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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ミケニの冒険

オープニング

 母猫を失った子猫の世話を依頼され、草間が3匹の三毛猫と暮らし始めて一ヶ月が過ぎようとしている。
 大きさ順にミケイチ、ミケニ、ミケサンと仮に名付けた子猫たちはそれぞれ性格の違いを見せるようになり、興信所内をもぞもぞと動き回っては仕事の邪魔をし、草間の安眠を妨害し、来る者に愛嬌を振りまいた。
 小ささや住宅事情、ライフスタイルが原因で、里親こそ未だ決まっていないが、健康で、日々順調に成長している。 最近は少し目を離した隙にゴミ袋の中に入り込んだり、開け放したドアから勝手に外に出てしまったりする。 大きくなったとは言え、やっと離乳食の3匹。皿に入れたミルクは頑として受け付けず、ほ乳瓶で飲む甘ったれもいる状態で、とても外へは出せない。
 注意してはいるのだが、気が付けばミケニの姿が見えない。
 草間は慌てて机やソファーの下を確認し、空き箱やゴミ袋、紙袋、引き出しに戸棚にと、隅々まで探し回り、最後に姿を確認したのは何時だったかと思い出そうとした。
 昼の餌とミルクをやって、トイレの世話をした後、3匹が取っ組み合いをしているのを確かに見た。その後、来客があり、送り出したのちに煙草を買いに出掛け……。
「あの時か!」
 煙草を買って戻ると、3匹が揃って壁を見上げて首を傾げていた。
 何かと思えばゴキブリで、幼い猫達に捕まえられるとは思わないが、間違って食べてしまっては困ると、草間は新聞を丸めて握ってゴキブリに挑んだ。 しかしなかなか活発な奴で、ソロソロと巧みに新聞から逃れてしまう。舌打ちする草間をあざ笑うかのように、ゴキブリはドアの僅かな隙間から外に逃げ出した。草間はドアを開け、ゴキブリを追う。そしてうだるような熱さの中、5分程の時間をかけてとうとう勝利を収めた。 潰れたゴキブリを処理し、ドアを締め、ソファーに腰掛けて煙草に火を付け……。 子猫が3匹揃っているかどうか、確認しなかった。
「おい、おまえの妹はどこに行った?」
ミケイチを抱き上げて尋ねてみたが、勿論、答える訳がない。
 あれからどれくらい時間が過ぎただろう、あの小さな体の頼りない足でどれ程の距離を歩くことが出来るだろう。 草間はミケサンがいることを確かめてから電話に手を伸ばす。
「ミケニがいなくなった、急いで探しにきてくれ」


