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アンティーク達に愛の手を
●風月館全員集合
神楽坂・有栖の怪しげな名案(迷案?)により、風月館の応接間に集った勇士は天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)、ニルグガル、シュライン・エマの計3名。偶然にも、それぞれ異なる魅力を持った美女揃い……いや、よくよく見れば、ニルグガルは男性のようだ。メイド服がまた、少女のごとく愛らしい容姿によく似合っていた。
「いつも祖父がお世話になっております。これはつまらない物ですが……」
艶やかな和服に身を包み、日傘、巾着という純和風な出で立ちの撫子。微笑みながら、有栖に手土産を手渡す。
彼女の祖父と風月館の先代は旧知の仲である。訪れるべき資格のある者しか辿り着くことができないとされる風月館だが、彼の「行けば判る」の一言で使いに出されてしまい、その通り気が付けばここに到着していたのだった。
「本当に、素敵なお屋敷ね。稀少品を見て触れる機会が出来て嬉しいわ」
グラマラスな体を反らしつつ、シュラインが切れ長の瞳でウィンクする。ちなみに彼女と撫子、実は友人同士である。けれども前述――撫子の祖父の一件――にもあるように、連れ立って来たのではない。たまたま屋敷にて鉢合わせしたのだ。そういう不思議な縁の巡り合わせなのだろう。
かくして自己紹介もそこそこに、皆がゆるりとアンティークルームへ向かう。
●アンティークルーム大清掃(東側の棚)
撫子は東側の武器が納められている棚を担当する。
ガラス戸をそっと開け、納められている物を丁寧に見定めていった。
(「どれもこれも、見事な物ばかり。これだけの品を所持出来るということは、神楽坂家は相当の財をお持ちに違いありません」)
ほう、と息を付くと、早速作業に取り掛かった。
まずは手入れに専門家が必要な物と、そうでない物に分別する。前者の扱いを有栖へ任せると、
手拭いで一つずつ丹念に磨き始めた。
「あら、これは……」
4分の1以上の手入れをこなした辺りで、撫子は異変に気付いた。
立派な日本弓である。何の気なしにそれを手にした途端、『負』の力を感じた。
巫女の能力なしには決して気付かなかったであろう微かな気配。また、それが何であるのか、彼女には分かっていた。
「封印が取れかかっています。いかが致しましょう?」
背後から覗き込んだ有栖に、振り向きざま問う。
若き風月館の当主は、しばし小首を傾げていたのだが、
「お見受けしたところ、貴方には並々ならぬお力を感じます。全て一任しますわ」
撫子の漆黒の瞳を覗き込んで、ふわりと微笑んだのであった。
●アンティークルーム大清掃(西側・南側の棚)
整理整頓を始めて、2時間も経っただろうか。
北側、東側はほぼ半分片付いていた。だが、受け持つ者のない西側、南側の棚は相変わらずの荒れ具合。
「困りましたわね。これでは、まだ手が足りませんわ」
眉根をひそめる有栖に、ニルグガルが無言で挙手する。ここが終わったら手伝う、とでも言いたいのだろう。だが、有栖はゆっくりと首を振った。
「いえ、流石にそこまで甘えるわけには……ああ、そうですわ」
ぱあっと一気に表情を晴らすと、右手を前方へ突き出す。掌を上に向けると、声も高らかに叫んだ。
「おいでませ。火炎魔皇、裟那皇!」
瞬間、掌の斜め前方の空間が波打った。水面に広がる波紋のように空気が揺れる。すると、その中心から何かが姿を現した。
外見はどこにでもいそうな男の子。10歳くらいだろうか。もっとも、いきなり何もない空間から現れたのだ。事実、只者ではないだろう。深海色の鋭い双眸が、ぐるりと室内を見回した。
「ったく、何だってんだよ。面倒くせぇ」
気だる気に溜息を付くと、真っ先に有栖を睨み付ける。それで気後れする有栖でもないのだが……。
「お呼び立てしてしまい、申し訳ありません。実は、貴方にこのお部屋のお掃除をしていただきたく――……」
「かぁーっ!! この誉れ高き火炎魔皇、裟那皇様を呼び出しておいて、お部屋のお掃除だぁ!? ふざけんなっつーの!」
さらりと言い放つ予定だった有栖の言葉を、終いまで言わせてなるものかと、少年が目を剥いた。
「ご紹介しますわね」
2人のやりとりを呆気にとられて眺めていた撫子とシュライン――ニルグガルは言うまでもなく、無表情だ――に気付いた有栖が、口を尖らせて抗議する少年を完全に無視して手短に説明する。
少年は、名を裟那皇(さなおう)といい、有栖に仕える悪魔なのだという。
