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<東京怪談・PCゲームノベル>


霹靂祭り


 晴れ渡る空に突然と轟く雷鳴。
 暗雲などどこにも見当たらないのに、ただ雷鳴だけが響く。
 それを青天の霹靂という。



 ある夏の晴れた日。
 何時もよりも茹だる様な気温の中、仕方なくも外へと出かける。
 なぜこの日家から出たのかは、分からない。
 こんな暑いだけの日に、ありえない気まぐれ。
 それは、何かに呼ばれたような気がしたから?

 真っ青な空の下、突然の雷鳴が鳴り響く。

(――落ちた!?)

 それは遠い空の下、遠くに響いていたと思っていた雷鳴。なのに、なぜか全てを包むような白に包み込まれた。
 はっと光が止み、恐る恐る瞳を開けてみれば、見ず知らずの土地。
 顔を上げれば、やけに空が遠い。
 不思議に思い、田んぼの用水路に溜まる水に姿を映してみれば―――子供の姿になっていた。



 【○】


 綾和泉・汐耶はむすっと眉をひそめ、自分の姿を確認する。
 実際はむすっとしているように見えるだけで、考えを深めるために瞳を細くしただけなのだが。
 何か用事があって家を出て、そう大きな雷。青空に不似合いなほどの雷鳴を聞いたような気がする。
 それだけなのに何故こんな知りもしない場所に自分は立っているのか。
 服装が浴衣である事は別にどうって事もないし、むしろ今自分が着ている淡い紫色の浴衣はどちらかといえばセンスがいいと言える。
 問題は現在の服装を除く見た目の方。
 どこからどう見てもどう考えても、今の自分は元々の年齢である23歳とは程遠い。
 広げた手の平は思いのほか小さく、どこか子供特有の柔らかさがある。
 そう、現在の汐耶の年齢は10歳ほどに若返っていた。
 辺りを見回せば知りもしない景色が広がり、これでもかと言わんばかりに田んぼと畑ばかりが連なって、瞳に入った民家もなぜか茅葺屋根だった。
 どうやら現実とは違う世界へと入ってしまったらしい。
 この東京そう言った現象を経験している人は、下手をすれば吐いて捨てるほど存在する。
 今更別段驚く事でもない。
 問題はこの場所へ来てしまったのはいいが、どうやって元の世界へ帰るのかという事が分からないという事。
 あんな暑い中外へ出てしまった自分を後悔しながら汐耶は歩き出す。
 どうやら今はこの町だか村だかのお祭りらしい。
 『霹靂祭り』と毛筆でプリントされたのぼりが、至る所で自己主張をしている。
 目に入る屋台や露店の数々は、それなりの規模のお祭り並にきらびやかに立ち並んでいた。
 大人になって伸びに伸びた身長のタイミングで歩き出すと、何故か思わず足元がよろける。
 どうやらあの調子で歩こうとすると体が付いていかないようだ。
 汐耶は苦笑を浮かべてチョコチョコと歩き出す。
 幼い頃はこうして歩いていた事を頭の中の何処かでずっと記憶していたのだろう。その内何の隔たりも無くスムーズに歩けるようになった。
 こっくりこっくりと頭で舵をこいでいる店員さんが目に入り、汐耶はふと足を止める。
(…動物?)
 はっと汐耶は何かに気が付いたように瞳を大きくして辺りを見回すと、屋台を切り盛りしている店員全てが何かしらの動物の頭を持っていた。
 いや、動物の頭を持っているのではない。
 今ここにいる自分以外に目に入る人全てが二足歩行の動物達だった。
(これは、動物達のお祭りなのかしら?)
 だったらあの雷は何だったのだろう。
 本当は動物達を呼ぶつもりで間違って自分も呼ばれてしまったのか?
 汐耶は瞳を瞬かせ、見回した動物達の中で一番人当たりがよそうな、現在頭で舵をこいでいる老犬の店員さんを揺さぶって起こした。
「ん? あぁごめんよお嬢ちゃん。おじさんちょっと寝てたねぇ」
 と、身長が明らかに足りなくて台が欲しいとでも思ったのか、木箱を手にとって汐耶の前にトンと置く。
「あ、ありがとう……じゃなくて!」
 そんな何気ない親切に思わずお礼の言葉を述べて、汐耶は当初の目的を思い出すようにばっと顔を上げる。
「…あれ?」
 何かどうしても老犬のおじいさんに聞きたい事があったのに、それがなんだったのか思い出せない。とても大切な事だったように思うのに、それは霞のように消えてしまった。
「どうした? お嬢ちゃん」
 老犬おじさんはぽんぽんと汐耶の頭を撫でて、ゆったりと首を傾げる。
