コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


■オープン・ザ・ドア■



「いやぁ本当に悪いねぇ」
「いえいえ気にしないで下さいよ〜」
 のほほんと会話する桐生暁。相手の、のんびりさ加減が影響していると思われる。
 だが彼らの周囲はけしてのんびりとはしていなかった。
「うわ!また湧いた!」
「これで何匹目だったかなあ」
「いや鷹臣さん何匹とかじゃなくて!」
 繰り返すが、彼らの周囲はのんびりとはしていない。
 今だって暁が坂上を庇うようにして迷路の壁から湧いてくる犬の鼻っ面を蹴飛ばしているのだから。
 悲鳴を上げて逃げ去る犬が再び迷路の壁に突っ込んで行くのを見送って、暁はシャツの胸元で扇ぎながら二度三度と首を鳴らした。その陰では坂上が困っているのかいないのか微妙な表情で周囲を見ている。
「涼みに来たのに運動する羽目になって、いやホント申し訳ないね」
「やだなあ。気にしないで下さいって!」
「いやいや。朱春ちゃんが無理言ったから」
「可愛い女の子の頼みを断ったりできませんよ〜」
「男前だなあ桐生くん」
 ぱちぱち、と妙に可愛らしく拍手する中年男・坂上。
 暁がそれにおどけてお辞儀をし。
 周囲を考慮しなければ、彼らは非常に仲良く和やかに過ごしていた。


** *** *


 あまりの暑さに涼を求めて入ったエントランス。
 そこでマンション管理人だという朱春に声をかけられて、頼み事を二つ返事で引き受けた桐生暁。
 無論、一般的な男子学生よりも腕に覚えがある、というか異常事態に免疫がある事も承諾した理由であるが、女の子の頼みである以上、暁に断る選択肢はそもそも存在しなかった。
 そうして案内された管理人室の扉は確かに二つ。
 思わず両方を開けて覗いてみれば、出口というか扉が部屋のはるか遠くに。
『ところで手前の透けてる迷路は何?』
『迷路と犬がそれぞれ居ます』
『いや、迷路から犬が生えて来てるんだけど』
『進化ですか』
『進化!?』
『いやいやこのマンションちょっと変わってるから、その辺りは気にしないでくれるかなあ』
『あ〜じゃあそうします』
 坂上が口を挟まなければ、朱春と会話している間に混乱の極みであっただろう。
 世の中には変な場所がある事を暁は知っていたので、住人が気にするなと言うのであれば気にしない。それが平穏に結びつく。のかどうかはともかく、精神衛生上はおそらく良いはずだ。
『で、これを俺と朱春ちゃんでそれぞれ抜けるんだね』
『出来れば坂上のおじさんを連れていって欲しいです』
『いいけど……どうして?』
『マンションの騒ぎはマンション住人が片付けるべきです』
『なるほど〜、うん、わかった同行してもらうよ』
『僕は体力のないオジサンなんだけどねえ』
『だから助っ人を捕獲したです』
『大丈夫ですって!俺これでも強いですから!』
 そうして朱春曰くの進化した迷路(犬生産中)へと踏み込んだ男二人であった。
 ちなみに朱春を心配してみるも、そっけなくもう一方の扉へと入られた暁。直後に響いた破砕音に遠い目をした事は坂上だけが知っている。


