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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『【幼子と御魂】楽園編』



 草間興信所から、東京・N市で起こっている神隠しについて調べているうちに、依頼を受けた者達は、この事件に「ひなぎく」という娘と、「子供の魂を食べる怪物」の存在がある事を明らかにした。
 調査を進めていくうちに、皆はこのひなぎくという幼子と接触し、彼女の案内の元、子供達の楽園、と呼ばれる場所へと辿り着いたのであった。



「こんな場所を、現実に目にするなんてね」
 草間興信所の事務員である、シュライン・エマ(しゅらいん・えま)は、自分の視界に広がる景色を見つめ、ひそやかに呟いた。
 エマの目の前に、美しい虹色の滝が静かな水しぶきをあげていた。まわりには、甘い香りを放つ果実がたわわに実っており、そのそばにアスレチックに組まれた丸太が建ち、そこで子供達が楽しそうにはしゃぎまわって遊んでいる。どの子供も、とても楽しそうな表情を浮かべていた。
「確かに、綺麗な場所だよ、とても」
 高校生の桐生・暁(きりゅう・あき)も、この楽園をぼんやりと眺めているようであった。
「ここには、光が溢れているのですね。とても暖かな光。だが、どこか冷たい」
 杖をつきつつ、セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)がゆっくりと歩いてくる。視力が弱く、足も不自由だというセレスティだが、その分、感覚は鋭くなっているのだろう。
 エマ達の後ろの方に立ち、ニルグガル(にるぐがる)はあたりを見回していた。草間興信所から、戦闘になるかもしれない、という連絡を受け、急遽ニルグガルは派遣されてきたらしい。
「これが、子供達の楽園」
 ニルグガルは、無表情のままに、子供が遊んでいるアスレチックのような場所へ、じっと視線を向けていた。その表情には、笑みなどはまったくなく、この楽園を睨みつけているような気迫さえ感じる。
「ひにゃぎくしゃん、こんなにたくしゃんのこどもたち、ぜんぶあつめたでちか?」
 エマ達、依頼を受けた者達の中で唯一、幼い子供であるクラウレス・フィアート(くらうれす・ふぃあーと)の声に、エマが楽園の風景から、クラウレスの隣りにいるという、ひなぎくの方へと視線を向けた。
「そうよ。怖い怪物から、ひなが皆を守る為に、連れてきたの。ずっと、ずっと、遠い昔から」
 エマは、その時初めて、クラウレスの隣りに、黒髪のおかっぱ頭をした少女が立っている事に気がついた。
 21世紀の日本の子供とはとても思えない。古い着物を着て、足には草履をはいている。年齢は5歳ぐらいであろうか。まるで、市松人形のような雰囲気のその少女は、エマを見つめてにこりと笑顔を見せた。可愛らしい少女ではあった。目が大きくて頬は紅色。
 今までは、ひなぎくの声も聞こえず、姿を見ることすら出来なかった。同じ子供である、クラウレスだけが彼女の姿をとらえる事が出来た為、エマ達はクラウレスの誘導の元、この楽園へと辿り着いたのである。
「ひなぎく嬢、やっとお会いできたわね」
 エマはひなぎくに優しく、そう答えた。
「ここにいれば、ひな達安心だもの」
 と、ひなぎくがにこりとしてエマに答えた。
「ここにいれば、皆、ずっとこのままなのよ。面倒な大人にならないもの。皆で、ずっとずっと遊んでいてもいの。そのうち、この楽園の事以外は考えなくなるわ。他の事は全部、忘れちゃうの。辛いことや、悲しいこともね」
「それじゃあ、お父さんや、お母さんの事も?」
 ひなぎくの言葉を聞き、エマは顔をしかめると、ひなぎくはこくんと小さく、頷くのであった。
「でも、ずっと楽しく遊んでいられる。それって、幸せな事よ?」
 そう言うと、ひなぎくはいまだに警戒をしているであろうニルグガルの横を通り過ぎて、エマ達に向かって手招きをした。
