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<東京怪談・PCゲームノベル>


想い出を聞かせて 〜知られざる陰謀〜

「最近、雨、多いですね……」
『井之頭本舗』の格子状の窓硝子に顔を寄せ、みやこは空を見上げる。
 いちだんと強さを増した雨脚は、公園の木々を水のヴェールで覆い、井の頭池の水面に飛沫の王冠を重ねている。
 長月に入ってからここ数日というもの、雨の降らぬ日のほうが少ない。開店したばかりのこの店は、もとより千客万来というわけではないのに、天候不順がより一層、客足を途絶えさせている。
 雨の中、散歩中にふらりと立ち寄って、閑散とした雰囲気を救ってくれる奇特な客人も、いまのところ現れる気配はない。
「お客さまがいらっしゃらないと、つまらないです」
 この公園を訪れて、弁財天宮に顔を出したりするような変わり者の客人たちは、たいがい、波乱万丈の過去と特殊な能力を持ち、さまざまな異界を巡り、東京で起こる数多くの事件に関わっている。
 生まれ育った井の頭池からあまり離れたことのないミヤコタナゴは、物語のような冒険譚を聞くことをとても楽しみにしているのだが、公園に人影すら見えないありさまでは、それもままならない。
「弁天さまー。雨降らすの、ほどほどにしてくださいね」
 暇にあかせてアルバイト店員などをしている弁天を、みやこは振り返る。
 下ろした髪をふたつに分けておさげを作り、可愛らしいウエイトレスを演じている(つもりの)弁天は、人差し指を頬に当てて小首をかしげた。
「あたしのせいじゃないですよぉ〜。だって、あたしが降らした雨じゃないし、降ってくるものを止めることなんて出来ないですもん」
「……頼むから、その口調はやめてくれ」
 げっそりとして、草間武彦が言う。
 芥子色の和服に紺のエプロンという男性用ユニフォームがなかなかに似合う彼は、興信所の閑散期を乗り越えるべく、出稼ぎの真っ最中であった。
 当然ながら、有能な事務方のシュライン・エマも一緒である。紺の着物に朱色のエプロンを付けてみやこと並んでいると、確実にシュラインの方が店長に見える。
「御殿山の方に出前に行ったファングさんは、随分帰りが遅いけど大丈夫かしらね」
 シュラインはてきぱきと、メニューの差し替えや書き直しをしている。
 なにぶんにも仕事が早いので、作業はすぐに終わりそうだ。いったい、この次はシュラインさんに何をしていただければいいのかと、みやこは店内を見回す始末である。
「あの辺は豪邸が立ち並ぶ一帯じゃから、道に迷うということもあるまいがのう……。雨合羽を着込んで慣れぬママチャリで出かけたゆえ、途中で転んで気まずいことになっておるやも知れぬ――徳さんや」
 不評な演技をあっさり撤回し、弁天は厨房へ行った。
 ぴかぴかに磨き上げられた業務用作業台に向かい、新メニューの研究に励んでいるのは、弁天が超法規的なツテを使ってスカウトした、信州内藤流を極めた蕎麦打ち名人である。
 鬼鮫こと霧嶋徳治、井之頭本舗での局地的愛称が『徳さん』であるところの――そのひとだった。
「どうじゃ? 変わり蕎麦の考案は進んでおるか?」
「……もう、少しだ。あとひと味、何かが……」
「徳さんは職人気質じゃからのう。そう根を詰めず、気分転換に外出してきては?」
「何か、御用があるんですかい?」
 この店に来て日は浅いが、鬼鮫は弁天の気質を呑み込んでいた。いかにも親切ごかしに声を掛けてくるのは、決まって裏や下心があるときなのだ。
「鋭いの。いや、実はファングがな、御殿山の黒山羊邸に出前に行ったっきり帰って来ぬのじゃ。単に道に迷っているとか寄り道しているとかなら良いのじゃが、どこかで転んで徳さん渾身の盛り蕎麦3人前をお釈迦にして絶体絶命ということになってたら面白、もとい哀れゆえ、すまぬがちと、様子を見てきてくれぬかのう?」
「ようがす。行ってまいりやしょう」

「徳さんは渋くて頼もしくていい男じゃのう」
 鬼鮫が外出している間に、少し窓を開け、武彦は一服していた。そこに、わざわざ近づいてきて言われたので、思いっきり煙にむせてしまった。
「ちょろちょろするな、うっとおしい。そんなに暇なら、弁財天宮へ帰れ!」
「困ったことに、帰っても暇をもてあます可能性大なのじゃ」
 ぼやく弁天に、シュラインがひとつの提案をした。
「じゃあ、私がお茶を入れるから『お客さま』を演じてくれないかしら? みやこちゃんも退屈していることだし」
「ふむ、良かろう」

