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Internal Troubles
「少々ヤバイ仕事だが、やる気はあるかい」
鷺沼譲次(さぎぬま・じょうじ)と名乗った男は、武彦を試すような口調でそう切り出した。
よれよれのジーンズに派手なアロハシャツという身なりもさることながら、平日の昼間だというのに明らかに酒が入っているあたり、どう考えてもカタギの人間ではない。
とはいえ、この手の連中を相手にするのが、別に初めてというわけでもない。
「内容と報酬にもよるが、やらないこともない」
武彦が曖昧な返事をすると、鷺沼は一度小さく頷き、懐から一枚の写真を撮りだした。
「この男の身辺を探ってほしい」
写真には、一見しただけで高級品とわかるスーツに身を包んだ、いかにも頭が切れそうな男の姿が映っていた。
年齢は、恐らく三十代前半。最近よく聞く青年実業家というやつだろうか。
武彦はそのように推理したが、それは当たっていないどころか、正解に近くすらなかった。
「IO2の幹部で、首藤(しゅとう)という男だ」
その言葉に、武彦は半ば驚愕して鷺沼の顔を見返した。
こちらをからかっているのかも知れない、と疑ってもみたが、鷺沼の顔は先ほどまでとはうってかわって真剣そのもので、とても酔っぱらいの戯れ言とは思えない。
そうなると問題なのは、この仕事が「少々ヤバイ仕事」などではなく、「かなりヤバイ仕事」であることだった。
それこそ、話を聞いてしまった以上は、そう簡単には降りられないほどに。
この男が転がり込んできた時点で、すでに厄介事には巻き込まれている。
ならば、いっそその厄介事の中心にまで首を突っ込んで、その真相を知りたい。
それに、このままこの男を追い返せば、リスクだけが残って何のリターンも得られないことになる。
その後なし崩し的に事件に巻き込まれる可能性を考えれば、ここでちゃんと報酬をもらう約束をしておくのも悪くはないだろう。
そう考えて、武彦は開き直った。
「IO2の幹部ともなると、警備が厳しそうだな」
「もちろん一筋縄でいく相手じゃない。下手を打てばすぐ見つかるだろうし、見つかったらただじゃ済まない」
鷺沼が再びにやりと笑う。
この男は何者で、一体何の目的があってこんな仕事を依頼に来たのだろう。
「少なくとも、事情を知らずに引き受けられる仕事じゃなさそうだな」
武彦がそう言うと、鷺沼は一度小さくため息をついて、ジーンズのポケットから少し曲がった身分証を取り出した。
IO2日本支部・「A」対策班班長。
目の前の酔っぱらいとIO2とはなかなか結びつかないが、身分証には確かにそう書かれている。
「実は俺もIO2の人間でね。今回の件は、一言で言っちまえば内部抗争だ」
鷺沼はなんでもないことのようにそう言うと、身分証を無造作にポケットに突っ込む。
それから、再び先ほどのような真剣な顔にもどって、ぽつりとこう続けた。
「アメリカで起こってることの噂はアンタも聞いてるだろう。
あれと同じようなことがこの日本でも起こるか、起こらないか。その瀬戸際なんだ」
アメリカのIO2本部に起こった異変については、武彦も多少は知っている。
確か、これまでは超常現象や怪奇事件の隠匿を主な目的としていたものが、いつしか「超能力犯罪の予防」を大義名分に、超常能力者や異種族に対する弾圧を強めているらしい、という内容だったはずだ。
もし、それと同じことが、日本でも起こるとしたら。
被害を受けるであろう知り合いの顔が、次々と武彦の脳裏に浮かぶ。
「何を探ればいい」
身を乗り出す武彦に、鷺沼はもとの調子でこう言った。
「首藤の根回しのせいで、すでに反対派はガタガタなんだが、その『根回し』ってのがどうも怪しい。
確かに上の方にタヌキが多いのは認めるが、ヤツが『説得』したと思われる相手だけが、それも昨日の今日で次々態度を変えるってのはあまりにも不自然だと思わないかい」
どうやら、彼の言う通り、本当に事態は一刻を争うところまできているらしい。
そんな武彦の焦りに気づいたのか、鷺沼は苦笑しながら手で落ち着くように促した。
「あいつが世間一般で言う『説得』や『根回し』じゃないことをしてる、って証拠が手に入れば一番だが、そこまでは望まねえ。
あいつがそこまでするには、何か理由が――というより、そうしたほうが都合がいいような、何らかの組織とのつながりがあるんだろう。それを見つけてほしい」
それも十二分に困難な気もするが、まあ、『根回し』の証拠を見つけるよりはいくらか簡単だろう。
