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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■花贄■

 しらじらよあけに ごしきのきもの
 きていきゃおはなの てんごくゆける
 おひさまそらから みては ないてる

「……なんだ、あの唄?」
 草間武彦がその不思議な唄で目を覚ましたのは、暑い真夏の夜───午前3時頃のことだった。
 同じ節の唄が、美しい少女の透き通った声でどこかから紡がれている。
 そういえば、と思い出す。
 3ヶ月前、この興信所の近所で16歳の少女が惨殺されるという痛ましい事件があった。
 蓮の池に沈められた遺体はついぞ見つからず、犯人が自首したことで事件は「あとは遺体の引き上げだけ」となっていたのだが、それからしばらくの間、真夜中になるとその少女が、同じ年頃の男女を呪い殺すという噂の、「怪奇連続殺人事件」が起きていた。
 亡き少女が早く遺体を見つけてほしいのだろう、というのと、その少女───美村・七花(みむら・ななか)───が大の花好きだったため、花の精霊が見兼ねて蓮の池周辺に現れ、様々な花を生贄としてぽつりぽつりと散らして歩いているという。
 その唄が聞こえた者は、決してその花の精霊を見てはいけない、という教訓もあった。
 見てしまったら、その精霊がせっかく行っている「花贄(はなにえ)」がその日一日失敗に終わってしまうから、取り殺されてしまうのだという。
 内心半信半疑、眉唾物でその噂を零から聞いていた武彦だったが───実際こうして聞こえてきてみると、なんとも哀しい唄声である。

 おそらが暁(あかとき)そまるころ
 きらきらおはなは てんごくゆける
 おひさまいけから みては ないてる

 どうにも寝付けず、武彦はコーヒーを淹れに台所へ行った。
 淹れている間、ため息をつきつつ煙草をくゆらせる。
「天国、ねえ」
 花の天国とはどのようなところなのだろうか。
 ふと、ガラにもなくそんなことを考え、武彦はふと苦笑してコーヒーメーカーを取り上げるべく、振り返った。はからずもそれは、窓の方向であった。
 カーテンを閉め忘れていたことに気づき、武彦は手をかけたが、何の采配か───武彦の目に、夜闇にぼうっと映し出されている美しい着物を着て花を振りまき歩く少女の姿が映ったのだ。
(───ヤバい)
 咄嗟にそう思ったのは、長年怪奇事件と向き合ってきた経験からだろう。
 だが、遅かった。
<───見ましたわね>
 本当に。
 本当に、突然。
 その花の精霊は赤い瞳を哀しげに武彦に向け、ふうっと息を吐いた。ごうっと激しいつむじ風となり、身を伏せた武彦の背に割れた窓ガラスの破片がパラパラと落ちてきた。
「兄さん!?」
 その音でやっと気づいて自室から出てきた零が見たものは。
 意識を失った、まるで魂の抜けたようなうつろな瞳の武彦が───美しい花の精霊の操る風により、夜の闇に消えていくところだった。