「クラウレス、それから、大人のおにーちゃんやおねーちゃん達もおいでよ!ひなが、この楽園を案内してあげるから!」
「わ、ひにゃぎくしゃん、まちゅでちよ!」
 ひなぎくは、クラウレスがお気に入りのようで、クラウレスの手を突然引っ張り、子供達が遊んでいる広場へとスキップしていった。急に手を引かれたものだから、クラウレスは転びそうになりながらも、エマ達の方をちらちらと見つつ、ひなぎくと一緒に走っていってしまった。
「さて、どうしましょうか」
 クラウレスとひなぎくが走り去った後、セレスティが呟いた。
「んー、ここがどういう場所で、怪物とひなちゃんの関係も、これから調べなきゃならないけど」
 暁が、子供達を見つめながら返事をする。
「とりあえず俺は、依頼された子供達のところへ行ってみるよ」
 暁の視線の先には、様々な服装をした子供達が、それぞれに関係なく入り混じって遊びまわっていた。エマ達と同じような、平成の現代の身近な服を着ている子供もいれば、どこかの時代劇に出てくるような、古めかしい格好をした子供達もいる。
 その中に、依頼された3人の子供がいた事は、エマ以外の者達も、わかっているであろう。
「ひなちゃんの話だと、ここにいると、だんだん記憶がなくなるって事だろうからさ。それなら、早いところあの3人だけでも、元の世界に返さなきゃ。もっと前に、ここに連れてこられた子は、もう、無理かもしれないけど…」
 そう言って、暁は目を伏せた。
「そうね、とにかく、子供達を助けてあげないといけないわね。私も、子供達のところへ行って見る。その中で、ひなぎく嬢から、話を聞きだそうと思うわ。彼女の正体や、怪物とのつながりをね」
「そうですか。これは、私の推測なのですが、現実世界にある石碑が広場で壊れていた事から、そこに封じ込められていた怪物が解放され、ひなぎく嬢も一緒に現れたのでは、と思うのです」
 セレスティのその口調は、いつもにも増して静かであった。
「今回のこの依頼、神隠しという名を借りて、怪物の欲求を満たす為にひなぎく嬢がおり、楽園が実は怪物が食べたい時に魂を食べるようにしてある、飼育場なのではないかと思うのです」
「もし、そうだったとしたら、ひなちゃんは」
 暁が、ふいに顔を上げた。
「怪物が封じ込められた時には姿がなかったという事から、怪物とひなぎく嬢は一心同体なのではと。まあ、あくまで私の予測に過ぎませんが」
 この楽園の姿は、セレスティの心にはどのように映っているのだろうか。落ち着いた口調のセレスティのその推理には、エマの視界に映る美しい楽園を、禍々しい不気味なものにさえ変える力があった。
「どうかしらね。私は、ひなぎく嬢自身は自覚ない怪物なのかしら、と思ったわ。戦国時代、食糧難等で口べらし犠牲の子達の、1人や想いの集合体かもしれないけど」
 エマはセレスティに続けて、自分で考えた事を言った。それを聞いて、セレスティが小さく頷く。
「それもまた、可能性としてあるかもしれませんね。もしくは、ひなぎく嬢は、魂を食べる怪物に取り込まれたまま、消化されて居らず、ずっと囚われたままだという考え方も出来ます。いずれにしても、ここは相手の空間内ですし、何が起こるかわかりません。あまりバラバラにならないで、出来るだけ、皆さん、一緒に行動した方が良いかと思います」
「そうね、単独行動は危険かもしれないものね」
 セレスティの言葉に、エマは頷いて見せた。
「じゃあ、まずは皆で、子供達のところへ行ってみようか」
 暁の言葉に、一同は一斉に頷き、まずは丸太のアスレチックの方へと向かう事にした。
「私は、魂を食らうと言われる怪物が動きを見せるまでは、待機する事にしましょう」
 ニルグガルは、一瞬の隙も見せずに、無表情のままエマ達へと返事をした。
「あの幼女は、ここは怪物から子供達を守る為の楽園だと申しましたが、その言葉が正しいなどという根拠はどこにもございません。それに私は、この楽園の存在自体を、認めるわけにはいかない」