「ミケニがいなくなったんですって?」
 帰社するなり、シュライン・エマは言って自分の机の抽斗と言う抽斗の中を確認した。以前、草間が何か探し物をしている時にひょっこり入り込み、大慌てで探したら中ですやすや眠っていた……と言うことがあったからだ。
「またトイレに閉じ込めたんじゃないのか?」
 シュラインの後について入って来た真名神慶悟はトイレの扉を開け、中を見回した。これまた以前、一瞬の隙に子猫のどれかが入り込み、次の者が利用するまで大人しく閉じ込められていたことがあったからだ。
「中なら探すだけ探したさ。ソファの下も机の中も戸棚もテレビの裏も、ゴミ箱も冷蔵庫も。でもどこにも見当たらない。多分、外に行ったんだと思うが……」
 言いながら草間はミケサンを抱いてミルクを飲ませていた。ミケサンは猫用の哺乳瓶を両手で支え、嬉しそうな顔でちゅうちゅうと吸っている。その横ではミケイチが、早く自分にもミルクをくれと甘えた鳴き声をあげていた。
「そう仰ったから、道中に隅の方を見ながら来たんですが……ねぇ?」と、横に立つ深山香乃花とマリオン・バーガンディを振り返る観巫和あげは。あげはは急遽、店を閉めて愛犬を連れてやって来た。以前、子猫を発見した実績のある犬なので、今回も是非ご協力願おうと思ったわけだが、犬の方は思いもよらぬ散歩と思っているようで、盛大に尻尾を振っている。
「うん。でも、分からなかったの。ミケニちゃん、初めてのお外なのかな?」
「ミケニ、大丈夫かな……。今がごはんの時間なんですか?お腹空かせてるかもです……」
 マリオンが言うと、誰もが一匹で外の世界に怯え、お腹を空かせて鳴いているミケニを想像して黙ってしまった。
「外には車もあるし、悪戯をする人もいるし……、心配だわ。早く見つけないと」
 言って、シュラインはミケニお気に入りのタオルを箱から出し、ミケニの哺乳瓶にミルクを準備し始めた。
「どんなものにでも興味を惹かれる時期だろうからな。だが、恐れを知らない分危険さも増す。今後、人や他の生き物に対し不信感を抱くかもしれない。躾が必要な時期だという事は、同時にこの時期に得るものは今後に関わるという事だ。育つなら怖じる事なく万事に対し大らかに……は、親の願いだろうからな。なぁ草間?」
 「親」の部分を強調しつつ、慶悟はミケイチを抱き上げ、哺乳瓶を口元に運ぶ。ここに来て何度も授乳を手伝ったので、今ではすっかり慣れた手つきになってしまった。漸くミルクにありつけた嬉しさに、ミケイチがゴロゴロと喉を鳴らす。
「小さい失せ物を探すのは骨が折れる。此方は式神を打って仔猫を探させよう。違う仔猫を見つけるかもしれないが、この際徹底的に行くとしよう。同様に人海戦術という事でご近所さんにも協力して貰おう。【飼い主募集】の張り紙に【探し猫】の張り紙を並べるのは些かバツが悪いが、そうも言っていられまい」
「張り紙……、そうですね。パソコンを借りますよ」
「私もお手伝いします」
 子猫の写真ならばついつい可愛さに負けてこれでもかと言うほど撮っているのでパソコンの中にたっぷり入っている。マリオンとあげはは2人してパソコンの前に座り、ミケニの写真を探し出し、模様や大きさ、顔の様子が分かるように大きめに切り抜き、大急ぎでプリントアウトした。曰く、
三毛猫を探しています。生後1ヶ月程度、名前は「ミケニ」です。ピンクのリボンをしています。人には慣れていますが、外に出たことがないので車などには怯えると思います。名前を呼ぶと時々返事をします。見つけた方は草間興信所へご連絡下さい。謝礼あり。
「誰が謝礼を出すんだ?」
 ミルクで汚れたミケサンの口を湿らせた脱脂綿で拭きながら草間が尋ねる。
「それは勿論、草間さんでしょう」
 マリオンは答えた。
「だって、草間様の不注意でもあるんですものね」
 うんうん、と頷く香乃花。
 頭にゴのつく害虫を駆除したことは褒められても、ウッカリ扉を開け放し、尚且つ好奇心旺盛で悪戯盛りの子猫を確認しなかったことは褒められない。全員一致の見解で、草間はミケニを見つけた者にポケットマネーで以って謝礼を支払うことになった。


