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<東京怪談・PCゲームノベル>


■童話のように■



「あら」
 足を止めたのは、見知った顔があったからだ。
 処分品だという事務用品他を大量に買い込んだシュライン・エマの前には姿勢の良いひとりの若者。
「こんにちは」
 櫻紫桜というその若者がお手本のようにきちんとしたお辞儀をするのに、荷物が落ちない程度に頭を下げて返す。
 それでも危うくはみ出たFAX用紙が零れ落ちかけて、紫桜が止めた。ちなみにFAXはシュラインがリサイクルショップを回って安値で更に買い叩いて備え付けたという大層な代物だ。草間が買えばそもそも買えずに終わるだろうという予想は、事務所の長年の状況を思えば予想で終わらない。
「すごい荷物ですね。俺持ちますよ」
「いいのよ。もうすぐだし」
「いえ、ちょうど挨拶がてらお邪魔しようと思っていたので」
「そう?じゃあお願い」
「はい」
 もうすぐ、とは言ってもまだしばらくは人の流れを泳ぐ必要があった。
 紫桜の申し出に甘えて荷物を預けると、随分と身体も軽くなる。事務所に戻ったら、武彦さんと零ちゃんにコーヒーを入れる時にでもお礼にお茶を、等々考えながら紫桜と並んで雑居ビルへと入った。

 コーヒーを入れるどころではない状況の事務所へと。

「武彦さん!」
 零がしゃがみこんでいる応接セットの辺りに倒れる草間を見た瞬間、荷物を放り出して駆け寄るシュライン・エマ。
 買い込んだ諸々の品が壊れなかったのは紫桜が咄嗟に受け取ったからである。


** *** *


 気が付けば三人が横たわる草間を見下ろしていた。
 詳しく言うなら、櫻紫桜と蒼王海浬が屈みこむシュラインの上から覗き込んでいる状態だ。
 零にはブランケットとクッションを取りに行って貰った。武彦にしろ零にしろ、あるいはシュラインにしても事務所で日を越える事は珍しくない以上、常備されてしかるべき物品である。もっとも、わけのわからない昏倒男を休ませる為に使われるとはそれらも考えはしなかったに違いない。

「白雪姫リンゴ……」
 海浬から紫桜、紫桜からシュラインへと巡ったメモを睨んで小さく呟く。
 草間の状態を確認しながら紫桜がその表情を見た。理知的な目元が微かに引き攣っている。
「クラインの魔女、というのはなんでしょうか」
「……そっちは多分、零ちゃんの友達の事だと思うわ」
「なんだ、犯人も判っているのか」
 パソコンを借りて情報収集を考えていた海浬が、手間が省けたと声を上げるのにはシュラインは何度か左右に首を振った。なんとはなし、草間に近付いていた紅毛に包まれた龍のような、ソールというその生物を眺めながら補足する。
「武彦さんが、変な物試作しては寄越してくる、って以前に言っていたもの」
「……あの、それなのに食べたんですか」
 控えめに紫桜が示した先に半分以上を齧られた林檎。
 確かに署名のように差出人まで判る状態であった物を食べるのは、相手が厄介事を起こす常連だと知っているなら迂闊どころではない筈だ。
 ――三人は、メモが散乱する書類の下に潜り込んでいた事を知らない。
 知ったとしても、草間をなんとか起こした後に「だから片付けなさいと言っているのに」といった類の台詞を投げつけたりはするだろうが。
「探偵にしては警戒心の無い事だな」
「……お腹空いてたのね武彦さん」
 海浬の言葉を聞き流してシュラインが草間をそっと抱き起こす。その優しい仕草と逃避にも思える言葉に愛を見るかどうかは人それぞれだった。

