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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜宵闇〜



 初瀬日和は大きな帽子のつばを少しだけ押し上げ、青い空をじっと見つめた。
 いつもと同じ日常。いつもと同じ……。
 けれども。
(こうして歩いていても、あの人にはもう会えない……)
 遠逆和彦と会わなくなってどれくらいだろう。彼がこの東京から姿を消したのは、なんとなくわかっているのだが。
 だってあの鈴の音がしない。
 彼は帰ったのだ。それは、彼の目的が達成されたということになる。
 なにも言わずに去った彼。
 この空の下で、もう別の仕事をしているのだろうか?
 ……自分の存在は、彼の中でそれほど小さなものだったのだろうか?
 日和は俯いて歩き出す。
 せっかくの休日なのに、心は晴れない。
(笑って、送り出したかったのに……)
 大丈夫です。きっと呪いは解けますよ、と。
 思い出す日和は小さく吹き出した。
 そういえば、彼に出会ってから、なんというか……。
(変な顔ばっかり見せてた気がします)
 いつもいつも足手まといだった自分。
(元気ですか……?)
 和彦さん。
(はあ……こうしてウロウロしていると偶然会えるっていうパターンは、もうないんですね)
 振り返ると、ふいに立っていたりするその唐突ささえ――。
「…………」
 振り向いた日和は、目を見開いた。
「やあ」
 立っている。彼が。
「か、和彦……さん?」
「元気そうだな、日和さん」
 薄く笑う和彦を確認して、日和は潤んできそうになるのを堪えた。
「げ、元気ですよ、私は」
「そうか。それは良かった」
 穏やかに微笑む和彦は、どこか元気がないように見える。
 もしかして、呪いが解けていないのだろうか? あんなに頑張って集めたのに?
「……か、和彦さん……呪いは、解けましたよね?」
「呪い?」
 さも忘れていたように彼は少し目を見開き、それから頷く。
「ああ。呪いは解けるそうだ」
「ほっ、本当ですか!」
「嘘は言わない」
「わ、わかってますよ。和彦さんの性格くらい」
 彼は日和との距離を詰めようとはしない。
 いまだに彼との間は5メートルくらいある。どうして彼は近寄ってこないのだろう?
「あの……? どうして?」
「え?」
「もう狙われることがないから、私に近寄っても大丈夫なんですよね?」
 もじもじしながら言うと、彼は表情を曇らせた。
「あ……いや、実はまだ解いてないんだ」
「え!? ど、どうしてですか?」
「…………」
「解けるんですよね?」
「解ける」
 きっぱりと和彦は言い放つ。だが、次の瞬間哀しそうに微笑したのだ。
 それを見た途端、日和はわけもわからず走り出して彼の腕を掴んでいた。
 驚く和彦。
「どうしてそんな顔をするんですか?」
「…………」
「呪いが解けるのなら、もっと……もっと……」
 離すまいとする日和を見下ろしてから、彼は嘆息する。
「呪いは解ける。嘘じゃない」
「ではどうして……!」
「ほかに問題があるんだ」



