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<東京怪談・PCゲームノベル>


Wish〜夏の遭遇〜


 扉を開けると、カラン、と古い響きの鈴の音が一番初めの来訪者――『客』を出迎えた。
「―――いらっしゃいませ」
 歴史を感じさせるアンティークなつくりの店内。古時計のコチコチと時間を重ねる音に混じるかのように、流れているのはオルゴールの音色。
「どうぞ、お好きな席へ…ああ、チケットをお持ちなのですね」
 鈴の音の次に迎え出てくれたのは、この店の店員なのだろうか。手には丸いトレーを持っている。柔らかそうな微笑で、こちらを見ていた。
 その男の言葉で、手にしていたチケットを思い出す。
『常磐珈琲店 ケーキセット半額』
 半ば皺になりかけたそれを見ると、掠れたような文字でそう書いてある。此処で間違いはない。
 だが、何処でこの店を見かけたのか全く覚えていない。確か、怪しげな骨董品店で金魚すくいをしろと言われて半強制的に中庭で金魚と蓮の花を追いかけさせられた。紆余曲折を経てそれらを捕まえると、不思議なことに金魚と蓮の花はコーヒーカップの中へと吸い込まれるかのように『戻って』いった。
 それを不思議そうに見ていると美貌の骨董品店店主から、チケットを手渡され『このコーヒーセットを届けてくれ』と言われた。
 住所も何もない。店主も何も教えてはくれなかった。途方に暮れてぽつん、と立ち尽くしているといつの間にか『常磐珈琲店』と書かれた看板を下げたこの店が現れたのだ。
「ぼぅっと立ってないで、座ったら? お客サン」
 頭の整理がついていないところに、ふと掛けられた声。先ほどの男のものではない。視線をやると男の後ろから現れたのは一人の少年だ。手にしているトレーの上には氷水の入ったグラスがひとつ、置いてある。
「ほらほら、ここでいいの? お冷おくよ」
 男に似たような容貌をしているところをみると、兄弟か何か…と考えをめぐらせる時間さえ与えてもらえず、目の前にあったテーブルへと腰を下ろさせられた。
「………………」
「すみません、乱暴な扱いをしてしまいまして」
 勢いに面食らっていると、先ほどの男が歩み寄り、こちらへと頭を下げてくる。
「へー、これがあのカップ? 綺麗だね」
「……響」
 徐にテーブルの上へと置いたカップのセットを、響と呼ばれた少年は覗き込んでくる。男が止めに入るが聞く耳持たずといったところだ。
「どうも、すみません…。…カップを届けてくださって有難うございます。さっそくこのカップで美味しい珈琲を淹れてきますね」
 男はカップを手にして、微笑みながらカウンターへと足を運んでいった。
「……さーてと? 此処にたどり着けたって事は、何か腹に抱えてるんだろ? 僕たちはそれを聞く義務がある。願いや希望、悩み…何でもござれ、だよ。僕たちが、解決してあげる」
「…………!?」
 テーブルを挟んで、響は目の前と座り込んできた。
 彼の口から漏れたのはそんな言葉―――。

 男のほうへと視線を送ると、丁度コーヒーカップをトレーに乗せこちらへと歩みを寄せてくる彼の姿があった。
「――響の言うとおりです。僕たちの役目はあなたの願いをかなえること。簡単に言ってしまえば、何でも屋のようなものですね。
 あなたは、何を…望んでいますか?」
 目の前に差し出されたのは淹れたての珈琲が入ったカップ。
 再び顔を上げると、二人は笑顔でこちらを見ていた。




