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草間コウシン所
<オープニング>
草間・武彦は、苦りきった表情でソファに座っていた。目の前のテーブルには、白い封筒が一通置いてある。
「夏だからか? 夏だから、変なのがわいてるのか……?」
重苦しい溜め息を吐くと、もう一度封筒の中身を確かめる。ワープロで打たれた手紙が1枚と、地図が同封されいている。
『 草間興信所所長殿
あなたは宇宙人を信じますか? 信じるというところまで行かなくとも、興味はおありですよね。そこで、来る新月の夜に、UFOを呼ぶ儀式を行います。ぜひ、ご参加頂ければ幸いです。きっと宇宙の友人も喜ぶことでしょう。オカルト現象に詳しいと高名なあなた様のお越しを、心よりお待ち申し上げております。なお、我々は今までにも数回、宇宙人との交信に成功しております。お友達などもぜひ誘って、儀式への参加をお待ちしております。
宇宙友好親善協会』
同封の地図で示された儀式の場所は、そこそこ高い山の頂上だ。見晴らしが良いことで有名でもある。そして、未確認飛行物体の目撃情報が妙に多い場所でもあった。
「……だれか、俺の代わりに行ってくれ……」
謝礼は弾む、と呟き草間は突っ伏した。夏バテがだいぶ進行しているらしかった。
<1>
「大丈夫? 武彦さん……」
ポストに投函されてきた郵便物を取りに行ったのはシュライン・エマであったため、多少責任を感じないこともない。今年の夏もいろいろあったらしく、だいぶ落ちこんでいるようだ。
「何か、夏ばてに効く料理を作ろうかしら」
「そうしてくれると、助かる……」
うなだれる武彦に、しかしシュラインとは正反対の声をかけた者がいた。
「行こうぜ、その何とかに!」
学校帰りに偶然草間興信所に寄り道していた、葉室・穂積である。この元気の有り余った高校生は、好奇心に対する鋭い嗅覚でこの草間興信所に寄り道していたのだ。
「私もぜひ宇宙人に会いたいな……」
夢見ごこちな声でうっとり呟いたのは、アパート「しめじ荘」の管理人である綾香・ルーベンスだ。
「しめじ荘の住人にも、変なモグラとか幽霊は出るけど、宇宙人はまだ会ったことがないし」
友達100人できるかな、といった心境のようだ。
「じゃあ、代わりに行ってくれ。頼む」
武彦が全てを丸投げしようとするが、
「あ、でもこの儀式? の会場ってたしか山なんだよな?」
「頭内山(とないさん)、と書いてあるわね」
シュラインが武彦の手からするっと手紙を取り上げて読み上げた。東京からそう遠くはない場所だが、交通手段が途中で途切れているため、微妙に辺鄙な場所でもある。
「電車で頭内中央駅まで行って、あとはタクシーとかで……」
シュラインが路線図を思い出しながら経路を考えるが、
「でも、駅から結構遠いよね」
「車があればいいよな〜」
その一言により、運転手として武彦が同行することが決まった。
<2>
ハンドルを握るのは武彦、助手席にはシュライン、後部座席には綾香と穂積が仲良く座っている。日の暮れかかった道を、シュラインのナビで車は走っていく。
と、スーパーの近くに来た時に綾香が声をあげた。
「そうだ、草間さん、ちょっと寄っても良いかしら」
主婦だからだろうか、特売品には目がないのか。
まだ時間に余裕があったため、武彦はしぶしぶながら車を駐車場へと入れた。綾香と穂積が車を降り、スーパーへと駆けていく。
買い物かごを持った綾香に、穂積が興味しんしんで従う。
「何買うんだ?」
「ちょっとお肉を。あ、牛肉が良いわよね、やっぱり」
誰に同意を求めているのだろうか。一瞬首をひねる穂積だが、『本日のセール品』と赤く縁取られた一角に目を輝かせる。
「やっぱりこれは必要だよな。なんたって行くのは山奥だろ」
持ってきてかごに入れたのは、虫除けスプレーであった。
「そうよね、虫対策もしなきゃいけなかったわね」
綾香がしきりに感心している。
「それにしても楽しみ。宇宙人産とお友達になれるなんてね」
「おれもおれも。どんなカタチしてるのかな。やっぱりタコみたいな感じ? それとも銀色でぬめぬめしてんのかな」
「きっと、宇宙人協会の人に聞けば答えてくれるわよ」
