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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


無限エレベーター

8/11(Thu) 夜遅く?

 クリック、クリック、スクロール。面白そうなのを見つけて、もう一度クリック。
 「面白そうなの、発見っ!」
 思わず歓声を上げて、みあおは慌てて自分で口を塞いだ。
 何てったって夏休み。みあおはこっそり夜更かししてネット中なのだ。
 見つけたのは、G-OFFの書き込みの一つだった。

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1:サエ: 08/09 21:58
これはあたしの地元のとあるマンションに関する噂。
そのマンションは去年の春に火事になって、今でも無人で放置されてるの。
駅前の再開発区域にあるから計画が決まるまで取り壊しもできないっていうのが表向きの理由なんだけど、実際は、工事関係者に妙な事件が起こったり、このマンション付近の目撃情報を最後に行方不明になる人が多かったり……ね?
しかも、遺留品がいつもエレベーターの近くから見つかるの。
だから、乗ったら帰ってこられないってことで、通称『無限エレベーター』

で、夏は肝試しってコトで、明日その噂のエレベーターを潜入調査してこようと思いますっ!お楽しみに!

2:Noname: 08/09 22:34
いってらっしゃーい (^^)ノシ

3:Noname: 08/10 00:13
楽しみにしてる。でも気を付けろよ。

4:Noname: 08/10 23:03
で、一日経ったけど……サエちゃん来てない? ちょっと心配……

5:Noname: 08/11 01:06
とりあえず、マンションで火事ってコレか?

>マンション火災、男児意識不明重体
> X日午後、XXマンション8階から出火、鉄筋コンクリート8階建ての7、8階部分が燃えた。
>この火事で8階に住む6才の男の子が病院に運ばれ重体。
>出火当時、両親はともに外出しており、男の子は一人で留守番していた。
>廊下の配管付近が火元との情報もあり、原因の特定を急いでいる。(東日日報)

この子どうなったんかな。ひょっとして……?

6:サエ: 08/11 19:32
こんばんは、サエです。いまケータイでコレ打ってます。投稿は転送してパソコンからですケド、臨場感というコトで。

来ちゃいました、噂のマンション。鍵かかってないぞー。いいのかな、お邪魔しまーす。

中は……いい感じに寂れてます。集合ポスト、色あせちゃった古いチラシが入ったままです。しかし中は静かですねー。別世界みたい。

さて、問題の無限エレベーターです。見た感じは、普通の古いエレベーター。ドアは閉まってます……△ボタンを押してみると……わ、光った、電気通ってるんですね。おじゃましまーす、乗りまーす……。
照明もついてるし、床もキレイだし、なんだかとっても普通……。行き先は……じゃあ、最上階の8階で。8のボタンを……っと。
あ、ドア閉まっちゃう……うぅ、当たり前なんだけど、なんかこわ……。
気を取り直して、エレベーターの中は……正面はドアとその脇にボタンが並んでます。右手の壁は、障害者用のボタンパネルがあります。左手は、なんにもないですね。で、後ろが……鏡なんですよぅ、振り返るの怖いです……えいっ……よかった、あたししか映ってません。あ、天井付近に監視カメラもありますね。一つ目さんに睨まれている気分……手でも振ってみましょう。あの、怪しい者ではないですよー……。
速度ゆっくりになってきました。ちょっと揺れる……着いたみたいです。いま、どあがあ

7:サエの姉: 08/11 19:34
失礼致します。私はサエの姉です。
実は、10日の夜から、サエが行方不明になっています。
上に載せたものは、サエの携帯に打ちかけの状態で入っていたものです。
携帯は問題のエレベーターの中で見つかりました。
警察は事件と見ていますが……。
サエを助けてくださる方を探しています。
御協力頂ける方は、下のアドレスまでご連絡下さい。
お願い致します。どうか助けてください。
xxxxx@xxxxxx.ne.jp