「白雪姫、というくらいだし、童話繋がりの解決策だと思ったんだけど」
 零が持ってきたクッションとブランケットをソファに整えながらシュライン。
 紫桜も周囲の書類を片付けて草間が充分に身体を広げられるスペース作りを手伝っているのだが、彼女の発言に僅かに気恥ずかしさを覚えてしまう。
 どんな移動をしたのか散乱し尽している様子の事務所内の書類や資料の類。手掛かりとなりそうな物を探しつつそれを片付けている海浬はまるで気にする様子も無いが、つい先刻のシュラインの行動は擦れていない紫桜からすれば目の当たりにすればいささか恥ずかしくなるものだったのだ。
『童話ならまずキスね。今回は、王子様が眠っているけれど』
 林檎を寄越した人間を確認し――予想通りというか、やはり零の友達とかいう人物だった――揃って呆れた溜息をこぼした後、抱き締めたままの草間にシュラインは滑らかに頭を傾けて唇を寄せた。その慣れた動きに反応が遅れ、慌てて視線を逸らした紫桜と、髪一筋程も表情を変えなかった海浬を背後にしばし彼女は草間を重なり、ややあって顔を上げると息を吐く。
『どうだ』
『駄目ね。起きてくれないわ』
『……多少寝息が浅くはなっているようだが』
『そう思って繰り返したけど、これ以上は駄目みたい』
 居心地悪く立っていた紫桜の傍らで海浬とシュラインが言い交わし、結局、なんとかするまで草間にはソファでお寝み頂こうという事になったのである。
「疲れているなら休ませてあげたいけれど、変な物食べて無理矢理じゃあね」
 ゆっくりと草間の身体を持ち上げて、ソファに移す。
 途中で零にも手伝ってもらい、シュラインと紫桜は二人がかりで草間の背も叩いてみた。が、林檎の「り」の字程度の欠片も咽喉から出てはこないまま。起きた時に身体が痛まないように、と配慮して柔らかな即席簡易ベッドに横になった草間を再度紫桜は見る。
「……くすぐってみるかな」
「そうね。試してもいいかも」
「ところで……その友人とやらに連絡は取れないのか?」
 熟睡する興信所所長を見下ろして相談する二人の背後から、海浬が束ねた書類を持って近付いて来た。
 適当にまとめたそれを零に手渡しながら問うたのは当然の内容だったのだが、しばし宙を見て零は頭を振る。
「電話したりしないので、判りません」
「そうか」
 ソールが足元に寄ってくるのに任せて海浬が思案するようにあらぬ方を見遣り、何事か呟いていたそんな時。
 おざなりなノックが響いてから耳をつんざくブザー音。
 扉を見、もしやと草間に視線を落としたシュラインと紫桜。海浬はそのまま扉を見て。

「おい、クサマ!ちょっと頼まれてくれ」

 朗らかな語調で男が一人、紙袋を抱えてその微妙な場面に乱入した。


** *** *


 両脇から軽く触れるか触れないかでくすぐってみる――反応無し。
 少し強く押し当ててくすぐってみる――これも駄目。
 思い切って鼻をつまんでみるとすぐに口が開いた。塞ぐとそのまま呼吸が止まりそうで――起こせない。
 登場した男と向かい合っているシュラインが見たら絶叫しそうな勢いで頬を引っ張ってみる――素晴らしく変形しただけで眠りっぱなし。

「……だめだ」
「どうしましょう」
 零と二人、草間を目覚めさせるべく基本的な事を仕掛けてみたのだが成果は芳しくなかった。
 沈黙してのどかに寝こける姿を見下ろすと、背後からの会話が元気良く耳に届く。
 怖い。なんとなく怖い。
 振り返る事はせずに、見えはしないが視線をずらして会話中の二人を窺う紫桜である。
「管理人がよ、オッサンが起きないっつって半狂乱で暴れててなぁ。それでクサマに誰か寄越して貰おうかと」
「かこつけてちょっかいかけに来たというわけね」
「いいじゃねえか。別に押しかけてねぇだろ」
 ジェラルド・フィラッツォとかいうその人物の言葉にシュラインがこれみよがしに肩を竦めて。
「悪いんだけど、今はこっちも武彦さんが同じ状態なの。ごめんなさい?」
 ――敵だな、と海浬は会話を聞きながら思う。
 この二人はおそらく草間を挟んでの敵対関係だ。その手の意味合いで。
 ひととおり書類を片付けながら手掛かりを探したが、見つからない。後は草間の周囲の崩れて折れて散乱しきった場所だけだ。ソールの運んできた分を事務机に放り出して振り返る。長身の男女が睨み合う姿が際立っていた。
「ところで、フィラッツォさん」
 初対面だからと気遣う海浬の語調にひょいと肩を竦めるジェラルド。
「呼び捨てタメでいいぞ、ってなんだ?」
「いや結構。貴方とこの『クラインの魔女』なる零嬢の友人は同じマンションだとか」
「おう」
「その人物の連絡先は判りますか?」
「逃げたぞ」
「……逃げた……」
 呆然と繰り返す紫桜の声を聞く。シュラインもこめかみを押さえて苦々しげだ。
 もういっそのこと『全てを見通す力』で解決してしまおうか。そう思う海浬の前でジェラルドが笑って続けるには。
「今回はオッサン巻き込んだからなあ。管理人に絞め殺されるの避けたんだろうよ」
「だったらどうすればいいのかは判らないということ?」
「いやぁ?クサマに仕掛けるなら走り書きででも説明付けてんじゃねぇか?」
 怖い女房ついてるしな、とにやにや笑うのにはシュラインが睨み返す。
 つまりは手掛かりがやはり室内にあるということか。
 視線を向けた海浬の求めを察して零が記憶を探れば、すぐに心当たりがあった。
「そういえば、小さなメモがもうひとつあったような」
「それですか」
「それね」
「それだな」
 各々頷いて捜索を開始する。
 シュラインと紫桜が直接草間にアクションを起こしている間に、海浬がソールと一緒に黙々と片付けていたお陰で残る場所は眠る草間の周囲のみ。一斉に紙を集め、振っては挟まっていないか確かめ出した。
 その妙な光景をすり抜けてジェラルドが草間の枕元へ。
「つーか童話ならキス基本だろ。試したのか?」
「もう試したから結構よ」
「そりゃ残念」
 けたけた笑って丸めた背を伸ばす。
(もしかしてこの人、シュラインさんの反応楽しんでるんじゃないだろうか)
 そんな風に思ってついジェラルドの長身を見上げる紫桜に、相手も気付いた。
 にんまり笑うと何気なく近付いて紫桜を覗き込んで来るのに、無意識に後退ったのは登場してからの彼の言動……というかそれから推測される嗜好のせいだろうか。いや別に人の趣味嗜好をどうこう言うつもりは無いのだけれど。
 でも自分には勘弁。
「別に俺が試してもいいよなあ?」
「はぁ、いえ、別に繰り返す必要も無いと思います」
「あんたは入口あたり下がっときなさい。青少年に声かけない!」
「おーひでぇ」
 鋭く飛んだシュラインの言葉にジェラルドはやはりけたけた笑うと素直に引き下がる。助かった。
 なにやら微かに粟立ってしまった二の腕を宥めるようにさすりつつ、今の一場面を無かった事にする紫桜。そのままメモ捜索に参加しようとしたところで「あったぞ」と海浬が声を上げた。終始一貫して冷静な人物が見つけてくれたらしい。
 わやわやと集まり一斉に海浬の手元を覗き込む。
 その小さな紙にはこう、走り書きがあった。