「そうだよな。何回か交信に成功してるって書いてあったし!」
二人は、まだ見ぬ宇宙人に思いをはせた。
「で、何を買ってきたんだ」
車に戻ってきた二人に武彦が尋ねる。
「牛肉と虫除けスプレー!」
穂積が自信まんまんに答えた。
「虫除けスプレーは良いとして、牛肉? 何に使うつもりかしら」
シュラインのもっともな疑問に、
「それは秘密です。ね?」
「ねー」
綾香が可愛らしく小首をかしげ、穂積もそれに乗って首を傾けた。いつのまにか意気投合している。
「とにかく、頭内山に向かうからな。もう止まらないぞ」
宣言して、武彦は短くなった煙草を吸殻入れに押しつけた。皆がシートベルとをつけたのを見計らい、アクセルを踏む。シルバーメタリックの車体が元気よく動き出した。
カーラジオからは、男性パーソナリティが陽気なトークと共に視聴者からのお便りを紹介している。
「交信する時の儀式って、どんなことするんだ?」
ふと穂積が呟いた。
「やっぱり、みんなで円になって手を繋いで……って感じじゃないかしら」
シュラインが言うと、
「そうなの? 『ベントラさん、ベントラさん、いらっしゃい』って呪文を唱えながら、宇宙人もメロメロの魅惑の踊りを踊るんじゃなかったっけ」
「ベントラ……? なんだそれ」
「宇宙人もメロメロの踊りって……どんなものなのかしら」
綾香の発言は、いちいち常識の範疇を超えているようである。
<3>
国道を飛ばし、一般道を駆け抜けて、ようやく車は頭内山の中腹までやってきた。辺りはすっかり日も落ちて、車のライトが消えると数歩先の足元もおぼつかない。ひとけのない山で、本当にここで良いのかと不安に駆られたが、少し登ってみてその疑問はすぐに消えた。
銀紙かアルミホイルで装飾されたやぐら。
屋台も何もないのに木々には電飾が張り巡らされ。
眠気を誘う民族音楽が待ったりと流れる。
ベニヤ板で作った看板には「宇宙友好親善協会主催・第5回交流挑戦会」の文字。
間違いなくここだった。
「なんだか本格的ねぇ」
綾香がぽつりと感想を述べる。と、山の中という場所にまったくそぐわない格好をした青年が、満面の笑みで彼らの元へとやってくる。今にも社交ダンスを踊れそうな服装で、軽やかにステップを踏んで向かってくる影に、一同は思わず後ずさりかけた。
「ようこそ、えぇと、草間武彦さんご一行ですね? わたくし、この企画の主催者の宇宙友好親善協会会長、富原と申します。どうぞ気軽に会長とお呼びください」
片腕を優雅に体の前へと下ろし、貴族風のお辞儀で出迎える。
「なんでそんな大げさな格好なんだ?」
穂積が恐る恐るたずねると、
「だって、相手は宇宙からのお客様なんですよ? それなりの格好で出迎えるべきだと思いません?」
「あ、なるほど〜。おれは高校生だから制服でも良いよな?」
「はい、良いと思いますよ」
ちなみに、武彦はくたびれたワイシャツとスーツ、シュラインはスーツ、綾香は白いブラウスに薄桃色のスカートという普段着である。
「宇宙人と会うのって結構厳しいのねぇ」
綾香が呟き、武彦とシュラインは揃って肩をすくめた。
と、不意に武彦がシュラインの顔をじっと見つめだした。周りの目もはばからず、二人の距離はあまりにも近い。こちらの妙な雰囲気に気付いた穂積の好奇心溢れる瞳が怖い。
「な、何かしら、武彦さん……」
場の空気を紛らわそうとするシュラインの声は
「動くな!」
武彦の一喝でシュラインははっと口をつぐんだ。けれど、武彦の真剣な瞳は揺るがず、その直後に頬に衝撃を感じる。武彦がシュラインを平手打ちしたのだ。
「え……」
何をされたのか一瞬理解できず、頬を押さえて呆然としていると、
「す、すまん。蚊が止まってたもんだからつい……」
同じく、何をしてしまったかに遅れ馳せながら気付いた武彦が慌ててシュラインの頬に手をあてた。
「痛かったか?」
「それよりも、驚いたわ……」
シュラインは武彦に表情を見られない方向を向いて一人溜め息をついた。
「――あ、虫除け買ったんじゃん、おれ」
ポンッと手を打ち、穂積が武彦たちの気まずい雰囲気をうまく散らしてくれた。
「虫除けスプレーだけじゃなくて、さされた後のかゆみ止めも必要だったわねえ」
