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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


カソウ行列の眠り

──── き み と ひ と つ に 、 な り た く て 。


一、「初めに物語ありき」

証言05:男性・21・大学生
■アルバイトから帰宅途中、深夜零時頃。屋敷の前に差し掛かったところ、一行と行き会う。
■ピエロの様な仮面をつけた少女達(十歳前後。小学生くらい)が十人程。服装は様々、コートを羽織った洋服の子もいれば浴衣や私立学校の制服と思しき子も。皆一様に体が透けていた、笑い声が木霊していた。
■少女の内一人に話しかけられる。ウエーブがかった背中半ばまでの髪。言われた内容は────。

「『燃やしてくれなきゃ眠れないわ』……ね」
 街灯の弱弱しい光で資料を確認し終えた碇麗香はふう、とひとつ息を吐き出す。事前にまとめてきた資料はA4×八枚、“一行”が目撃された場所に関する調査、立ち会った人々の証言とそこから推測される“一行”の特徴、出現パターン。余すところなく脳細胞に詰め終えた敏腕編集長は資料をバッグに仕舞い、左手首を返して腕時計を見遣った。午前零時までは残り数分。あとは“少女達”が現れてくれることを祈るばかり。
 問題の“一行”がここ、都内某所の屋敷前にて目撃され始めたのは一月程前のことだ。遭遇したのは老若男女が何人か、中でも先述の大学生は度胸と記憶力に長けていたらしく最も明確な証言を提供してくれた。他の目撃情報から彼の言葉に追記すべきものは、見当たらない。
 麗香はもう一度時計を見た。カチ、カチ、僅かな音を立てて長針と短針が頂上で重なる。来るか、と眼鏡のブリッジを押し上げた途端、前方の屋敷の門からその“一行”は呆気ないほどに現れた。牢獄を思わせる門扉が開いたわけではない、少女達は、そう空中から滲み出た様に麗香には見えた。例えるならば、陽炎の様に、ゆらりと。
 大学生氏の述べた通り、くすくすと愛らしい笑い声を響かせる彼女らは皆微笑の仮面で顔を隠している。ある者は横の子の手を取って、またある者はやや恥らいながら、思い思いに麗香の目前を横切っていく。時折こちらに目を遣るのは、つまり存在に気付いているのだろう。麗香は無駄だと思いながらもデジカメを構える。覗き込んだ映像には、夜の風景以外何も映っていないようだった。
 と、最後尾にいた少女が足を止めた。波打つ髪に愛らしい仕草、成る程、大学生氏に声をかけた少女らしい。体ごとこちらに向き直り、歩み寄ってくる様は明らかに意識的。残りの少女達が行ってしまうのを気にもせず、彼女は仮面のかんばせで麗香を仰いだ。
『……ねえ』
 生者と何ら変わりない声音。麗香が返事をするよりも前に少女は言った。
『……わたしたちを、燃やして。そうでなきゃ、眠ることもできないの』
 くすくすくすくす。何重にも奏でられる少女達の笑い声。でたらめに反響するその姦しさを物ともせず、麗香は少女に質そうとする。────しかし、それは叶うことがなかった。
 あ、と声を上げる間すらない刹那の内に、透明な少女達はまた空中へと霧散した。場所は屋敷の門から20メートルほど先の辻。短く儚い行列の消えた後を凝視する麗香の周囲に、何処かで嗅いだ覚えのある芳香だけが漂っていた。


調査12:少女達が現れる屋敷について
■持ち主は、赤河奏一(アカガワソウイチ・28・新進気鋭の風景画家。金銭的には裕福)。屋敷は数年前に亡くなった両親の遺産。唯一の肉親である妹は十年前に死去。彼自身は別に本宅を持ち、屋敷の管理は然るべき業者に任せてある。
■ところが、一月程前より屋敷に滞在。外出する姿は滅多に見られない。訪問者も総て理由をつけて拒んでいる模様。当編集部の取材要請も、体調が優れないとの理由で頑なに拒否────。

「だからって不法侵入はないですよ、編集長……ううっ」
 時は深夜零時数分前、半分以上涙目の三下忠雄は屋敷の高い塀を前にして途方に暮れていた。彼がいるのは屋敷の裏にあたる場所である。門前にて少女達の出現を待望している編集長からのお達しはただひとつ、「屋敷を調査、何でもいいから成果を上げること」。つまり、「強行突入の上、少女達に繋がる証拠を挙げろ」ということだった。
 犯罪者にはなりたくない、しかし編集長の雷は前科という十字架よりも怖い。究極の魔女裁判にかけられた三下は、泣く泣く女王様に従うことにする。コンクリート造りの塀はただ高いだけで、幸い高圧電流などは流されていない。天辺に飾られた有刺鉄線にネクタイを引っ掛けつつも、三下は見事敷地内の、恐らく庭へと降り立つことに成功した。
 月明かりの元、うっすら見渡せる庭には辺り一面、足の踏み場もないほどに背の低い木が植えられていた。爛漫に咲き誇っているのは、何か、六弁の白い花。夜の中で一層白い低木の花々は、いっそ鼻腔を苦しめるほどに濃厚な香りを充満させている。三下は鼻先をクンと動かす。この香り、どこかで嗅いだ覚えがある、そう、よく知られた花の芳香。ん? でも待てよ、もしこれがその花ならば、この真夏に咲いているのはおかしいんじゃないのか……。
 三下は繁る木々を掻き分けながら庭を進み、やがて前方に、少し開けた場所を認めた。
 と、月光の照らすそこで何かが動いた。目を凝らす────人だ。
「ひ、ヒィイイイイ!!」
 思わず悲鳴を上げた三下に気付いたのだろう、蹲っていた人影がこちらに振り返った。細身の影はゆらりと立ち上がり、慌てふためく三下へと。
「……な、お……?」
 消えそうにか細い、男の声。三下はその時見た。男の足元が抉られていることと、その手に山盛りの土を掴んでいること。さらに────顎から口許にかけて、黒い土が肌を汚していたことを。
(え、つ、土、な、た、食べてるうぅぅぅ!!??)
 その影が一歩を踏み出すより前に三下は悲鳴さえ忘れて一目散に逃げ出していた。どうやって木々を抜けたのか、塀を攀じ登ったのかはもう覚えていない。ともかくも転がり落ちる様に敷地の外に出、もつれる足の最速で麗香が待っているだろう表へと駆け出した。

***************

「……全く、減給モノね」
 這う這うの体で退散してきた服装乱れまくりの部下を見下ろし、麗香は本日二度目の溜息を深くついた。
「仕方ないわ。……助っ人を呼びましょうか」


