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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■はらからの行方■



 引き離されてしまった娘の遺した孫を捜して欲しい。

 探偵に依頼するものとしては非常にオーソドックスなうえ、依頼人は一般的なご婦人で、安堵しながら草間は話を聞いていた。依頼人が来た時に首筋の産毛がなにやら逆立つような感覚があったが、気のせいだったようだ。
 彼女が言うには、かつて世話になっていた家で生んだ子と引き離されて自分もそこを出た。捜しても見つからず、そうこうする間に今の家に世話になるようになったのだが、そこの人間が見つかったら引き取っていい、と言ってくれたという事。
 いささか古めかしい展開だなと思いながら、その新しい家人の人情に草間も感心して話を聞く。
「では、見つけた娘さんは残念ながら」
「はい。けれど娘の子供達がその辺りで生きている様子があるんです」
 今の家人は親切だから、その言葉に甘えて再会したいと。
「でもわたしも遠出はあまりできないし、孫達は隠れて暮らしているようなので……慣れた方におねがいしようと」
「懸命な判断だと思いますよ」
 そういってその依頼を草間は引き受ける事にしたのだったが、しかし直後に発覚したのは依頼人は猫だったという――

「それで武彦さんは、詳しい情報を聞き忘れてしまったのね」
「……すまん」
 草間が連続して怪奇オチの依頼に追われ、ここ数日はちょっとした怪談話さえも耳栓を探す程であった事を知るシュライン・エマは愛すべき興信所所長の失態を苦笑するに留めた。
 引き受けた依頼を半端にしておく事は無い草間だというのに、一般人の一般的かつ日常的な依頼だと思ったそれが猫の依頼だったというダメージは近況もあって随分と大きかったらしい。引き受けておきながら、具体的な情報を聞かずに依頼者を見送ってしまったのである。
「仕事としては通常の探偵業範囲内だったでしょうに」
「いや、なんだか裏切られた気分でな」
 労わる語調に草間も苦笑する。
 仕方がない、と黒電話に手を伸ばして連絡を取った先は依頼人ならぬ依頼猫の家。
 当然ながら応対に出たのは人だったが、事情を理解しているらしく名乗るだけで通じたのは有難かった。
 シュラインが用意しているのは聞き出した情報と孫猫達の居るらしい地図・ケージ・餌など。それらを抱え上げると、彼女は依頼猫の家までの地図を再度確認して立ち上がる。頼む、と咥え煙草のまま草間が見送るのには笑って返すと靴音を響かせてシュラインは事務所を出た。


** *** *


 依頼人というか、依頼猫というか、彼女の毛並みは特徴的で、孫猫達のうち一匹がそれを受け継いでいたらしいのは幸運だった。聞き込んだ小学生達の一人がその孫猫の行方を知っていたのだ。
「おれン家の近くのバーサンとこ」
 ぶっきらぼうに言ったその少年とシュラインが並んで向かうのは、けれどその老婆の家ではない。
 日頃の行いがいいのかしら、と思ってしまった展開だったが、少年とその友達は母猫――つまりは依頼者の娘猫を埋葬したというのだ。老婆の家にはその一匹しか居ない、という事でもあり、あるいは残りの孫猫達がその近くに居るかもしれない、とシュラインは考えたのである。
 埋葬した公園に行って、老婆を訪ねて、それから聞き込んだ場所を巡回、かしら。
 チェックを入れた地図を思い返してルートを考えるシュラインの隣で、母猫は車に撥ねられたみたいだと少年が言う。近くに居たのは一匹だけで、それで少年はその子猫を親の所に連れていったらしい。
「犬飼ってて、おれンとこじゃ飼えないから母さんがもらってくれる人探してくれたんだ」
「それがそのお婆さんね」
「うん」
「他に二匹いるらしいんだけど、同じくらいの大きさの子は見た事あるかしら」
「同じくらいのデカさの猫だろ。見たことはあるけど、そいつらあんまり出てこないんだ」
 野良で生きているなら、警戒もするだろう。猫好きな人間が餌をやったりもしているらしいが、だからといって懐っこく育っているとは期待できない。
 じわりと汗を滲ませる陽射しの下をいくらも歩かないうちに見えてきた公園で、少年が木々の濃い影になっている辺りへと向かうのについていく。一本の根元に小さな石と板が刺さっていた。
「ここ?」
「うん。みんなで穴掘ったんだ」
「ちゃんとお墓作って貰えて、この猫も安心して眠れるわね」
「そうかな」
「そうよ」
 自然と目を閉じ、手を合わせる。
 依頼者の話からすればこの母猫はせいぜい一年かそこらしか生きてはいない筈だ。野良猫、野良犬には珍しくもない、と言えばそれまでかもしれないが、やはり気の毒だった。
「その二匹って今どこかなぁ」
「聞き込んだ場所をこれから捜すつもりよ。でもその前によかったら……」
 そのお婆さんのお宅に、と伏せていた顔を上げて言いかけたシュラインが動きを止める。
 あ、と後ろで少年が声を上げた。それを低く制してそろりと体重を動かしたのは、木陰に小さな影を見つけたからだ。
「あの子達が、見かける猫ね」
「え、うん」
「じゃあ、少し待っていて。動かないでね」
 返事を待たずにそろそろと、こちらの様子を窺う小さな二匹へと身体を向ける。
 母猫の居場所をこの子達は知っているのだろうか。確認した情報からすれば、もう少し大きくてもいいのに生後半年にも満たない程度の体格の二匹だった。
 警戒しているのか、ただ興味を持っているのか、大きな瞳が二対。じぃとシュラインを見上げてくる。その視線と同じ高さは不可能でも、可能な限り低く、膝を落とし背を曲げた。土で膝が汚れるのは気にしない。
 小さく舌を鳴らしてみるのには微かに後退する。別にこれで寄ってくるとは思っていないから構わなかった。
 こちらが動いても逃げ出さないのなら、まだ呼びかけやすい。
「このお墓はお母さんのお墓?」
 そっと、緩やかな調子で呼びかける。
 猫達が視線を外して逃げないように、時折目を閉じては開く。凝視すれば力関係を構築してしまいかねない。
『わたしよりも高くて、おっとり鳴く子でした』
 慎重に態勢を変える間に、依頼者の言葉を思い出す。
 彼女の鳴き声をまず模写し、そこから彼女に確かめてもらいながら少し調子を変えた鳴き声。
 奏でるように咽喉を小さく奮わせた。
『そう。そんな声です。そっくり』
 ぴく、と小さな影達の耳が動く。
 繰り返して声を出せば、耳が何度も動き、僅かにこちらへと近付く様子がある。
 おいで、と呼びかける声は痩せた子猫達に通じるだろうか。


