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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


 ◆◇ 秘炎宝珠 ◇◆


 ドアベルが乾いた音を立てる。
 手慰みに奇妙な笑みを浮かべるアンティークドールの顔を磨いていた蓮が振り返れば、そこには何度か店に顔を出したことのある青年の姿があった。
「こんにちは。商品を買い取って頂きたくて伺いました」
 温和な笑みを浮かべ、埃っぽい店内を歩いてくる。
 そんな台詞を吐いておきながら、青年はなにひとつ荷物を携えてはいない。ただ、夏の最中でありながら不自然に袖口まで止めた長袖のシャツと、何故か右手にだけ、黒革の手袋をしていた。
「身売りかい?」
 煙管を咥えたまま、どうでも好さそうに蓮が呟く。
「まさか。三〇間近の硬い身体の男なんて、誰も買わないでしょう」
 くすりと笑いながら、青年は暑苦しい片手の手袋を取る。
「買って欲しいのは、この石です」
 晒して見せた手には、白濁色のひかり。
 白い、余り肉体労働に向かない手の甲に、オパールめいた三センチほどの半透明の宝玉が半分肉に埋まるようにして嵌っていた。まるで、爪や、髪が生えるのと同じ摂理のように、自然に。
「骨董市で見付けた宝玉です。細工のない、綺麗な石でしょう?」
 そんな奇妙な状態でありながら、まるで手のひらの宝玉を引き渡すがごとく平然と、青年は自分の手に食い込んだ宝玉を手ごと差し出し、引き渡そうとする。
「あんたの手に嵌っちゃっているのが、細工と云えば細工かね。それこそ、三〇男付き宝玉、なんてガサが張りすぎているんじゃないかい?」
 スペースを取り過ぎて店に置けないよ、と蓮は唇を歪める。
「それとも、切り落としても構わないのかい、その腕は」
「流石に、それは勘弁してください」
 物騒な蓮の言葉に、青年は苦笑する。
「この宝玉は指で触れた瞬間からぴったりと貼り付いて離れないのです。引き剥がしてくれるのであれば、お売りしたい。どうやら、僕には余り必要のない石のようですからね」
 見せ付けるように差し出され、蓮は深紅に塗られた爪で青年の手の甲に盛り上がった石をなぞってみる。
「つ……」
 火傷しそうな熱を一瞬感じて、蓮はとっさに手を引いた。ちろり、と薄濁りした石の表面に、反発したように深紅が浮かんで、消えた。
「どうしました?」
「いや……火の性を持っているのかも知れないね、この石は」
 蓮の言葉に、好くわからない、と青年が曖昧に頷く。
 こんな様を見せるだけあってただの石ころではなく、指先にじんわりと響く力があった。うまく使える人間が使えば、それなりの代物に違いない。
「わかった。買ってやるよ」
 蓮は頷いて、とん、と契約書の判代わりに、煙管で青年の手を叩いた。

◆◇ ◆◇◆ ◇◆

「お話は好くわかりました」
 セレスティ・カーニンガムがゆっくりと頷く。
 アンティークの椅子に座り、ゆったりと脚を組んだ様。傍若無人さで店の主の存在を示す蓮に対し、こちらは優美さで場の空気を支配する。そんな、不思議な存在感。
「また、妙なものを持ち込んできたなあ」
 やや呆れ気味に云うのは、溌剌とした印象の高校生・羽角悠宇だ。だが、今日はどこか心ここに在らずの風情で、依頼人の青年の手を眺めている。
 三人とも、初対面ではない。以前、やはり同じこの店で顔を合わせたことがある。そのときの一連の出来事も、青年が持ち込んだ古物が原因だった。
「お手数をお掛けします」
 穏やかな口調で、だがどこか薄っぺらな声で青年が云う。
 その手を取り、セレスティがそっと石のなかを透かし見る。なんだか口付けでもしそうな仕草に、悠宇は微妙に顔を強張らせた。
 青年はごくごく普通の容姿だが、セレスティは極上の美形だ。ちょっとした仕草にも色香があって、不要な妄想がかきたてられてしまう。
 悠宇の動揺をよそに、セレスティはふと、眉間にしわを寄せた。
「どうしました?」
 手を取られたままの青年が、セレスティの様子に気が付く。なにかを探るように、指で石を触ったセレスティの返事は、微かに首を横に振るだけ。どこか掴み切れない顔で、青年の手を放す。
「別に体調は、悪くないんですね?」
「ええ。いまのところは」
 青年の返答に、釈然としないながらと云う風情でセレスティも頷く。
「なら、好いです」
「取り合えず、俺は骨董市の店主を当たってみるよ」
 手持ち無沙汰になった悠宇が、動き出す。
「そうそう、今日は連れはどうしたんだい?」
 煙管片手に寛いでいた蓮が、唐突に訊ねてくる。それに対する悠宇の応えは、僅かに歪められた顔だった。


