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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


無限エレベーター

 恋人とともにあるために、彼は日常の裏側へ身を投じた。
 とはいえ、表の顔は都内某私立高に通う高校生。夏休みの課題なども当然あるわけで……。



8/12(Fri) AM 10:15 区立図書館ロビー

 自動ドアが背後で閉まる。冷気が体を包み、肌にうっすら残った汗も飛ばされる。
 明智竜平は何気なくロビーを見渡した。8月も半ばにさしかかり、普段人気のない資料閲覧コーナーにも学生の姿がちらほら見受けられる。課題のためだろう、皆、気が進まない素振りで薄くて簡単な本を求め品定めをしている。……もっとも、竜平もその一人となるべくここを訪れたわけだが。
 そんな中に一人だけ、取り憑かれたように資料を読み進めている女子がいた。机の上に古新聞が山を作っている。
 その姿にどうも見覚えがあるように思えて、竜平はその女子を凝視した。
 不意に、彼女が顔を上げる。
「……明智、君……?」
 それは、同じクラスの石川ヤエだった。特に親しいわけではないが、出席番号が近いせいもあり、短い会話を幾度か交わした事がある。それでも、一瞬誰だか分からなかったのは石川の様子がいつもと違ったからだ。私服だというだけでなく、いつもきれいにまとめられていた髪はぼさぼさ、目もどこかやつれた様に落ちくぼんでいる。
 一体、どうしたのだろう。
「よお、石川。久しぶり」
 当たり障りのない言い方を選んで、竜平は資料の山を指さした。
「それ、課題用か? それにしちゃ随分……」
 黄色のポストイットが貼られた記事には、火事、失踪などの見出しが躍っている。自由研究のネタにしては穏やかでない。
「……妹が、消えちゃったの……」
 石川はぽつりと呟き、それから取り繕うように歪んだ笑顔を浮かべた。
「消えたなんて言われても、信じられないよね。怪談じゃないんだから。ごめんね明智君。なんでもないよ」
 しかし、竜平は立ち去らなかった。
 石川の手の下にwebページのプリントアウトが一枚。ゴーストネット・OFFだ。一般的には他愛もない噂話の集積地と思われているが、そこに真実が含まれる事を竜平は知っている。
「いや。信じるよ。よかったら話を聞かせてくれないか? 力になれると思う」 
 驚いたように石川は目を見開いた。それから、ぽつりぽつりと語り始めた。



 石川の話はこうだった。
 石川にはサエという中三の妹がいる。そのサエが、一昨日、10日の夜から帰ってこない。警察に届け出て、駅前の廃墟マンションで携帯が見つかったのが昨日。打ち掛けのメールから、近所では怪奇スポットとして名高いこのマンションのエレベーターを調べていた事が分かった。そして、その調査レポートをG-OFFに載せようとしていた事も。
 「それで、そこに書き込んで、助けを求めてみたの。反応が2件あって、今日これから会って、マンションに案内する事になってる」
 竜平はメールのプリントアウトを受け取った。送信者は『海原みあお』と『瀬良アンジェ』。二人とも知らない名前だ。
 「それと、これが、その書き込み」
 竜平はG-OFFのプリントアウトに目を通した。

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1:サエ: 08/09 21:58
これはあたしの地元のとあるマンションに関する噂。
そのマンションは去年の春に火事になって、今でも無人で放置されてるの。
駅前の再開発区域にあるから計画が決まるまで取り壊しもできないっていうのが表向きの理由なんだけど、実際は、工事関係者に妙な事件が起こったり、このマンション付近の目撃情報を最後に行方不明になる人が多かったり……ね?
しかも、遺留品がいつもエレベーターの近くから見つかるの。
だから、乗ったら帰ってこられないってことで、通称『無限エレベーター』

で、夏は肝試しってコトで、明日その噂のエレベーターを潜入調査してこようと思いますっ!お楽しみに!

2:Noname: 08/09 22:34
いってらっしゃーい (^^)ノシ

3:Noname: 08/10 00:13
楽しみにしてる。でも気を付けろよ。

4:Noname: 08/10 23:03
で、一日経ったけど……サエちゃん来てない? ちょっと心配……

5:Noname: 08/11 01:06
とりあえず、マンションで火事ってコレか?