有栖が先程使った術は召喚魔法。本来、召喚術とは長々とした詠唱を必要とするものであるのだが、風月館内であれば、あのように呪文を省略して呼び出せるというのだ。
(「不思議な人だとは思っていたけれど、まさか悪魔に手伝わせるなんてね。しかも、この屋敷、どうやら興味深い仕掛けがいろいろとありそうだわ」)
シュラインが胸の中でごちていると、「召喚」という言葉にニルグガルが反応したように見えた。
彼女らの傍らでは、突如登場した悪魔少年に対して、撫子がにこにこと握手を交わしている。
結局、撫子と有栖のペースに乗せられて、掃除をやらされるはめになった情けない悪魔殿であった。
「……おい、お嬢。あんたはやんねーのかよ」
「わたくしは、皆様の監督係ですわ」
横目でねめつける裟那皇を、語尾にハートマークが付きそうなくらいの純粋な口調であしらう有栖が一枚上手だ。
●真に持つべき者
「本日はお疲れ様でした。皆様のおかげですっかり片付きましたわ」
各々が笑顔を浮かべるも、その表情から疲労の色をうかがい知ることは容易であった。それもそのはず。始めた時は東から照り付けていた陽光も、すでに西へと傾いている。
ちなみに、タイムラグがある上、独りで2箇所も受け持つ裟那皇はといえば、勿論終わるわけがない。額に汗を浮かべて、ひぃひぃと悪戦苦闘を強いられていた。
有栖の足元には、不要となったアンティーク達が詰まった箱が3つ、並んでいる。丁度、3人と対峙する形だ。
「皆様は、どなたも少なからずアンティークにご興味があった故、当屋敷へお集まりいただいたのだと思います。そこで心ばかりのお礼、とでも申しましょうか。この箱の中の物でしたら、どれでもお好きな物を差し上げますわ」
微笑む有栖に、シュラインが率直な疑問を口にする。
「だけど、ここにある物はどれもいわく付きなのでしょう? 私達に危険が及ぶことはないのかしら」
「ええ、確かに通常ならば、有り得ないことではありませんわね。しかし、真に持つべき者が手にしたならば、理屈は覆されることでしょう」
「どういう意味ですか?」
「有栖様へ、詳細な回答を要求します」
今までより更に輪を掛けて読めない有栖の腹の内に、撫子とニルグガルが首をひねる。だが、当人は、ただただ意味深な笑みを浮かべただけであった。
「わたくしはお茶の用意をしております。事が済み次第、応接間にお越し下さいませ」
「どう思う?」
有栖が退室すると、すかさずシュラインが撫子に意見を求めた。
「そうですね……。箱の中の品によろしくないものは感じられません。折角、有栖様がああおっしゃるのですから、ここは素直にいただいておきましょう」
おっとりと言葉を紡ぐ撫子の傍らで、すでにニルグガルは箱の中身を物色していた。彼の場合、無用心なのではなく、自らに下された命令を、ただ素直に完遂しようとしているだけなのだ。
●ナデシコのごとく
撫子が手にしたのは、白鞘に入った脇差であった。特別、欲しかったわけではない。ただ何となく、選んでしまっただけだ。
今だ応接間にて品定めしているニルグガルとシュラインを残し、そっとアンティークルームを退室したのである。
応接間へ入ると、部屋中に日本茶の芳しい香りが漂っていた。テーブルの上にはカステラが切り分けられて置いてある。冒頭で撫子が有栖へ手渡した手土産である。
促されるまま、有栖と反対側のソファに腰を下ろす。
「やはり疲れた時は、日本茶と甘いものの組み合わせに限りますわね」
などと、暫くは日本茶を絶賛していた有栖であったが、撫子の訴えるような視線に観念したのか、とうとうぽつりぽつりと語り出した。
「付喪神というものをご存知ですか?」
「ええ、存じております。作られてから100年以上経った道具に魂が宿り、人の心を惑わすのだとか。『お伽草子』の中に同じ書名がございましたね」
撫子の言う『お伽草子』とは、室町時代から江戸時代の初期にかけて作られた、400種余りの物語のことである。その多岐にわたる物語の全体像を捉えるため、現在では公家物、武家物、庶民物、宗教物、異国・異郷物、異類物の6つに分類されるのが一般的だ。『付喪神』は、異類物に分類される。
完璧なまでの撫子の回答に、有栖が「流石ですわね」と感嘆の声を上げる。
「これは『逃切丸』といいまして、脇差が付喪神と化したもの。とはいえ、百聞は一見に如かずと申します。まずは実際、ご覧いただきましょう」
撫子の脇差を受け取って、右の人差し指と中指で軽く抑える。口の中で小さく呪(しゅ)を呟くと、指を置いた辺りが一瞬、ほのかに輝いた。
