コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


霹靂祭り


 晴れ渡る空に突然と轟く雷鳴。
 暗雲などどこにも見当たらないのに、ただ雷鳴だけが響く。
 それを青天の霹靂という。



 ある夏の晴れた日。
 何時もよりも茹だる様な気温の中、仕方なくも外へと出かける。
 なぜこの日家から出たのかは、分からない。
 こんな暑いだけの日に、ありえない気まぐれ。
 それは、何かに呼ばれたような気がしたから?

 真っ青な空の下、突然の雷鳴が鳴り響く。

(――落ちた!?)

 それは遠い空の下、遠くに響いていたと思っていた雷鳴。なのに、なぜか全てを包むような白に包み込まれた。
 はっと光が止み、恐る恐る瞳を開けてみれば、見ず知らずの土地。
 顔を上げれば、やけに空が遠い。
 不思議に思い、田んぼの用水路に溜まる水に姿を映してみれば―――子供の姿になっていた。



 【△】


 辺りを見回して紅月・双葉はその場に立ち尽くした。
 そういえば教会の表で打ち水をしていた途中のように思う。それがあの大きな雷鳴を聞いたと思うや、知らない場所に降り立っていた。
 それも、姿は子供。服装は浴衣で。
 畑や田んぼが連なる広い田舎の風景という物をそのまま体現したかのような景色に、双葉はまた瞳を瞬かせた。
 此処は、とても現実味がありながら、どこまでも幻想的な雰囲気の場所。今ではもう現実でこの場所のような村や町を探すのは難しいだろう。
 自分は今そんな場所に立っている。
「他に、人はいるのでしょうか」
 もしかしたら自分と同じようにあの雷鳴を聞いた人がこの場所に来ているかもしれない。
 しかし今この場所で立ち尽くしていても仕方の無い事で、双葉は耳に届く喧騒を頼りに歩き出すと、程なくして沢山の笑い声が響く場所へと来る事が出来た。
 どうやら今この村はお祭りの真っ最中らしく、提灯や灯篭が木製の電信柱に引っ掛けるように配置され、時折風に揺れている。
 『霹靂祭り』と毛筆でプリントされたのぼりがいたる所に立ち並び、それがこのお祭りの名前らしい。
 なるほど、だから自分の服装は浴衣だったわけですね。
 今までの大人の視線から見る世界とは違う、子供の視線から見るお祭りというものは、全てが大きく見えて、いつもだったら普通にぼったくりだと思えるような屋台の商品がとても美味しそうなものに見える。
 辺りをきょろきょろと見回しながら祭りの中へと歩いていく。途中誰かの浴衣の足元をすり抜けて、双葉ははたっと足を止めた。
 下駄を履いてはいたけれど、足元が人間の物ではなかった。
 双葉は振り返り、ゆっくりと顔を上げる。
 浴衣の襟から出ている頭は猫のものだった。
(獣人?)
 元々の東京でも人と獣の2つの姿を持っている人は少なからずいる。その中間だと考えれば、この双葉が見つけた猫頭の人間だって普通に存在しているような気になってくる。
 しかし、それは“常識”という物の中では異質であり、迫害される存在だ。
 双葉ははっとして周りを見回すと、猫頭の浴衣の人だけではない、屋台をやりくりしている人々全てが何かしらの動物の頭を持っていた。
 いや、持っているというよりは、二足歩行の動物達が屋台の店主をやり、同時に祭りを楽しんでいる。
 この中で異質なのは明らかに人間の姿である自分の方。
 もしかしたらこの場所へ来てしまったのは、何かしらの間違いだったのでは? と、双葉は駆け出す。
 人が来てはいけないお祭りだったのかもしれない。
 だとしたら、自分は此処にいてはいけない。
 元の世界に帰してもらはなくては―――……
 でも、どうやって?
 そもそも元の世界って何処の事を指す?
 だけど、
「帰らないと……」
「どこへ?」
 双葉の呟きに答える声が響く。
 誰だろうと振り返ると、狐のお面を頭の横につけた今の双葉よりも3つほど歳が大きそうな少年が、優しそうににっこりと微笑んでいる。
「ですが私は」
「折角来たのに何もせずに帰るの?」
 少年は双葉と同じ“人”の顔を持っている。
 もしかしたら自分と同じ呼び込まれた人?
 呼び込まれた…? 何に?
「お祭り来たがってたじゃない」
 少年はゆっくりと歩いて双葉の目の前で少し膝を屈め、にっこりと微笑みかける。
 古くからの知り合いのように話しかける少年に、双葉はその鋭さはそのままの怪訝そうな瞳を真正面から向ける。
「あなたは…どなたですか?」
 全てを見透かすようにじっと少年を見つめ口を開いた双葉の言葉に、少年は一瞬きょとんと瞳を大きくすると、少しだけ眉を寄せて苦笑しつつ、双葉の頭を軽く撫でた。
「どうしたの? 双葉」
 どうにも子ども扱いされる事に違和感を感じながら、双葉はただ少年を見上げる。
 少年はその視線に悲しそうな微笑を浮かべて、双葉に向けて首をかしげた。
「僕の名前度忘れしちゃったのかな?」
 双葉の記憶の中には少年に関する物は無い。記憶は無いと、思う。しかし、それと同時にどうしても思い出せない事がある。
 この思い出せない部分に、もしかしたらこの少年の事もあったかもしれない。