>マンション火災、男児意識不明重体
> X日午後、XXマンション8階から出火、鉄筋コンクリート8階建ての7、8階部分が燃えた。
>この火事で8階に住む6才の男の子が病院に運ばれ重体。
>出火当時、両親はともに外出しており、男の子は一人で留守番していた。
>廊下の配管付近が火元との情報もあり、原因の特定を急いでいる。(東日日報)

この子どうなったんかな。ひょっとして……?

6:サエ: 08/11 19:32
こんばんは、サエです。いまケータイでコレ打ってます。投稿は転送してパソコンからですケド、臨場感というコトで。

来ちゃいました、噂のマンション。鍵かかってないぞー。いいのかな、お邪魔しまーす。

中は……いい感じに寂れてます。集合ポスト、色あせちゃった古いチラシが入ったままです。しかし中は静かですねー。別世界みたい。

さて、問題の無限エレベーターです。見た感じは、普通の古いエレベーター。ドアは閉まってます……△ボタンを押してみると……わ、光った、電気通ってるんですね。おじゃましまーす、乗りまーす……。
照明もついてるし、床もキレイだし、なんだかとっても普通……。行き先は……じゃあ、最上階の8階で。8のボタンを……っと。
あ、ドア閉まっちゃう……うぅ、当たり前なんだけど、なんかこわ……。
気を取り直して、エレベーターの中は……正面はドアとその脇にボタンが並んでます。右手の壁は、障害者用のボタンパネルがあります。左手は、なんにもないですね。で、後ろが……鏡なんですよぅ、振り返るの怖いです……えいっ……よかった、あたししか映ってません。あ、天井付近に監視カメラもありますね。一つ目さんに睨まれている気分……手でも振ってみましょう。あの、怪しい者ではないですよー……。
速度ゆっくりになってきました。ちょっと揺れる……着いたみたいです。いま、どあがあ

7:サエの姉: 08/11 19:34
失礼致します。私はサエの姉です。
実は、10日の夜から、サエが行方不明になっています。
上に載せたものは、サエの携帯に打ちかけの状態で入っていたものです。
携帯は問題のエレベーターの中で見つかりました。
警察は事件と見ていますが……。
サエを助けてくださる方を探しています。
御協力頂ける方は、下のアドレスまでご連絡下さい。
お願い致します。どうか助けてください。
xxxxx@xxxxxx.ne.jp

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 「……『無限エレベーター』か。石川はこの噂知ってたのか?」
 「火事になって、その後取り壊しの途中で放置されているマンションがあるのは知ってた。エレベーターの噂は、中学で流行ってるんだってサエから聞いたの。それ以上は私は何も知らないから……」
 「それで、とりあえずこの火事について調べていたってワケか」
 石川は頷いて、疲れたように息を吐いた。
 「石川、この事件、俺も手伝わせてくれ」
 「……いいの?」
 「ああ」
 頷くと、石川は深く頭を下げた。
 「じゃあ、調べものの前に、ちょっと電話してくる。こういうコトに詳しいヤツがいるんだ」
 そう言って、竜平は席を立った。



 図書館を出ると、竜平は建物の影で携帯を開いた。目をつぶっていても出来るだろう、幾度と無く繰り返した操作をまた繰り返して、彼女に電話をかける。
 すぐに、おはよ、と柔らかな声が返ってきた。
 「おはよう。いきなりで悪い。実は依頼を引き受けたんだ」
 竜平は簡略に事件のあらましを伝える。的確に相づちを入れる声は、いつもの軽やかな声ではない。影に潜み、苛烈な戦いを駆け抜けてきた者の鋭さがあった。
 「……オレも、帰ってこられなくなるかもしれない。それで、それを防ぐために用意をしておきたいんだ。お前がいつも使っている札を売っている店を紹介してくれないか」
 しばしの逡巡の後、彼女は店の場所、それからちょっとしたルールなどを手短に伝えた。
 それから、また少し、躊躇うように間をおいた。
 最後に発せられた言葉は、いつもの彼女に戻っていた。
 心配するような、どこかほんの少し心細げなその声は、いつまでも竜平の耳に残り、どんな護符よりも彼を強くする。