「難しいが、やるしかないようだな」
武彦の答えに、鷺沼は満足そうに頷くと、最後に一言こう念を押した。
「言っておくが、今回の仕事の依頼主はあくまで俺で、ここに依頼に来たのは俺の独断だ。
だから、反対派として組織的にバックアップすることはない。IO2内で味方は俺だけだと思ってくれ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
鷺沼が作戦会議の場所に指定してきたのは、あやかし荘に近い商店街にあるタコ焼き屋「四たこ」だった。
そこの店主の室崎修(むろさき・しゅう)が元IO2で、鷺沼の良き理解者でもあるのだという。
上霧・心(かみぎり・しん)が「四たこ」に着いた時、店には店主の室崎とおぼしき大男と鷺沼、そして高校生くらいと思われる双子の姿があった。
すでに店は閉めているため、店内には他の客の姿も、アルバイトの店員の姿もない。
「さて、全員揃ったようだし、まずは自己紹介といくか」
心の姿を認めて、鷺沼がそう切り出す。
かくして、今後のこの街に、そして日本に大きな影響を与えるかも知れない作戦の打ち合わせは、「夜のタコ焼き屋で、タコ焼きをつまみながら」という、お世辞にも緊張感が溢れているとは言えない状況で始められたのであった。
「で、その首藤というのは一体どんなヤツなんだ?」
自己紹介が終わるやいなや、先ほどの双子の一人である守崎啓斗(もりさき・けいと)が鷺沼にそう尋ねた。
「二年くらい前にIO2に来たばかりの新顔だよ。
なんでも、その前は保険会社の海外支店にいたらしい」
その答えに、今度は弟の守崎北斗(もりさき・ほくと)が疑問を呈する。
「その新顔が、なんでたった二年で幹部になってんだ?」
「参謀の長坂ってヤツが首藤を気に入っててね。
おかげで重要な任務を任され続けてとんとん拍子で大出世さ。羨ましい限りだよ」
苦笑する鷺沼に、北斗はにやりと笑ってこう言った。
「鷺沼さんは、出世には興味なさそうな感じだけどな」
「わかるか?」
「わかるさ。堅苦しいのとか苦手そうだし」
「かなわねぇな」
お手上げだ、とばかりに肩をすくめる鷺沼。
するとその時、今まで黙って話を聞いていた室崎がぽつりと呟いた。
「長坂、か」
「室崎さん、何か知ってるのか?」
心の問いかけに、室崎は苦々しげな表情でこう答えた。
「あいつはIO2という組織の非人間的な面そのものだ。
大の虫を生かして小の虫を殺す……それをためらいなくできる男だよ」
どうやら、室崎とその長坂という人物とは、何らかの因縁があるらしい。
心はそのことについてもう少し聞いてみようかとも思ったが、それより先に鷺沼が後を続けた。
「長坂は日本支部でも最古参の幹部の一人でね。
俺や修さんが入る前からいるんで、いつからいたのかはよくわからねぇ。
優秀な参謀なのは確かなんだが、冷酷すぎるのが玉に瑕でね」
「なら、今回の件もその長坂が一枚噛んでいる可能性があるな」
啓斗の当然すぎる意見。
ところが、鷺沼はそれをきっぱりと否定した。
「いや、それはねぇ。
何ヶ月か前におっ死んじまったからな。不慮の事故とやらで」
「死んだ? まさかとは思うが、その後釜には?」
「正式には別の人間が選ばれたが、権力はほとんど首藤に移った。
もちろん誰からも文句は出てねぇ。なんせ、すっかりプチ長坂みたいになってやがるからな」
話を聞く限りでは、首藤が長坂を謀殺した可能性は十二分にあるようだ。
有力者に取り入って後ろ盾を得、頃合いを見ては用済みになった後ろ盾を自ら始末してそれに取って代わる。
その目的のためには手段を選ばぬ非情さこそが、首藤の、そして長坂の有能さであり、「IO2の非人間的な面」そのものであるのだろうか。
だとすれば、その暴走は何としても止めなければならない。
しばしの沈黙の後、啓斗が再び口を開いた。
「ともあれ、これだけでは何とも言えないな。
やはり実際に潜入してみる必要がありそうだが……そうだな、偽造の身分証明書みたいなものは手に入らないか?」
「作れないこともない、が、うちの隊のなら、という条件つきだ。
うちはわりとその辺がいい加減なんで、こういう時便利っちゃあ便利なんだが、もともと鼻つまみ者の集まりだし、気休め程度の役にしか立たねぇぜ。
妙なところにいたら、それだけで怪しまれる」
鷺沼のその返事に、北斗が呆れたようにこう返す。
「それじゃ、あんまり役に立たねぇじゃん。
それより、わかる範囲でいいから建物の構造とか教えてくんねぇか?
