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<東京怪談・PCゲームノベル>


[ 雪月花1 当て無き旅人 ]


 秋の空の下

  ずっとずっと探してた。
  独りの旅が何時からか二人になった。
  誰かが隣にいる、そのことはお互いの支えになった。
  嬉かった。ただ…嬉しかった。それを声や態度に表すことは滅多に無かったけれど。
  今はまだ当ての無いこの旅に、俺たちは多分『みちづれ』がほしかった。

  あなたはこんな俺達を見て……一体何を思ったのだろう?


「ねぇ……柾葵、先はまだ遠い?」
 声に出すは一人の少年の声。声変わりは疾うに済んでいるはずだが青年と言うにはその声は高く、しかしその見かけは十分青年と言えるものを持っていた。表情にはまだ幼さを残してはいるが、身長は成人男性の平均を超えている。
 ただ、掛けたサングラスの奥に見える目は、その表情に似合わず冷ややかにも思えた。
 そして、その少年の隣に立つ彼より更に背のある一人の男性。柾葵と呼ばれた青年は、ただ少年の問いかけに首を縦に振る。しかし一瞬の後それが少年には見えていないことに気づき、そっと少年の右手を取った。
「洸……、まだ 遠い……?」
 掌に書かれた文字を読み取り、洸と名前を書かれた少年は苦笑する。
「うん、判ってるよ柾葵。でも俺、そろそろ疲れたんだ」
 言うと同時、少年の膝が崩れ、青年がそれを必死で支えようとした。
 しかし夕暮れ。ゆらぎ、やがて落ちゆく二つの影――…‥


 柔らかい風が吹きすさぶ中。タイマー仕掛けなのか、まだ辺りは明るいが一斉に点りだす街灯。その上に腰掛ける一人の人物。もうかれこれ十数分前から此処にはいたが、今しがた自分の下で起こった出来事に頬杖をつきながら「おやおや…」と、ポツリ言った後ふわり、二人の前へと舞い降りた。
 着地までの短い間、結われた長い銀髪は軽やかに揺れ、着地の瞬間も片足からで軽やかなもの。
 胸の上に刺繍の入ったチャイナ服にショールを羽織ったその容姿に声、その軽快さからも女性だ。彼女は目の前の二人を見下ろすと、その表情は何を思ってか、ゆっくりと変化する。微かに細められた目。その奥で右は深蒼色、左は深紅色の眼が揺れる。
「……放っておけないんだよ、子供は…ね」
 呟いた言葉、やんわり浮かべた苦笑い。
 そして、ただ街灯の続く無人の道を振り返り静かに言った。
「――桂、そこにいるのだろう?」
 無人だと思われたその道に、やがて小さな砂の音と人影が現れる。黒の上下に白いジャケット、片手には懐中時計を持った、少年にも少女にも見受けられる容姿を持つ人物。薄暗くなり始める辺りの中、白と黒のコントラストよりも赤く光る目が更に印象的だった。
「少し手を貸してくれないか?」
 名前を知っている事、そして何も言わずともまず告げた用件、溜息を吐きながらも頷いたその人物――桂で間違いない――、そんな二人の仲は少なくとも知り合い以上。友人、とでも言えるのだろう。

 桂が開けた不思議な穴を抜けると、四人は一軒の家の前に到着した。ひっそりと建つそれはまるで隠れ家のようで、二人は少年と青年を中へと運び込みドアを閉める。彼女が鍵を開けた事から、此処は彼女の家なのだろう。
 しかし、片割れを床へと降ろした桂は閉められたドアを振り返り言った。
「…って、ルーナくん……ボクはもう帰りますけど?」
 そう、ルーナと呼ばれた彼女――ノワ・ルーナ――も、片割れを床へと下ろすと桂を振り返る。
「なんだ、もう帰るのか? 少しゆっくりしていけばいいのに。茶くらいは出すよ?」
「ボクはこの二人の目覚めに立ち会ってはいけないので……だから此処にはこれ以上居れないんです。それに、ボクが近くに居たことは内緒にしておいてくださいね」
 桂の言葉にルーナは考える仕草を見せるが、どうせ答えが出ないことが分かったのか、諦め言う。
「……なんだかよく分からないが分かったよ。また、な」
「はい。また…近いうちに会いましょう」
 最後に近い再会を言い残し、桂はルーナの家を出た。
 残されるは三人。ルーナはまず二人をベッドルームまで運ぶと、自分は椅子に腰掛け一休みすることにした。その椅子からベッドルームは一直線で良く見える。どちらか気づけばすぐ分かるだろう。
 暮れる陽に、やがて辺りは冷たい空気に包まれ始める。特別点けるほどでもないと思ったが、眠っている二人にこの寒さはやがて辛いかも知れないと、ルーナは暖炉の火を点けた。薪は然程入れていないため、室内の気温はゆっくりと、僅かに上昇した程度。暫くはこれで安心だろうと、ルーナは籠に入った何かを持ってくると、暖炉の前で作業を始めた。