 その頃、初瀬日和はレッスンの帰り道、ぼんやりと当て所もなく街を歩いていた。
 ショーウィンドウのワンピース。可愛らしい小物や舶来のぬいぐるみをディズプレイされたガラスケース。フルーツとクリームで綺麗に飾り付けられたクレープや、ワッフル。
 いつもならこころを踊らせるものたちが、今日は日和の目を素通りする。
 ――悠宇と、喧嘩してしまった。
 憂鬱の理由は、ごく簡単なことだった。
 なにが悪かったのか、憶えていない。なにがきっかけだったかなんて。ただ、日和は悠宇の過保護が嬉しくも哀しくなって手を離した。結果はそれだけだ。
一歩離れた瞬間にはすでに、後悔していた。
 でも、そのまま修復できずに今に至っている。
 ふらふら、大敵の夏のきつい陽射しのなか、日傘も差さずに日和は歩く。
 そうしているうちにふと、道端に蹲る青年の姿に気付いた。
「あ……」
 以前、アンティークショップ・レンで顔を合わせたことのある、青年だ。それが、道端に膝を付き、片手を庇うようにして声を殺している。思わず、日和は駆け寄った。
「どうしました?」
 屈み込み、柔らかく訊ねる日和に、青年は苦痛に細めた目を向ける。ふっと、吐息混じりの声で応えた。
「大丈夫です。ちょっと……」
「どこが大丈夫なんですか!? ひどい……!」
 青年の抱え込んだ手を覗き込んだ日和は、小さな悲鳴を上げる。
 青年の手には、なぜか小さな石が皮膚に埋まっていた。オパールに似た、半濁りの石。その石を中心に、青年の手は火脹れを起こしていた。石に触れた日和は、反射的に手を離す。
「熱い……どうしたんですか? これ……」
「この件で、碧摩さんのお店に行って来たところです。カーニンガムさんと……そう、あなたのお友達の彼。羽角くんでしたね。あの子が調べてくれるそうです。僕はただ、待てば好い」
「でも」
 恐る恐るもう一度、日和は手を伸ばす。
 指先を、火傷に触れる。少しずつ、水の冷たさを引き寄せて、指先から放つ。氷嚢のような感じで。
 僅かに痛みが和らいだのか、青年の肩の力が少しだけ緩む。それにほっとしながら、日和に云う。
「蓮さんのお店に、戻りましょう? 少しでもなにかが苦痛を和らぐ方法があるかも知れません。ね」
 柔らかいが有無を云わせぬ口調に、青年はきょとん、としてから、じんわりと揶揄めいた笑みを浮かべた。
「意外と強いですね、初瀬さん」
「そうですよ。私、怖いんです。だから、ちゃんと云うこと聞いてくださいね」
 わざと顔を顰めてから、日和は笑う。その拍子に、ちくん、と胸のどこかが痛んだ。


