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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


願い

●準備中
「かりもの競争?」
 カチャカチャとキーボードをたたく男が首を傾げる。
「なら、トラのんがよぉないか?」
『狩ってどうする。借り物』
 ガオッと構えるより先にディスプレイの文字。
『この前の懸賞の景品をかけて探偵との勝負』
「あれ、探偵んとこ行ってたか‥‥って、七夕のんやんか」
『そだよ。でも、効果は問題なし』
 ドラム缶のような筒が観音開きに開く。
「今度こそ、実現するんだ! 脱衣麻雀大会!」
「もっと他の願いごとはないんか、お前は」
 天井を指指すペンギンに、五色がため息をついた。

「もはや借り物競争と違うだろ、これは」 「俺もそう思う」
 スタート前から決まっている借りてくるもの。
 そのリストを前に草間武彦と五色が顔を見合わせるB
 まずは、アトラス編集部の椅子。次が‥‥。

●出走登録
「助っ人参上! ばばば〜ん♪」
「うにょれ負けるか! ばばば〜ん♪」
 配られたゼッケンを胸につけポーズをとる高校生ぐらいの少女と鳥所長。
 そんな一人と一匹に倣ってか、水泳教室帰りの子供たちが一緒にポーズを取る。
 響くセミの声。照る日差し。揺らぐ大通り。
 夏の終わりはまだ遠い。
 
「町内会長もお喜びやった」
 草間の隣のパイプ椅子に、直前ミーティングから解放された五色がへたる様に座る。
 テントはテントでも屋根タイプなので、日光は防げるが熱風はふせげない。
「盛況だからか?」
 用意していたリストが足らず、急遽新リスト製作ミーティングが開かれる状態。
「んにゃ。探偵んとこが参加してるから」
 長机に顔を貼り付けたまま、草間の向こうを見てへらりと。
「ばばばらば‥‥なんですか?」
「‥‥零絡みの物は削ったはずだが」
「あの打ち合わせは見事やった。んでも」
 もう一度。今度はそちらを見ずにへらりと。
「願いごとは、書いたもん勝ちやからな」

「なあ、ちょっと聞きたいんだが」
 殺気が熱気に溶ける中へ。青年は何気なさと通りがかりを装いそのテントを訪ねた。
「兄上様、婿候補ですぜ?」
「婿? あのさ、願いごとってのは、なんだっていいんだよな?」
 青年−門屋将太郎(かどや・しょうたろう)−は眉を寄せつつ尋ねる。
「うぃ。世界征服から生命根絶までなんでもござれ‥‥ってミーティングでも言うたやん」
「ならばよし」
 ビッと親指を立てる五色に、グッと握りこぶし。だが。
「‥‥とか言うてみたり」
「みたり? 今、みたりとか言った?」
 ずい。長机を乗り越えんばかりに身を乗り出す。
「‥‥『狭い範囲』とのツッコミがなくて寂しかっただけや」
「いや、そんな大層なことどうでもいいんだ」
 将太郎が朗らかに笑う。
「大層と言えば大層だな」
「そうか? 探偵の周りも年がら年中そんなノリやろうに‥‥てえことは些細なことなんやな?」
「ああ。生活費が欲しいだけさ」
 茶化すような仕草に、胡散臭いまでの笑顔を返す。
 なぜか暑さが増したような気がした。

●開会式
「‥‥然るに本日この良き日を迎えたわけであり‥‥」
 感涙にむせぶ実行委員長が天を仰ぐ。
 開会式恒例の挨拶は、所定時間を大きくぶっちぎり今なお継続中だった。

(まずは買出し‥‥まず冷蔵庫の拡充‥‥いや、光熱費が先か)
 将太郎は話を聞いていなかった。指折り必要な金額を算出している。
(待てよ。一ヶ月と言わず、いっそ半年分)
 妄想が膨らむ。老け込むにはまだまだ早すぎる、使い道の多いお年頃だから当然かもしれない。
(‥‥それにしても。うざい)
 周囲にうごめく同種の思いを胸に壇上の中年をにらむ。

