＜東京怪談ウェブゲーム　アンティークショップ・レン＞ 影追い　−碧の十六夜 　涼やかな鈴の音。其れに合わせて店主の蓮が緩慢に顔を上げる。 「嗚呼……いらっしゃい。」 　蓮は貴方の顔を見てゆっくりと口の端を上げ、表情に笑みの形を作る。 「あんたが、今回の仕事を引き受けて呉れるんだね、」 　蓮はそう云い乍、カウンタの下から美しく装飾の施された銀の鳥籠を取り出した。 　鳥籠は見るからに品が良く、亦創られてから相当の時を経たモノだと解る。 　然し貴方は其れを見て僅かに首を傾げた。 「……何だい、若しかして仕事の内容……聞いてないのかい、」 　蓮は一寸眉根を寄せるが、直ぐに笑った。 「まぁ、良いか。此処迄来たんだから……そう簡単には引き下がりゃしないだろ。」 　カウンタに坐った蓮は、鳥籠を持ち上げた。 「今回は何時もと違って、品物を仕入れてきて欲しいんだ。……あんたにゃ、此の中に、“影”を捕まえてきて欲しい。」 　キィ、と小さな音を立てて籠の扉が開く。 　影……、 　貴方が僅かに困った顔をしていると、蓮は肩を竦めて付け足した。 「“其奴”は人工光じゃ現れない。陽光か月光……見附け易いのは逢魔ヶ時と満月の時。格好は鳥だったり蝶だったり……まぁ、此の籠に入るサイズの小動物さね。」 　――後は……捕まえ方はあんたに任せるよ。 　そう云って店主は貴方に鳥籠を託した。 　＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ 　鳥籠が有る。 　美しい装飾が施された銀細工の様な。 　中身は無い。 　其れだけでも充分飾りに為りそうな、其の中に収めるのは――。 　傾いた陽光が、溢れんばかりの月光が、揺れる。 　踊る様に影が、揺れる。 　――捕まえるのは、影の魂。 　　　　　* * * 「……っ、此方に来たと思ったんだけど。」 　駆けていた足を止めると、軽く息を整えて。 　榊・遠夜は空を見上げた。 　濃紺色をした天鵞絨の天幕。ぽつりぽつりと穴の空いた様に星が輝く。 　そして其の天幕を一際飾る、十六夜月。端の方だけ影の爪に削られた歪な円。 　奇妙な感覚に襲われる。 　満ちている筈なのに欠けている――。 　使い魔である黒猫の響が足に擦り寄る感覚で我に返る。 　今回の仕事は、此の銀の鳥籠に影を捕らえる事。 　もう一度息を整え、辺りを見廻す。 　満月の方が“見附け易い”だけで、十六夜でも問題無いだろうと思って今日を選ぶ。 　果たして、其の姿を見掛ける事は出来たのだが、思った以上に動きが速く此処迄逃げて来られた。 　土手の上から、黒く揺蕩う川面を見下ろす。 「下りてみるか……。」 　不完全な月が南中に昇る。 　月明かりに伸びる自分の影を瞶める。 　欠けた月。 　欠けている。在る筈のモノが……――。 　不図、妹の顔を思い出す。 　然し、頭を振って否定した。 　――追い掛けるのは、僕の……。僕が見たいと望むモノ。 　緩やかに風が吹き、青々と生い茂る草を揺らして行く。 　河原に下りて一通り近辺を見廻ってみたが今度はちらりとも見掛け無い。 　相手は影だ。 　息も気配も顰めて……と云う表現には語弊があるかも知れないが、此の侭では進展は望めそうも無い。 「結界を展開して場処を捕捉するか。」 　誰に云うでも無く呟いて。 　呼吸の質を変えて、精神を研ぎ澄ます。 　自分の感覚――五感凡てが四方へ広がっていくイメェジ。 　閉じた瞼の裏に、スライドの様に映像が流れて行く。 　葦の裏、テトラポッドの隙間、停泊している船の上、薄の下。 　どんどん結界は広がって行く。 「……っ、」 　然し途中で驚いた様に眼を開く。 　反応が有ったのは数十メートル先に在る橋の下。 　捕らえたのは気配で無く、実体の感覚。 　初めは、其れこそ何か居るのだろうと思った。……けれども、映像には何も映って居無かった。 　