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 みあおはもちろん、すぐにメールを送った。足をぱたぱたさせて待っていると、すぐに返信が届いた。
 丁寧なお礼の言葉、待ち合わせ場所の指定、依頼人の目印の連絡、それからまたお礼の言葉でメールは締めくくられていた。依頼人はとっても心配しているようだ。
 「大丈夫っ! みあお以外はみんな“運がいい”んだから、ちゃんと連れてきてあげるよ♪ サエのお姉さん」
 『お姉さん』と呟いてから、みあおはちょっと思った。
 みあおが居なくなったら、二人も、こんな風に心配してくれるのかな。
 想像して、みあおはうれしいような、かなしいような、ちょっと照れくさいような、フクザツな気分になった。
 「よし! 明日はがんばろうっ!」
 ガッツポーズを決めたその背後に、夜更かしに気付いてやって来た姉が居ることに、みあおはまだ気が付いていない。



8/12(Fri) PM 1:05 廃墟マンション

 駅に着くと、依頼人、石川ヤエは既に改札の前で待っていた。
 「こんにちはっ サエのお姉さんの、ヤエだね」
 ヤエは、みあおが見た目小学生なので、驚いたようだ。すぐに、二人目の協力者がやってきた。金色の髪の、20才ぐらいの女の人。
 「初めまして。あたしは瀬良アンジェ、よろしくね」
 3人目は、すこし遅れてやって来た。普通の、日本の男子高校生に見えた。
 「明智竜平、依頼人の石川とは同級生だ。よろしくな」
 「うん、3人で頑張ろうね♪」
 みあおはにっこり笑った。



 「先に、石川と図書館で調べておいたんだ」
 マンションに向かう道すがら、竜平は、問題のマンションの火事がネット上で挙げられていた新聞記事の火事と同一のものであること、そしてネットに挙げられていたこと以上の情報は得られなかったことを教えてくれた。
 「でも、その男の子がどうなったかは、ちゃんと調べなくっちゃね!」
 「そうね。ひょっとしたら、その子が寂しくて連れて行っちゃったのかもしれないもの」
 竜平が静かに頷く。3人とも、考えていることは同じようだ。



 「ここが、そのマンションです」
  案内されたのは、古いマンションだった。人が住んでいた頃は手入れされてどうにか保っていたのだろうが、無人となった今は、すっかり荒れ果てている。一歩中に入ると、生温くよどんだ空気が肌にまとわりついてきた。
 「妹は塾帰りにここに来たようです。だから、7時頃ですね」
 フロアの大半は砂埃に埋め尽くされていたが、入り口からエレベーターの正面まではタイルが顔を出していた。
 「鑑識が足跡を取った跡、かしら」
 「警察、何か言ってた?」
 みあおの問いにヤエは黙って首を横に振った。
 「ああ、でも……」
 重い足取りでエレベーターに向かいながら、ヤエはぼんやりと呟く。
 「無人になって、このマンションには電気が来ていないから、エレベーターに乗れるはずがない。だからあのメールは嘘で、妹は何かの事件に巻き込まれたんだって、警察の人が」
 ぼんやりと、ヤエはエレベーターのボタンに手を伸ばす。
 「あーっっ! ダメだよっ」
 「よせ、石川!」
 しかしその声は間に合わない。ヤエの指がボタンを押した。カチリと音が、フロアに響く。皆が身を固くする。
 「何も起こらない……わね」
 アンジェはすくめていた肩から力を抜いた。
 「ごめんなさい。ぼんやりしてて。でも、警察の人も押しても何も起こらなかったって言ってたから、つい……」
 そう言うと、ヤエは額に手を当て壁にもたれ掛かった。心配して覗き込むと、顔色が良くない。
 「ヤエさん、疲れてるみたいだし、ここはあたしたちに任せて?」
 「そうそう! お姉さんがフラフラだと、帰ってきてサエもビックリしちゃうよ?」
 ヤエは「でも」と言いかけたが、みあおの笑顔の前にその言葉を引っ込めた。
 「では、よろしくお願いします」
 お辞儀すると、ヤエは帰っていった。