■雷と土砂降り■

 コトン、と集まった最後のひとりにコーヒーを出し終えた瞬間、また雷が鳴った。初瀬・日和(はつせ・ひより)がびくっと身体を僅かに震わせるのが分かった。
「大丈夫よ」
 ちょっと微笑んでみせながら、自分も席につく、シュライン・エマ。そして、大きく深呼吸をする。
(そう───見つけ出せれば大丈夫なはずなんだから)
 ちらりとそんな彼女を見つめつつ、セレスティ・カーニンガムは隣の一色・千鳥(いっしき・ちどり)に、
「この差し入れ、千鳥さんからでしたよね。ひとつ頂いてもよろしいですか?」
 と、にこやかに尋ねた。千鳥は何か考えていたようだったがその声に顔を上げ、
「ああ、どうぞどうぞ。しかし───草間さんがいなくなっているとは……花の精霊、ということでしたよね」
 と、セレスティから零に視線を移す。自然、同じく集まっていた藤井・雄一郎(ふじい・ゆういちろう)も含めた全員の視線もそれに倣う。
「はい。わたしが聞いたのは、こんな唄で───」
 改めて零は、経緯を唄も含めて話して聞かせた。
「……唄にある、『おひさまいけからみて』っていう文と精霊の花贄の理由、その噂から遺体遺棄池に捕らわれているのではないかしら」
 池に映りこむ姿にかもだけれど、とシュライン。
 それから立ち上がり、当時の記事がないかどうか事務所の中を探し始める。
「その」
 雄一郎が、口を開く。
「その少女というのは、まだ見つかっていないのか。早く引き上げて安らかに眠らせてあげたいところだ。草間のことも心配だが、個人的には3ヶ月前の事件も気になる。原因はなんだったんだろうか?」
 彼には二人の娘がいて、少女が事件に巻き込まれたということで心を痛めている、ということもあった。勿論、友人である武彦がさらわれたことも捨て置けなかったのだが。
 彼は、七花の両親等、七花を知る人間に聞き込みをして事件について調べてみたい、と言った。
「花の精霊……」
 千鳥が、感慨深そうにつぶやく。セレスティが、
「どうしましたか?」
 と尋ねると、いえ、とちょっとした苦笑いのようなものが返ってきた。
「もしかすると、以前私が関わった事件と関係があるのかと思いまして」
 少しだけその話をし、千鳥は、
「以前お会いすることとなった花の精霊が住まう世界は、なんとも哀しいものだったと記憶しております。今回もまた、哀しい世界になるのでしょうかねぇ……」
 と、締めくくる。
「三ヶ月前の事件と歌の歌詞から連想されるのは、睡蓮……。見つからなかった三ヶ月前の犠牲者の少女……彼女の無念に睡蓮の花の精霊が力を貸して、以降の呪わしい事件を起こしているのでは……?」
 日和が、千鳥の話を聞きつつ「そういえばあの時自分もその場にいた」、と思い出しながらつぶやく。
 睡蓮の花言葉は、甘美、信仰、清純な心、信頼、心の純潔……どうしても連続の怪奇事件と繋がらないのだ。
 ちらりと、セレスティは今度は、まだ記事を探しているシュラインに声をかけるようにして言った。
「三ヶ月前に起こった事件の詳細、犯人が捕まって解決している事件なのかを調べます。シュラインさん、私のほうで調べたほうが早いですし、情報を待ちましょう。
 蓮の池に祀られている存在が花の精霊ならば、池がその場所に出来た時からの郷土資料などを調べれば、精霊のことが記されているかも知れませんので、そちらのほうも」
 七花の両親に、とりあえず聞き込みをしてくる、と靴を履いていた雄一郎だが、ふと、出掛けに顎に手を当てた。
「草間が聞いた唄は、よく七花さんが口ずさんでいたものなのだろうか? 花贄に関係している感じがするのだが……」
 パタン、と誰の返事を待つこともなく、彼は扉を閉めて土砂降りの中を出て行った。