 

 図書館に戻り、石川と二人で新聞を調べる。結局、確認出来たのはG-OFFで引用されていた記事とまったく同じ内容、昨年5月にそのマンションで火事があり8階に住む6才の男の子が重体で救助されたという事だけだった。続報などは載っていなかった。もっとも、発生を報道されるだけでその後の展開は記事にされない事件は多い。こんな小さな事件では続報がないのも仕方のないことだろう。 一通り、新聞を調べ終わったのは11時半といったところだった。
 「他の協力者との待ち合わせって、いつだ?」
 「1時に、椿ヶ丘の駅よ」
 待ち合わせまで、あと一時間半。符を用意して戻ってちょうど、だろう。
 「準備しておきたいものがあるんだ。一通り調べも終わったし、1時に駅で待ち合わせで良いか?」
 「ええ」
 頷くと、石川は伏し目がちのまま後を続けた。
 「手伝ってくれて、本当にありがとう」
 「それは、解決してから言ってくれ。じゃあ、1時に」
 竜平はふり返らず、真っ直ぐに夏の日差しの中へ出て行った。



PM 1:05 廃墟マンション

 護符を手に入れて駅に着くと、既に石川は二人の人物とともにいた。
 「海原みあおっ! よろしくね!」
 真っ先に挨拶をしたのは銀髪の、小学一年生ぐらいの少女だ。そして二人目は、やはり日本人には見えない、金髪の20才程度の女性。
 「あたしは瀬良アンジェ。キミは?」
 「明智竜平、依頼人の石川とは同級生だ。よろしくな」
 瀬良はにっこりと人の好い笑顔を浮かべた。



 「先に、石川と図書館で調べておいたんだ」
 マンションに向かう道すがら、竜平は、問題のマンションの火事がネット上で挙げられていた新聞記事の火事と同一のものであること、そしてネットに挙げられていたこと以上の情報は得られなかったことを伝えた。
 「でも、その男の子がどうなったかは、ちゃんと調べなくっちゃね!」
 「そうね。ひょっとしたら、その子が寂しくて連れて行っちゃったのかもしれないもの」
 瀬良もみあおも、考えていることは同じようだ。



 「ここが、そのマンションです」
  案内されたのは、古いマンションだった。人が住んでいた頃は手入れされてどうにか保っていたのだろう。だが、無人となった今は、すっかり荒れ果てている。一歩中に入ると、生温くよどんだ空気が肌にまとわりついてきた。
 「妹は塾帰りにここに来たようです。だから、7時頃ですね」
 フロアの大半は砂埃に埋め尽くされていたが、入り口からエレベーターの正面まではタイルが顔を出していた。
 「鑑識が足跡を取った跡、かしら」
 「警察、何か言ってた?」
 みあおの問いに石川は黙って首を横に振る。
 「ああ、でも……」
 重い足取りでエレベーターに向かいながら、石川はぼんやりと呟いた。
 「無人になって、このマンションには電気が来ていないから、エレベーターに乗れるはずがない。だからあのメールは嘘で、妹は何かの事件に巻き込まれたんだって、警察の人が」
 ぼんやりと、石川はエレベーターのボタンに手を伸ばす。
 「あーっっ! ダメだよっ」
 「よせ、石川!」
 しかしその声は間に合わない。石川の指がボタンを押した。カチリと音が、フロアに響く。皆が身を固くする。
 「何も起こらない……わね」
 瀬良がすくめていた肩から力を抜いた。
 「ごめんなさい。ぼんやりしてて。でも、警察の人も押しても何も起こらなかったって言ってたから、つい……」
 そう言うと、石川は額に手を当て、ふらりと壁にもたれ掛かった。瀬良が心配して覗き込む。顔色が良くない。
 「ヤエさん、疲れてるみたいだし、ここはあたしたちに任せて?」
 「そうそう! お姉さんがフラフラだと、帰ってきてサエもビックリしちゃうよ?」
 石川は「でも」と言いかけたが、みあおの笑顔の前にその言葉を引っ込めた。
 「では、よろしくお願いします」
 お辞儀すると、石川は帰っていった。