「ミケニちゃん、式神を怖がらないでしょうか?」
 草間の式神が窓から飛び出すのを見て、あげはが首を傾げた。
「サイズ的にも人形と同じだ。恐れを知らぬ仔猫ならば寄って来るかもしれない。儘在るを禁じる禁呪の符を用いて動きを禁じ連れ戻す。俺達は式神達とは別の方向を探すとしよう」
「この時期だと、暑いから温度の低い所へ避けて動くんじゃないかしら。影を伝って行けそうな方向を探してみるのはどう?」
 シュラインは手分けして探すならば、見つけた者がすぐにミケニにミルクを与えられるように、使い終わったミケイチとミケサンの哺乳瓶にもミルクを入れた。
「ミケイチちゃんとミケサンちゃんに、出ていく姿ぐらいは見てるとおもうから、ちょっと聞いてみるね。あのぐらいのおっきさでどれぐらい移動出来るか、香乃花何となくわかるから、それを重点に探してみる!とりあえず、いそいで探さないとね!足元とかちゃんと見ずに歩く人に踏まれちゃったり、変な物食べちゃったり、こうきしんでみょうな所に入り込んじゃったりしちゃったら、大変だもの!」
 香乃花は満腹になって小さな舌で毛繕いをしているミケイチとミケサンの元へ行き、小さな鼻先に自分の鼻を軽くつけて何やら小声で話し始めた。
「私はこの子に手伝って貰いますね。シュラインさん、それ、貸して下さい」
 あげはは警察犬よろしく、愛犬にミケニ愛用のタオルの匂いを嗅がせ、覚えさせた。
「いい、この匂いを探すのよ。驚かせないように、優しくしてね」
「私はミケイチか、ミケサンのどちらかを連れて行きましょうか。姉妹だからよく似た感じのものに興味が湧くんじゃないかなぁと思うのです。猫の集まる所を探してみます。猫って縄張りとかあるらしいので、はじき出されたりして遠くへと行っちゃったのかもしれないですし」
「それじゃ、適当に手分けして探しましょ。見つけたらすぐに連絡して頂戴。武彦さんはご近所のお家に張り紙を貼らせてもらえるかどうか、お願いしてみて。それから、帰って待っていて欲しいの。もし、ミケニちゃんが自分で帰って来たときに誰もいなくて、扉を開ける人がいないと困るでしょ?それにミケサンちゃんかミケイチちゃんのどちらかはお留守番だし、1匹で放っておくのは可哀想でしょ。電話番とお客様の対応もちゃんとして頂戴ね」
 こうして、ミケサンを抱いた草間を残し、シュライン・香乃花・マリオン・慶悟・あげはの5人+2匹はガンガンと太陽の照りつける外へ出掛けて行った。


 その頃、ちょっとした好奇心が思わぬ大冒険となったミケニは興信所から少し離れたコンビにの、開け放たれた扉の前にちんまりと座って、漂ってくる冷気に目を細めていた。
 轟音を立て、物凄いスピードで走り去る巨大な動物や、足早に去っていく人間、面白い音を立てる小さな生き物、甘い匂いの青い草。面白いものも怖いものも沢山あるが、ミケニの欲しいものは一つもなかった。
 姉妹達と居慣れたあの場所では、誰もが自分達を気に掛け、頭や喉を撫でてくれるが、ここでは誰もそんなことをしない。優しく名を呼ぶ声もなければ、自分達とは何か違う様子のママもいない。
 暑さで喉が渇き、お腹も空いていたが、ミルクの匂いは漂ってこない。何度か空腹を訴えて鳴いてみたが、抱き上げてくれる手はなかった。
 わんわんと大きな声で怒る茶色い動物や、パーッと高い音を立てる動物に驚いてあちこち走っているうちに、自分がどの方向から来たのか分からなくなり、すっかり迷子になってしまっていた。
 涼しい部屋の中に何人もの人間が並んでいる。その中にママがいないかとミケニは小さな声で鳴いてみた。しかし、ミケニの声は「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と言う聞きなれた人間の言葉に掻き消されてしまう。その内、似たような模様の人間達がコツコツと足音を立てて自分の方に向かってきた。ママが「シュライン」と呼ぶ人間の足音と似ているが、匂いが違う。蹴飛ばされそうな気がして、ミケニは慌てて逃げた。
 涼しい影を選んで細い道に入る。暗くて汚くてジメジメとしていたが、静かだった。薄っぺらい、汚れた紙の上で体を丸めて、ミケニは心細い溜息を付く。疲れと空腹で動けそうにない。早くママや姉妹の元に帰りたかった。


