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<東京怪談・PCゲームノベル>


逃げた茶器の精【夏の巻】



「やられたか……」
 そろそろやるとは思っていたが……と、銀彩で縁取られた、コーヒーセットを前に店主が優美な眉をひそめた。
『このところ暑かったであるからな……』
 暑さのあまりに、ひんやりとした黒檀のカウンターに寝そべったイグアナが目の前にある白磁のコーヒーソーサーに鼻を寄せる。
「なんだよ、また問題ごとか?」
「いやなに、知り合いに頼まれて夏らしい茶器を貸してくれと言われていたのだが……」
 夏らしいも何も目の前にあるカップは銀で縁取られている以外何の変哲もない無地のカップだ。
 優美な形のそれはどこか、懐かしい雰囲気を醸し出している。
「なんだか、西洋のものにしちゃ不思議な感じだな」
「お、少しは分かるようになってきたか?」
 伊達に、茶を飲みに通ってるわけでもなさそうだな。悪戯っぽい瞳を、常連客に向ける。
「実はこれは出戻り品でな?」
「出戻り品??」
「あぁ、大体19世紀初頭の物で海外から日本に特注品で作られた物が、長い年月をかけてもう一度生まれた土地に里帰りしたものなんだ」
 店主の説明によると、どうやらこれは西洋風を模しているが日本製のコーヒーセットらしい。
 しかし、何度見ても6客あるカップもその隣にあるシュガーポットもミルクポットも何の柄も描かれていない、ただの白磁の置物である。
「こういうもんなのか?」
 この店にしては実にシンプルなつくりだ。
「まさか、中の物が脱走したんだ」
「脱走!?」
「どうせ、中庭の池辺りにいるだろうから探してきてくれ」
 そういうと店主は、丸い輪に薄い和紙をはった道具を差し出した。
「これは……」
「見て分からんか?金魚すくいでつかう『ポイ』という道具だ」
 ちなみに、椀はこれだと、ゴムのお椀を渡される。
「はぁ!?」
 どうやら、逃げた絵柄というのが金魚のようである。
「こんなんで、つかまるんかよ!」
「終ったら、報酬をだしてやるから捕まえてきてくれ」
 因みに探すのは金魚だけじゃないからな。

「だから、どっから何を探せばいいんだよ!!」
 というか、逃げた絵柄なんてどうやって戻すんだよ!?
「そのくらい少しは頭を使って考えろ」


 序にそれが終ったら、客の所に届けてくれると尚嬉しい。
 実に客あしらいの美味いやり手店主は容赦がなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 店内の柱時計の長針は4時半を付近を示しているある日の夕刻。
 未だ日は高く、晩夏の暑さから逃れるように、店内に足を踏み入れた神居・美籟を出迎えたのは、少々困り顔の黄昏堂の店主だった。
 落ち着いた雰囲気の店内は、古い洋館独特のひんやりとした空気を湛えている。
「どうかしたのか、御店主?」
 帯止めと揃いの髪飾りを揺らしながら美籟が小首を傾げた。
「あぁ……少し困ったことがあってな」
 美籟に向き直る店の主の前に並べられているのは、白磁の茶器。
「ふむ?これが………?」
 如何したのか?静かな目線だけで先を促す。
「何、知人の店に貸し出す予定で蔵から出したのはいいが……図案が逃げ出してしまったんだ」
 確かに目の前の茶器には何も画かれていない。
「図案が逃げ出すとはまた珍妙な……」
「まぁ……夏だからな」
 どうせ、中庭の池辺りで涼んでいるのだろう……
 そういうと店主は懐から、小さな柄の付いた輪に薄い和紙が張られたものを美籟に投げてよこした。
「これは……?」
「ポイという。金魚すくいに使う道具だ」
 知らんのか?と問われても、金魚すくいという遊び事態は知識としてしっているが美籟にとって経験のない遊戯であった。
「御店主、生憎と私はこういう遊戯の経験がないのだが、紙は水に入れては破れてしまう物ではないのか?」
 つんつんと細い指先で、ピンと貼られた和紙をつつく。
「いや、やり方次第ではそれ1つで10匹も20匹もとる者もいるから、そう脆いものではないぞ」
「ふ〜む……不慣れゆえ、よければ予備を貰いたいのだが……」
 よろしいか?
「あぁ、予備ならたくさんある好きに使うといい」
 そういうと、カウンターの下から店主は緑のゴム椀と予備のポイを美籟に差し出した。

「ふむ、水の香に花の香…それに金魚か……」
 店の主の話を聞くに、どうやら蓮の間を泳ぐ金魚の柄のカップらしい。
 茶器に残された残り香を辿り美籟が店の奥に目を向ける。
「花は蓮(はちす)の香と聞くが如何か。まあ行けば分かる事だ。中庭の池だったな、探して来よう」
 微かに残された蓮の香りをは確かに店の奥に設けられた中庭へと続いていた。
「よろしくたのむ」
 くれぐれも、手荒に扱って壊さないでくれよ。
「うむ、まかせておけ」