「すいません…」
 自分のせいで意図せず忘れてしまっているのだとしたら、自分はなんと失礼な事を言ってしまったのだろう。
「いいよ、気にしないで。僕は神時だよ」
 双葉はまだ小さいから、いろいろ興味がわいて、つい忘れちゃう事もあるよ。と、神時はまた双葉の頭を撫でる。
「何か欲しいものはある?」
 祭りの中心へと数歩進んで振り返り、神時は双葉へと問いかける。
「いえ、特には…」
 もしかしたら古くからの友人かもしれないが、今の双葉から取ってみれば今知り合った人物に代わりは無い。
 そんな人に何かを買ってもらうのは気が引けて、双葉は遠慮の言葉を口にする。
 神時の後を付いていくように歩き出した屋台が並ぶ道を、ゆっくりと視線を移動させながら歩く。カラカラと回る色とりどりの風車がとても綺麗だった。
 この風景を彼らにも見せてあげる事ができたら、どれだけ喜ぶだろう。甘味が大好きな彼の事だ。林檎飴や綿菓子を思う存分買い込む事だろう。
 それを考えると、ここに呼ばれたのが自分で良かった様に思わなくも無い。
 くすっと思わず笑いが零れて、そのまま双葉の動きが止まる。
「…………」
 彼らとは、彼とは誰の事だろう。
 先ほど確かに思い浮かんだのに、自分は誰の事を思い浮かべて笑ってしまったのだろう。
 考え込んでその場に立ち止まってしまった双葉に気がつき、神時は肩をすくめる様にして微笑を浮かべると、たったと双葉の元へ引き返し、
「深く考えるのは双葉の悪い癖だね」
 と、双葉の手を取って歩き出す。
 これは、自分の癖なのだろうか。
 ふとピーピー笛を吹く狸頭にエプロンの店主さんに視線が止まって、自然と繋いでいた手が外れる。
 巻いた縞々の紙筒が、右、左、右…と、順番に伸びる姿をただ見つめる。
 狸頭の店主さんはそんな双葉に気が付いたのか、徐に店先に並ぶ何かを手に取る。
「チョコバナナ食べな?」
 そして、双葉の目の前にいきなり差し出されたホワイトのチョコバナナ。
「頂けません」
 お金を払う事無くいろいろな物を貰っている神時を見て、どうやらこのお祭りの屋台にお金が必要ないと言う事は分かったが、だからといってただで貰ってしまうのは気が引ける。
「お祭りなんだ、チョコバナナ食べないと」
 お祭りでチョコバナナという発想に突っ込みたい所だが、今はそれよりも差し出されるチョコバナナを断る方が先決だ。
「だけど…」
 しかし次の断りの言葉を発しようと双葉は口を開いたが、ぎゅっと握らされたチョコバナナの串に、二の句が続けなくなってしまった。
 躊躇うような瞳を店主に向けると、狸頭の店主はにっこりと微笑む。これではもう断る事も出来ない。
「ありがとう、ございます…」
 知りもしない同じ種族とも思えない自分に、なんの躊躇いも無く差し出されたチョコバナナを断れずに受け取ってしまった。
 双葉の表情には一切の変化は見当たらないが、チョコバナナに視線を落とし、少しだけ微笑を深める。
 ぱくりと一口だけ口にしたチョコバナナに、自然と笑顔が生まれる。
 どうやら双葉は完全にチョコバナナに視線を落としていたため、人の気配に気が付かなかったらしい。真正面から誰かにぶつかってその場に盛大に尻餅を付いてしまった。
「ごめん! 大丈夫?」
 双葉は覗き込む少年に顔を上げて安心させようと微笑む。
「大丈夫です。お兄さんこそ大丈夫でしたか?」
 赤い…瞳。
 双葉より2つくらい大きい少年は、双葉の足元に転がるチョコバナナをその瞳に映して、その表情を一気に変える。
「ホントにごめん! まだ一口しか食べてないのに!!」
 少年の伸ばした手を取りかけて一瞬手を引っ込めたが、視線を向けると少年は本当に申し訳なさそうに自分を見つめている。この手は、信じても大丈夫のようだ。
 双葉は少年の手を借りて立ち上がると、地面に落ちてしまったチョコバナナに、申し訳なさそうに少しだけ眉を寄せて微笑む。
「私はいいのですが、頂いた店主さんには悪い事をしてしまいました……」
 土が付いてしまったチョコバナナを拾い上げ、どうしようかと辺りを見回す。
 食べ物を粗末にする事はしたくないが、こうなってしまっては食べれそうにも無い。
「悪いと思うなら謝りに行こう。うん、それがいい!」
 双葉に向けて少年は豪語すると、ぎゅっと拳を握り締めうんうんと頷く。
「そうですね」
 ここで気を落としてしまっては少年の方が自分よりも傷つきそうな気がして、双葉はふわりと微笑む。
 桐生・暁と言うらしい少年と共に引き返したチョコバナナの屋台で、落としてしまった事に頭を下げると、狸の店員さんは笑顔で新しいチョコバナナを双葉と暁に渡してくれた。
 頭を下げて狸の店員にお礼を言う暁を、双葉はただ静に見つめる。
 暁はその視線に気がついたのか、首をかしげにっこりと笑い返した。
 動物の店員さん達が不親切だったりとか、やはり自分と同じような人間に出会えた事が普通に嬉しかった。
 そして、なぜあの時自分は神時の手を離してしまったのだろうと。
 暁の後を歩きながら、なぜか双葉の瞳は揺れ動く。
 それは誰かを探すように動き、だがその瞳が目的の人物を捕らえる事はない。

