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<東京怪談・PCゲームノベル>


想い出を聞かせて 〜無冠の天使〜

「うわっとお。すごい雨だなおい。弁財天宮は床下浸水してんじゃないのか?」
 長月に入って最初の日曜日。近づきつつある大型台風の影響で、その日の天候は朝から波乱含みだった。
 青空が見えたかと思えば、急に雲の壁が厚くなり、まるで遥かなる天上界でも堤防が決壊したかのようなどしゃ降りになったりする。
 真輝がマンションを出たときは比較的小降りだったのだが、電車に乗って途中駅を通過するにつれ、雨はまたもや激しさを増した。車窓は弾丸の連射のような勢いで叩かれ、ガラスはびりびりと震えている。
「吉祥寺に着いたら、駅ビルで傘買わなきゃだな」
 真輝は無謀にも、傘なしで出てきたのである。自分の強運をちょっと過信したかもと反省しながら、改札を抜け、公園口方向の階段を下りる。その途端。
 奇跡のように、ぴたりと雨が止んだ。
「らっき♪ これは弁天サンのご加護……じゃないよなー。あの女神サマは降らせる専門だし」
 ともあれ、真輝は手ぶらで井の頭公園に向かったのだった。
 携帯灰皿をポケットに、くわえ煙草で。

「おーい。弁天サンー? 蛇之助ー? いないのかぁ?」
 弁財天宮1階は静まり返っていた。
 これがイベント時であれば、地下4階あたりに潜って準備中ということも考えられるのだが、今日はそういう予定ではないはずである。
「ん?」
 カウンターの上に、貼り紙があった。

 ** ++ ** ++ ** ++ ** ++ **

  ものすごく忙しいんだけど、
  耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、
 『井之頭本舗』で可愛いウエイトレスをしてまぁす。
  サービスしちゃうから、逢いにいらして♪

       貴方の弁天☆

 ** ++ ** ++ ** ++ ** ++ **

「……っっっんとーに暇なんだな……」
 貼り紙には井の頭公園の全景図が添付され、当該の店には「ココで〜す♪」と、赤マジックで大きな矢印があった。
 ふうううーっと煙草のけむりを吐いてから、真輝は『可愛いウエイトレス』とやらを見物に行くことにした。

 ○○ ○○

 井之頭本舗は、古い民家を移築したような、純和風の外観であった。想像していたよりもずっと品の良い、落ち着いたたたずまいである。
「和風スイーツ&手打ち蕎麦……こんな店が出来てたのか! 俺としたことがチェックミスだ」
「いらっしゃいませー」
 真輝が引き戸を開けるなり、びっくりまなこの少女が、お盆を手にすっ飛んできた。
 冷水入りのグラスとおしぼりは既にスタンバイオッケーで、まるで待ち構えていたかのようである。
 少々面食らいながらも、案内された窓ぎわの席に座る。
「えーっと。初めまして、だよな?」
「はい。みやこと申します。ここの店長になったばかりなんです。宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しく。俺は嘉神真輝。高校教師やってんの」
「あっ、たしか、家庭科の先生なんですよね? 弁天さまからお噂はかねがね」
「ええっ? どんな風に聞いてる?」
 みやこは頬に手を当て、ちょっと考えた。しばし間を置いてから、
「…………とってもお料理上手だって」
 くすりと笑う。
(おいー。いったい弁天サンは俺のことを影でどう言ってるんだー?)
 戦慄する真輝をよそに、みやこは後方に声を掛ける。
「弁天さまー。嘉神さんが――お兄さんが、いらっしゃいましたよ」
「きゃあ☆ ようこそぉ〜♪ 大至急、出血大サービス品をお作りするわぁ。ちょっとお待ちになってぇ〜ん」
 キャラ設定が根本から崩壊しそうな、甲高く甘ったるい返答が響いた。
 しばらくの間、厨房でなにやらごそごそやっていた弁天は、やがて、特大どんぶり入りの白玉あんみつを手に現れた。
 和服エプロンにおさげ髪のいでたちは、黙ってさえいれば可愛い新人店員に見えなくもない。が、弁天に喋るなというのは、もとより無理な相談である。
「随分長い間、お見限りだったじゃなーい? 真輝さんに逢えなくて、弁天ってばすっごく淋しかったのぉ」
「高峰さんとこのダンジョンで会ったばかりだろーが。……いいけどな。似合ってるじゃん、そのユニフォーム」
「ほんとぉ?」
「うん。さすがコスプレ好きなだけある」
「やぁーん♪ うれしーい☆ って、それは褒めておるのか?」
 弁天があっさり地を出したところで、蛇之助が灰皿とオーダーシートを持ってやってきた。
「ようこそおいでくださいました。……すみません、何と申しますか、いろいろと相変わらずで」
「お? 蛇之助のユニフォームは、今日は女物じゃないんだな」
「そんなことをいたしますと、違う趣旨のお店になってしまいますので……。弁天さまは面白がって着せようとなさいましたが、必死に抵抗して無事でした」
「じゃあ、さっそくオーダー宜しく。とりあえず――この花丸印のついてるお勧めスイーツ全部。あわ餅ぜんざいと和パフェと豆寒天とあんずソフトみつ豆」
 白玉あんみつを頬張りながら、真輝はメニューのかなりな広範囲をつつーと指でなぞる。
「あ、あの」
 みやこが目を見開き、ぱちぱちとまばたきをする。
「一度にそんなに……。大丈夫ですか?」
「ん? ちょっと少ないかな? 平気平気、あとで追加するから」
 真輝はさらっと笑い、ますますみやこの目を丸くさせた。