──── き み の な か に 、 い だ か れ た く て 。


二之一、“カソウ”の絵

 不思議な絵だ、と綾和泉匡乃は瞬きを一つしながら思った。
 絵には空が、そして広大な湖があった。白波を立てていないところから、これは多分海原ではなく湖水なのだろう。天の蒼と地の青が彼方水平線で交わった様を背景に、画面の中央にはこんもりとした山が、いやこれは岩なのか。赤道を越えた国にある赤茶けた一枚岩を連想させる盛り上がりには、所々緑が自生している。それは下るにつれて林になり森になり、視線を下ろしていくと何時の間にかこじんまりとした家の庭と化していた。大きな窓のある三角屋根の家、白い壁で囲まれたその門の前には一人の少女が佇んでいる。彼女はこの家の子なのだろうか、こちらへと振り返り気味の格好で、「いらっしゃい」とも「さようなら」とも言っている様な……。
「お気に召しましたか?」
 背後から掛けられた男の声に綾和泉は曖昧に笑った。肩越しに振り向けば、この画廊の主である男──森沢と名乗った彼が返答を待たずに続ける。
「それが、赤河奏一の描く“風景画”ですよ」
「風景画……なるほど、そう分類するんですね」
 もう一度その絵へと視線を転じる。
 壁に掛かったそれは赤河が半年ほど前に描いた作品だという。題名は『澄んだ水面の家』、さしてひねりなく名付けられたそれは確かに風景を描いたものかもしれないが、そのプリズムの様な色使い、岩の赤の中に黄や緑が織り交ぜられ、空と湖の青の中には紫が白が散りばめられていて、見れば見るほどに色が無限に出現する、そんな不思議な色合いと幻想的な雰囲気をその絵は醸し出している。
 まあそれも当然といえば当たり前のこと。何と言ったって画家・赤河奏一の描く風景画は。
「“仮想”の風景……私は個人的に、幻想風景画家と名付けいますが」
 言いながら、森沢が綾和泉の横に立つ。長身の自分と並び立つと森沢の小柄さがぐっと引き立ってしまうのだが、同年代らしい彼は落ち着いた雰囲気と接客業らしい愛想のある風貌によって、他人への安心感を獲得していた。
 赤河はこの画廊を通してしか絵を流通させていないらしく、つまりこの森沢が、赤河の絵を販売する一切を担っているということらしい。隠居したイラストレーターである父、詰まる所の“親父様”にご助力頂いて紹介された赤河と取引のある画廊を訪ねたのが十分程前、事前に連絡をしておいたおかげで挨拶は簡単に済み、今はこうして画廊の主自らの案内の元、赤河画伯の作品を鑑賞しているという次第だ。
「綾和泉さんは、元々こういった手の絵がお好みで?」
 二人並んだまま次の絵、これもまた赤河の作品だが、その前に移動する。今度は大きな木の絵だ。英国の庭園の木の様に形が楕円に整えられたその木の前には白いベンチがあり、ここにもまた少女が一人、こちらに背を向けた格好で座っている。
 そう、赤河の実際には無い風景を描いた絵の中には、脈絡があろうがなかろうが必ず少女が登場するのだ。主には一人で、時には数人で仮想の絵の中に遊ぶ彼女達は、誰も彼もが愛らしく、そしてまた、現実離れした雰囲気でそこに在る。事前に集めた情報でそれが赤河の絵の特徴なのだと知ったが、こうして実物を見るとその特異さ、むしろ落ち着かなくなるような奇妙な美に、なるほど熱烈なファンがつくのかもしれないと綾和泉は納得した。
 そして一方で────絵と、少女と。麗香から話された内容を脳内で反芻するのも忘れないで。
「いえ……そうですね、どちらかというとこの画伯ご自身に興味を」
 答えた綾和泉に、しかし森沢は声を立てて笑った。
「面白いことを仰る。あれは画家としてはそれなりですが、一人の人間としては困った男なんですよ」
「貴方こそ、面白いことを口になさいますね。僕は一応、客のはずですが?」
「赤河奏一のことを知りたがっている酔狂な方がいると、電話で承ったまでです」
 話が早いですね、と綾和泉は口許を綻ばせる。見上げてくる森沢も同じ様な表情をしていて、この仲人はなかなかに飲み込みが早いと綾和泉は笑みを深めた。

 一通り絵を見終えた綾和泉は、森沢によって商談室へと案内された。供された麦茶で喉を潤しつつ、窓越しに晩夏の街並みを眺め遣る。陽射しは未だ夏のまま、しかしそろそろと涼しさを孕みだした夕方の風が秋の訪れを感じさせる。時刻は、十六時を回ったところだった。
「実は、私にとっても良い契機だと言えるのですよ」
 森沢はそんな風に切り出した。心持ち乗り出した上半身が蜜事の前兆を匂わせて、綾和泉は膝の上の手を組み変える。
「ただ。綾和泉さん、正直初対面の貴方を量りかねているところがあります。赤河は私にとって商売のパートナーである前に学生時代からの友人です、興味本位のみで彼に近づくのならばここでお帰り願うことも厭わない」
「なるほど。では貴方の手引きがあれば、僕は赤河氏について良く知ることが出来るのですね。そのためには、どうやって貴方の信頼を得ましょう?」
「その握られた、手の内を」
「カードを見せろと?」
「お互いに、で如何ですか?」
 最早真剣な色味を帯びている森沢を見つめ返す。パーテーションで区切られたここに連れ込まれたのはこういうことだったらしい。綾和泉は即座に機密と材料を分類し、いいでしょう、と深く頷いた。
「貴方のご友人の邸宅前で、ここ最近とある怪異が起きています。僕は公的にそれを調べ、出来るならば原因を究明すべき立場にあるんです。そして僕は、その怪異に赤河氏が関わっているのではないかと見ています」
「怪異とは?」
「彼の家の門から、十人程の少女達……恐らくこの世ならざる者達が深夜に出現する、といったものです。目撃した人間も複数人います」
「少女、ですか」
 その言葉を取り上げて黙った時点で、この男は何かを知っていると踏めて余りある。今度は貴方の番ですよ、と綾和泉は視線を外さないことで催促した。
「……貴方に力を貸して、赤河が損なわれる可能性はありますか? 画家としての名や、彼自身の生活も含めて」
「無いとは言い切れませんね。しかし怪異は既に近隣の住人達が知るところ、口伝えに露悪的な噂が広まって三流の雑誌記者に取り上げられるよりは良い結果になると、その点はお約束しましょう」
 麗香はあれで無意味は攻撃や批判はしない。怪異自体は記事になるのだろうが、赤河については考慮して貰えるよう頼むのは吝かではない。────まあ尤も、それも赤河自身に非が無ければ、という前提だが。
 ある程度の言葉を飲み込んだまま綾和泉は森沢の反応を待った。やがて彼は唇を引き結び、元の様に柔かな表情を浮かべてから「わかりました」と答えた。
「私もね、このままではいけないとは思うのですよ。放置すればしただけ、あれが駄目になるのは目に見えている。鞭を振るうのも友情だと、漸く決心がつきましたよ」
 では参りましょうか。突然立ち上がった男に綾和泉はきょとんと首を傾ぐ。少しだけ悪戯っぽく笑った森沢の手には、何時の間にか車の鍵が握られていて。
「こちらのカードは道中でお見せしましょう。なに、赤河の門前払いを突き破りに行くんですよ」
 ────この画廊主は案外体育会系なのかもしれないと、綾和泉は思った。