 やがてセレスティの「力」で、七花についての情報、そして池の郷土資料も集まった。
「どういうことなの」
 思わず、シュラインはつぶやいていた。
「…………」
 セレスティは黙って、郷土資料のほうへ視線を落とす。
「自首した少年、というのが七花さんの恋人だったというのは分かりましたが、これは───」
 千鳥も、眉をひそめる。
「取調べを受けている間に───真夜中に消えうせたって、確かにこんなこと民間人にはいえなかっただろうけど……」
 日和が、不意をついたような雷に再び悲鳴を上げる。今度のは、近かった。
「まさかこの土砂降りの雨や雷も、精霊の仕業なんてことはないわよね」
 日和の背中を撫でてやりつつ、シュラインが苦笑する。
「……池のほうは、曰くというには弱いかもしれませんが……多少、あるにはありますね」
 読み終えたセレスティが、考え込む。
「花贄の儀式は花の精霊が行っているようですが、この術の効果や術を行う事によって犠牲者が出ている以上は阻止しなければならないですし、花贄を途中解呪しないと、花に取り込まれた魂が少女の淋しさを紛らわす花として、唄のごとく天へ連れていって仕舞う気がします」
「三ヶ月前の遺体が沈められた池の、睡蓮の精霊さんにも、なにか人に対する憎しみがあるのでしょうか。でも、だからといって次々と人を害し、新たな悲しみを増やして、それで精霊さんも七花さんも満足できるのでしょうか……。悲しみや憎しみは、連鎖して新たな悲しみや憎しみを生むだけなのに……」
 日和が、目を伏せる。
「それに、結局七花さんの死亡原因も納得できないわ。ナイフで刺し殺して、って自首した少年は言ったらしいけれど、それも池に捨てて、それで……」
 うぅんとうなる、シュライン。
 どうにも、つかめない。
 折りよく、雄一郎が服を濡らしながら戻ってきた。傘はさしては行ったものの、それ以上の雨の降り具合だったのだ。
 雄一郎も一通り情報を読んだが、七花の学校の友人からこんなことを聞いた、と話してきかせた。
「なんでも、七花さんの通っていた学校では一時期、こんな噂が流れていたらしい。
 七花さんは恋人の木村・勇治(きむら・ゆうじ)と共に、花を愛するばかりに精霊に魅せられ、池に住む精霊に引きずり込まれて消えてしまったんだ、と。
 あまりにも自首した少年のことが警察からも聞きだせないっていうんで、その少年───勇治の友人達がそんな噂を立てたようだ」
 彼女の両親のほうは、何も知らないようだったよ、と付け加える。
 元々放任主義な家庭だったらしい。
「ね、セレスティさんが言ってる『池の曰く』って、なんなんですか? 弱くてもなんでもいいから、教えてください」
 日和が思い出したように言うと、セレスティは小さく頷いた。
 その池は昔、とても青々としていたことから「青空池」と呼ばれていた。
 特に何事もなく、池はいつも蓮の花を咲かせ、人々を楽しませていた。
 だがある時、五色の着物を特別に作らせてその池の前を通った金持ちの若者が、息も絶え絶えに逃げてきた。聞くと、いつもと違う感じに池全体の空気がどろりとなり、
『五色の着物は道しるべ』
 との不思議な少女の声がして、細い、だが恐ろしいほどの腕の力で池に引きずりこまれそうになったのだという。
「五色の着物……」
 シュラインが、ふと思いつく。
「5月頃なら五色椿もあるけれど、五色の着物が花の色の例えなら色の違う花、五色そろえればいいのかとも思っていたの。そうすれば、別空間に武彦さんが閉じ込められているのなら、花天国と繋がる時に介入してつれてくることが出来るのでは、と思って。その若者が着ていたっていう、五色の着物はなにで作られているか、そんな細かいことは載っていない?」
 セレスティは「残念ながら」とかぶりを振る。
