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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜宵闇〜



 黒崎狼は、居候をしている骨董品屋で店番をしていた。
 店の前を掃除しながら、行き交う人々をちらちらと見る。
 こうしていれば、ひょっこり彼女が現れると……ささやかな期待をしていた。
 遠逆月乃。憑物退治を完成させた彼女は、今は実家に戻っている。
 さすがに実家に行くとは言い出せなかったが、内心は一緒に行きたくてたまらなかった。
 また、言いそうだ。
「大丈夫ですよ」
 と。
 なにが大丈夫なんだ。どこが大丈夫なんだ。
 狼は竹箒を投げつけたい気持ちになるが、ぐっと堪える。
 大人しく掃除をしていると、ふいに思い出して狼は苦笑する。
 そういえば、前に掃除していた時に月乃が来たことがあった。傘を返しに来る律儀さを思い出してしまう。
 あんな可愛い顔して結構意地悪で、皮肉も言う。そんなところも、狼は実は気に入っていた。
 きれいにまとまっている人間じゃない。なんでもできる女じゃない。
 弱音を吐くことはないが、なにが大切かはわかっている人間だ。
「考えてみれば……俺って、助けられてばかりだったな……」
 余計なことをしそうになると罵られ、邪魔ですと怒られ……。
 手を止めて、竹箒にすがった。
「……いっつも気張ってて……バカだよ、月乃は」
 空を見上げる。青く、綺麗だ。
「…………」
 無言でそれを眺めていた狼は、やがて嘆息して竹箒を片付けに店の奥に戻っていった。
 ただ待つことしかできないなんて、歯がゆいにもほどがある。
 いっそ。
 翼を広げて彼女を迎えに行けたら。
 そんなことは空想だ。狼は月乃の実家がどこにあるのか知らないのだから。
 狼は振り向いて、店の入口を見遣る。切ない。
「こんにちは」
 と、彼女が覗き込んできそうで……そんなことばかり考えて……。
 顔を伏せて、狼は肩をすくめた。
「めそめそするなんて、俺らしくねぇな。はは」
「めそめそしてたんですか?」
 声に、狼は顔をあげる。
 何日ぶりだろう? 彼女が入口に立っている。
 言葉が出ない狼に、彼女は穏やかに微笑みかけた。
「泣いてはいけませんよ、仮にも男の子なんですから」
「ばっ……! な、泣くわけないだろ! それに仮にってなんだよ。俺は男だぞ!」
 いつものように会話をする。
 安心した狼は、箒を壁に立てかけて慌てて月乃に駆け寄った。
「久しぶりだな! その、呪いは?」
「解けるそうですよ」
「! やったじゃないか!」
 諸手をあげて喜ぶ狼は、動きを止める。
 月乃は笑っていない。全然嬉しそうじゃない。
「月乃?」
「はい?」
「どうしたんだよ。呪いは解けるんだろ?」
「ええ。解けますよ」
 にっこり微笑する月乃。
 狼は彼女の肩を掴んだ。
「嘘をつくなよ! じゃあなんで嬉しそうじゃないんだ!」
「前にも言いましたが、呪いが解けようと解けまいと、今と変わりませんよ」
「それは解けなかった時に自分を納得させる理由だろっ!」
 狼に怒鳴られて、月乃は軽く目を見開く。
「ずっと一人で頑張ってきたじゃないか! 呪いが解けるんなら、もっと嬉しそうにしろよ!」
 強く揺さぶられ、顔を強張らせていた月乃は……ゆっくりと、呆然とした瞳のまま告げた。
「実家に、戻ったんです」
「ああ」
「言われました」
「なにを?」