 手の中で渡された道具を弄びながら、美籟は小さいながらも手入れの行き届いた庭園を見渡した。
「確かに御店主の言う通りのようだ。さて、私に捕らえることが出来るものか…」
 蓮の香りはこの辺りから漂っていた。
 苔むした庭に飛び石が置かれ、水盆に一度落とされた清水があふれ出し池へと流れ込む。実に涼しげな庭に美籟が目を細める。
 大き目の水盆に目をやった美籟が首を傾げた。
「御店主。確か私は蓮の花と金魚と聞いたのだが」
 水盆のふちに腰掛けてぱしゃぱしゃと足で水を蹴上げているのは、どう見ても幼い人間の少女。
「ん?あぁ……そんなところで水遊びをしていたのか」
 淡いピンク色の蓮の柄の着物の裾をもたげて遊ぶ少女が、不思議そうに二人をみる。
「こういう、こともあるのか?」
「偶にだが、ないこともない」
 どうすればいいのだろう、と考えあぐねていた美籟は一先ず少女に歩みよった。
「確かに夏は暑い。しかしあなたを望む御仁がおられるそうだ」
 できれば、在るべき姿に戻ってはくれるかの?
 真摯な眼差しで、語りかけられキョトンとしていた少女はふわりと微笑むと淡い光を残し一輪の蓮の花に姿を変えた。
「これで……よかったのか?」
「上出来だ」
 美籟の説得の所為か、一通り水遊びをして気が済んだのか蓮の花は水盆の中に浮んでいた。
 残る問題は……行方不明の金魚である。
 こればかりは残り香に頼るわけにも逝かず、浅い池を丹念に見渡した。
「この中にいるのは確かなのであろう?」
「たぶんな、この店の中で水が豊富にあるところいったらここだからな」
 半刻ほど見渡したのち、美籟の視界の端に赤い物が横切った。
「いたな…さて、私に捕らえることが出来るものか………」
 和服の袖を襷がけで止めながら、美籟の目の端がキラリとひかった。
「いざ!」
 ポイを構え、臨戦態勢に入った美籟が何をおもったのか、一度構えたポイをおろした。
「……伽羅」
 また逃亡されては適わぬと、美籟の呼びかけに応じ周囲に守護結界を張るべく仙女の姿をした香精が香気と共に姿を現す。
「では、改めて……いざ尋常に勝負!!」

 最初は恐る恐る水につけたぽいの頼りなさに美籟も何時になく真剣な眼差しで水面下をみつめ……
 なんとか1匹…2匹と捕まえていった。
 ひらりひらり水の中を泳ぐ金魚たちに、苦戦させられたもののどうにかこうにか全ての金魚を取り終えたのはそれから随分たった後。
「…意外に和紙とは丈夫なものなのだな。という訳で御店主、予備は必要なかったようだからお返ししよう」
 美籟の手の中の椀の中には大小あわせて8匹の金魚があった。
「これですべてかのぅ?」
「あぁ、ご苦労様だ」
「なかなかに興味深い経験だったぞ、金魚すくいとはおもしろいものだな」
「お二人とも、お茶の準備ができましたわ、どうぞ一休みしてくださいませ」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 美籟の前には金彩で縁取られたガラスのグラスに注がれた水出しの煎茶と、白玉が浮かべられたぜんざい。
 ぜんざいを見た美籟の目じりが少しだけ下がった。
「さ、どうぞ御代わりもありますからね」
 店の看板娘が、美籟に冷たいぜんざいをすすめた。
「馳走になろう」
 茶器の図案はどういった魔法か、店の主がすいっと指で金魚たちと蓮の花に触れると解けるように白磁だった茶器に吸い込まれていった。
 今は、鮮やかな色彩の金魚がカップの中を泳いでいる。
「見事なものだな」
「それ程歴史的には古いものではないが、薩摩あたりで焼かれたものでな……夏らしい茶器と乞われてそちらのグラスとも迷ったのだが……夏にアイス用のガラスはありきたりだとおもってな此方を貸し出すことにしたんだ」
 人に使われてこその、日用品。此方の店主は頻繁に商品の貸し出しも行っていた。
「蓮に金魚とは夏らしい涼しげな柄だな。清水の香が薫るようだ、この茶器を望んだ人物は見る目があるようだ…興味が沸いた」
「そうか?じゃぁ序に届けてくれるとこれを借りたがっている人間にあえるぞ」
 優雅に白玉を口に運ぶ美籟に笑いかけた。
「それも、面白そうだ」
 どこに行けばあえる?
「これをもっていけば、直ぐにあちらから姿を現すさ」
 意味深な言葉を紡ぎ、店主が一枚のチケットを差し出した。
「半額券?以外にケチだな」
 渡されたチケットを美籟は手の中でこね繰り返した。
「まぁ、そういうな向うも商売だからな元手くらいは払ってやってくれ」


 涼しげな茶器を眺めながら、食べる甘味はまた格別なもの……
 その後、美籟が数時間居座ったのは黄昏堂の面々だけがしる秘密であった。



【 Fin 】



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【5435 / 神居・美籟 / 女 / 16歳 / 高校生】


【NPC / 春日】
【NPC / ルゥ】


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■         ライター通信          ■
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神居・美籟様

はじめまして、ライターのはると申します。
この度は朱園WRとのコラボ企画に参加していただき真にありがとうございました。
美籟さんの凛々しさが書ききれているかどうか……ちょっと頼りない新人ではありますが
楽しんでいただければ幸いです。

またのご来店おまちいたしております。