 みあおはじーっとエレベーターのボタンを見つめる。
 「押しても、何も起こらなかったね」
 「何か、発動条件みたいなものがあるのかもしれないな」
 竜平の言葉に、みあおは素直に同意した。
 仕切り直し、と、アンジェが明るい声を出す。
 「さてと、どうしましょうか。あたしは8階が怪しいなって思ってたんだけど」
 「みあおも賛成っ! まずは現場から調べていこうよ。事件は、現場で起こっているんだ! って言うもんね♪」
 カーキのコートを翻し、警察無線に叫ぶアクション付きでみあおは言った。しかし瀬良は首をかしげる。
 「それ、なあに?」
 みあおは人差し指を立てた。
 「前にやってた映画の真似。アンジェ知らない?」
 残念なことに、思い当たらない。
 「あたしが日本にいない時のものなのかしら。今度チェックしておくわね」
 うん、とみあおは満足そうに微笑んだ。
 「それで、竜平くんはどうする?」
 竜平は、一人なにやら考え込んでいた。腕組みを解いてこう答えた。
 「いや、二人で行ってきてくれ。3人で行って3人で行方不明になったら話にならない。」
 その通りだ、とアンジェは頷く。
 「それと、瀬名に連絡を入れていいか? 二人に何かあったらすぐに駆けつけるが、最悪、俺も一緒に行方不明になる、という可能性もある」
 「じゃあ、こうしましょ。まず雫ちゃんに連絡をして、その上であたしと竜平くんで携帯で連絡を取りながら、みあおちゃんと二人で見てくるわ」
 「念には念をいれましょう、ってねっ!」
 みあおの弾む声を聞きながら、竜平がまず雫にコールした。




 『聞こえる?』
 『ああ、問題ない』
 アンジェと竜平が携帯を確かめる。電波状態は問題ない。階段も、すぐに見つかった。みあおは元気に手を振る。
 「じゃ、行ってきますっ!」
 二人はとりあえず、まっすぐ8階まで行ってみることにした。階段にも埃が積もっていて、くっきりと数人分の足跡が残されている。警察によるものだろう。
 1階、2階、3階……。7階まではただの荒れ果てたマンションだったが、8階に行く途中で様子が一変した。
 「階段、こげちゃってるね」
 みあおの言う通り、壁がすすで黒く変色し始めた。更に昇ると、火災の熱で変性したのだろう、壁の塗料がダラリと溶けて、グロテスクな模様を描き始める。色も黒一色に変わっていた。
 「8階に着いたわ」
 竜平にそう告げると、アンジェはあたりを見渡した。いちおう、ね。と呟いて、みあおは大きな声を出す。
 「誰か居ますかー?」
 返事はない。
 「見事に、燃えちゃってるわね」
 足元に目をやると、釉薬が溶けたタイルの上に埃が積もっている。警察は、足跡がないことを確認して、ここで引き返したのだろう。しかし、二人の調査対象は足跡など残さない。二人は慎重に8階を調べていった。
 廊下は直線で、片手の壁にドアが並び、もう一方は壁になっている。外が見えないのは近くに線路があるからだろうか。
 ドアの数は6つ。階段の正面が806号室。ドアに向かって立つと、この部屋が一番左端だ。右に向かって順に805、804……。801号室で廊下はおしまいになり、突き当たりが、問題のエレベーターになっている。
 「男の子の家、どれかわかるかな?」
 みあおは806のドアに手をかけた。開かないだろうと思ったのに、想像より、ずっと軽い手応え。音を立ててドアが開いた。
 「家の中は、思ったより……ううん、ほとんど燃えてないわ」
 覗き込んでアンジェが言う。玄関が若干煤を被っているだけで、奥の部屋は日に焼けた木目の床が広がっている。そうか、と電話越しに返答があった。
 家の中はがらんとしている。かつて人が住んでいたという気配はもう残っていなかった。
 「みんな、居なくなっちゃったんだね」
 ぽつりとみあおは呟いて、隣の部屋を調べに行く。隣も、その隣も同様だった。空っぽの家。
 804号室と803号室の間の壁は、特に激しく燃えたようだ。メーターか分電盤かわからないが、金属の小さな扉がついている。その付近は壁の塗料が熱で沸騰したまま膨れあがって固まり、金属扉もぐにゃりと破裂したように変形している。ここが火元で間違いないだろう。
 最後に、エレベーターの前に立った。
 これもやはり、炎に当てられて、黒い火傷のような姿を晒していた。
 「みあおちゃん。何か気が付いた?」
 みあおは大きな瞳でエレベーターを見つめ、そして後ろをふり返る。
 「……なんにも、感じないよ」
 「あたしもよ。戻ろっか。なんだかここは……」
 見渡して、アンジェは溜息をついた。
 「息が詰まるどころか、哀しくなるわ」