    □□□



 それから数時間が経ちルーナがふと顔を上げたとき、上半身を起こしていた青年に気がついた。何時の間に目覚めていたのか、はっきりと開かれた目はルーナと室内を交互に見ている。
「なんだ、いつの間にか気づいてたんだね。もう一人――も、今お目覚めか」
「…こ、こは……何処でそこにあるのは何――いや、居るのは誰…?」
 ルーナの声に、その身を起こした少年は言葉に訂正を入れながら言った。その視線は確かにルーナを向いて最初に『何』であるかを聞いていた。
 少し寝起き声で掠れているが、声色・その表情から青年とは違い警戒心の塊のように思える。
「此処は私の家で、私はルーナだ。そっちは寒いだろ? 良ければこっちに来な、椅子もあるし……少し話でもしようじゃないか」
「――状況が見えないんで話は賛成ですけど、…ぁ、柾葵……俺の荷物は?」
 言いながら立ち上がった少年は、青年に向け言った。一方、柾葵と呼ばれた青年は頷くと洸と同じく立ち上がり、辺りを見渡すと部屋の隅にそっと置いてあった荷物に気づき手を伸ばす。
 それを少年へと手渡せば、彼は中からサングラスを出し掛けた。
「少年、さっき掛けていたのは無傷で此処に置いてあるが?」
 そう、ルーナは目の前のテーブルに置いてあるサングラスを指差し少年に言う。
「え、あぁ…ありがとうございます」
 それに気づいているのかいないのか、少年は暖炉前の椅子に腰掛けるルーナの側へと寄り、彼女の片手により引かれた椅子に腰掛けた。続いて青年がその横に無言で腰掛ける。
 カタンと椅子の音が静かな室内に響くが、その後はただ薪が燃える音だけが響いていた。数分後、呼ばれておきながらこの状況に耐え切れなかったのか、少年はルーナを見ると問いかける。
「あの……あなたは一体何を?」
 その言葉にルーナは手を止め顔を上げた。本当にうっかり、没頭してしまっていたらしい。今彼女が膝の上に置いたのは編み棒と毛糸の塊だ。
「あぁ、これ? 子供への贈り物、かな……マフラーをね」
 少年の言葉に答える贈り物を作っているという言葉とは裏腹、ルーナの表情は泣きそうな微笑を浮かべていた。
 青年はその表情にハッと気づき半分腰を上げるが、少年の言葉の方が早く「子供?」と問う言葉に青年は腰を下ろしてしまう。どうやらその言葉を止めたかったようだった。ただ、その表情に『間に合わなかった…』とでも言いたそうなものを残し、青年はルーナを横目で見る。
「……さて、と。ちょっと待ってな。今何か持ってくるよ」
「…………」
「――――」
 少年の言葉は確かにルーナへと届いているはずだった。しかし彼女は二人に背を向け、キッチンのある方へとか、消えていく。
 それを確認した後、少年は青年の方へと身を乗り出し近づくと、距離はすっかり離れているが、ルーナには決して聞こえぬよう小声で言った。
「……お前、今止めようとしたよな? なんでだよ?」
 その疑問に青年は頭を振るが、少しした後少年の手を取り、その掌に何かを書き始める。
「『はっきりと何が、とは分からないけど…あいつにとって触れられなくない事だ。追求しちゃいけない気がする』――ねぇ。そうならそうと言えばいいのに…まぁ、分かったよ。これ以上追及しない。第一理由もないし、どうもあの人……っと」
 言葉の途中だが何かに気づきその身を引いた少年と同時、奥からルーナがカップを両手に持ち帰ってきた。
「ほら飲みな? 少しは暖まるよ」
 言葉と同時、二人の前に置かれたのは薄っすらと湯気を上げるホットミルク。
 ルーナはカップをテーブルへと置くと再び席に着き、編み物の代わりに今度は頬杖をつき二人を見る。
 一瞬躊躇いを見せながらもカップに口をつける少年と、目の前に出されるや否や口をつけた青年は、暫しカップを両手で包み込むように持ち一息吐いた。時計の針はすっかり深夜を指している。二人は長い睡眠のお陰で眠気はないが、ルーナも欠伸一つなかった。
 やがて静寂の中、唐突にカタンとカップをテーブルへと置いた少年は、ルーナに向き直り頭を下げる。一体何事かと、彼女はポカンと口を開けるが、続きはすぐさま紡がれた。