「ミケニちゃ〜ん、」
「お〜い、ミケニ〜」
 炎天下、慶悟と愛犬を連れたあげはは犬の鼻に期待をかけつつ、建物や木々、立て看板の周りを注意深く見て歩いていた。ミケニが自分達の声を覚えていて、返事をするなり近寄ってくるなりしてくれたら良いが、未だ返答がない。
「小さな犬猫は思わぬところに入り込むが……まさか、下水管だの溝の中に入っていないだろうな」
「暗がりで震えているかもしれませんし、よその猫の縄張りに入ってしまったり、烏に狙われてしまったり……。いなくなってどれくらい時間が過ぎたんでしょう?動物も暑いと熱中症になるんですよね?大丈夫かしら、あんなに小さいのに……」
 立秋を過ぎ、暦の上では秋と言っても当然ながらまだまだ暑い。しつこく蝉が鳴いているし、日差しも熱気も凄まじい。額だけでなく、全身から吹き出す汗で服が湿っぽい感じがする。2人とも自動販売機で飲み物を買って、飲んだり頬を冷やしたりしているが、頭の芯がくらくらしてしまう。犬の方も、あげはに何度か水を貰ったがだらりと舌を出してどうにか体を冷やそうと必死だ。
「ちょっと写真を撮ってみましょうか。本当にミケニちゃんがこの辺りを歩いたかどうか……」
 愛犬の鼻を信用していないわけではないが、全く見当違いならミケニの発見が遅くなってしまう。
 あげはは犬の紐を慶悟に預け、バッグからデジカメを取り出した。人目も構わずその場にしゃがみ、ミケニの視線で歩道を撮る。それから、道路を横断したことも考えて車道の方も何枚か撮った。
 建物の影に入って、すぐに画像を再生すると、喫茶店の立て看板の小さな影の下に座った三毛猫の姿が映っている。
「間違いない、ミケニだ。よし、偉いぞおまえ!それで、ここから先はどうしたんだ?道案内してくれ」
 慶悟は犬の頭を撫でて先を促す。
 暫く歩くと、十字路になった。建物の壁伝いに右へ行ったか、道を渡って真っ直ぐ進んだか、それとも、左へ進んだか。
「どっちへ行ったか、分かる?」
 あげはが尋ねると、愛犬は可愛らしく困ったような顔で小さく鳴いた。
「道路を渡ろうとしているミケニに気付いて、誰かが危なくないよう抱いて渡ったとしたら……、匂いが途切れてしまってるだろうな。もう一度念写してみるか?」
 そうですね、とあげはが答えようとした時、右側から見知った顔が現れた。
「あら?」
 と、声をあげたのはシュラインだ。
「それぞれ正解ってことですね」
 苦笑するマリオンはミケイチを抱いていた。
「シュライン様は、建物の影を辿って歩いていたの。それで、香乃花はミケイチちゃんとミケサンちゃんが最後にミケニちゃんを見た方向から、香乃花だったらどう言う風に進むか考えながら歩いてきたの。マリオン様はミケイチちゃんが行きたがる方向に歩いてきたのね。そうしたら、さっき一緒になったの」
「こっちは犬の鼻と観巫和嬢の念写が頼りだ。向こうの喫茶店のところまでは確かに姿が映った。これから先をどう進んだかだが……、」
「日陰を選ぶならあんた達の来た方向になるから違うわけね。残りの道は2つ……、さぁ、どっちへ行ったのかしら?」
「ミケサンならどちらへ行きたいですか?」
 言って、マリオンはそっとミケサンを地面に下ろす。車の音に驚いて道路に飛び出さないよう、しっかり体を抑えて。ところが、ミケサンは疲れてしまったか、行き交う車の音や信号機の誘導音が怖いのか、しゃがんだマリオンの足元に隠れて哀れっぽく鳴いた。
「おや、駄目ですね」
 仕方なく、マリオンは再びミケサンを抱き上げて頭を撫でる。
「香乃花さんなら、どちらへ行きたいですか?同じ子猫として」
 マリオンに問われて、香乃花は横断歩道を渡らなければ進めない、広い道を見た。
「香乃花なら……、もし香乃花がミケニくらいの子なら……、怖いから、どっちもいやだな。だって、車の音って香乃花達には本当に怖いんだもの。それに、歩いてる人がいっぱいいるから、おーだんほどーっていやなの」
「となれば、ここはあげはちゃんにお願いするしかないわね。念写してみて貰えるかしら?」
「あ、はいっ」
 あげはは急いで残り2つの道を念写してみた。と、左側の道に、ミケニを抱いた男の姿が映った。
「この男性がこの辺りでウロウロしていたミケニを渡らせたんでしょうか?それとも、拾って帰ったとか……。ミケニ、可愛いから拾われても不思議じゃないですね。もしそうなら、行き先はわからないなぁ」
 マリオンが言うと、あげはは今度はポラロイドカメラを取り出してもう一度念写した。ミケニを抱いた男の姿がはっきりと映し出される。あげはは3度念写して2枚をシュラインとマリオンに渡した。
「もしこの人がミケニちゃんを拾って、どこかに届けてくれるとか、自宅で飼ってくれるとかなら良いですが……、道を渡らせてそのまま置いて行ったとしたら、どっちの方向に進んだかお聞きできますし、似た人を探してみるのも手だと思います。エプロンをかけていますから、この辺りのお店の方かもしれません」
「本当……、あら、このエプロンなら見たことがあるわよ。最近出来たお弁当屋さんじゃないかしら。この間、配達して貰ったもの。私、行って聞いてみるわ」
「それじゃ、俺達は取り敢えず向こうに渡って探してみよう」
 弁当屋へ向かうシュラインを見送ってから、4人と2匹は信号を渡った。