(まずあのお店を制覇、かなあ)
 平代真子(たいら・よまこ)は話を聞いていなかった。学年集会よりも実りがない話を聞くつもりはない。
(そう言えば、新作が出たって話だったっけ♪)
 妄想が膨らむ。老け込むなんて言葉に縁のない、食欲旺盛なお年頃だから当然かもしれない。
(‥‥くう〜っ♪ 楽しみ楽しみ)
 周囲の殺気をよそに一人幸せ状態を維持する。

(そりゃ、考えないでもなかったけど)
 シュライン・エマ(−・−)は話を聞いていなかった。地面を見つめ、時折自覚なく呟いている。
(二人きりで‥‥とか? う、うわあ)
 妄想が膨らむ。例え老け込もうとも、その手の話にお年頃は関係ない。
「‥‥落ち着け、私。うん、落ち着け」
 周囲の不審な目をよそに何度か深呼吸を繰り返す。

 おざなりな拍手の中、実行委員長は搬出退場されて行った。

●競争開始
 そして。号砲が鳴る。

「とおったあああっ」
 ぐわし。草間の頭を鷲掴み、代真子は高らかに宣言した。
「まず肩から降りろ」 「あい」
 静かな静かな草間の声。降りるより先に降ろされる。
「事情を聞こう」
「草間武彦のヅラと書いてありました。まる」
 草間にリストを渡し、一応にっこりと笑っておく。
「リハーサル用。頭に、そう、書いて、あ、る、な?」 「書いてあるね」
 草間が大きく息を吸った。
「とっとと交換して貰って来い! と言うより俺はヅラじゃねえ!」

「さらば、編集部! すべて編集長が悪いのだよ!」
「っち! 謀ったな、鳥ぃいいいっ!」
 平日の三倍、混乱渦巻くアトラス編集部。勢いよくキャスター付きの椅子に飛び乗ったペンギンが廊下を駆け抜け。曲がり損ねて壁に衝突している。
「借りて行って大丈夫、なのか?」
 隅でさめざめと泣く編集部員を無視し、将太郎はパイプ椅子を手を伸ばした。すかさずその手が掴まれる。
「聞いてくださいよおおおっ! 僕が僕が何をしたって言うううんですかああああっ!」
「そう言うのは相談所で有料で聞いてやる! だから、はーなーせーっ!」

「来客用スリッパなんてあるの?」 「ここにないものはないもの」
 シュラインの問いに、高峰心霊学研究所所長、高峰沙耶が薄く静かに微笑んだ。
「えっと‥‥じゃ、じゃあ、借りていくわね」
 不穏なものを感じつつ、示されたダンボールに山積みのスリッパを手に取る。一昔前のアニメのニセ絵柄入り。
「くれぐれも、道中、気をつけなさい」
 高峰が抱いていた黒猫を撫でた。見送りのつもりか黒猫がにぃと鳴き、裏手の方から爆音が轟いた。
「ふふふ」
「‥‥ええ。気をつけることにするわ」

「さっ、てと。後は」
 入浴中の商店街店主からハンコを貰いながら、代真子は首を傾げた。
「武彦さんの」
 走り抜けていく消防車を見送り、シュラインは遠くを眺めた。
「煙草か。買った方が‥‥いやいや」
 ようやく幼児退行した編集部員を引き剥がし、将太郎はにやりと笑った。なお、ポケットを探ったのは彼だけの秘密だった。

●心臓破りの坂(?)
 実行委員会の本部は慌てていた。借りられてきた物の保管場所もさることながら、ある問題を抱えていたからである。
 なお、その問題に気がついたのは日が西へと傾き始めた頃だった。

「すごいことになってる〜」
 ほぼ棒読みで代真子はその光景を眺めた。殴り飛ばされても起き上がり草間へと群がる亡者、もとい、参加者たち。
「なんつうか、探偵の執念を見たってとこやな」
 声に振り返ると、近所の二メートルほどのブロック塀に五色が座っている。招きに応じ、手を借りて塀を登り座る。
「その割には、リストをまともに見てない辺りが素敵やけど」
「あたしには怒ったのに」
「まあ、武彦さんらしいんじゃない?」
 いつの間にか、塀にもたれているシュラインがため息交じりで。
「さすがは」 「恋する乙女」
「ちっがう! いぃーっつも苦労してるだけ!」
「ど〜だか‥‥うおっ、引っ張るな! あんたも押すなあっ!」