 ふと、後ろのほうで二人で話し、驚きあっていた千鳥と雄一郎に、日和が目を留める。
「どうかなさったんですか?」
「あ……いえ。その五色の着物で思い出したことをつぶやいたのを、藤井さんに聞かれて───どうやら私のお店に一度お越しになられたお客様と同一人物が、藤井さんのフラワーショップにも最近現れたようですので、確認のために話し合っておりました」
「思い出したことというと?」
 セレスティが尋ねる。シュラインは、縋るような気持ちだった。
「ええ───そのお客様は大学生くらいの方でした。数人のお友達とこられて、だいぶ飲まれておいでで……上機嫌に、追加のお料理を持って行った私に、こう仰っていたのです。『自分の先祖は池にすむ怪物から逃れた、代々金持ちの家柄なんですよ。でも、金より大事なのは家宝の五色の着物です。次期当主になる俺は、この前特別に、弟にそれを貸してやったんですよ。弟はドロンしちまったけど、着物はこれ、この通り戻ってきました。まるで自分の意志でもあるかのように、ね。これは御主人、着物が俺を当主にと選んだ証だとは思いませんか?』と。確かにそのお客様は、五色の着物を着ておいでになっておりました」
 千鳥が言うと、次いで雄一郎。
「一色さんとの話をまとめるに、俺のショップにその青年が現れたのはその翌日かな。特に酔っ払った感じはしなかったが、着ている五色の着物が印象的だったのと、そのお客さんと話したことを覚えていてね。俺が花に水をやっていると、声をかけてきたんだ。『これから弟に面会に行くから、花を持っていきたい』と。だけどその花ってのが季節バラバラでね、なんでそんな注文つけるんだって聞いたら、『この着物はその五つの花を特殊な方法で染料にして作ったものだから、縁担ぎだよ』ってね」
「その、五つの花っていうのは、なんなの?」
 シュラインが、身を乗り出す。
 赤は椿、青は紫陽花、黄色は菊、緑は花の葉、紫は竜胆───青年はそう言ったという。
「その……その人にも、来て頂いたほうがいいんじゃないでしょうか。五色の着物を持ってきていただいて」
 日和が、なんとなく、その染料にされた花達と七花達の事件とにかかわりを感じ、提案する。
 セレスティが、ステッキを持って立ち上がる。
「交渉してみましょう。千鳥さんか雄一郎さん、その青年から名刺か何か、身元が分かるようなものは受け取ってはいませんか?」
「ああ───お店に戻れば、確かお友達との話の中に、株もやっていると名刺を交換しあっていましたから。一枚くらい落ちているかもしれません」
 毎日もちろん店の掃除はしていますが、と、千鳥。
「藤井さん」
 シュラインも、立ち上がる。
「どうにかして、その五つのお花、揃えられないかしら。万が一の時のために、着物とは別に用意しておいたほうがいいかもしれないから」
「うーん……難しいが……知り合いに、個人的にどんな花も一年中手に入る研究をしてるやつもいるし、急ぎで掛け合ってみるか」
「お願い」
「あとは、精霊さんとどうやってお話をするか───お逢いできるか、ですよね」
 日和の言葉に、千鳥が彼女のほうを見る。
「空が暁に染まるというのは、何も夕焼けだけではありませんよね。もしかすると、朝焼けなどが起こった時に、異界への扉が開く可能性も、なきにしもあらずかと。───蓮の花は、お寺さんにもあるような花です。そのような花と関わり合いのある精霊が、酷い事をするとは考えたくはないのですけれど、やはり草間さんの身は心配ですから」
「朝焼け、ですか……私は昼間と考えていましたが、確かにそちらのほうが出逢える確率が高いかもしれませんね」
 セレスティは言い、そして少しの話し合いの後、千鳥は相変わらずの土砂降りの中、店に戻って行った。