綾香がそうぼやきながら、他のメンバーにも虫除けスプレーを塗布していく。全員にスプレーをし終わり、スプレー缶を穂積に返した。
「もうみんなスプレーしたんだな?」
確認するように呟くと、後ろから袖を引かれた。振り向いてみて驚いた。こんな山奥にいるよりはヨーロッパの宮殿にでもいるほうがしっくりくる色白の美少女がいるのである。
「……何? スプレー、まだしてなかった?」
穂積の問いに少女は頷く。
「そ、そっか……忘れたたな、ごめん」
年の近い女性が相手だとやはり意識してしまう。相手が美人ならなおさらだ。見れば見るほど白く綺麗な肌で、小さな傷もつけたくないと思う反面、この肌にほんのりと赤みがさせばますます綺麗だろうと不届きなこともつい考えてしまう。
「こ、これで大丈夫、だぜ」
美少女はにっこりと微笑んだ。
<4>
その会場には、およそ20人ほどの人間がいた。スタッフ兼参加者といった風の人が半分で、武彦のように招待状をもらってきた人はほとんどいないようである。
「会長、このバケツは一体……」
「事前に言ったでしょう副会長。前回のリハーサルで火が燃え移って大変なことになった時の教訓です」
正装をした会長が、白衣を着ている副会長を叱るが、
「……火が燃え移るの?」
シュラインの頬が少し引きつっている。黙って準備を見ていられなくなって、つい会長へと詰め寄った。
「会長さん、儀式ってどういうことをするのかしら。今まで、交信に成功はしているのよね?」
「ちゃんと交信に成功していますよ。ただ、みんなが共通して同じものを見るわけではなく、個人でそれぞれ記憶が違うようなのですけれどね。それから、儀式のやり方ですけれど……一言で説明するのは難しいですね。まず、やぐらに私が立ちます。私の合図で皆さんがやぐらを取り囲み円を作ります。手を繋ぎ、音楽に合わせてやぐらの周りを回りつつ呪文を唱えます。それから、私の合図で逆回転をし、次の合図で止まります。フィナーレは、私が事前に渡すものに火をつけ、それを天に掲げます。そうすれば、きっと宇宙の友人も我々に答えてくれることでしょう」
立て板に水の説明である。自分の奇行にこれっぽっちも疑問を抱いていない証拠であった。
「火をつけるっていうのは、やっぱり薪につけるのよね?」
スーパーのビニール袋を手に、綾香がうきうきと話に入って来た。
「薪……ですか?」
「そうよ。だって、お肉を焼くんでしょ?」
その言葉に、穂積も反応する。
「肉って、さっきスーパーで買ったやつのことだよな。それと宇宙人と関係あるのか?」
「あるわよ。だって牛肉なんだから」
綾香が自信まんまんに言うと、はっとしたのは会長であった。
「そうか……コロラド州アラモサ、キャトルミューティレーションですね!」
「ご名答よ」
綾香はにっこり笑って会長の頭をなでるふりをした。
「キャトルミューティレーション……たしか、何者かによって家畜を虐殺される一連の事件の総称だったな」
少し離れた所で一服していた武彦がつい話に首を突っ込んできた。
「そうです。人間の仕業とは思えない高度な技術、残された謎の液体。宇宙人の生態実験ではないかと言われています。なるほど、それで肉を……」
「馬肉はちょっと高いでしょ。だからやっぱり牛かな〜って」
「素晴らしい、素晴らしい発想ですよ、奥さん!」
会長は感極まったのか綾香の手をぎゅっと握り締めた。
そうこうしているあいだに、他の者の手によって準備は着々と進んでいく。
<5>
会長が話した通り、みんなでやぐらを囲んで円を作る。
「皆さん、心を落ちつかせるのです。邪念を追い払ってください。目を閉じましょうか。風のない湖の水面のように静かな心、無心になって下さい……」
会長が催眠術でもかけるような声音でゆっくりと言う。怪しげなセミナーにしか見えない光景だ。中央のやぐらには、綾香の買ってきた特売品の牛肉が乗せてある。
「では、宇宙を想像してください。無重力空間です、空気も音もない闇、そこに、一つの光がやってきます。もちろん、それが宇宙船なのです――」