 短い眠りだった。それでも、幸せな夢を見た。
 ママの暖かい体の上で、姉妹達と寄り添って遊んでいる夢だった。ママや他の見慣れた人間達が「プロレスゴッコ」と呼ぶ遊びは、妹が一番強い。そして自分が一番弱い。夢中になった姉と妹に噛まれたり蹴られたり、反撃していてコテンとソファーから転げ落ちると、いつも誰かが笑いながら救い上げてくれた。
 黒い大きな猫がやって来て、ミケニを乱暴に起こした。ここは自分の場所だから、出て行けと叱られて、ミケニは慌てて道路に飛び出した。人間の足にぶつかって、痛い思いをした。甲高い悲鳴を上げる人間がいて、また慌てて逃げた。すると、白い大きな黒い足の動物が走ってきたので、今度は木の上によじ登った。ソファーなら、やわらかくて手が痛くない。けれど、木は硬くて大きくて、爪が痛くなった。そして、怖い猫からも大きな動物からも悲鳴をあげる人間からも逃れて安全になったけれど、考えてみれば、下り方を知らない。ソファーなら爪をたてて下りられるけれど、こんな高い場所に登ったのは初めてで、何だか怖い。
 しがみついた枝から、恐る恐る1歩足を踏み出したら、茶色い変な虫を踏んづけてしまった。虫は黄色い水を落として飛んでいった。
 怖いよぅ、と小さな声で鳴いた。それでも、ママも姉も妹も、何時ものように助けてくれなかった。