■蓮の花は痛みの提灯と化し■

 真夜中をまわり、互いの顔くらいは分かるような時刻になった頃。
 着物を着た青年───木村・昌(きむら・さかえ)を半ば無理矢理連れてきた一同が物陰に隠れている中、ぼうっと頭に花の簪をいただき、美しく羽衣や着物で着飾った、だが質素を感じさせる少女の姿が浮かび上がった。
 場所は池の傍、蓮がゆらゆらと揺れている。
「ちょ、ちょっとこんなところにつれてきて、なんですか。あれはなんなんですか」
「し」
 昌が焦ったように言うが、シュラインが口元に人差し指を当て、雄一郎が後ろから羽交い絞めのようにしたまま昌の口を手でふさぐ。
 その時、精霊と思われる少女の唇が、開いた。

<万葉の花を統べ 悪さもせずひっそり愛し合っていたわたくし達の仲を裂いた憎き人間共に
   思い知らせてやってくださいませ どうか───人間共の魂はすべて花弁と変化させ、蓮の提灯に乗せて貴方様のもとへ、>
              届けますから───

 するすると、少女の手から花びらが蓮の中へと入ってゆく。
 やがて蓮は本当に提灯のようにぽうっと灯りをともし、すうっと何者かに持ち上げられるかのように天へとゆっくり昇ってゆく。
「待ちなさい」
 セレスティの声に、ハッと少女の手が止まる。カツン、とステッキが鳴った時には、池の水が少女の身体に襲い掛かっていた。
 水の呪縛がとけずに地面に寝かされた少女は、憎らしげにセレスティを見上げる。後ろから、昌を連れた雄一郎、千鳥、シュライン、日和が出てきた。
 シュラインは、目線を合わせるようにしゃがみこむ。
「五色の着物は道しるべ───なんの道しるべか、教えてくれないかしら」
<小賢しや、人間風情が>
 やがてすっかり池を干上がらせると、セレスティはそこに、はたりと落ちた昇っていきかけだった蓮と、大量の魂の抜けた人間達を見つけたのだった。
<今日しか霊翁盟主(れいおうめいしゅ)様に魂達を献上できる日はないのじゃ、邪魔立てするな!>
「だったら尚更、こんなことやめてください」
 やっぱりこの精霊も人間に強い憎しみを抱いていたのだ、と分かって、日和が進み出る。
「どうか……もう新たな悲しみを生み出すのはやめにしてほしいのです……一番の哀しみは七花さんが天国に行けない事ですか? それとも、貴女と七花さんお二人が離れられなくなってしまった事、ですか……? このままここに留まっては、更なる悲しみを増やすだけではありませんか……?」
「七花さんは大の花好きだったそうだな。そんな子が呪いなんて望んでいないと思うんだ。もしお前が七花さんの姿を借りているというのなら、身体を借りているというのなら、頼む。今すぐやめて、俺の友人である男の魂や、他の魂を戻してやってほしい」
 雄一郎が、頭を下げる。
 ぽろりと、全員を順々に睨みつけながら、精霊は涙をこぼした。
<誰が───戻すものですか。わたくしから罪のないあの方を取り上げ、無残に殺したのはお前達人間ではないですか。わたくしとあの方を祝福してくれていた花々の悲鳴も聞けぬクセに、その花々の命すら散らし、己の衣とした。何が分かるというのですか>
「やっぱり、この五色の着物が原因だったのか……」
 雄一郎が、さっぱり分からないといったふうの昌の着ている着物を見下ろす。
 千鳥もシュラインに倣い、膝をついた。
「確かに私達は人間風情です。が、友達や大切な人を失いたくないという気持ちは確かなものです。貴女が何故こんなことをしているのか、教えてくださいませんか」
 精霊は黙っていたが、ぽつりぽつりと話し始めた。

 蓮の花の精霊である彼女は、志蓮(しれん)という名を持っていた。
 やがて、池のすぐ傍に気まぐれな風に乗ってやってきた花の色彩を管理する花の精霊───彩士(さいし)と愛し合うようになった。
 彩士は彼女の傍で花の色彩を管理するようになり、二人は幸せな日々を送っていた。
 季節ごとに咲く池の近くの椿や菊、竜胆の花の精霊達も皆、彼女たちを祝福しあっていた。
 ところが───偶然にも精霊の姿が見えるという人間が現れ、如何にも友達のフリをして彼ら二人を金蔓にしようと近づいてきた。
 やがてその人間の持つ妖術により彩士は連れ去られ、共にそこいらの花々の魂ももぎ取られていった。
 彩士は、「着物を作れば志蓮の元へ返してやる」と脅され、泣く泣く五色の着物を作り上げた。
 だが、その人間は約束を守らず、彩士をあやしの者を統べる輩に引き渡してしまった。
 志蓮は時を忘れるほど、待ち続けた。
 だが五色の着物を着た若者を見て、全てを悟り───分かったのだ。
 もう、彼に会うにはあやしの者の全てを管理する、霊翁盟主に頼むしかない、と。それには、大勢の供物───人間達の魂が必要なのだ、と。
 以来、彼女は池に近づく人間達を待ち続けた。
 時は更に流れ、池は前よりも人目にさらされるようになり───七花という少女が蓮の花に興味を持った。この七花という少女には、志蓮も少しだけいい印象を持ち、彼女が花の精霊を見えるということもあり少しずつ……本当に少しずつ話すようになっていったのだが、ある日、彼女の連れてきた五色の着物を着てきた少年を見て、再び憎悪の念が頭をもたげたのだ。
『彼が、今まで話してきていた、わたしの花好きや、花の精霊が見えることを理解してくれる恋人の───勇治くんなの。今日はせっかく志蓮さんに逢うんだからって、代々伝わる家宝の着物を無理に借りてきて───』
 七花は、全てを聞くことが出来なかった。
 蓮の葉が散り散りにつむじ風と共に彼女を襲い、魂を奪い去った。そして人間の身体に触れることのできるように、志蓮は七花の身体の中に入ったのだ。
 勇治も襲われるところだったのを七花の悲鳴を聞いた近所の者に駆けつけられ、一緒にいた七花はどうしたのだといずれ問われるようになり───今に至るのだという。

