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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


葬楽抄

 アンティークショップ・レンに客の姿は無かった。
 暇そうに紫煙をはき出し、一つあくびをして、店主が扉の方に目をやると、紫の風呂敷包みを抱えた、和服の青年が入ってくるところだった。
「こんにちは、お邪魔させて頂きますよ」
 青年は柔和な笑みを浮かべて、蓮に進められるままに椅子に腰かける。
「俺は、骨董品店を営んでいる者なんですが。…先日手に入れた商品が、どうにも手に負えなく…」
 見て頂けないかと思ってお伺いしました、と猫の様に目を細める。
「ふん、じゃあ早速見せて貰おうかい」
「ええ、ご助言頂けますと幸いです」
 青年はそう言って、薄い風呂敷の布を広げていく。そこには精緻な、美しい細工の小さな箱。青年に断って手に取り、蓋を開けようとして蓮は眉をひそめた。
「…開かないね、あんたが封をしたのかい。……ふうん、確かに曰く付きみたいだ」
「ええ、未熟な封で、お恥ずかしいですが」
 蓮は箱を青年に返して、妖艶な笑みを浮かべる。
「中身はオルゴールになっています。中も非常に精密な作りになっており、とても良い品です。……厄介な付属物さえ無ければ、ですが」

 ───…夢を、見せるのですよ。

 彼は困った様に静かに微笑んだ。



 ひとぉつ、ふたぁつ、
 ゆきずり旅路のゆきの空 ゆきの空 もっとしゃんしゃん降りしゃんせい
 ひとぉツ降ってはあしおと隠し   ふたぁツ降ってはあしあと隠し
 みぃっツ降っては……───





【数え歌〜誰が為に〜】

 ───…白い。

 丁度少年と青年の間だろうか。眩しさに思わず黒い瞳を細めて、彼はそんな事を考える。
 遮る物が何もない、白い雪に覆われた地面が視界一杯に広がり、それでもなお飽きたらぬように冷たい結晶は天から舞い降り続けていた。

 触れるそれは独特の冷気を持っているのに、寒さは不思議と感じない。彼…榊・遠夜(0642)はここが幻影の中だと言う事を実感しながら、一歩前へと足を踏み出す。

 …細く透き通る様に頼りない、それでも何故か、耳にはっきりと届いてくる唄声の方へと……。





 遠夜がその店の扉を開いたのは偶然だった。
 初めて訪れた訳でもないアンティークショップの中には既に先客がいる。店主の蓮と、こちらは初めて見る和装の青年が、何やら小箱を挟んで言葉を交わし合っていた。

 物音か、気配か。二人は同時に遠夜の方に顔を向け、そしてまた顔を見合わせて笑い合う。その笑顔が、あまり雰囲気の良い物とも思えず、遠夜はこのまま踵を返してしまおうかとすら考えたのだが。
「良く来たね」
 決断より一瞬早く蓮に笑顔で声をかけられ。また、その曰くありげな小箱に興味を覚えたのも確かに事実だったので、遠夜は大人しく手招きする蓮達の方に近づいていったのだった。




 
 そうして、今彼はオルゴールが見せる幻影の中にいる。彼が雪の中に足跡を残して前に進む間にも、唄声は確かに続いていた。
(……誰に歌っているんだろう)
 紡がれる数え唄が、確実に数を重ねていくのを聴き、彼女の声を聴くべき相手は、どこにいるのかと少し考える。そんな彼の視界に、ふと紅い色がぽつんと入ってきて彼は自然と少し足を速めた。