首藤の詰めている部屋とか、勤務中に奴がよく行く場所とかさ」
すると、鷺沼はしばらく考えてから、ぽつりとこう漏らした。
「ん〜、こんなこと依頼しといて言うのもなんだけどよ。
その辺は、あんまり教えたくねぇんだよな」
「なんだよそれ」
「外部の人間が知ってちゃいけないことを知ってるってのは、それだけで狙われる理由になる。
当然、知れば知るほど、危険度は増す」
確かに、「非人間的な面」を持つIO2であれば、「機密情報の漏洩を防ぐ」という目的のためだけに、「情報を知ってしまったものを消す」という手段をとる可能性も否定はできない。
「知りすぎると、俺たちの身が危なくなる、ってことか」
心がそう口にすると、鷺沼は困ったような顔で頷いた。
「そういうことだ。
今回は緊急事態だから、俺が安全を保証する、って言えればいいんだけどな。
俺がンなこと言ったところで、俺ごと切り捨てられないって保証はねぇし」
仮にも部隊長とはいえ、あくまで彼が率いるのは厄介者ばかりの「フキダマリ部隊」。
その上彼自身が現場寄りの反体制派とあっては、万一の時に粛正される可能性もないとは言えない。
「まあ、ブラックジャックみたいなモンだ。
手札が増えれば増えるほど、勝ち目も増えるが、危険も増える」
鷺沼は冗談っぽくそうまとめると、北斗がすかさずこう答えた。
「なら、俺らの選択は『もう一枚』だな」
どうやら、守崎兄弟はすでに潜入捜査を行うことに決めているらしい。
それが一番の方法には違いないだろうが、室崎は少し違った意見を持っているようだった。
「潜入捜査の必要性は否定しないが、まだ外で調べられることもあるだろう。
一人か二人、こっちに残ってくれないか?」
彼の言う通り、外で集められる情報も、すでに集め終わったとは必ずしも言えない。
そう考えてみると、全員が潜入調査にあたるのは、あまり上策ではないだろう。
「なら、こっちは俺が引き受けよう」
心がそう宣言すると、鷺沼はもう一度大きく頷いた。
「決まりだな」
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その翌日。
啓斗と北斗は鷺沼に作ってもらった身分証を受け取り、彼とともにIO2の支部に向かった。
「思ったより地味な建物なんだな」
どう見ても田舎の工場にしか見えないその外見に、北斗が正直な感想を口にする。
「一応秘密組織だからな。でっけぇネオン出すわけにもいかねぇだろ」
相変わらずの様子でそう答えながら、鷺沼はその建物の入り口を……入ったところで、突然立ち止まった。
北斗たちを待っていたのは、二十歳そこそこと思われる外見の金髪の女性だった。
「隊長! どこ行ってたんですかっ!!」
鷺沼のことを隊長と呼ぶところからすると、どうやら彼女も鷺沼の部隊に所属する人間らしい。
だとすれば、味方……とまでは言えなくとも、少なくとも敵ではないはずなのだが、鷺沼は露骨に嫌そうな表情を浮かべている。
「げっ、MINA……!?」
「げっ、じゃないですよ!
