと見える。
(呪い……解けたのかな)
 訊くべきだろうかと悩んでいると、彼の左目だけがこちらを見ているのに気づいてハッとした。
「どうした?」
「えっ! あ、いや。なんでもないって」
「嘘つけ。訊きたいことがありますって顔してるぞ」
 呆れたように目を細めた和彦は前を向く。どこか遠くを見ている瞳だ。
「呪いについてだろ」
「……おまえが言いたくないなら、俺は別に」
「それでずっと訊かずに、ずっとそのままか。俺が言わなきゃ、ずっと悶々とするくせに」
「言いたくないことを訊くのは失礼じゃないか!」
「それでも、訊くべき時は訊け。言いたくないなら、相手は口を開かない」
 そう言われて、それもそうかと琥珀は納得した。
 和彦は歩きながら続ける。
「呪いが解けたか知りたいんだろ」
「まあな」
「……実は、それを告げるために来た」
「えっ! なんだよ水臭いなあ。ならさっさと言えってば」
「呪いは解ける」
 琥珀は大きく目を見開いた。
「なんだ……! やったじゃないか! 目的達成したってことか!」
 早く言ってくれればいいのに。
 安堵と喜びでいっぱいの琥珀を見て、和彦は苦笑する。
「そんなに喜んでくれるとは思わなかった」
「喜ぶに決まってるさ! だっておまえは俺の大事な友達なんだからな!」
「……そうか。じゃあ、これも話しておくよ」
「なんだ? 解くのになんか手続きとかいるのか?」
「実は……迷っていた」



「和彦よ」
「……はい」
 当主の言葉に、和彦は頷く。
 広い座敷の奥には、当主である老人が座っている。もごもごと口を動かし、聞き取りづらい声で喋るのだ。
「『逆図』は完成させたであろうな?」
「ここに」
 正座している和彦は、空中から巻物を呼び出してそっと畳の上に置いた。
 巻物が一気に老人の手元に引き寄せられる。
「……ふむ。よくやった」
「…………当主、これで呪いは解けるのでしょうか?」
 無表情の彼は、あまり期待せずに当主の言葉を待った。
 遠逆家に戻ってくるまで彼は憑物に狙われ続けていたのだから。
「安心せよ。呪いは解ける」
「……! まことに、ございますか」
 信じられなかった。この一族で育つと、どうも疑り深くなる。そういう風に教えられたのだから当然だろうが。
 和彦はじっと、当主を見つめる。
「なぜ……呪いがかかっておるか、存じておるか?」
「は?」
 目を丸くする和彦は、怪訝そうにした。
 生まれた時からそういう体質だったため、なぜかと問われても答えはわからない。
「誰が、呪いをおまえにかけたと思う?」
「だれ? 人間の呪詛とでも?」
 そんなことはありえない。
 人間の呪詛でこんな永続的なものはよっぽどの恨みの念を使っているか、大掛かりなものだ。
 遠逆の家はあまり好まれていないのはわかっているが、だからといって和彦を狙ってくるのはわからない。根絶やしにする価値があるとは思えない家だからだ。
「そうだ。おまえの呪いは、ひとの手によるものだ」
「……それは、当主ですら跳ね返せぬほどの手だれですか」
「それをすると、おまえも死ぬ」
 和彦は目を見開いた。
 今の言い方は変だ。
 ど、っと冷汗をかく。
「ど、どういう……意味でございましょう?」
 まるで呪いをかけたのが自分自身だとでも言うのだろうか?
 そんなことはない。
 和彦はこれまでの生活の中で、何度もこの体質を呪い続けた。退魔士の仕事中にほかの妖魔すら呼び寄せることで、余計な心配事も増えた。人間が巻き込まれないように神経を何倍も遣ったものだ。
(俺は、自分に呪いなんてかけない)
 生まれたばかりでそんなことができるのは、よっぽどの天才や、人外の者だ。
 巻物を開いた当主は頷く。
「四十四、揃っておるな。東の『逆図』はこれで完成された」
「…………はい。東西合わせて八十八の憑物です」
 和彦は話を逸らされたことに対してやや不満だったが、またも空中から巻物を取り出す。
 当主の手元のは黒。和彦が持つのは赤い巻物だ。
「では、おまえを四十四代目に任ずる」
「………………は?」
 突然のことに、和彦は面食らう。
「え? ど、どういう……?」
「この東西の『逆図』があれば、おまえを殺せるであろう?」
「…………………………」
 しん、と座敷が静まり返った。
 殺す?
 俺を?