 ……が居ない―――…

 誰を探しているのだろう。
 双葉は顔を伏せ、必死に考える。だが、霞がかった記憶の奥、それは曖昧でとても不確かな残像しか浮かんでこない。
 それなのに無意識に微笑む顔を、振り返って名前を呼ぶ姿を求めてしまう。
 お祭りの中、顔を上げて見た暁の背中に、今離れてしまったらもう二度と会えないような気がして、双葉は瞳を泳がせる。
 探したい。けれど……
 暁に悟られないように瞳を伏せた双葉の視界の端に、赤く揺れる何かが入る。
 ゆらゆら、ゆらゆらと揺れるかがり火。
 何故気がつかなかったのだろう。
 見つめた両手には、本来あるはずの火傷の跡が、綺麗に消えてなくなっていた。
 誰も傷跡の事に触れなかったのではない。
 ふと伸ばした指先に当たった左の首筋も、両手同様に火傷の跡を見つけられない。
 元々触って感じられないのだから、誰かの瞳にそれが映る事もない。
 無くても良いトラウマ。だけれども、それも自分だった。
 帰ろう。双葉はそう思う。
 暁や神時のように自分と同じ人間が居るのなら、他にもこのお祭りに呼ばれた人は居るかもしれない。
 太陽の光は徐々に西に傾き、空が橙色から紺色へのグラデーションを描いていく。祭りに掛かる提灯が紺色の夜空を際立たせるように明るく灯り、まるで行く道を照らしているように見えた。
 ふと顔を上げた双葉は先を行く暁を盗み見る。暁は足を止め、握り締めた手をゆっくりと開いた。その手の中で光る何か。
 それを神妙な顔つきで見つめる暁を視界に止め、双葉は顔を上げて問いかけた。
「お兄さんも、呼び込まれた人ですか?」
 そんな双葉の言葉に、暁は弾かれたように瞳を大きくして振り返り、叫ぶ。
「君も!?」
 この状況に置かれている人間が自分だけではない事が嬉しかったが、それだけで現状を打破する方法が見つかったわけではない。
「帰りたい」
「私も、帰りたいと…思います」
 本当なら微笑む場面ではない事は理解している。それでも、安心させようと双葉は暁に向けて微笑んだ。
 しかし帰る方法がどうにも思いつからないのか、暁は眉を潜めている。自分が若返っている手前実際年齢は分からないが、彼もきっと現在の見た目よりは歳をとっているのだろう。
 もしかしてという思いを込めて、双葉は顔を上げる。
「お兄さんは、この場所へ来る前に、大きな雷を聞きませんでしたか?」
 そんな双葉の問いかけに、暁ははたっと眉を寄せていた顔を緩ませて、そういえば…と、思いをはせる。
「大きな雷を聞いた気がする……」
 晴れ渡る大空に響く夏の雷鳴は、霹靂。
「神社へ、行ってみませんか?」
 双葉はしばし考え、すっと視線を遠くに見える鳥居へと向ける。
 毎年きまった日に人々が神社に集まって行う神をまつる儀式。それが、祭りだから。
「あ…う、うん」
 ただ根拠はない。
 それでも考えうる可能性を試すため、2人は神社へと足を運んだ。