隊長がどこか行ってる間に、また緊急会議があって、あたしが代理で行かされたんですよ!?」
不機嫌そうに頬を膨らませる彼女に、鷺沼はげんなりした様子でこう尋ねた。
「よりにもよって……で、会議の議題と内容は?」
「能力者の登録制度を導入するかどうかで、結局今回も結論出ず、です。
とはいえ、反対する人の数は着実に減ってる感じですよ」
どうやら、状況は確実に悪化の一途をたどっているらしい。
ともあれ、今は目の前にいるこのMINAという人物にどう対処すべきか、それを真っ先に考えるべきだろう。
「誰?」
北斗が小声で聞いてみると、鷺沼はMINAに聞こえないように気をつけながらこう答えた。
「俺の部下で、一番今回の作戦について知られたくないヤツだ。適当にあしらっとけ」
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その後。
ありがた迷惑にも「この部隊の任務と実際の仕事の内容」やら、「使っていいことになっている設備の数々」について(自らの武勇伝、というより失敗談の数々を織り交ぜながら)長々と説明してくれるMINAのせいでずいぶん時間をロスしてしまったものの、二人はそれなりに順調に内偵を進めていた。
が。
「やっぱりダメだ。
あそこから先は、さすがに入れそうにねぇ」
何度目かのチャレンジを終えて、北斗は大きなため息をついた。
現在首藤が主に使っているのは、かつて長坂が使っていたとされる書斎。
その書斎は、IO2日本支部の中でももっとも警備の厳しいブロックにあり、そこに侵入することは、さすがの守崎兄弟をもってしても簡単ではなかった。
「だろうな。
あの辺の警備員はどいつもこいつもかなりの腕利きだし、各種センサーや結界も完備されてる。
あそこに忍び込む方法なんざ、正直見当もつかねぇよ」
そこへ、別の場所を偵察していた啓斗が戻ってくる。
「他はだいたい調べられたが、やはりこれといった情報はなし、だ」
幹部級のメンバーの私室や、重要機密資料などのある部屋はさすがに警備が厳しすぎたが、それ以外のほとんどの施設については、身分証のおかげもあってか、特に問題なく見て回ることができたようだ。
「しかし、IO2の日本支部も、思った以上に警備がザルだな」
啓斗が呆れたようにそう言うと、鷺沼は苦笑しながらこう答えた。
「違ぇよ。気づいても見なかったことにしてんだよ。
正直なところ、現場組の大半は首藤のやり方に反感を抱いてるからな。
立場上組織的なバックアップはできねぇが、『侵入者に気づかなかった』ことくらいならあり得る、ってことさ」
と、その時。
どうやら誰かから通信が入ったらしく、鷺沼が通信機を耳もとに近づけた。
その表情が、見る見るうちに深刻なものへと変わっていく。
「誰からだ?」
「修さんからだ。心が敵の尻尾を掴んだそうだ」
珍しく興奮した様子でそう言うと、鷺沼は一度深呼吸してからこう続けた。
「IO2入りする以前の首藤に関する記録は、ねつ造されたものらしい」
経歴そのものが真っ赤な嘘とは、これは思った以上の大事である。
「では、ヤツはやはり?」
「工作員だな。
恐らくアメリカ本部の……いや、それにしても記録の改竄がうまくいきすぎている。
まさかとは思うが、『A』の関与も疑ってかかる必要があるな」
「さすがに、それは飛躍しすぎじゃねぇか?」
いきなり「A」の名前が出てきたことに対して、北斗はそう指摘したが、鷺沼は静かにこう続けた。
「それが、そうでもねぇんだな。
アメリカ本部が『A』の強い影響下にあることは、こっちじゃわりと知られた事実でね。
最近他の各支部が本部と距離を置いてるのも、実はそれが一因なんだよ」
「では、アメリカ本部の暴走というのも?」
「その可能性もある……が、そうじゃねぇと思ってた。
正確には、そうじゃねぇと信じようとしてた、ってとこか」
啓斗の質問に、鷺沼が自嘲気味に笑う。
と、突然ドアが開けられ、一人の男が部屋に入ってきた。
「やはり君だったか。鷺沼君」
冷たい笑みを浮かべながら、そう言いはなったのは――まぎれもなく、首藤その人だった。
「さぁて、なんのことかねぇ」
わざとらしくとぼける鷺沼に、首藤は表情一つ変えずにこう続ける。
「とぼけてもらっては困る。
機密情報を外部に流し、あまつさえ外部の人間を自分の部下と偽ってここへ招き入れるとは。
即刻処刑されても文句は言えないレベルの背任行為だとは思わんかね?」
けれども、鷺沼は全く動じることなく、逆にこうやり返した。
「背任ねぇ。
じゃ聞くが、身元を偽ってIO2日本支部に潜り込み、反対する人間を無理矢理抑えつけて組織を牛耳ろうとするのはなんて言うんだ?