「えっと…」
 引きとめてしまった手前何か言わなければいけないのだが、何を言おうとしていたのだろう。
「ほれほれ、お嬢ちゃん見たかったんだろう?」
 老犬のおじさんは汐耶を軽々と持ち上げると、用意した台の上に乗せる。そして、汐耶は視界の中に入ってきたワゴンの中の物に視線が釘付けになった。
「今日は皆お祭りに出てきちまってるから、たまーに飽きちまうのもいるのさぁ」
 老犬のおじさんがのんびりと口にした言葉をどこか遠くで感じながら、汐耶の心は覗き込んだワゴンの中に並べられた古書達に完全に捕らえられていた。
 いや、古書というのは少々違うかもしれない。
 今時新しいという小説は見当たらなかったが、昭和初期名声を築いた人々の短編集や小説が綺麗な装丁で並んでいる。
「どれが読みたい?」
 これなんかどうだい? と、老犬おじさんが差し出したのは銀河鉄道の夜。の、絵本版。
 チョイスは悪くないのだが、元々の年齢が大人である汐耶にとっては今は絵本という気分ではない。
「これも、読んだわよね…」
 なんとなく背表紙を指でなぞっていくと、汐耶でさえも知らない本の題名にたどり着く。
「これにする」
「セっちゃん、難しい本読むんだね」
 横からひょっこり覗き込んだおかっぱ頭の女の子に、汐耶はビックリしてワゴンの中に本を落とす。
 汐耶と同じように台の上に乗ってワゴンを覗き込んだ女の子は、ワゴンに逆戻りした本を拾い上げ、汐耶にはいっと手渡す。
「ありがとう…」
 行き成りの事に状況が上手くつかめないまま汐耶は女の子を見つめる。
「セっちゃんは本読むんでしょ? だったら袋詰め込み飴しにいこうよう」
 袋詰め込み飴とは、ビニール袋の中にどれだけ飴を詰め込めるかというゲームである。
 いや、そんな事よりも、女の子が口にする『セっちゃん』という呼び名は自分の事か。
 女の子は台からぴょんと下りると、汐耶の手を引っ張って台から降ろすように促す。そして、そのまま手を握ったまま走り出した。
「あなた、誰なの!?」
 女の子に手を引かれ走りながら汐耶は問いかける。
「もう、セっちゃんも酷いなぁ」
 酷いといわれても、汐耶に女の子の記憶は無い。
 汐耶は本を落とさないように抱えて、汐耶の手を引いて走る女の子をただ見つめる。
 女の子は眉を寄せてしょうがないと言わんばかりの微笑を浮かべて、
「白楽だよう?」
 と、振り返る。
「白…楽……?」
 名前に聞き覚えが無い。
 だけど、白楽の名前を口にしたとたんに薄くなったこの気持ちは何?
「そ、白楽。本ばっかり読んで忘れちゃうなんて酷いんだー」
 ぷぅっと頬を膨らませた白楽に、汐耶は記憶力はいい方だと思っていたのだが、行き成り度忘れしてしまった事に汐耶は申し訳なさで頭をたれる。
「ごめんね」
「いいよいいよー。お店、もう直ぐだよ!」
 白楽はにっこりと微笑んで、屋台が連なる先を指差す。
 祭りを楽しんでいる側の人達(?)を、小さい事を利点としてすり抜ける。
 どれだけ屋台を通り過ぎたのかも、駆け足したのかも分からなかったが、少しして二人は『あめ』と書かれた屋台の前にたどり着いた。
 虎猫の店員さんは、汐耶と白楽の訪れにパッチリとした瞳を細めて笑う。実際の猫でもなんとなく笑っているみたいに見えるこの行為だが、実際に見ると本当に笑っているのかもしれない。
「この袋にこの中にある飴を好きなだけ詰め込むんだ」
 小さなビニールの袋を手渡され、汐耶は次に箱の中の飴を見る。
 大小さまざまな味と形の飴が箱の中には取り揃えられていた。
 こういった詰め込みもののルールとして、封が出来なければいけない。というものがある。
 きっとこの屋台もそのルールに則って飴を詰め込むのだろう。
 正直袋いっぱいほど飴が欲しいとは思えないのだが、袋を手に取ってしまった手前後には引けない。
「セっちゃんがんばれ〜」
 白楽の応援を背に受けて、汐耶はよしっと意気込んで浴衣の袖をまくると、箱の中の飴を綺麗に袋に詰め込んでいく。
 飴生身であればここまで苦労しなかったかもしれないが、飴はビニールの包みにくるまれた形で箱に入っている。
 これでは結構なデットスペースを作ってしまいそうだった。
 結局のところ損得は存在していないのだから、袋の中に飴2・3個程度でも構わないのである。しかし同一料金内でいくらでも詰め込めると考えると、たくさん詰め込んだ方がやはりお得で、大概の人間が得したいと考える。