 年の頃は、十かそれくらいだろう。墨の色をしたおかっぱ頭を少し上向きに傾け、赤い晴れ着の少女が唄を紡いでいる。胸の前で軽く組まれた手が、近づいてきた遠夜に気づき、ゆっくりと下げられた。
「………ごめんなさい」
 少女は少し黙っていたが、やがて遠夜に向かって小さく頭を下げる。遠夜は尋ねた。
「…どうして謝るんだい」
 彼女は俯く。そして寂しそうに笑った。
「知ってるよ、あたしはここにいないのに、ここにいるから」
 でも、どうしても知りたい事が有って、お兄ちゃんの事も連れて来ちゃったの、そう言って再び胸の前で手を組む。
「───…ひい様独り、ふた綾双巻、み知る雨三雫、よに無しあなた、いつ何時帰る?」
 唐突に再開された彼女の唄に、遠夜は口を挟むことなく耳を傾けていた。だが、その歌が問いかけの響きを持っている事に気づき、口を開く。
「…誰を待っているのか、聞いても構わないかな」
 遠夜の言葉に、小さく彼女は頷いて、歌声のままの細い声で言った。
「…私を、大切にしてくれた人。いつも一緒にいてくれた人」
「大切な人だったんだね」
 少女は嬉しそうに頷く。
「───…うん、とても。待ってるって約束したの。だから、忘れない様にあの子の歌を歌いながら私は待つの」
 そうか、と遠夜は心の内で頷いた。このオルゴールはずっと、彼女のたった一人の主を探して歌っていたのだろう。
「その子はどうしたんだ?」
 遠夜が問うと、少女は首を傾げる。
「…分からない。待っていてね、って言って、そこでネジが切れたみたいだったよ。大人に運ばれてどこかへ行ってしまった。それきり」
 遠夜は『ネジが切れた』という言葉の意味を察して、小さく嘆息した。恐らく彼女の主人は、もうこの世の人では無いのだろう。
「皆に聞いたけれど、誰もあの子の行き先を知らなかったの。…ねえ、お兄ちゃんはあの子の事を知らない?」
 困った様に少女が遠夜に問いかける。
 少し考えて、いいかい、と遠夜は少女に切り出した。
「その人はもう、此処にはいないんだ」
 そう彼が告げると、少女は首を傾げる。
「うん、知っているよ。あの子はここにはいない。…ねえ、どこにならいるの?」
「その子はね、ネジが切れてしまったわけでは無いんだよ」
 違うの?、とばかりにきょとんとした表情を見せた少女に、宥める様な口調で遠夜は続けた。
「…ネジは切れても、また巻けるだろう?」
 少女は少し考えた様だった。
「…あの子は、一体どこにいるの?」
 少女に問いかけられた遠夜は、どう答えた物かと一瞬考えてから、口を開く。
「とても、遠いところ。簡単には行けなくて、僕たちの手の届かない所だよ」
 彼の言葉に、少しだけ、少女は驚いた様だった。
「…なんだ、そうだったんだ」
 彼女は笑う。
「あの子の、お母さんがね。お星様になったんだって。ねえ、私たちの手の届かないところ、だったら」
 あの子はお母さんに会えたのかしら、と少女は下を向いた。
「…ああ、きっと」
 遠夜は答えて、そして少女に目線を合わせる様に、彼女の側にしゃがむ。
 少女は俯いたまま、小さく肩を震わせていた。
「…………良いの?」
 静かに遠夜が見守る中、彼女はぽつりとこぼす。遠夜が無言で先を待っていると、少女は顔を上げて、涙を流したまま微笑んだ。
「私、もう、歌わなくて良いのね。…一人で、ここにいなくて良いのね…。……帰って、良いのね…?」
 遠夜は、彼女の縋る様な問いに、真剣な表情のまま頷いた。
「もう、いいんだよ」
 少女は遠夜の目をじっと見つめ…彼の深い黒の中に何かひどく暖かい物と、そして安らぎとを感じていた。冷たい無機物で有るはずの彼女の心はとても穏やかだった。
「……ありがとう」

 ぽつり。

 彼女の言葉と同時に、二人の鼻先に一滴の雨が落ちて来る。
 雫の筋はその数を増し、静かにつもった雪をとかしてゆく。
 その雨は何故か、とても暖かいものだった。少女は天を振り仰ぎ、少し…───ほんの少しだけ、寂しそうな笑顔をこぼす。そのまま小さな口を開き、彼女は歌を歌い始めた。

 …それは、感謝の歌。
 小さな彼女の歌を聴いてくれた、全ての人へと。彼女の前に静かにたたずむ、遠夜へと。そして、彼女の大切な、子供へと……。

 暖かい雨は雪を溶かしてゆく。ただでさえ白しかない風景が白くけぶった。やがて世界はまるで、雪だけで出来ていたかの様に端の方から霞み、そして消えていく。

 ぼんやりと白く薄れていく光景の中で、遠夜は少女が笑顔で頭を下げるのを見た。

 ───……有り難う…。

「…おやすみ」


 

 歌は、とぎれる事が無く続いていた。






「おや、『帰って来た』みたいだね」
 目を開けると薄暗い照明に照らされた店内が見えて、遠夜は自分が幻影から抜け出た事を悟った。
 静かに目の前の二人に軽い会釈をし、遠夜は目の前の小箱を眺める。蓋が開かれたままのそれからは、もうずいぶんゆっくりになったメロディーがこぼれていた。


「…これは、ちゃんと眠れましたか」
 しばらくして音が止み、依頼人の青年がぽつりと遠夜に問いかける。遠夜が頷いたのを確認して、彼は礼を言って、穏やかに笑って見せた。
「しかしこれ、もう鳴らないみたいだね。良いのかい、売り物なんだろ?」
 箱を確かめていた蓮が、どこか面白そうに彼に問うと、本心からの笑顔で青年が答える。
「大丈夫ですよ、もともと売る気はあまり無いですし、これくらいなら俺でも直せます。…もっとも、ただのオルゴールとして、ですがね」
 それで良いと遠夜は思った。
 
 あの唄声は、ただ一人に届けばそれで良いのだから。



「音は音のまま、歌は歌のまま───…」




 呟いた遠夜は、静かに手を伸ばして、箱の蓋を閉じた。

 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0642/榊・遠夜/男性/16歳/陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、この度は依頼に反応頂き、本当に有り難うございました。新米ライターの日生寒河と申します。
 
 頂いた文章がとても幻想的で、綺麗なイメージでしたので、崩れていないと良いなと思いながら書かせて頂きました。

 未熟者なりにこれからも精進したいと思っておりますので、ご意見やご指摘など有りましたら、ご指導下さいますと幸いです。

 榊様、これからもご活躍を期待しております。有り難うございました。