 アンジェとみあおはさらに7階から1階までも調べたが、特に不審な点は見つけられなかった。入れ替わり調査に行った竜平もそれは同様だった。
 「そうなると次は……」
 「周辺住人に聞き込み、だねっ!」
 なぜか、待ってました、といわんばかりにみあおが声を弾ませる。
 「まずは、新聞に載ってた男の子について、ね」
 「それから、本当に火事以外の要因が無いかも調べないとな。しかし……」
 竜平は困って頭を掻いた。
 この場にいるのは高校生と、金髪ハーフの若い女性と、銀髪の小学1年生。はたして突然現れて話を聞いてもらえるだろうか?
 「そーだっ!」
 みあおはパチンと手を打ち合わせる。
 「男の子、去年の5月に6才だったんでしょ。つまり小学一年生だから……」
 「そうか。この辺の小学生に聞けば何かわかるかもしれないってコトね。そうなると、公園とか小学校とか……」
 何しろ夏休みまっただ中だ。小学生なら街中に溢れている。
 「じゃあ、そっちは二人で頼む。俺はこの辺の住人に聞いてみるよ」
 「そうね。何かわかったら、携帯で連絡するわ」
 そうして彼女たちは二手に分かれた。



PM 2:00 椿ヶ丘小学校・校庭

 アンジェはあっという間に最寄りの小学校を調べだし、みあおを連れてやってきた。さすが、旅行者を名乗るだけある。
 小学校に着くと、校庭の方から賑やかな歓声が聞こえた。プールを生徒達に開放しているのだ。校庭にも、子供の姿が目立つ。
 「ちょうど2年生がいるといいんだけどなぁ」
 二人できょろきょろ見回すと、アンジェが男の子3人組に目を留めた。
 「あの子達は? バッグに2って書いてあるみたい」
 「ほんとだっ!」
 言うやいなや、みあおはとてとてと駆けだした。
 「こんにちわっ」
 にっこり笑って挨拶する。いきなり、見知らぬかわいい女の子に声を掛けられて、少年達はちょっと顔を赤らめた。
 「……こ、こんちわ」
 「海原みあおっていうの。よろしくねっ」
 「それから、あたしは瀬良アンジェ。ちょっとお話聞かせてもらって良いかな?」
 今度はキレイなお姉さんが現れたので、少年達はもう顔を真っ赤にして頷いた。
 「あのね、みあお、夏休みの宿題で怖い話について調べてるんだ。それでね、このへんに『無限エレベーター』っていうのがあるって聞いたんだけど……」
 「あー、駅前の……」
 赤いキャップの少年が相づちを打った。
 「知ってるの? 詳しい話、教えてくれないかな?」
 3人は、口々に知っていることを教えてくれた。
 「去年の春に、火事になって、ぼろぼろになったからみんな引っ越しちゃったんだよな」
 「そう。んで、電気来てないはずなのに、夜一人で行くとエレベーターがガーって開いたりとかするんだって」
 「あとさ、エレベーターに閉じ込められた人の『出してくれー』って声が聞こえるんだって」
 「どこまでもどこまでも昇ってって、あの世まで連れてかれちゃうんだぜ。だから『無限エレベーター』」
 「えー、違うよ。3階から1階行こうとするじゃん。着いたと思って降りても、まだ3階のまんまなんだって。そのまんま永遠に終わらないから『無限』だって聞いたぜ」
 いつの間にか尾ひれが付いてしまうのは噂の本質だ。食い違いが出たところで、次の質問に移ることにした。大きな目を瞬かせ、みあおが問う。
 「ねぇ、その噂、誰から聞いたの?」
 「噂じゃないよ。本当の話だよ」
 「6年生とかが探検に行ったりしたんだよな。ゆっきーの兄ちゃんだっけ?」
 「そうだよ。で、本当にあったんだって」
 「えー? ウソかもしんねーじゃん」
 「なんだよお前信じねぇのかよぉ」
 「やーい、恐がりー」
 責められて、黄色のTシャツの子が泣きだしそうになる。これはまずい。
 「えーと、ねぇ!」
 アンジェはすこし大きな声を出した。
 「その原因って、やっぱり火事にあった子供の幽霊が……とかなのかしら?」
 3人は、なんのことかわからないとしばらく顔を見合わせ、それから急にニヤニヤ笑い出した。
 「ちげーよなー」
 「なーっ。だって誰も死んでねーもん、なーっ」
 『死んでない』? 今度はアンジェがきょとんとする番だ。
 「だって、新聞には6才の男の子が……って」
 「それ、てっちゃん。一緒のクラスだった。俺たちの友達」
 「消防士さんに助けられたんだぜ。煙モクモク出てるのに、階段からだーって突撃して、てっちゃん抱いて戻ってきたんだ」
 「すごいだろー」
 自分のことのように自慢げに少年達は胸を張る。アンジェは質問を重ねる。生きているなら、彼に聞けばわかるかもしれない。
 「じゃあ、その、てっちゃんって今どうしてるの?」
 返ってきた答えは予想外だった。
 「退院してすぐ転校しちゃった。今、北海道」