 響きに促され、席へと落ち着いたのは和服の美少女だった。漆黒の髪に、凛とした雰囲気がまたさらに彼女の美しさを引き立てているようで、目の前にした響などは思わず見とれてしまうほどだ。
「……望み、か…とりあえず砂糖が欲しい」
 突然の出来事にも、大して動じた様子は見られない。やや、警戒心が強いと言ったところだ。
 その彼女――美籟が可憐な口唇をひらき、音を漏らしたのはそんな言葉だった。
「ああ、砂糖ね。ちょっと待ってて」
 響が慌てるかのように、彼女の言葉に反応し腰を上げる。そして椅子の背もたれに手を掛け、軽々とそれを飛び越えてカウンターの向こうへと駆けていく。
「……慌しくて、すみません。こうしてお客様をお迎えしたのは、久しぶりで…」
 ゆらり、とゆれるのは美籟の元へと差し出された珈琲の湯気。
 それに視線を落としていた美籟は、控えめな和生の言葉にゆっくりと顔を上げた。
「こういった店が存在しているとは思わなかった。不思議なものだが……嫌な香は感じない」
「香…貴女は香を聞くことが出来るのですか?」
 美籟の言葉に和生が興味を持ったようだ。悠久の中、多くの知識を埋め込んだ存在であるからこそ、実際にその人物に出会えると言うことが嬉しいらしい。
「聞香をご存知か、店主殿」
「詳しいわけではないですけどね。遠い昔に『聞香』を身に付けていた方を知っていた、というくらいで…。
 どうぞ、お砂糖です」
 和生は響が運んできたシュガーポットを受け取りながら、美籟の問いに静かに答えた。
 多くの人に出会い、そして別れてきた。様々な人がいた。もしかしたら和生たちは、過去に美籟の先祖にも会っているのかもしれない。
「…ああ、ありがとう。では失礼して、砂糖を入れさせてもらおう」
 美籟はそんなことを漠然と思いながら、目の前に差し出されたシュガーポットのふたを徐に開ける。そして彼女は躊躇いもなく、一気に五杯ほどの砂糖をコーヒーカップの中へと投入した。
「…………………」
 さすがの和生も少しだけ面食らったようで、微笑が微妙なものになってしまっている。
 響はカウンターの向こうから顔をのぞかせ、苦笑していた。
 くるり、と砂糖をスプーンで数回かき混ぜた後、美籟は静かにコーヒーカップへと口をつけ、喉にゆっくりと珈琲を流し込む。
「――成る程、此れは確かに美味い珈琲だ」
 口唇から静かにカップを離し、ソーサーにそれを戻すと言う単純な仕草でさえ『優美』と思わせる彼女。
 やや俯きがちに、珈琲の感想を述べるその姿もまた美しい。
「…香も円やかで良い。店主殿の腕ならばケーキも期待出来そうだ」
 続ける言葉にはうっすらと微笑みさえ浮かぶ。和生はそんな彼女を見つめ、満足そうに笑みを浮かべた。
 そして彼女の言葉に答えるかのように、和生特性のケーキが数個いつの間にか彼らの前へと届けられる。響が邪魔にならないようにと言葉なく運んできたものらしい。
「どうぞ、当店自慢のケーキです。お好きなものをお好きなだけお選びください」
 広めのテーブルの上に、並べられるケーキ。美籟は表情こそ崩しはしないが、甘いものが好きなのか瞳をきらりと輝かせていた。
 和生は微笑んだままで、彼女のそんな姿を見つめている。
 美籟は最初に目に付いたレアチーズケーキへと手を伸ばし、自分のもとへと引く。そして徐にひとくち、静かに口へと運ぶ。
 甘味は女性の何より好むもの。和生は美籟のうっすら浮かべた僅かな微笑を見逃すことなく、彼もまた微笑んだ。
「……そう言えば、先刻願いがどうの、と言っていたようだが。…願い、か」
 ふと、美籟が何かに弾かれたように視線を上げた。
 そして相変わらずにこにことしている和生へと、言葉を投げる。
「抑々見ず知らずの他人に悩みを打ち明けたり、願いを叶えてくれと言うのは不躾に思うのだが…」
「そう思われるのは仕方ありません。…では、こういうのはどうでしょうか。貴女と僕はこうして視線を合わせるのは初めてでも、予め決められた『出会い』だとしたら…」
 和生は美籟の言葉に少しだけ困ったように笑いながら、そう返答をする。
 すると彼女は、不思議そうに小首を傾げた後、瞳を閉じた。
「………店主殿は想像力溢れる方なのだな。成る程、そういう『必然』も――あるのかもしれない。
 自慢ではないが、私には相談をする様な友人もない。だから…急に斯様な事を言われても困るのだ…」
 ゆっくりと。