 みあおがじーっとエレベーターのボタンを見つめている。
 「押しても、何も起こらなかったね」
 「何か、発動条件みたいなものがあるのかもしれないな」
 竜平の言葉に、みあおは素直に同意した。
 さてと、と、瀬良が明るい声を出す。
 「どうしましょうか。あたしは8階が怪しいなって思ってたんだけど」
 「みあおも賛成っ! まずは現場から調べていこうよ。事件は、現場で起こっているんだ! って言うもんね♪」
 カーキのコートを翻し、警察無線に叫ぶアクション付きでみあおは言った。しかし瀬良は首をかしげる。
 「それ、なあに?」
 みあおは人差し指を立てた。
 「前にやってた映画の真似。アンジェ知らない?」
 「あたしが日本にいない時のものなのかしら。今度チェックしておくわね」
 うん、とみあおは満足そうに微笑んだ。
 「それで、竜平くんはどうする?」
 竜平は、一人で考え込んでいた。そして腕組みを解いてこう答えた。
 「いや、二人で行ってきてくれ。3人で行って3人で行方不明になったら話にならない。」
 その通りだ、と二人が頷く。
 「それと、瀬名に連絡を入れていいか? 二人に何かあったらすぐに駆けつけるが、最悪、俺も一緒に行方不明になる、という可能性もある」
 「じゃあ、こうしましょ。まず雫ちゃんに連絡をして、その上であたしと竜平くんで携帯で連絡を取りながら、みあおちゃんと二人で見てくるわ」
 「念には念をいれましょう、ってねっ!」
 みあおの弾む声を聞きながら、竜平はまず瀬名をコールした。



 『聞こえる?』
 『ああ、問題ない』
 瀬良と携帯を確かめる。電波状態は問題ない。階段も、すぐに見つかった。みあおが元気に手を振る。
 「じゃ、行ってきますっ!」



 二人はとりあえず、まっすぐ8階まで行ってみることにしたようだ。階段にも埃が積もっていて、くっきりと数人分の足跡が残されている。警察によるものだろう。
 1階、2階、3階……。7階まではただの荒れ果てたマンションだったが、8階に行く途中で様子が一変した。
 「階段、こげちゃってるね」
 みあおの言う通り、壁がすすで黒く変色し始めた。更に昇ると、火災の熱で変性したのだろう、壁の塗料がダラリと溶けて、グロテスクな模様を描き始める。色も黒一色に変わっていた。
 「8階に着いたわ」
 竜平にそう告げると、瀬良はあたりを見渡した。いちおう、ね。と呟いて、みあおは大きな声を出す。
 「誰か居ますかー?」
 返事はない。
 「見事に、燃えちゃってるわね」
 足元に目をやると、釉薬が溶けたタイルの上に埃が積もっている。警察は、足跡がないことを確認して、ここで引き返したのだろう。しかし、二人の調査対象は足跡など残さない。二人は慎重に8階を調べていった。
 廊下は直線で、片手の壁にドアが並び、もう一方は壁になっている。外が見えないのは近くに線路があるからだろうか。
 ドアの数は6つ。階段の正面が806号室。ドアに向かって立つと、この部屋が一番左端だ。右に向かって順に805、804……。801号室で廊下はおしまいになり、突き当たりが、問題のエレベーターになっている。
 「男の子の家、どれかわかるかな?」
 みあおは806のドアに手をかけた。開かないだろうと思ったのに、想像より、ずっと軽い手応え。音を立ててドアが開いた。
 「家の中は、思ったより……ううん、ほとんど燃えてないわ」
 覗き込んで瀬良が言う。玄関が若干煤を被っているだけで、奥の部屋は日に焼けた木目の床が広がっている。
 家の中はがらんとしている。かつて人が住んでいたという気配はもう残っていなかった。
 「みんな、居なくなっちゃったんだね」
 ぽつりとみあおは呟いて、隣の部屋を調べに行く。隣も、その隣も同様だった。空っぽの家。
 804号室と803号室の間の壁は、特に激しく燃えたようだ。メーターか分電盤かわからないが、金属の小さな扉がついている。その付近は壁の塗料が熱で沸騰したまま膨れあがって固まり、金属扉もぐにゃりと破裂したように変形している。ここが火元で間違いないだろう。
 最後に、エレベーターの前に立った。
 これもやはり、炎に当てられて、黒い火傷のような姿を晒していた。
 「みあおちゃん。何か気が付いた?」
 みあおは大きな瞳でエレベーターを見つめ、そして後ろをふり返る。
 「……なんにも、感じないよ」
 「あたしもよ。戻ろっか。なんだかここは……」
 見渡して、アンジェは溜息をついた。
 「息が詰まるどころか、哀しくなるわ」