二之二、“カソウ”の花

「ですからぁ、ほんっっとうに怖くてですねえ! もうほんっっとうに気持ち悪くって……ねえ、逃げても仕方ないですよね? 誰だって命を大事にですよねえ!?」
 縋りつく勢いで喚き散らす三下に、天下のリンスター財閥総帥・セレスティ・カーニンガムは慈愛の微笑で持って応対した。車内といえど、リムジンの対面座席は向かい合った足が交わらない程度には余裕がある。機動性を重視して小さめの車を選ばなくて正解だったと、セレスティは向かいの三下を見ながらこっそり思った。
「ええ、貴方の言い分はわかりましたよ。つまり、その夜目に見た男性はとても異常な井出達であったと」
「だって! だって土、あー気持ち悪! 土食べてるなんて変ですよおかしいですよっ、絶対あ、あの人……あー思い出しちゃったじゃないですか。呪われる〜祟られる〜おばーちゃーんっ!!」
「ちょっとぉ、大の男がピーピー煩過ぎるんじゃなくて?」
 と、横から一石を投じたのは今回の同行者である嘉神しえるだ。彼女とはアトラス編集部でかち会い、同じタイミングで麗香から怪異の調査を頼まれたため自然同道することになった。より詳しい話を聞きたい、と三下の借受を申し込んだのは自分だが、彼女の方はその喧しさに先程から辟易している様だ。
「うう、そんなこと言ってもまだ怖いんですよおっ。同情してくれてもいいじゃないですかあ……ぐすっ!」
 本気で半泣きをする成人男性に、しえるは心底呆れた表情で組んだ膝に片肘をつく。
「もうちょっと有益な情報を提供してくれたら、考えてあげてもいいわ」
「まあまあ、三下君にとってはこの程度が精一杯なんです。こちらで譲歩してあげなければ話が進みません」
 何気にしえるよりも切れ味抜群な台詞でにっこり笑いつつ、それより、とセレスティはしえるが操っていたノートパソコンを指す。自分が貸した車内用のそれを簡易テーブルに置いて、彼女は何かを検索していたらしい。
「何か、わかりましたか?」
 訊いた自分に彼女は「ええ」と上々の首尾を知らせる。
「麗香サンが教えてくれた制服の特徴ね、赤いリボンで丈の長い紺のワンピース、そして古めかしいベレー帽。どこかで見覚えがあると思ったのよ。そうしたら、ほら」
 しえるがウインドウの一つをクリックする。表示されたのは「A学園初等部」と題字のある頁で、先述そのままの制服を纏った少女達の画像が何点か掲載されていることを、しえるはセレスティに伝えた。
「A学園といえば、女子一貫教育を掲げている都内でも古い部類の学校ですね。聞いたことがあります」
「所謂お嬢サマ学校ね。それで、今度はこっち。新聞社のログを検索したんだけど」
 しえるが探し当てたのは数年前の記事らしかった。「児童行方不明、捜査は難航。誘拐か失踪か?」という見出しに続き、しえるが「つまりね」と全文を要約する。
「この姿を消した女の子が、A学園の生徒なのよ。誘拐としても犯人からのコンタクトは無し、本人は死体すらまだ見つかっていない。まさしく、神隠しじゃない?」
「その子が、あの少女達の一人であるとお考えなんですね? だとすると、恐らく死人だろう彼女達は攫われそして、手に掛けられた、と」
 共有された推測にしえるが頷く。
「可能性はゼロではないし、私はむしろ高いと思ってる。他にもコートや浴衣、季節を示す服装の子がいたみたいだから、時期と様子が類似する事件を探してみるわ」
「お任せしましょう。私はもう少し、三下君と会話を楽しみますよ」
「物好きな人ね」
「時々言われます」
 三下を連れて来たのは、彼が出遭った男、そして屋敷の様子などについての感想を聞くためだった。今でさえこんな状態の彼が、目にしたものの一切を精確に記憶しているだろうことは元よりさっぱり期待していない。だが、役に立たないまでも歯に衣着せぬ率直な言葉くらいは引き出せるはずなので、現在こうして宥めすかしつつ、気長に彼の話に耳を傾けているというわけだ。
「でもぉ、もう覚えてることは全部言いましたよぅ」
 恐縮した様に肩を竦める三下は自分がすっかり馬鹿にされていることに何ら気付いていないらしい。指先をもじもじと動かしながら、向かいのセレスティへと上目遣いを投げ掛ける。
「男の人がいて、ええ、体つきと声からそれは間違いないです……多分。それで、その口の中から土が溢れてて、手にもこう、鷲掴みですか? そんな感じで」
 屋敷に居る男性、というとそれが赤河氏だと考えるのが妥当だろうか。麗香から渡された資料には、画家・赤河奏一について基礎的な事項しか載っていなかった。なので現在、より詳細な調査させその結果が届くのを待っている段階だ。
 例えば、彼の作風。デビュー当時の物と極最近の作品と比較して作風に変化があるのかどうか。風景画家ということだが、人物画を描かれるのなら、モデルにした少女達が居なかったどうかが気になる。また周囲との人間関係から、趣味や、性癖で少し変わったところがあるのかどうか、そういったことまで加味するよう指示してある。
 結果は直に届くだろう。それまではもう少し、この哀れな子犬と話しているのも悪くはない。……多分。
「あとはですねえ……えっとぉ、庭中に白い花が咲いてて……」
 眼鏡を押し上げながら記憶を巡らせていた三下がそこで歪な形に首を傾いだ。花なんですけど、と言い直してまた捻る。
「でもあれ……うーん、やっぱりおかしいんですよね。だってもしそうなら、あの花が咲いてるはず」
「“薄月夜 花くちなしの 匂いけり”、ですか」
 セレスティの言葉に三下はぽかんと口を開ける。対照的に、横に座すしえるはくすりと笑んだ。
「あら、同じことを考えていたのね。正岡子規の梔子の句」
「ふと口をついただけですよ。そう、恐らく梔子の花なんでしょうね、三下君が見たという芳香の強い真白な花は」
 結論付けた両人に、三下はむしろ慌てて見せる。それも当然だろう、六枚の花弁を持つ白い花・梔子は普通初夏に咲く庭木だ。秋の近づく晩夏に爛漫を迎えるのは、確かにあり得ない奇異である。
 だがそんなこと、と。美貌の男女は優雅な仕草で一笑に付すのみ。
「三下君、これくらいの違和感など不思議と数えるまでもありませんよ。もう少し頭を柔らかくなさい、ね?」
「そうよ。咲くはずがないのに咲いているのならば、その原因を考えればいいワケよね。例えば……“カソウ”?」
「かそう?」
 鸚鵡返しするセレスティには答えず、しえるはウンと伸びをする。どうやら長時間画面と睨み合っていて疲れたらしい、窓の外へと視線を投げながら「あとどのくらいかしら?」と車の主へ問う。
「そうですね、日が暮れる頃には赤河邸へと到着するはずですが」
「って、ええぇぇ!? あ、あそこに向かってたんですかあっ!?」
「おや、言っていませんでしたか? おかしいですねえ、貴方の上司にはちゃんと説明したんですよ」
「そう言いながら笑っていては、ちょーっと説得力が無いんじゃなくて、総帥サマ?」
「ふふ、貴女もご同様でしょう?」
 ────恐らくはタッグを組ませてはいけなかっただろう人魚と天使を前にして、三下はうっかり「助けてください編集長〜!」とこの世で最も見込みのない心の雄叫びを上げたとか何とか。


二之三、“カソウ”の眠り

 この国の言の葉には、遙か古の昔より力がある。
 千年前に謡われた寿歌を引き合いに出さずとも、唇より紡がれた言葉は音声と成り文字と成った時点で、既に一つの眩き光だ。善き言葉が人の耳に届けば──それは想いを誘い、悪しき言葉が人の目に飛び込めば──それは想いを揺るがす。
 斯様に言葉とは深遠なる力を持つもの。ひとたび成った言葉には、つまり、何かしらの意味と力とが内包されて然るべき。元より自分も、その言葉という“まじない”に拠って生業をたて、この身に血の液が如く環るチカラを振るっているのだから────。