 テーブルの上で両手を組むようにして、美籟は藍色の瞳を開くと同時に再び口を開く。
 無表情が常の美籟からは、真実を読み取ることは難しい。だが、彼女の言葉には濁ったものが無い。
 本気で困り顔をしてみせた美籟。常の彼女がその表情を揺らがせるのは、貴重な事なのかもしれない。和生はそんな、『ヒトの一瞬』を見逃すことはしない。それは彼の、生き甲斐だから。
「貴方の言葉に偽りがない事は、香で判断出来る。
 『嘘くさい』という言葉があるだろう? あれは真実だ。森羅万象には全て香が存在し、私は其れを聞く事が出来るから」
 和生が黙ったままでいると、美籟がまた口を開いた。その言葉はとても不思議でありながら、妙に納得の出来るもので、和生は心から感心してみせる。
「それはまた…興味深い、お話です。なるほど、言葉ひとつでも貴女には『香』で判断出来るのですね。素敵だと、思います。こんな言葉では、言ってはならないとは思うのですが」
 和生がまた、困ったように笑った。美籟はその言葉を聴き、彼を見つめる。
「素敵、か。そんな風に言われたことも無かった。だが…有難う、と言っておくべきなのだろう」
 言葉の香を聞いたのだろうか。
 先ほども、和生の言葉に偽りは無い、と言い切っていた。自分の心根からの思いは、きっと美籟には伝わったのだろう。
 響く言葉が全て、良いものとは限らない。恨みや憎しみが混じったものだって存在している。美籟はそれすらも、『聞いて』しまうのだろう。
 それを思うと少しだけ彼女が哀れだと感じてしまう。だが、決して言葉にはしない。そして表面にも出さない。
 カタ、とケーキ皿が避けられる音がして、和生は視線を上げた。
「………………」
 先ほどまで、最初に手にしたチーズケーキを静かに食べていると思っていたのに。
 目の前の美籟は、テーブルの上に並べられていたケーキを既に3皿ほど平らげていた。そして今、4皿目に手をつけている。和生のケーキが、それほど彼女の口に合ったということか。
 彼女の表情を見れば、それも容易に解りそうな物だ。笑顔こそ無いが、幸せそうに頬をピンク色に染め上げてケーキの上に乗っていた木苺を頬張っている。
「当店のケーキ、お気に召していただけたようですね」
「ああ、とても上品で美味いと思う。
 …此の店の存在は、朧。香に定まりを感じぬ…故にこの機を逃すとケーキが食べられなくなりそうだ」
 和生の言葉に答えていた美籟が、ふと何かに気がついたのか僅かに瞳を見開く。
 そして意を決したかのような表情になり、和生へと再び視線を合わせた。
「よし、決めた。いつでも此処へ辿り着ける手段を希望する。それが、私の『願い』だ」
 力強い視線とともに、彼女の口から漏れた言葉に、和生はふわりと笑う。
「畏まりました」
 瞳を閉じながら、和生は彼女にそう答える。そして美籟の願いを叶えるために、両手を差し出した。
「………………」
 美籟は黙ってその和生の姿を見上げる。
 差し出された両手の中心には、淡い光が静かに集まっていきそれがひとつの形を作り上げていく。
 やがて光は弾け飛び、そこから生まれたものは一枚の紙切れだった。
 薄めの紙の中心には『常磐珈琲店』と店名が記されている。
「これは…?」
「……フリーパスチケット、とでも言えばいいでしょうか。いつでもこの店へとたどり着くことが出来るものです。色は…貴女に合わせてみました」
「…紺瑠璃色、だな」
 美籟の手へと渡された長方形の紙切れは、青色。おそらく彼女が身に纏っている着物の色や、瞳の色から和生がイメージしたものなのだろう。色をつけるのは彼の趣味から来るものかもかもしれない。
 『チケット』を手にした美籟は不思議な色合いのそれにピタリと名を言い当てる。これも、『聞香』のなせる業なのだろうか。
「このフリーパスチケットは、貴女が思ったとおりの姿へと変わります。お好きなものに変えてみてくださいね」
「ほう……それはまた面白いな。ありがとう、後で試してみるとしよう」
 微笑を崩さない和生が続けた言葉に、美籟は感心したように返事をする。
 そして彼に礼を言いながら、チケットを帯の中へと忍ばせた。
「今日は楽しい時間を過ごすことが出来た。是非また、足を運ばせてもらおう」
 一息ついてから、美籟は静かに腰を上げた。
 そして何処からとも無く和製の財布を取り出し、
「いくらになるだろうか?」
 と和生へと言葉を投げかける。