 


 瀬良とみあおが帰ってきた。さらに7階から1階までも調べたが、特に不審な点は見つけられなかった、という。
 もっと情報を集めてから、とも思ったが、手間を考えて、入れ替わり竜平も調査に行った。結局、結果は同様だった。
 とりあえず無事だったが、と瀬名に連絡を入れると、瀬名までがっかりしたような返事を返した。
 「現場調査はひとまず終了。そうなると次は……」
 「周辺住人に聞き込み、だねっ!」
 なぜか、待ってました、といわんばかりにみあおが声を弾ませる。
 「まずは、新聞に載ってた男の子について、ね」
 「それから、本当に火事以外の要因が無いかも調べないとな。しかし……」
 竜平は困って頭を掻いた。
 この場にいるのは高校生と、金髪ハーフの若い女性と、銀髪の小学1年生。はたして突然現れて話を聞いてもらえるだろうか?
 「そーだっ!」
 みあおはパチンと手を打ち合わせる。
 「男の子、去年の5月に6才だったんでしょ。つまり小学一年生だから……」
 「そうか。この辺の小学生に聞けば何かわかるかもしれないってコトね。そうなると、公園とか小学校とか……」
 何しろ夏休みまっただ中だ。小学生なら街中に溢れている。
 「じゃあ、そっちは二人で頼む。俺はこの辺の住人に聞いてみるよ」
 「そうね。何かわかったら、携帯で連絡するわ」
 そうして彼らは二手に分かれた。



PM 1:55 廃墟マンション近辺

 廃墟マンションの近くは、やはりマンションなどの集合住宅が多かった。しかも、オートロックでインターフォンが付いているようなタイプだ。ダメで元々、と、隣のマンションのインターフォンに挑戦してみたが、どの家も『ああ、ごめんなさい』と切られてしまって、ちっとも相手にしてもらえない。3件やってみて気が滅入り、5件目で一旦別の方法を考えることにした。
 道路の反対側は、今度は店舗が軒を連ねている。コンビニ、ファーストフード……ここの店員に聞いても相手にはしてもらえないだろう。なにか、話を聞いてもらえそうな……。
 ふと、竜平は店の並びに小さなタバコ屋を見つけた。カウンターの奥で老女が一人、新聞を広げている。
 つまんない映画の見過ぎ、なんて言われそうな気もするな……
 恋人の反応を想像し、ちょっと苦笑しながら、竜平は道路を渡り始めた。