 ニルグガルはそう言いながら子供達のいる広場の方へと歩き出した。
「皆様に調査をお任せしましょう。私は、楽園を良く見渡せそうな、あの広場で待機しています」
「そう。では、怪物の方はニルグガルさんにお願いするわね。さて、行きましょうか」
 エマ達はそう言って、子供達のいるアスレチックへと歩き出した。



「あ、みなしゃんも、やっときたでちね?」
 クラウレスはアスレチックのそばに立ち、遊びまわる子供達をじっと見つめている。
「ここのこどもたちゅは、ほんとうにむじゃきに、あそんでいるでちゅよ。とてもたのちちょうに、あそんでいりゅでちゅ。みかけは」
 丸太で出来たそのアスレチックは、現実世界の遊園地などで良く見かけるようなもので、丸太で出来た滑り台やブランコ、小さな丸太の家やトランポリンなどがあり、そこにいる子供達は夢中になってはしゃぎまわっていた。
「ひなぎく嬢は、どちらへ?」
 セレスティは、子供達の声へと耳を傾けている。
「あちょこでちゅ。ほかのこどもたちゅと、あそんでいるでちゅ」
 と言って、クラウレスが丸太の滑り台へと指を向けた。
 アスレチックの一部が高台になっており、そこから三方向へと滑り台が伸びている。まっすぐな滑り台もあれば、途中で曲がっているものもあり、ひなぎくはそこで遊んでいる子供達に混じって、歌を歌いながら遊んでいた。そこには、N市で行方不明になっていた、3人の子供も一緒にいるのであった。
「ひにゃぎくしゃんや、ほかのこどもたちゅが、わたちのことをさそいにきたでちが、ことわってようすをみているんでちよ」
「俺、N市の子供達の方へ行ってみるよ」
 クラウレスの後に暁がそう言うと、滑り台の方へと近づいて行く。
「とにかく、話せるだけ話ましょ?」
 エマはクラウレスに答えた。
「そうでちね。こどもたちゅをこわがらせないように、おはなしをするでちゅよ」
「では、皆で参りましょうか」
 エマ達は、ゆっくりと歩くセレスティに歩調を合わせながら、ひなぎくのいる滑り台へと近づいていった。
「クラウレス!こっちへおいでよ!一緒にあそぼ!!」
 滑り台の上から、ひなぎくがクラウレスに叫んだ。
「すべりだいもたのしいでちが、ひなぎくしゃんにおはなしがあるでちよ。こっちへ、おりてきてくだちゃいな」
「んー、何―?別の遊び?それ、楽しい事?」
 クラウレスの言葉を聞き、ひなぎくがエマ達の方へと降りてきた。
「皆も、こっちへおいでよー!楓ちゃん、悠太君、鈴ちゃーん!おにーさんと、一緒に遊ぼう♪」
 明るく、楽しそうに暁が、滑り台にいる3人の子供達に手招きをした。
「ひなぎくしゃん、ここへくるでちよ。わたちの、ひざのうえへすわるでち」
 優しい声で、クラウレスはブランコに座り、ひなぎくを呼び寄せた。
「ゆっくり、おはなしするでちゅ。そしたら、あそびにいこうでちゅ」
 微笑をするクラウレスの膝に、ひなぎくは静かに腰掛けた。
「わー、お膝の上だあ。クラウレスって、まるで、まるで…何だっけな。昔、こんな事してくれた人がいたような気がするけど、誰だっけな」
 ひなぎくは、何かを思い出したかのような表情を浮かべるが、またいつもの表情へと戻ってしまった。
 ニルグガルはアスレチックのすぐ横にある広場に立ち、周りの様子や、エマ達の会話にじっと耳を傾けている。
「ねえ、ここにいれば、辛い事や悲しい事も忘れられるって言ってたけど、ひなぎく嬢は、何かそんな思いをした事があったのかしら?」
 腰を落とし、ひなぎくへと目線の高さを合わせて、エマは微笑を浮かべながら尋ねた。
「ひな、怪物が怖いの」
 ひなぎくは、クラウレスの服をぎゅっと掴んで答えた。
「怖い怪物が、ひな達を追いかけてくるの。逃げても逃げても追いかけてきて、ひな達は大きな口の中に、飲み込まれちゃうの」
「ひなぎくしゃん、こわがらなくてもいいでちよ。わたちたちが、いるでちゅから」