 ○○ ○○

「で、蛇之助。最近、ウチの妹とはうまくいってんのか?」
 あわ餅ぜんざいを運んできた蛇之助に、さりげないジョブが飛ぶ。

 どんがらがっしゃーん! ざらざらざー!
 
 これは、蛇之助が落としたお盆が床でバウンドして飾り棚を直撃し、ディスプレイの江戸切り子の器に盛ってあった硝子玉がこぼれた、一連の音である。
 真輝はちゃんと、器がテーブルに置かれたタイミングで言ったので、大事なぜんざいに被害はなかった。
 せいぜい硝子玉が床を転がってあちこちに散らばったくらいであり、それについては、蛇之助が責任を取って拾い集めることになろう。
「は……え……そ……」
 まるっきり言葉にならない蛇之助の背中をばんと叩く。
「野暮は言わん。だが、これだけは言っておく。喧嘩はするな」
「――喧嘩、ですか?」
「ああ。いいか、万一怒らせてしまったら謝れ。とにかく謝れ。でないとおまえが危ない」
「ほっほっほ。何も無理して交際を続けずとも良かろうに」
 和パフェスペシャルバージョンをどん! と真輝の顔面ぎりぎりに置いてから、弁天が嫌味を言う。
 あっという間にぜんざいを食べ終わった真輝は、すぐさまパフェにスプーンを突き立てた。
「弁天サンもさぁ、あまり妹と喧嘩しない方がいいぞ。あいつ、本気で怒らせたら俺より強いから」
「真輝さんて、空手の有段者なんですよね」
 豆寒天とあんずソフトみつ豆を同時に運んできたみやこが、瞳をきらきらさせながら口を挟む。
 話を聞きたくて仕方ないのである。
「うん。俺と、双子の妹たちは、スイスに住んでた頃から空手やっててな」
「スイスってウインタースポーツのイメージですけど、空手も盛んなんですか?」
「そんなでもない。俺たちの場合は、じーちゃんがあっちで道場経営してるんで」
「たしかに、おぬしの妹は手強い。武術家特有の殺気があるぞえ」
 眉を寄せ、弁天はうんうんと頷く。
「あいつ、来日してからというもの、いろいろ手広く修めてるからなあ……。無位のくせして、下手な有段者より腕が立つんだ」
「おぬしは何段じゃったかの?」
「空手オンリー四段。ていうか、それ以上は面倒だし金かかるしで昇段試験受けてなくて」
「あのあのっ! 真輝さんっ」
「……ハイ?」
 何を思ったのか、みやこはテーブルに手を付き、ぐいと身を乗り出した。かなり顔が接近というか接触しそうだが、表情が真剣極まりないため、どきっとする以前に冷汗がにじむ。
「人の能力は、形式で決まるものではないです!」
「う、ん。俺もそう思うけど」
「外見に左右されるものでもありません。いくら童顔で未成年者や女性に間違われようとも、生徒さんがたから愛称で呼ばれようとも、妹さんたちの方が背が高くてもっ!」

 から〜ん。

 これは、真輝が持っていたスプーンを落とした音である。
(いったい、どこからどこまで、みやこちゃんに伝わっているんだろう……?)
 おそるおそる、弁天をうかがっても、
「んま。真輝さんたらドジねぇ。しょうがないひと。あたしが食べさせてあ・げ・る♪」
 予備のスプーンですくったあんずを差し出され、「はい、あーん☆」などと言われる始末なのだった。
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2227/嘉神・真輝(かがみ・まさき)/男/24/神聖都学園高等部教師(家庭科)】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。神無月です。
何だかもー、弁天がセクハラ全開で申し訳ありません〜(平謝り)
『可愛い』とゆーよりは、飲み屋のお姐さん風味。はて。どうしてこんなことにッ!
なお、作中には出てきてませぬが、『水羊羹』も井之頭本舗のメニューに加えさせていただいております。