 「すいません」
 老女はちらりと竜平に目をやると、またすぐ新聞に目を戻した。
 「若いモンに売る煙草はないよ」
 「いえ、ちょっとお聞きしたいことが……」
 出来るだけ丁寧に、大きな声で竜平は語りかける。
 「友人が、一昨日から行方不明なんです。足跡をたどれるのは、この辺までで。それで、何か手がかりがあれば……と」
 「ああ、あのマンションかい。昨日もなんだか警察が来てたね。本当にまあ、あの火事以来、どうしちまったんだか……」
 老女は新聞を見たまま、独り言のようにぼやいた。
 「なにか気が付いたことがあったら教えて頂けませんか? あの火事以来って、他にも事件が?」
 溜息をつき、新聞を畳むと老婆は顔を上げた。
 「なんてことはないよ。駅前にあんな立派な雨風凌げるものがあれば、いろんなものが寄ってくるってことさ。宿無しとか、騒々しい若い連中とかね。それがゴタゴタを起こしたらしくて、パトカーやら救急車やらが乗り付けることが何回か続いたんだよ。大方、喧嘩かなんかだろうね」
 「そういう事件は、すべて火事の後ですか? それ以外に、きっかけになるようなことは?」
 「ないね。それまではなんにも起こらなかったよ、平和なもんさ」
 老女の推論は、理に適っているように思えた。普通の、何も知らない人々は、そうやって日常の範囲内で理屈を付けて生きているのだ。
 「一部で、あそこのマンションのエレベーター、乗ったら帰ってこられない『無限エレベーター』なんて呼ばれているんですけど、ご存じでしたか?」
 なんだいそりゃあ、と、老女は笑った。
 「どうせつまらない噂話か、子供の作った怪談の類だろう」
 そう言って、カウンター越しにマンションを眺めた。
 「あんなマンションさっさと壊しちまえばいいのに、再開発計画だかなんだか知らないが、お役所は何やってるやら……さ。お兄さんの友達もそう言うのに巻き込まれたんじゃないのかい? お気の毒だね、アンタの友達なら真面目な良い子だろうに」
 お話はおしまい、と老女は再び新聞を広げだした。
 「いえ、お話ありがとうございました」
 「残念だね。ウチがタバコ屋じゃなきゃ情報料になんか買ってきなって言うんだけど……」
 しまった、と思った竜平に、老婆はニヤッと笑いかけた。
 「冗談さ。早く行きな。友人、無事に見つかると良いね」
 まさか同業者じゃないよな……?
 立ち去り際、竜平は店の奥を覗き込んだが、それらしいものは壁の浅草寺のお札しか見つからなかった。



 気が付くと、携帯にメールが入っていた。石川からだ。
 警察に問いつめてみたところ、マンションのホールに足跡は一人分、真っ直ぐにエレベーターに向かい、その正面で途切れていたそうだ。
 生憎、老女の推論は外れのようだ。
 やはり、これは日常の裏側の事件か。
 溜息をついた頃、瀬良から連絡が入った。火事にあった子供は、無事だったそうだ。転校して、今は北海道にいる。名前は、カナザワテツヤ。
 「ちょっと待ってくれ。集合ポスト、名札が入ったままだったな」
 竜平は再び道路を横切り、廃墟マンションに入った。
 「ああ、あった。803号室は金沢だ。きっとここだな」
 「そっちはどう? 近所の人たちはなんて?」
 電話越しに瀬良が問う。
 「噂は子供の作り話、程度に思ってるみたいだな。でも、このあたりで事件が起きるようになったのは、火事以降で間違いないらしい」
 「そう」
 「それとは別に、さっき、依頼人の石川から連絡があったんだ。サエの足跡について警察に聞いてみたんだが、やっぱり、エレベーターに向かっていって、そこで途切れていたそうだ」
 それはつまり、彼女がエレベーターに乗ったと言うことだ。携帯電話だけ残して、彼女はどこに行ってしまったのだろう。
 「改めて、『エレベーター』を調べてみないか?」
 竜平はそう言った。短い協議の後、『ホシは必ず現場に帰ってくるってねっ!』とみあおの声が聞こえた。



PM 3:10 廃墟マンション

 3人は再びエレベーターの前に集まっていた。
 「エレベーター以外の部分を調べても何も見つからなかった。男の子は無事だから、寂しい魂が……とかでもない。でも、事件が起きるようになったのは火事の後、と……」
 情報からは、どうも事件の全容が見えてこない。
 「じゃあ、エレベーターのボタン、押してみよっか ?」
 最初に口を開いたのはみあおだった。すでに瀬名には連絡済み。万が一の時にはG-OFFから救援が来るだろう。3人は『やるか』と意を決した。
 みあおが、そろそろとボタンに指を伸ばす。
 …………カチッ!…………
 あたりは静まりかえったままだった。
 「なんにも起こらないね」
 みあおが肩を落とす。
 「まさか、夜じゃないと乗れない、とか?」
 マンション内部は薄暗いが、一歩外に出れば夏の日がさんさんと照りつけている。確かに、怪奇現象は起こりにくい雰囲気だ。
 「サエも早く助けてあげたいし、出来れば明るいウチに乗せて欲しいんだけどなー」
 困ったなぁとみあおが腕を組み、そうねと瀬良は顎に手を当てて考えた。
 特別な動作をしたつもりはなかった。しかし……