「よし!」
 ギリギリ袋の口が閉めれる程度まで飴を詰め込んで、汐耶は虎猫の店員さんを見上げる。
「上手だねぇ」
 ポンポンと頭をなでられて、なんだか照れたような笑みがこぼれる。
「白楽ちゃん、半分こしよう」
 汐耶はホクホク顔で振り返ると、そこには白楽の姿はなくなっていた。
「あれ?」
 他の屋台に行くのなら一言声を掛けてくれればいいのに。と、思いながら袋いっぱいに詰め込んでしまった飴をどうしようかと飴袋を持ち上げる。
「仕方ないよね」
 全部自分がなめればそれでいい事だ。もし誰か欲しい人や知り合いが居たらあげればいい。
 せっかくのお祭りなのに、何も楽しまないのも損だし、とりあえず本を読む事に差しさわりのないお菓子を手に入れる事が出来た事は結果としては上々だ。
 汐耶は本と飴袋を抱え辺りをきょろきょろと見回す。
「あった♪」
 休憩や近くの屋台の食べ物を食べるために用意されているベンチ。
 汐耶は軽い足取りでベンチに向かって、ひょいっと軽くジャンプして座る。そして傍らに飴袋を置くと、本をペラリと開いた。
 数分して、なんとなく口寂しくなり、飴袋の中から水色の包みを取り出して中にくるまれた同じように水色の飴を口に含む。
 少しして口の中がシュワーっと炭酸が弾けた。
 そんな飴を楽しみながら、汐耶の本のページを繰る手が止まる。
「この本読んだ事、ある?」
 古書ワゴンの中で見つけた一際興味をそそられた一冊だったのに、読み進めていくうちに内容がなんだか分かってしまって汐耶は首をかしげる。
 推理もので犯人が判ってしまった事とは違う。
 完全に物語の流れをまるで元々から知っていたかのように分かってしまうのだ。
 どうしてだろうと、一度本から視線を外し、じっと考える。
 この本はどこかで読んだことがある。
 でも何時この本を読んだのだろう。
 続きが読みたい。続きが出ていたはずだ。
 自分は、買ったはずだ。
「帰ろう…」
 汐耶はぽつりと呟く。
「そうよ! 帰らなくちゃ」
 確認するように言葉に出す事で、今この場所に居ることは違う事であると強く自分に認識させる。
 そう……
 帰ってこの本の続き、あの新刊を楽しみたい。
 なかなか続きが発売されなくて、待ちに待った続刊を先日手に入れて、汐耶にしては珍しくまだ読破をしていなかった。
 帰るにしてもどうやって帰ればいいのだろう。
 覚えている事と言えば、あの大きな雷のみ。
「雷…霹靂祭り…」
 そう、そういう事かもしれない。
 霹靂は夏の晴れた雷を指す。ならば、このお祭りは雷様を祭ったお祭り。ならば、神社へ行ってみれば何か解決策が見つかるかもしれない。
 もしかしたら、神社の鳥居がそのまま帰り道になっている可能性だって考えられる。
 汐耶は神社の鳥居を探そうと決意して、もう一度手元の本へと視線を落とすと、本をパタンと閉じ怪訝そうな眼差しで眉をひそめてすっと顔を上げた。
 顔を上げると、誰かに見られているような視線を感じて、汐耶は視線を動かすと、そこにはどこかで見たような女の子が立っていた。
 そこではたっと視線がかち合い、汐耶は数回瞳を瞬かせると、驚きに瞳を大きくして同時に口を開く。
「シュラインさん?」
「汐耶さん?」
 すっかり幼い姿になってしまった友人がこちらへと駆けて来る。自分の姿もさしてシュライン・エマと変わらないのだが、同じように若返ってしまった人を見ると、まるでまったく別物のように感じた。
 本を小脇に抱えてベンチから駆け寄るシュラインの元へと歩み寄った汐耶は、神妙な顔つきで一度本に視線を落とし真正面からシュラインを見る。
「まさか、シュラインさんに会えるなんて思わなかったわ」
 それはシュラインの方も同じ気持ちだったのか、汐耶の言葉に頷いて自分もだと答える。
「他にも私たちみたいな人が、居るかもしれないわね」
 ただ広すぎる祭りの中、出会わなかっただけ。
 ここでシュラインと汐耶が出会った事も、もしかしたら奇跡だったのかもしれない。
 それでも、それよりも、
「…帰りたい」
 ふとどちらからともなく口からこぼれた言葉。
 二人ははっとして顔を見合わせる。もしかしたら同じ事を考えているかも。
 示し合わせるように視線を絡ませ、すぅっと息を吸い込む。
 そして、
「「神社へ」」
 二人の口から出た言葉は、同じだった。