 聞き込みを終えると、アンジェは得た情報を竜平に伝えた。
 「……そうか、無事助かったのか」
 電話越しに帰ってきた返事は、やはり、ほっとしたような、肩すかしを食らったような微妙な声色だった。
 「聞き込みした男の子達、家に帰って現在の住所まで調べてきてくれちゃったの。とりあえず、名前はカナザワテツヤ」
 「カナザワテツヤ……か。ちょっと待ってくれ。集合ポスト、名札が入ったままだったな」
 道路を渡るような音がして、それからまた竜平の声。
 「ああ、あった。803号室は金沢だ。きっとここだな」
 「そっちはどう? 近所の人たちはなんて?」
 「噂は子供の作り話、程度に思ってるみたいだな。でも、このあたりで事件が起きるようになったのは、火事以降で間違いないらしい」
 「そう」
 「それとは別に、さっき、依頼人の石川から連絡があったんだ。サエの足跡について警察に聞いてみたんだが、やっぱり、エレベーターに向かっていって、そこで途切れていたそうだ」
 それはつまり、彼女がエレベーターに乗ったと言うことだ。携帯電話だけ残して、彼女はどこに行ってしまったのだろう。
 「改めて、『エレベーター』を調べてみないか?」
 竜平はそう言った。
 「聞こえてた?」
 アンジェがみあおに問う。うん、と彼女は頷いた。
 「ちょっと危ないかもしれないけど、エレベーターを調べよう。ホシは必ず現場に帰ってくるってねっ!」



PM 3:10 廃墟マンション

 3人は再びエレベーターの前に集まっていた。
 「エレベーター以外の部分を調べても何も見つからなかった。男の子は無事だから、寂しい魂が、とかでもない。でも、事件が起きるようになったのは火事の後、と……」
 情報からは、どうも事件の全容が見えてこない。
 「じゃあ、エレベーターのボタン、押してみよっか ?」
 最初に口を開いたのはみあおだった。すでに雫には連絡済み。万が一の時にはG-OFFから救援が来るだろう。3人は『やるか』と意を決した。
 みあおが、そろそろとボタンに指を伸ばす。
 …………カチッ!…………
 あたりは静まりかえったままだった。
 「なんにも起こらないね」
 みあおが肩を落とす。
 「まさか、夜じゃないと乗れない、とか?」
 マンション内部は薄暗いが、一歩外に出れば夏の日がさんさんと照りつけている。確かに、怪奇現象は起こりにくい雰囲気だ。
 「サエも早く助けてあげたいし、出来れば明るいウチに乗せて欲しいんだけどなー」
 困ったなぁとみあおが腕を組み、そうねとアンジェは顎に手を当てて考えた。
 特別な動作をしたつもりはなかった。しかし……