 その瞬間、激しい痛みが竜平を襲った。脳天から斧で二つに割られるような、体が裂けるような痛み。竜平は思わず膝をついた。
 なんだ? 何が起こってる?
 痛みに堪え、どうにか顔を上げると、エレベーターのドアが開き、明かりが漏れている。
 いや、違う。
 竜平は否定した。世界が、二重に見えている。
 扉は閉じている。だが、開いている映像も視えている。
 閉じている映像が実際に網膜によって捕らえられた像とすれば、扉が開いている映像は直接脳に流れ込んでくるようだった。
 そして、瀬良と海原の姿はもはや網膜では捕らえられなかった。二人は、開いたドアの前に立ち、自分を捜していた。
 ……つまり、二人は連れて行かれたが、護符の効果で、俺だけ半分こっちに残ってるってコトか?
 深く息を吐く。しかし、血でも吐いているようだ。体がぎりぎりと音を立てる。
 ……くそっ
 震える膝を叱咤し、竜平はどうにか立ち上がった。
 二人はひとまずエレベーターに乗ることにしたようだ。ドアが閉まる。
 だが、閉ざされたドアと同時に、エレベーターの中の映像も、やはり視えていた。
 みあおが8階のボタンを押す。口元の動きは見えるが、声は聞こえない。聞こえるのは、狂ったように打ち鳴らされる自分の鼓動だけだ。
 エレベーターは、8階に着いた。ドアが開く。そこは、まだ火事になる前のようだ。二人がエレベーターから顔を出す。
 突如、廊下に火が噴きだした。火事の瞬間だ。廊下をみるみる炎が埋め尽くしていく。エレベーターのボタンは反応しなかった。二人はエレベーターを出ると、一番近くの部屋に逃げ込んだ。ドアが閉まり、二人の姿は見えなくなる。同時に、映像は短く暗転した。そして……
 再び上昇中のエレベーターが視えた。ただし、今度乗っているのは3人。瀬良と海原、そしておそらくは行方不明だったサエ。
 一体、どうなってるんだ?
 竜平の疑問を余所に、エレベーターは上昇を続ける。再び、ドアが開く。息つく間もなく、炎が噴きだし……そう、同じ光景に繰り返しだ。
 竜平は再び息を吐いた。痛みはすこし引いただろうか? あるいは麻痺しているのか。いずれにせよ、そんなことには構っていられない。手出しも出来ないのはもううんざりだった。
 俺は、アイツの力になる。この程度で……
 壁を拳で叩きつけると、竜平は顔を上げた。
 「外から助けるとして、まずは、俺も8階に行くべきだな」
 そして彼は走り出した。



 階段を駆け上がりながらも映像は視えている。再び近くの部屋に駆け込んで、彼女たちは2回目の火事をやり過ごした。なにかに、気が付いたようだ。だが、声が聞き取れない。
 気付いてくれ。外から、俺に出来ることがあれば……
 エレベーターは速度が落ちたようだ。二人は駆け出す用意をする。
 ふと、みあおが顔を上げた。きょろきょろとあたりを見渡し、そして、ぴたりと竜平を見据えた。みつけた、といわんばかりに目を輝かす。
 『803号室の、男の子を助けるよ』
 はっきりと、みあおの声が届いた。
 『わかった』
 心で答えると、みあおはまたニコっと笑った。
 竜平が8階に着くのと、エレベーターが停止するのはほぼ同時だった。