『安眠?1個で24時間くらい(なにやら童話にちなんだ書き出し)
 意中の人とか。消化時間で変化するかも
 染色いるかな(染料の控えらしき単語)毒ナシ
 気絶より眠り姫 調理後の変化が気になる』

「……これですか?」
「……多分な」
「……説明というより、ついでに持ってきただけみたいね」
「参考にはなるだろう。これでなんとかなるんじゃないのか?」
 一人淡々と述べる海浬の言葉に再度メモを見る。
 害は無い(筈)という事と、時間経過で目が覚める(ただし長い)事程度しか判らないのだが。
「ここに」
 海浬が更に示したのは片隅だった。
 ごく小さな文字はむしろ隠すように存在しておりそれは。

『頭から水かけとく』

 ――長い長い沈黙の中で海浬の足元から紫桜の足元、シュラインの足元、ジェラルドの足元へと歩き回るソールの紅毛だけが微かに音を立てていた。


** *** *


 どうしよう。

 つまり起こすなら水を頭からぶっかけてみればいいのだけれど、後始末も大変だし、本当に目が覚めるとは限らないし、害が無いならこのまま休んでいて貰ってもいいのか。ああでも随分と食べているみたいだから半日以上は眠っているのだろう、でもきっと武彦さんの事だから食事もきちんと摂っていないだろうし勿論水分だって充分じゃない筈だし。

 どうしたらいいかしら。

 キスで眠りが浅くなったお陰なのか、ソファで気持ち良さそうに眠る草間を見つめては懊悩するシュライン・エマ。
 立ち去る蒼王海浬の視線に気付かず挨拶だけを返し、櫻紫桜が怪しげな林檎を押し付けられている事は視界の外でそもそも認識せず。
(もう一度キスしてみるとか)
 ちらりと過ぎった考えに心を揺らしながら、傍らに膝をついて大切な人の頭を撫でていた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4345/蒼王海浬/男性/25/マネージャー 来訪者】
【5453/櫻紫桜/男性/15/高校生】

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■         ライター通信          ■
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・はじめまして。こんにちは。ライターの珠洲です。
 最初と最後だけちょっと違いますが、中間部分は同一にしてみました。
 プレイングを生かせなかったりもしているのですが、ご満足頂けるといいなぁと怯えつつ。

・シュライン・エマ様
 プレイングに愛を見ました。なにやら草間氏への愛をひたすらに見た気が致します。ばっちりちゅーもして頂きました。
 ジェラルドとは顔見知りかつ敵のようなノリで。おそらく日頃からヤツを警戒して過ごしておられる事でしょう。