 不意に、エレベーターに明かりがついた。ゆっくりと、ドアが開いていく。
 「開いちゃったっ! なんで? プラズマ?」
 みあおがぽかんと口を開ける。見渡して、アンジェが叫んだ。
 「待って、竜平くんが居ないわ!」
 あわてて携帯をコールする、だが、通じない。
 竜平が居なくなったのか、それとも……
 「あたしたちが、行方不明になっちゃったのかしら?」
 立ちつくしていると、ポーンと電子音が響いた。ゆっくりと、ドアが閉まっていく。そのドアにみあおが手をかけた。
 「まず、サエを助けよう? 大丈夫! きっと帰れるよ」
 「そうね。こうなったら、行ってから考えますか」
 二人はエレベーターに飛び乗った。
 「押すよ、8階」
 かたかたと小さく振動し、エレベーターは上昇を始める。
 ……なんで、急に動いたのかしら。
 アンジェは考えた。
 さっき、みあおが押したとき、依頼人のヤエが押したとき、エレベーターは動かなかった。警察も開かなかったという。なのに、今は突然明かりが灯った。きっかけはなんだろう。
 アンジェはモバイルに保存しておいたサエのリポートを取り出す。対照的に、みあおはきょろきょろとあたりを見渡した。
 「確かに、きれいだね。人が住んでいた頃のままみたい」
 アンジェはリポートの一節に目を留めた。
 『△ボタンを押してみると……わ、光った、電気通ってるんですね。おじゃましまーす、乗りまーす……』
 さっきは、なんて言ったかしら? 『明るいウチに乗せて欲しいんだけどなー』……? どっちも、まるで話しかけるみたいに……
 「……まさか、原因は男の子じゃなくて、エレベーターの……?」
 アンジェの考えがまとまる前に、再びかたかたと、小さな振動が始まった。ポーンと電子音が響く。そして、ドアが開いた。



 その光景に二人は息を呑んだ。
 ごく普通の、マンションの廊下が目の前に延びている。
 左手は明るいクリーム色の壁、右には等間隔に6つ並んだベージュのドア。
 『火事になる前?』
 そう思った次の瞬間、右手の壁から炎が噴き上がった。廊下の真ん中にオレンジの火の玉が現れる。膨れあがり、一瞬視界を赤に染めると、弾けて火の粉をまき散らす。既にあたりは火の海だった。
 「逃げなくちゃ……」
 アンジェがエレベーターのボタンを押す。しかし、カチッと音がするだけでドアは閉まらない。
 「こっち!」
 みあおはエレベーターを飛だした。すぐ隣、801のドアノブに手をかけ、叫ぶ。
事前の調査で、部屋の中にはさほど被害がなかったことを思い出したのだ。
 「はやく!」
 ドアを開けると二人は中に飛び込んだ。背後でドアの閉まる気配。視界が闇に包まれる。それから、落下感。
 落ちる……床がない!?
 しかし、それはほんの一瞬だった。
 足元に確かな手応えを感じ、そして世界が明るくなる。
 そこは、再びエレベーターの中だった。



 「ひ、人だぁ……」
 ふにゃふにゃとした声に二人はふり返った。
 Tシャツ姿の少女が疲れ切った様子でへたり込んでいた。
 「サエだね。G-OFFに書き込みした」
 みあおの問いかけに、少女は頷く。
 「……助けに来てくれたの?」
 「そうよ」
 アンジェは頷いた。改めて、エレベーターを見渡す。サエが現れた事以外、さっきと寸分変わらない。
 「でも、これ……どうなってるの?」
 誰かに向けた問いかけではなかったが、サエが答えを返した。
 「繰り返してるんです。ずっと」
 「ずっと?」
 「ドアが開くと火事で。エレベーターは動かないから他の部屋に飛び込むとまたエレベーターの中で……」
 怖かった、と言うように、サエは目のあたりを拭った。大丈夫だよ、とみあおは声を掛ける。
 「もう、何回やったかわかんない。ビデオテープみたいに、ずっと同じコトの繰り返しで……」
 「他のドアも、ここに戻って来ちゃうのかしら?」
 優しくアンジェが問いかける。
 「801と802は試してみました。そこから先は、火の方が早くて……」
 突然、びくっとしたようにサエが顔を上げた。エレベーターが減速していく。
 「ま、また……」
 サエはぎくしゃくと立ち上がり、飛び出す用意をした。
 「待って」
 それをアンジェが制止する。
 「今度は飛び込まないで、何が起きているのか、ちゃんと確認しましょ」
 「で、でも……」
 「だぁいじょーぶっ! サエはすぐに逃げて。みあお達も危なくなったらすぐ行くから」
 みあおのウインクは到着を告げる電子音と同時だった。