穂積は目を閉じたまま何か分かったように頷いている。その横ではシュラインが同じように目を閉じ、時々ちらちらと隣の武彦の様子をうかがう。その武彦はといえば、立ったまま寝ているのではないかと思うくらいしっかりと目をつぶっている。時々からだがふらふらっとなるところを見ると、本当に寝ているのかもしれない。
「……目を閉じて、想像してくださいね」
自分に向けられた言葉だと気付き、綾香は慌てて目を閉じた。いったいいつ宇宙人が自分の買った牛肉を持っていってくれるのか気になって仕方なく、ずっと見張っていたのである。
「では、皆さんご一緒に。私の後に続いて唱えてください。『アウレストレス、ウゴレータ…、パン、アトラス、プロメテウス、パンドラ、エピメテウス、ヤヌス、ミマス、エンケレラドゥス、テシス、テレスト、カリプソ、ディオネ、ヘレネ、レア、ティタン、ヒペリオン、イアペトゥス、フェーベ 』」
「あ……なんだって?」
武彦が言葉に詰まる。シュラインも最初の2つくらいしか覚えられず、つい目を開けてしまった。穂積も、さすがに記憶が追いつかず、周りはどうしているのだろうかとそっと様子をうかがった。そういえば、先ほどの美少女の姿が見当たらない。
と、
「アウレストレス、ウゴレータ…、パン、アトラス、プロメテウス、パンドラ……」
綾香は、脅威の集中力で会長の言葉を繰り返していた。彼女は今まさに無心であった。何かを悟れる境地にまで達しかけている。
呪文の詠唱が終わると、一人に一本細長い棒が渡された。もしかしなくても、それは夏の残り香、花火であった。
「私が火をつけ、両隣に回します。その火をぐるりと隣の方へと分けてあげてください」
どうやら、火事騒ぎの原因はこれだったようである。
「火がついたら、このように頭の上に掲げて左右に振るのです。私に合わせて、右、左……」
アイドルのライブに行けば、この何万倍という光景が見られそうだ。しかし、この小人数でもきちんと揃っているこの振りは、それなりにきれいである。
「さぁ、宇宙にいる我々の友人を呼ぶのです……」
会長の声は、興奮のあまり時々裏返った。最初はその気のなかった武彦も、なぜか生唾を飲みこみながら花火を振る。
宇宙人に、会いたい。
そう思った瞬間、まぶたの裏が、白くなるほどに光を受けた。
<6>
「……宇宙人なんていないよな」
武彦は、帰途へつく車を運転しながらひとりごちた。空は白々と明けてくる。皆が見たまばゆい光は夜明けの太陽の光だということで強引に納得し、会は解散となったのである。
「結局、蚊にさされて終わりだ。まぁ、これも一夏の思い出ってことにして、明日からはまっとうに生きるべきだな」
しかし、武彦の意見に同意するものはいない。寝ているわけではないのだが、皆それぞれ物思いにふけっている。
あの時に会ったあの人は、もしかしたら地球への訪問者だったのかもしれない。
不思議な疑惑を残し、4人は頭内山を後にするのであった。
「……なんだこれは」
後日、武彦の元には以前より多くのオカルト・宇宙人関係のダイレクトメールや招待状が届くことになったそうである。
FIN.
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
5546 / 綾香・ルーベンス / 女 / 26歳 / アパートの管理人
4188 / 葉室・穂積 / 男 / 17歳 / 高校生
(発注順)
NPC / 草間・武彦 / 男 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
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ライター通信
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こんにちは、月村と申します。
今回は「草間コウシン所」にご参加いただきありがとうございました。
ちょっとした、ひとなつの思い出になれば幸いです。
所長については、PC様からの熱い要望により、同行することになりました。
それでは、また機会があればお会いしましょう。
2005/09/05
月村ツバサ
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