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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


好奇心は事無草知らず

「セレスティ様、お暇でしょうか?」

 夕暮れの光がセレスティ・カーニンガムの自室のカーテンを暖色系の風と共に揺らす頃、いつも控えめなノックをする部下の声でこの部屋の主は、自身が暫く読書に耽っていたと顔を上げる。
「ええ、お入りなさい」
 少し前に目を覚まし、着替えを済ませたところで外の暑さが変わるわけではなく、書斎に行くか、自室でまだ触れても居ない書物を読もうか迷った末、最早移動するのもこの暑さでは億劫になり自室にある本を手にしてどれくらい経っただろうか。起きた時はまだ青い光を放っていた筈の窓からは既に違う色が零れていて。

「件のオークションから招待状が届いております。 読み上げましょうか?」
 彫刻品のような扉が開かれ、主の許しが出たと入ってきた部下は開口一番セレスティに一枚の上品な手紙を見せる。
 しっかりとした浮き彫りの封筒に蝋燭で封をした招待状。だがその色は血の如く真紅に染まっていて、どこか禍々しさを感じる物だ。
「件の―――…いいえ、私が読みます」
 一瞬、思い当たらないという封に首を傾げたが、この封筒の雰囲気、そして時期に『件の』とつくならば案外察しがつく。
 そう、毎年同じ時期に富豪達が夏の夜の楽しみとして開かれるオークションの一つなのだが、ここで一つ重要なのが夏の夜、であり普通ならば怪談話で盛り上がるのを、富豪達は曰くありの美術品をオークションで競り落とす事やその曰くを推理する事で楽しむ行事の一つなのだ。

(今年もお誘いですか…気になりますね…)
 ちり、と蝋燭の封を破れば案の定、その行事が今日行われる事、そしてセレスティに参加をしないかと促す文句が書きこまれており、その内容、美術品の多さに口元を緩ませる。
 夏という時期、セレスティ自身の体調のせいで行けず、結局見送ってきたこの行事は美術品関係に酷く興味を示す自身にとって魅力的な誘いであり、実際今日も体調が悪くても、そして。
「モーリスは今何処に?」
 ちらりと招待状から目を外し、部下を見やれば。
「モーリス様は今朝方お出かけに…お呼びしましょうか?」
 側に付いた部下は何の事かと考える暇も無く、兎に角主が部下の一人であるモーリス・ラジアルを呼び出したいのなら、と早々に携帯機器を懐から出すとボタンを押し始めようとする。

「ああ、良いのですよ。 今日は一人でこのオークションを楽しんできますので車の手配の方を宜しくお願いします」
「了解いたしました」
 いつもモーリスにはお世話になっておりますからね。と口ではそういうセレスティだが、このオークション、曰く有の品しか出ず中には本当に人の命を奪う物もあり、いつも主を心配する部下には止められているのだ。

(モーリスには悪いですが…好奇心と有り余る知識欲には勝てません)
 ふふ、と笑いながら黒の正装をするセレスティは優雅に着こなしたコートを車椅子にまたおさめながらゆったりと車の方へ向かう。
 たかが好奇心、されど好奇心、日々それが原動力であるセレスティは車内に乗り、会場までの道を揺られながら、この先どのような素晴らしい品に出会えるのかと運転手にちくいち話しかけながら出会う品々について思いを馳せるのであった。



 オークション会場は東京都内であるが、さながら仮面舞踏会のようにマスクをした貴婦人やビロードのカーテンがそこかしこに飾られ、花も赤い薔薇を基調にした豪華な装飾が施されてい、矢張り上流階級の遊び場を思い起こさせるような所で。
「セレスティ様、会場までご一緒します」
 セレスティの乗ったドアを開け、運転手の手をかりながら車椅子を地面に下ろせば、今まで行きたくとも行けなかった場所に今自分が居るという幾分か浮き立った気持ちにもなりつつ。
「ええ、お願いします。 落札した物があれば車の方にも運びたいですし」
 ふわりと目を細め、微笑むと部下の頭がより一層さがり、会場内へと主の車椅子を押して行く。オークションといえど、小さな物、特に富豪の中での遊びなのだから余計曰くありげな物というのが珍しく、早く行ってしまわないと終わりそうだと急く心を落ち着けながらオペラ座のような広場に出れば丁度、また数点と新しい品が入ってきたようで。

「さぁ、この深海の蒼の如き美術品! 一千万からのスタートです」
 通常の人間ならば、まず頭を抱えて倒れそうな初期額がスタートの品が次々に値を上げられ、セレスティもその輪に加わっていく。
 当然、興味のある物は逃がしはしない、そんな財閥総帥のある意味子供じみた遊びが始まったのだ。