脇差が有栖の手の内で震える。と、今度はそれを撫子に無理やり押し付けた。あたふたしている彼女にはお構いなく、何と脇差が独りでに話し始めたではないか。
「うっはー、久しぶりの外界の空気は旨いなぁ、おい。んんっ? あんたが今度の主様かい?」
「は、はぁ……??」
目が点状態の撫子に、脇差がさらにべらべらとしゃべりまくる。
「こりゃまたべっぴんさんだねぇ。前の持ち主とは大違いだ。あいつはそりゃもうゴリラ並に凶暴で、しかも最低なちんちくりん女だった。なあ、聞いてくれるかい、べっぴんさんよ。……って、うぎゃーっ!!」
「ほう……わたくしがゴリラ並に凶暴で、最低なちんちくりん女だとおっしゃるのですか」
いつの間に撫子の背後に回ったのか、ゆらりゆらりと不気味なシルエットが揺れる。口元に笑みを貼り付けていても、瞳は一睨みするだけで人殺しが出来そうなくらい険悪そのものだ。カステラを切り分ける際、使用したのであろうナイフが、両手でしっかりと握られていた。
全身から殺気がほとばしる有栖を一瞥すると、脇差が撫子の掌からするりと抜け出す。
「ごごご、ご勘弁を! 女神様仏様大仏様! この畜生以下の愚民めに、何卒、何卒お慈悲をーっ!!」
「おだまりあそばせっ!」
悲鳴を上げて逃げ回る哀れな脇差をぴしゃりとはね付ける有栖。撫子にも手伝ってもらって、ぐるぐる巻きに縛り上げると、再び撫子へ手渡した。
「このように、これは口八丁の臆病者ですので、果たして貴方のお役に立つかどうか。何でしたら、別の品物とお取替えしますが、いかがですか?」
一騒動の後、有栖が撫子を静かに見つめる。
撫子の答えは、決まっていた。
「いただいても宜しいのですか? 大切に致しますわ」
気付けば、卓上の一輪挿しに淡い桃色のヤマトナデシコが挿してある。最初に屋敷を訪れたには気付かなかったが、花びらに小さな水玉が残っているところを見ると、今朝、活けたものなのだろう。
――まさか、彼女は自分がこの屋敷を訪れるのを、初めから分かっていたとでもいうのだろうか。
問うてみようかと口を開きかけたが、すぐにやめた。例え偶然だったとしても、自分達への有栖の心遣いは本物に違いないのだから。
「本当に、貴方はナデシコのように清楚で可憐な方ですわ。そのお心を、いつまでも大切になさって下さいね」
こうして、ちょっぴり不思議な風月館と、風変わりな住人達との一日は穏やかに幕を閉じた。
―了―
【登場人物(この物語に登場した人物の一覧)】
◆天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
整理番号:0328/性別:女性/年齢:18歳
職業:大学生(巫女):天位覚醒者
◆ニルグガル・― (にるぐがる・―)
整理番号:5054/性別:男性/年齢:15歳
職業:堕天使・神秘保管者
◆シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
整理番号:0086/性別:女性/年齢:26歳
職業:翻訳家・幽霊作家・草間興信所事務員
※発注順にて掲載させていただいております。
◇神楽坂・有栖(かぐらざか・ありす)
NPC/性別:女性/年齢:21歳
職業:風月館の主・召喚士
◇裟那皇(さなおう)
NPC/性別:男性/年齢:372歳
職業:火炎魔皇(悪魔)
【ライター通信】
初めまして。新人ライターの日凪ユウト(ひなぎ・―)と申します。
この度は、ゲームノベル『アンティーク達に愛の手を』にご参加いただきまして、誠に有り難うございます。そして、お疲れ様でした。
今回、私の初のOMC作品ということで、いかがでしたでしょうか。拙いオープニングにも関わらず、細やかでご丁寧なプレイングをいただいた私は三国一の幸せ者と自負しております。皆様に助けられ、一つの物語を作り上げることが出来ました。
撫子さんは、おしとやかなお嬢様とのことで、特に言葉遣いには気を使ったのですが……あえなく撃沈。また、神事にお詳しい彼女のこと。『お伽草子』や『付喪神』といった古典の知識にも秀でているはず、と勝手に解釈してしまいました。違和感などありましたら、遠慮なく著者までお申し付け下さいませ。
補足としまして、今回入手されましたアイテムには隠し能力がございます。特筆は致しません故、いろいろと試していただければと思います。
それでは、またご縁がありましたら、どうぞよろしくお願い申し上げます。
2005/08/24
日凪ユウト
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