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魔界メールはSOS
「ようこそいらっしゃいました。我が探偵事務所―――久地楽探偵事務所へ」
扉を開けたその先には、古い机に女子高生、ビロードに包まれた奇妙な箱、そして不敵な笑みを浮かべる男―――。
不思議な光景に、天薙撫子はなぜ自分がここへやってきたのかを思い出していた。
そう、それは大学のレポートを終わらせ、一息ついていた時に突然送られてきたメールが原因だ。ピロリン、という電子音と共に携帯が光った。メールか、と撫子はいつものように、携帯を手に取りチェックをする。
「SOS:魔界探偵より・・・?」
奇妙な件名に、つい撫子は声を上げていた。
いつもならばそんな得体の知れぬ相手からのメールは即刻削除する撫子だったが、奇妙な件名が気にかかり、ついメール開封のボタンを押していた。
本文には一言「貴女のお力で鎮めていただきたいものがあります」
そしてメールに示された場所が、ここ―――久地楽探偵事務所だった。
「いやあ、お二人に来ていただけて光栄です。これで私も助かりますよ。そちらが天薙撫子さん、そちらが加賀美リロイさん・・・でよろしいですね?」
男はニコニコと笑いながら椅子から立ち上がった。どうやら、『呼ばれた』のは撫子とリロイという赤目の青年らしい。
「ああ・・・だが、あんた一体何なんだ?なぜ俺を呼んだ」
リロイは多少引っかかるという様子で男に聞き返した。男はリロイの様子に申し訳ない、という風にお辞儀する。
「これはこれは・・・。申し上げるのが遅れました。私の名前は久地楽クロウ。この事務所で探偵をやっております。で、こっちは助手の御厨アザミ」
「ど、どーもー・・・」
「フン・・・。で、何で俺―――達を呼んだのか、聞かせてもらおうか・・・」
リロイはちらりと撫子のほうを見て、『達』という言葉を付け加えたようだった。撫子も「ぜひお聞かせくださいな」と笑みを久地楽に向ける。
「ええ、まあ―――これがなんだか、わかりますか?」
久地楽の言葉に、二人は机の上に目をやる。そこにはビロードで覆われた箱のようなものがある。久地楽の指示でアザミがその覆いを取ったとたん、二人は息を飲んだ。
そこには場違いなほどに光る黒い水晶が輝いていたのだ。
「まあ、美しい水晶すこと・・・。これほどのものはそうありませんわね」
「ああ・・・。こんな代物、俺も見たことがない」
二人が息を呑んで見つめていると、それをさえぎるように久地楽が立ちふさがった。
「あまり近づくと危険です。なんせこの黒水晶―――人を喰いますから」
「何?」
「何ですって?」
黒水晶は、それに答えるようにキラリと光った。
「―――ということなんです」
アザミはひとしきり説明を終えると、ほっとしたように一口紅茶を飲んだ。
リロイと撫子はアザミの言葉を聴き終えると、興味深そうに机の上の水晶に目をやる。
「この黒水晶がな・・・俺も、そんな話は聞いたことがあるが、まさかこんなところにあるとは」
リロイは再度驚いたように唸った。
アザミの話をかいつまんではなすと、次のような内容だった。どうもこの黒水晶の中にはいわゆる魔物が存在し、美しさに魅入った人間を喰らうらしい。代々の持ち主がこの呪いを恐れどうにかして欲しいと久地楽の元へ持ってきたのだが、久地楽の力ではどうする事も出来なかった。そこで、最適な二人の協力者として―――撫子と、リロイが選ばれたというのだ。
「でも、なぜわたくしたちなのです?わたくしたち以外にも、もっと強い力を持つ方がいらっしゃるのでは・・・?」
「えーと、それは・・・」
撫子の問いに、アザミは慌てた様子で久地楽を見やった。水晶を覗き込んでいた久地楽は、その視線に気づいてにこりと笑みを返す。
「それはもちろん!宝石にお詳しいリロイさん、そして退魔の名門天薙家の撫子さん・・・このお二人は、この依頼の解決には最適でしょう?なんせ、相手は宝石の魔物ですからね。どうです、ご協力いただけますか?」
「なるほど・・・。理には適ってるな。職人としても興味がわく。協力しよう」
「ふふ・・・。聞くところ、これでお困りの方もいるようですし・・・よろしいですわ。ご助力いたしましょう」
「それはそれは!ありがとうございます」
この笑みを絶やさない男―――久地楽に不信感を抱かないではいられなかったが、目の前にある災厄を放っておく事も出来ない。
リロイと撫子、お互いを見合わせてうなづいた様子に、久地楽は満足そうにうなづいた。その様子を見ていたアザミもほっとした様子だ。
「では、アザミ。お前喰われてみる気はないか」
「は?」
突然のことに、その場の空気が一瞬凍る。
「ほら、綺麗だろう?水晶に近づいてみろ」
「い、嫌ァッ!死んじゃうじゃない!」
「きゃあっ!止めてあげてくださいまし!」
「なに考えてんだ、あんた!こ、この子は助手だろう?それを・・・」
ぐいぐいとアザミを黒水晶に近づける久地楽を羽交い絞めにして、リロイが叫んだ。アザミは撫子にしがみついている。
「いやあ・・・この黒水晶、喰い物がなければ姿を表さないんですよ。ですから―――」
笑顔でそういいながら、隙あらばまた黒水晶にアザミを近づけようとしている。
「まったく―――なら、いい方法がある」
そういって、リロイは懐からアメジストを取り出した。
「ほ、ほんとに大丈夫・・・?」
「大丈夫ですわ。私がお守りしますから・・・」
そういいながら、撫子は懐から取り出した妖斬鋼糸をアザミに巻きつけた。
リロイの策は、アメジストで第六感を強化したアザミをエサにし、黒水晶の魔物をおびき出したあと、二人の力を合わせて攻撃するというものだ。もちろん、アザミには危険が及ばないように撫子の妖斬鋼糸の結界を取り付ける。
「準備できたか?」
「ええ、できましたわ」
「なら、第六感を強化する。こいつで強化した第六感は、人間が魔物を関するだけでなく―――魔物が人間を感知しやすくもなる。悪いな・・・あんたにこんな目をさせて」
リロイは手にしたアメジストをアザミの首にかけながら、少し申し訳なさそうに呟いた。その言葉に、アザミは力なく笑う。
「う、ううん。私に出来ることってこれくらいだし・・・撫子さんも私を守ってくれるから、大丈夫!」
「そうですわ。アザミ様に負担がかからないよう、早く終わらせてしまいましょう」
その言葉に少し安心したように、リロイはすっくと立ち上がってアメジストに手をかざす。その様子をクロウは興味深そうに眺めている。
とたんにアメジストは発光し、それに呼応するかのように黒水晶も光りだした。
―――来るか?