 会場は思ったより禍々しくはない、セレスティの心は浮き立ち、先ほどの美術品。蒼く本当に美しい蒼の海の中を切り取ったようなペーパーウェイトはとても知人、友人に言えないような額で落札され、他にも数点、涼みを感じられる蒼を基調にした物がセレスティの手に渡っている。
「これらにどんな過去があったのか…楽しみですね」
 オークション内はなかなか現れる事がなかったリンスター財閥の総帥の登場で今まで落札常連とでも言いたそうな豪華な服に装飾、眼鏡の紳士やこんなにもの値の張る物を次々と落札していくセレスティに好奇の視線を向ける者まで現れ、久々のオークションを満喫したその手には、帰る頃、大きな包みとも荷物ともつかない包装の箱が膝に乗せられて。
「セレスティ様、わたくしめがお持ちします」
「いえ、まかりなりにも曰く付きと言われた品、私が持っていますよ」
 部下はその曰くが主につかぬか心配なのだが、こうして車椅子の上に置かれてしまえば確かにその方が運びやすく、簡単に言いくるめられてしまう。

「それではセレスティ様、どうぞお怪我のないように…」
 オークションの帰り荷物で足に怪我を負われては大変だと部下に心配されながらも、セレスティはこの包装を今にも解いて中の物を鑑賞したくて仕方が無いという風に夜風へと変わって行った景色に深海色の瞳を輝かせ。
「なるべく早く鑑賞したいので近道を通って戻りましょう」
 近道、も無いのだが、こういう所は時に子供のような事を言い、微笑むのだから部下もたまった物ではない。何しろ主は絶対、どうにも抗えないその存在が魅了なのだから。



 セレスティにとってオークション会場から屋敷までの道のりは酷く長く、行った時よりも倍の時間が掛かっているのではないかと何度も何度も窓から外を確認しての帰還となった。
 何しろ車の中で包みをあけるなどという紳士的にも宜しくない事は出来ず、ただ落札する時に見た一瞬の矢のような光り輝く物たちが自らの手の中に収まっていると思うと妙に楽しくなってくる。

「お帰りなさいませ、セレスティ様。 早速ご鑑賞されるのですか?」
 リムジンから降りると数名の部下と使用人が珍しい、主の一人遊びに興味を持ったのだろう、自室へと車椅子を押す者や何を買ったのかと思いを巡らせるものまで出てきていて。

「ふふ、それは後日のお楽しみという事で」
 今は特別に私一人で鑑賞させてくださいね。と極上の微笑みを浮かべてやれば、主であるという以前に逆らいきれない興味本位の者達は静かにセレスティへ礼をとると自分の持ち場へと戻っていく。
(皆さんには悪い事をしてしまいましたが…一応曰く有と言われるもの達ですからね…)
 自身の興味も忘れていないが矢張り、心配なのは普通の人間も多い使用人、部下達か。もしセレスティ自身に何かあっても自らの責任と思えるかもしれない、が、自分を慕ってくれる者達にまで何かが及んではそれこそ大変な事になるのだ。

「何にしろ私の小さな我儘ですけれど。 さて、矢張り開けるのが楽しみになって来てますね」
 自室の机に包みを置き、その包装を緩める手が少しづつではあるが早くなってきている事が自分でもわかり、落札した物の一部が見え出した時は思わず目を細め、その美しさに見惚れたまま何時間も過ごせてしまいそうになる。

「深海の如き蒼…。 本当に穢れの無い深海の底を切り離して持ってきてしまったかのようです…」
 それは始めに落札したペーパーウェイト。シンプルに四角く、特徴といえば角で怪我をしないように施されている程度なのだが、なによりこの一品が美しいとされるのは光にあてる事で水面のように光り輝き、そして別の角度で見ようものならまた違った、海の荒波を見るような作品なのだから、その製法たるや並みの物ではない。

「ですが…曰く…ふふ。 本当かも、しれません」
 眺め、光に当てとしているうちに身体が段々と重くなっていく気がし、これは一つ間違った事をしてしまったかと自嘲する。深海の如き美は本当にセレスティを深海のあの水圧にかけているようで、本性が人魚といえど本当の海ではないそれに抗う事が出来ず次第に重くなり辛くなってくる皮膚や手を机に蹲らせる。

(これは流石に…危ないかもしれませんね…)
 モーリスを呼ぼうにも届かない携帯機器に苦い笑を零し、セレスティは何か良い連絡手段はないかと遠くなっていく意識の元、重い動きで手元を漁り始めるのだった。