「遅れました。俺は洸でこっちは柾葵。俺たち、またぶっ倒れてたんですよね…」
 続いて上げられた顔には苦笑いが浮かんでいる。
「洸と柾葵、か。気にすることはない、私が好きでやったことだ。それよりも体は大丈夫か? 『また』ってことは、今回みたいなのが初めてでもなさそうだが」
 その問いかけには洸ではなく、今まで無言で佇んでいた青年――柾葵が頷いた。しかしやはり言葉はない。代わりにか、彼はポケットからメモ帳を出しペンを出すと、なにやらそこに書き始めた。
 走り書きのようなものにも関わらず、意外にも綺麗な文字はなにやら会話文書のように見える。
『ここ最近宿に泊まってなかったから流石にぶっ倒れたのかも…よくあるんだ、本当に。でも気にしないでほしい、すぐに出て行くから』
 案の定、それはルーナに宛てられた短い手紙のようで、それを読んだ彼女は柾葵が喋らない理由に辿り着く。そして先程からもう一つ、洸にも違和感を覚えていた。きちんと歩いているのも分かっている。ルーナを見たのも確かだ。しかし、荷物のことといい、テーブルに置かれたサングラスを然程気にしていなかった…否、それが見えてはいなかったような。
「…………」
 盲目も失声も初めて会うわけでもなく、物珍しいものではない。ただ、そうルーナが考えに耽り沈黙を守っていると、柾葵はそれを肯定と取り洸と席を立とうとした。
「いや、すぐにって…私は構わないんだよ? 拾ってきた、と言えば言葉は悪いが、自分から首突っ込んだことだ。寧ろこのまま出て行かれるほうが又倒れるんじゃないかって心配だね……」
 そう言うと、二人は顔を合わせもう一度席に着く。
「二人の事情に踏み込もうとは思わない。でも簡単に解決できる事なら、こうして目の前にいる事もないだろう? 気にしないでほしいと言われても少しの無理がある」
「……でも――」
 口を挟んだ洸の声を半ば静止するかのよう。ルーナは強く、しかしその声色は優しく二人に語り掛ける。
「それに宿もろくに取れてない程の…旅なんだろう? 無理に何か話してくれなんて言わない、だからせめてここで一晩休んでいくといい」
 未だ食いつこうとする洸と反面、柾葵はそんな彼を無言で制止させた。それに反発する掌に柾葵は何かを書き、やがて洸は唸るものの静止する。
「……じゃあ、俺は勝手にもう一休みさせてもらいますよ」
 カタンと小さく椅子を動かし洸は席を立つと、振り向きもせずベッドルームへと戻っていく。その様子に思わずルーナは苦笑を漏らすが、柾葵の視線に気づきすぐ「なんだ?」と彼の方を見て笑みを浮かべた。勿論返されたのは言葉ではなくメモ用紙で、ルーナはそれを手に取り目を通す。
『悪いな。いつもはあんな奴じゃないんだ…ただ俺らの旅って当てが無くて、曖昧過ぎて終わりも見えないからせめて道中、誰かを巻き込むことだけはしたくなかった‥それで、なんだ。後は…多分洸には他の理由もあるんだろうけど、俺からは言えないし、俺のも言っちゃいけないと思ってるし』
 巻き込みたかったゆえの態度。だが、それともう一つの――否、もう二つだろうか。その理由にルーナは思わず肩眉を上げた。
「ふぅん…まぁ、私はあの程度なんともないよ。だからそんなに気にしないでいい。それより、もうそろそろ休みな? あんな状態じゃまだ回復してない筈だ」
 ルーナが言えば、柾葵はゆっくり席を立つ。ただ机にはきちんと最後のメモが残され、洸の後を数分遅れで追う背中を見送れば、最後に彼は振り返りルーナに向かい手を振った。
『実は相当、な…俺洸より体力無いからあいつがダメなら俺はもっとダメってことで。お言葉に甘え休ませてもらうな。おやすみ』
「…あぁ、おやすみ」
 その内容にやはり笑みを浮かべ、柾葵の背中が見えなくなったことを確認すると再びマフラーを編み始める。
 パチパチと薪の燃える音。その音の中、手はマフラーを編みながらも思考はすっかり二人の事へと集中し。やがて手は止まり、朝が来る…‥