 8階は黒く醜い廃墟と化していた。同時に、明るくよく手入れされたマンションも視えていた。
 竜平は黒く変色した806のドアの前を走り抜ける。
 映像の中で、エレベーターのドアが開く。次の瞬間、廊下の丁度真ん中に巨大な火の玉が現れる。あっという間に膨れあがり、弾ける。廊下に火がばらまかれ、次第に燃えさかっていく。
 それを視ながら、805、804を通り過ぎる。速度が上がらないのはひどい頭痛のせいか。
 瀬良とみあおが駆け出した。火をよけ、803に向かう。男の子が出てくる。みあおがその手を引き、瀬良は一足先に802のドアを開けようとする。だが、開かないようだ。 今までは逃げ込めたのに、一体どうして……
 もしかして、と竜平は思い至った。通り過ぎたドアは803。ひどく焼けこげている。熱で歪んだタイルに足を取られる。
 逃げ切れなかった子供じゃなくて、逃がせなかったエレベーターの無念、なのか? だとしたら、エレベーター以外では逃げられない……
 竜平は802を通り過ぎる。
 瀬良達も気が付いたようだ。エレベーターの扉が開く。サエが駆け込み、瀬良が続く。みあお達に手を伸ばす。届かない。二人の背後には炎が迫っている。
 瀬良が飛び出し、二人を抱えるようにしてエレベーターに向き直る。だが、ドアが閉まっていく……
 「見ているだけは、嫌なんだよ!!」
 瀬尾の背に手が届いた。竜平はその背中を思いっきり押し出した。転がるように、3人はエレベーターに入った。ドアが閉まり、▽ランプが灯ったのが視えた。
 「……間に合った、な」
 目を閉じて呟く。
 まぶたの裏に、ゆっくりと降りていくエレベーターが視えていた。瀬良とみあお、それから、サエとテツヤが乗っている。
 頭痛はとっくに止んでいた。
 「遅れて現れると、サマにならないな」
 呟くと、竜平は大急ぎで階段を駆け下り始めた。



 エレベーターは1階についた。
 細く空いた隙間からすり抜けるように、テツヤは明るいホールへ駆けだしていく。
 それを確認すると、竜平は目を閉じ安堵の息を吐いた。
 『ありがとう。友達を、助けてくれて……』
 かすかな声が聞こえた気がした。
 目を開けると、見えるのはもう、固く閉ざされたエレベーターのドアだけだった。その前に、みあおと瀬良、それからサエが立っている。
 「竜平、ありがとっ! 外から助けてくれたね」
 ぴょんとみあおが飛び上がった。
 「助かったわ。焼け死んじゃうかと思ったところだったの」
 瀬良が一歩歩み寄る。
 「どういたしまして。二人こそ、お疲れ様」
 笑いあうと、3人はパチンと手を打ち合わせた。



エピローグ
 
 彼には、小さな友達がいた。出かけるとき、帰ってきたとき、友達は必ず彼を呼ぶ。そしていつも、行ってきます、ただいま、そう言って手を振ってくれる。彼はとても嬉しかった。
 ある日、彼らの家が火事になった。友達を逃がしてあげなくちゃ。彼はずっと待っていた。炎が彼の頬を舐める。友達はまだ来ない。早く逃がしてあげなくちゃ。ねぇ誰か、僕の友達をここに連れてきてあげて。けれど友達はまだ来ない。彼はずっとずっと待っていた。
 そしてやっと、友達はやってきた。彼は友達を外へ逃がした。彼はやっと、安心して、目を閉じた。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1415/海原・みあお/女性/13才(見た目小学一年生?)/小学生】
【5574/瀬良・アンジェ/女性/17才(見た目21才?)/旅行者】
【4134/明智・竜平/男性/16才(見た目も16才?)/高校生】

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■         ライター通信          ■
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今回はご参加頂き誠にありがとうございました。お待たせして大変申し訳ありません。

竜平さんは、プレイングから、非常にしっかり、しめるトコしめた方だと感じました。WRのうっかりで、うっかりとうっかりさんになっていないかちょっと不安です。格好良く書けていますでしょうか? ではまたどこかでお会い出来たら、幸いです。