 ドアが開く。炎が巻き上がる。その炎から目をそらさず、二人はエレベーターの外に出た。背後でエレベーターが閉まる。ドアノブを回す音。サエは無事に逃げたようだ。顔が熱い。二人は開けたドアの影から顔だけを出して推移を見守っていた。
 あたりが赤く染まっている。めらめらと燃えていく。でも、それだけだ。
 「限界かな。みあおちゃん、先に……」
 入って、というアンジェの台詞を遮って、みあおは叫んだ。
 803のドアが、さっき……
 「人がいる! ドアが動いた!」
 「まさか!」
 ドアの影から身を乗り出そうとしたとき、激しい熱が頬を舐めた。
 炎が来る。
 「みあおちゃん、逃げるよ!」
 みあおを抱え、アンジェは体ごと後ろに倒れるようにしてドアを閉めた。
 一瞬の暗闇。背中にがつんと堅いものが当たる。気が付くと、エレベーターの中、床に転がって天井を見ていた。
 また、繰り返し、というわけだ。
 「あー……あぶなかったわね。みあおちゃん、大丈夫だった?」
 「大丈夫っ! ありがと、アンジェ」
 アンジェは立ち上がり、背中と頭の埃を払う。
 「それで、人って?」
 「803のドアが、一瞬開いてすぐ閉まったの。小さな人影が見えたよ。きっと……」
 アンジェが跡を継ぐ。
 「きっと、助けられた男の子ね」
 「ユーレイ、ですか?」
 「生きてるよ。テツヤっていうんだって。今北海道にいるって」
 じゃあ、ここにいるあの子は誰なんだろう?
 本当のテツヤは避難は遅れたけど消防士に助けられた。入院したけど、今でも生きてる。
 ……でも、やっぱり、火事の中取り残されるなんて、嫌だよね。
 「ねえ次は、テツヤ、助けてあげようよ」
 声が重なった。二人は顔を見合わせ、微笑んだ。
 アンジェは、丁度こう言ったのだ。
 「エレベーターが、あの子を助けて欲しいのかしら?」
 じゃあもう、助けるっきゃないよね?



 再びがたがたと振動音がはじまる。
 「これで、最後だと良いんだけど……」
 不意に声が聞こえた。
 『気付いてくれ。外から、俺に出来ることがあれば……』
 竜平だ。この空間の外にいて、こっちを視てる。
 みあおはきょろきょろあたりを見回した。そして、ついに見つけた。一点をじっと見上げて笑いかける。
 『803号室の、男の子を助けるよ』
 『わかった』と竜平が答えた。
 「どうしたの?」
 不思議そうに言ったのはアンジェだ。
 「竜平が視てるの。みあお達と、一緒にいるよ」
 アンジェは首をかしげた。
 「3人でやれば、きっと大丈夫」
 みあおはとびっきりの笑顔を浮かべた。つられて、アンジェも微笑む。
 「……そうね」
 電子音がして、ドアが、開いた。