「……燃やして、ですか」
 榊遠夜はそう言ったきりまた唇を閉ざす。何かを思案している表情に、向かい合った麗香は催促の代わりに優雅な仕草で足を組み替えた。
 助っ人、ということで呼ばれた学生服姿の遠夜は、今日も今日とて忙しない編集部内の喧騒を物ともせずに、その沈香の如き静けさで以って手渡された資料にざっと目を通している。
 既に数人がこの件に関わっていることを、麗香はまず初めに話した。その上で遠夜に協力を要請したきびきびとした口調、案外貴方向けかもしれないの、と読み終えた遠夜に目配せした。
「貴方の方法で調べてくれて構わないわ。要は結果を持ってきてくれればいいの」
「では、幾つか質問を」

 燃やしてくれなきゃ眠れない。少女はそう言ったのだという。
 それは願いか懇願か。ならば、彼女らが燃やして欲しいと望むものは何か。彼女ら自身? その自身とは?
 麗香は随分と詳しく少女たちの様子を説明してくれたから、その様子、ありありと脳裏に思い描くことが出来る。夜の中の儚い姿、人ならずのその正体は何か。

「絵、ではないかとも、思いますけど」
 興味深そうに麗香が身を乗り出し、眼鏡の弦をくいと直す。凛とした硝子越しの瞳を遠夜は眉一つ動かさずに見返して、「まるで」と言葉を継いだ。
「絵に描かれた少女に魂が宿った様だなと……そんな印象を受けましたが」
「うーん……そうね、先刻連絡があったんだけど、赤河奏一の描く風景画には必ず少女が登場するそうよ。その少女たちが絵を抜け出して、屋敷すら飛び出すのだと?」
「飽くまで僕の想像です。しかし人が描いたものですから、いっそ生者よりも生者らしい形を得てしまっても……そう、そんなに珍しいことじゃない」
「いいわね。そういう方向の推測は嫌いじゃないわ」
 どうも、と知識として知る型通りを述べると、麗香はさもおかしそうにくすくすと含み笑いを零した。

 愛らし麗しカソウの、カソウの行列。
 カソウを請うのは眠りのために。
 カソウにカソウされたのは。
 カソウされし少女たち。

 ──── この国の言の葉には、遙か古の昔より力がある。それだけのこと 。

 必要と思われる事項の確認と追加の質問でひとまずの納得をし、遠夜はアトラスを後にする。(お茶でももう一杯、と何故か出掛けに引き止められたが、辞去したのは言うまでもない)
 さて何から手を付けようかと、午後の晴天を見上げて考えること暫し。歩道橋に眼下には今日も痛々しいざわめきを撒き散らしていく車の長蛇、視界の両側に聳え立っているのは切り通しと紛うビル街。なぁ、と啼いて足元に身を寄せる眷属をひととき見つめ、顔を上げた遠夜は学生服の懐から符を幾枚か取り出した。唇で呪を唱えると光を放つそれら、やがて一羽の真白な鳥へと姿を変える。

 土を食む人とは何であろう。そもそも、喰らうとは何であろう。
「いいのよ別に、三下くんが見たことは然程気にしなくても」
 貴女はそう仰るけれど、もし本当に其処には花が在り、土が在り、人が在ったのならば。
 その、各々の理由は何なのか。季節を違えて咲く花と、足の下で踏みしめられるべきものを口に入れる人と。

「食べる……血肉になる……同化?」
 連なる情景を唇に載せてはみたものの、それはいまいち環にならない。拡散し、霧散して────ひとまず遠夜は思考を置いておくことにした。出来ることからやった方が早い。
「先に行って探索を。気になるのは屋敷の土に……それから、もしかしたら“華”」
 命を受け鳥は一直線、主の元を飛び立っていった。
 見送る、僅か上げた顎の角度。はな、と自分の言葉を遠夜は繰り返す。
「……“カソウ”の眠り、か」


 ──── お も い だ す の は 、 い と し き み の お も か げ 。

 ──── は な の よ う な き み の 、 い と し き ほ ほ え み 。


三、“カソウ”の少女

 帰れ。インターフォン越しに赤河邸の主はそう拒絶した。しかし森沢は怯むことなく、ちらと綾和泉に視線を投げ掛けてからマイクに言い募る。
「客を相手にその言い草はご挨拶だな赤河。何も難しいことを要求しているわけじゃない、ただおまえが今描いている絵を見せてくれるだけでいいんだ」
『どうしてそうなる』
「おまえの新作を是非、と仰る方なんだ。俺の顔を潰してくれるなよ、おまえにとってもそれは痛手だろう?」
 機械は暫し沈黙する。綾和泉は腕を組み、ふむ、と門の向こうの屋敷を透かし見た。既に日は落ち月も出ている、夜闇に浮かぶ赤河邸は頑なに静寂を守っているかの様だ。
 麗香をはじめ訪問者を無下にしているという彼に扉を開けさせるため、森沢が書いたシナリオは「綾和泉を熱心な客にする」というものだった。画家・赤河奏一を世に出したのは他ならぬ森沢なのだそうで、その恩をちらつかせるのが作戦ですと彼はハンドルを握ったまま言い切った。
「友人に使うには汚い手ではあるのですが」
 苦笑した口許は、けれど、と引き結ばれる。
「年々酷くなっているのですよ、あいつの、そう引き篭もりですか。もう十年も前になるのに……いや、十年かけてより深刻になっている」
 十年。それは彼の妹、赤河奈緒が夭逝してからの年月だという。麗香の資料にもあった妹・奈緒と兄・奏一の仲は森沢から見ても大変睦まじいもので、特に兄は、生来体の弱かった妹を掌中の珠の如く大事にしていたらしい。だがその妹は九つの年に逝き、それこそ抜け殻と化した赤河は出席日数が足らず高校を留年、ついには自主退学となったそうだ。
「あいつが全くの我流で絵を描き始めたのはそれからのことです。だから私の所以外に無いのですよ、美大に出ず師匠も持たないあいつの絵を扱っているのは」
 森沢はそこでひとつ息を吐き、ねえ綾和泉さん、と目を伏せて。
「実は、私はあの兄と妹を疑ったことがある。赤河はこれと決めたものに執着する性質で、それが絵であり、妹だったのです。友人相手にこんなこと言いたくないが、赤河は、多分……」
「まあ、兄が妹を大事に思うのは自然な感情ですよ」
 綾和泉がそうコメントすると、森沢は一瞬だけ視線を上げ、それからふっと小さく笑った。別にフォローしてやる必要もなかったが、ただ、この画商は真に友人のことを思っているのだろうとは感じた。それだけのことだ。
『……見せるだけだな』
 やがて、インターフォンは無愛想な声でそう言い捨てると一方的に通話を打ち切った。待つこと暫し、玄関先に長身の青年が現れたのを見て、綾和泉と森沢は無言の目配せで関門の突破を確認し合った。