** *** *


「――まあ。では祖母にあたる猫がそんなに捜して」
「はい。あまりに必死な様子なので飼主の方が捜す事にされたんです」
 少年に案内された家の老婆とシュラインは向かい合っている。
 傍らのケージは扉が開き、中には何も無い。
 猫自身の依頼などとは言わず、ただ飼主からの依頼として説明した内容に、老婆は傍にいる子猫を撫でて僅かに寂しそうにした。肉の落ちた手に、依頼者と同じ毛色の小さな猫が頭を寄せる。
「でしたら、この子も」
「その事については、後日改めて連絡させて頂けますでしょうか。突然の連絡では申し訳ないので、本日お伺いした次第ですので」
 別に、幸せに過ごしている猫まで連れ戻すのが依頼ではないのだ。
 他の二匹は野良で、母猫の墓へと来る痩せた姿に呼びかけたが、目の前の一匹は老婆にひどく懐いている。
 それをケージに入れて連れて行くのは、引き離すも同然ではないか。
「私共を介しても構いませんし、よろしければ祖母猫の飼主の方から連絡して頂いて一度対面して頂ければ、と」
「それは構いませんけれど、お返ししなくてよろしいのでしょうか」
「飼主の方に依頼されましたのは『孫猫を捜してやって欲しい』という事だけです。幸せに暮らしている猫を連れ戻すように、とは依頼されておりませんし、私共もそんな依頼を素直に受けたりは致しません」
「そうですか」
 よかった、と老婆が柔らかな子猫を見れば、その姿にシュラインも知らず微笑む。
 その眺める先の子猫の近くでは、少し小さな二匹がシュラインと同じようにそれを見て。
 そちらへと視線を流しながら、付け加えた。
「あの子達も、その時にはまた一緒に来るかと思います」
「ええ。是非連れて来てあげてくださいな」
 差し出した老婆の手を怖れて近付かない二匹も、この家で飼われる一匹とケージ越しに逢った時には興奮して大騒ぎしたものだ。それを見て兄弟なのだと実感し、外へ通じる扉を閉めてケージを開けた。
 ひとしきりお互いを確認してからは付かず離れずの距離を保つ二匹と一匹。
 だが、いつまでもここにいるわけにもいかない。
「では後日連絡させて頂きます」
「ええ。いつでもどうぞ、とお伝え下さいな」
「ありがとうございます――また会えるからね」
 ケージに戻す二匹を見送るもう一匹に呼びかけて、そっと撫でた。

 ――おいで、と死んでしまった猫の声を繰り返し真似て呼びかけてケージに招いた後。
『あんた達のお母さんのお母さんが、あんた達を捜してるわよ』
 閉めたケージの扉越しに語りかけるシュラインの言葉にも、二匹はやはりじぃと彼女を見つめ返すばかり。
 その、告げる言葉全てを理解しているように思える子猫達。
「おばあさんと仲良くね」
 ケージ越しに軽く叩いて合図すれば、初めて小さく声が応えた。


** *** *


「可愛いですね」
「でしょう――武彦さんがひっくり返すからここじゃ出してあげられないけれどね」
「悪かったな」
「お兄さんたら、綺麗にするはしからゴミ捨てるんですから」
「零ちゃんも大変ね」
「シュラインさんこそ」
「……」
 若い女性二人の会話に追い立てられるようにして、手近な書類をまとめだす草間。
 依頼者が迎えに来るまでのしばらくの時間、猫達は事務所の応接テーブルの上でケージの中に居ることになったのである。不自由だろうが、この雑然とした事務所で自由にするのは、二匹にとって危険極まりなかったので仕方がない。
 そうして咥え煙草の草間の顔がそのケージへ向くのをちょうどシュラインが眺めていた時に小さな威嚇音。
 猫達が草間へと据わった目を向けているのを彼女は見た。
「……おい」

 憮然とシュライン達へ視線を投げる草間には悪いが、堪えきれずに吹き出した。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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・はじめまして。ライターの珠洲です。細かなプレイングをありがとうございます。
・対面だけでも叶えてあげたい、と仰って下さり、結果、野良だけでなく、お婆さんの家で飼われている猫が一匹となりました。全体に微笑ましいといいなあと思います。
・他の方の作品も読ませて頂き、プレイングと合わせて「シュライン様と言えば草間氏」と刷り込まれまして、最後が草間氏なのはそのせい……ともあれ気に入って頂ければ幸いです。