 【☆】 【△】


 帰りたい、帰らないと……
 2人はただそう思い、神社の境内へと来ていた。
 このお祭りの名は霹靂祭り。
 だから、霹靂神を祭っているこの神社が、元の世界へと帰る道筋なのではないかと思って。
「セレスティさん!?」
 綾和泉・汐耶と共に神社の鳥居を潜ったシュライン・エマは、見慣れた銀髪に瞳を大きくする。
「えっと、こっちのお兄ちゃんは…?」
 元々の口調と、子供としての口調が混ざり合いながら、汐耶は12歳ほどの姿をした暁と物部・真言を見上げる。
 もし暁が金色の髪のままだったらシュラインは気が付いたかも知れないが、如何せん今の暁の髪の色は黒。
「お久しぶりですシュラインさん、汐耶さん…」
 同じように10歳程度の姿なのに、どこか大人びた微笑を浮かべているのは双葉だ。
「……えっと、皆呼ばれた人なのかな?」
 櫻・紫桜の手を引いて鳥居を潜ったのは1人ちょっとだけ大きな姿の伏見・夜刀。
 一同を見回してみれば、夜刀が一番大きな年齢である事がわかる。
「呼ばれた…確かに、あの雷をそう考えれば、呼ばれたという事なのでしょうね」
 幼い容姿でありながらも、優雅さはそのままに、セレスティ・カーニンガムはにっこりと微笑んで答える。
 眩しいくらいの晴天の霹靂。
 その音と光によって自分達はこの村へと足を踏み入れた。
 ならばその霹靂が妖しいと思うのは当たり前。
「本当にここでいいのかなぁ」
 共に居た双葉が神社に行ってみようと口にしたため、一応見た目はお兄さんである暁は、弟が出来たような気分に浸りつつ、その言葉を尊重してこの場に立っていた。
「どうして皆神社に集まってるの?」
 頭の横につけていた狐のお面を顔につけて、神時が立つ。
 明るいお祭りを背に立つ姿は、神時の姿を逆光の中で照らし、なぜかゾクリと背中が震えた。
「お祭りはまだ終らないよ?」
 正面に付けていたお面を、そっと横へとずらす。
 お面の下から現れたのは何処までも優しい微笑み。
 しかし、その微笑が怖くて―――
「もう直ぐ、花火が上がるんだ。ゆっくりしていきなよ」
 きっと今年も大きくて綺麗な花火が上がると思うよ。
 と、にっこりと微笑む。
「申し訳ないのですが……」
 そんな神時に向けて、セレスティが口を開く。
「俺さ…」
 暁はそんなセレスティの言葉を引き継ぐように一度口を開き、一同を見回して正面から神時を見る。
「俺たちさ、帰らなくちゃいけない」
 お祭りは確かに楽しかった。だけど、このままの時を過ごしていてはいけない。
「俺が、俺のままであるためには此処じゃダメなんだ」
 消え逝く記憶の中で、真言の中にいつまでも残っていた弟の泣き顔。あの泣き顔を消すために、自分は帰らなくてはいけない。
 もう殆どの記憶が消えかけていて、どうして泣いているのかも思い出せないけれど、誰も泣かせたくない。その思いが今のままの真言を繋いでいた。
「あーシューちゃん、セッちゃん。こんな所に居た!」
 たったったとかけて来た女の子−白楽は神時を追い越して、シュラインと汐耶の手を掴む。
 しかし、シュラインと汐耶は動かない。
「どうしたの?」
 顔を伏せ動かない二人に、白楽は首を傾げる。
「ごめんなさい」
 すっと手を引くシュライン。
「貴女の事が嫌いなわけじゃないけど」
 と、同じように汐耶もすっと手を引っ込める。
「私達…」
「元の世界に帰りたいの」
 繋いだ手が解かれた事に白楽は眉をひそめ、一瞬何を言われているか理解できないといったように呆然とその場に立ち、そして―――
「どうしてぇえ…」
 せきを切ったように泣き出した。
「あ……」
 泣き顔を手で隠す事もせず、ポロポロと涙を流す白楽に、シュラインは思わず手を伸ばす。
「……だめだよ」
 だが、そっと伸ばした手を夜刀が制し、
「…上手く、言えないけど…手を伸ばしたら、帰れなくなる」
 頭一つ高い身長を見上げ、シュラインはただ俯く。
「泣かないで」
 違うと分かっていながらも、紫桜は夜刀の浴衣の裾に引っ付いたままで白楽に言葉をかける。
「白楽……」
 いつの間に近づいてきていたのか、神時は泣きじゃくる白楽の肩をそっと抱き寄せて、顔を上げる。
「人を、間違えたのかな……」
 どこか静に神時は呟いて、白楽の頭に視線を落とした。
「あの!」
 今まで静かな子供だった双葉は、意を決したように口を開く。
「元の世界で、霹靂祭りはもう無いのですか?」
 双葉の質問に神時は弾かれたように瞳を大きくし、泣きじゃくっていた白楽もその涙を止めて顔を上げる。
 しかしその驚きも一瞬の事で、神時はまた静かに微笑する。
 なんだかそんな神時の姿が自分に似ている気がして―――
「白落村はもう無いんだ」
 しかし、神時の口から出たその言葉に二の句を続ける事ができず、双葉は顔を伏せる。
 白楽の手を握り、神時は神社に背を向ける。
「さぁもう行かないと、本当に帰れなくなるよ」
 神時の言葉と同時に、ドーン…と大きな一発目の花火が辺りを照らす。
「どうやって…?」
 なんとなくこのお祭りの名前が『霹靂祭り』だから、『霹靂神』を祭っている神社が妖しいと思って集まったものの、その方法は分からない。
 少しだけ視線を向けて振り返った神時が、頭の横のお面を正面に付け替えると、本堂の扉がバン! と開け放たれた。
「白楽ちゃん? 神時くん!?」
 花火の音はだんだんと重なるように増えていく。
 神社から離れていく2人に、汐耶は思わず叫んだ。