「月乃よ」
「……はい」
 当主の言葉に、月乃は頷く。
 広い座敷の奥には、当主である老人が座っている。もごもごと口を動かし、聞き取りづらい声で喋るのだ。
「『逆図』は完成させたであろうな?」
「ここに」
 正座している月乃は、空中から巻物を呼び出してそっと畳の上に置いた。
 巻物が一気に老人の手元に引き寄せられる。
「……ふむ。よくやった」
「…………当主、これで呪いは解けるのでしょうか?」
 無表情の彼女は、あまり期待せずに当主の言葉を待った。
 遠逆家に戻ってくるまで彼女は憑物に狙われ続けていたのだから。
「安心せよ。呪いは解ける」
「……! まことに、ございますか」
 信じられなかった。この一族で育つと、どうも疑り深くなる。そういう風に教えられたのだから当然だろうが。
 月乃はじっと、当主を見つめる。
「なぜ……呪いがかかっておるか、存じておるか?」
「は?」
 目を丸くする月乃は、怪訝そうにした。
 生まれた時からそういう体質だったため、なぜかと問われても答えはわからない。
「誰が、呪いをおまえにかけたと思う?」
「だれ? 人間の呪詛とでも?」
 そんなことはありえない。
 人間の呪詛でこんな永続的なものはよっぽどの恨みの念を使っているか、大掛かりなものだ。
 遠逆の家はあまり好まれていないのはわかっているが、だからといって月乃を狙ってくるのはわからない。根絶やしにする価値があるとは思えない家だからだ。
「そうだ。おまえの呪いは、ひとの手によるものだ」
「……それは、当主ですら跳ね返せぬほどの手だれですか」
「それをすると、おまえも死ぬ」
 月乃は目を見開いた。
 今の言い方は変だ。
 ど、っと冷汗をかく。
「ど、どういう……意味でございましょう?」
 まるで呪いをかけたのが自分自身だとでも言うのだろうか?
 そんなことはない。
 月乃はこれまでの生活の中で、何度もこの体質を呪い続けた。退魔士の仕事中にほかの妖魔すら呼び寄せることで、余計な心配事も増えた。人間が巻き込まれないように神経を何倍も遣ったものだ。
(私は、自分に呪いなんてかけない)
 生まれたばかりでそんなことができるのは、よっぽどの天才や、人外の者だ。
 巻物を開いた当主は頷く。
「四十四、揃っておるな。東の『逆図』はこれで完成された」
「…………はい。東西合わせて八十八の憑物です」
 月乃は話を逸らされたことに対してやや不満だったが、またも空中から巻物を取り出す。
 当主の手元のは黒。月乃が持つのは赤い巻物だ。
「では、おまえを四十四代目に任ずる」
「………………は?」
 突然のことに、月乃は面食らう。
「え? ど、どういう……?」
「この東西の『逆図』があれば、おまえを殺せるであろう?」
「…………………………」
 しん、と座敷が静まり返った。
 殺す?
 私を?
 月乃の顎から、汗が落ちる。膝の上の拳の上に。
「お、おっしゃる意味が……わかりません」
「代々、一の位に『四』の数字がつく当主は、一族の為に身を捧げるのだ」
「…………供物ですか」
「これは『契約』なのだ」
 ずき、と彼女の右眼が軋んだ。涙のように血が頬を流れ落ちていく。
「け……い、やく……」
「そうだ」
 老人は閉じていた瞼を開く。余分な肉で動くこともままならない当主は、わらった。
「おまえが生まれるのを待ちわびておったよ、月乃」
「…………では、呪いは? 解けるとおっしゃった……。まさかあなたが!?」
「そんなわけはない。
 呪いは解ける。おまえの右眼をくり抜けばな」
 月乃は咄嗟に右手で目を隠す。
 心臓がどうも激しく鳴っている様な気がする。気のせいだと思いたい。
「おまえが妖魔に追われ続けたのは…………その眼のせいだ」
「か、過去脆弱の?」
「英霊と言っても違いはない。優秀な魂だ。
 ――――――――――――――――なにせ、おまえの実の兄なのだから」
 頭を、鈍器で殴られたようなショックだった。
 兄? この右眼に宿っているのは兄なのか?
 吐き気がこみあげる月乃は、わなわなと震えた。
「双子だったので、おまえを生かし、兄を殺したのだ。兄はおまえを呪ったのだよ」
「な、なぜ……私……を……選んで?」
「どうせ当主になった時点で死ぬ。ならば、どちらでも同じこと。おまえは運が良かっただけだ」
 ただの、二者択一だっただけだ。それだけで。
 兄ではなく、選ばれたのが自分だった。
「遠逆が退魔士として存続するために、おまえは死ぬのだ」
「…………の、のろ、いは……眼を、取り出せば……?」
「おまえの視認攻撃は、元は兄のものであったのだよ。おまえ本来の能力は、それに喰われてしまったようだな」
「…………」
 ならば自分は全て兄の能力で今まで生きてきたのだ。
 兄に呪われ、兄に助けられて。
 凍ったように動かない月乃は、ぼんやりと畳を見つめる。
 見つめた。



「私は……死ぬことがもう、決まっていたんですよ」
 乾いた笑いを洩らす月乃を前に、狼は言葉もなかった。
 呪いだけの問題じゃない。
 そんな、生易しい問題じゃなかったんだ。
「なんだよ……それ……。じゃあ、憑物退治はムダだったのか!?」
「いいえ。無駄ではありません。狼さんに会えましたよ」
 はっきりと彼女は言い切る。
 後悔の色はない。
「だ、だって……憑物封印は、おまえを殺すためだったんだろ……!」
「確かに、八十八もの妖魔が相手では……勝てないでしょうね」
「なんでそんなに落ち着いてんだ!」
 憤りを放つ狼を、彼女は見つめた。
「落ち着く? いきなり死ねと言われて落ち着く人間がいるわけないでしょう!」
「つ、つき……」
「以前の私なら、難なく受け入れたことです! ただ言葉に従ったでしょう! あの場で決断したはずですよ!」
 怒りに彼女は眉間に皺を寄せ、狼に言い返す。
「わかりますか!? 私が死なぬことにより、私の一族は全て滅ぶかもしれないんですよ! 多くの犠牲を生み出すのです!」
「だからっておまえが死ぬことないだろ!」
「では……」
 では。
「毎晩一族の夢をみよと? 自分のせいで死んだ人々のことを思い出せと?」
「…………」
「生き残れば後悔のせいで私はおかしくなるかもしれない……!」
 両手で顔を覆う月乃の肩から、狼は手をはなす。
 絶望だ。
 彼女は絶望している。
 狼が出会った頃の彼女なら、確かに受け入れて死んだことだろう。
 変わっていく月乃を、良いことだと見ていたことが裏目に出た。
 そうでなければ、月乃がこれほど苦しむことはなかった……!
 自分の為に死んだ者たちを振り返り、その重さに彼女は耐えられない。なぜなら彼女には使命がない。
 悪を滅ぼすために在るわけではない。妖魔を倒す者は彼女以外にも居る。
 絶対なる、月乃だけに与えられた使命は……死ぬことだけだ。
 以前、狼は彼女に言った。いい結末が来るとは限らないと。
 狼は己の言葉を呪った。
(ちくしょう……! あんなこと、言うんじゃなかった!)
 言葉にすれば現実のものになるとは、よく言ったものだ!



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/流浪の少年(『逸品堂』の居候)】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒崎様。ライターのともやいずみです。
 解呪の結果と、「呪いの正体」が語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!