「……で、赤河奈緒ちゃんの死因は病死。お墓は郊外の集団墓地にあるそうよ。不審な所はナシ、って書いてあるけど」
 そこでしえるは一旦言葉を区切り、パソコンのディスプレイから傍らのセレスティへと視線を移す。彼女が読み上げていたのは先刻届いたばかりのメール、セレスティが調査させていた、その報告書だ。
「妹さんについてはそういった所でしょうか。絵については……仮想の風景と少女たち、でしたね」
 顎に手を当て、首を傾いだ思案顔のセレスティはふむと頷き、
「当時から変わらず描き続けている独特の世界観。モデルは確認されず、普段から周囲との交流は余り無し。但し一度だけ、数年前に少女を連れて夜中に帰宅した姿を見た証言あり」
「そ、ご近所の目って怖いわね。それから付き合った女性はおらず同性愛との話も無し。ただし故人である妹とは」
「ええ、十年前に亡くなっている、病弱なせいで義務教育課程すら侭ならなかったという妹さんとは」
 引き継いだしえると続きをわざと紡がなかったセレスティは、無言の内に同じ結論に辿り着いたことを察した。しえるはメーラーを閉じ、これにて作業は終了とパソコンの電源も落とす。
「さぁて、推測じゃ結果は出ないしね。現場調査と行こうかしら、ねえ三下サン?」
「え、ぼ、僕ですかあ!?」
 突然指名された三下は頓狂な声を上げた。どうやら自分の役目は「話す」ことのみだと思っていたらしい、全く自分の役ドコロをわかっていないそれこそサンシタに向かいしえるは嫣然一笑。ほら早く出る出る、と彼を押し出す様にして車のドアを開けさせた。
 車外に出ると、既に広がっていた宵過ぎの薄暗がり。スモークを張ったリンスター財閥総帥のリムジンが駐車していたのは、目的地である赤河邸の裏側──つまり、先日三下が塀を乗り越え侵入を果たした丁度其処、というわけだ。
「なるほど。華やかながら活動的なその服装、実はロッククライミング用の装備でしたか」
 ドアとステッキを支えに車を出たセレスティはしえるのパンツルックを笑顔で評す。そういうこと、と腰に手を当てウインクひとつ、しえるは眼前に聳え建つ障害物をきりりと見上げ、ついでに三下の背を軽く叩いて急きたてる。
「ほら行くわよ。ちょっとは男らしいところを見せて頂戴な」
「な、何でそーなるんですかあ! 話が全然違いますよおっ!!」
「もう鈍いわね、話の流れは確実に実力行使に向かっているじゃない」
「そんな編集長みたいなこと言わないでください〜!!」
 喚く三下何のその。やがて二人は(一人はやすやすと、もう一人はひーこらと)塀の向こうに消えていった。待機班・セレスティは侵入が無事成功したのを見届けて、振りさけ見たのは東の低い位置にある丸い月明かり。感じられるのは微弱でも、確かに光として飛び込んでくるその黄金色に────正確にはそれを同じく受けている真後ろの存在へと、すう、と蒼の瞳を細めた。
「どなた、ですか?」
 振り向かないままで尋ねたら、物陰に気配を潜めこちらを伺っていた“それ”は一瞬鼓動を跳ねさせたらしい。だが、気付かれていたならばと即座に歩み寄るその切り替えの早さ、こういった場に慣れているのだろう印象を覚え、セレスティはゆっくりと踵を返す。
「私に何か、御用が?」
 先手を取って微笑めば、“存在”は適度な間合いで立ち止まる。誰そと問うた“それ”は少年の形をしていて、銀光に照らされたやや華奢な体を包む白い式服がその生業を如実に物語っていた。秘めつつも滲み出づる異形の力、さらにはこの場に居合わせたという事実。ああ貴方もなんですね、と合点のいったセレスティは頬を緩めた。
「警戒しなくても宜しいですよ。私は、それから先刻屋敷の中へ入っていった二人も、アトラス編集部長よりの依頼で動いています」
「……そうですか」
 返ってきたのは硬質な、いっそ硝子細工の様に透明で静かな声だった。私はセレスティ・カーニンガム、余分な言葉を厭うかの彼へとセレスティは手短に名乗り、継いで求める。────貴方は?
「榊、です。榊遠夜」
 彼は──遠夜はそう返して視線を塀の向こうに転じた。じゃああれはやっぱり三下さんか、との微かな呟き、どうやら彼は暫く前から自分たちの動向を窺っていたらしい。
 と、その頭上に別の存在が飛来する。越し方は間違いなく屋敷の内側、しえるたちと入れ替わりに飛び出してきた様なその白い鳥は、遠夜の肩に止まるや発光しやがて幾枚かの符へと姿を変えた。
 元の姿に戻った式を手の内に納め、握って開いてその掌。遠夜は、白檀の様に芳しい美貌を僅かばかり顰めてこう呟いた。
「……華葬の、仮葬」


 ──── ど う か と お く へ ゆ か な い で 。

 ──── ず っ と と お く へ ゆ か な い で 。


 土足のまま上がった洋館の中。通された赤河のアトリエは、本宅のものではないとはいえ実に殺風景な部屋だった。一階の庭を臨む位置にあり、元は応接室だったろう造りをしているのに、在るものといえば壁際に寄せられたイーゼルと椅子と周りに散乱する画材のみ。油絵の具の匂いが鼻を突くほどに充満しており、見れば、室内灯で鏡となった大きな窓硝子が三人の人影をくっきりと映し出している。あの向こうに季節外れの白い花が咲いているのか、近づいて彼方を透かし見ようとするものの、背の高い広葉樹や暗闇に阻まれて確認は出来なかった。
「綾和泉さん」
 森沢がイーゼルの傍らで呼んだ。答えて歩み寄る自分と入れ替わりに、不機嫌さを露にしたままの赤河が窓際へ、そして黒い鏡に背を預けてこちらを観察するかの姿勢をとる。窺う眼差し、値踏みとも警戒とも過言ではない。
 赤河奏一は想像していたよりもずっと線の太い人物だった。もっと神経質そうな脆弱な男を予想していたが、実際背丈は綾和泉と然程変わりなく割と雄雄しい体つきをしている。顔もきりりとした眉目が印象的で、所謂美男と言っても差し支えないだろう。ただ常備している表情は、芸術家らしい気難さをありありと見て取れる程だが。
 そんな彼をちらと一瞥し、視線が逸らされたのに苦笑しながら、綾和泉は描きかけの最新作へと目を遣った。そして────正直、驚いた。
 既に色塗りが八割は仕上がっているため、完成図が容易に思い描けるそれ。画廊にあったものと同じタッチの幻想風景は、中空に浮かぶ屋敷と左右に広がる庭と、その門から今正に歩み出さんとしている少女たちの行列だった。そう、恐らく行列に違いない。まだ彩色されていない彼女達の顔には、きっと仮面がつけられているだろうことも想像に難くない。そして────絵中の庭に咲き乱れているのが、三下の見た花、梔子だろうことも。
 おやおやこれはまた何とも。綾和泉は舌先で唇を湿らせ、それから教壇に立つ時の様な笑顔を頬と口許に載せる。赤河さん、呼べば、彼は気だるそうに視線だけをこちらへ動かした。
「一度質問をと思っていたのですが、折角の機会、受けていただけますか?」
「……内容によりますが。先程も言いましたが、ここの所体調が思わしくないのです、見たら帰るとのお約束は守っていただきます」
「では遠慮なく、手短に。貴方は、一体何から作品のモチーフ……いえインスピレーションと言うべきでしょうか、そういったものは、何から得られるのです?」
 至極嫌そうに顔を顰めた彼は、散々逡巡した後に一言だけ、頭の中から、と答えた。そうですか頭の中から、相槌を打ちつつ綾和泉は思考をめぐらせる。
 ならば彼の想像の世界と、彼の屋敷で起こっている怪異はリンクしていることになる。燃やしてくれなきゃ眠れないという少女、絵に描かれた少女。燃やす……何を? 絵を? 絵を、燃やす?
「イマジネーションが豊かな方なんですね」
 愛想に、彼は目を伏せ「どうも」とぶっきらぼうに呟く。それを笑顔でかわして、綾和泉はもう一度キャンパスを注視した。