 小さく震えるひなぎくの手を、クラウレスは力強く握った。
「そう。とても怖い思いをしたのね。でも、大丈夫よ。私達が、ひなぎく嬢を守ってあげるから」
 エマはひなぎくの頭を優しく撫でると、ひなぎくはまた何かを思い出したような表情を見せた。
「昔、ひなの頭を、撫でてくれた人がいた気がする。優しくて、暖かくて、それで…」
「ひなぎく嬢は、どこから来たの?ずっと、ここにいるの?」
 エマはひなぎくの頭を撫でながら、話を続けた。
「ひなは、ひなは。ずっとここにいるの。たぶん…気づいたら、ここにいたわ。それでずっと、皆と一緒に遊んでいたの。でも、あの怖い怪物が現れるとね、声が聞こえるの。子供達を怪物から助けてって」
「こえでちか?どんなこえでちか?」
 クラウレスがひなぎくに問い掛けた。
「子供の声。ひなは、その声の為に、生きている子供達を助けるのよ」
「声、ね。一体誰かしら。ひなぎく嬢以外に、子供達を守ろうとしている者がいるって事かしらね」
 エマは首をかしげた。
「魂を食らう怪物から、子供達を守る為とひなぎく嬢はいいますが」
 今度はセレスティが口を開いた。
「外に居れば守りようもありますが、内部にいたままではそれも出来ないでしょうし、それに、子供達の両親に心配をかけますし、何より何があるのか見当もつきません。ひなぎく嬢、怪物というのが、どこにいるかはわかりませんか?誰がひなぎく嬢に声をかけているのかはわかりませんが、やはりこのままでは、一時的な解決にしかならないかと」
 その時、エマ達の後ろから楽しそうな声が聞こえた。暁が、子供達に話し掛けていた。N市の、3人の子供達に。
「楓ちゃん歌好きなんだっけ。本来の世界で夢見ない?そんでさ、パパやママ、沢山の友達に歌聞かせてあげよう!」
 小さなクマのブローチをつけた、青木・楓はじっと暁を見つめていた。
「どんな歌が好きかしら?新しい曲、一杯しているのでしょう?聞かせて欲しいな」
 暁に続けて、エマはここへ来る前にコンタクトを取った楓の母親の声を模写した優しい口調で、楓に話し掛けた。
「ママ?」
 楓がきょとんとした顔をしている。
「私も、楓の歌を聞きたいわ。それから悠太君、誰かの為に充実感や満足感は必要ないの?貴方が面倒を見ていた子達、きっと貴方に会いたがっている」
 今度は、悠太の幼稚園の先生の声を真似て、エマが言う。
「それに、悠太ー。ここじゃ綺麗な先生困らせる事も出来ねーんだぞ?」
 そう言って、暁が悠太に笑って見せた。
「そうそう、鈴ちゃん。ママ困らせちゃいけないなんて言わない。どんどん困らせちゃえ!」
「お母さんと一緒にいるのがいいでしょう?ここにいるのと、どっちがいいかしら?」
 3人の子供達をそれぞれ見つめ、エマは訪ねた。
「ひなちゃん、怖い怪物がいるのはわかっている。だけど、この子達の表情を見なよ」
 暁が、視線で子供達をひなぎくに示した。
「此処では忘れてくから、後悔しないって言っても、それは本当に幸せな事なのかよ。最近連れ去った子を元の世界に帰してやってくんないかな」
 暁がそう言うと、楓が小さく呟いた。
「ママ、ここにはいない。ママに会いたい」
 子供達は、滑り台で遊んでいた時とは違い、どこか寂しそうで、せつなそうな表情を見せ始めた。鈴などは、今にも泣き出しそうであった。
「ひなちゃん。ひなちゃんにも、いたんじゃないかな。ひなちゃんの事守ってくれる、優しい人が。俺、思うんだ。こんな綺麗なトコならずっと居たいかもしれないって。でもな、幸せって人それぞれだと思うぜ?何がその人にとって幸せなのかなんてわかんねーよ。苦しい事も辛い事も無くてただ楽しくて」
「ここにいれば、怪物には食べられないのよ?怪物に食べられたら、それで終わっちゃうもの」
 足元に視線を落とし、ひなぎくが答える。
「でも、それってさ、飽きちゃうっしょ?人の中にある色々な物はきっとなくならない。純粋さってのは時に怖いから、遊び感覚で人傷つけるかもしれない。誰もが幸せなんて有り得ないんだって。誰かの犠牲の上に幸せってのは成り立つもんなんだから」