 骨董市のなかを、悠宇もまた俯きがちに彷徨っていた。
 足先を危うく、茣蓙のうえに並べた品物に掠める。店主の怒声も耳に通らず、ぼうっと視線が揺らいでいる。
 生気に満ち満ちた悠宇には、珍しい姿だった。
 骨董市自体、夕刻に近付き客足が落ちている。徐々に、店を畳み出している店員たちもいた。喧騒がないからこそ、呆けた悠宇も歩いていられたのかも知れない。
「……しまった」
 唐突に、悠宇はどの区画の、どんな店であの石を見付けたのかさえ聞いていなかったことに気付く。だからと云って、戻るのも億劫。つまりは、日和に関わること以外全て、億劫な気持ちだった。
 だからと云って、どんな顔をして会えば好いのかさえ、わからない。
「捜しましたよ」
 かたかた、と車椅子の音に悠宇は振り返った。
「店の場所、キミは知らないでしょう。追い掛けて来ました」
 美貌の主が、にっこりと微笑む。
 男性にしては、少しばかり高めに清んだセレスティの声。一瞬、他の人間のものと、期待した。
 車椅子を押すかたちで、セレスティの先導に従い骨董市を歩き始める。
「元気がないですね? どうしました?」
「いえ……別に」
「そうやって、言葉を濁すことこそキミらしくないです。おそらく、私はキミの力になれないし、特別力になるつもりもない。だけど、話を聞くことならできますよ」
 淡々と、穏やかな口調でセレスティが云う。なんだか、優しいのか優しくないのかわからない台詞だ。思わず吹き出してしまう。
「いえ……日和と、うまく話ができなかったんです」
「うまく、とは?」
「いや、あいつ、身体が弱いでしょう? でも、中身は凄く強い。俺よりも強くて、凄い。だから、時々不安になるんです」
 弱い身体の器に、強い心の中身。加えて、水を操る能力。
 彼女を見ていると時折、不安になる。いつ、外側の殻が彼女自身を包み切れなくなって破れるか。そんな不吉な想像が頭を掠める。
 だから、過保護になる。それが、彼女にとって不本意と知りながら。
「俺が悪いんです。きっと」
 悠宇の言葉を、静かにセレスティは耳を傾ける。
「そこまで情を傾けることに、悪いことなどないと思います。私、はね」
 そう呟いて、セレスティは骨董市の一角を指差す。そこには、なんだか不可解なオブジェばかりを出品している店が折り畳みのテーブルを広げていた。
「あそこです」
「あれ……ですか?」
 珍妙に捻じ曲げられた硝子の塊たち。硝子細工をメインに置いているらしいが、その造形は悠宇の理解の範疇を超えていた。だが、セレスティが手に取ったひとつを見て、なんとなく納得する。
 それは、中身が空洞の硝子のうちがわに、小さな宝石が幾つか浮かんだ代物だった。
「あの、最近二〇代後半くらいの男性が、小さな石を買って行ったと思うんですが……」
 長髪のうえにバンダナを巻き、無精ひげを生やしたいかにもな青年が、振り返る。
「ああ、そんなひといた気がしますね。壊れたオブジェの破片だったんですけど、あれ」
「どんなオブジェだったんですか? それは」
 悠宇が身を乗り出す。バンダナの結び目を気にしながら、青年が空を見詰める。まるで、そこに書き付けでもあるかのようだ。
「う〜んと……確か、硝子のなかに星、ってタイプだった。水を入れたガラス細工の内側に、あの石を浮かべていたんだよね。だけど、ちょっとミスってガラスが壊れちゃったからあの石だけ、ペーパーウェイトにでもって並べておいたんだ」
 とうとうバンダナを一度外し、結び直しながら青年が応えた。
 セレスティと悠宇が、顔を見合わせる。
「ポイントは、水、ですか?」
「かも知れませんね。一番初めに触れたものを、求めているのかも知れません」
 セレスティは悠宇の手助けなしに、器用にくるりと車椅子を反転させた。
「戻りましょうか、レンの店に」