リロイがそう思い、すっと身を引いた瞬間―――黒い塊が水晶からにゅるりと現れた。
アザミの目にはまるで時が止まったかのように見えた。
目の前にうねる、固体とも液体とも知れぬ黒い物体―――それは喜びに体を撃ち震わせながらアザミの元へと近寄ってくる。
にゅるり、という感触が感じられるほど近くに黒い物体が迫ったとき―――
雷光一閃。光が闇を切り裂いた。
ずパぁッと開かれた切り口は、撫子の神斬によるものだった。
アザミを狙った黒い物体は、痛みに耐えられないかのように奇妙な動きをする。
「アザミ様には指一本、触れさせません!」
撫子の声が聞こえたのか、黒い物体はうねり反対方向からアザミの元へその腕を伸ばす。
パァン!
破裂音と共に、黒い物体の腕が跳ね返された。空には投げつけられたブラックオニキスの指輪が舞っている。
「悪いが・・・こっちも先約ありだ」
リロイはへミモルファイトの剣を手にして、たたずんでいる。
黒い物体は本能的にこの二人の力を感じたのだろう。
目の前にあるエサには目もくれず、急に自分の住処へと身を翻した。
「逃しませんわ」
「逃すか」
言うが早いか、二人の剣が弧を描く。
その瞬間、水晶とつながっていた黒い物体の尾がぷつり、と途切れる。
―――果てるがいい。貴様のような低俗な魔物は永遠にな―――
そんな声が耳に届いたときには、この世のすべてを映し出すような、美しい透明な水晶が転がっていた。
「いやあ〜、助かりました!あいにく黒水晶はただの水晶になってしまいましたが・・・依頼者も喜ぶでしょう。さすが、私の見込んだ助っ人だ」
パン、と手を叩きはしゃぐ久地楽の横で、アザミはぐったりと疲れたように座り込んでいた。
無理もない・・・と二人がアザミに同情したのもつかの間、目の前に差し出された封筒に興味は奪われていた。
「何でしょうか、これは?」
撫子が不思議そうにたずねると、久地楽はニヤリと笑う。
「お二人に、ぜひ持っていていただきたいものですよ」
「・・・まあいいさ。いただいておこう」
リロイは封は開けず、それを懐にしまった。撫子もそれに習う。
その様子を見て久地楽は満足した様子で椅子にどっかりと腰を落ち着けた。
「さて、依頼も終わったことですし・・・どうです?お茶をご馳走いたしましょう。おい、アザミ。用意しろ」
「う・・・わかったよ・・・」
ふらふらと立ち上がったアザミに、撫子はそっと手助けをする。
「わたくしもお手伝いいたしますわ。お茶を入れるのは得意なんです」
「へぇ・・・。そりゃ、楽しみだ」
リロイはそう言って、台所へと消える二人の背中を見送った。
事務所の中は、夕日を反射して煌く水晶の光で包まれていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0328 / 天薙・撫子 / 女 / 18 /大学生(巫女):天位覚醒者 】
【5161 / 加賀美・リロイ / 男 / 25 / アクセサリー職人】
【NPC2989 / 久地楽クロウ / 男 / 999 / 魔界探偵】
【NPC2990 / 御厨アザミ / 女 / 17 / 高校生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは!花鳥風月です。
今回は撫子様とリロイ様の活躍を描かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
シナリオの予定と異なり、魔物探索をせず魔物をおびき寄せるという作戦になりました。
これは特にリロイ様の特色を活かした結果です。宝石を扱う・・・という特殊な職業を利用させていただきました。
また、撫子様にはアザミを守っていただく役目をしていただきました。最後の最後までアザミを気遣う素敵な女性・・・のように描けましたでしょうか?
久地楽から貰った報酬は「魔界への片道切符」です。いずれ魔界へと足を踏み入れる際にお使いください。
それでは、お二人のこれからの活躍をお祈りして・・・
ありがとうございました。
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