 この先も、たった2人で生きていくの?

 神時に手を引かれ、振り返った白楽が叫ぶ。
「はくらはね、白落だから、いいよ…さようなら」
 バイバイと手を振る姿だけを瞳の裏に残し、呼び込まれた時のように大きな雷鳴が花火と共に遠くで響いた。






























 ふらりと歪んだ視界に、とうとうこの暑さの中外へ出た事が裏目に出たか? と、頭を押さえる。
 ミンミンと煩いくらいに多重奏を奏でる蝉の声が、耳を劈くように大きく響き、遠くの路地が陽炎で揺らめく。
 額を伝った汗をそっと拭って、この暑さをただ恨めしく思う。

「何かが、違う……」

 しかしその違和感が何であるのかは分からない。
 双葉は、手の中から逃げていきそうになった柄杓の柄をぎゅっと握り締める。
 先ほど撒いた水の後が道路に鮮明に残っていたが、しかしこの暑さの中直ぐにでも蒸発してしまいそうだった。
「水がなくなってしまいましたね」
 空になった手桶を確認し、双葉は教会へ戻ろうと踵を返す。
 だが、ふと呼ばれたような気がして、振り返った。


 そこには何処までも青い空が広がっていた―――





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【4782/桐生・暁(きりゅう・あき)/男性/17歳(12歳)/高校生アルバイター、トランスのギター担当】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳(10歳)/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女性/23歳(10歳)/都立図書館司書】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳(10歳)/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【3747/紅月・双葉(こうづき・ふたば)/男性/28歳(10歳)/神父(元エクソシスト)】
【4441/物部・真言(ものべ・まこと)/男性/24歳(12歳)/フリーアルバイター】
【5653/伏見・夜刀(ふしみ・やと)/男性/19歳(15歳)/魔術師見習、兼、助手】
【5453/櫻・紫桜(さくら・しおう)/男性/15歳(10歳)/高校生】

注:年齢の()はこのノベル内での外見年齢です。


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 初めまして、こん○○は。霹靂祭りにご参加ありがとうございました。ライターの紺碧 乃空です。今回8人という大人数に慣れていない事や、個別部分ばかりだという事もあり、予定よりも大幅に時間が掛かってしまったように思います。これを教訓に大人数は苦手だと悟りました(ダメじゃん!)。

 あわせてcoma絵師による異界ピンもよろしくお願いします。

 お久しぶりでございます。今回また変に冒険してしまってすいません。相手様吸血鬼ですが、幼くなったため心持トラウマ受ける前として書かせていただきました。お母様ですが、直接的に固有名詞を出さない事で、無意識感を演出してみました。が、上手くいっているように思えなければ、すいませんです。
 それではまた、双葉様に出会えることを祈って……