 道を渡ると、再びあげはの愛犬の鼻が頼りになった。
 ビルを囲む低木の茂みに鼻先をつっこんでクンクンと匂いを辿る犬に、ぞろぞろと4人の人間がついて歩く。
 4人とも、蜘蛛の巣やごみが衣服につくのも構わず、茂みを手で掻き分けてミケニの姿を探した。
 どこからか、みゃう〜と言う情けない鳴き声が聞こえて、4人は顔を見合わせた。犬もミケサンもピクッと耳を動かす。
「ミケニ?」
 マリオンが呼びかける。返事をするかのように、再び小さな鳴き声が聞こえた。4人の表情がぱっと明るくなった。
「ミケニちゃん?どこ?」
 香乃花が木の葉を掻き分けて優しく呼びかける。しかし、全然違う方向から返事が聞こえた。
「あ」
 と、慶悟が空を見上げる。ふわふわと、慶悟の放った式神が舞い降りてくる。
 みゃう〜ん……とか細い声が再び聞こえた。式神は1匹の子猫を抱えていた。
「……違いますね……」
 流石は式神、人間とは違う目線で早速ミケニを連れて帰ったかと期待したが、生憎、式神が連れ帰ったのはみすぼらしい牛柄の子猫だった。酷い鼻水と目脂で随分弱々しい。
「……元の場所に返して来いと言うわけにもいかんな、これは」
 ミケニたちより少々大きいが、捨てられて随分になるのだろう、ガリガリに痩せて肋骨が浮き出てみえている。
 子猫を受け取り、再び式神をミケニ捜索に向かわせてから、困ったように慶悟は溜息を付く。
「仕方がありません。これも何かの縁でしょう」
 言って、マリオンはミケニの為に持ってきた哺乳瓶を取り出した。あげはが持っていた愛犬用の水入れに少しミルクを移し、子猫の前に置いてやると、子猫はみゃうみゃうと鳴きながら大急ぎでミルクを飲んだ。
 弁当屋から話を聞いて4人に追いついたシュラインは、子猫の事情を聞いて苦笑した。
「3匹面倒を見るのも4匹面倒を見るのも、似たようなものよね。あんたが精々通って世話するのね。その前に病院に連れて行った方がよさそうだけど」
 シュラインが持参していたミケニ保護用の小さなバスケットに子猫を入れて、慶悟は世話は式神にも手伝わせようと思う。
「ところで、ミケニを抱いてた人に会えたわよ。車の方に飛び出しそうだったから、抱いて渡ったんですって。そこの茂みの奥に逃がしたって言ってたわ」
 茂みには既に姿がない。あげはの愛犬がクンクンと鳴いて先を促す。そこでシュラインはミケニ愛用のタオルを出してもう一度匂いを嗅がせた。
「この匂いよ。頑張って探して頂戴」


 行き交う人間の頭を、どれくらい見下ろしていただろう。暑くはないが、空腹はピークを越してもう鳴く気力も沸いてこなかった。怖い、寂しいと言う気持ちだけで、胸が一杯になった。
扉の外に出ると、ママや人間が慌てて迎えにやって来ていた理由が痛いほど分かった。もしもう一度、ママや姉妹達に会えるなら、もう二度と外に出たりしないのに。
そんなことを思っていると、誰かがふわっと体を抱き上げた。それから地面に下ろし、頭を撫でてくれた。全く知らない人間の匂いだが、優しくて嬉しかった。
そのまま立ち去ろうとする人間の後を追って掠れた鳴き声をあげる。すると、その人間はもう一度抱き上げて頭を撫でてくれた。
「この子たちの兄弟なの?でも、ごめんね、うちでは飼ってあげられないのよ。他の誰かに拾ってもらってね」
そう言って、茶色い箱の中に入れた。待ってと鳴いたが、もうその人間は立ち止まらなかった。
見ると、箱の中には汚い布が敷いてあって、自分よりも妹よりも小さい子が3匹、不安と恐怖と空腹と寂しさに、大声で鳴いていた。何だか自分も酷く辛くなって、ミケニは一緒になって大声で鳴いた。