『 ──── …… 燃やして 』

 そこで、はた、と気付いたのは視覚からではなく嗅覚からだった。油性の匂いの中に混じる、一欠片の甘さが鼻腔を擽ったのを逃さなかった。知っている、この香は何処かで、いや、これは、まさか。
「……おい森沢っ!」
 と、赤河が突然声を荒げた。何事かと顔を上げれば、窓に張り付く様にして庭をねめつける彼の憤怒の相。
「おまえ、何を連れてきた!?」
「な、何を?」
「おまえじゃないのか。なら……ああそうか、あの時の!」
 赤河が窓の一つを蹴りつける。外側に開くタイプのそれは激音を響かせながら庭への道を作り、呆気に取られるこちらに構わず彼は闇の中へと駆け出した。
 その窓の向こう、遠くから聞こえてきたのは何処かで聞いた覚えのある男の叫び声。まさか、綾和泉は即座に予測され得る事態(あまり喜ばしくない)を弾き出し、つまり自分は追いかけねばならないのだろうと瞬時に疾走確定を理解した。
「仕方ないですね、約束を反故にすると後々厄介ですし」
 失敬、と一言断ってからスタートを切る。森沢が目を丸くするより早く、綾和泉の身体は窓の外へと飛び出していた。
 庭に一歩出た途端、濃密な花の香りが肺一杯にとろりと流れ込んでくる。間違いない。先刻の絵からも、そしてこの庭からも発せられている香。これはあの白い花独特のもの、幸せと喜びとの言葉をもつ花の、甘さと切なさが夜の中に漂っている。
「梔子の花……ですか」


 ──── せ め て き み に 、 は な を た む け よ う 。

 ──── い と し あ い ら し お も か げ の は な を 。


 赤河氏らしき人に逢った場所へと案内させたしえるは、うーん、と一瞬考えるフリをしてから。
「じゃあ三下サン、此処、掘って頂戴?」
 と、しえるはにっこり笑顔(ハートマーク付き)で通告した。掲げるは男女平等何のそののフェミニスト精神かな、はたまた飼い主(臨時)の言うことは聞くものよとの無言の圧力か。再びあの庭に下り立つこととなった三下は、半べその表情で仕方なく「はィいい……」と首を縦に振る。スコップなど用意していないから勿論素手で、此処掘れワンワン開始、である。
 職務に励む三下を鼓舞しつつ、しえるはぐるり四方を見渡した。辺りは闇、しかし天空の真明鏡に照らされて最低限の視界は確保出来ている。────にも関わらず、無いのだ。そう、花が。塀を越えた先に広がっていると思われた梔子の爛漫はどれ程目を凝らしても見当たらず、低木はただ葉のみをしか繁らせていなかった。
 これはどういうことか、しえるは秀麗な眉を寄せる。彼の見間違え、にしては描写が鮮明だったのでそれ却下。第一、この男がそんな手の込んだ嘘をつくはずもない。ならば何か、例えば条件があるのだろうか、咲くはずのない花がその身を開くためには。
「あ、あのォ〜……」
 思考を巡らせていたしえるに、足元の三下が控えめに声を掛けてきた。
「こ、ここですね、その、掘ったら何になるんですか? あ、ま、まさか食べっ……!」
「そーんなわけないでしょう、少しは頭を使いなさいな。……そうね、逢えるかもしれないじゃない?」
「あ、逢える?」
「赤河氏の妹さん、奈緒ちゃんだったかしら。彼女と、ご対面叶うんじゃないかしら?」
 腕を組み、蕩ける様な微笑でしえるは今一度辺りへと視線を舞わせる。仮想の絵を描き続けるという画家の屋敷に、仮装した少女たちの行列が現れる。燃やしてくれなきゃ、とはつまり火葬を求める死人であること────。
「言葉を掛けるとはお茶目なこと。是非逢ってみたいわね、その子たちに」
 低い位置にある木の葉に戯れに触れ、その滑らかで硬質な表面に指先を這わせる。物言わぬ花を咲かせる沈黙の木。墓は別にあると聞いた、しかしそこに骨が在るかどうかは明らかでない。ならばこの庭に、この花の下に、眠れぬ少女たちが埋もれていても不思議はあるまい?
 ────と、しえるが確信に口角を吊り上げたその時。突如として三下が耳を劈く奇声を、いや悲鳴を上げた。
「う、うぎゃああああああああああっっっっっ!!!!!」
 腹の底から絞り出しきった様な尾を引き続ける大絶叫に、しえるの鼓膜がびりりっ! 一瞬機能を停止する。だがそこは(?)気高き熾天使、すぐさま体勢を持ち直し、
「何をやっているのっ! 家には人がいるのよっ」
 パンプスで蹴り上げる勢いで詰め寄った、ものの三下はそれに構わず前方の一点を指しがたがたと歯茎ごと声を震わせ、あろうことかしえるへの脚へと縋りつく。
「ししししししししえるさああああんんん!!!! ああああああ、あれえええっ!!」
 尋常でない彼の態度にしえるは彼の示す先、夜の中で影となった低木のひとつへと目を凝らした。そして、瞠目する。
「花が……咲いてる?」
 まるで映像の早送りを見ているかの速さで次々に蕾が生まれ、それが膨らみ花開く様。見れば、先刻しえるが触れたものも含めて庭中の梔子が満開を迎えていく。同時に放たれ出すはあの花特有の強い香り、いっそ噎せそうな程に立ち込めていくそれに包まれてしえるの意識が刹那揺らぐ。どういうことよと問い質す相手を見つけられないもどかしさ、追い討ちをかけるは屋敷の方より駆けて来る明瞭な足音。ああ、と頭を抱えたくなったのも無理はない。
「……んー!! もう、貴方が叫ぶからっ」
「ひィイイイイイ、こここ怖いよぉ〜!! 助けてへーんしゅーちょー!!!」
「貴方ねえっ……!」
 掘り返しかけた地面の盛り上がりと最早繚乱となった花々を見据えるしえるの耳朶に、ふと、鈴の音の様な声が掠めていったのはその時だった。


 ──── 『 …… わたしたちは、花 …… 手向けられた、花 …… 』 。


 おや、と目を留め前を行くセレスティが歩みを止めた。彼が立ち止まったのは赤河邸の正面、少女たちが出現するという門前のことである。
 そこに横付けされていたのは一台の乗用車だ。中を覗き込めば鍵をかけられた無人、何方かがいらしてるのでしょうか、との彼の言葉に、しかし遠夜は興味を示さなかった。セレスティの傍らを過ぎ、さりり、爪先を滑らせる様に向きを変え門と対峙の格好をとる。
 遠夜は神経を集中させた。感じているのは気配、としか言いようがない。此処に到着してからずっと、式が手元に戻ってからは尚更に強くなっていく何かの気配。打ち寄せる波が何処かで堰き止められている様な、そんな奇異な砂浜に立っているかの違和感を遠夜はぴりぴりと肌で感じる。何かが来るこれは前触れか、それともこの屋敷自体が既に何かを孕んでいるのか。
「……ふむ、気付きましたか?」
 セレスティが心持ち車に凭れながらそう、背中に投げてくる。何が、と問う前にその答えは続いた。
「香りが、満ち溢れてきています。屋敷から、止め処なく」
「……それは花の香ですか。甘く、女性が身につける香水よりも濃厚な」
「貴方でも感じますか?」
「符に……式に、纏わりついていたんです。それから」