 和彦の顎から、汗が落ちる。膝の上の拳の上に。
「お、おっしゃる意味が……わかりません」
「代々、一の位に『四』の数字がつく当主は、一族の為に身を捧げるのだ」
「…………供物ですか」
「これは『契約』なのだ」
 ずき、と彼の左眼が軋んだ。涙のように血が頬を流れ落ちていく。
「け……い、やく……」
「そうだ」
 老人は閉じていた瞼を開く。余分な肉で動くこともままならない当主は、わらった。
「おまえが生まれるのを待ちわびておったよ、和彦」
「…………では、呪いは? 解けるとおっしゃった……。まさかあなたが!?」
「そんなわけはない。
 呪いは解ける。おまえの左眼をくり抜けばな」
 和彦は咄嗟に左手で目を隠す。
 心臓がどうも激しく鳴っている様な気がする。気のせいだと思いたい。
「おまえが妖魔に追われ続けたのは…………その眼のせいだ」
「み、未来永劫の?」
「英霊と言っても違いはない。優秀な魂だ。
 ――――――――――――――――なにせ、おまえの実の妹なのだから」
 頭を、鈍器で殴られたようなショックだった。
 妹? この左眼に宿っているのは妹なのか?
 吐き気がこみあげる和彦は、わなわなと震えた。
「双子だったので、おまえを生かし、妹を殺したのだ。妹はおまえを呪ったのだよ」
「な、なぜ……俺……を……選んで?」
「どうせ当主になった時点で死ぬ。ならば、どちらでも同じこと。おまえは運が良かっただけだ」
 ただの、二者択一だっただけだ。それだけで。
 妹ではなく、選ばれたのが自分だった。
「遠逆が退魔士として存続するために、おまえは死ぬのだ」
「…………の、のろ、いは……眼を、取り出せば……?」
「おまえの超人的な回復能力は、元は妹のものであったのだよ。おまえ本来の能力は、それに喰われてしまったようだな」
「…………」
 ならば自分は全て妹の能力で今まで生きてきたのだ。
 妹に呪われ、妹に助けられて。
 凍ったように動かない和彦は、ぼんやりと畳を見つめる。
 見つめた。



 琥珀は歩みを止め、和彦を凝視した。琥珀にならうように彼も足を止めている。
「おまえの目をくり抜けば呪いが解けるだと?」
「そういうことだな」
「目を取り出せば、おまえは反動で死ぬんじゃないのか?」
「そうだろうな」
 和彦はやっと琥珀を見た。
 なんの感情も浮かばない瞳。
「挙句に、おまえに死ねだって?」
「ああ」
「ああじゃないだろ!」
「じゃあどうしろっていうんだよ!」
 突然和彦が怒りを出して叫んだ。
「簡単に出る答えなら、こうして俺も迷ってない!
 前の俺なら、そう、前の俺ならいとも簡単に出た答えをだ!」
「出せばいい! 自分のしたいようにすればいいだろ!」
 琥珀の必死な言葉に、彼は侮蔑したような表情を浮かべて態度を落ち着かせた。
「それは我侭だ。自分勝手だ。そうは思わないか?」
「なんでだよ」
「では訊こう。俺は生まれた時にすでに犠牲を出した。実の妹だ。その妹の命をほぼ一方的に奪ったのだから呪われても仕方ないだろうな。
 では次だ。俺が死なないことで出る多大な犠牲を、あんたはどう思う?」
「だ、だっておまえが死ぬことないだろ……」
「そうだな。あんたは少なくとも俺が死ぬのを望んでいない。だがな、俺が死なないからといって、何かいいことがあるか?」
「俺には」
 そう言いかけて琥珀は押し黙った。それこそ、自分勝手な我侭にほかならない。
「それにな、俺が生き続けていたとして……犠牲になった一族のことを思い出さない日はこないだろう」
「…………」
 それは恐ろしく長い、辛い夜を過ごすことになるだろう。
 生きろと、死ぬなと言うのは……言うのだけは簡単だ。だがその先に待っている苦難の道を考えると琥珀は汗が吹き出してくるのを堪えるので精一杯だった。
 自分のせいで。
 それが一生ついて回る生活。忘れることなど、できるものか。
 この決断は、ここで終わらない。ずっと先を、遠い未来をも巻き込んだ――――分岐点なのだから。
 毎晩うなされる恐怖を考えるといっそ死んだほうがマシと、将来の彼が思ったとしたら?
 無理に生かすことの残酷さを、琥珀は感じた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4787/鷹邑・琥珀(たかむら・こはく)/男/21/大学生・退魔師】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、鷹邑様。ライターのともやいずみです。
 解呪の結果と、「呪いの正体」が語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!