少なくとも背任どころの騒ぎじゃねぇと思うんだが……違うか?」
「何を根拠に、そのようなことを」
「お前の『同級生』に聞いたんだよ。卒業生名簿にも、卒業アルバムにもお前の名前はなかったぜ」
鼻で笑い飛ばそうとした首藤に、鷺沼が動かぬ証拠を突きつける。
やがて、首藤は小さくため息をついた。
「なるほど、お互い表沙汰にできない事情がある、ということか。
ならば仕方がない。君たちにはここで死んでもらうとしよう」
それを見て、鷺沼は大急ぎで机の後ろに隠れる。
「やべっ、俺荒事は苦手なんだ……頼む!」
「しゃあねぇ、あとでタコ焼きおごってくれよ!」
北斗はそんな鷺沼に一言そう言ってから、啓斗とともに臨戦態勢をとった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それから、十数分後。
「口ほどにもないな。その程度で私が倒せるとでも?」
首藤が、勝ち誇ったような表情でそう言い放った。
敵の腕前は、確かに常人のレベルを遙かに超えている。
だが、それはあくまで普通の人間から見た場合であって、身体能力においても、技のキレにおいても、首藤のそれは啓斗や北斗に遠く及ばない。
それなのに、なぜか啓斗や北斗の攻撃は全て外され、首藤の攻撃はほとんど全てが二人をとらえている。
身体能力に差があるおかげで致命の一撃を受けることだけは免れているが、このままでは、いずれこちらがやられることは目に見えていた。
「兄貴、なんかおかしくねぇか?」
「ああ……何だ、この違和感の正体は?」
普段なら当てられるはずの攻撃が、なぜか当たらない。
普段なら避けられるはずの攻撃を、なぜか避けられない。
何かがおかしい。
何かが。
「来ないというなら、こちらから行かせてもらおう」
ゆっくりと舞うようにしながら、首藤が間合いを詰めてくる。
そこを狙って、啓斗が小太刀で斬りつけるが、空しく空を切っただけだった。
逆に、その隙を狙った首藤の一撃が、浅くではあるが啓斗の右脚を傷つけた。
「……っ!」
痛みに顔をしかめる啓斗と、余裕の笑みを浮かべる首藤。
やはり、何かがおかしい。
啓斗の攻撃に、いつものようなキレが見られないのだ。
それ以上に、狙いが甘く、攻撃を仕掛けるタイミングが合っていない。
あれでは、攻撃しているというより、攻撃されに行っているようなものだ。
そこまで考えて、北斗はふとあることに気がついた。
攻撃しているのではなく、攻撃させられているのだということに。
しかし、どうやっているのかまでは、さすがにわからない。
わからないなら――調べてみるしかない。
首藤との間合いを詰める。
首藤がこちらを振り向く。
首藤と目が合う。
次の瞬間、自然と刀を握った手が動き――。
北斗の一撃はあっさりとかわされ、逆にカウンター気味の一撃が北斗の脇腹をかすめる。
けれども、北斗はその傷に見合った成果を手にしていた。
「兄貴! ヤツの目を見るなっ!!」
そう。
目が合った瞬間、ひとりでに身体が動いた。
これが、あの違和感の正体……なのだろうか?