 そう言って、暁がどこか悲しそうな表情を、一瞬だけ見せた。
「このらくえんがこどもたちゅにとって、いいかわるかはべつにちて。かいぶつがいりかぎり、ひなぎくしゃんはしあわせにはなれないでちゅよ?こどもたちゅをかいぶつからまもるために、ひなぎくしゃんはかいぶつのこわさをしっていなければならないでちから」
 ひなぎくを膝に乗せたまま、クラウレスが言う。
「ひなぎくしゃん、わたちにはあなちゃが、このらくえんでひとりぼっちにみえるでちよ。まるで、こどもたちのなかにそんざいすりゅ、ただひとりのおとなのようでちゅよ」
「何も変化がないままは、暫くの間は楽しいかも知れませんが、成長する事で出来る遊びもあると思うのです。子供が大人になる事は、本当に悲しくて辛い事なのでしょうか?」
 そばにあった岩の上に腰掛けて、クラウレスに続いてセレスティがひなぎくへと言った。
「大人も悲しい辛い事あるけど、親にとっては子のそばが楽園なの。子供達もその想い感じ、学び自分で己の楽園を築いていかないと、とも思うし。同じ感情はいずれ麻痺していくわ。何がどう楽しいのか思考すら出来なくなってしまうの」
 エマは、何かを考えているようなひなぎくに、話を続けた。そっと、包み込むように優しく。
「ひなぎく嬢。子供達のチャンス、自分で選択していく喜びや成長奪わないで?」
「このらくえんをみちぇてくれたおれいをするでちゅよ。かいぶつにたべられてしまった、こどもたちゅのたまちいをかいほうするでちゅ」
 クラウレスが、ひなぎくへと微笑みかけた。
「かいぶつにたべられてかなしいとおもったら、こどもたちにも、かなしいとおもうひとがいるでちよ。それを、わすれてはいけないでちゅ」
 しばらく沈黙が続いた。
 いや、黙っていたのはエマ達やひなぎくだけで、そばでは相変わらず、子供達がはしゃぎまわっていた。
 そこで、今までずっと黙ってエマ達のやり取りを聞いていたニルグガルがひなぎくを見つめながら、ここで声を上げた。
「戦うことを忘れた生命などに生きる資格などありません。楽園の主よ、人が幼子の如く、楽園に溺れる時代は終わった」
 さらにニルグガルは、3人の子供達に言い放つ。
「人の子よ、楽園に見るものは、歓喜などではない。それでもこの世界に縋るというならば、命が果てるその日まで悪夢にうなされ蹂躙されるがいい」
「ここは、仮の楽園。本当の喜びや成長は、元にいた世界にあるものですから」
 セレスティが、子供達の方へ顔を向けて、優しく笑った。
「お兄ちゃん達、ひなを助けてくれるのね?」
 セレスティのその言葉に心を動かされたか、エマはひなぎくの表情に、どこか安心したようなものが見えた気がした。
「ひなぎくしゃんをまもるひとがいないのなら、わたちがやるでちよ?」
 クラウレスがひなぎくを包みこむように答える。
「ひなはね、昔、あの怖い怪物に食べられちゃったの」
「それは、どういう事なのかな?」
 3人の子供達と話しつつ、暁がひなぎくに尋ねた。
「あの怪物は、ずっとずっと昔から生きてるの。子供達を食べては色々な場所の村へ現れて、また子供達を食べて。でもね、子供達は、もっともっと生きたかった。怪物なんかに食べられないで、ずっと遊んで楽しく暮らしたかった。ひなもそうだった。怪物に食べられる時に、食べられたくない、死にたくない!って気持ちが最後にあって…ひなは、その子供達の、強い無念の思いが集まって生まれたのよ」
「という事は、ひなぎく嬢は、やはり怪物に食べられた子供達の、無念の思いの集合体ってことかしら」
 ひなぎくの話を聞き、エマは首をかしげた。
「だからひなは、まだ生きている子供達を、誰にも邪魔されない楽園へと案内するのよ。食べられた子供達の為にも、死ぬこともない、恐怖も感じない楽園へ」
 ひなぎくの表情に、どこか悲しく、痛々しいものが見え隠れしていた。