 今朝からの出かけは自らの仕事も兼ねたもので、屋敷で栽培する植物に関する物等、モーリスにしかできないものばかりであり、色々と専門店を当たっているうちに随分と日も落ちてしまったと灰色のスーツに身を固めながら帰路についた部下の一人は懐中時計を見る。
(まぁ、屋敷を空けるのはいつもの事ですし…。 着いたら直ぐに入手した物を何処に収めるか指示しておかないといけませんね)
 花の咲く時期は特に気を配っていなくてはいけない。たとえ自分の力を行使し、植物を治せたとしても主であるセレスティは自らの力で咲く花々を好みそうであるから、最善を尽したいのだ。

「モーリス様、お帰りなさいませ」
 屋敷に着けばセレスティとまでは行かないが、組織上モーリスの部下として配置されている者が出迎え頭を下げる。だがここが主と違う所か、穏やかな声で挨拶というより戻りましたと一言告げ。
「この用紙に書いてある物をすぐにでも配置に。 他は私がやっておきますから今日中に頼みますよ」
 未だ仕事中という厳しくはりのある声で自らが請け負っている仕事の機材の配置を部下と、そしてモーリス自身に課しつつ屋敷の中に入る。外での仕事はとりあえず仕舞いになるが医療器具はもう少し安全な場所、或いは今日中に屋敷内の施設に運ばなければならない。

「ああ、モーリス様。 今日セレスティ様が素敵なオークションにお出かけになったのですよ」
「…オークション…?」
 数人付いて来た部下からのゴシップなど慣れているが、この時期のオークションと聞いて良い気分がしないのは何故だろう。しかも、屋敷の人間がその落札した物を見ていないというこの状況は。
 確かに購入して見せびらかす事のないセレスティだが、元来気に入っている人間や屋敷の人間には多少なりとも見たいと言えば鑑賞を許している筈だ。

「用事が出来ました。 この機材をいつもの所に、私はセレスティ様に少しご挨拶に行ってきます」
 帰りの挨拶など不要ではあるが、使用人や部下には何も今モーリスの考えるオークション。
 いつも曰く付きの物ばかりを出してそれを競るという道楽を禁止し、まさか主がそこへ行って何かを落札し、今危なくなっているという状況下の推理など言っている暇も無い。
「わかりました。 何を落札されたかセレスティ様によろしくお伝えくださいませ」
 部下は明るくそう言っているが、モーリスの心境はそれ所ではなく、久々に広い屋敷を疎ましく思いながら足を速める。走っていくか、それを見られてしまえば屋敷中大騒ぎになりかねず、それは主が好まないだろう。だから。


「セレスティ様! 開けますよ!」
 もう何度似たような事をしたかわからない。兎に角心配だと思えば主の了承無しでもモーリスはセレスティの自室の戸を乱暴に開け放つ。
 
 ―――と、矢張り想像通り、机に突っ伏し何やら嫌な気配のするペーパーウェイトを手に、少し、いや大分困ったという表情でモーリスに苦笑するセレスティがいたのだ。
「貴方という方は!」
 あれだけ心配して止めていたと言うのに、と、言いたい所だが言えずに、とりあえずこの主を苦しめているペーパーウェイトやついでにその近くに散らばっている目新しい、曰く付きの品を自らの能力である檻に封じ込めてしまう。

「すみません…。 流石に危ない所でした…」
 呪いなのかなんであるのか、今まで手にしていた物が一度封印された事によりセレスティに圧し掛かっていた水圧のような重みは取れ、机にはり付けにされていた身体が車椅子の背もたれに寄りかかる。
「そうおっしゃるのなら始からあんな場所には行かなければいいのです」
 セレスティに怒っているのか、それともオークション主催者に怒っているのか、主が苦痛から解放されたと思うと、モーリスは未だ檻に入っている曰く付きの品々を両手に抱きかかえ背中を向けた。

「モーリス? それをどこにやるのです?」
 助けてくれた事には感謝している。が、美術品に興味が無くなったわけではない。体調が戻ればまた鑑賞、いや、今からでも鑑賞してやろうと思っていたと言うのに。
「体調が良くなるまでこの品々は私がお預かりします。 セレスティ様は安静に過ごされますよう」
 いつになく冷たく言い放つモーリス。これは相当怒らせたのかもしれないが、セレスティはそれよりも自らの楽しみが奪われていく事に大きく落胆し珍しく大きなため息をつく。

「意地悪な事をしないでください…」
 ぽつり、と部屋に取り残されたセレスティはあの美しいペーパーウェイトの光が忘れられず肩を落としモーリスに聞こえるではない声を漏らす。

 次からは必ず、いや、多分、貴方がいる時に鑑賞しますから。と、信憑性の無い約束を心の中で呟きながら。


END