 【★】 【○】


 帰りたい、帰らないと……
 2人はただそう思い、神社の境内へと来ていた。
 このお祭りの名は霹靂祭り。
 だから、霹靂神を祭っているこの神社が、元の世界へと帰る道筋なのではないかと思って。
「セレスティさん!?」
 汐耶と共に神社の鳥居を潜ったシュラインは、見慣れた銀髪に瞳を大きくする。
「えっと、こっちのお兄ちゃんは…?」
 元々の口調と、子供としての口調が混ざり合いながら、汐耶は12歳ほどの姿をした桐生・暁と物部・真言を見上げる。
 もし暁が金色の髪のままだったらシュラインは気が付いたかも知れないが、如何せん今の暁の髪の色は黒。
「お久しぶりですシュラインさん、汐耶さん…」
 同じように10歳程度の姿なのに、どこか大人びた微笑を浮かべているのは紅月・双葉だ。
「……えっと、皆呼ばれた人なのかな?」
 櫻・紫桜の手を引いて鳥居を潜ったのは1人ちょっとだけ大きな姿の伏見・夜刀。
 一同を見回してみれば、夜刀が一番大きな年齢である事がわかる。
「呼ばれた…確かに、あの雷をそう考えれば、呼ばれたという事なのでしょうね」
 幼い容姿でありながらも、優雅さはそのままに、セレスティ・カーニンガムはにっこりと微笑んで答える。
 眩しいくらいの晴天の霹靂。
 その音と光によって自分達はこの村へと足を踏み入れた。
 ならばその霹靂が妖しいと思うのは当たり前。
「本当にここでいいのかなぁ」
 共に居た双葉が神社に行ってみようと口にしたため、一応見た目はお兄さんである暁は、弟が出来たような気分に浸りつつ、その言葉を尊重してこの場に立っていた。
「どうして皆神社に集まってるの?」
 頭の横につけていた狐のお面を顔につけて、少年−神時が立つ。
 明るいお祭りを背に立つ姿は、神時の姿を逆光の中で照らし、なぜかゾクリと背中が震えた。
「お祭りはまだ終らないよ?」
 正面に付けていたお面を、そっと横へとずらす。
 お面の下から現れたのは何処までも優しい微笑み。
 しかし、その微笑が怖くて―――
「もう直ぐ、花火が上がるんだ。ゆっくりしていきなよ」
 きっと今年も大きくて綺麗な花火が上がると思うよ。
 と、にっこりと微笑む。
「申し訳ないのですが……」
 そんな神時に向けて、セレスティが口を開く。
「俺さ…」
 暁はそんなセレスティの言葉を引き継ぐように一度口を開き、一同を見回して正面から神時を見る。
「俺たちさ、帰らなくちゃいけない」
 お祭りは確かに楽しかった。だけど、このままの時を過ごしていてはいけない。
「俺が、俺のままであるためには此処じゃダメなんだ」
 消え逝く記憶の中で、真言の中にいつまでも残っていた弟の泣き顔。あの泣き顔を消すために、自分は帰らなくてはいけない。
 もう殆どの記憶が消えかけていて、どうして泣いているのかも思い出せないけれど、誰も泣かせたくない。その思いが今のままの真言を繋いでいた。
「あーシューちゃん、セッちゃん。こんな所に居た!」
 たったったとかけて来た白楽は神時を追い越して、シュラインと汐耶の手を掴む。
 しかし、シュラインと汐耶は動かない。
「どうしたの?」
 顔を伏せ動かない二人に、白楽は首を傾げる。
「ごめんなさい」
 すっと手を引くシュライン。
「貴女の事が嫌いなわけじゃないけど」
 と、同じように汐耶もすっと手を引っ込める。
「私達…」
「元の世界に帰りたいの」
 繋いだ手が解かれた事に白楽は眉をひそめ、一瞬何を言われているか理解できないといったように呆然とその場に立ち、そして―――
「どうしてぇえ…」
 せきを切ったように泣き出した。
「あ……」
 泣き顔を手で隠す事もせず、ポロポロと涙を流す白楽に、シュラインは思わず手を伸ばす。
「……だめだよ」
 だが、そっと伸ばした手を夜刀が制し、
「…上手く、言えないけど…手を伸ばしたら、帰れなくなる」
 頭一つ高い身長を見上げ、シュラインはただ俯く。
「泣かないで」
 違うと分かっていながらも、紫桜は夜刀の浴衣の裾に引っ付いたままで白楽に言葉をかける。
「白楽……」
 いつの間に近づいてきていたのか、神時は泣きじゃくる白楽の肩をそっと抱き寄せて、顔を上げる。
「人を、間違えたのかな……」
 どこか静に神時は呟いて、白楽の頭に視線を落とした。
「あの!」
 今まで静かな子供だった双葉は、意を決したように口を開く。
「元の世界で、霹靂祭りはもう無いのですか?」
 双葉の質問に神時は弾かれたように瞳を大きくし、泣きじゃくっていた白楽もその涙を止めて顔を上げる。
 しかしその驚きも一瞬の事で、神時はまた静かに微笑する。
 なんだかそんな神時の姿が自分に似ている気がして―――
「白落村はもう無いんだ」
 しかし、神時の口から出たその言葉に二の句を続ける事ができず、双葉は顔を伏せる。
 白楽の手を握り、神時は神社に背を向ける。
「さぁもう行かないと、本当に帰れなくなるよ」
 神時の言葉と同時に、ドーン…と大きな一発目の花火が辺りを照らす。
「どうやって…?」
 なんとなくこのお祭りの名前が『霹靂祭り』だから、『霹靂神』を祭っている神社が妖しいと思って集まったものの、その方法は分からない。
 少しだけ視線を向けて振り返った神時が、頭の横のお面を正面に付け替えると、本堂の扉がバン! と開け放たれた。
「白楽ちゃん? 神時くん!?」
 花火の音はだんだんと重なるように増えていく。
 神社から離れていく2人に、汐耶は思わず叫んだ。