「道しるべ、というのはそういう意味だったのね」
 シュラインは、そっと瞳を伏せる。でも、と言葉を続けた。
「どうして勇治さんまで?」
<あの男は、>
 志蓮は苦しそうな表情をする。
<捕らわれた部屋の中から、わたくしに呼びかけてきたのじゃ。自分の命をかわりにやるから、どうか七花を返してくれと。どちらかが逝ってしまうのは、遺したほうも遺されたほうも身を切られる思い。それはわたくしには痛いほどに分かっておる。だから二人をそのまま盟主様に献上しようと思うたのじゃ>
「だったら、」
 更にシュラインが食い下がる。武彦の身体はセレスティが診ているのは分かっているが、魂が戻らないのでは意味がない。
「離される気持ちが分かるのなら、どうか皆を連れていかないで。お願いよ。日和さんの言うとおり、このままじゃ哀しみも連鎖していくだけだわ」
<じゃが、わたくしは>
 精霊の長い睫毛が、震える。
 セレスティが池のほうから、千鳥を呼んだ。顔を上げ、彼女たちの邪魔にならないよう、そっとセレスティの傍に行く、千鳥。
 日和は思わず、いつの間にかシュラインの腕をきつく掴んでいた。シュラインと武彦の関係のことも、よく分かっている。もしこのまま永遠に離されてしまったら───今がその、瀬戸際なのだ。
<わたくしの彩士殿はどうしたら戻ってきてくれるというのじゃ。何もわたくし達は悪さなぞしていなかった。ただ、騙されただけなのじゃ。なのにこのまま人間共のしてきた通り、わたくしにだけ生き地獄を彷徨えと言いやるのか>
「いいえ。簡単なことです」
 池から上がってきたセレスティが、ステッキを鳴らしつつ歩み寄ってくる。その背後では、千鳥が、じっとこちらを───昌のほうに集中しているようだった。
 コツン、と志蓮の前で足を止め、彼にしては至極優しい声音で───だが、どこか、何者かに対して冷たく言った。
「元凶に責任を取って頂けばいいのですよ」



■犠牲の元に幸せ在らず■

<え……?>
 志蓮が目を見開いた、その時。
 千鳥が、閉じていた瞳を開く。短く、言った。
「セレスティさんの言うとおり、彼女達を騙したというその妖しの術を使う人間の魂───この五色の着物が忘れがたく、とりついているようです」
 それを、探っていたのだ。
「雄一郎さん、その人を離さないでください!」
 察した日和が、声を上げる。もちろん、とでも言うかのように雄一郎は今までよりもきつく昌の身体を締め付ける。
 セレスティがパチンと指を鳴らすと、志蓮の身体を呪縛していた水はパシャンと、ただの水になってコンクリートを流れていく。
 焦ったような感じで、全員の目に「それ」が見えた───そう、何かの魂が夜明けの近い空気の中、着物から抜け出していこうとするのが。
「この魂、違いありませんね?」
 セレスティの問いに、答えるまでもない。志蓮は今までの憎しみをこめて、その魂に指先をつきつけた。途端に、干上がった池に落ちるようにしていた蓮のひとつが浮かび上がる。今まで集めてきた人間達の魂を吐き出し、かわりに。
<逃さぬ!>
 その志蓮の声と共に、魂は断末魔の叫びを上げながら、蓮の花へと吸収され───青黒い灯火をともしながら、急速に天へと上昇していった。
「その盟主さんという方も、自分の部下のした醜い行いを赦してはおかないでしょうし、ね」
 シュラインが、同じ人間でも酷い事をするものだ、と今更ながらに思いつつ、つぶやく。
 そうしているうちに、その言葉が本物だったことが───男の精霊の姿が浮かび上がったことで証明された。
 志蓮が、泣き咽びながら駆けていく。
<彩士殿───!>
 どこかぼんやりとしていた彩士は、そこに自分の衣を掴み泣いている愛しい精霊を見下ろし、そっと微笑み抱き返し───こちらを向いて、小さくお辞儀をした。
 彼ら二人の姿が見えなくなる頃、その場に七花と思われる少女の姿が横たわっており、魂の戻った人間達が、池の中から目を覚まし始めた。