 原因はガス漏れかなにかだろう、この火事はまず爆発が起きる。
 その後まき散らされた火が次第に大きくなっていくから、テツヤを助けるなら爆発直後、火が大きくなる前だ。
 エレベーターの中で爆発をやり過ごすと、二人は全力で駆けだした。
 801を通り過ごし、火の粉を払い、小さな火を越え、802を通り過ごし、壁に付いた炎に煽られ……。そしてアンジェが803のドアノブに手を伸ばした。
 「あつっ!」
 アンジェは思わず手を引いた。しかし、そんなことに構っては居られない。改めてドアを開け、叫ぶ。
 「テツヤくん! どこ? 一緒に逃げよう!」
 扉の向こうの暗がりから、男の子が姿を現した。炎に足をすくませる。
 怯えたようにアンジェを見上げ、みあおを見た。
 「大丈夫! 一緒に逃げるよっ!」
 みあおがその手を取る。
 へんな、カンジ。ああ、この子は幻影なんだ。この炎も。でも、熱くて、本物。こんな所に置いて行かれるのは嫌だよね。だから、助けてあげよう。
 ふり返ると、状況は一変していた。視界は赤に染まっている。熱い。ジリジリと肌は焼けるようだ。額に汗が流れる。
 802のドアの前にサエが待っていた。
 「早く入って!」
 アンジェがノブに手をかける。熱に抗い力を込める。だが……
 「開かない!? なんで?」
 みあおとテツヤのうしろを、炎が追いかけてくる。
 「アンジェ! 火が!」
 アンジェがふり返り、肩越しに、火が迫っていることを確認する。時間がない。足元の火を避けもせず、アンジェは801のドアに飛びついた。しかし、これも開かない。
 そのとき、男の子がささやいた。
 「……ねえ、エレベーターは?」
 サエがエレベーターのボタンを押す。待っていたというように、その扉は音もなく開いた。
 「サエ、先に入って!」
 サエを押し込み、アンジェがみあおとテツヤをふり返った。
 「頑張って!」
 背中がジリジリと熱い。ひょっとして、もう火がついちゃってたらどうしよう。
 アンジェが手を伸ばしてくれている。けど、届かない。右手のテツヤが重く感じる。でも、放せない。
 アンジェが駆けだしてきた。
 危ないよ。一緒に間に合わなくなっちゃうよ?
 アンジェが背中を押してくれる。抱えるように、エレベーターへ。でも、ドアが閉まっていく。
 間に合わない……!?
 諦めかけたその時、背中に力を感じた。両手で、力一杯押し出すような。
 3人はそのままエレベーターに転がり込んだ。ドアが、閉まる。
 エレベーターは、皆を抱えてゆっくりと下降していった。



 最後の一押しは……
 「……竜平が、間に合ってくれて良かったね」
 深呼吸して、みあおは言った。
 「今のが、そうだったのかしら?」
 背中に感じた力は、炎とは違う、人のぬくもりがあった。
 「お礼言わなきゃね」
 何度目かの、減速の振動を感じた。それから、おなじみになった電子音。
 ポーン
 ゆっくりと、ドアが開く。その隙間から、明るいホールが見えた。テツヤが駆けだしていく。
 『ありがとう。友達を、助けてくれて……』
 かすかな声がして、ドアが開ききった。



 気が付くと、薄暗いホールに立っていた。隣にみあお、サエ、それから竜平。テツヤの姿は、消えていた。
 「竜平、ありがとっ! 外から助けてくれたね」
 ぴょんとみあおが飛び上がった。
 「助かったわ。焼け死んじゃうかと思ったところだったの」
 アンジェが一歩、歩み寄る。
 「どういたしまして。二人こそ、お疲れ様」
 笑いあうと、3人はパチンと手を打ち合わせた。



エピローグ

 彼には、小さな友達がいた。出かけるとき、帰ってきたとき、友達は必ず彼を呼ぶ。そしていつも、行ってきます、ただいま、そう言って手を振ってくれる。彼はとても嬉しかった。
 ある日、彼らの家が火事になった。友達を逃がしてあげなくちゃ。彼はずっと待っていた。炎が彼の頬を舐める。友達はまだ来ない。早く逃がしてあげなくちゃ。ねぇ誰か、僕の友達をここに連れてきてあげて。けれど友達はまだ来ない。彼はずっとずっと待っていた。
 そしてやっと、友達はやってきた。彼は友達を外へ逃がした。彼はやっと、安心して、目を閉じた。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1415/海原・みあお/女性/13才(見た目小学一年生?)/小学生】
【5574/瀬良・アンジェ/女性/17才(見た目21才?)/旅行者】
【4134/明智・竜平/男性/16才(見た目も16才?)/高校生】

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■         ライター通信          ■
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今回はご参加頂き誠にありがとうございました。お待たせして大変申し訳ありません。

みあおちゃんは、元気! 大丈夫! をイメージして書いてみました。いかがでしたでしょうか。元気な女の子は大好きなので、失礼ながら、WRは非常に楽しかったです。ではまたどこかでお会い出来たら、幸いです。