** *** *


 ごつ。がつ。ごりごり。
「朱春ちゃん頑張ってるなあ」
「頑張ってるねえ」
 響き渡る建物を解体するかのような音に二人で耳を傾ける。
 今彼らは中間地点で一服中。犬は散々鼻っ面を蹴り飛ばして追い払った甲斐があったようで、遠巻きに見るだけで近付いては来ない。さらには数に限りがあるのか今は迷路の壁から湧いて来る事自体が無かった。
 そんな静かなこちらとは対照的なのが、朱春の入った方向。
 がつん。きゃいんきゃいん。がつがつ、ごつん。
「凄い音してますねえ」
「壁を壊してるのかもねえ」
「あの壁ですか?」
 視界に溢れる透明な壁は触った感じではえらく硬かったのだが。
 だが坂上は笑って続けた。とりあえず彼の言うとおりなんだろうな、と思っておこう。
「朱春ちゃんは力持ちだからねえ」
「は〜……頼もしいなぁ」
「頼もしいねえ」
 反響する犬の悲鳴と破砕音をBGMに休息を取っている間も、暁は周囲を観察する。
 物騒な物が飛んで来てもたまらないし、と警戒を続けているのだが今のところは壁生まれの犬以外に何も向かって来ない。ただ、犬が少しずつ、体格が良くなっているように思えるのが気にかかった。
 部屋が妙な事になっている原因があれば、と最初に聞いてもマンション自体が変だから、で終わってしまってはどうしようもない。今回は極端だが、たまにある事だという話で。犯人に当たりそうな住人もいるという話で。
 要は今更原因追及するようなマンションじゃないんですよ、という事らしい。
「けど鷹臣さん」
「うん?」
「これでダメだったらどうするんですか」
「そうだなあ。ダメだったら多分、制限時間付けて同時に突入、同時に突破とかじゃないかな」
「うわ!厳しいなあ」
「いやあ厳しいねえ」
 口調だけ聞いているとあまり厳しくない。
「て、いつまでも寛いでるわけにもいきませんよ!」
「そうだねえ。僕としては冷たいお茶が飲みたいよ」
「ああ〜!うまいですよね!」
「おいしいよねえ。じゃあ後で朱春ちゃんにお茶貰おう」
「お〜やる気出た!」
「うんうん。やっぱり頑張ったらご褒美欲しいよねえ」
 ほんわかと笑み交わして男二人が立ち上がる。
 相変わらず分裂した隣室(推測)からはえげつない破壊音と犬の悲鳴が洩れ聴こえていた。