    □□□



 翌朝、陽が昇ると同時に二人は家を出るとルーナを振り返った。
「…お世話になりました」
『ありがとな』
「……」
 ドアは開けたまま、壁に背を預け二人を見るルーナはふとその背を離し、別れの言葉を紡ぐでもなく、一つの考えを言葉にする。それは昨晩辿り着いた一つの結論だ。
「洸、柾葵――あのな、」
 二人にはまだ明かすことの無い、幽霊に非ず妖に非ずという今の状態で、当てなく彷徨う二人の役に立てればいいと。
「突然だと思うんだが、私も今日から同行させてくれないか?」
 しかしその言葉に、洸はあからさまに「あなた何言ってんですか?」と言う冷たい表情を瞬時に浮かべ、続いて隣に立つ柾葵を一瞬見ると、その視線をルーナへと戻す。
「――こいつに何吹き込まれたか知りませんが、遊びじゃないし歩きっぱなしだし、今のところ終わりは無いですし来てもつまらないですよ」
「なぁに、少しでも動いていないと思考が滅入りそうでね。居ても損にはならないと思うぞ? 寧ろ、そんなに気にするな」
 全身全霊で拒否を示す冷たい彼の一声にもルーナは平然と言い返し、思わず洸は言葉に詰まった。
「……、っ気にするなって、もう……勝手にすれば良いですよ。あなたも言ったって聞かない人の気がする……」
 右手で額を押さえながら言うや否や、洸は柾葵すらも置いて先を行く。
『ルーナ、さんだっけ?あんたが本当にそれでいいなら俺はいいと思う‥。ありがたい、と思うしな。大人がいるのは』
 続いて柾葵が走り書きのメモをルーナに手渡し、彼女を振り返りながら洸を追った。
 その姿が小さくなっていくのを思わず見送りかけ、後ろでドアの閉まる音と同時ルーナも一歩を踏み出す。


  二人の旅がひょんなことから三人になった。
  嬉かった。本当は…嬉しかった。それが誰であろうと、何であろうと『みちづれ』は多い方が良い。
  それを声や態度に表すことなど今は無いけれど。
  当ての無いこの旅。本当は行く先がある事を俺は誰にも告げていない。ただ、そこが何処か知る術がないから。
  それでも共に行くと言ったあなた。

  それならば……共に彷徨ってもらおうじゃないですか?



 ルーナと二人との大分距離は空いてしまったが、やがて柾葵が振り返り、洸が振り返りはしないが足を止めた。
 手を振っている。ただ静かに待っている。それが、口ではなんと言おうが二人の受け入れの形なのだろう。
 そんな二人の様子にルーナは歩みの速度を落とし、俯いた顔には思わず笑みを浮かべる。二人がその顔を見たらきっと何かと言われただろう。否、今の状況でも十分何か言いたそうな洸の姿、単純に不思議そうに首を傾げる柾葵の姿が見えた気がした。だから、次に顔を上げたときは普段通り。

「あぁ、……行こう、三人で――」


 確認するかのよう呟き。肩のショールを両手でふわり、羽織りなおす。
 足取りは軽快に。すぐさま二人に追いつくと、ルーナは両手で軽く二人の背を押した――…‥


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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→PC
 [3890/ノワ・ルーナ/女性/662歳/花籠屋]

→NPC
 [  洸(あきら)・男性・16歳・放浪者 ]
 [ 柾葵(まさき)・男性・21歳・大学生 ]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、亀ライターの李月です。
 勘違いでしたら申し訳ないですが、このPCさまでは初めまして…になると思うのですが、この度は雪月花1 当て無き旅人、ご参加有難うございました。
 早くも同行を決めていただき、このような形になりました。
 洸はルーナさんが『何』であるかは認識していません。ただ普通の『人』とは違う程度に思っているようです。
 柾葵は何かを微かに察した程度で、『この人には踏み込んじゃいけないな』という意識を持っています。珍しく気を使っているようです……
 なにやら壮絶な過去を秘めているルーナさんですが、これからこの二人とどう関わってくださるのか楽しみにしております!
 最後になりましたが、何か問題ありましたらお気軽にご連絡ください。

 まだ歩き出し間もないこの世界は、途中離脱可能、追加シナリオも可能なプレイング次第世界です。
 もしお気に召していただけ、次回に興味を持たれましたら引き続き二人の旅に同行していただければ嬉しいです。
 それでは又のご縁がありましたら…‥

 李月蒼