 蓮の店に戻ると、そこに依頼人の青年と共に日和がいた。
 日和の方は、悠宇の訪れを予想していたようで、ぎこちないながら笑みを浮かべた。悠宇は、駄目だった。曖昧に崩れた表情を隠すために、視線を逸らす。
 それでも、日和の顔が見れて嬉しいと云う感情は、悠宇のこころを浮き立たせた。
 ぎこちないふたりの様子に、蓮はおやおや、と云わんばかりに面白そうな笑みをセレスティに向ける。セレスティは、肩を竦めるばかりだ。
 想い会うふたり、と云うのはセレスティにとって少しばかり妬ましい。交わし合う情の重さゆえに擦れ違うのなら、それは尚更。恋を信じられる強さを、セレスティは羨む。
「ほら、ご覧」
 無遠慮に、蓮は青年の手を取りセレスティと悠宇の前に付き出す。
「どうしたんですか? これ」
 青年の手の甲は、火傷でもしたかのように変色していた。だが、蓮が云いたいのは薄情にも、それではないらしい。
 深紅に染めた爪で、石を突付く。まるで抜け掛けの乳歯のように、ぐらぐらと石が揺らいだ。
「取れ掛けているんだよねえ」
「私が、ずっと火傷を冷すために水の気を送っていたら、こうなったんです」
 控えめに日和が云い添える。
 ずっと、と云う言葉に、悠宇はこっそり日和の顔色を探る。身体に負担には、なっていないだろうか。
 悠宇のこころを知ってか知らずか、日和の視線は悠宇ではなく、セレスティに向く。
「私では、これ以上は駄目みたいです」
「承知しました」
 得たり、とセレスティが頷く。そうして、蓮から青年の手を引き取って、彼の手の甲を覆うようにひんやりとした手を乗せた。
「……日和」
 小さな声で、悠宇は日和を呼ぶ。
 強張った顔を、日和は悠宇に見せる。
 ――駄目だ。
 やっぱり、守りたい。苦しい思いも哀しい思いもさせずに、宝石箱のなかに閉じ込めてしまいたい。悠宇にとって、日和はそんな女の子だった。
 悠宇の目を見て、日和は諦めたような笑みを浮かべる。どきりとするほど、大人びた微笑だった。
「大好きよ、悠宇」
 それが、免罪符。
「だから、あたしにも守らせて」
 そのままに、悠宇は頷けない。日和には嘘を吐けない。
「ごめん」
 くすっと、日和が笑う。
 ――こんな彼を許すこともまた、守る、と云うことなのだろうか。
「いまじゃなくて好いわ。いつか、ね」
 日和は、微笑む。こんな困った悠宇が、やっぱり日和は大好きなのだ。必死で日和を守ろうとする、悠宇が。日和もまた、矛盾していた。
 セレスティの手のなかに、ぽろりと、青年の手の甲に嵌っていた石が外れる。危うく落ちそうになった石を、セレスティは片手で受け止めた。
 彼の手のひらで、半濁色の石はどこか満足そうにひかっている。水の器ではなく、水の気配を纏う青年の肌を、芯底心地良さそうに味わっているのかも知れない。
「それは持っていきな、セレスティ」
 蓮が気安く云い放つ。
「どうやら、その石はあんたと相性が好さそうだ。あんたもそう思うだろう?」
「なにに使わせて頂きましょうか」
 にこり、とセレスティは応じる姿勢。商談が成立とばかりに、蓮と、青年と三人でなにやら交渉を始めている。どうやら、高すぎる値に青年が首を振っているようだった。
「日和」
 呼ばれて日和が振り向くと、悠宇が手を差し伸べている。
「どこか、遊びに行こう。普通に話すのでも好いや。傍にいたい」
 悠宇の気持ちが、日和にもわかった。
 ずっと会えなかった。だから、悠宇も日和も、お互いにエネルギーチャージが必要みたいだ。
 にっこりと笑って、頷く。
 そうして、店からふたりで駆け出した。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】

【 3524 / 初瀬・日和 / 女性 / 16歳 / 高校生 】

【 3525 / 羽角・悠宇 / 男性 / 16歳 / 高校生 】

【 NPC2001 / 新見・嵐 / 男性 / 29歳 / ブックカフェ店主 】

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■         ライター通信          ■
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 この度はご依頼、ありがとうございました。へっぽこライターのカツラギカヤです。
 折角水タイプの方がふたり揃ったので、こんなかたちでの解決はどうだろう、と思い、描かせて頂きました。少しでも、愉しんで頂ければ幸いです。

◎セレスティ・カーニンガムさま … 再度のご依頼、ありがとうございます。今回は、この石を欲しいと云って頂き、ありがとうございます。逆に水な方には使い難いアイテムかな、と思いつつ、進呈をさせて頂きます。

◎初瀬・日和さま&羽角・悠宇さま … 私のお話を気に入って頂き、ありがとうございました。一度、ふたりの喧嘩めいたエピソードを描きたい、と思い、こんなかたちになりました。なんとなく、これで好いのかしら、と迷いもあるのですが……少しでも、お気に召して頂ければ幸いです。

 繰り返しになりますが、この度は本当にご依頼、ありがとうございました。また次回も是非、よろしくお願いします。