「あの怪物の体の中に、食べられた子供達の魂が蓄積されているの。ひなはその子供達の魂から生まれたから、あの怪物と体が一緒なの。難しい言葉で言うと、一心同体、ね。だから、あの怪物がこの世界に現れたら、ひなも一緒に出てくるの。あの怪物がいなくなって、中にいる子供達の魂が解放されない限り、それはずっと続くわ。怪物の中の魂が、ひなに言うの。子供達を助けてあげてって。とても、悲しい声で」
「ならば、その怪物を消滅させれば良いのですね」
 ニルグガルが落ち着いた声で答えた。
「でも、あの怪物はとても、怖い。何度も何度も、大人達が退治しようとしたけど、ちっとも」
「誰かがやらねば、これからも同じ事の繰り返しでしょうから」
 セレスティが、そう言いながらゆっくりと腰をあげた。
「怪物は、すぐそばにいるのですか?」
「いるわ。このあたりをうろつきまわって、子供達を食べようとしている。早く、他の子供達も助けてあげなきゃ。早く、早く…」
 ひなぎくが、落ち着きを無くしたように早口で言った。
「それなら、私達も一緒に行くわ。それに、ここへ子供を連れて来たところで、その子供にとってここが幸せになれる場所かどうかはわからないでしょ?」
 エマは、ひなぎくをなだめるように言った。
「子供達を、それぞれの親のところへ帰してほしい。幸せな時間を此処で過ごしすぎた子達は、もう遅すぎるけれど」
 暁は池で遊んでいる昔の服を着た子供達に視線をやりながら、エマに続けて言う。
「怪物がそばに来ているわ。怪物に食べられた魂とひなは同じだから、怪物がそばにくると、感じるの。子供達の悲しい心を。ひな、これから町の子供達を助けにいくわ」
 エマ達の言葉を聞き、ひなぎくはしばらくの沈黙の後に答えた。
「お兄ちゃんやお姉ちゃん達も、一緒に来てくれる?」
 ひなぎくは、クラウレスの膝から降りると、手をかざして自分の目の前に扉を作り出した。その扉の向こうには、最初エマ達がひなぎくと接した、あの空き地が見えていた。
「いっしょにいくでちゅよ。わたちは、いつでもひにゃぎくしゃんのみかたでちゅから」
 クラウレスのその微笑が、ひなぎくの顔に笑顔を浮かばせた。
 そして、エマ達は、N市の子供達を連れて、扉の外へと向かった。喜びも悲しみも一緒に存在している現実の世界へ。子供達の魂を食べる怪物がいる世界へと。(続)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883/セレスティ・カーニンガム /男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【4782/桐生・暁/男性/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当】
【4984/クラウレス・フィアート/男性/102歳/「生業」奇術師 「本業」暗黒騎士】
【5054/ニルグガル・―/男性/15歳/堕天使/神秘保管者】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

  シュライン・エマ様

 前回に引き続き、シナリオへの参加有難うございました。
 今回は楽園での進行が主になっているわけですが、ひなぎくの心情や正体、エマさん達の楽園に対する思い等をうまく描写するのが、なかなか難しかったです。その為に、随分話が長くなってしまいました(汗)わかりやすく描写をするため、今までのシナリオの中で一番、悩んだ気がします(笑)
 エマさんは、淡々と冷静に描写するようにしてみたのですが、渋るひなぎくに対して、どんな言い方で相手の心を開かせるだろう、とあれこれセリフに工夫してみました。
 今回のシナリオは、次回が最終話となります。次回のメインは、魂を食べる怪物との戦い、ひなぎくと楽園の結末がメインになると思います。よろしければ、またのご参加をお待ちしております。