答えはイエスでもあり、ノーでもある。
確かに、これがあの違和感の一部であることには違いない。
とはいえ、動きそのものにキレがないことなどは、これだけでは説明できない。
「相手の目を見ずにどう戦う?」
首藤が嗤う。
まだ何かがあるのは間違いない。
音、香り、魔法、あるいは薬の類……「何か」があるのは間違いなかったが、その「何か」がなんなのかまでは、さっぱりわからなかった。
その「何か」の影響を、なんとかして排除できれば。
いや、完全に排除まではできなくとも、半減させることができれば。
北斗がそう考えている間にも、啓斗がもう一度仕掛け――今度は、互いに相手の攻撃を防ぎ止める。
あともう一押し。
なにか、相手のアドバンテージを消滅させられるような手が――。
あった。
「兄貴っ!」
振り向いた北斗に、一度だけ目配せする。
それ以上の言葉は必要ない。
わかっているから。通じ合っているから。
「これでっ!」
一声叫んで、北斗は煙玉を床に叩きつけた。
爆音とともに、部屋中に白煙が立ちこめる。
これで、お互い視覚と聴覚は使い物にならない。
条件をほぼ五分にできる唯一の方法。
あとは、啓斗がこの機会を生かしてくれることを信じるのみだった。
鷺沼が頃合いを見て換気扇のスイッチを入れ、煙は部屋の外へと吐き出されていく。
部屋の中央には、すっくと立った啓斗の姿が。
そして、その足下には、脇腹を押さえて倒れている首藤の姿があった。
「兄貴!」
北斗の声に、啓斗は一度軽く微笑んでから、足下の首藤に視線を移した。
「さて、答えてもらおう。お前が一体なぜこんな真似をしたのかを」
ところが、首藤はそれには答えず、不敵に笑ってこう言った。
「礼を言う……お前たちのおかげで、私は再確認することができた。
やはり、不必要な力を持つ者の存在は危険だと」
その姿が、まるでピントのずれた写真のように、だんだんとぼやけていく。
「全ての力は正しき秩序のもとに管理され、正しい方向へと向かわねばならん。
それに逆らい、秩序を乱すというのであれば、その時は――」
そこまで言ったところで、首藤の姿は霧のようにかき消えた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それから数日後。
事後報告のために再び「四たこ」に集まった一同に、鷺沼は真剣な顔でこう言った。
「結局、首藤のヤツは『不慮の事故』で死んだ、ってことになった。
全てを明るみに出すって選択もあったんだが、それをやると日本支部全体が揺らぎかねねぇ。
そのガタガタになったところをアメリカ本部につけこまれたら元も子もねぇからな」
確かに、今回の事件はその真相も、そしてそれを突き止めるために使った手段も、公表するにはあまりにもリスクが高すぎる。
「まあ、妥当な選択だろうな」
心が正直な感想を口にすると、続いて啓斗がこう質問した。
「で、結局あの登録制度とやらはどうなったんだ?」
「一応、今すぐどうこうって話は立ち消えになったが、相変わらずお偉いさんたちはあの案にご執心だ」
そう答えて、鷺沼は小さくため息をつき……それから、気になることを口走った。
「それに、首藤がいなくなったと思ったら、今度は牧瀬ってヤツが出てきやがってよ」
「牧瀬だと?」
もしかしたら、心が戦ったあのエージェントと同一人物かもしれない。
「ああ。
首藤の配下で、これまたプチ首藤みたいなヤツなんだが、幸い現時点ではそれほどの影響力はねぇな。
まあ、あくまで『現時点では』で、この先どうなるかはわかんねぇんだけどよ」
鷺沼の答えで、「かもしれない」は確信へと変わった。
敵はすでにこうなる可能性を考えていて、すでに次なる手を打っていたのだ。
いや、恐らくこれで終わりではなく、次の次、さらにその次も用意されている可能性が高い。
そんな心の考えを察知してか、やれやれと言った様子で北斗がこう呟く。
「とりあえずの危機は回避するも、根本的解決には至らず、ってとこか」
それを聞いて、鷺沼は少し寂しそうに笑った。
「それでいいんじゃねぇか?
根本的な解決方法なんてどこにもねぇような問題が、この世の中にゃごまんとあるんだ。
そのうちの一つがたまたま俺たちの目の前にある、ってだけのことだろ」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4925 / 上霧・心 / 男性 / 24 / 刀匠
0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17 / 高校生(忍)
0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17 / 高校生(忍)
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■ ライター通信 ■
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撓場秀武です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
・このノベルの構成について
このノベルは全部で六つのパートで構成されております。
そのうち、三つめから五つめまでのパートにつきましては、心さん(調査組)と啓斗さん・北斗さん(潜入組)で異なったものとなっておりますので、もしよろしければもう一つのパターンにも目を通してみていただけると幸いです。
・個別通信(守崎啓斗様)
今回はご参加ありがとうございました。
また、ノベルの方、大変遅くなってしまって申し訳ございませんでした。
啓斗さんの描写の方は、こんな感じでよろしかったでしょうか?
もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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