『……なお、なお、なお……なお……』

「土に、これに、染み付いている。呼ぶ声が、此処に」
 開かれた遠夜の掌に載っていたのは、一握りの黒茶けた土。白い肌を汚すそれは、彼の式が命のままに齎したもの、つまり赤河邸の庭の土壌だ。涼しき秋を潜ませる風がその表面をさらりと撫で、零れないようにと遠夜は再び五指の中に閉じ込める。
 と、そこで不意に、セレスティが喉を引き攣らせた様な、複雑な笑い声を漏らした。
「……ああ、そうですね。そういうことですか。ええ確かに、匂いが強ければ、死臭を誤魔化すことも出来ますものね」
「……何を視たんですか」
「いいえ、私はただ感じただけ。その土から漂ってくる、血や骨の匂いを」

『違うわそれは、“花”の匂い』

 会話に割り込んできたのはどちらの声でもなかった。じわり、と空間というキャンバスに落とされた一滴の雫が人の輪郭を象る。仮面で表情を覆ったウエーブがかった髪の少女、麗香に話しかけた子であると、遠夜とセレスティは些か呆気に取られつつも即座に察した。
 だが今はまだ深夜とは呼べぬ時刻、また彼女は独りきりで、当然の疑問が二人の口をつきかける。制したのは、少女がくるり、誘う様に踵を返した素早さだった。
『わたしはこの時を待っていた。“花”を燃やせる何かが来るのを……そして、わたしたちを眠らせてくれるものが答えてくれるのを』
 ────来て。彼女が言うや、屋敷の門が音もなく開いた。


四、“カソウ”行列

 赤河を追って辿り着いた先に居たのはやはりというか何というか、女性の影に隠れてひーひー声を上げている三下の哀れ情けない姿だった。しかも彼はこちらを目敏く見つけて、「あー!」なんて指差してくれるものだから。
「そうか、貴方が連れてきたのか。……森沢の奴」
「いえいえ貴方の親友に非はありませんよ。まあ言い逃れ……するつもりも元々ありませんが」
 頭に血が上っているらしい赤河の怒気を漲らせた視線に米神を掻きつつ、綾和泉は仕方なしに三下としえるの側につく。遅れやって来た森沢に「すみません」と会釈すると、彼はしかし、自分のことよりも辺り一面の光景に驚愕した様だった。
「本当に……“咲いて”いましたね」
 形容に困ってそう言ってみれば、「いいえ」と響く相槌の音。
「正確には今“咲いた”ところよ」
 自己紹介を抜きにしたが三下の雄叫びで自分の身分はわかってくれたらしい。しえるは足元の三下を無理矢理振り解くと、半身の臨戦態勢で赤河へと向き直る。
「初めまして、お邪魔していますわ赤河サン? 色々と仰りたいことはあるでしょうけど、出来ればこの綺麗なお花の説明をしてもらえないかしら」
 実に素晴らしい開き直りですね。言う自分も自分だが、でなきゃやってられないわ、と返す彼女も彼女だと思う。
「だってまさか、こんな“花”が“咲く”だなんて……予想はしていても聞いてはいないじゃない?」
 伸べた指先で、まるで扇で指すかの仕草をしえるは“花々”に巡らせる。庭中に咲き乱れた真白の花、現実感を薄れさせる濃密な香り。そう、これらは“花”なのだろう。自らを“花”と名乗ったのだから、“花”であるのに違いない。
「……土の上に生い茂るは花……そして華、だったのか」
 厳かな声が聞こえて一堂がそちらを振り向けば、木々の暗がりの中から二つの白い影が静かに姿を現した。門より庭へと回り込んだ遠夜、そしてセレスティであることを認めて、しえると綾和泉は顔を見合わせ────双眸を同時に赤河へを戻す。
「お体が悪いところ大変恐縮ですが、赤河さん。来訪者はこれで以上のようです」
「そういうコト。……というワケで、説明していただけるかしらこの、」
 赤河。しえるの言葉を、不意に森沢の低い声が断ち切った。呼ばれた以外の者の視線が自然彼へと集められ、蒼褪めた頬と、喉仏がごくり唾を嚥下するのを見守って。
「……何なんだ、これは」

 ──── 『 …… わたしたちは、花 …… 手向けられた、花 …… 』 。

 森沢の問いの答える様に、先刻しえるの聴いた鈴の声々があちらこちらから輪唱する。低木に咲いた花の、さらに上に咲き誇った十人ばかりの透き通った少女たち。麗香の見た仮面の少女らが今は自らを“花”と表し、四人を森沢を、そして赤河を取り囲んでいた。
 ────やがて赤河は、怒りの表情を歪に笑ませてこう言った。
「……そうだよ。おまえたちは皆、奈緒に手向けた奈緒の“花”」


 ────なお。なお、なお。
 意の侭になる二親に奈緒の墓を作らせて、偽の火葬を執り仕切らせた。
 ────なお、いやだよなお、おまえの体までもがこの手を離れていくなんて。
 徐々に爛れていく皮膚、朽ちていく肉、滲み色を変えていく体液の総てに口付けて。
 ────なお、どこにもいかないでなお。おまえのために花を見つけてきた。おまえと良く似た花の首を捻じ切って、おまえの傍に飾ってあげる。
 だから、ずっとここにいてくれよなお。生まれてからこの家を出ることすら自由に出来なかったおまえに、俺がたくさんの景色を見せるから。幾枚も幾枚も、おまえや、おまえの花たちが美しい景色の中で遊んでいる絵を描いてあげるから。なお、いかないで。どこにもいかないでなお。おまえの中にいたい、おまえの中に、おまえを中に、中に、俺の中に。
 ────おまえを埋めたこの土さえも、愛しいんだ。


「……貴方って、心底私のタイプじゃないわ」
 吐き捨てたしえるは穿たせた穴に目を遣り、そして珍しく背けた。次いで、ふう、と息をついたのはセレスティだ。
「深い愛情は決して罪ではありません……が、誰かが愛していたかもしれない少女に手をかけるのは、如何なものでしょう」
「……兄の身勝手で妹の魂が惑っていいはずがない」
「それには同意しますね。赤河さん、貴方は、大事なものを慈しむ方法を間違えている」
 遠夜、綾和泉が続けた苦言に、しかし赤河の表情はむしろ冷静さを、いや現を失っていくかの様。なお、夢見る宇津保の瞳で彼は呼びかける。なお、なお、膝を折り大地に指を立て、ぎりりと爪を食い込ませてそれを口に────。
 そして花たちがでたらめに声を上げ始める、燃やして燃やして、わたしたちを燃やして、花にされてしまったわたしたちは人として燃やされなければ眠ることも出来ない、人に戻れない、名を取り戻せない。愛らしい笑顔のままでいろと、命じられたこの仮の装いを外すこともできない。
「物謂わぬ花にしかなれない。だから……くちなしの花」
 しえるが一度ゆっくりと瞬き、深く息を吸い込んだ。細く吐き出しながら中空に掲げた手、握られていたのは、彼女のみが携えることを許された蒼焔と雷を司りし一振りの太刀。片手で薙ぎ、焦茶の炯眼で花々を見据えた。
「私はね、弔いかと思っていたの。花の下に葬ったのは、貴方なりの、少女たちへの餞なのかと。でも違ったのね、あの子たちそのものを貴方は餞にした」
「名前を奪われ花とされた、だから仮にしか葬られず眠れない。生者ならぬモノが命を宿したのではなく、命あったはずの生者がモノにされた。……燃やされないと得られない眠りって、そういうことだったのか」
 遠夜が新たな符を取り出し、構える。陰陽師が詠唱を始めたのを見て取って、セレスティは暫し考えた末に森沢へと不自由な足で歩み寄った。驚きなのか哀しみなのか、最早呆然と友を見つめるのみの彼に手を翳すのは容易で。
「……少しの間、お休みなさい。面識はありませんが貴方は恐らく、見なくてもいい」
 体内の血液を操り、生理的に彼の意識を奪った。崩折れる身体は何時の間にか居た傍らの、綾和泉が両手で受け止めた。