「猫の鳴き声が聞こえるわ」
 1本の木の根元を熱心に匂うあげはの犬を見ながら、ふとシュラインは言った。
「ほんとだ!聞こえる!怖がってないてるよ。でも、なんだかいっぱいいるみたい」
 香乃花が耳を澄まして答える。
「もしかして、捨て猫がいるんでしょうか……?」
 あげはが首を傾げる。と、マリオンに抱かれたミケサンがにゃぁと鳴いた。
「ミケニちゃんだって言ってる!どこだろう?」
 その時、突然犬が顔を上げて一声鳴き、木から6メートルほど離れた草むらの中に顔を突っ込んだ。追い駆ける5人と2匹。
「ミケニ発見!」
 人間の腰近くまで伸びた草の間に薄汚れたダンボール箱の中からひょっこり顔を出した、見慣れた三毛猫の顔にマリオンの顔が綻ぶ。
 名を呼ばれたミケニの方も、返事をするように大きな声でにゃぁと鳴く。
「……見つけたは良いが……何なんだ、このチビどもは……」
 ミケニの周りをごそごそうごめきながら汚いタオルの上で鳴く痩せた黒猫が3匹。慶悟は自分が持ったバスケットと3匹を交互に見る。
「……ミケニちゃんが見つけたんでしょうか。それで、一緒に中に入って鳴いていたとか……」
 哀れっぽく鳴く4匹の中からミケニだけを抱き上げるのを躊躇って、あげは首を傾げる。
「この子達を捨てた人が一緒にミケニちゃんを入れたか……、分からないけれど、放って行くわけにもいかないわよね」
 箱ごと4匹の猫を抱えてシュラインは苦笑する。
「武彦さんに叱られるかしら……、子猫1匹探しに行って、5匹連れて帰ったら……」
「3匹育てるのも7匹育てるのも一緒……とは、流石に言えませんねぇ……。まぁ、謝礼代わりと言うことで、認めて貰うしかないです」
 言って、マリオンは箱の中で泣き叫ぶ黒猫の小さな頭を軽く撫でる。
「どっちにしても、草間に名前は付けさせない方が良いぞ。クロイチ、クロニ、クロサンだのウシだのになり兼ねないからな」
 ミケイチ、ミケニ、ミケサンと言う名前の付け方はどうかと思う慶悟が言うと、あげはは笑った。
「でも、ミケニちゃん……って可愛い響きですよね。ミケサンちゃんは面白い感じがしますけど……ミケイチちゃんは三毛猫の市場みたい……」
 

 見慣れた人達が見つけてくれて、漸くママと姉妹の所に帰ることができ、ミルクと離乳食、清潔なお気に入りのタオルに包まって安心して眠った。
 眠りに就く前、人間の姿をした自分達と同じ言葉を話すおねぇさんが、冒険は楽しかったかと聞いたけれど、正直に怖かったと答えた。
 ママには「好奇心は猫を殺すと言ってな、これに懲りたら勝手に外に出るんじゃないぞ」と散々叱られた。
 同じ箱に入って鳴いていた3匹の小さい子達はママの権限でクロイチ、クロニ、クロサン、小さなバスケットに入っていた子はウシと名付けられ兄弟姉妹として一緒に暮らすことになった。「さっさと里親を探せ」と言って、ママは「シュライン」と言う人間に張り紙作りをさせた。
 里親って何のことか分らないけれど、自分はもう絶対に、ママの側を離れないぞとミケニは心に誓った。


夕方、ミケニ捜索の張り紙は新たな里親募集の張り紙に変えられ、慶悟の式神が連れてきた牛柄の子猫は病院に行き、風邪と診断されて注射を1本打たれて帰って来た。
式神は慶悟に命じられ、せっせと新入り4匹の世話に励んだ。


End




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
4862/深山・香乃花/女/10/香屋「帰蝶」のマスコット(仮)
4164/マリオン・バーガンディ/男/275/元キュレーター・研究者・研究所所長
0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師
2129/観巫和・あげは/女/19/甘味処【和(なごみ)】の店主 
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■         ライター通信          ■
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残暑お見舞い申し上げます。

今回もご利用頂きまして、本当に有り難う御座います。
前回に続いた猫のお話でしたが、ちょっとでもお楽しみ頂けましたでしょうか?私自身は、猫のお話を書いていると、もう、幸せで幸せで、自分ちの子たちを見ながら、顔がにやけてしまいます。

ではでは、また機会がありましたらその際には是非是非、ご利用頂ければと思います。