 こつ、と軽く叩いてみる迷路の壁は固い。
 薄く色づく程度の透明なそれは、ともすれば見る者を騙し行き止まりへと招くのだが、暁が慎重に壁を伝うお陰で地道ながら出口へと近付いている。時折にょきにょきと湧いて出る犬達は、直前の感触で一発入れると引っ込むと今更ながら気付いた。
「モグラ叩きですねコレ」
「そうだねえ」
「うわ〜懐かしいなあ!どっか古いゲーセンで見かけたけど、結局しなかったんですよ」
 なにやら湧く度に強そうになる犬を、そうして出てくる前に引っ込めて二人は進む。と。
「危ない!」
「うわ」
 咄嗟に坂上の腕を引いた至近距離をえらく重厚な本が落ちていった。
 ごとん、と本としては物騒な音を立てて床に落ちたそれを、なんとなく二人で見る。
「……今度は本?」
「本みたいだねえ。いやあうっかり頭に当たるところだったよ、ありがとう」
「いえいえ。コレ当たったらヤバイですって」
「うーん。病院行かなきゃダメになりそうだねえ」
 拾い上げた本は、見慣れない文字がぎっしりと詰まった古めかしい装丁だった。
 暁の隣で坂上が「あれ」と声を上げる。
「それ、ここに住んでる人のじゃないかな」
「え?」
「いやだって、翻訳家さんがいるけど、その人がこれ振り回して喜んでた気がするんだよねえ」
 振り回して喜ぶ、という辺りはスルーしても、人の本が湧いて出るのはどういう事だ。
 そう思わないでもないが、二人の周囲に連続してごとごとと本が降り出せばそんなもの考える余裕なんてありゃしない。
「犬のち本、て言うべきかな」
「いや犬は壁からですから!ていうか鷹臣さん危ない!」
「ごめんごめん」
「走りますよ〜!なんでこんなゴツイ本ばっかり!」
「その人が翻訳フェチだからかなあ」
 ということはこの凶器じみた本の群れは全部その住人の物か。
 前半のゆったりした移動から、一転なかなかに必死な状況を走りぬける二人。
 その後ろから犬も湧いている。当然だ。モグラ叩きから解放されて好きなだけ湧いている。散々鼻っ面蹴飛ばしてくれた礼をしてくれるとばかりに湧いている。
「本が傷んだら彼泣きそうだなあ」
「そんなの後回しですって!ほら鷹臣さん先!先!」
「あーうん。じゃあお先に」
 坂上のよれよれのズボンに噛み付きかけた犬を蹴り飛ばして促す。
 本の雨から真面目に走って逃れた結果、出口(推測)は目の前だった。本来なら、暁が先に扉を開けて安全を確認したいのだが、犬がモグラ叩きによる抑圧の反動なのか、素晴らしい勢いで集まってしまってとてもじゃないが坂上を後に出来ない。
(魅了するか!?)
 疲労がひどいので使わずにいた能力だが、振り返れば集団で唸り声を上げる犬、犬、犬。
 俺かなり蹴ってたんだなぁと瞬間考えるも正直それどころではない気もする。ていうかそれどころじゃない。
 坂上の背中を守る位置で犬達と睨み合う。扉の軋みが耳に届いて、坂上が扉を抜けたと知れた。
 もう少し。もう少しだ。
 唾を飲む暁の耳に、今度はコンコンと丁寧なノック。
 ……ノック?
「もしもし桐生さん」
「朱春ちゃん!?」
「出てこないと閉めちゃいますよ」
「ええ!?っていやちょっと待って出る出る出る!」
 無論そんな無用心な遣り取りを大人しく待っていてくれるお犬様でも書物様でもない。
 加速して頭上に襲い掛かってくる非常識な厚みの本を反射的に払い除けた暁の正面には光る牙。
「くそ!」
 かろうじて避けても犬が群がってくる。限界だった。
 意識するよりも早く力を放つ。相手を選ばず虜にする力。
 犬達が静かになるのとほぼ同時に全身を襲うのは激しい虚脱感と渇きだ。
「……う〜……」
 また本が降ってくる前にと、座り込みたくなる程に重い身体を動かしてノブに手をかけた。
 手応えは軽く、引いた扉の向こうに廊下が。
「廊下!?部屋じゃないの!?」
「部屋はこっちです」
 乗り出した暁に、あっさりと朱春が手で示した反対側の廊下の壁には確かに扉があった。暁が坂上と一緒にくぐったものと同じ「スバル」とプレートのついた扉が一枚。
 ふらつく足を叱咤しつつ廊下に出る。後をついてきた犬達は朱春が扉で弾いた。容赦が無い。更に施錠。
 出て来たばかりの扉を振り返れば、それはすでに境界をぼやけさせ、壁に溶け込みつつあり。
「結局、なんだったんだ」
「誰かが変な事しちゃったんだろうねえ。はい、おつかれさま」
「あ、どうも」
 おっとり坂上から渡された麦茶を受け取って飲み干せば冷えたそれが咽喉を通り抜けていく。
 ――気にしないでおこう。
 飲み干して、もう一度振り返る。すでに跡が見えるか見えないかまで薄くなった扉を眺めて暁はそう結論付けた。
 なんとか出来るならなんとかするが、原因不明のまま対象が消えるならどうにもならないし、住人がそれでよしとしているならそれで問題無い筈だ。
 最後の最後に魅了を使ってくたびれたしもういいや。
 やけっぱち気分も、疲れからあったかもしれない。
「そうだ桐生くん」
 そんな暁に坂上が呼びかけた。いつの間にやら手には箱。
「おやつをあげよう」
「へ?」
「朱春ちゃんから許可は貰ってるよ。ほら」
「うわ!なんですかコレ!」
 差し出されたのは、見るからに高カロリーなこてこての洋菓子詰め合わせ。
 これ全部あの小柄な身体に入るのか、とか考える以前に、疲労している暁は涎が出る思いでそれを見た。
「最後大変だったしねえ。好きなだけ食べていいよ」
「全部はダメですよ」
「だそうだから、一個は残しておいてあげてね」
「いや、そんな十個近くも食べませんけど」
 でも何個か貰おう。
 物色する暁を微笑ましく見る坂上。

「じゃあ冷たい麦茶でおやつ食べようか」

 おっとりのんびり、おじさんが言った。
 ちなみにとある翻訳家が消えた大量の希少本に絶叫したというのは、暁の知らない後日談である。





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4782/桐生暁/男性/17/高校生アルバイター、トランスのギター担当】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

・はじめまして。ライターの珠洲です。坂上のおじさんに構ってくれてありがとうございます。
・コメディではなく、なにやらおじさんとお話してるばかりな妙に長い代物になりましたが、語調など大丈夫かしらと思ったり……坂上とのほほんと会話して和んでやってくださいませ。