 ――そして、ちょっとした寸劇が始まったのである。

 ◇◆ ◇◆

 弁天はご丁寧にも三つ編みを解いてエプロンを外し、いったん店の外に出た。改めて、いかにも一般客でございというそぶりで店内に入り、窓際の席に座る。
「いらっしゃいませ。お久しぶりね、弁天さん」
 シュラインも来客に対する物腰で、おしぼりと冷水をテーブルに置く。
「うむ。おぬしも息災で何よりじゃ。怪奇探偵の興信所は繁盛しておるかえ?」
「忙しさと売上が比例しないから、ここに出稼ぎに来てるのよ。ご注文は?」
 弁天はテーブルに肩ひじをつき、メニューをめくった。
「そうじゃのう。この『職人のこだわり:田舎蕎麦(限定20食)』というのをもらおうかの」
「ごめんなさい。井之頭本舗の誇る蕎麦打ち名人は、今、席を外しているのよ」
「ならば仕方あるまい。『抹茶クリームあんみつと桜ティーのセット』にしよう」
「かしこまりました。武彦さん、よろしくね」
「なんだと? 俺が作るのか?」
 まだ一服中だった武彦は、いきなり厨房担当に指名されて激しく咳き込んだ。
「何事も経験よ。みやこちゃんから、ちゃんとアルバイト研修受けたでしょ。あ、作る前に手洗ってうがいもしてね」
「どうやら今日は、閑古鳥が飛び交っているようじゃの。おぬしも座るが良い。積もる話をしようぞ」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
 すまし顔で弁天は冷水をごくりと飲み、シュラインは隣の椅子に腰掛けた。

「弁天さんに初めて会ったのも、こんな雨の日だったわね。あれから何年経ったのかしら」
 遠い日の出来事を思い出すまなざしで、シュラインは水滴が流れる窓硝子を見やる。
「あの頃、おぬしはまだ女子大生であったな。頭が切れて行動力があるところは今と変わらぬが、若い分、むこうみずであった」
「そうね……。だから、あんな陰謀に巻き込まれたのかも」
「おぬしが短期アルバイトをしていた某巨大商社の不動産管理部門は、裏の世界とよしみを通じ、マネーロンダリングの格好の場となっていた。一般事務職としてあたりさわりのない小口現金の出納を担当していたおぬしは、あるとき、経費のバランスに矛盾を感じ――やがて裏帳簿の存在に気づいた。莫大な資金が、アンダーグラウンドに流れていることを突き止めたのじゃ」
「そのお金は回り回って、井の頭公園周辺の地上げに使われていたのよね。もともと地価の高い人気区域ではあるけれど、あの頃の高騰ぶりは異常だったわ。弁天さんも謎の組織に誘拐されたんだっけ」
「あれは結局、井の頭周辺のどこかに、遙かな昔に飛来した宇宙船が埋まっている、という情報に端を発しておったのじゃな。わらわは宇宙人の子孫と誤解され、先祖から何か伝わっているだろうとさんざん聞かれたぞ」
「弁天さんは誘拐先から隙を見て逃げて、私は三鷹図書館で調べものをした帰りに、偶然、吉祥寺駅南口の博多ラーメン専門店で隣同士になったのよね」
「この店はラーメンよりは高菜&明太子おにぎりの方がいける、という会話がきっかけで意気投合し、お互いの立場を知り、共闘することにしたのじゃった」
「そうそう、作戦を立てて忍び込んで」
「組織の壊滅までは、あまり時間はかからなかったのう」

「話が弾んでいるところ、悪いんだが」
 武彦が、抹茶クリームあんみつと桜ティーを運んできた。
「おお! やれば出来るではないか。見直したぞ、武彦!」
 弁天は手を打って喜んだ。シュラインは立ち上がって急須を持ち、カップにお茶を注ぐ。
「えと、あの。今のお話って、実話ですか!?」
 みやこが目をまんまるにして聞いてくる。
「……そんなわけないだろう」
 ぼそっと呟く武彦を肘で突き、シュラインは口元に人差し指を立てる。
「陰謀の真相というのは、常に闇の中なのよ」

 ◇◆ ◇◆

 雨が上がる。井の頭公園上空に、大きな虹が架かった。
 雲の切れ間から一条の日射しが落ちてきた。泥だらけの自転車を引いて戻ってくるファングと、岡持を手に並んで歩いている鬼鮫を照らすように。

「そろそろ事務所に帰るぞ、シュライン」
 弁天がちゃっかり抹茶クリームあんみつを食べ終わったのを見て、武彦は苦笑する。
「そうね」
 途切れることなく駆け込んでくる依頼人。数々の怪事件。
 草間興信所にはいやがおうにも、新しい冒険譚が待っている。

 シュラインは名残惜しげに、エプロンの手触りを確かめた。

 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。神無月です。
おお。シュラインさまが井之頭本舗のスタッフに! もう、運営も管理もがっつりお願いいたします。
弁天に精神的ストレスを与えられている出前担当のファング氏と蕎麦打ち名人@徳さんのカウンセリングも、どうぞ宜しくなのです。