「見ぃつけたぞぉ! 草間武彦おおおうっ!」
 ぜいぜいと肩で息をしながら、将太郎が草間に指を突きつけた。その気迫に参加者が道を譲る。
「って、なんなんだよ、お前らは! なんか俺に恨みでもあるのか!」
「‥‥いや、ちょっと待て。リスト見てるよな?」
「リスト? そりゃあ‥‥なんだとおおおっ!」
 改めてリストを確認した草間が大声を上げる。肯定のため、一同が深く頷いた。
「買った方が早くないか?」
 手を打つ者と首を振る者と。将太郎は後者の代表格だった。だから叫ぶ。
「ず、ずるはいけないんだぞっ!」
「ずるって、おい‥‥いや、今あるのは没収を免れた極秘の一箱‥‥今のなし! 忘れろ? な? な?」
 最強無敵の怪奇探偵と言えど弱いものはある。
「なら‥‥仕方ねえなあ」
 がらりと将太郎の表情が変わった。
「草間さんよぉ、俺は知っているんだぜ? お前が隠しているあれやこれ‥‥意味、分かるよな?」
 草間に近づくと声を潜め言う。もちろん、視線をブロック塀の方をちらちらと送りながら。
「分かると、思うか?」
「思うね。仮にもお前は、探偵、なんだしな」
 探偵を強調したのが効いたのか、草間がゆっくりと胸ポケットに手を伸ばす。

「ほらほら、愛する人のピンチですよ!」 「う、うるさいっ!」
 にやにやと笑う代真子を、シュラインはキッと睨んだ。この程度の距離なら、声を潜めていようと充分に聞こえる。
「娘さんや、そっとしときなさい。今、彼女は探偵が隠しごとをする理由に翻弄どわっ!」
 引っ張ると思わせて勢いよく足を押し上げる。足は宙を舞うものの腕が邪魔だった。
「お、落ちたらどないすん‥‥ん?」
 チリチリとベルの音。五色が親指と小指を伸ばし電話の仕草を作り耳に当てる。
「はいよ。え? ああ、さよか。うん。んじゃあ、そういうことで。ガチャン」
「「今の何?」」
 降ろす仕草をした五色に声がハモる。
「今、一位がゴールしたってさ」
「そうじゃなくて‥‥それより、誰が?」
「それは」
 西に沈む太陽から青い輝きが溢れた。そして、すべてが青に染まる。

●願い
 シュラインは不機嫌だった。草間から誘われた。それはいい。草間と二人だけで出かけた。それはいい。
 だが。
(どうして、よりにもよって、感動モノなのよ)
 映画館前の看板を見上げて。

 将太郎はご機嫌だった。冷蔵庫に食料がある。ガスも水道も電気も心配しなくていい。
 なぜなら。
(へへへ、落とし主に感謝しなきゃな)
 鏡に映るもう一人の将太郎はにやりと笑っていた。

 代真子ははしゃいでいた。友達がいて、美味しいものがあって美味しいものがあって楽しい。
 だから。
 代真子には、それ以上望むものはなかった。

「遅なったが、今年の分や」
 街を見下ろせる場所で、五色はそれに笹を差し出した。
 それは笹を受け取ると、一つだけついている短冊を見やり小さく笑った。
『誰もが幸せでありますように   草間零』

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業】
0086 シュライン・エマ (しゅらいん・えま) 26歳 女性 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1522 門屋・将太郎 (かどや・しょうたろう) 28歳 男性 臨床心理士
4241 平・代真子 (たいら・よまこ)     17歳 女性  高校生

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■         ライター通信          ■
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 どうも平林です。この度は参加いただきありがとうございました。
 さて。今回、書き方を(個人的主観で)変えてみました。書くのが楽しくはなったのですが‥‥分量が。
 後、ラストについて。やはりマズイですかね? ちと反省。いや、『ちと』じゃねえだろとは思いますが、それはそれということで(?)。
 では、ここいらで。いずれいずこかの空の下。再びお会いできれば幸いです。
(虫の声/平林康助)
追記:遅くなり申し訳ございません。
 いただいた行動より副人格の『カネダ』を「ワル」と判断しましたが、さて。
 しかしながら。直球で『現金』は予想外でした‥‥しかも微妙にリアルな金額‥‥。