――実態の有る、影……、 　遠夜は一瞬「信じられない」とでも云う様に少し眉を顰めたが、直ぐに思い直す。 　元々、一般的な概念が通用する様な話では無かったではないか、と。 　もう一度、今度は橋の方角を重点的に結界を展開する。 　――居た。 　先程と同じ場処。橋桁に張り付く様に。 「……ッ、」 　透かさず遠夜は呪符を投じる。 　流星の如く空を切って駆け抜ける呪符は、影が“飛び立つ”前に見事其の場へと張り附けた。 　其の手応えを感じ取ると、籠を持って橋へと向かう。 　橋桁の、コンクリートの壁に縫い止められた其の姿は。 「蝶……。」 　遠夜は思わず手を伸ばす。 　然し、触れるのはコンクリートの感触。 「触れない……、影は影、か。」 　気配も無い。触れない実体。――全く以て奇妙な存在。 　其処で冬夜は不図気附く。 「……じゃぁ、如何遣って籠の中に入れるんだ、」 　籠を目の高さまで持ち上げて考え込む。 　ぼんやりと差し込んで来る月光。 　鳥籠の影が、蝶の影に並ぶ。 　――……若しかして。 　遠夜は其の侭籠の扉を開き、ゆっくりと蝶の影に重ねていく。 　完全に籠の中に収まった処で、扉を閉め、呪符を剥がした。 　すると、「影の」蝶は「影の」籠の中を舞う。 　其の様子を見て遠夜は胸を撫で下ろした。 「仕事完了、かな。」 　籠を持ち、河原を後にする。 　籠の中で揺らめき踊る、黒い蝶。 　遠夜は其の黒さの中に、月光の銀を見た気がした。 　其の隣に自身の影も、長く伸びている。 　そして思わず立ち止まる。 　――妹の姿に思いを馳せて。 　　　　　* * * 「然し、珍しいね。あんたが買取以外で頼みに来るなんて。」 　蓮はカウンタの中に坐った侭、視線のみを目の前の男性に向けた。 　其の表情は面白がっている様でも有り。 「まぁ、知り合いの頼みだからね。彼の仔……正しくは彼の仔の部下だが。影魂（かげたま）を逃がして仕舞ったのだから仕方が無い。」 　スーツを着た、落ち着いた雰囲気の男性は苦笑を浮かべる。 「何て云うか、大概間が抜けてるねぇ。」 　蓮は揶揄する様に云うと、カウンタの下から藍色の布に包まれた、刀でも入っていそうな細長い包みを取り出した。 「ハイ。取り敢えず前回御注文の品、渡しておくわ。」 　男性は其の包みを少し開いて中を改めると頷いて直ぐに閉じ、そしてぼやく様に呟いた。 「確かに。――然し、厭がらせかい、此から鳥籠と云う荷物が増えるのに。」 「いいや、迅速に品物を受け渡そうと云う商売人の志さ。」 　蓮の冗談めいた其の科白に男性は肩を竦める。 「まぁ、良い。」 　男性はぐるりと店内に視線を廻してから、亦蓮を見て云った。 「本当、此処に彼の鳥籠が有るのを思い出して良かった。」 「ま、今度は逃がさない様にちゃんと云っておくんだねぇ。」 　蓮はクスクスと笑うと、視線を入り口の方へ遣った。 ――ほら、御所望の品が遣って来たよ。 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　登場人物（この物語に登場した人物の一覧）　　■ □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ［ 0642：榊・遠夜 / 男性 / 16歳 / 高校生兼陰陽師 ］ □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　　　　　　　ライター通信　　　　　　　　　　■ □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 初めまして、徒野です。 此の度は『影追い』に御参加頂き誠に有難う御座いました。 遠夜氏の意図通りの雰囲気が出せていますでしょうか。 其処が一番心配なのですが……。 一欠片でも御気に召して頂ける事を祈りつつ。 ――亦御眼に掛かれます様に。御機嫌よう。