「和彦よ」
「……はい」
 当主の言葉に、和彦は頷く。
 広い座敷の奥には、当主である老人が座っている。もごもごと口を動かし、聞き取りづらい声で喋るのだ。
「『逆図』は完成させたであろうな?」
「ここに」
 正座している和彦は、空中から巻物を呼び出してそっと畳の上に置いた。
 巻物が一気に老人の手元に引き寄せられる。
「……ふむ。よくやった」
「…………当主、これで呪いは解けるのでしょうか?」
 無表情の彼は、あまり期待せずに当主の言葉を待った。
 遠逆家に戻ってくるまで彼は憑物に狙われ続けていたのだから。
「安心せよ。呪いは解ける」
「……! まことに、ございますか」
 信じられなかった。この一族で育つと、どうも疑り深くなる。そういう風に教えられたのだから当然だろうが。
 和彦はじっと、当主を見つめる。
「なぜ……呪いがかかっておるか、存じておるか?」
「は?」
 目を丸くする和彦は、怪訝そうにした。
 生まれた時からそういう体質だったため、なぜかと問われても答えはわからない。
「誰が、呪いをおまえにかけたと思う?」
「だれ? 人間の呪詛とでも?」
 そんなことはありえない。
 人間の呪詛でこんな永続的なものはよっぽどの恨みの念を使っているか、大掛かりなものだ。
 遠逆の家はあまり好まれていないのはわかっているが、だからといって和彦を狙ってくるのはわからない。根絶やしにする価値があるとは思えない家だからだ。
「そうだ。おまえの呪いは、ひとの手によるものだ」
「……それは、当主ですら跳ね返せぬほどの手だれですか」
「それをすると、おまえも死ぬ」
 和彦は目を見開いた。
 今の言い方は変だ。
 ど、っと冷汗をかく。
「ど、どういう……意味でございましょう?」
 まるで呪いをかけたのが自分自身だとでも言うのだろうか?
 そんなことはない。
 和彦はこれまでの生活の中で、何度もこの体質を呪い続けた。退魔士の仕事中にほかの妖魔すら呼び寄せることで、余計な心配事も増えた。人間が巻き込まれないように神経を何倍も遣ったものだ。
(俺は、自分に呪いなんてかけない)
 生まれたばかりでそんなことができるのは、よっぽどの天才や、人外の者だ。
 巻物を開いた当主は頷く。
「四十四、揃っておるな。東の『逆図』はこれで完成された」
「…………はい。東西合わせて八十八の憑物です」
 和彦は話を逸らされたことに対してやや不満だったが、またも空中から巻物を取り出す。
 当主の手元のは黒。和彦が持つのは赤い巻物だ。
「では、おまえを四十四代目に任ずる」
「………………は?」
 突然のことに、和彦は面食らう。
「え? ど、どういう……?」
「この東西の『逆図』があれば、おまえを殺せるであろう?」
「…………………………」
 しん、と座敷が静まり返った。
 殺す?
 俺を?
 和彦の顎から、汗が落ちる。膝の上の拳の上に。
「お、おっしゃる意味が……わかりません」
「代々、一の位に『四』の数字がつく当主は、一族の為に身を捧げるのだ」
「…………供物ですか」
「これは『契約』なのだ」
 ずき、と彼の左眼が軋んだ。涙のように血が頬を流れ落ちていく。
「け……い、やく……」
「そうだ」
 老人は閉じていた瞼を開く。余分な肉で動くこともままならない当主は、わらった。
「おまえが生まれるのを待ちわびておったよ、和彦」
「…………では、呪いは? 解けるとおっしゃった……。まさかあなたが!?」
「そんなわけはない。
 呪いは解ける。おまえの左眼をくり抜けばな」
 和彦は咄嗟に左手で目を隠す。
 心臓がどうも激しく鳴っている様な気がする。気のせいだと思いたい。
「おまえが妖魔に追われ続けたのは…………その眼のせいだ」
「み、未来永劫の?」
「英霊と言っても違いはない。優秀な魂だ。
 ――――――――――――――――なにせ、おまえの実の妹なのだから」
 頭を、鈍器で殴られたようなショックだった。
 妹? この左眼に宿っているのは妹なのか?
 吐き気がこみあげる和彦は、わなわなと震えた。
「双子だったので、おまえを生かし、妹を殺したのだ。妹はおまえを呪ったのだよ」
「な、なぜ……俺……を……選んで?」
「どうせ当主になった時点で死ぬ。ならば、どちらでも同じこと。おまえは運が良かっただけだ」
 ただの、二者択一だっただけだ。それだけで。
 妹ではなく、選ばれたのが自分だった。
「遠逆が退魔士として存続するために、おまえは死ぬのだ」
「…………の、のろ、いは……眼を、取り出せば……?」
「おまえの超人的な回復能力は、元は妹のものであったのだよ。おまえ本来の能力は、それに喰われてしまったようだな」
「…………」
 ならば自分は全て妹の能力で今まで生きてきたのだ。
 妹に呪われ、妹に助けられて。
 凍ったように動かない和彦は、ぼんやりと畳を見つめる。
 見つめた。



 日和は愕然とした瞳で和彦を見上げている。
 まるで時が止まったかのようだ。
(え……?)
 あまりのことに、思考がついていかなかった。
 ゆっくりと理解するために脳が動く。
 彼の憑物封印は、実は彼自身を殺すためだった。
 彼の呪いの正体は、実の妹によるものだった。
(な……)
 なんだそれは。
 なんだ……それは。
「う、そ……でしょう?」
 うかがうように、かすれた声で問う。
 だが彼は無情にも瞼を閉じただけで、返答はしない。
「な……なんのための憑物封印だったんですか……? 呪いが解ける方法ではなかったのに……!」
「俺を殺す準備が整わないことには、呪いを解く方法は教えるつもりはなかったんだろうな」
「交換条件ということですか!? ひどいです!」
「酷くはない。俺が当主の立場なら、こうする。
 殺すのが難しい俺が相手なら、用意だけは万全にしておかなければな」
「どうして……! どうして今までそれを和彦さんに言わなかったんですか……!」
「……死ぬのが目標の退魔士など、弱くて使いものにならない」
 死ぬのがわかっているなら、なにも懸命に戦わなくてもいい。
 確かにそうだ。
 目の前の和彦は、退魔士としては申し分ない。それは「教えられていなかった」からだ。
 待っていたのだ。彼が強い退魔士になるのを。
 強い風が吹き、日和の帽子が舞い上がる。そしてそのまま落ちた。
 ――撃ち落とされた鳥のように。
 ゆっくりと日和はなにを言うべきかと逡巡し、結局言葉にならずに視線を伏せる。
 彼の役目は終わったのだ。
 十分に成長した。人間はある程度成長すると、今度は下降する一方だ。衰えていく一方なのだ。
 だからそう。
 強く、若く、生命力に溢れた今こそ。
「待って」
 自分の声ではないように思えたほど……その声は枯れていた。
「待ってください。それでは、和彦さんは……死ぬつもりなんですか?」
 自分で言ってから、それがどれほど恐ろしいことかはっきりと自覚する。
 和彦はずっと黙っていたが、やがてゆっくりと呟いた。
「俺は、後悔してない」
 後悔なんて。
「してない。憑物封印が無駄だったなんて、思ってない。それがなければ、日和さんには会えなかった」
「…………」
 嬉しいことを言われているはずだった。だが、日和は全然嬉しくない。
 まるで別れの言葉だ。
「……死にたいなんて、思ってないよ。日和さん」
 日和は驚いて彼を凝視した。
「死ぬのが……怖いんだ」
 これは彼の気持ちだ。だが、もう……。
 一族を引き換えにして彼は自分の命を選択するような性格ではない。
 ああ、どうして!
 日和は和彦の手を強く握りしめた。
 瞳から涙が落ちる。彼の代わりに、流したものだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
 解呪の結果と、「呪いの正体」が語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!