 この先も、たった2人で生きていくの?

 神時に手を引かれ、振り返った白楽が叫ぶ。
「はくらはね、白落だから、いいよ…さようなら」
 バイバイと手を振る姿だけを瞳の裏に残し、呼び込まれた時のように大きな雷鳴が花火と共に遠くで響いた。






























 ふらりと歪んだ視界に、とうとうこの暑さの中外へ出た事が裏目に出たか? と、頭を押さえる。
 ミンミンと煩いくらいに多重奏を奏でる蝉の声が、耳を劈くように大きく響き、遠くの路地が陽炎で揺らめく。
 額を伝った汗をそっと拭って、この暑さをただ恨めしく思う。

「何かが、違う……」

 しかしその違和感が何であるのかは分からない。
 汐耶は何故か大切な物を置き忘れてしまったような気がして、理由の分からない胸のもやもやに顔を歪める。
 何かを忘れているような、でも何を忘れてしまったのかが分からない。
「そう、新刊だわ!」
 机の上の新刊をなぜかどうしても読みたくなって、汐耶は出かけた理由も思い出せないまま自宅へと引き返した。


 何処までも青い空を背に背負って―――






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4782/桐生・暁(きりゅう・あき)/男性/17歳(12歳)/高校生アルバイター、トランスのギター担当】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳(10歳)/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女性/23歳(10歳)/都立図書館司書】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳(10歳)/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【3747/紅月・双葉(こうづき・ふたば)/男性/28歳(10歳)/神父(元エクソシスト)】
【4441/物部・真言(ものべ・まこと)/男性/24歳(12歳)/フリーアルバイター】
【5653/伏見・夜刀(ふしみ・やと)/男性/19歳(15歳)/魔術師見習、兼、助手】
【5453/櫻・紫桜(さくら・しおう)/男性/15歳(10歳)/高校生】

注:年齢の()はこのノベル内での外見年齢です。


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■         ライター通信          ■
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 初めまして、こん○○は。霹靂祭りにご参加ありがとうございました。ライターの紺碧 乃空です。今回8人という大人数に慣れていない事や、個別部分ばかりだという事もあり、予定よりも大幅に時間が掛かってしまったように思います。これを教訓に大人数は苦手だと悟りました(ダメじゃん!)

 あわせてcoma絵師による異界ピンもよろしくお願いします。

 お久しぶりでございます。既刊を持ち歩くか、手ぶらにするかを迷い、結局最初は手ぶらにさせていただきました。古めかしいこの村に新しいタイトルがあるかどうか僕も不思議でしたが、パラレルの世界ですので余り関係なかったようです(笑)。小さな飴の辺りで、詰め込み放題か小麦粉飴探ししか思いつかず、結果詰め込み飴を楽しんでいただきました。
 それではまた、汐耶様に出会えることを祈って……