「解放されなさい……蒼凰の焔が、導くわ」
「…………、」

 しえるの剣から蒼い焔が、遠夜の符から紅い炎が、放たれたそれらは互いにうねり鬩ぎ合い、轟音と共に身を捩らせながら庭を総て嘗め尽くしていく。木も花も、少女たちも何もかも一切が、焔炎の中に飲み込まれていって。
「騒ぎにならないでしょうかね」
 熱と煙たさから逃れつつ綾和泉が漏らせば。
「彼が──榊君でしたか。屋敷そのものに結界を張られたようなので、心配は要りませんよ。……それから」
 立ち昇っていく火の末を仰いで、セレスティがゆったりと首を傾ぎ────その視線の先で、“二人”を指した。
「……これで、いいのですね?」
 綾和泉が釣られそちらに目を遣る。蒼と紅の極彩色の向こう、居たのは、蹲る赤河と────仮面を外し、微笑むひとりの少女。

『わたしはこの時を待っていた。“花”を燃やせる何かが来るのを……そして、“わたしたち”を眠らせてくれるものが答えてくれるのを』

「なおちゃん?」
 気付いたしえるが呼んだ。少女は答えず、突っ伏して動かない赤河の頭蓋へと透明なか細い手を回す。そして母の様な大らかな仕草で、抱き締めて。

『わたしが望むのは、夢さえ見ない深い眠り。わたしを失わなくて済む、“花”に邪魔されないで済む……この人との眠り』

 少女はちらと遠夜を見たが、彼は何も言わず、ただ目を伏せるのみ。笑みを深めた彼女は懐中の顔を仰向かせ、土で汚れた口許を拭ってやると。

『たくさんのけしきとおはなをありがとう……奏兄さん』




 ────後日、の話である。
「……買った、って言ったの?」
 麗香の問いに、綾和泉は「ええ」と首肯する。
 今日も賑やかしいアトラス編集部、あの日あの時暇つぶしに訪ねてしまったばかりに今回の一件に巻き込まれた彼ではあるが。今日も休みの無聊を慰めにと、此処へ足を運ぶのだからまあ、そういう性質なのであろう。
 そんな綾和泉は本日、森沢の画廊より格安で購入したという一枚の絵を持参してきた。簡素な額に納まっているそれは、あの日、赤河邸で描きかけられていた屋敷と花と少女たちの絵──だったはずのもの、だと彼は回りくどい説明をした。
「いいえ、本当のことなんですけど……ねえ?」
「どうして僕に同意を求めるんですか」
 綾和泉の傍ら、同じく麗香と向かい合う位置で、何故か、今日こそはとすすめられた茶に口を付けかねつつ。街中で綾和泉に捕まり連行されてきた遠夜が、相変わらずの無表情を本の少しだけ顰める。
 ────ちなみに、その微妙な変化を大人二人が面白がっているのだと、当然遠夜が気付くことはないのだが。
「ですからね、初めに見たときと絵が変わったんですよ」
 遠夜に供されたのと同じ茶を遠慮なく口に運びつつ、綾和泉は今一度麗香に絵を示す。覗き込む彼女にひとつひとつ、指でさして語るには。
「今はほら、少女がひとり、屋敷に帰っていく絵になっているでしょう?」
「ええ……そうね、そうとしか見えないけど」
「ですから、榊君が仰ってたことも案外真実だったのかもしれませんよ、ということです」
「ああ、そういうこと」
「ええ、そういうことですね」
 頷き合う二人をちらと見比べつつ、遠夜はぽつりと呟いた。
「……だから、どうしてそこに僕の名前が」


「じゃあ、結局自殺なの?」
 そういうことになったようです、とセレスティはしえるに答える。出社途中の彼女を、出かける途中だった車内から見かけ呼び止めたのである。聞かせたのは、赤河奏一の死因が公的にどう処理されたかという話題だ。
「実際、土が食道から呼吸器官から総て塞いでの窒息による死亡、だったそうですしね。焼けた庭を不審に思われたかもしれませんが、中から死体が幾つも出てきてはそれどころではないでしょう」
「らしいわね……まあ、後の始末は私たちのカンカツガイというところかしら?」
「良い言葉をご存知ですね」
 そこでふと、会話の切れ目にしえるが空を見上げた。晩夏、というよりは最早初秋と言うべきとなりつつある高い高い青き天の高殿。カソウ、としえるが呟いたのを、セレスティは今度こそ訊き返す。
「そうね、つまり」

 愛らし麗し仮想の、仮葬の行列。
 火葬を請うのは眠りのために。
 花葬に仮葬されたのは。
 掠ふされし少女たち。

「そして夏に送れて……夏葬だわね、ということよ」
 過ぎ去りし夏は既に空の彼方。視線を戻したしえるは、それじゃあ、と片手を挙げ、それでは、とセレスティもパワーウインドウを閉じた。


 了



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0642 / 榊・遠夜 (さかき・とおや) / 男性 / 16歳 /  高校生/陰陽師】
【1537 / 綾和泉・匡乃 (あやいずみ・きょうの) / 男性 / 27歳 / 予備校講師】
【1883 / セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ) / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2617 / 嘉神・しえる (かがみ・しえる) / 女性 / 22歳 / 外国語教室講師】


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■         ライター通信          ■
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今日は、若しくは初めまして。ライターの辻内弥里と申します。この度は拙作へのご発注、真に有難う御座いました。こちらの都合で締め切りを大幅に破ってしまいまして、本当に、大変申し訳ありません、すいません。もう何回目かわからないという体たらく……すいません。
今回は、いつもとちょっと違う心持ちで書きました。普段は皆様もプレイングに沿って話を作っていくのですが、この話は、私の話の中に来ていただくという部分が大きく、ですのでプレイングを活かし切れなかった、考えていただいた方向に持っていけなかった、という点が多々ございます。
また、明かされていない秘密も残り。……例えば、どうして赤河は家を離れていたのか、奈緒の目的は結局何だったのか、などなど。……もしも気になるようでしたら、考えてみるのもいい、かも?

>榊遠夜さま
初めまして、お目にかかれて光栄です。…なのに本当にお届けが遅くなってしまい、がっかりされたと思います。すいません。
榊さんは存在自体がとても神秘的で、プレイングも私の予想を超えたものを頂いて、どう動いていただこうか楽しさ反面大変緊張しました。とりあえず美人にね! を合言葉にしましたが……如何だったでしょうか。
少しでも楽しんでいただけたのならば幸いでございます。

それではご縁がありましたらまた、ご用命下さい。
ご意見・ご感想・叱咤激励、何でも切実に募集しております。よろしくお願い致しますね。
では、失礼致します。