「なんだかなあ、ずっと夢を見てた気がする」
 やっと人心地ついた、というふうにシュラインの淹れたコーヒーを飲みながら、武彦は後日言うのだった。
「いい夢だった?」
 シュラインが尋ねると、「うーん」と少し考え、
「たくさんの蓮の花がキレイに咲いてるんだ。そこをな、二人の現実離れしたカップルが寄り添って幸せそうに歩いてる、そんな夢だ。いい夢っちゃあいい夢なのかな」
「きっと、いい夢ですよ」
 日和が、七花と勇治が元通り、容疑も晴れて仲良く学校に通っているという手紙をシュラインから受け取り、読み終えて雄一郎に渡しながら微笑む。
「ああ───よかったな」
 雄一郎から、今度はセレスティへ。
「しかし、こうして考えてみると、志蓮さんの唄っていたあの真夜中の唄は、いかにも自分を止めてくれと言わんばかりの唄とも思えますね」
 言いながら、セレスティは読み終えた手紙を千鳥へと回す。
 読みながら、千鳥も小さく頷いて賛同した。
「誰でも、誰かを犠牲にしてまでも本当の幸せなど得られないと分かっているのでしょう。それが心の美しい精霊であるならば、尚更かもしれませんよ」
 そして、手紙は封筒にしまわれる。
「そうね」
 シュラインは、五色の着物が焼かれた、という報告もその手紙の中にあったことを思い出しつつ、真っ青な空に微笑みを送った。
「だって祝福は、幸せのためにあるのだもの。犠牲に祝福する人なんて、どこにもいないわ」
 そしてその日、つつがなく。
 草間武彦のお帰りなさいパーティーが繰り広げられたのだった。

 

《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2072/藤井・雄一郎 (ふじい・ゆういちろう)/男性/48歳/フラワーショップ店長
4471/一色・千鳥 (いっしき・ちどり)/男性/26歳/小料理屋主人
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、■彼岸花■に続き、花関連依頼第二弾となりました。
皆さんのプレイング次第では花関連にはいかない終わり方にもなるな、と思っていたので、サンプルの時にハッキリとは書かず、花関連(?)と、ハテナをつけたのです。が、やっぱり花関係になってホッとしたような(笑)。
今回は蓮の花、そして花の色彩を司る男の精霊のお話になりましたが、人間にも色々な醜い人種もいるんだよ、そのせいで重ねられていってしまうどうしようもない悲劇もあるんだよということがちゃんと書けてよかったです。皆様にもそれが伝わっていると、もっと嬉しいですv

■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 七花の死亡原因や池にも着目してくださって、物語がスムーズに運びました。五色の着物、については殆ど当たっていましたね。ちょっとビックリするくらいでした。草間氏にはちゃんと戻ってもらって、シュラインさんにも胸をなでおろして頂けたら、と思いますv
■藤井・雄一郎様:初のご参加、有り難うございますv 初めましてのPC様でしたが、とても掴みやすかったのですらすらと書いてしまっていましたが、こんな感じじゃないよ、という部分がありましたら忌憚なく仰ってくださいね;今後の参考に致します。また、力持ちだろうな、ということで昌くんを取り押さえていて頂きまして、感謝していますv
■一色・千鳥様:お久しぶりのご参加、有り難うございますv 前回の「■彼岸花■」を覚えていてくださって、とても嬉しかったです。タイプは違っても同じお店を持つ者同士、ということで藤井さんと話し合う場面を持たせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。それと、今回着物に潜んでいた「元凶の魂」を探る役目をして頂きましたv
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 睡蓮の花言葉を書いてきてくださったので、気持ちのほうからの推理、という形になりましたが、如何でしたでしょうか。哀しみは連鎖する、という言葉を東圭のかわりとばかりに言って頂いたので、とても嬉しかったですv
■セレスティ・カーニンガム様:いつもご参加、有り難うございますv セレスティさんも池に着目して下さって大変助かりました。それと、池の水を操れることを書いてきて下さっていたので、最後のほう使わせて頂きました。千鳥さんと連携プレーのような感じにもなりましたが、如何でしたでしょうかv

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。今回は、先に述べたように「人には信じられない酷いことをする人種もいる」、「それによって生み出される悲劇の連鎖」を書きたかった上、皆様のおかげでハッピーエンドにまですることが出来ました。感謝感謝です。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/08/15 Makito Touko