「――ああ、そういえば半額チケット、と言うことでしたね。実は、この店では代金は頂かないことになっているんですよ」
「……………?」
 和生のそんな言葉に、美籟は小首をかしげた。
「珈琲やケーキは、来店してくださったお客様への感謝の気持ちを品としたものなのです」
「しかし、それでは……」
「では、ひとつだけ。僕から貴女に願ってもいいですか?」
 笑顔の和生から生まれた言葉に、美籟は自分なりの言葉を投げかけようとした。しかし、それは彼にやんわりと止められる。
 そして続けられた和生の言葉に、ゆっくりと頷く形で美籟は答えて見せた。
「運命に負けず、決して諦めないこと。貴女のその蒼い瞳には迷いは無いですが…少しだけ、『何か』を諦めかけている感じがします」
「………………」
「もしかしたら、見当違いな事を言っているかもしれない。だけど僕は…貴女の心からの笑顔が見たいんです。遠くない、未来に。
 貴女のこの先の道は、決して何も無いわけではありませんよ、美籟さん。きっと瞳に捕らえるもの全てが、鮮やかに見えてくることでしょう」
 和生の語る言葉は、まるで物語のような。
 美籟はそんな風に、彼の言葉を捕らえた。真理を突かれたわけではない。自分の感じていない部分に触れられたわけでもない。だが、彼の言葉には嘘は無い。
「―――私は、名乗っていただろうか?」
「いいえ、僕たちには解るんです。この店に、足を運んでいただいたその時から…」
 美籟の口から漏れたそれは、返事ではなく問いかけ。
 和生も当たり前のように、彼女のその問いかけに静かに答えるだけだ。
「そうか…店主殿も、不思議な力を持ち合わせているのだったな。
 ……その、『笑顔』についてだが…努力しようと、思う」
「楽しみにしていますね」
 自分は今、どんな表情をしているのだろう。
 複雑な感じになっているのは、間違いない。だが、美籟にはそこまでしか想像出来なかった。目の前の和生が、微笑みを崩さずにいるから。
「では……今日はこれで失礼する」
 それ以上、特別な言葉も生み出すことも出来ずに、美籟はそう告げる。
 すると和生は頭を軽くさげ、こう言った。
「またのご来店を、心よりお待ちしております」
「………………?」
 和生が頭を再び上げようとしたとき、足元から景色が変わった。そして見る見るうちに、全体が薄れたような感じへと変容していく。
 ひとまずは、此処で彼らとはお別れのようだ。
 一分もしないうちに、珈琲店はその場から姿を消した。
 残されたのは、美籟だけ。
 次の瞬間には立っていた場がいつもの道へと変化し、そこで美籟は小さなため息を漏らす。
「…この瞳が捉える、鮮やかさ、か…」
 ぽつり、と零れた言葉はゆらりと吹き抜ける風がかき消していく。
 美籟はそれを追うかのように空を見上げ、目を細めるのだった。



-了-



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            登場人物 
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【整理番号 ‖ PC名 ‖ 性別 ‖ 年齢 ‖ 職業】

【5435 ‖ 神居・美籟 ‖ 女性 ‖ 16歳 ‖ 高校生】

【NPC ‖ 常磐和生】

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           ライター通信           
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神居・美籟様

ライターの朱園です。今回はご参加ありがとうございました。
美籟さんのような素敵な方のお話を書かせていただけて、大変嬉しかったです。
美籟さんの願い事は、小さなお願いでありましたが、それでも和生たちにとっては
とても嬉しいものだったに違いありません。
ぜひともまた、フリーパスをフルに使っていただき、ご来店してくださる事を心待ちにしております。

内容等は充分気をつけて書かせていただいたつもりなのですが、もしイメージと違うような事があれば
いつでも遠慮なく、お申し付けくださいませ。

本当に今回は有難うございました。

朱園ハルヒ

※誤字脱字が有りました場合は、申し訳有りません。